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虚空(そら)の深淵  作者: 神井千曲
第一部
7/19

7話 素顔

 俺はフォージを抱えてアヴァロンのコクピットから降りると、スーニア号のブリッジを目指す。

 幸いこのスーニア号が接舷しているカーゴスペースは、アヴァロンなどの格納庫から程近い場所にある。そして目的地であるスーニア号のブリッジは両艦をつなぐ仮設通路からそれほど離れていない。

 とりあえずクルーの一人でも捕まえて、すぐにでもフォージの治療をしてもらわねば。

 ……などと考えている間にスーニア号の艦内へとたどり着いた。

 が……クルーが見当たらん。

 そういえば、この艦のクルーはほとんどブリッジにこもりっきりで、その他の区画にはいない様だ。少なくとも、この艦においては高い地位にいるであろうフォージの負傷にもこの有様だ。一体どうなっているのか。

 もしかしたら仲間意識が薄い連中なんだろうか? 小一時間問い詰めてやろうか、などと考えながら通路を走る。

 と、ブリッジに至る通路に一人の女が立っていた。

 背はフォージよりやや高い程度か。艶やかな黒髪を後頭部でまとめている。

 フォージ以外のクルーでよく見かけるのが、彼女の後ろにいた男二人だ。しかし、この女性クルーは時折チラッと姿を見せるのみ。……やはり仮面をつけているので、全て同一人物かはわからんが。

 文句の一つでも行ってやろうかとも思ったが、今は後回しだ。

「フォージが負傷した! この艦に治療施設はあるのか?」

「ある。こっちだ」

 黒髪の女が口を開く。初めて聞くフォージ以外の異星人の声。感情をほとんど感じさせない声であるが、機械音声(マシンヴォイス)ではない様だ。

 と、そう思う間もなく彼女は俺に背中を向け、歩き出す。

 俺は慌てて後を追った。



 女はしばらく進んだところにある扉を開けた。その中は2メートル四方程の小さな部屋だ。そのさらに奥にはもう一つの扉が見える。

「ここは? ……おっと、待ってくれよ」

 彼女は俺の問いには答えず、さっさと中に入ってしまう。仕方なく、俺も扉をくぐった。

 それを確認し、女は扉を閉じると壁にあるスイッチを押す。

「消毒する」

「!」

 直後、頭上から霧状のものが吹き付けられた。消毒液だろう。そして、微細な振動。超音波による洗浄か。昨日使わせてもらったシャワーに似た感じだ。



 そして十数秒後。

 それが終わると、女は奥の扉を開いた。

「ここが医務室だ」

 そう言うと女は扉を潜った。

 俺もその後を追う。

 その先には、中には手術台と思しきベッドを始めとする、様々な機器が並んでいた。奥には人が一人入れるサイズのカプセル状の機器などもある。

 正直言ってそれらがどんな機能を持っているのか見当がつかない。が、彼女が『医務室』と言うのだから医療機器なのだろう。

「そこのベッドに寝かせてくれ」

「わかった」

 女の指示で、ベッドにフォージをそっと寝かせる。マスクもその傍の台に置いた。

「準備をする。服を脱がせておいてくれ」

「え゛」

 ……脱がせるのは構わんが、良いのか?

 確認しようとしたが、女はすでに機材の準備に取り掛かっている。仕方ないか。



 とりあえず、ベッドに横たわる彼女の姿を眺める。

 脱がせ、と言われてもな。異星文明の宇宙服だぞ。損傷しているわけだし、ナイフで剥がしてしまえば良いか?

