8話 宇宙港アレイラ
チカチカと煌めくサーチライトを灯した巨大な球状の建造物が、ティーラ号の行く手に現れた。
ここはトゥルス太陽系より約46.7光年離れた場所、イシューラ太陽系第四惑星カダイン。地球連合直轄領の交易惑星だ。
目前の巨大建造物は、カダインを巡る衛星の一つ、アレイラにある宇宙港。この艦の目的地だ。
ちなみに現在、人類は地球を中心とした半径数十光年のほぼ球形の宙域を生存圏としている。そしてその宙域は、地球を起点とした直交座標系――デカルト座標とも――によって六つに区分され、管理されているのだ。
この銀河デカルト座標のx軸――銀河の中心方向――の太陽系よりも銀河系中心に近い領域を内周、反対を外周と呼称し、またy軸――銀河回転方向――の回転側は“西”、反対側を“東”領域となる。また銀河円盤の上下方向――z軸――では、太陽系よりも銀河北方の領域を“北”、その反対側を“南”としているのだ。
このイシューラ太陽系近辺の宙域は、地球人類居住圏のほぼ“東端”に存在している。
そしてこの恒星系からもう少し進んだ先には、恒星がややまばらな空間が広がっている。
この先の宙域を開発する計画もなかった訳では無いが、様々な事情により行われていない。その一つは、この先の空間に潜む、重力異常宙域の存在だ。各種センサーやワープドライブが正常に働かないため、伝説上の魔の海になぞらえ“サルガッソ宙域”とも呼ばれている。現実のサルガッソ海域や隣接するバミューダトライアングルはあくまでも伝説上の“魔の海”であったが、この宙域では実際に何隻もの探査船が行方不明になっているのだ。
俺達が追っていた怪物ファルンガル・ゾダスは、このイシューラ太陽系の外縁部からさらに0.1光年程サルガッソ宙域に寄った座標に留まり、沈黙を貫いている。もしかしたら、巡航艦規模の艦を乗員もろとも二隻分飲み込んだ為に、食休みが必要なのかもしれない。
とりあえず俺達は、ヤツが休んでいる間に艦を整備し、その動向に備えねばならない。その為の寄港である。
ここにくる途中、調査局本部経由でこの管区の保安本部と軍第十艦隊に情報は入れてもらっている。それを受け、数隻の巡視船や軍艦が警戒のためにそちらに向かった様だ。
一応、手出しはしない様釘を刺してもらった。
そして、この衛星アレイラは直径百数十キロの、ほぼ球形の天体である。一見外部は岩石に覆われており、天然の小天体にも見えなくないが、内部には人工建造物の核が入っている。丁度トゥルス113と同じだ。建造物の周囲を硅素系化合物の発泡剤が覆い、その更に外周に岩石が貼り付けてあるのだ。赤道上外周と南北の極には核パルスエンジンを備え、また地表面には多数の砲座が鎮座していた。
あたかも宇宙要塞といった有様だ。
それもそのはず、この人工天体は元々太陽系連邦軍所属の要塞艦バルティカ。退役した要塞艦を再利用しているのだ。
その名残で、この衛星の大半は軍事基地であるし、この宇宙港のちょうど反対側には軍港がある。
俺達が向かう宇宙港は、アレイラの赤道上に開いた円形のクレーター状の地形の中に存在する。直径十キロ程の開口部の奥は、円筒状の空間となっている。円筒内壁には円周方向及び高さ方向に壁状の構造物が走るが、それらの幾つかに、宇宙船が接舷しているのが見える。
あれらの構造物が埠頭なのだ。
そして一番奥の円形の面は、放射状及び同心円状の桟で仕切られた窓になっている。その奥は厚さ数十メートル程の、放射線遮蔽用の水槽だ。この水槽を通して外部の光を内部に取り入れるのだ。
ティーラ号は宇宙港の開口部へと向かうアプローチ航路をゆっくりと進んでいた。
「こちらSS-WP 20034 ティーラ。アウターマーカーを通過した」
