9話 奪還
「……警察、だと?」
俺は男を放り出すと反射的に腰を落とし、いつでもブレードを抜ける体制を取った。
そして連中の姿を慎重に見極める。
先刻の連中みたいに非合法活動をしている輩の中には、警官を騙る輩も少なくない。ドサクサに紛れてあの連中を逃そうとする事も有り得るのだ。
しかし、俺の見る限りは、連中の制服はどこもおかしな所は無い。取り越し苦労だった様だ。
「……本物か」
俺は両手を挙げ、抵抗の意思が無い事を示した。チェンとアイラも俺に従った。
アイラだけは逃すべきだったのかもしれないが、警官達が来てからでは手遅れだ。
だが、既に本部には連絡を入れてある。何とかなるだろう。
「連行しろ!」
隊長格の警官の命令で、俺とチェン、アイラが拘束される。
手錠こそかけられてはいないが、容易には逃げ出せないだろう。……普通の人間なら、だが。
そしてゴロツキ共も拘束……
「え? ちょっと待てよ!」
チェンが叫んだ。
……何でそうなるんだ? どういう訳か、この警官どもはゴロツキどもは無視して俺達だけを拘束した。
「何故あの連中を逃す⁉︎」
俺も抗弁したが、耳を貸すつもりはないらしい。
「どうする?」
と、アイラが小声で囁いた。
彼女と俺が暴れたら、ここから脱出するのは容易いだろう。だが、警官相手の大立ち回りは、今は避けるべきだ。
アルバスの艦の事もあるし、ここで俺達が警察沙汰になるのは避けるべきだろう。暴れるのは、こいつらがニセ警官か腐れ切った輩と判明してからでいい。
俺は無言で首を振った。
彼女は一瞬不満げな顔をしたが、大人しくしている。
しかし、妙だな。
普通、こういう場合にはパワードスーツを着用したり、あるいは何らかの手段で生体強化をうけた警官を用意すべきだろう。だがここにいる連中は、腕っ節こそ強そうではあるが、全てただの人間だ。
それに、以前来た時に比べて心なしか警官の質は低下しているようにも見えるな。何というか、そこらの用心棒に無理やり制服を着せた様にも見えなくもない。
まぁそれはともかくとして、港湾警察は保安庁との合同庁舎の中にある。俺たちの身分を証明するのは容易いだろう。アイラは……身分証紛失などと言い訳はできるはずだ。
そして俺たちはパトカーに押し込められて連行された。
――数分後
俺達は寂れた一角にある、真新しい建物に連れ込まれた。
ここがこいつらの所属する警察署らしい。
が……
「ん? こんな所に警察署があったのか?」
本来、港湾警察がある合同庁舎は宇宙港事務局のすぐそばにある。
アレイラの港湾警察の庁舎は人員、装備とも充実しており、またその派出所も多い。わざわざこんな所に別の署を設ける必要は無さそうだが……。
「早く行け!」
警官が苛立った様に俺を小突いた。
アイラが横目でその警官を睨む。
俺は彼女に肩をすくめて見せた。
ここで暴れても仕方がない。俺は素直に警官の指示に従った。
そして、取調室。
武器類を取り上げられて数時間拘留された後、俺達は別々の部屋に連行さた。
俺は先刻、未確認星域調査局の身分証を示したが、どうやら偽造を疑われている様だ。本部か保安庁に確認を取ってくれと言ってはみたが、そうする気配は無い。
……これは計算外だ。港湾警察であれば、この手の処理はスムーズにいくはずだが……。
それよりも、俺と引き離されたアイラが心配だ。身分証が無い為に、不法入国が疑われているらしい。そして俺は、不法入国幇助の容疑という名目で取り調べを受けている。このままでは彼女が留置所に入れられてしまう可能性もある。何とかこの状況を打破しなければ。
