6話 混沌(カオス)の欠片
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これで、終わりだ。
俺はハンドブラスターで、地に伏した彼に止めを刺すべく狙いを定め……
「ん?」
その時、何か光るモノが目に入った。
アレは……
『!』
フォージも“それ”に気付いた様だ。
それは、レスターの身体の断面から転がり落ちたねじれ双角錐状の虹色に輝くモノ。金色の短い鎖が片方の先端に付属していた。
確かあれは、レスターのペンダントだったか。第二次調査隊を編成する際に彼と打ち合わせした際に見た事がある。しかしあの当時は、ただ翠色のヒスイにも似た色の宝石でしかなかったために、ナスターシャの形見か何かだと思っていたが……。
それにしても……アレは、何だ?
思わずフォージを見る。
しかし彼女もまた、戸惑った様に俺を見ていた。
……つまり彼女にしても、想定外ということか。
「まさか、コレがレスターの“核”なのか?」
とはいえアレも、ヘルメットに内蔵されたセンサーを通じて見たところで何らかの“力”を有している訳では無さそうだが……。
一方、フォージはというとねじれ双角錐をじっと見つめ、口中で何かつぶいている。スーニア号のクルーと話しているのか。
そしてしばし後、俺に向き直った。
『……分かった。これが、生命反応の正体』
「何だって⁉︎」
『この中に、多くの生命エネルギーが封じられている。それはきっと、この宙域で死んだ人たちの生命……』
まさか、そんなモノが存在するとは……。
ああ、そういえば。以前、これによく似た物を見た事がある。精神感応物質、ジオクリスタルだ。火星で発見されたある種の物質を精製して得られる結晶体。それが、ねじれ双角錐の形であった。それは人間の精神活動に反応を示す為、マンマシンインターフェースに組み込む事で、思考により直接機械を操作する事が出来る。アヴァロンにも組み込まれているものだ。
とはいえ、だ。
「……コイツはどうすればいいんだろうな。これを破壊すれば、ここの“主”の復活を阻止できるんだろうか?」
『分からない。破壊した場合、中に封じ込められた生命エネルギーが一気に溢れてしまう可能性がある』
「それもそうか。下手すれば俺たちの手で“主”を復活させてしまう事にもなりかねんな。……とりあえず、向こうへやっといたほうがいいだろう」
俺はパワーを切ったブレードの先端で鎖を引っ掛け、レスターの側から引き離す。
床を転がった多面体は、ただ輝きを発していた。
「レスター……」
俺は切り刻まれ、地に伏した彼に歩み寄る。
既に動く事は無い。多面体から切り離されてしまった為か。
『タツマ……』
フォージが声を掛けてくる。
「これでヤツも安らかに眠れるだろう」
俺は彼女に振り向き……
「! 後ろだ!」
叫びざま、ブラスターを撃った。しかし光弾は“それ”に当たる事なく通過した。
『……まさか』
“それ”を見て、フォージも愕然としている。
俺逹の視線の先にあるもの。
それは、多面体から立ち上る、オーラの様な“何か”の姿だった。
まさか……
ゆらめくオーラは収束していき、最後に人型を成した。
「レスター、だと⁉︎」
それはまさしくヤツの姿。
思わず後方を振り返ると、そこには崩れた白い砂状のものの山があるのみだ。
『あれは、塩……』
フォージの呟き。
『そう。アレは人形さ。今の俺の生命は、この中にある……』
「チッ!」
ブラスターの照準を多面体に合わせ……そして逡巡した。
破壊すべきか? だが……
その時、
『タツマ! 危ない!』
フォージの声。
突如、俺の足元の床面がめくれ上がった。
いや、違う! これは……床面に密着していた“何か”が実体化している様だ。或いは、二次元または別次元の生物が、この次元に現れようとしているのか。
慌てて飛び退こうとし……しかし、“何か”に引っ張られる。
「何だ⁉︎」
足に何かが絡み付いている。見ると、虹色に輝くチューブ状のモノだ。
『予定が変わった。タツマ……君の生命の輝きも頂こう。それを加えれば、“主”もより強力になるだろう」
レスターは穏やかな笑みをたたえ、俺に告げた。
