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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
神の涙
107/111

氷の闇を越えて

ジャンヌは駆ける。背後から迫る足音も、それを打ち抜く矢の衝撃も、何度も何度も繰り返される音が鼓動する。

ジャンヌは振り返らずに駆けて行く。明日、世界が終わったとしても構わない。

城壁を抜け、小高い丘を駆け抜けていく。足が痛み、胸の骨が軋み、呼吸をする度に肺が痛み、微かな血の匂いを漂わせたとしても…。ジャンヌの足は止まらない。

「いけーー!ジャンヌーー!!」

ソフィアが声を張り上げた。鉄製の黒矢が獣の顔を打ち飛ばす。獣は足をふら付かせながら、ジャンヌに追い付こうと地面を奮わせる。

揺れる大地、高鳴る鼓動。ジャンヌは泉に向って跳んだ。同時に獣が追い付き、ジャンヌの肩に鋭い牙を食い込ませる刹那に獣とジャンヌは泉の輝く水面にぶつかった。天高く伸びる水柱。舞い上がる雫は、星空に照らされて其々が星であることを思い出したように、爛々と輝いた――――



ジャンヌは、再び緑の大地に立っていた。爽やかな小川の音。心休まる虫と小鳥の声。

「ありがとう、ジャンヌ。私を取り戻してくれて…」

アリアが微笑む。

「すまない…私はそなたを救うことが出来なかった」

ジャンヌは視線を落した。色鮮やかな苔が小川の水に揺られている。

「そんなことないわ。貴女は私を救ってくれた。ありがとう……」

アリアは再び笑みを浮かべて辺りを見渡す。そして、潤んだ唇を静かに開く。

「壊すのね…この場所を」

「ああ」

「いいわ。あの樹の麓に貴女の探してるものがあるの。貴女の手で…終わりにして?私は此処に残るわ。ずっと此の場所にいた。一人で…暗い道を歩いていたけど、ようやく…その旅も終わるのね。貴女の旅は、此処からでしょ?さあ、行って」

ジャンヌはアリアに背中を押される。彼女の皇かな指先が肩甲骨に力を込める。彼女は女神のように身体を揺らし、獅子のように高潔にこの緑の大地を駆けた。

ジャンヌは大樹の麓へと歩みを進め、視線を向ける。輝く宝石。人が神になろうとした産物。悲しい記憶。その宝石は、世界の悲しみに耐えるだけの強さはなかった。いや、愛が強すぎるゆえに、穢れて暴走した。

「さようなら、ジャンヌ」

大樹が呟く。

「ああ、さようなら…『愛』。今まで、私を護ってくれてありがとう」

ジャンヌは瞳を閉じて、剣を振り下ろした――――

世界が回る。一面の光の渦に流されジャンヌの意識は星空へと浮遊する。



「きて……起きて……起きて、ジャンヌ」

空が見える。星空の天幕が上がり、淡い薄青に空が輝いている。目を開いたジャンヌの隣で、細々と寝言を零すソフィアに視線を向ける。呼吸は荒く、身体は青白い…。今にも消え入りそうな寝息を零す。

「帰ろう、ソフィア…私達の場所に…」

ジャンヌはソフィアを背中に背負う。わき腹も肺も、腕も足も…痛みに吐息が漏れるも立ち上がり、ジャンヌは帰路に着く。果てしない帰路だ。

ソフィアの身体を蝕む毒が、彼女の華奢な身体を冒していく。ジャンヌは、何日も歩き続ける。意識が薄れて足がふら付き感覚が薄くなってきた頃、声が聞こえた。

「ようやく見付けた。金髪で青い瞳。俺達のクソみたいな捜索任務もこれで終わりだ」

歪む視界の中、三人の兵がこちらに向かってくる。茶色の馬に跨り、此方に手を振った。

「ほら見ろ。俺の勘が正しかった。こっちに来れば見付けられるって言っただろう?」

「ともあれ、これで国に帰れるな」

彼らは獅子王の兵だった。それを確認すると同時にジャンヌはその場に膝を着く。

「おい、背負ってる小娘は誰だ?随分と具合が悪そうだ……うわっ、こいつ人間じゃないぜ」

一人の兵がジャンヌの背中でぐったりと身体を預けるソフィアの顔を覗き込む。

「彼女に触れるなっ、殺すぞっ」

ジャンヌは声を張り上げる。

「ははっ、獅子王の友達とあってかなり凶暴だな」

「どうする?サー・モルトの指示にはなかったぜ?」

「金髪は連れて帰る。化け物娘は知らん」

兵達がジャンヌへと歩み寄りながら剣に手を添える。嗚呼…もう、止めてくれ。

ジャンヌの声にならない心の叫びも彼らには届かない。

「おいおい、これはどういうことだ?誰か説明してくれ。どうして俺の前にはいつも馬鹿が邪魔に入るんだ?」

兵達とは違う声。黒馬に跨るスリントと数人の暗殺者の姿があった。

「お前達は俺の邪魔をするために此処にいるのか?違うならさっさと俺の視界に入らない場所に消えろ」

スリントは黒馬の体躯を捻らせながら言葉を兵士達に放つ。

「お前こそ誰だ?俺達は獅子王の兵だぞ?任務で此処にいる」

一人の兵が一歩前に踏み出そうとするのをもう一人が制止した。

「待て、こいつはスリントの旦那だ。話を聞いてやろうじゃないか」

制止した兵はニヤリと笑みを浮かべながら言葉を継げる。

「お前達が、話を聞く?ははっ、嬉しくて涙が出る。俺はお前達にさっさと消えて欲しいだけなのに、俺の話を聞いてくれると来た。すまないな、俺にはもっと良い相談相手がいるんだ、家で飼ってる犬だがね」

「ははっ」

「おい、何を笑ってるんだ?馬鹿にされてるんだぞ?」

「そうだ、スリントといえば、犯罪者の大元だろ?ここでやっちまおう。大手柄で昇進だ」

三人の兵は剣を抜いた。同時に、スリントの周りにいた暗殺者達も剣を抜く。

「おいおい、馬鹿だな。止めておいた方が身のためだぞ?」

スリントは冷めた視線を投げかける。

「獅子王の為にっ!」

兵士は剣を振り上げて、暗殺者に切り掛った。



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