 ……と思ったが、それ程面倒な構造という訳では無さそうだ。

 フォージたちの使う宇宙服も、おそらくは俺たちのものと同じく二重あるいは三重構造になっているだろう。

 とりあえず、外装だ。体に密着するタイプなので少々面倒だが、いくらか苦労して胴回りのファスナーらしきモノを外す事が出来た。前面のファスナーも外すと、彼女の負傷箇所に注意しつつ上を脱がせる。次いで同様に下も脱がせると、おそらくは冷却用と思しきインナースーツが現れる。断熱と防護、気密機能を持った外部と冷却機能を持った内部の二重構造という訳だ。この辺は俺達と変わらんな。



 外部スーツは断熱されているために体温が宇宙服の中にこもり、高温になってしまうので身体を冷やす必要がある。冷却スーツは、そのための服だ。このインナースーツもそういった機能を持っているだろう。

 おっと、一気に脱がせるのはまずい。……まさか、下は裸ってことはないよな?

 襟元のファスナーを外すと、内面はゲル状の素材で覆われていた。これで皮膚に密着するのだろう。

 更にもう少しファスナーを下げると、下着はつけているのが確認できた。

 一安心。

「すまん」

 謝ると、冷却スーツを脱がしていく。と、鉄臭い匂いがした。見ると、内部には血糊がべったりと張り付いている。かなりの出血量だったのだろう。幸い、脇腹の傷口からの出血は止まっていた。その傷口には白いカサブタ状の物が張り付いている。あの時貼った絆創膏状のような物に付いていた薬品によるものなのだろうか?

 そういえば、俺の肩の銃創も絆創膏の様な物を貼ってもらったら、短時間で傷が治ったな。大したものだ。今はもうその痛みは無い。



 冷却スーツを全部脱がせ終えると、彼女の均整のとれた肢体が現れた。適度に筋肉のついた肢体。仰臥してもボリュームを失わない胸と、引き締まった細い胴。肉付きのいい腰回り。一瞬見とれてしまう。

 おっと、いかん。そんな場合じゃない。

「……脱がせた。これでいいか?」

 邪な気持ちを振り払い、黒髪の女を振り返る。

「全部脱がせて、そこにある布で身体も拭いてくれ」

 顔も上げずに奴が言う。

 見ると、ベッドサイドのテーブルに、白い布切れが何枚か畳んで置いてあった。アレはウェットシートの類か。

 おいおい。俺個人としては一向に構わんが、今の立場がな……。フォージに変な誤解はされたくない。下手すりゃ外交問題だからな。

 ……というか、こういうのは女性クルーがやるべきじゃないのか? あるいはそういうのは気にしないのか?

 ……もしかしたら他にいないのかもしれんが。

「身体を拭くのは構わんが、脱がすのも俺がやるのか?」

「私は治療の準備に専念する必要がある」

「……分かったよ」

 俺は仕方なく答えた。



――しばし、のち

「全部脱がせたぞ。これでいいんだな?」

 血に塗れたフォージの身体をきれいに拭き、下着も脱がし終えた俺は、ベッド脇の椅子に倒れこむように座んで一つ息を吐いた。

 ……疲れた。

 肉体的な疲労ではなく精神的な疲労だ。途中でフォージが目を覚ましたらどうしようかとヒヤヒヤしっぱなしだった。

 一瞬彼女が身じろぎした気もするが……気のせいだと思いたい。

 こういう状況でもなければ役得だったのだがな。

「それでいい。すぐに治療にかかる」

 女はまたも俺を見る事無く答えた。

 あっちにモニターでもあるのだろうか?

 まぁ、それはどうでもいい。手術が上手くいくことを信じるしかない。

 手術台の上の彼女の姿をチラと見……すぐに視線を外した。

 どうやら淡い赤銅色の肌は生来のものらしい。豊かな隆起の上、ツンと突き立った小さな尖塔。そして、引き締まった腹部中央にある、小さな窪み。その下の、髪と同色の薄い翳りと……

 彼女の身体を思い出す。

 決していやらしい意味ではない。……多分。

 ふむ。

 脊椎を持つ内骨格型。胸部の内臓は骨で覆われているが、腹部は脊柱のみ。心臓の位置は胸部中央やや左で、血にはヘモグロビンを含んでいる。外性器の形態からして、雌雄別体であろう。……チラッと見えてしまっただけだが。繁殖形態は体内受精を行い、おそらくは胎生で、授乳を行っていると思われる。そして体毛は頭部では発達しているが、それ以外の部分はごく一部を除いて薄い……。

