4話 深層
生命反応、か……。しかも、あの小惑星の中心部に。
一体何が起きているのだろうか? 確かめる必要があるのは確かだ。
とりあえずまた本部に連絡を取り、現状報告をしておいた。
向こうは俺の報告にかなり混乱していた様だ。まぁ、さっきの報告の直後にコレだ。仕方があるまい。
だが、一応調査の許可は下りた。あまり遺跡に深入りはするなとの事だったが。
……生命反応を確認して帰ってくるのはOKだ、と解釈しておこう。
早速準備にかかる。
内部構造に関しては前回と今回の調査データが存在するが、“核”内部のデータはほとんど空白だ。なので、スーニア号のセンサーを使用し小惑星内部の構造を調査してもらう事をフォージに依頼した。
彼女は快く引き受けてくれたが、結果が出るまで暫く時間がかかるとの事だ。
ならば、その間にやるべきことをやっておこう。
ティーラ号のメインコンピュータに管理者権限でコマンドを打ち込み、スーニア号とのデータリンク許可と、アヴァロンからの遠隔操作を受け付けるように設定しておいた。念の為だ。
次いでアヴァロンをティーラ号のデッキに移動し、補給と整備を行う。
それらが一通り終わった所で、フォージから解析終了の連絡が来た。
よし。これで準備は整った。
調査決行だ。
だが、またあの連中がやって来る可能性もある。スーニア号のレーダーで反応があれば、すぐに引き上げる予定だ。
ティーラ号のカタパルトから射出後、アヴァロンは数度の姿勢制御を行い小惑星トゥルス113への進路を取った。その後は慣性飛行を行う。
しばし後、トゥルス113が目の前に迫ってきた。
「生命反応、か……」
その姿を見、俺は独語する。
「仲間であれば良いが、そうでなければ……」
「タツマ……」
フォージが俺の手に彼女の掌を重ねた。気遣ってくれているのだろう。
彼女は俺の膝の上に仮設した緊急用シートに乗っている。
当初俺は単独で調査に赴くつもりであったが、彼女が同行を主張したのだった。
現状のアヴァロンが一人乗りであることを盾に、彼女は艦に残ってもらおうとしたが、その意志は固かった。
結果、無理やりシートを増設し、二人でこの場所にやって来ることになったのだ。
俺達は坑道の前までたどり着いた。
昨日、俺が調査していた坑道だ。
逆噴射して制動。小惑星地表へと、ゆっくりと降下する。
スーニア号の調査データによると、やはりこの坑道の奥に深部へと続く通路がある様だ。ちょうど、俺が作業中だった場所のすぐ奥だ。
どうやら俺達の調査の見立てはそれほど間違ってはいなかったらしい。
ふと坑道の脇に目をやると、プロフィアの残骸が散らばっていた。レスターの機体だ。
「あの中じゃないんだよな?」
「……そうだ」
「分かった」
やはり、あいつは生きてはいないのだ。この調査が終わったらあの残骸を回収し、せめて遺体の一部でもナスターシャと一緒に地球へと持ち帰ってやりたい。その為には、連中からナスターシャの棺も取り返してやる必要があるが。
一つ首を振ると、目の前の坑道を見つめた。そして、再び俺はその中に足を踏み入れる。
逸る気持ちを抑え、坑道の中を慎重に機体を進めていく。
レスターによれば、この坑道の幾つかは、既に何者かによって掘られていたという。鉱業会社の調査隊が行った可能性もあるが、当時の報告書にはトゥルス113に関する事はほとんど載っていない。おそらく鉱業会社の調査隊はノータッチだったのだろう。
惑星などのデータ収集は、大抵コンピュータによって自動化されてる。惑星や矮惑星、大型の小惑星であれば調査隊もこのデータに目を通しただろうが、大した資源もなさそうな113はスルーされてしまったのかもしれない。
となると、この坑道を掘ったのはここを建造した異星人か、それとも……
「フォージ、君たちの記録の中に、この星系に関するものは無いか?」
「それは……」
彼女は顎に手を当て、考え込む様な仕草をした。