冗談じゃない。抵抗させてもらう。
だが、この状態では……
『タツマ!』
フォージが飛び込んでくる。
剣の一閃でチューブを切り裂き、俺を抱えて離脱した。
『邪魔な女だな』
レスターが呟く。と、その足元から湧き出した一本のチューブが、俺を抱えたままのフォージに向かって伸びた。
「フォージ、俺に構わず逃げろ!」
『くっ!』
フォージは俺を離し、後方へと突き飛ばした。そして、剣でチューブを斬り払う。
だがチューブは意外な程素早い動きで剣をかいくぐると、フォージに襲いかかった。
彼女は左腕でそれを振り払おうとし……
『ッ!』
腕の一部が深々と抉り取られた。
彼女はバックステップで逃れようとするが、チューブは追いすがり、今度は右の太腿を抉った。
『うっ……あぁ……』
彼女はがくりとくずおれ、倒れ伏す。彼女の身体を覆う装甲は消失し、剣はその手の中でただの筒に戻ってしまった。
「フォージ!」
立ち上がった俺はハンドブラスターを連射し、チューブを半ばから吹き飛ばした。
『ふん……大して役に立ちそうもない生命だから生きて返してやろうとも思ったが……』
興味もなさげにレスターは呟く。
「レスター! 貴様は……」
俺はフォージを抱え上げると、レスターを睨みつけた。
『ふん……随分その女に入れ込んだものだね』
「命の恩人だ」
今はレスターよりもフォージの事が心配だ。
飛び退くと、フォージの傷に目をやった。
! これは……
傷口は、鋭い刃物で抉り取られた様であった。通常では、大量出血により命の危険にされされるであろう。しかし……フォージの腕と太腿の傷口から覗いていたのは、人工筋肉と金属光沢を放つ骨格であった。
「まさか……アンドロイド⁉︎」
だから役に立たない、とレスターは言ったのか。
いや、違う。先刻、俺を助けた時のフォージの息遣いを思い出す。
彼女は“人間”だ。間違いなく。
だがどちらでも良い。今度は俺が彼女を助けなければ。
『うっ……タツマ、か』
彼女の声。か細く、弱々しい。
「大丈夫だ。……必ず連れて帰る」
ヘルメットを接触させ、囁く。だが、荒い呼吸が聞こえるのみで、返答は無い。気を失ってしまった様だ。
「クソッ……」
怒りに体が震える。
またしても目の前で仲間が傷つけられた。それも、俺を助けようとして。
彼女を傷つけたヤツを許す訳にはいかない。
だがこのままでは、フォージは死ぬ。
冷静にならねば。
大きく息を吐く。
そして横目で入口を確認すると、ロケットモーターを使ってバックジャンプ。
覚悟していた追撃は……無い。
どうやらレスターは俺への興味を失ってしまったらしい。彼はホールの中央で、あの多面体のペンダントを下げ振り子の様にして眼前に吊るしている。直後、レスターのいる場所を中心に、床上に光の円が現れた。そして、その中を走る幾つかの直線。
「魔法陣、なのか?」
思わず足を止め、見入ってしまった。
その“魔法陣”から滲み出す様に現れたモノ。
何だ、アレは!?
それは、虹色の淡い光を発する何本もの透明なチューブが、幾重にも団子の様に巻き付き、あるいはとぐろを巻いた様な姿であった。各々のチューブは蠢き、のたくり、身を震わせている。
「……クッ!」
これは、狂気の化身であるのかも知れない。
『オ……オォ……オオ……』
聴覚を経由せずに脳内に直接響き渡り、剥き出しの精神を揺さぶる、呻きとも叫びともつかぬ“声”。
脳内のナノマシンが精神を安定させる脳内麻薬を放出してくれなかったら、間違い無く発狂していた。
いや、発狂した方がまだマシだったのかも知れない。凄まじいばかりの精神的プレッシャーが俺の脳を締め上げている。
「ッ! 何だ、これは……」
強烈な頭痛に頭を抱え、呻く。
『………………、と呼ばれていた』
レスターの“声”。おそらくはこの怪物の名なのであろうが、俺逹人類には発音できない音節が含まれていた。まるでそれは、吠えるような、咳き込むような……。
「ファルンガル・ゾダス……」
俺の口で再現できる音節では、これが限度だ。
『この遺跡を作った連中の言葉で、“混沌の欠片”という意味だ』
「カオス……」
『では、さらばだ。我々は行かねばならない』