 おそらく彼女――ソリアス人――は、哺乳類あるいはそれに酷似した生物なのだろう。それも、ホモ・サピエンス・サピエンスとは亜種レベル、あるいは種レベル程度の相違しかないと思われる。DNAを検査したわけではないが、少なくとも生身部分の形態は、俺達と大差ない。

 少なくとも、収斂進化では説明できそうにない。自然発生人(ナチュラリアン)――人為的な要素によらず発生・進化した知的生命体――であれば、の話だが。

 四肢などを義体化しているのは、かつて重傷を負ったためか、あるいは“監察官”という任務故なのか。それとも……。まぁ何にせよ、おそらく彼女本来の四肢はこれと同じ形であろう。



 ……などと考えている間に、準備が整った様だ。

 女の操作で、妙な形の機械が彼女ごとベッド脇にスライドしてくる。そして彼女は無造作にフォージに酸素吸入用と思しきマスクを着けると、また機械の操作に戻る。

「手術を開始する」

 ベッド上の天井の一部が強く発光した。手術用無影灯か。

 次いで、フォージの上をベッド脇の機材から展開された、半透明の板状のものが頭から足先までスライドしていく。X線撮影かMRIの類なのかもしれない。

 それが収納されると、代わって幾つかのロボットアームが伸びてきた。

 彼女の脇腹の患部に何やら液体を噴霧。消毒液であろうか。次いで、何箇所か針のような物を突き刺した。麻酔のようなものかもしれない。そして、メスらしき刃物で傷口を切開し、損傷した部位をごく薄く切除していく。そして、最後にゲル状のものを注入し、シールのようなもので傷口をふさいだ。

 その次は、腕。大きくえぐれた痛々しい傷跡にロボットアームが入り込み、何かをしている。溶接などでは無い様だ。あの骨格は金属っぽく見えたが、実際はバイオマテリアルなのかもしれない。それが終わると、今度は乳白色の粘土状のものが注入されていく。……素人目にはパテか何かを詰めただけの様にも見えるが。そして何種類かのラップ状のものを巻きつけて終了、らしい。このラップ状の物はギプスを兼ねるのだろうか? そして、太腿も同じ処置をしていた。