「決して多くはない。そもそもこの星系は……君たちの暦でいう数億年前には既に死を迎えていたのだ」
「……それもそうか」
「かつて……我々も約一万年前に調査隊を送った記録はある。その調査項目の中に、この小惑星もあった。しかし、彼らはこの遺跡深部で消息を絶ったそうだ。原因は分かっていない」
「そうなのか……」
ふむ。俺についてきた理由は、それか。
彼女たちの文明も、この小惑星に着目していた。おそらく、彼女が俺を助けたのは偶然では無いのだろう。
“監察官”、か……。
保護宙域にある未熟な文明がオーバーテクノロジーを手に入れてしまう事を防ぐ為、彼女は送り込まれたのかもしれない。
ならば、なぜ俺を助けたのか、という疑問もあるが……。
「当時の我々は、星間文明としては新参者に過ぎなかった。だから、異星文明のテクノロジーや資源を求めてあちこちの星系に調査隊を送り込んだのだ」
なるほどな。一万年前の彼らは、今の地球人類と比べると、やや進んだ程度の段階にあった訳だ。
「もう一度調査隊を送る計画もあった様だが、その計画は中止された」
「何か事情でも?」
「……」
俺の問いに、フォージは暫し沈黙をした。
そして、ややあってから口を開く。
「紛争が勃発した為に探査どころではなくなったのだ」
「……そうなのか」
「我々ソリアス人とストライア人という種族との間にな。ソリアス人は、我々アトラス連合他の星系国家の主要な人種だ。ストライア人は、我らと同祖ではあるが、別の人種だ」
「へぇ……。君達ほど先進的な文明を持っていても、人種により対立があるのかい?」
現在の地球人類の間にも、未だ民族間の差別や対立は少なからず残っている。それに加えて、出身国家や星系による差別や、遺伝子改良人類と遺伝子非改良人類との対立など……。
たとえ地球よりも進んだ文明を持とうとも、そういうしがらみからは逃れられないのかもしれない。
「ああ、残念ながらな。それにストライア人は、我々とは様々な点で異なっている。彼らは様々な超常的な“力”を使うことができるのだ」
「……つまり、超能力か?」
「ああ。念動力や透視などな。そして、その力の強さや種別により階級が別れている」
俺達地球人類の中にも、ごくわずかだがそうした力を備えた者も確認されている。そのストライア人とやらは、超能力を持つのが一般的という事か。
「なるほどな。……って、事は“力”を持たない俺達やソリアス人の扱いは……」
「最下層の奴隷階級とほぼ同じ扱いになる。そもそも紛争の発端は、ストライア側の指導者が“力”を持たない我々の国の元首を対等な交渉相手と見なさなかった為だ」
「……そういう面倒な連中はどこにでもいるワケだな」
「そう言う事だな。……それ以外にも、異種族の侵攻などもあった」
「それも、同祖の別人種か?」
また、色々出てくるな。この銀河系には、どれほどの知的生命体がいるのか? さしずめ俺達は、辺境の田舎者といったところなのかもしれない。
「レゾニリアやアルトーマという。彼らは……ある意味同祖であるが、我々とは違った進化を辿った知的生命体だ」
「……と、いうと?」
「遺伝子情報から判明した事だが……。ソリアスとストライアは人種は違えど同種の人類だ。そしてレゾリニアとアルトーマは、我々とは遥か昔に分岐した連中の末裔で、それぞれ別個に高い知能を獲得したらしい」
「……つまり、それらの種族は同じ星で誕生した訳か」
「そう言う事になる。しかし……」
「しかし?」
「彼らと我々は、宇宙で接触するまではお互いの存在を知らなかったのだ」
「……?」
「おそらくどこかの惑星で誕生した生命体を、何者かが他の星系へとばらまいたのではないかといわれている。我らはその存在を“種まくもの”と呼んでいる」
「……そうなのか」
俺は暫し黙考した。
フォージの姿。おそらく地球人類に酷似したソリアス人と地球人類もまた、同祖ではないのか?