そう考えていた時、壁を突き破って“何か”が部屋に飛び込んできた。
「何だ⁉︎」
俺に向かって飛んできた“それ”を、反射的に拳で叩き落す。
“それ”は床に叩きつけられ、潰されたカエルのような声を上げた。
ん? 何だ、コレ。って、警官じゃないか。
「どこ触ってるのよ!」
壁の穴の向こうで、頬を赤らめた彼女が怒鳴っていた。
よく見ると、作業服の上着の襟元がはだけている。
身体検査だと言って上着を無理やり脱がせようとした所を殴り飛ばされたのだろうか。アイラは一見均整のとれた女性的な体躯であるが、その中身は……。
彼女の背後で、若い警官が蒼白な顔で立っていた。命の危険を感じたのかもしれない。
それ以外にはいないのか? 普通、取り調べる相手が女の時は女性警察官が立ち会うものであるが……。
「アンタら……いくら警官でも、やっていい事と悪いことがあるだろう?」
俺は思わず床に突っ伏した中年の警官の襟首を掴みあげた。
「う……うぅ……」
しかし彼は、ただ呻くだけだ。
まぁ、壁突き破った挙句にもう一発喰らったんだから仕方がないか。
突き破られた壁の残骸を見る。
防音材はそれなりのものを使っている様だが、それにしても薄い壁だ。どれだけ安普請なのか。
港湾警察の庁舎は、爆弾テロにもビクともしないほどの頑丈な造りだった。それに比べてここは、まるでプレハブ小屋。人員も建物も急ごしらえだ。まともに捜査すら出来なさそうだな。まるで港湾警察の邪魔をしている様だ。一旦誰が、何の意図でわざわざこんな所に警察署をでっち上げたのか。
あのゴロツキどもへの対応を見るに、もしかしたらマフィアか何かと癒着した連中が、無理やりねじ込んで作らせた様にも見えなくもない。
「な……何が起きた⁉︎」
俺を取り調べていた警官達は、やはり今の状況を理解していない様だ。
「コイツを病院に連れてったほうがいいぜ。あと取り調べの時は、ルールをきちんと守るんだな」
俺は一つため息をつくと、ボロ雑巾のような警官を投げてやる。そして、壁の穴を抜けてアイラのいる部屋へ向かった。
背後からの制止の声は、当然無視。
「タッちゃん、隣にいたんだ……」
アイラはほっとした表情をした。
心細かったのだろう。顔見知りの俺達と引き離され、異郷の地で拘束、取り調べを受けていたのだ。
その時、廊下に多数の足音が響き渡る。
「遅いな」
本来なら、壁が破壊された時点で来なければならないのだが。
「何があった!」
直後、扉を蹴破らんばかりの勢いで、数人の警官が部屋になだれ込んでくる。
「取り調べ中にソイツが破廉恥な事をしたんで、この有様さ」
俺は隣の部屋を示した。壁の穴の向こうでは、さっき投げ捨てた中年の警官が伸びている。
「貴様……!」
先頭の一人が銃を抜いた。他の警官連中もそれに習う。
だが、その時点で俺は机を蹴り上げていた。
不意を突かれ、何の対処も出来ないまま、連中は飛来した机に押しつぶされる。
「タッちゃん!」
アイラの声。
見ると、穴の向こうの部屋にも警官が詰めかけている。そして数人は穴越しに銃を構え……しかしアイラが投げた椅子に直撃されて薙ぎ倒された。
……死んでないよな? 椅子は木っ端微塵になったけど。
「ごめんなさい、タッちゃん。私が外に出なければ、こんな事には……」
彼女が小声で謝る。
「気にするな」
俺が尾行を気にせず、まっすぐに艦に戻っていれば良かったのだ。
まぁ、いいさ。いくらでも汚名を被ってやる。
「誰か! 早く来い! 取り調べ中の犯人が暴れ出した!」
廊下で声がする。増援を呼んだのか。
……犯人じゃねぇよ。いや、公務執行妨害の現行犯か?
