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虚空(そら)の深淵  作者: 神井千曲
第一部
3/19

3話 過去と現在

「たっちゃん! ねぇ、早く来てよ!」

 幼い声が、俺を呼ぶ。声の主は、日焼けした肌の金髪の幼い少女。小学校低学年程か。

「わかったよ……」

 それを追うのは、幼い姿の俺。

 ここは……

 見覚えのある場所。古い記憶の中に埋もれていた光景。

 そうだ。幼い頃住んでいた場所だ。



 太平洋西部赤道直下に建設された、巨大人工島ラピタ。

 ここには未確認星域調査局の本部が置かれている。

 俺は幼い頃、父親の仕事の都合――俺と同じく未確認星域調査局に勤務していた――で、ここに住んでいたのだ。

 あの幼い少女は、隣りに住んでいたアイラ。父親はやはり調査局の関係者であったらしい。俺達が住んでいた集合住宅は、まるまる一棟宿舎であったのだ。

 共に両親が不在がちだった俺達二人は、同年代という事もあっていつも一緒に遊ぶ様になっていた。

 そんなある日の事だ。

 宿舎で遊ぶのに飽きた俺達は、少し離れた場所にある宇宙港へと向かった。宇宙と地上を結ぶ軌道エレベーターと、宇宙船用の射場、併設された空港の滑走路が存在する。

 この日は、特別な日だった。

 大規模な首脳会議がラピタで開かれる為、様々なイベントがこの宇宙港で行われるのだ。

 俺達は、それが楽しみで仕方が無かった。だから俺達は、親に連れて行ってくれる様せがんだものの、仕事が忙しいと断られていた。今思えば、父親達もこの会議に関連する行事に参加していたのだろう。

 しかし俺達――特にアイラはこのイベントをどうしても見たくなり、禁じられていたにもかかわらずあの日二人っきりで宇宙港へ向かう事にした。

 そう、あの日俺達はこの道を通って宇宙港へ……まさか⁉︎

 俺は二人の姿を追って走り出した。

 あの時……

 宇宙港でのパレードの列を見ようと俺達は大通りに向かっていた。

 地球外から乗り込んできたデモ隊や、緊迫した――というよりも殺気立った――顔の警官達の姿を気も止めずに……。



 そして、あの事件が起きた。

 パレード中の要人を狙ったテロ。

 まずデモ隊が騒ぎを起こし、その混乱に乗じてスナイパーが要人を射殺する。

 そういう手はずだったらしい。

 そして、二人を追う俺の目の前で、さっきまでおとなしく行進していたデモ隊が突然暴徒と化し、パレードを観ていた群衆列に雪崩れ込んだ。パレードしか観ていなかった群衆は不意を突かれてパニック状態となっていた。そうなれば、警官達も抑えがきかない。

 俺達二人は人の波に飲まれ、離ればなれになってしまっていた。

 警官達だけではデモ隊を押さえられないと判断した警察本部の要請で、上空に待機していた強襲揚陸艦から治安部隊を乗せた陸戦艇が降下。しかしそれを目がけて迫撃砲が発射される。そんな中、ようやく俺はアイラの姿を発見する。俺の声に、こちらへ走ってくる彼女。

 しかし、それが彼女を観た最後の姿だった。

 迫撃砲の弾は陸戦艇を大きく逸れ、大通り沿いのビルに着弾した。そして崩れた外壁が、ゆっくりと彼女のいる場所へ……。

 俺は恐怖に駆られ、立ちすくんでしまっていた。そして、我に帰って彼女の方へ走り出した時にはもう、その姿は瓦礫に飲まれていた。俺のすぐ目の前で。



 もっと早く彼女を見つけていたら。

 もっと勇気を出して、早く彼女の元に駆け寄り、その手を引いていれば。

 いや……そもそも、彼女を連れ出しあの場所に行っていなければ。

 苦い後悔。

 瓦礫の前で地面にへたり込んだ幼い俺の姿を、今の俺が何も出来ず、見下ろしていた。

 これは、今まで幾度ともなく見た悪夢。幼馴染みを失った日の記憶。

 彼女の両親は、彼女の葬儀もそこそこに、どこかに引っ越して行った。

 二人は、何も恨みごとを言わなかった。

 もしかしたら、罵ってくれた方が俺は救われたのかも知れない……。



『あなたは、悪くない』

 突然どこからか声がした。

 後ろを振り向くと、アイラの姿があった。

『もう苦しまないで。悪夢は終わりにして』

 抱きしめられた様な感覚があった。

「……ありがとう」

 俺は思わず呟いていた。

 これは、仲間を失ったばかりの俺の無意識が、救いを求めて創り出した幻覚なのだろう。

 だが、俺は不思議と安らいだ気分となっていた……。



 翌朝。……と言っていいのか分からんが。

 地球の標準時では、午前6時半と言った所だ。ティーラ号では基本的に地球標準時を使っているので、一応朝という事にはなる。

 しかし、ここは異星人の船だ。どんな時法や暦法を使っているかは見当がつかない。

 ともあれ、俺は心地よい香りとともに目覚めた。

 大きく息を吸い込むと、あたかも森林の中にいるかの様な清冽な空気が喉に流れ込んでくる。その途端、脳も活性化したのが分かる。

 おそらく、俺が目覚めたのをセンサーで感知し、ヘッドボードからある種の芳香剤を放出したのだろう。身体も軽く感じる……。いや、物理的に“軽く”なっている。多分、このベッド自体にも重力コントロール機構があるのだ。その証拠にベッドから降り立つと、ほぼ1Gの重力が身体にかかった。

 ……おや?