航路上に設置してある無線標識を通過したことを確認し、宇宙港の管制塔に無線を入れる。
『了解。先導船に従い入港せよ』
管制塔からの返信だ。
「了解。先導船を待つ」
そう答えると、船のスピードを落として先導船を待つ。
暫くすると、小型の宇宙船がやってきた。この宇宙港に所属する先導船だ。
小型船はティーラ号とすれ違う直前に軽やかに反転した。そしてぴたりと並走。
鮮やかな腕だ。
二隻の相対速度を合わせると、向こうから伸びてきたボーディング・ブリッジでドッキングする。水先人移乗の為である。
宇宙港内では、発着回数の少ない船長の乗船する宇宙船に、水先人の乗船が義務付けられている。つまり、ブリッジで操船指揮をとるわけだ。
正直言ってこれは、今のティーラ号にとって頭の痛い問題だ。現状、正規のクルーは俺一人だからだ。
仕方なく、スーニア号のアンドロイド達にティーラ号の作業服を着てもらい、クルーになりすましてもらっている。とりあえず、仮面は外してもらった。
そして、今いる場所は通常のブリッジではない。ここは艦体上部に突き出た展望ブリッジなのだ
。あくまでもサブブリッジ的なモノではあるが、入出港程度ならば十分行うことができる。
通常のブリッジは艦体中央にあって全天周囲モニターなどを備えている。火器管制や艦隊指揮なども行うことができる軍艦然としたものだ。故に、普通の探査船にあっていいモノではないしな。
故に、こうせざるをえない。
ちなみに今現在、ティーラ号の展望ブリッジにいるのは、俺とアイラ、サオラス、黒髪とダークブラウンのアンドロイド二人組、そして茶髪のガイノイド(女性型アンドロイド)だ。
アンドロイド達は男女共それぞれほぼ同じ体格、顔立ちの連中なので少々不気味ではあるが、サングラスをかけるなり髪型を変えるなりして誤魔化している。少々苦しいところだが。
ともあれ乗船してきた水先人と挨拶を交わし、ブリッジに案内する。若手の水先人は少々異様な雰囲気を感じた様だが、それでもテキパキと指示を下している。一安心、と言った所だ。
そしてティーラ号は順調に航宙を続け、先導船に従って宇宙港へと入港した。
『SS-WP 20034 ティーラ、第8桟橋第1係留位置への接舷を許可する』
管制塔からの指示。
水先人と桟橋の位置を確認し、コンピュータに指示する。
桟橋位置は宇宙港の奥――というよりも底――近くにある。先日、トゥルス星系に向かう途中に立ち寄った時とほぼ同じ場所だ。
と、アイラがやってきて、俺に耳打ちする。
彼女の傷はまだ完全には癒えていないものの、艦内で動き回る分には不自由していない様だ。
「あの船、この間の……」
「ん?」
彼女の指差す先、宇宙港の一番外側にある桟橋に一隻の艦が接舷している。その姿には見覚えがあった。
「……あの時の艦か」
砲のあった場所にコンテナらしきものが係留されているが、あれはカモフラージュ用のダミーなのだろう。他の場所にもパネルなどで偽装が施されているものの、艦体の特徴はほぼ一致する。本来主砲の一つがあったであろう場所のコンテナの下には、スーニア号による砲撃のものと思しき焦げ後もあった。
「やはりね」
アイラは頷く。
「チャンスかもしれないな」
もしかしたら、あの中にジェリコ達クルーもいるかもしれない。ナスターシャの棺も。
しかし、おそらくあの連中にもこの艦の姿は見られているだろう。まぁ、仕方の無い事だ。
だが、連中もすぐには手出しは出来まい。……おそらくはな。
そうだ……
「ちょっといいですか? あの船なんですが」
水先人に声を掛けてみる。
「ん? ……ああ、昨日から停泊している船ですね。あれがどうかしましたか?」
「いえ……以前別の場所で見かけた船なので、何処のかな、と」