まぁいい。後で港湾署に出頭すれば済む事だ。
俺はアイラと視線を交わすと、頷き合った。
アイラは正面を制圧。そして俺は隣の部屋から来る警官を阻止。万一に備えて砕け散った椅子の脚を拾っておく。
そして脱出のタイミングを伺い……。
「さぁ、動くんじゃねぇ!」
と、ドアの前に並んだ警官たちの背後からの声。その声には、聞き覚えがある。
「……何をやってるんだ、お前は」
案の定、チェンが警官の一人を人質に取っていた。
……よく見たら、階級章からして署長クラスか。というか、署長があっさり人質になるなよ……。
そもそもチェンは保安庁の特殊部隊にいたヤツなんだがな。なんで警戒しないのか。
……いや、いつぞや「一番得意なのは訓練の時のテロリスト役だ」と言ってたんで、なるべくして、かもな。
「さぁ……コイツの命が惜しければ、俺達を解放するんだな」
完全に悪役気取りか。……にしても、“俺達”とか言ったら、アイラと俺まで巻き込まれるだろうが。ヤツ一人でもここを抜け出て、合同庁舎まで行ってくれれば済む話なんだがな。
まぁ、仕方が無い。俺達も……。
俺とアイラはドアを出て廊下でチェンと合流した。
「ヘヘっ……何かデカい音がしたんで、取り調べ中の警察官が一人、様子を見に出て行ったんだよ。で、残った一人が背中を向けている間に、すかさず椅子で一撃入れてやったのさ」
躊躇無くやりやがったのか……。相変わらず無茶をするヤツだ。
……人の事は言えんか。
「で、こっちの様子を見てたら、偉そうなオッサンがいたんでつい……」
「つい、で人質にしてやるなよ。まぁいい。聞きたいことがある」
人質となった署長を睨みつけてやる。
「な……何かね?」
「この署の事さ。港湾署があるのに、何でまたこんな中途半端な所を作ったんだ?」
「そ……それは、貴様らには関係の無い事だ!」
まぁ、確かにな。それよりも、だ……。
「保安庁あたりから連絡入っていたはずだぜ? あのアルバス船の事は」
「し……知らん! そんな連絡は受けてない!」
所長は青い顔をして叫んだ。
「構わねぇ! それよりも、ソイツらを逃がすな! 射殺しても構わん!」
先刻の、俺達を逮捕した警官たちのリーダー格だった男が怒鳴る。配下の警官達は戸惑ったように顔を見合わせ、そして銃を構えようとする。
……随分と人望が無いんだな。それともこの所長はあくまでお飾りで、実権は……って事か?
「ま、待ってくれ……」
チラと観ると、署長は青い顔をしている。どうやらハッタリでは無さそうだ。
「このオッサン、役立たずじゃねぇか!」
チェンが叫ぶ。
署長はかなり凹んだようだが、ま、仕方あるまい。
「アンタには悪いがな。まぁ、ベラベラしゃべられても困るし、ここらで消えてもらう。ソイツらがやった事にしてな」
リーダー格の男は、銃を構えてニヤリと笑い……
銃声が轟いた。
リーダー格の男の銃が弾け飛んだ。
振り返ると、一人の警官が男の銃を構えていた。どうやら彼が、ヤツの銃を狙撃したらしい。
運のいいヤツである。でなければ、この椅子の脚がその顔面を貫いていた。
「っ! なんの真似だ! 貴様、俺に……」
そこで男の顔が凍りつく。
狙撃した警官の背後に数十人の警察官と、軍や保安官の制服を着た連中がいた。
「そこまでだな」
彼の後ろにいた、赤銅色の肌の東洋系と思しき軍服の男が口を開いた。その顔には見覚えがある。士官学校時代の……。
「ソリアか!」
俺の士官学校時代の友人、ノルベルト・ソリアだ。階級は少佐。おそらく第十艦隊では、最年少の少佐であろう。
この連中は、どうやらソリアが連れて来てくれたらしい。
「久しぶりだな、タツマ。メールは読んだ。色々面倒な事に巻き込まれた様だな」
ソリアは白い歯を見せて笑った。
「何だ貴様らは! ここは我々の署だ! 余所者は引っ込んでてもらおう」
男が叫ぶ。
「残念ながら、アレイラ自治政府からの命令でね。ここは閉鎖される事になった」
ソリアの背後にいた30代前半の警官――おそらく制服のバッジからして、この警察署署長と同格、アレイラ港湾警察署では副署長クラスだろう――が口を開いた。
「バカな……。我々は、正式な辞令を受けて……」
署長の顔が、蒼白になった。
「その辞令が取り消されたのさ。アルバスやランバードとの密貿易にアンタが一枚噛んでるって事は、既に調査済みだ」
「……!」
