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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
氷の森
12/111

王の狩り場

緑の支流の村を後にした騎士団はそのまま『ブラックナイフの川』に沿って北上する。

新調した服のおかげもあってか、ソフィア達は以前のような凍える寒さも感じず、雪で足を取られたりといったこともなかった。歩く速度は一段と速くなっていた。

『要塞ケルン』に近づく程に、枯れ木の数も増えてきたとソフィアは感じた。白い大地に根付いたソレは薄暗く青白い空に目一杯に枝を広げている。広げられた枝には雪が積もり、雪の花を美しく咲かせている。

ブラックナイフ川で隔てられた対岸には一匹の狼がいた。此方の様子をうかがう様な鋭い眼光、剥きだされた牙。ソフィアはジャンヌの後ろを着いていくブラッドメイアーに視線を向ける。嬉しそうにご主人様の足元で尻尾を振っている。お前はやっぱり犬だよ。

狼はしばらく此方を見ていたが、唐突に立ち上がると、スッと消えるように枯れ木に囲まれた森の中へと消えて行った。


数時間歩いた、すでに日も落ちかけている。まだ要塞は見えてこない。

と言うか、早く町を見つけないとまずいことになる。ソフィアは不安に駆られる。

結局、日が落ちても町らしい町は見つからなかった。

ブラックナイフの川が暗闇に包まれ不気味なほどに輝いている。川のせせらぎと何処からか響く狼の遠吠えが暗い北部の夜をソフィア達に告げた。

野宿をするか、このまま手探りで泊まれる場所を探すのか、言い争いをした。途中殴り合いに発展するかと思えたアベルとフレイムの喧嘩は、ジャンヌとリアナによって止められた。ソフィアとスノウは無言のまま暗闇の中で響く声に耳を傾けていた。ふとソフィアが空を見上げると、南部では見られない完璧なまでの星空が広がっているのに気がついた。巨大な黒い紙に散りばめられた無数の銀砂を思わせる空、汚れることない澄み切った空気によって星達の光を妨げるものなど無かった。後は、その光の少しだけでもこちらに届いてくれるなら…と、ソフィアは野暮な考えを巡らせてしまう自身の思考を振り払おうと軽く頭を振る、今はただ、綺麗な星空だと素直に喜べるほうが幾分、気持ちが楽になるような気がしていた。

結局、話し合いは野宿はしないという方向に進んだようだ。ジオが持ち運んでいた数本の松明に火を灯してソフィア達は暗闇の中、数個の小さな火を頼りに巨大な暗闇に挑む。

時間が経つごとに闇は深くなった。視界には先導するジオとジャンヌの松明の火、後ろを歩くリアナの火。

どのくらい歩いたのか時間の感覚すら無くなって来た。それでも、騎士団は一言も発することなくひたすらに歩き続ける。

ハニーワインの香りが漂った。それをソフィアとブラッドメイアーは感じ取った。

「ワインの香りがします!」


「わん!わん!ワン!!」


ソフィアと犬は見事なまでにハーモニーを響かせる。


「いつの間に、飼い犬が増えましたの?」


くすくすとリアナの含み笑いが響く。


「二人とも鼻が利く、私の保証付きだ」


ジャンヌはどこか嬉しげに告げる。


騎士団はその暗闇に浮かぶ宿屋(彼女達にとっては砂漠の中のオアシスみたいなもの)に駆け込む、北部の夜から逃れた一同は安堵のため息を漏らした。


その後、部屋代を払ったリアナはジオを引き連れて酒場に来ていた。北部出身の彼女にとっては酒は欠かせない物だが、この旅に出てから一口も酒を口に出来ていなかった。不愉快だ、非常に。リアナの苛立ちは多少なり積もっていた。そこに奥で騒いでいる数人の男の一人と目があった。その男はしばらく興味深そうにこちらを眺めた後、立ち上がり歩みよって来る。


「よお、お譲ちゃん、娼婦か?」


男の頭には毛が一本も生えていなかった。つるつるだ。身なりは汚く、使い古された革の鎧を着ている。その鎧には北部王バルレルの兵の証、獅子の印が刻まれていた。


「わたくしが娼婦に見えまして?」


禿げ男にリアナは挑発的な視線を送る。

禿げ男は息を強く吸い込む素振りをして言葉を続ける。


「ああ、見える。良い女だ。それに南部の匂いもする。俺は鼻が利くんだ、南部のやつの匂いは特にな?南部にはあんたみたいな極上の娼婦がいるのか?」


まさしく不快感を体現するような男だとリアナは思っていた。


「おい、それくらいにせんか、若いの」


「ジジイは黙ってろ、金は払う。ジジイの倍の金を払ってやる。この好色ジジイが幾ら払ったかは知らねえけどな…あんたになら惜しみはしないぜ。なんなら俺の仲間の分も払ってやってもいい」