「その白いヤツはナノマシンか何かか?」

 とりあえず質問してみる。

「そうだ。これで欠損部位を再構築する」

 素直に答えてくれた。てっきりスルーされるかと思っていたが。

 幾つか懸念材料があるとはいえ、とりあえず彼女の手術が無事終わったことを素直に喜んでおこう。



 女が再び操作すると、機械は再び元の位置に戻っていった。そして彼女は何も言わずに部屋を出て行ってしまう。

「えっ……オイ、ちょっと待てよ!」

 このまま放置か? 幾ら何でもそれはないだろう。

 思わず声を荒げ、後を追おうと立ち上がった。

 しかしその時、ベッドから微かな声がした。

「うっ……」

 フォージだ。

 焦点の合わぬ目で、宙を見ている。

 目覚めたか。

 安堵。しかし……嫌な予感もする。

 まさかと思うが、あの時の怪物の“声”を聴き、精神にダメージを負ってしまっているのかもしれん。

「フォージ! 大丈夫か?」

 慌てて歩み寄り、声を掛け顔を覗き込む。

 彼女はハッとしたように俺を見た。淡褐色の瞳の焦点が合う。

「タッ……タカヤ、か」

 どうやら杞憂で終わったようだ。彼女の意識ははっきりとしている。

「気付いたか……」

 俺は胸をなでおろした。

 が、重要な事を忘れていた。彼女は何も着ていなかったのだった。

 彼女は俺の顔を見つめ、次いで自分の体を見下ろし……

「きゃあー‼︎」

 真っ赤になった彼女は、俺に背を向け顔を右手で覆った。

 地球人の女性と同じ反応だ。

「ま、待って! その……」

「す、すまん!」

 俺も慌てて目をそらす。

「ガ……ガガ、ザザバ リサセダ」

 何やらくぐもった声がする。マスクをつけた時のフォージの声だ。ノイズ混じりで明瞭に言葉が聞き取れない。もしかしたら、マスクが損傷していたのかもしれない。

 ……そういえば、さっきは地球標準語を喋っていたな。俺との会話に関してなら、マスクなんていらないんじゃないか?



 とりあえず、何か体を隠すモノがいるな。

 周囲を見回していると、ベッドの上で何やら物音がした。あのあたりに、何か着るものがあったか?

「取り乱して、済まなかった」

 と、先刻とは打って変わって冷静な機械音声。

 顔を向けると、フォージがベッドに腰掛け、こちらを見ていた。手で前を隠しているものの、身につけているのはマスクだけだ。

「とりあえず、何か着るモノ……」

 そういえば、さっき脱がせた宇宙服ぐらいしか着せるモノは無いな。

「いや、いい」

 彼女は首を振った……様だ。逸らせた視界の隅で。

「ところで、その手足はどうしたんだ? 以前、大怪我でもしたのか?」

 間が持たないので、気になったことを聞いてみる。

「そ、それは……」

 彼女は言葉に詰まった。一体何なんだ?

「こっ……この身体は、対地球人用コミュニケーション用アンドロイド」

 ん? いきなり妙なことを。

「なるほどな……。本来の姿は別、という事か」

 苦しい言い訳だが、話を合わせておくか。正体を知られるのは、よほどまずい事なのだろう。

「……」

「どうした?」

「そういう事だ」

 ……何だ今の間は。

「とりあえず、その……また助けられた。ありがとう」

 まぁ、彼女の下手な演技は置いといて、言わねばならないことを言っておく。

「気にするな。私の任務の一つだ。それに……いや、何でもない」

 任務、ね。まぁ、それでも助けられたことには変わりは無い訳で。

「ところでだが……その姿が俺達地球人と酷似しているのは、赴任地が地球系人類の版図だからか?」

「ああ、そうだ。無許可で地球人に接触しようとする者を取り締まったり、我々が保護宙域内に残した危険な遺物が現地人に危害を与えないように管理するのが任務の一つだ」

「なるほどな」

 ……監察官、だったか。俺たちの文明では、権力機構などの内部監査を行う役職だがな。もしかしたら、彼女の他にも多数、地球人類生存圏に入り込んだ異星人がいて、それを取り締まるために送り込まれたのかもしれない。確か先日も、『様々な理由で地球系人類と接触しようとする輩も少なくない』と言っていたな。