「ずいぶん手こずらされましたよ。まさか、警察署ぐるみの犯行なんてね。道理で我々が必死に捜査しても何も出ない訳だ。合同捜査本部の中にスパイが紛れ込んでいたとはね」
保安官の男が冷笑を浮かべた。その裏には、怒りがにじむ。
この保安官には見覚えがある。……そういえば、ジェリコの元部下だったな。前回ここに立ち寄った時に、紹介された男だ。
「無理やり合同捜査本部に参加してきたと思ったら捜査を引っ掻き回され、挙げ句の果てに、これだ。きっちりと裁きを受けてもらう」
その言葉に港湾署の副署長は頷き、指示を下す。
「拘束しろ!」
そして、ろくに抵抗することもなく、この署の幹部たちは逮捕されていった。
「や〜れやれ、一時はどうなる事かと思ったぜ」
その有様を見つつ、チェンが伸びをしつつ、ぼやく。
「それはこっちの台詞だ。いきなり人質とるとか、何考えてるんだ」
「それはただの成り行きさ。ま、たまにはこういう事もあるさ」
「たまにでもあってたまるかよ」
苦笑しつつ、脇腹を小突いた。
「ところで、だ。そちらの……彼女についてだが、身分証明が無い様ですが」
港湾警察副署長がアイラを見やる。
「わ、私は……」
口ごもるアイラ。
どうしたものか……。
「ああそういえば、本部で預かってきた物があるんだった。もう一人の補充メンバーに渡してくれとか言われてたけど、これアイラちゃんのじゃないか?」
チェンは懐を探ると、封筒を取り出した。
封を切り、その中から取り出したものは……
「ん? やっぱりアイラちゃんの身分証じゃないか」
チェンは副署長にそれを渡した。
「ふむ……。正当な物の様ですね。不法滞在の嫌疑はなし、と」
彼はそれを一瞥すると、アイラに渡した。
「あ、ありがとうございます」
「これからは、紛失した時は速やかに届け出て下さい」
副署長はニヤリと笑った。もしかしたら、俺たちの事情を察してくれたのかもしれない。ありがたい事だ。
それはそうと……。
「なぁ、チェンよ。最初にコレを出してれば、ここまで面倒な事にならなかったんじゃないか?」
「ぬ゛あ〜〜っ、しまったぁ〜っ!」
ヤツは頭を抱えて嘆いた。
……まぁ、あの署じゃたいして変わらんかっただろうけど。
俺達は港湾警察のパトカーで、宇宙港へと向かっていた。ミニバンタイプのもので、俺達三人とソリアも同乗している。警官二人が前列、副署長及びソリアとチェンが二列目、最後尾に俺とアイラが陣取った。「男同士はイヤだ」とチェンがゴネたが無視。
宇宙港では、港湾警察と保安庁の合同チームによるアルバス艦への立ち入り調査が行われる事となっている。
「ジェリコ達も無事だと良いんだが……」
「さっきの連中に吐かせたんだが……君達の仲間は、一応無事ではあるらしいな」
独語した俺に、ソリアが振り返った。
「なら良いんだが……」
もう一つ気になる事があった。聞いてみるか。
「そういえば、港湾周りが少々物騒だと管理官も言っていたが、どういう事だ? それに、警察内部もあの有様だ。一体何があったんだ?」
アレイラの行政機構はその成り立ちの影響もあって、本来地球連合政府や軍の影響が強かった。ここまでおかしな事になるはずは無いと思っていたんだが……。
「今のカダインの行政長官が少々アレな人でな。アレイラにも色々口出ししてきたんだ。その結果が、このザマさ」
ソリアが肩をすくめた。
カダインの行政長官か……。確か若い頃から中央で議員を務めてたけれど、人望が無くて閣僚にも党役員にもなれず、都落ちした人だっけか。
「へぇ……何でまた?」
「表向きは、自治権の拡大。だが実際は、面白くなかったのさ。カダインは貿易で多大な利益を上げてはいるが、それはアレイラの宇宙港があってこそ。そこであげられた利益はカダイン政府と中央政府で折半されている訳だが、やはり全部自分たちの懐に入れたいんだろう」
「なるほどね。乗っ取りを企んだ訳だ」
「そうだ。だから、監査などの名目で、自分の子飼いを送り込んできたんだ。あの警察署も、そうした産物の一つだよ。まぁアレイラ側も、特に拒絶する理由はないので受け入れてきたが、最近は送り込まれた連中の行為が目に余る様になってきた。それに……どうやら、アルバスやランバードあたりの連中と手を組んでるんじゃないかって話も出てきてるしな」
「ほう……」
ジェリコ達を攫った連中とか。目的は何だ?