未確認星域調査局の先達が地球や太陽系内で幾つかの異星人の痕跡と思しきものを発見しているが、そのうちの幾つかは“種まくもの”の足跡なのかもしれない。
それとも……
そうしている間に、坑道の一番奥にたどりついた。
その先は、坑道の幅一杯の大きさの岩と砂礫で塞がれている。
「とりあえず、俺達が調査したのはこの辺りまでだ」
ようやく内部へと到達すると推定される通路を発見した直後、あの襲撃を受けたのだ。この岩を砕く為の準備中だった俺は、異常に気づくのに遅れてしまい……。
いや、今はそれよりも、だ。作業に集中だ。
左腕のハンマーを数発岩に叩きつけ、中央にヒビを入れた。
よし。次は……
ハンマーユニットを左腕から取り外し、バックパックにあるラックに戻した。そして、それに代わってドリルユニットをバックパックから取り出すと、先刻までハンマーが装備されていたマウントに装備する。
と、モニター上に接続が完了したことをホップアップが出た。
「ドリルアーム接続よし」
今接続したドリルアームは、アヴァロンの装備品の一つだ。
円筒状のユニットの前方には、先端にタガネ状の刃がついた円錐状の頭部と螺旋溝が刻まれた円筒状の胴体を持つ超硬合金のドリルビットがある。このドリルユニットは、回転に加えて軸方向への超振動を行う事で、効率的に岩を砕くことができる。ハンマードリルの一種だ。
そして、ドリルユニット胴部に装備された三基の超振動するサーメット(金属系セラミック)のノコ刃があり、穿たれた穴を押し広げるのだ。また、ドリルビット基部にはレーザーガンがあり、被削物をあらかじめ加熱して削りやすくする。
ユニットが正常に接続されたのを確認すると、ドリルビットの先端を岩に向けた。そして、右腕のクロー及び突き出した足裏のスパイクを通路の岩肌に打ち込み、機体を固定する。
まずはレーザーを照射。岩を赤熱化していく。
そして程よく加熱したところでスイッチを入れた。ドリルが回転を始める。
「かなり振動があるが、我慢してくれ」
「分かった」
フォージが小さく頷いた。
それを確認すると、高速回転するドリルユニットを押し込む。ドリルチップが岩肌に食い込み始めた。コクピット自体はフローティング構造になってはいるものの、それでも強烈な振動が伝わってくる。
そうする事十数分。ようやく岩を砕き終えた。
クローで岩屑をどけると、岩の後方の床面に、人工的に造られた穴――あるいは通路――が現れる。三十メートルほどの幅と奥行きを持った縦穴だ。レーダーで探ると、ほぼまっすぐに中心部へと伸びているのが確認出来る。あるいは通路ではなくダクトのようなものかもしれない。
通路は一見コンクリートの様に見える物質で四方の壁及び天井と床が覆われている。先日得物として使った杭の表面に似ている気がする。
とりあえず、壁の表面をサーチ。どうやらセラミックに近いモノらしい。素材自体はありふれた物質であるが、その結びつきはかなり強固だ。この遺跡の創造主の、高い技術が伺える。
「……これを造ったのは何者か分かるか?」
「いや……これだけではな。我々がこの恒星系を知った時には既に存在していた様だが、その創造者について記録も無い」
フォージにデータを見せてみるが、彼らにとってもこの物質は未知の存在だった様だ。
「そうか。これだけじゃ、どんな連中が造ったのかも分からんか。……ところで、フォージ達の祖先が送った調査隊は戻らなかったんだよな?」
「ああ。そうだ」
「……だとしたら、何らかの痕跡が残っていたんじゃないか? 宇宙船なり発掘の道具なり、あるいは……。俺達や第一次の調査隊はその類を見ていない」
ひょっとして、例の杭がそうかもしれんが。後で分析してみる必要があるな。今は時間がない。
「てっきりその辺りのものはあなた方が回収していると思っていた」
ふむ……第一次調査隊がここを訪れるより前に、誰かやって来ていたのか?