制止するジオを威嚇するように木製の容器を机に叩きつける。そのあと、自身の仲間と呼ぶ連中に視線を送る、見えるだけでも5人は居た。それはリアナとジジイに対する完全な脅しだった。断れば痛い目にあうという意思表示だ。そんな連中を横目に酒を飲み干せば目の前の机に自らの足を放りだす。禿げ男の視線がリアナの長い脚に向けられる。リアナはあくまで挑発の態度を変えなかった。


「この御方が、幾ら出したかご存じ?貴方のケチな財布に、女を喜ばせる程の物が詰まってるのかしら?」


「だったら、見てみるか?」


「もうよせ、お前たちは北部、獅子王バルレルに従える兵じゃろ?ならば知っておろう、この娘はお前達の王、バルレルの実の娘じゃ。本来ならば正統な王位の継承に与る御方じゃぞ?分かったならさっさと消えろ!」


ジオの言葉を聞いて禿げ男は一瞬たじろいだ。しかし、本当にそれは一瞬だった。


「俺の母親は、エリク王の愛人だぜ?ぎゃははは。おい、ちょっと来てくれ」


禿げ男が後ろで飲んでいた仲間5人を集めた。仲間は全員獅子の印を刻んだ革の鎧を身に着けていた。彼らはリアナとジオが座る机を囲む。


「此処にあらせますのは、リアナ・ギュンテル嬢。それでよろしいですね?マイ・レディ」


それを聞くなり、机を囲む男達の表情が強張った。指を帯刀した腰の剣に絡め、殺気を放つ。


「デイン(家名)が抜けていますわよ、おバカさん。今すぐわたくしの目の前から消えてくだされば、先ほどまでの失言は見逃してあげます」


「これはこれは、慈悲深き王、獅子王バルレルの娘さん。光栄だ。実は…」


リアナの強気な発言に顔を引き攣らせる、禿げ男は言葉をじらす様にゆっくりと続ける。


「実はな、この鎧…俺のじゃねえんだ。殺したやつから貰った物なんだけどな。そいつらはあんたのパパの部下だったらしい。俺の王は獅子王じゃねえ…、そして獅子王は北部の王じゃない。北部の王は俺達の王だ…。誰だか分かるだろう?お前が獅子王の娘なら話は簡単だ…。てめえを食ってやる、肉も残らないほど、骨の髄までしゃぶりつくしてな。それで、骨をお前のパパに送りつける。あんたの娘だ、美味かった…てな?北部はそういう場所だ、強者が弱者を餌にする。あんたは獅子の子だ、強いのか?それともパパに縋ってばかりの甘ちゃんか?」


禿げ男がリアナの耳元に唇を寄せて囁く、彼の手がリアナの豊満な胸に触れる瞬間。


「忠告はしましたわよ?」


ぼそりと吐息と共に呟いた。と同時にリアナは隠し持っていたナイフを禿げ男の手の甲に突き刺し、机に手を磔にした。禿げ男の悲鳴が響く。

リアナの隣にいた禿げ男の仲間が、剣を引き抜きリアナの首に剣を突き刺そうとするも、ジオの方一息早く、その男の手首を切り落とす。男の悲鳴が増えた。

残りの全員が剣を引き抜く。と同時にジオが力任せに机をひっくり返した。禿げ男が机の下で悲鳴を上げる

ジオは一番近くにいた男に剣を突き刺し、そのまま男を盾にするように残りの三人に向かって突進していった。幾らジオが豪傑といえども、三人の男に囲まれては勝ち目は薄いだろうとリアナは判断し、手首を切り落とされた男が落とした剣を拾い上げつつ立ち上がる。リアナの周りに倒れた二人の男の胸に剣を突き刺した。男達の悲鳴が止まる、少なくとも多少は静かになった。

リアナが視線を上げれば案の定、ジオが殴られてはひっくり返り、振り下ろされた剣を受け流しては立ち上がりを繰り返していた。言うまでもなくピンチだ。

リアナは返された机に突き刺さったナイフを引き抜く。息絶えた禿げ男の手がどす黒い血を流しながら力なく床に落ちた。そのナイフを今からジオの背後から剣を突き刺そうとしている男の右側の尻めがけて投げる。どすっ、と鈍い音。肉と骨を貫く音。男の身体が小さく跳ねた。唐突の激痛に顔を歪めながら振り返る男の首をリアナは躊躇なく跳ね飛ばす。

残りの二人を排除するのは時間は有しなかった。終わってみれば酒場の床には血溜まりが数個出来ていた。雨がぼろぼろの石造りの道に水たまりを作った様に。赤い血だまりが男達の死体の下で揺れて、返り血に染まりながら立ち尽くす二人を映し出していた。


酒場は一転し、獅子の狩り場となっていた。























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