「ああ……ランバードの商船と聞きました。ちょっと妙なんですよねぇ」
ランバード共和国、ねぇ。ずいぶんとキナ臭い名前が出てきたな。
「妙、というと?」
「まぁ、外観もかなりアレなんですが……。入港時に水先人の乗船を拒否されたんですよ。ここは慣れてるから良い、と。結局先導船から誘導して接舷することになった訳ですが、それで結局施設壊してたら世話ないですよ。まっ、次からは入港拒否になるかもしれません。最近増えてるんですよねぇ、ああいうの」
水先人は肩をすくめた。
普通は慣れた宇宙港でも水先人を依頼するのは普通だ。ただでさえ他船が近くにいる場合などには、思わぬ事故が起きるものだ。
やはり、見られたくないものを載せているのだろう。まぁ、そういう船には管理局の監視が厳しくなる訳だが。
こちらもあまり腹を探られたくない身の上なので、情報収集はそれくらいで打ち切った。あとは世間話に切り替えよう。
因みに、カーゴスペースにドッキングしたスーニア号は、貨物保護用のパネルを展開して隠してある。まぁ、臨検でもそこまで調べられることはないだろう。
その間にもティーラ号は桟橋へと近付いていく。
艦首を立ち上げ、艦底を宇宙港の底面に向けた。そして、接舷位置へと艦を近付けていく。
俺はシートに座り、水先人の指示で舵輪とパワーコントロールペダルを操作する。
無論、大半の操作はコンピュータが行うが、微妙な修正が必要になる場合がある。
ましてや今回は、ティーラ号の推進機関は未だ修復中で、カーゴスペースにドッキングしたスーニア号に曳航されたままだ。それを、ティーラ号の展望ブリッジから操艦するわけである。
「距離20……15、14、13、12、11……10。相対速度ゼロ」
ティーラ号は桟橋ギリギリの位置で停止する。
……正直言って、ここまで上手くいくとは思わなかった。
ごくわずかであるが、操作にタイムラグがあるのだ。
とはいえ、これは両艦の取り付け部に起因するものだから仕方がない。
ともあれ、ブリッジからの操作はこれで終わりだ。
後は、作業船による接舷作業だ。
ワイヤーにより、桟橋各所にある係留施設へと艦を繋ぎ止めるのだ。
その作業も滞りなく進行した。
そして最後に、桟橋から伸びてきたボーデイング・ブリッジが、テイーラ号の乗降用ハッチにドッキングする。
これで、接舷作業完了だ。
俺は水先人とボーディング・ブリッジで桟橋へと向かった。水先人の見送りと、入港手続きを行う為だ。
桟橋に降りると、携帯端末を手にした宇宙港職員が待ち受けていた。
水先人に礼を言って見送ると、宇宙港職員に向き直る。
「SS-WP 20034 ティーラ号キャプテンの周防です」
敬礼すると、彼は端末から目を上げた。
「管理局のヴェルナーです。先刻送付された書類を確認しました。こちらでよろしいですね?」
「ええ。間違いありません」
俺は彼の示した端末上の書類に目を通し、ティーラ号に関するものであることを確認した。
「……書類上は問題ないですね。ところで、当初の予定よりもずいぶん早い寄港ですが……どうかされたのですか?」
宇宙港管理局の職員はチラとティーラ号を見た。
「ええ……調査中に少々トラブルがありまして、一旦こちらで物資などの調達が必要になりました」
出来る限り平静を装い、答える。本来であれば、何者かに襲撃を受けた事を報告した方が良いのだが、アイラ達の事もある。とりあえず、この場はごまかすしかない。
ダメージを受けた部位の偽装は、素人目にはわかるまい。……多分。
「そうですか……。ではここにサインをお願いします」
端末を受け取ると画面上にサインし、とりあえず入港手続きは完了だ。
その後、幾つかの手続きを済ませ、艦に戻った。