「そうか。その事は気になるが……ん?」
先刻サーチした場所より少し入った所に、扉か隔壁か何かが破られたと思しき痕跡が見えた。おそらくはこの通路のようなものは、ここで仕切られていたのだろう。もしかして注意深く観察していれば、さっきの入り口にも同様の痕跡があったのかもしれない。
「すでに誰かがこの遺跡深部へと侵入している様だな。もしかしたら、君達の祖先が送った調査隊なのかもしれないけど……」
「だとしたら、この遺跡深部で“何か”があったのかもしれない」
「確かに。……それに、先刻の生命反応だ」
「……何かあれば、すぐに引き返した方がいいのかもしれないな」
どのみち、短時間で切り上げる予定の調査だ。危険は極力避けるべきだろう。
「……慎重に行こう」
機体を進ませ、俺達は未知の回廊へと足を踏み入れた。
機体は、小惑星の重力に引かれて落下していく。
しかし、百メートルほど内部に入ったところでアヴァロンのモニターに警告が表示される。
「……ティーラ号とのデータリンクが切れた。そっちはどうだ?」
あの襲撃があった直後にも、同じ状況になった。あの時は襲撃者達がジャミングを仕掛けてきた訳だが、これは……
「こちらはまだ大丈夫。外部からの妨害では無さそうだ。だが、信号がやや弱まっている所を見ると、この施設外殻には何らかのシールドが施されているのだろう」
彼らの通信システムがいかなるものかは分からないが、俺達の持つものとは格段の技術レベルの差があるのは確かだ。
「そういえば、小惑星の外から生体反応を感知出来たんだよな」
「ああ。……ただ今回の場合は、あまりに妙だ」
「と、いうと?」
「この小惑星内に突然現れたのだ。どこからか瞬間移動してきたかの様に」
「瞬間移動、か。……君たちの技術では出来るんじゃないのか?」
地球人文明でも、何通りかの方法で研究が進められてはいる。しかし、実用化には程遠いのが現状だ。
「出来ない訳ではない。送り手と受け手の設備が必要だがな。ただし、それらが作動した際には時空震が発生する。しかし……先刻は、何も感知できなかった」
「つまり……君達よりも高度な技術を持った文明によって造られたモノであるのかもしれない、ということか」
「……そうだ」
フォージが頷く。
しかもここは、まだ“生きている”遺跡という事だ。もしかしたら、この遺跡の創造主とご対面することになるのかもしれない。
それは、幸か不幸か。
自由落下と減速を繰り返し、アヴァロンは中心部へと近づいていく。
……そろそろか。
レーダーによれば、この通路はもうしばらく進んだ所で行き止まりとなっている様だ。そのすぐ先が、この施設の中心部だ。とりあえずこのまま進んで……
!
機体が引き込まれるような感覚。
「重力が⁉︎」
さっきまではほぼ0.4Gだったが、中心に近づくにつれて重力が増していくようだ。
通常、こうした天体の中心部は、重力が互いに打ち消しあってほぼ無重力状態になる。にもかかわらず、機体が引き寄せられるということは、人工的な重力場が働いているというわけだ。やはり、この遺跡は“生きている”のだ。
このまま進んで良いものだろうか?