「もしかしたら、アンティクトンともつるむつもりだったのかもしれん」
「アンティクトン、か」
それは、数百年前まで遡る。
未だ人類が太陽系に留まっていた時代、太陽――地球ラグランジュ点に幾つかのコロニー群が形成されていた。その一つが、L3――太陽を挟み、地球と反対の位置に存在する――にあるアンティクトンである。古代ギリシャ語で反地球を意味する言葉だ。建造当初はそれなりに繁栄していたものの、やがては治安が悪化し様々な犯罪者や非合法組織の流入を招いた。そして、いつしか反地球組織の急先鋒となっていたのだった。
そして幾度もの戦乱の末にL3コロニーは崩壊し、アンティクトンを拠点としていた反地球組織は播種船とともに太陽系を去った。その行く先は、知られていない。
そして現在も、いずこかの星系で暗躍しているらしいが……。
「もしかしたら、だがな。そういえば、タツマ達も遺跡の発掘中に襲われたんだったな。あるいは、遺跡に隠されたオーバーテクノロジーを狙ったのかもしれん」
確かにアンティクトンは、様々な手段で地球側と対立してきた。その彼らがオーバーテクノロジーを求めてアルバスを動かした、という事か。
「……あくまでも、可能性だがな。だが、気を付けた方がいいだろう。何せ、数え切れないほどのテロに関わってきた連中だからな」
「ふむ……」
俺は腕を組み、考え込んだ。
アイラが重傷を負ったあの日のテロも、おそらくはアンティクトンが絡んでいるのであろう。そして、また……
どうも俺は、連中とは切っても切れない縁があるらしい。
まあいい。また来たら、今度は情け無用で徹底的に叩きのめすつもりだ。
「タッちゃん、前に『様々な理由で地球系人類と接触しようとする輩もいる』って言ったわよね」
隣に座るアイラが、耳元で囁いた。
「ああ。……それが?」
「うん……もしかしたら、そうした連中も一枚噛んでる可能性もあると思うの。ソリアス人の中にも、地球人に良い感情を抱いていないものもいるし」
「ああ。それも聞いたな」
「地球文明は未開で野蛮なので、管理、啓蒙していかねばならないと主張する人達もいる。彼らは過去幾度も、当局の目をかいくぐって地球へと侵入した事もあった。その度に私達が倒し、あるいは捕らえていたけれど、捕捉しきれない者もいたはずよ」
まさか、アンティクトンの背後には……。
いや、そう決め付けるのは早計だ。しかし、その可能性を頭に入れておいた方がいいだろう。
「オイ、何イチャイチャしてんだよ」
小声でやりとりする俺達を振り返り、チェンが冷やかすように笑った。
――宇宙港第四デッキ
ここは、宇宙港の一番外側に位置する展望デッキだ。31 - 40番台の桟橋を展望することが出来る。
俺達がここに着いた時には既に、保安庁特別警備隊と港湾警察所属のSWATがアルバス艦への突入を開始している。
ソリアはすぐさま捜査指揮所へと向かった。
訓練された動きで、次々に船員を拘束している様だ。流石は連邦直轄領の所属部隊である。海賊もどきの連中など、赤子の手を捻る様なものだろう。
「ここで見物か。俺も突入したかったがな」
それを眺めつつ、思わず独語した。俺自身の手で仲間を救出したかったが、ここは専門家に任せるしかないだろう。俺も軍にいたとはいえ、あくまでも機動兵器のパイロットとしてだ。こういう作戦では、足手まといにしかならない。