別れ際の彼の「最近は港湾周りが少々物騒なので、気を付けて下さいね」との言葉が気になったが……。
とりあえず、情報収集だな。34桟橋に停泊している艦が何者か調べる必要がある。
ブリッジに戻るとオペレーター席に座り、宇宙港のデータベースにアクセスする。現在係留中の宇宙船の一覧が掲示されているのだ。
「ふむ、やはり船籍はランバード共和国、か……」
軍艦ではなく、あくまでも商船としての登録だ。ランバード軍属の工作船または私掠船という可能性もあるが、あるいはそれ以外の可能性も否定できない。
このランバード共和国は、この太陽系に程近い場所にある、東宙域辺縁に位置する星系国家だ。独立したばかりの新興国家であり、外貨が必要な為か外国船籍誘致を積極的に行っている。税金を低く抑え、あるいは様々な規制を緩やかにすることで、外国船籍を誘致しているのだ。
船主の国籍とは異なる国に籍を置かれた船を便宜置籍船と呼ぶが、あの艦もそうなのであろうか。ランバードと利害関係がある国の工作船あるいは民間軍事会社の船が、便宜的にランバードの商船と偽装しているのかもしれない。
ともあれそうした船籍の船は、国際的な条約に準拠した安全基準を満たしていないものも多く、入港を拒否される事もある。あの艦はなんとか入港できたものの、事故のリスクを避けるために一番外れの桟橋に回されたのだろう。
……それが賢明な処置であったことを連中は自らの手で証明してしまった様だが。
ティーラ号も応急処置を済ませていなければ、あの辺りに回されていた可能性もある。応急処置といっても、隔壁などの補修を行い、ある程度居住区画に与圧出来る様にしただけである。ちなみに艦体外殻に空いた穴は、シールを貼って誤魔化しているだけだ。
とりあえず、ここである程度の補修を行い、単独でも航行できる状態にしなければならない。それには材料と人員を調達する必要がある、が……
「ねぇ、あれ……」
アイラの声に、モニターを見る。
「もう嗅ぎつけて来やがったか」
この艦の正面には、桟橋を眺める事の出来るターミナルがある。そのガラス張りのラウンジに、ひときわ体格のいい数人の男がいた。その身のこなしは、練度はともあれ明らかに軍の訓練を受けたものだ。彼らは一般の乗客に混じってこちらの様子を伺っている様だな。とはいえ、一般客はほとんどおらず、男達の姿はいやがうえにも目立ってしまっている。そういえば、最近物騒だと聞いていたが、あの手の連中が跋扈しているのか。
この宇宙港の第1〜10の桟橋は、通常ほとんど旅客便を扱う事は無い。基本的に、軍艦や練習・調査船や各国政府の船の為に用意された場所である。今回は、一応公共団体所属ということでこの場所に艦を停めさせてもらっている。通常であれば見物客やマスコミ、市民団体などがうろつくラウンジであるが、得体の知れない中古船一隻しか停まっていない現状では閑古鳥が鳴いてしまっている。つくづく運のない連中である。
もしかしたら、わざと目立つことで俺達に何らかの警告しているつもりなのかもしれん……とも思ったが、必死で一般客を装おうとしている所からするとそうでもなかった様だ。
とりあえず、あのラウンジからティーラ号のいる桟橋へは直接侵入することができないので、あそこにいる連中は放っといてもいいだろう。しかし、資材や人員の調達する際には注意が必要だ。宇宙港関係者や警備担当者に、あの連中の息のかかった奴がいないとも限らないからだ。
とはいえ、修理のための材料は必須だ。これは、いつも使っている業者に依頼しておけば大丈夫だろう。
となると問題は、人員か。一応本部には、アイラ達の件も含めて一通りの経緯を説明し、人員の派遣を要請してあるが……果たして、こういう事態に見合った要員はいるのであろうか?