レスターの姿は薄れ、ファルンガル・ゾダスの中に溶け込んでいく。
「ま……待て!」
俺は叫んだ。
しかし俺の眼の前で、レスターの姿は怪物と一体化してしまう。
そして、怪物は動き出した。
ヤツは奇妙なオブジェをなぎ倒しつつ階段状構造物を飛び越え、壁に向かう。そして凄まじい衝撃とともに、怪物は壁を突き破った。そしてそのまま突き進んでいく。おそらくはこの小惑星の外に出るつもりなのだろう。
「!」
その衝撃で、この部屋自体がゆっくりと崩壊を始めた。
まずい。このままでは……
小型の小惑星ではあるが、ある程度の重力は存在する。それに加えて、人工重力も。中心部にあるこの構造物には、それなりに外部からの圧力がかかっているはずだ。先刻破壊された壁は、この部屋の空間を維持する構造壁であったのかもしれない。そこが破壊された事で、構造物自体が圧壊を始めたら……。
そう考えた途端、奴の開けた穴から四方に亀裂が走った。この部屋は長時間保たないかもしれない。
「クソッ……何てことだ」
俺はフォージを抱えると、ロケットモーター全開で入ってきた扉へと向かう。そして、急いで来た道を戻ろうとし……ガス欠だ。戦闘で散々プロペラントを消耗してしまったからだ。
仕方ない。彼女を抱えて全速力で走る。階段を駆け上がって通路を抜け、エアロック室へと入り……
「ちっ……」
ダクトへと通じる扉が閉じてしまっていた。振動でクサビが外れてしまったのか。
センサーか何かで感知して開けば……ダメか。扉の周りを見回すが、スイッチの様なものは見当たらない。よく探せばあるのかもしれんが、今は時間がない。
バールの様なものがあればこじ開けることもできるのだが、そんな時間もなさそうだ。
フォージの剣は……俺では使えそうもないな。
だが、手はある。
俺は脳内ナノマシンインターフェイスを通じて、アヴァロンを遠隔操作する。
俺はパイロットとなる際に、脳内にナノマシンを注入させている。これにより、脳と乗機のコンピュータをリンクさせ、脳から直接コントロールする事が出来るのだ。いわば、アヴァロンは俺にとって大型の義体でもある訳だ。
いけるか? ……よし。反応あり!
アヴァロンが起動し扉に近付いてくるのを確認すると、俺は床上に落下したクサビの幾つかを回収して部屋の隅に隠れた。
直後、衝撃と共に扉が大きくゆがんだ。アヴァロンのアームだ。そして、もう一撃。
扉の残骸が、奥の壁に叩きつけられた。
やれやれ。これで脱出できるな。
俺は部屋の隅から出、扉の跡をくぐるとアヴァロンの差し出したマニュピレーターに乗った。
「フォージ……死なせはしない!」
呟いて、アヴァロンに乗り込む。
ハッチを閉じ、コクピット内を与圧する。そしてフォージを抱えたままシートに腰を下ろすと、彼女のヘルメットを脱がせた。そして、シート脇から酸素マスクを取り出す。
しまった。マスクが……。
彼女の顔を覆うマスク。それを外すのは気が引けた。これを被らねばならない事情があったのだろう。とはいえ、このマスク越しではまともに酸素吸入できるかは疑わしい。
……仕方ない。
「すまん!」
彼女に謝ると、その顔を覆うマスクを外した。彼女の顔が露わになる。
「……!」
何故だろう。その顔にはどこか見覚えがある気がする。
地球人で言えば、二十歳前後か。卵形の顔。彫りが深い整った顔立ちだ。やや太い眉。睫毛の長い、二重の瞼。高く、少々丸みを帯びた鼻。やや厚い唇。左目の下に、小さな泣き黒子。
好みが分かれるところかもしれないが、俺としてはかなりタイ……とか言ってる場合ではないな。
酸素マスクを彼女の顔に装着してやる。
『酸素吸入開始。呼吸正常』
モニター上の表示を見て、安堵のため息をついた。
とりあえず安心したところで……
「さて、脱出するか」
床を蹴り、スラスターを全開。先刻降りてきた通路を一気に上昇していく。
数百メートルを一気に昇り、人工構造物の外縁近くまで到達した。
「!」
その時、上から落下してくるものがあった。コーティング剤で固められた岩屑の塊だ。
ほぼ通路の幅一杯だ。落下速度は速くないとはいえ、回避できる時間的空間的余裕はない。これを持ち上げるのも難しい。と、なると……
「ちっ……」