更に減速しつつ、ゆっくりと降下していく。重力は0.6Gほどに達したが、これ以上増すということは無い様だ。機能が不完全な状態なのか、それとも、これが遺跡創造主の故郷の重力なのか。
考える間に、通路の末端が近付いてきた。
「この通路はここまでか……」
その奥は、90メートル四方の空間に繋がっていた。
俺達はその奥の壁――というよりも本来は床なのだろう――に降り立った。周囲の壁や床面には数箇所、メッシュ状の窓が開いてきた。この通路は、やはりダクトの類だったか。
……ここの創造主が地球人類に似た思考を持つ生物であったら、だが。
「フォージ、生命反応の場所は変わらないか?」
「ああ、変わってはいない。このすぐ下から動いていないようだ」
「そうか。どこかに、下に降りる通路か何かは……」
メッシュの窓はさらに細かい網が張られており、人が通れるほどの大きさの隙間はない。どこか通路があればいいが。
「タツマ、あれを……」
彼女の指差す先には、扉らしきものが確認できた。高さ幅ともに3mほどの、ほぼ正方形の開口部である。位置は、右手の壁の中央。下端は今いる壁面に接している。やはり、今いる面が床なのだろう。
扉の形状はスライド式らしき両開きの扉だ。
その注目すべき点は、扉の間。幅1.5メートルほどの隙間が空いていた。
おそらく何者かがここから侵入したのだ。
それにしても、どういう事だ? 何者かがここの中央部に瞬間移動してきた事からして、この遺跡が“生きて”いる可能性が高い。だとすれば、あの扉が開きっぱなしというのは妙だ。あるいは、部分的にしか稼動していないのだろうか。
とりあえず、扉をズームで拡大してみる。
「ん? アレは……」
よく見ると、戸とレールの間にクサビが打ち込んであった。
間違いない。侵入者によるものだ。
フォージたちの祖先が送り込んだ調査隊が行ったものであれば、この先に“何か”があり、その結果音信不通となったのだろう。
あそこに入っていいものだろうか? とりあえず、他の入り口を探る。
しかし、
「アレしかないか」
周囲を見回しても、扉らしきものは先刻のモノ一つだけだ。試しにレーダーで周囲を探るが、そこ以外は厚い隔壁に囲まれているようだ。
「……行くか。フォージはここに残ってくれ」
「タツマ、私も行こう。我々もこの遺跡の関係者だ」
一万年前の調査団の痕跡を確認したいのだろうか?
「……分かった」
彼女とともに、外に出ることにした。
機体をダクト直下から移動し、扉の脇に停める。膝を折り、降着姿勢をとらせた。
そしてヘルメットのバイザーを閉じる。彼女もバイザーを閉じたのを確認し、コクピットを減圧。
この空間は、宇宙空間ほどではないにしろ気圧が低いのだ。
ここからは、ヘルメット内の通信機を通じて会話をしなければならない。
次いで俺はシート背面に納めてあったロケットモーターをパイロットスーツのバックパックに装備する。この遺跡の内部構造が、俺達の様なヒューマノイドの移動に適しているとは限らないからだ。
「フォージ……」
彼女を振り返る。が、特にそういった装備は持っていないようだ。はたして予備は置いてあったかと思案する。しかし、彼女は首を振った。
『重力コントロール装置を装備しているから、そういったものは必要ない』
「……そうか」
やはり、彼我の技術力の差を痛感させられる。
俺達の文明では、パイロットスーツに内蔵できるサイズの重力コントローラーはまだ実験段階だ。
『タツマ、万一の際は私に掴まっているといい。あなたのスーツのロケットモーターでは、活動限界時間が厳しい』
「……そうか。その時は、頼むよ」
肩をすくめてみせる。
俺達は機体を降り、扉らしきものへと向かった。
そして、扉らしきものの前。
白磁のような質感をもつ扉には取っ手らしきものはない。自動ドアの様だった。その上下にはレールがあり、侵入者が打ったとおぼしきクサビが扉を留めていた。
こいつを打ち込んだのは……
材質は、鋼の類の様に見える。表面を観察すると、何やらマークと文字らしきモノが描かれていた。文字らしきモノは、地球系文明の産物ではない。しかし、一つだけ似ているものに心当たりがあった。第二文明人のものだ。
「フォージ、このマークと文字は分かるか?」
『これは……我々の文字だ。かなり書体が古いな』
なるほど。アトラス連合が送り込んだ調査隊の遺物らしい。今はどうかは分からんが、少なくとも一万年前はこの自動扉は機能していたということか。
それに……やはり第二文明人は、ソリアス人だったか。ティーラ号の資料と比較してみる必要がある。このクサビは後で回収しておくべきだな。スーニア号の中でも幾つかの文字を見たが、我々が知る第二文明の書体とは少々異なっていたために、確信が持てなかった。あれが新しい書体なんだろう。
……ということは、当初ソリアス人の勢力圏は太陽系近くまで広がっていたのかもしれない。それが、何らかの事情でその宙域から引き上げた。おそらくそれは、一万〜数千年前、というところなんだろうか?