仕方ない。本部からの指示を待つしかないか……。
あの連中の事を軍か警察に報告しておいたほうがよさそうだな。おそらくはウチの本部から連絡が行くだろうが、早い方がいい。とはいえ、いきなり俺が連絡入れたところで軍も警察も動かないだろう。
……そうだ。ヤツはまだここにいるかな。
アレイラの軍港は、連邦軍第十艦隊の母港となっているのだ。
俺の士官学校時代の友人であるソリアが第十艦隊に配属されている訳だが、転属されていなければいいが。
とりあえず基地に連絡を入れ、奴の所在を聞く。
どうやらまだ艦隊司令部にいる様だ。司令部という事は、つまり艦隊旗艦である巡航艦デナリの中、という事になる。
軍のデータベースにアクセス。
デナリは……今、港にいる様だ。
とりあえず、ヤツ宛にメールを送っておく。
「友達?」
隣の席に座ったアイラが、興味深げに問う。
「ああ。士官学校時代のな」
「あ、そういえば……軍にいたんだったね」
「ま、少々やらかしちまって退役するハメになったがな」
「やらかしたって……何を?」
「ま、それはおいおいな。……ん? すまん、電話だ。この番号は……」
携帯端末に着信。
「ども、スオウさん。毎度です!」
陽気な声。
「おう、シンか!」
よく使う商社の担当者だ。いつも物資の調達などををしてもらっている。
「いや〜、驚きましたよ。まさかここにいらっしゃるなんてねー。営業でこの星域廻れと言われていて、ちょうどカダインに来ていたんですよ。必要な物が揃い次第伺います」
「よろしく頼む。緊急時なんで、出来れば急ぎで」
リストは先刻送ってある。きちんと対応してくれるはずだ。
「わかりました。すぐに手配しますよ」
そう言って、電話は切れた。
これで物資に関してはOKだ。
……でもよく考えたら、アイツ時々ポカやらかすんだよな。
メールでもさっきの電話でも、緊急時だと念押しておいたから大丈夫だとは思うが。
さてと……
ソリアからの連絡を待ちつつ、少し出歩くか。宇宙港事務局での申請とか、幾つかやっておかなきゃいけない事もあるしな。
「私も連れてってよ」
と、アイラが不満気な顔をした。
「その怪我だし、おとなしくしておいた方がいい。それに、上陸するには身分証明が必要だしな」
ここも地球連合領なので、船員証さえ示せば俺の上陸には支障はない。しかし当然のことながら、異星出身のアイラは、ここで通用する身分証はない。
「うぅ……」
アイラは肩を落とした。
まー、仕方ないか。
「分かったって。何か買ってくるからさ」
「それじゃ、マラサダかアンダギをお願い」
機嫌を直してくれたようだ。この辺は前と変わらない様だ。
両者とも、ラピタにいた頃の彼女が好きだったものだ。祭りなんかの時に屋台で売ってて、よく一緒に食べたな。……まぁ、揚げパンやら揚げ菓子なら、似たモノはあるだろう。無ければ無いで、材料を買ってきて艦内で作ればいいか。というか、そんな安いものでいいのか。
「分かったよ。探してみる」
「お願いね〜」
俺は彼女に見送られ、艦を後にした。
彼女もストレスが溜まっているのは確かだろう。
俺に正体を隠して接したり、また正体が露見した後でも、怪我で身体が不自由だったりと。で、ようやく動けるようになったら艦で留守番と……。
彼女も気兼ねなく外出出来る様になれば良いのだが。
それはそうと、やることをやらねば。
俺が訪れたのは、円筒底面裏側の区画だ。
天井までの高さは百メートル程の開放的な空間である。そして天井の窓からは、水槽越しであるが港の様子を見る事が出来る。
事務局の他にはマーケットや歓楽街もある。
宇宙船の長旅は、狭い船内に長時間閉じ込められる為、宇宙港にはこういった開放感のある区画が設けられているのだ。
事務局を訪れて幾つかの申請を行い、それを終えると側にあるマーケットで買い物だ。
船内にも物資は十分に貯蔵してあるが、やはり新鮮な食材は欲しいところだ。
後、アイラの好きそうな菓子類も。
荷物の大半は桟橋まで送ってもらうように手配し、菓子類をバックパックに入れてマーケットを出る。
と、
「!」
この気配。
……いるな。
ショーウィンドゥに目をやりつつ、さりげなく背後を確認する。
ガタイのいい男達が三人……いや、四人か。離れたところにもっといるのかもしれない。
俺の方をチラチラ見ている。
おそらくは、あの艦の連中。
一人でノコノコ出てきた俺を襲うつもりなのだろう。
望むところだ。
俺はそっとコートの下、左腰に下げた超振動ブレードに手をやった。通常使っているものとは違う、膝下ほどのロングコートの裾から出ない程度に刃渡りの短いタイプだ。
俺は一応武器の携帯許可を持っている為携行には問題は無い。しかし、治安の行き届いた場所では長剣を携行するには少々はばかられる。
……俺の剣の師匠が言うには、「真剣を持っていても、堂々としていれば案外咎められる事はない」だそうだ。勝手に模擬刀の類と勘違いしてくれる訳だが、俺は試したいとは思わない。
俺は周囲を気にするそぶりは見せず、人もまばらな路地へと入った。
暫く進み、更に細い路地に入った所で、前方から四人、これまたイカツイ連中が現れる。
……待ち伏せかよ。それとも、回り込んできたのか?