「そりゃ、お前が行けば解決は早いだろうが……また悪名も轟かせる事になるぞ」
隣でチェンがニヤニヤ笑っている。
「おい……」
「生身で巡航艦クラスの艦を沈めたとか、またマスコミの格好のネタだぜ」
「出来るかよ!」
そりゃ完全に人外だろう。
もっとも、それだけの力があれば、あの怪物の復活を阻止できただろうか……。
「ブチ切れた挙句に戦艦を一ダースまとめてスクラップにした男が何を言う」
「そんなに沈めてねぇよ! それに沈めたのもフリゲートやコルベットばかりだ!」
フリゲートとは駆逐艦よりも小型の戦闘艦だ。コルベットは、そのフリゲートよりも更に小型の艦である。共に領空警備や哨戒、船団護衛などに用いられる。
俺はとある惑星での戦闘に、ドラグーン――人型機動兵器で、MTの上位機種だ――のパイロットとして参加した。その時、確かに何隻か艦船を沈めたが、どれも駆逐艦以下サイズの戦闘艦艇だ。……巡洋艦も混ざってたか、そういえば。まぁ、相手も練度の低い連中だったしな。ともあれ結果として、それがやりすぎだって事で色々言われてしまった訳だが。トップエース級のパイロットなら、もっとスマートに片付けていただろうか。
「もしかして、軍でやらかしたってのは……」
アイラが俺を見る。
「……そうだ」
「ああ、こいつはな。頭に血がのぼると周りが見えなくなるんだよな。なんでも昔、好きだった子がテロに巻き込まれて死んじまったとかでな」
「オイ、ちょっと待てよ……」
俺は慌てて話を止めようとした。だが、手遅れか。
それにしても、アイラの事とテロの事を覚えていて、これか……。まぁ、アイラとチェンは短い間しか顔を合わせなかったから、仕方がないのかもしれんが。
「そう、だったの……。思い出させてごめんなさい」
一方、アイラは俺を気遣う様に言葉をかける。
もう悲しい訳ではないんだがな。……というか、別の意味で悲しい。
「わざわざ親父さんの誘いを断ってまでして軍に入ったんだよな。で、ある場所でテロ起こした連中と戦ったんだが、コイツ、一人で突っ込んで破壊の限りを尽くしたそうだ」
士官学校時代の友人が殺され、さらにはアイラが死んだ……いや、瀕死の重傷を負った時のテロを起こした連中だと知って、つい頭に血が上ってしまったのだ。その結果、調子に乗って偵察に出てきた連中に突貫して全力で叩きのめしてしまった。まぁ、こちらの指揮官はある程度敵の戦力を削いでおくつもりだったらしいので、命令違反にはならなかったが。
とはいえ、破壊の限りというほど無茶苦茶はしていないはずなんだがな。
俺にとって不運だったのは、ヤツらの親玉が何故か地球連合議会の一部議員やらマスコミ関係者やら知識人やらにシンパが多かった事だ。しかも、丁度戦場の後方の旗艦では、そいつが余裕綽々で記者会見を開いている最中だった。で、そこに俺の機体がソリッドセイバー(大型超振動ブレード)とビームライフル引っ提げて突っ込んで行った訳だ。
その結果ヤツが狼狽し、強面の指揮官の仮面を脱ぎ捨ててまで命乞いする姿が人類居住域の隅々まで放映されてしまった。結局旗艦は取り逃がしてヤツは命拾いしたが、その評判はガタ落ちだ。ザマァミロといった所だったが……。
結局、俺も軍から追い出される羽目になった。ヤツのシンパだった知識人やらキャスターやらに俺の戦いぶりを散々こき下ろされ、軍首脳も槍玉に挙げられた。それに、戦乱の終結が早まったとはいえ、色々政治家たちが落とし所を探し、裏で動いていた所をひっくり返しちまったんだから、仕方がない。