 或いは、“野蛮な未開人”を監督し、指導するためか。

 ……後者は無いな。

「分かったよ。それよりアイラ、何か要るものは無いか? 取ってくるよ。いつまでもその格好でいるわけにはいかないしな」

「ありがとう。でも大丈夫。クルーが持ってきてくれるはずだ」

「…………」

 まさかこんなにあっさりと引っかかるとは。何か不安になってきた。

「どうした?」

 頭を抱えた俺に、彼女が声をかける。

「いや……名前」

「えっ……なっ、何を……私は、そんな名前では……」

 ようやく気付いたか。

 ……機械音声でありながら、まともに動揺していることが伝わってくる。

「……目元と右胸のホクロ」

「えっ、あの……」

「尻の、犬に噛まれた痕」

「そんな……まだ消えてないの⁉︎」

「……冗談だ」

 見た訳じゃない。

 ……というか、漫才やってる場合じゃなかったな。

「やっぱりアイラだったんだな。また逢えるなんて夢のようだよ」

 おそらくアトラス連合の持つ高い医療技術によって一命をとりとめたのだろう。義体化した四肢は、その後遺症か。

「……バレちゃった。本当なら、もう少し隠しておかなきゃいけないんだけど。お願い、この事は口外しないでね」

 彼女はマスクを外し、はにかんだような笑みを浮かべる。その貌には、幼い頃の彼女の面影が重なった。

「アイラ!」

 俺は思わず彼女を抱きしめていた。無論、彼女の傷に配慮はしたつもりだ。

「ちょ、ちょっと待って。まだそういうのは、その、心の準備が……」

「い……いや、そうじゃなくてな」

 そこまでしようとか考えていた訳じゃないんだけどな。

 いや、唇ぐらいいいか。

 彼女の頰に手を添え……



 その時。

「服を用意した」

 黒髪の女が戻ってきた。

「いやぁああぁぁ!」

 顔を真っ赤にし、手元にあったマスクを掴んで投げつけるアイラ。狙いは過たず、女の顔面に装着されたマスクに直撃した。二つのマスクは木っ端微塵に砕け散り、女はどうと倒れた。

 脳震盪でも起こしたのか。倒れたまま動かない。

「……あっ」

「酷いパワハラだな、おい」

 俺は苦笑しつつアイラから体を離すと、女に駆け寄った。

 背後で『いい所だったのに……』などとアイラがぼやいているが、とりあえず無視。

「大丈夫か? ん? こいつ……」

 整った顔立ちだが、何か不自然だ。あまりに左右対称すぎる。まるでマネキンの様だ。それに、眉間に六角形のマークの様なものがある。

「彼らは……アンドロイド。この船の人間のクルーは、私一人よ」

「そうだったのか……。道理で」

 ……いくらアンドロイド――いや、ガイノイド(女性型ロボット)と言うべきか――だといってもここに転がしとくのもアレなんで、とりあえず椅子にでも座らせておこう。

 抱き上げてみるが、結構軽い。おそらくは人間と同等か。大半がバイオマテリアルによって構成されているのかもしれない。

 ガイノイドをさっきまで俺が使っていた椅子に座れせたら、床に散らばったアイラの服を拾っておく。

 それをアイラに渡して……って、片手片足が不自由だったな。俺が手伝うしかないか。



 とりあえず、出来る限り彼女の身体を見ない様にして服を着せてやる。

「なあ、アイラ。何故マスクを?」

 疑問をぶつけてみる。

「赴任先で顔を知られない様にしないといけないの。私は“異星人”として現地人と接触する一方で、市井に紛れて調査も行わなければならない」

「その赴任先ってのは、俺達の所なんだな?」

 俺達の組織、未確認星域調査局。その中枢部ならば、彼らを受け入れていても不思議ではない。

「……そうよ。私の両親も同じ様に地球に派遣されていたの」

「って事は、俺はとうの昔に異星人と接触していたって訳か」

「……ごめんなさい」

「いや、それは別に構わんさ。事情がある訳だしな。でなければ、俺はアイラと出逢えなかった。そういえばあの時、俺はてっきりアイラが……」

「あの時、私は身体のほとんどがダメになってたの。手足は潰れ、胴体はほとんど千切れかけていた……。でも、頭と首はほぼ無傷だった。だから、私の身体は冷凍状態にされて本国に送還されたの。両親とともに」

「なるほどな。それで、親父さん達は急いで引っ越してしまったのか」

「ええ。……それに、政治的な思惑もあったみたいよ」

「政治的?」

「ソリアス人監察官の家族が、地球で地球人のテロによって死ぬ事はあってはならない、と。ソリアス人勢力圏内には、地球人勢力に対して良い印象を抱いてはいないものも少なくないの。保護宙域を設定した際、その中にはある国家が開発予定だった星系も含まれていたりした。だからあの時私達の身に何かがあれば、それを理由に武力介入を主張する者も現れかねない」

