ソフィア
新緑が彩る季節、肌寒さは当の昔のように忘れ去った。
農村からの爽やかな香りに誘われる鳥たちの声で、ソフィアは目を覚ます。
丈夫な樫の木で造られた小さな小屋。壁は細い枝を編みこみ、藁で隙間を隠し、その上から乱暴に石炭が塗られている。この小屋を建てた人は、かなり大雑把な性格か、人生という時間に追われた異常にせかっちな人物なのだろう。薄暗い部屋の唯一の窓(奇抜な形すぎて窓かどうか分からない)と埋めきれない隙間から漏れ出した朝日が差し込まれた。
ソフィアは重たい瞼を擦り、寝起きに感じる怠惰感を振り払った。軋む床を鳴らしながらゆっくりと出入り口の扉へと向かう。
扉を開けば、まさに景観だ。
降り注ぐ光、北にある岬に向かって何百メートル先へと伸びた小麦畑は、見事なまでの黄金の絨毯を大地に敷き詰めている。遠くから聞こえる水車が水を愛でる音、子供たちがはしゃぐ甲高い声。
素朴で愛しい一日の始まりを感じた。
「ソフィアちゃん、おはよう」
「おはようございます、サラさん」
外に出て背筋を伸ばすと、初老の女性が挨拶をしてきた。ソフィアはその隣人にできる限りの笑顔を振りまきながら挨拶を返す。
「ソフィアちゃん、知ってるかい?王都でのこと」
「王都?いえ、知りませんけど。王都で何かあったんですか?」
「それがねえ…。ああ、今、教会の広場に公示人が来てるから聞いてきなさいな。きっと驚くわよ」
ああ、サラさん、なんて意地悪い。すごく気になります、興味があります。今すぐにどうか答えをお聞かせください。
ソフィアは餌を目の前にして、お預けをくらう犬のような気持ちになった。目の前の餌に飛びつきたい願望とそれをとどめる理性との戦い。ここから教会まで歩いて10分もかからないだろう。今回は理性が欲望を撃退した。
「それじゃあ、私、教会に行ってきます」
サラとの会話を早々に打ち切り、ソフィアは広場へと足早に歩みを進めた。
教会へと向かう道は、意外と単調だ。
小麦畑に背を向けて、北西へと歩けばいい。もっとも教会への道の整備は行き届かず、歩いているのは巡回中の兵士くらいしかいないが…。
ソフィアが小石まみれの道を進んでいれば、ほどなくして、ラッパの音が聞こえてきた。
王都から遣わされた公示人は、異常なまでに痩せていた。衣服から見える腕は、ふっくらとした輪郭はなく、骨と皮膚のみで成り立っているのではないかと思えるほどだった。頬肉は欠けて、頬骨から顎にかけての輪郭は凹凸が激しい。その身体から放たれる息は、弱々しいラッパの音と死にそうな掠れた声を上げて広場の途中までで空気となって消えるのだ。事実、ソフィアが公示人の声を聞き取るまでに到ったのは、彼との距離が数十メートルまで縮まった時だ。
そして、聞いた。掠れた声を。
王は死んだと…。