「まぁ、それだけあの子の事が……」
そこで、チェンの表情が強張った。
ようやく気付いたか。
「なぁ、タツマよ……」
ヤツはぎこちない仕草で俺を振り返り、問う。
「何だ?」
思わずこめかみを押さえた。
「……この子、誰だ?」
「……」
説明するのも面倒くさくなった。
とりあえず放置……する訳にもいかんか。
「誰って……アイラ本人だぞ。誰と勘違いしたのかは知らんが」
「え゛……さ、さっき思い出したんだけどさ、ア、アイラちゃんって、確かあのテロで……」
チェンは蒼白な顔でアイラを見た。
「私? 一応命は助かったわ。タッちゃんのおかげね」
「そ、そうなんだ。でも確か、親父が葬式出てたはずだけど……」
俺はちらとアイラを見る。頷いた所を見ると、彼女の事情を説明するのを同意してくれた様だ。
「なあ、チェンよ。今回の件について、さっき俺が言った事は覚えてるな?」
「え〜と、異星人がどうの、ってアレか」
「ああ。それが……彼女だ」
「へ?」
チェンは間抜けな顔でアイラを見た。
「私は地球系人類と異なる人類、ソリアス人。アトラス連合の監察官として地球人類生存圏へ派遣されたの。かつて、私の両親も同じ様に地球にやってきたわ」
「そ……そうなんだ」
チェンはアイラの姿を眺め回す。
「オイ……やらしい目で見るな」
「いやその、タツマを助けた異星人ってのは、もっと人間離れした姿なんだろうと思ってたんだけどさ。まさかなぁ……」
まぁ、俺もそう思ってたからな。それは仕方ないか。……もっとも俺は、その後で“正真正銘の異星人”と会った訳だが。
「そうか、背中かどこかにチャックが……あだっ!」
「やめい」
アイラの背後に回ろうとしたチェンの脳天に、再び手刀を落とした。そんなモノは無い。チェック済みだ。
「……変わってないわね、二人とも」
それを見て、アイラは苦笑を浮かべた。
あの頃も、コイツが余計な事言った所に俺が突っ込んでたな。そういえば。
「あぁ、そうかもな」
俺も苦笑を浮かべ……
その時、突入中の艦で異変が起きた。
艦の中央やや前方のコンテナが吹き飛んだのだ。
「爆発⁉︎ いや……違うな。何かが飛び出した」
円筒形の胴体を持つ小型艇だ。背面のノズルが大きい所からしてかなりの高速艇なのだろう。
「……脱出艇か⁉︎」
チェンも同様の事を考えた様だ。
しかし、何処に逃げるつもりだ? そんな場所など……。
俺たちの眼の前で、脱出艇はスラスターを全開にして逃走を開始した。
宇宙港から出ようとした脱出艇に、待機していた保安庁の小型艇が追いすがる。
しかしそれは、あっさりと振り切られた。
予想以上に足が速い船だ。だが、どこに逃げ場があるというのか?
おそらくは既に軍港からはフリゲートや高速艇が出航してこちらへと向かっているであろうし、保安庁の巡視船も後を追っている。場合によっては挟み撃ちになるだろう。
いや……既になろうとしているな。アレイラ軌道上に幾つかの光点が見えた。あれが軍の艦艇だろう。
それを見てか、小型艇が方向を転換した。おそらくはカダイン側へ。
デッキの窓からは追えなくなったため、すぐ側にあるモニターに目を移した。宇宙港の外にあるカメラの映像が映し出されている。
しかし、どうするつもりだ?