 それは良く分かる。外国の要人なり外交官なりが殺害され、それが原因で戦争が起こるということは、地球の歴史上でも幾度かあった事だ。

 ともあれ武力介入が未然に防がれ、またアイラの命も助かったことは素直に喜ぶべきだろう。

 ん? いや待てよ。

「……ところで、さっき一緒に小惑星の調査に行ったのはちょっとマズかったんじゃないのか?」

「大丈夫、任務中よ。無力な子供が死ぬのとは違う」

「なるほど……」

 無力な存在をダシにプロパガンダを行うのは、俺達の文明でもよくある話だ。

「そういえば、私も言わなきゃいけなかったわね。ありがとうって……」

「ん?」

「瓦礫に埋もれた私を必死に掘り出そうとしてくれたでしょ? それで助かったようなものよ」

「……そうか」

 あの時、俺は素手でひたすら瓦礫を掘っていた。爪が剥がれても、構わず掘り続けた。

 そして、彼女の頭が現れ……

 後のことはほとんど覚えていない。

 すぐに大人達がやってきて、彼女を掘り出そうとしていた事ぐらいか……。



 とりあえず着替えは終わった。左腕と右脚が半固定状態なため、少々手間取ってしまったが。

「どうする? 部屋までなら俺が連れて行くが。それとも……」

「あの中で休むことにするわ」

 彼女の指差す先には、カプセル状の機器があった。

「治療用カプセルよ。あの中で一晩休めば、傷はかなり回復すると思うわ」

「そうか。とりあえず、準備が必要か? どうすればいい?」

「緑色の大きばボタンを押して、その次に黒いスイッチを入れて」

「わかった」

 俺はカプセル状機器に向かった。



 彼女の言う通りの手順で操作すると、透明なフードが上に跳ね上がる。これで準備はOKか?

「これでいいのか?」

「ええ。ありがとう」

 彼女はベッドから降りようとし、一瞬顔をしかめた。

 傷が痛むのだろう。無理はいけない。

 俺は慌てて駆け寄り、彼女を抱え上げた。

 アイラは素直に俺に身体を預けてくれる。

「そういえば、これだけの技術力があるんだ。手足の再生は出来るんじゃないか? 義肢とか使わずに」

「出来ない訳じゃないわ。実際、内臓は半分近くが再生した器官よ。けれど、こういう任務には義肢の方が都合がいい場合があるの。今回はそれのおかげで助かった様なものだしね」

「そうだったな」

 確かに。腕や脚が生身であれば、大量出血によって彼女は死んでいた可能性が高かったな。

 それはそうと、カプセルの前に着いた。

「下ろすぞ」

 俺は慎重にアイラをカプセル内に寝かせた。

「ありがとう。ちょっと眠るわね」

 彼女は俺を見上げて微笑むと、頭部側にあるパネルを操作する。

 と、フードが降りて彼女の身体を覆った。

「ああ。ゆっくり休んでくれ。おやすみ」

「おやすみ、タッちゃん」

 目を閉じた彼女の顔を眺め、そっとフードを撫でた。



「……寝たか」

 背後からの声。

 振り返ると、黒髪のガイノイドが上半身を起こし、こちらを見ている。

「大丈夫か? まともに顔面に喰らってたけど」

 歩み寄り、声をかける。

 あのマスクは硬質な素材だったので、それが砕け散るスピードで投げつけられたら、下手すれば何処か故障してしまう可能性もある。

「大丈夫だよ。あの程度ではな」

 平然と立ち上がる。そして髪に引っかかった仮面の残骸を払いつつ、女は笑みを浮かべた。

 おかしい。先刻とは雰囲気が違う。さっきまではほとんど感情を感じさせない所作であったが、今は……。

「アンタは何者だ?」

「ふふ……あの子の指導教官さ」

「ロボットが指導教官なのか?」

 あるいは、脳移植されたサイボーグ――フルボーグともいう――なのかもしれないが。

「ああ、この身体はね。私自身の精神は別だ」

「精神は別? って事は、どこかにある本体から遠隔操作しているのか?」

 スーニア号の人間のクルーはアイラ一人と言っていた。だとすれば、何処から?