『やはり、彼らはここに……』
フォージが呟く。
おっと、そういえば……
「このマークは?」
『おそらくこれを製造したメーカーのマークだろう』
「そ、そうか……」
……何かまた急に俗っぽい話になった。
それはともかく。
「とりあえず、行こうか」
サーチライトで扉の向こうを照らしてみる。
闇の中からアイボリーの床と壁が浮かび上がった。わりと小さな部屋の様だ。もしかしたら、エアロックの類かもしれない。
俺たちは扉をくぐり、慎重に歩を進める。
幅と奥行きは9メートル四方程、高さ4.5メートルほどの部屋だ。その先には、もう一枚の扉。
これもまた、クサビで半開きに固定してある。
その先は、通路らしかった。幅6メートル高さ4.5メートルほど。その両脇には、幅3メートルほどの扉が幾つか並んでいるのが見える。
『……ふむ。どうやら扉などの大きさからすると、ここの遺跡の創造者は我々よりも大柄な生物であるようだな』
「つまり、“巨人”か」
『巨人……』
フォージが考え込むようなそぶりを見せた。
『我々ソリアス人は、かつて滅亡に瀕した故郷から“巨人”によって導かれ、我々の母星アトラスにやって来たと伝えられている。あるいはそれが、“種まくもの”ではないかと』
「巨人、それにアトラスか。俺達地球人類の神話にも、巨人がよく登場する。それに……アトラスとは、地球のある地方の神話に登場する巨人の名だ」
『ふむ、興味深いな。……行こう』
「えっ……おい」
フォージは不自然に会話を打ち切ると、足早に通路へと向かった。
足早に歩くフォージに、俺は慌てて追いすがる。
「もうちょっと慎重に調査しても良いんじゃないか?」
『すまない。そうだったな』
彼女は意外なほど素直に謝った。てっきり先刻の会話の中の何かが彼女の気に触ったのかと思ったが、そうでは無いらしい。
「フォージ、この先の構造はどうなっている?」
『ちょっと待ってくれ』
彼女は立ち止まると、マスクの下で何か呟いた。スーニア号のクルーと会話しているのだろうか。
そういえば、俺は彼女以外のスーニア号のクルーと話していない。何かあれば彼女が対応してくれたので、その必要性がなかったということもある。とはいえ彼女は“監察官”という役職だ。おそらくあの艦では最上級の身分だろう。いくら俺が客人であるとしても、不自然だ。
『……少し先に大きな空間がある。おそらくそこから下層へ到達出来るはずだ』
フォージの言。
そこまで詳細にわかるのか。
疑問を封じ、前に進む。
しばらくして、また扉があった。ここもクサビで扉が固定されていた。その向こうは、闇に包まれた広大な広間。
俺達は扉をくぐった。
「ここが、例の空間か。どこかに階段か何かは……」
周囲を見回す俺に、彼女が奥を指差した。
『あれではないか?』
目をこらすと薄暗がりの中、何かの構造物の姿が浮かび上がった。
地面に開いた四角い穴。そこから下方に向かって階段状構造物が伸びていた。
「……階段、なのか?」
それを見下ろし、俺は呟く。
幅は約3メートル。一段の高さは30センチほど。踏み板の奥行きも同じぐらいだ。その両脇には、1.5メートル程の高さの壁があり、手すりのようなものも付いていた。手すりらしきものは中央部が窪んでおり、何かスライドレールのようにも見える。
「階段か、それともなんらかの運搬用設備なのか」