たとえ逃げ切れたとしても、あの船体の大きさだ。おそらく隣の惑星に行く事が出来る程度の航続距離しかあるまい。
そこで仲間の大型船に拾ってもらうにしても、軍や保安庁がそれを許すまい。
完全に詰んだといえるだろう。
しかし、何だ? この胸騒ぎは。
「タツマ!」
背後からの声。ソリアか。
振り返ると、ソリアとジェリコがいた。
「ジェリコ……無事だったか! 皆は?」
「ああ。全員無事だ。他の連中は、病院へ搬送された。だが……」
何があったというのか? ティーラ号には女性乗組員も若干名いるが、まさか……
「……ナスターシャの棺が持ち去られた」
ジェリコの言葉は、意外なものだった。
「何故、ナスターシャが……」
「娘、だそうだ……」
「……まさか、ガスパーの」
「そうだ。彼女が幼い頃に離婚したそうだ」
そういえば、聞いた事がある。彼女は、父親に憧れてこの仕事を選んだと。この仕事に就けばもしかしたら幼い頃に生き別れた父と再会出来るかもしれない、と彼女は言っていた。
まさか、こんな形でとは……。
ガスパーが裏切った原因の一つは、もしかしたら彼女の死にあるのかもしれない。
何らかの事故に巻き込まれ、生還した後に彼女の死を知ったのか。
今の俺には分からない。
だが……。
「ガスパーは拘束されたのか? それとも……」
俺の問いに、ジェリコは首を振った。
「どうやらガスパーは、既に艦を降りていた様だ」
結果的に取り逃がしてしまった訳か。
厄介な相手が野放しのままか……。
いずれ、どこかでまた戦うことになるのかもしれないな。
その時、ソリアの携帯端末に着信があった。
脱出艇が拿捕されたのか?
しかし、通話中のソリアの顔に、戸惑いが浮かんでいた。
「“何か”が突然カダイン近傍に現れたそうだ」
通話を終えると、躊躇いがちに口を開いた。
ソリアの言う“何か”に心当たりがある。
「そいつの姿は?」
「直径2 - 300m程の球体らしい。チューブが絡み合った様な姿だそうだが……」
やはり、か。
実際に見なければ、アレの存在を信じる事は難しいだろう。
だが、アレを見たが最後、並の人間は恐慌状態に陥ってしまう。
「……それ以上の事は分からない。目撃した観測船の乗組員がパニックを起こしてしまった様でな」
間違いない。ヤツだ。ファルンガル・ゾダス。“混沌の欠片”を意味する名を持つモノ。
並の人間であれば、恐怖で発狂してしまう可能性が高い。
もしヤツがアレイラあるいはカダインに降りてしまったら……。
「俺達の仕事だな」
俺達の任務は、未確認星域の調査。その中には、異星の怪物や兵器への対処も含まれるのだ。これは、軍や警察、保安庁には難しい仕事だ。
「チェン、ヤツに対処する」
「イェイ!」
チェンがサムズアップする。
そして俺はアイラに向き直った。
「アイラ、手伝ってもらえるか?」
「分かったわ」
アイラも頷いてくれた。
「よし、行こう」
俺は二人に宣言し……
「俺は置いてきぼりか?」
それを見て、ジェリコが苦笑を浮かべた。
「さっきまで拘束されてたんだろう? 少しは休んでいた方が……」
「ナメてもらっちゃ困るぜ? あの程度、何て事もないさ。まっ、若い連中の中には少々参っちまったヤツもいるがな」
「分かったよ……」
そう言われると、俺も苦笑せざるを得ない。
「ジェリコ、ティーラ号でのバックアップを頼む。詳しい事情は、追い追い話そう」
「アイサー!」
ジェリコは敬礼すると、白い歯を見せて笑った。
「お、おいタツマ……」
一方、ソリアは戸惑ったように俺達を見ている。
仕方あるまい。彼はほとんど事情を知らないのだ。
「出来る限りヤツに近寄らない通達してくれ。アレは危険だ」
「わ……分かった!」
戸惑った様に答えるソリアを残し、俺達はエレベーターへと向かった。
用語解説
・コルベット
フリゲートよりも小型の艦。領空警備や哨戒、船団護衛などに用いられる。