足を止める。と、後ろからも二人やってきて、俺を包囲した。六人か。だが、想定内。
「やれやれ。案の定か」
俺は口中で呟くと、肩をすくめた。
「金か? あいにく手持ちは無いぞ」
男達は俺の言葉に耳を貸さず、じりじりと包囲を狭めてくる。そして、リーダーと思しき男が口を開いた。
「周防達麻だな? 俺達と来てもらおう」
「嫌だね。男とデートなんてな」
鼻で笑ってやった。
「……仲間はどうなっても良いと?」
やはりこいつらはあの艦の連中か。ならば、話は早い。
「その前に自分の身の心配をするんだな。でないと死ぬぜ? アンタが!」
踏み込むと、ヤツの心臓の上に左手を当てる。そして、一気に“打ち抜い”た。
「!?」
ヤツは何が起きたかも理解できぬ表情のまま吹っ飛び、そのまま気絶した。
衝撃で一瞬心臓が止まったのだ。
鍛えている様だから、命に支障はあるまい。……多分。
「ヤロウ!」
と、それに激昂した連中が手に武器を持って襲いかかってくる。
ならば、こちらも武器で応戦するだけだ。
セイバーを抜きざまに一閃。
当然刃先は届かない。しかし、迸る衝撃波が男達を襲った。
ソニックセイバー。
エネルギーセイバーの極低出力版といった所か。射程は数メートル程。濃い大気のある場所であれば、使用可能だ。
出力を抑えている為に人体を両断する程の威力は無いが、一瞬相手を怯ませれば十分だ。
男たちはたたらを踏み、よろめいている。
すぐさま前方の男に体当たり。ヤツを吹き飛ばすと、すぐさま包囲から抜け出て壁を背にする。
「このヤロウ……妙な武器を!」
その間に立ち直ったのか、数人の男が殺到してくる。
少しは怯むかと思ったんだがな。いや……俺の得物が超振動ブレードだと分からなかっただけか。普通は使わない武器だからな。
先頭の男がバールの様なものを振りかざす。
だが、遅い。軽くサイドステップしつつ、振り下ろしてきた得物を真っ二つに斬り飛ばしてやる。
「なっ!?」
絶句したところを、大上段からの一太刀で一刀両断……はせずに、その身体の直前を空振り。だがヤツの身体はソニックセイバーの見えざる刃で縦一文字に斬り裂かれていた。衝撃波の余韻で派手に血が舞うが、実際は皮一枚斬り裂かれた程度だ。命に別条はあるまい。
しかしヤツは斬殺されたと勘違いしたのか、そのまま倒れて気絶してしまった。
あの程度じゃ怯まない連中だ。血を見なきゃ分からんだろうから、ソニックセイバーの出力を少し上げてやった。
次いで、仲間の惨状を見、メリケンサックで殴りかかろうとしたまま硬直していた男の顎に柄頭で一撃。
折れた歯が飛び散る。幸い舌は噛まなかった様だ。
そいつは脳を揺さぶられ、昏倒した。
その間に俺の背後を取ろうとしていた男に後ろ蹴りを見舞う。
「……ン?」
妙な感触。何か柔らかい。
あ……まともに股間に入ったな。まぁいい。倒れて悶絶してるそいつの脇腹に蹴りでもいれとこう。
「よくも……」
ヤツが沈黙した所で、視界の隅でリーダー格の男が起き上がるのが見える。
そして、銃を構え……
俺は横に飛び、棒立ち状態のヤツの仲間を盾にした。
リーダー格の銃が、俺の動きを追う。しかし、仲間が邪魔だ。
「バカヤロウ! どけ!」
リーダー格はとっさに怒鳴るが、トリガーにかけた指は止まらない。
「えっ……ぎゃあーっ‼︎」
リーダー格の一撃は、盾になった男の右脚大腿部を直撃した。
男は脚を押さえ、転げ回っている。
「チッ……役にたたねぇ! オイ! ヤツを押さえてろ!」
リーダー格が怒鳴った。
見ると、体当たりで突き飛ばしたヤツがようやく起き上がった所だった。
「押さえろって……」
ヤツは戸惑ったような声を上げる。
俺の側にいて誤射されたらたまらないもんな。