何せ異星人の施設だ。使い道の想像がつかないものも少なくない。今まで調査されたものの中で一番分かりやすかったのが、おそらくはフォージらが属するであろう第二文明人のものだった。後のものは、その大半はおそらく人型をしていないと推定されている。
『どちらか分からないな。私たちの文明でも、一番近いのは階段だと思うのだが……』
フォージも首をかしげている。
「まぁ、いいさ。ここに現れた生命反応がこれを造った連中の末裔なら、もしかしたら分かるかもしれん」
俺達は階段を降りることにした。
その下は通路であった。しかし、先刻までのものとは少々様子が違う。アイボリー一色ではあるが、場所により微妙な色味や質感の違いが見受けられる。また、通路の先には半開きの扉があった。扉の先からは、微かな光が漏れている。
「光か……」
やはり、この先の部屋に何者かがいるのか。
極力振動を立てないように進まねば。
と、途中でフォージが立ち止まり、周囲を見回す。
「……どうした?」
『紫外線フィルターをかけてみるといい』
フォージが壁を撫でつつ俺を振り返った。
「ん? ……分かった」
言われた通りにバイザーにフィルターをかけてみると、壁面に何かの模様が浮かび上がった。天井や床も同様だ。
『どうやらこの遺跡の創造者は、我々とは少々見える波長が違うようだな』
“我々”とフォージは言った。つまりは彼等も、俺達地球人類とはほとんど変わらない色覚を持っているのだろう。
『……おそらくは、この先が目的地だ』
口を開きかけた俺に、フォージは背を向けた。そして、扉を目指す。
俺は慌てて後を追った。
そして、扉の前。
ここもクサビで扉が止めてある。
この先は、この小惑星のほぼ中央。
もしかしたら、フォージ達の先祖が送った調査隊は、ここで消息を絶ったのかもしれない。
フォージと視線を交わし、その中へと入った。
「! ここは……」
今まで以上に広大な空間だ。
一見、円形劇場を思わせる空間である。中央がすり鉢状に低く、円形の広場となっていた。その周囲は階段状になっている。階段状の場所には奇妙な形をしたオブジェが幾つも設置してある。座席にしては妙な形であるし、数も少ない。階段状構造物の一番上、この空間の一番外は環状の通路となっている。俺達が今いる場所だ。この通路には、幾つかの扉が付いているが、開いていたのは先刻俺たちが通ってきたものだけ。
おそらく一万年前、ここで“何か”が起きたのだろう。
『タツマ……』
フォージが指差す。
「……人?」
オブジェに紛れて気付かなかったが、階段状構造物の一番下、円形の広場に面した場所に人影があった。
しかし、妙だ。
この辺りの大気が希薄だというのに、宇宙服もつけていない。それに、あの服に見覚えがある。ティーラ号の船内作業服だ。そして、あの髪の色、体格は……
……あの男が、何故?
そう思った直後……広場に進み出た影が振り返った。
用語解説など
・ジーンリッチ
遺伝子改良人類。デザイナーベビーとも。遺伝子改良により身体能力や頭脳を強化されたもの。
・ジーンナチュラル
通常の人類。
・サーメット
金属炭化物などの粉末を焼結して作られた複合材料。セラミックの一種。切削工具や超電磁ロボの装甲材に使用される。靭性などの改良も進んでおり、開発当初の脆さは影を潜めつつある。
・超硬合金
金属炭化物などの粉末を焼結して作られた合金。炭化タングステンなどを材料とする。