「いや、違う。私は精神生命体だよ。貴方にとっては、正真正銘の異星人、ってヤツさ」

「正真正銘、か。という事はアイラ、いやフォージは……」

「ま、それは後ほど。だが、貴方の想像はそれほど間違いでは無いと思うよ」

「……」

 つまり、地球人とソリアス人は同祖である、という事か?

 それよりも、だ。

「精神生命体とは一体何者だ?」」

「我々ラスティアスは肉体を持たず、精神体のみで活動する存在だ。無論、精神体のみでは物質界に介入することが難しいので、必要に応じて他の生命体やロボットの身体に“受肉”する必要があるがね」

「……なるほどね」

 ラスティアス、か。実体を持たぬ存在というのは想像を絶する。

「我らは数十億年前から様々な生物に憑依して生き延びてきたが、今はソリアス人とともに活動している。……とはいえ絶対数は少ないので、彼らの社会においても我らの存在は秘されているがね」

 つまり、俺達の社会におけるアトラス連合の監察官と同じか。

「それを、なぜ俺に?」

「君はそれを知る立場にいるべき人間だからだ」

「……俺が?」

「“あれ”に関わってしまったからな」

「……あの怪物か」

 ファルンガル・ゾダス。あの遺跡の最深部に現れた、この世のものならぬ怪物。アイラを傷つけた、敵。

「そう。“あれ”は我らのもたらした技術による産物」

「……まさか、トゥルス113の遺跡を造ったのは……」

「いや、あれは当時我らと交流のあった種族のよるものだ。当時は技術的な支援を行っていたが、それが仇となった」

 俺達やソリアス人よりも先にあの規模の遺跡を造る技術レベルに達した種族か。それに技術的な支援を行っていたとなると……。正直想像もつかないな。

「その連中があの怪物を造り出してしまったわけか」

「そうだ。しかし、我らの助力で“あれ”を封印されたはずだった」

「なるほどな。それをレスターが……」

「いや、彼だけではないよ。“あれ”の“呼びかけ”に答えた人間は少なくない。だが、彼は特別だった」

「特別?」

「……ああ。だが、今はそれ以上知る必要は無い」

 彼女は怪物に関する話を打ち切った。

「分かったよ、ええと……」

「サオラスと呼んでくれればいい。それが、この身体に与えられた名だ」

「そうか。よろしく、サオラス」

 彼女は右手を差し出し、俺はそれを握り返す。

「私自身の名は別にあるが、それは後ほど教える。しばらくは私がこの身体に“入って”いる事はフォージには黙っていてくれ。あの子を独り立ちさせねばならないからな」

「分かった」

「君も知ってる通り、あの子はちょっと抜けた所があるからな。しばらくは助けてやってくれるとありがたい」

「……そうだな」

 その辺は昔と全く変わらないな。

 彼女は色々ドジをやらかしては俺がフォローしていた。

「まあ、貴方も昔と変わらない様だな。熱くなると、周りのことが見えなくなる所が」

「いや、全くだ」

 フォージから聞いたのか。

 まぁ、良かろう。二人で一人前なのかもしれないが、助け合えばなんとかなるだろう。



 俺とサオラスは医務室を出、スーニア号のブリッジに向かう。

 今後の行動方針を決めるためだ。



 ブリッジに入ると、二人のクルーが待ち受けていた。俺が初めてスーニア号に着艦した時に、アイラの後ろにいたアンドロイド達だ。

「“あれ”の追跡は出来ているな?」

 サオラスが問う。

「現在トレース中。所属不明の艦隊と交戦し、これを壊滅させた模様」

 無機質な声で、クルーの一人が答えた。黒髪の方だ。

 それにしても……

 艦隊を壊滅か。アレと交戦したら、この艦ですらどうなっていたか。

 背筋を冷たいものが走った。