だが、盾にさせてもらう。ジェリコ達をさらった連中の仲間だしな。情け無用だ。
まぁ、あの程度の銃なら一、二発程度はコートで防げるが、念の為だ。
すぐさま移動。
半分自棄になって襲いかかってくる盾二号のナイフの刃を超振動ブレードで斬り飛ばすと、鳩尾に拳を一発。そして胸元を掴んで持ち上げる。身長190cm以上、体重100kg越えの大男だ。十分盾になるだろう。
義体で強化されている訳ではないが、ナノマシンで骨格・筋肉ともある程度強化されているので、この程度の物を持ち上げるのは楽勝だ。無論、身体能力ではアイラには及ばないだろうが。
そして、そいつを構えて反撃だ。
いや、銃撃でも構わんか。だが、持ち替えるのも面倒くさい。このままで行こう。
俺は半ばパニック状態に陥ったリーダー格に向けてソニックセイバーを……。
しかし、その直後。
光弾がリーダーの右肩を打ち抜いた。
「!」
リーダーは銃を放り出し、痛みにのたうちまわっている。
俺はすぐさま構えた盾の陰に隠れ、光弾の飛来した方を伺う。
「へへっ、間に合ったな!」
飲み屋と思しき店舗の屋根の上からの陽気な声。
見上げると、見知った顔の男が硝煙の上るブラスターライフルを構えて立っていた。
ヤツは俺と目があうと、サムズアップする。
「イェイ!」
「……帰れ」
イェイ! じゃねーよ。
盾二号を放り出してため息をついた。
「エエェェェエエ!? 何でだよ!」
ソイツは慌てて屋根から飛び降りる。
この男は、未確認星域調査局の調査員、鄭志龍。射撃の名手である。元は保安庁の特別警備隊に所属していた。未確認星域調査局に来た経緯は……大体俺と同じだ。
この男が今アレイラにいる……。つまりは、ヤツが補充メンバーなんだろう。まぁ、妥当な線だろうな。
不本意ながら。
「何しに来たんだよ? ほとんど決着ついてただろうが」
「だからじゃねーか! 決着ついたら俺が出るきっかけが無くなるだろ!」
「オイオイ……」
「冗談は置いといて、だ。あっちにまだゴロツキ共が何人かいた。すぐこちらにやって来るだろう」
ヤツは俺の来た方を示した。
まだ他にもいたのか。そういえば、背後にいたのは三、四人で、路地まで入ってきたのは二人だったな。路地に来る途中で気配が減ったので、てっきり何処かを通って前に回り込んだものと思っていたが。
で、こいつらが先走ってしまったので、慌てて駆けつけてきた、と。ここで手間取っていたら、面倒な事になっていたかもしれんか。
とりあえず、不意打ちを受けない様に壁際に寄り……
ん? 来る気配がないのだが。
「で、いつ来るんだ?」
「あ、あれ? ……おかしいな〜。逃げたかな?」
「ふーむ……」
俺は用心しつつ、元来た道へと向かい……
「……」
そこに広がる惨状に、思わず頭を抱えた。
「……何してるんだよ」
地面に横たわる数人の男。
そのうちの一人の頭にアイアンクローをかました状態でぶら下げているのは、アイラだ。
俺に気付くと、慌ててそいつを無造作に放り出し、何も無かった様に笑顔を作った。
「何でもないの、何でも……」
幾ら何でも無理があるだろう。
「……そいつらは?」
「タッちゃんの後つけてる連中を見つけたから、ちょっと、ね……」
「この有様はちょっとじゃないだろう……。それに艦で待ってるって言ったじゃないか」
「少しだけ、少しだけ外を出歩こうかと……」
消え入りそうな声で答えると、彼女は肩をすくめ、うつむいた。
「勘弁してくれよ……」
思わずため息をつく。
「管理局の人間に見つかったら、密入国扱いになってしまうんだぜ。というか、まだ怪我人だろ、アイラは」
彼女の耳元で囁く。
「そ、そうだけど、帰ってくるのが遅かったし……」
「すまんな」
一応心配してくれたのか。
そういえば、サオラスはアイラを止めなかったのだろうか?