ドリルアームを構える。ドリルが唸りを上げて回転を始めた。
そして頭部とドリルユニットのレーザー砲をその中央めがけて連射する。そして、赤熱化したところにドリルを突っ込み、粉砕する。
本来であればハンマーの方が良いが、残念ながら今はバックパックに積んである状態だ。多分、入れ替える時間はない。
続けざまに落ちてくる小さな岩塊は装甲で弾きつつ、なんとか構造部外縁に到達した。
が……。
「やはりか」
その先の通路が岩屑で埋まっていた。
奴が脱出した際の影響であろうか。レーダーで確認すると、この構造物の外形は大きく歪み、それの影響で外層の岩塊も崩落している様だ。
ならば、仕方ない。
「防御スクリーン展開」
不可視の楯。それを展開し、通路を塞ぐ岩塊へとドリルを先頭に突っ込んだ。
砕いた岩をバリアーで弾き飛ばしつつ、外へと向かってドリルで掘り進む。いや……どちらかというと砂礫の中を“泳ぐ”と言った方が良いか。
非常時だからやらざるを得ないが、通常ならこういう使い方はまずやるまい。
より隙間の多い、岩屑や砂礫で埋まったルートを選んではいるものの、そこから20分ほど掘り進んだ所で……
「ちっ……温度がヤバいな」
ドリル周囲の温度が急激に上昇していく。このままいけば、超硬合金のドリルチップが焼き付きで劣化し、欠けてしまう。
当然ではある。設計時に想定された掘削速度を遥かに超えて強引に掘り進んでいるのだ。
仕方ない。スピードを落としつつ強制冷却モード。ドリル脇から冷却ガスを放出し、ドリルを冷やす。そしてドリルが通常の温度に戻ったところで強制冷却をOFFにした。
「クソッ……このままじゃラチがあかん」
こうなれば使うしかないか。
「防御スクリーン、フィールドブースター……シンクロOK」
干渉場によって生み出された斥力で機体を推進させるフィールドブースターと防御スクリーンを同調させ、繭状のバリアーを形成する。両者を協調させることで、高い相乗効果を生み出すのだ。そして、
「……スクランブルブーストモード」
昨日の戦闘では使わなかった切り札の一つ。リミッターをカットし、安全マージンを削ってパワーを確保する。当然、機体へのダメージも少なくない。それでも、ここで生き埋めになるよりマシだ。
「持ってくれよ!」
機体を覆うフィールドが強化され、またドリルの回転速度も上がる。そして、岩や砂礫塊を次々に掘り抜いていく。
しかし、地表はまだ遠い。
リミッターをカットしている都合上、稼働限界時間も近づいている。下手すれば、機能停止とともに生き埋めだ。どうしたものか……。
……おっと、そういえば。
ティーラ号とのリンクが復活している。小惑星の岩塊の中、そしてスクランブルブーストモードによって強化された力場の中という悪条件であるため通信状態はいいとは言えないが、データリンクは利用できる。
すぐさま、ティーラ号のカメラで小惑星の現状を確認する。
予想通り、小惑星の外形は大きく歪んでいる。俺達が調査してきたあたりなど、かなり大きく窪んでいた。坑道が崩れてしまったためか。
しかし、その分地表との距離が縮んだと言える。
とはいえ、行動限界に至る前にたどり着けるか、というと……
そうだ、やってみるか。
エネルギー供給が行われているため、ティーラ号の武装も使用可能になったわけである。上面にある主砲を使ってある程度岩を排除できるか試してみても良いかもしれない。
本来であれば、スーニア号のクルーと連絡を取った上で行う必要があるが、フォージがこの有様であるので手段がない。
とりあえず、ティーラ号のメインコンピュータからスーニア号にデータを送らせておく。あっちのクルーが気付いてくれれば良いが。
そして主砲周辺のカメラを呼び出す。そして艦の上面ハッチを開いて主砲を砲撃可能な状態にし、コンデンサにエネルギーをチャージ。
そして慎重に照準を合わせ……
「行け!」
トリガーを引くと、砲口からビームの奔流が小惑星に向かって迸る。
強烈なエネルギー反応。
亜光速で射出された高エネルギー粒子の束が着弾した衝撃で、その付近の岩屑が吹き飛びクレーターが穿たれる。粒子束はそのエネルギーを解放し、拡散つつも更に奥へと進んでいく。解放されたエネルギーは熱へと変わり、岩すら融解させていく。