「現状はどうなっている?」

「その後、空間跳躍により近隣の星系近傍へと転移。現在もそこにとどまっている模様」

「そうか。“あれ”と艦隊の戦闘中の映像はどうなっている?」

「確保完了」

 今度はダークブラウンの髪の方。

 これまた感情を感じさせない声。

「見るか?」

 サオラスは俺に問う。

「ああ。頼むよ」

 無論だ。俺には観る義務がある……はずだ。



 サオラスの指示でモニターに映し出されたのは、敵艦隊の姿だ。全て明らかに戦闘用だ。あの時の艦に似た規模の巡航艦が一隻。そして二隻の小型艦は、駆逐艦或いはフリゲートか。そしてもう一隻、巡航艦に近いサイズの、ややずんぐりした艦は強襲揚陸艦か。

 その四隻は、トゥルス113方面に向かって航行していた。

 超光速で航行していたファルンガル・ゾダスは、通常空間に移行するやいなや、無警戒な艦隊に容赦なく襲いかかった。

 突然のことに艦隊は隊列を乱し、砲を乱射する。

 直径200mを越す巨大なチューブの塊を思わせる怪物が目前に現れ、有無を言わさず襲い掛かってきたら誰しも混乱するであろう。

 艦隊からの砲撃が雨あられと降り注ぐものの、怪物は意に介した様子はない。

 そして、伸ばした無数のチューブの先端から、まばゆいビームの雨を降らした。

「!」

 一斉射だけで二隻の小型艦は消滅し、残り二隻もダメージを負った。

 生き残った強襲揚陸艦は、反転して逃げていく。旗艦と思しき巡航艦は踏みとどまろうとしたものの、至近距離まで接近した怪物のチューブに艦体を貫かれてしまう。虹色のチューブは艦の内部を蹂躙し、やがては巡航艦を怪物内部へと取り込んでしまった。

 何ということか。あの艦のクルーを待ち受ける運命はいかなるものであったのだろうか?

 おそらくは未曾有の恐怖に襲われて最期を遂げた可能性が高い。敵ながら、哀れだ。

 そして怪物は逃げ出した艦を追う。

 強襲揚陸艦は全力で逃げ切ろうとするものの、ダメージを負った状態では速力は出ず、あっさりと追いつかれてしまう。

 そして今度はチューブで艦を絡め取ると、ヤツはじわじわと艦を覆っていく。ヤツの身体の大きさは、自在に変化出来るのであろうか?

 600mを越す艦が虹色のチューブに覆われた姿は、俺の精神をじわじわと蝕み、狂気を呼び起こす様だ。

 そして、取り込んだ艦を消化していく様に、ゆっくりと元も大きさに戻っていった。

 もしかしたら、艦の乗組員の“絶望”も喰らっていたのかもしれない。強襲揚陸艦には陸戦要員など多数の乗員がいたはずだ。それは、ヤツにとって美味しい餌なのだろう。

 そして全てを喰らい尽くしたヤツは、虹色の繭に包まれたのち、消滅した。

 おそらくワープしたのだろう。

 ヤツが去った後の空間には、二隻の小型艦のわずかな残骸が漂うだけ。生存者は……居るまい。



「…………」

 凄まじい力だ。あんなヤツが人類が居住する惑星に現れたら……。

「ヤツの行き先は分かるか?」

「……ここだ」

 黒髪の方が答え、スクリーンに星図を示した。

「これは……イシューラ星系!」

 この星系の第四惑星カダインは比較的古い植民惑星で、多数の人口を抱える。もしヤツがここに目をつけたら……。

「行かねばならないな」

 サオラスは深刻な表情で頷いた。

「そうだな。ヤツを止める。何としてでも……」

 俺は、怪物の消えたモニターを睨みつけた。

用語解説など

・ガイノイド

 女性型アンドロイド。

・フリゲート

 軍艦の一種。駆逐艦より小型の高速艦。 

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