いや、そういえば……彼女(?)は「独り立ちさせねばならない」と言っていた。よほど危ないことがない限り、アイラの行動には干渉するつもりは無いのかもしれない。
「お〜い、俺を置いてきぼりにして話をするなよ。……ていうか、誰だよその子。結構可愛いし。ナンパしたのか?」
う〜む、どう説明したものかね。……というか、この有様を見ておいてその言葉かよ。
「ああ、実はな……」
「あ〜、思い出した! アイラちゃんだろ! 昔ラピタにいた……」
「ヲイ……」
人の話の腰を折るなと言うに。
というか、女の顔はよく覚えてるんだよな、コイツは。まさかアイラの事を覚えているとは思わなかったが。それとも、アイラ達の事情まで聞かされているのか?
「……それより、本部で何処まで話を聞いてきたんだ?」
「あ〜、懐かしいな。三人で一緒に遊んだっけ?」
聞いてないな。
確かにコイツもラピタにいたが、アイラが来て暫くしたら台南に引っ越してしまった。てっきり顔は覚えていないと思っていたが。というか、事故の件は知ってるはずなんだが……。
「え、えっと……」
アイラは戸惑ったように俺を見る。彼女もどう返したものか、考えあぐねているのだろう。
「あ〜、覚えてないか。俺はすぐ引っ越しちまったからな……痛!」
脳天に手刀で一撃。
「人の話を聞け」
「お、おう……」
「オマエは今回の事についてどこまで聞いてきたんだ?」
「あ〜〜、何か言ってたな。確かトゥルス113に異星人が襲来してジェリコ達が連れ去られちまったとか」
「……やっぱり帰れ」
相変わらず中途半端にしか人の話を聞かないヤツだ。
俺の隣で、アイラが少し傷ついた顔をしていた。
「襲ってきたのは、ランバード船籍の艦だ。おそらく実際に所属しているのは、この辺りの宙域にある星系国家の一つだと思われるが、詳細は不明だ。で、俺以外の面子がヤツらに攫われた。俺はアヴァロンで戦っていたが多勢に無勢で、危ないところを異星人に助けられた。以上だ」
出来る限り簡潔に説明してやる。
「なるほど。その後、遺跡の奥でレスターが妙な怪物を召喚したんだっけ?」
「……最後まで聞いてるじゃないか」
「ああ。どうやら途中をすっ飛ばして聞いてた様だ。どうせ達麻に会ったら説明して貰えば良いと思ってな」
「……」
帰れ、というのも面倒くさくなってきた。
それよりもやる事がある。
「おそらくはコイツらがジェリコ達を攫った連中の仲間だ。とりあえずシメて吐かせてみる」
俺は地面に倒れ、ぐったりとしているリーダー格の男を引きずってくると、襟首を掴んで揺さぶる。
「うっ……、な、何だ⁉︎ 俺をどうするつもりだ!」
ヤツは蒼白な顔で、口を戦慄かせた。
「ふん、煮ても焼いても喰えそうにないツラして何言ってるんだ? それよりも、だ。キリキリ答えて貰おうか。貴様らの所属は何処だ? 俺達の仲間をどこにやった? それと、アンタらの目的は何だ?」
「うぅ……それは……」
俺の問いに、ヤツは逡巡する。口を割ったことを仲間に咎められるのを恐れているのだろうか。
「それは、何だ?」
睨み据え、重ねて問う。
「俺達はアルバスの……」
ヤツが答えたその時、
「警察だ! 全員動くな!」
俺達は多数の警官に囲まれていた。
ちなみに、「真剣を持っていても〜」は、知人の居合の先生から聞いた話が元ネタ。
酒入ってたから、多少盛ってるかもしれんけど……。
用語解説など
・イシューラ星系
人類居住域の東端に位置する太陽系。地球連合直轄領。
・カダイン
イシューラ星系第四惑星。
アレイラ
カダインの衛星。大規模な宇宙港及び軍港を持つ。地球連合軍第十艦隊の母港でもある。人工の天体で、元は地球連合軍の要塞艦バルティカであった。
・保安庁
地球連合に所属する機関で、連合領の宙域における警備・救難及び哨戒活動を行う。