俺達の前方にある岩塊もまた赤熱化したことが、レーダーの反応から伺える。
「よし」
想定通り。
再び冷却ガスを放出。ドリルの温度が下がったことを確認すると、そしてそのまま突っ込み、掘り進んでいく。
が……
あと少しの距離を残したところで、そろそろ稼働限界時間が近づいてきた。
「マズイな」
呟いた直後。
とうとう、異常な振動とともにドリルチップが欠けた。そして同時に機体が稼働限界時間に達し、強制冷却モードに入る。
これで、数十分は動けまい。
ダメか。
……いや、イチかバチかだ。もう一発撃ってみるか。
ただ、今回は精密な照準が必要だ。下手すれば、俺達も消し飛ぶ。
「……」
一瞬のためらい。
直後、周囲の地盤が崩壊を始めた。当然だろう。脆い岩屑と砂礫の地盤に、この機体が通れるだけの大穴を開けてきたのだ。
崩れる岩塊がアヴァロンを襲い、再び小惑星の奥へと押し戻そうとする。これでは、砲撃で多少岩を吹き飛ばしたところで、気休めにもなるまい。このままではアヴァロンもじわじわと圧壊し、この小惑星の岩塊の中が俺達の墓所となるのだろう。
「万事休す、か。すまない、フォージ。それに、みんな……」
無力感に拳を握り締める。
しかしその時、
「何だ⁉︎」
突然突き上げるような衝撃とともに、周囲の岩屑が弾き飛ばされた。アヴァロンとともに……
機体の制御もかなわず、ただフォージの身体を抱きしめる。
俺達は、濁流の中の小舟の様に翻弄されていた。
気がつくと、俺たちを乗せたアヴァロンは、大量の岩屑とともに小惑星のすぐそばを漂っていた。
「一体何が……」
その時だ。
小惑星の向こうにあの怪物が姿を現した。
どうやら、奴もつい先刻脱出に成功したらしい。
おそらく先刻俺達ごと小惑星表面が吹き飛ばされたのは、奴が脱出した時の余波なのだろう。皮肉な事だが、奴に助けられたとも言える。
だが、楽観視はできない。アヴァロンは強制冷却中。そして脱出時のダメージもあるために暫くは動けない。
せっかく小惑星から脱出できた直後であるが、ここが俺達の終着点になるのかもしれん。
せめて一矢報いなければ、と思うのだが、アヴァロンは動けない。ティーラ号で砲撃を行うにしても、ドッキング中のスーニア号のクルーを巻き込むことになる。
とりあえずティーラ号を、いつでも射撃できる状態を維持させつつ、アヴァロンで宙を漂う。
もしかしたら、このまま奴はどこかへ飛び去ってしまうのかもしれない。
淡い希望。しかしそれは、あっさりと裏切られる。
奴はティーラ号へとゆっくりと近寄っていく。そして、無数のチューブを伸ばし……。
「聞こえるか! 逃げろ!」
アヴァロンのレーザー回線を通じて、叫ぶ。
しかし、反応はなかった。
微動だにしないティーラ号。
仕方ない。
無駄だとは思うが、最大出力の砲撃で……。
トリガーに指をかけ、照準を定める。
が、その直後、怪物の動きが止まった。反対方向へと身体の向きを変えた様だ。
「? ……あれは!」
センサーを確認する。
遥か彼方、この恒星系の外縁に幾つかの反応があった。そして、ワープアウトした際に起きる時空震の痕跡も。逆算すると、おそらく俺達がレスターと戦っている頃の時間に現れたのだろう。
思わぬ救援だ。
俺たちを襲った連中の仲間と思しき艦隊が、こちらを目指してやってくる。
怪物は、それに反応した様だ。
そして、恐るべき速度で艦隊の方へと向かっていき……レーダー上の反応が消滅した。
まさか、超光速航行だとでもいうのか。
怪物は光速を超えたスピードで艦隊へ襲いかかり、蹂躙するつもりなのかもしれない。
「助かった、のか?」
九死に一生を得た俺は、怪物の消え去った方を眺め、呟いた。
誰も応えるものはない。
ただ、フォージの呼吸音だけが、俺達が生き延びたことを実感させてくれた。
用語解説など
・ねじれ双角錐
trapezohedronとも呼ばれる場合がある。10面ダイスの様な形状。
・ジオクリスタル
精神感応物質。人間の精神活動に反応を示す為、マンマシンインターフェースに組み込む事で、思考により直接機械を操作する事が出来る。