 随分シーツが派手に乱れている。

 そういえば、またあの悪夢を見た様だな。恐らく、目の前で仲間を連れ去られたからだろう。そろそろ解放してもらいたいものだ。そういえば、少々いつもと悪夢の内容が違った気もするが……。



 俺がそんな事を考えていると、扉がノックされた。

「どうぞ」

 入ってきたのはフォージだった。

「おはよう。……気分はいかがかな?」

 一瞬、仮面の下で彼女が目をそらした……気がする。

 もしかしたら、悪夢を見た時の声が、部屋の外まで聞こえていたのかも知れない。

「いや……。気持ちよく眠れた。素晴らしいな、このベッドは」

 実際に身体の疲労は全くと行っていい程残っていないのだ。悪夢の結末がいつもと違ったのは、そのせいなのだろうか。

「それはなにより。ところで、朝食はすぐ食べるか?」

「ああ。いただこう」

 正直言って、それほど今腹が減っている訳ではない。特に長時間の船外活動をする場合は、腸内に散布したナノマシンで一時的にその動きを止め、早い段階で吸収されるドリンク剤で栄養を補っている。

 しかし、ここは厚意に甘えておこう。きちんとした形のモノを食べるのは、肉体的にも精神的にも良いからな。

「それがいい。非常事態こそ、きちんと食事はとった方が良い」

 彼女は頷き、俺を誘った。



 彼女の案内してくれた場所は、先刻の部屋とは倍程の大きさの部屋だった。恐らくこの船の食堂なのであろう。幾つかのテーブルと椅子、そして奥の扉の先には厨房らしき設備が見える

 その中央、一番大きなテーブルの上には、様々な料理が並べられていた。

 ……量的にはフルコースと言っても良いんじゃないかな?

 シチューらしきものと、何らかの肉のステーキっぽいもの。パンあるいはナンの様なものとスープ。デザートと思しき果物の様なもの。

 多分地球人が食べても問題が無さそうなんだが、何せ量が……。

 もしかしたら、幾らか残すのが彼らのマナーかも知れない。

 いや……逆に、残す事が失礼にあたったらまずい。

「どうした? 口に合いそうにないか?」

 テーブルの前で立ち尽くす俺に、おずおずとといった風に、フォージが口を開く。

「いや、そう言う訳じゃないが。アトラス連合だっけ? の文化圏では、いつもこういう朝食を食べるのか?」

「あっ、いや……これは、来客を歓迎する場合の料理だ」

「そ……そうか。有り難く頂こう」

 俺は勧められるがままに席に着いた。その対面に彼女が座る。

 相変わらずマスクを被ってはいるが、微妙にデザインが異なっている。口の部分に分割線が入っており、そこから下を外せる様になっている様だ。

 そこまでして顔を隠さねばならないのだろうか?

 それはともかく、座ったはいいがテーブルマナーは……

 目の前のトレーには、フォークやスプーン、箸の様なものが揃えられていた。

「あなたがたの流儀で食べれば良い」

 顔を引きつらせた俺に、彼女が声を掛ける。

「わかった。ありがとう」

 俺は礼を述べると、朝食をいただく事にした。



 朝食後、紅茶の様な暖かい飲み物を出された。それを飲みつつ、くつろぐ。

 発掘作業中は簡素な食事で済ます事が多かったので、久々に食べたまともな食事だ。しかも、地球人好みの味に調整されているのか、美味しく感じた。

 ……流石にその材料についてまで聞くのははばかられたが。

 しかし、いつまでもこうしている訳にも行かない。仲間を捜さねば。

 とはいえ、この艦に厄介になってる現状である。

 どうしたものか……。

 そう思案する俺の元に、フォージがやって来た。

「とりあえず、この場所に長時間留まっているのは良くないだろう。あの連中がまたやってくる可能性がある。あなたの船を曳航して安全な場所まで移動したいのだが、どうだろう?」

「……良いのか?」

 正直言って、あの艦はこの場に捨てていく事になると思っていた。

「ああ。あの船が無ければ、あなたも困るだろう。とりあえずどこかで修理しよう」

「そう言ってくれると助かる。本当にありがとう」

 俺は彼女に頭を下げた。



 フォージの提案は、スーニア号をティーラ号下面にあるカーゴスペースにドッキングさせ、その状態で曳航しつつ修理を行うというものだった。

 それに必要なドッキング用パーツは、スーニア号艦内で製作を行うことが出来るということだった。どうやら相当高性能な工作機器を積んでいる様だ。

 もともとティーラ号のカーゴスペースは、大型の遺物を船外に固定して運搬したり、船内に収まらない大型観測機器などを搭載して運用するためのもので、300mほどのスーニア号なら十分に収めることができる。また保護パネルを展開すれば、異星文明の産物を外部の目に晒すこともない。正直言って、これ以外に手はないだろう。

 フォージ達がドッキングパーツの製作を行う間、俺はティーラ号の破損箇所をアヴァロンでチェックすることにした。

 ティーラ号の状態は、思いの外悪くはない様だ。敵艦からの砲撃で数カ所大きな穴が空いているが、船体中枢への直撃はない。外部からのスキャンの結果、エンジン部分も補機類が破損しているが本体は無事の様だ。これならなんとか修理は可能かもしれない。

 俺は安堵しつつ、スーニア号に帰投した。



――そして、しばし後

 ゆっくりとした速度で、スーニアがディーラ号の艦底部に接近していく。

 ……いや、両者の大きさ故にそう見えるだけだ。

 ティーラ号は全長800mと巡航艦級の艦体を持ち、それより小型のティーラ号でも300mほどの大きさだ。両者の相対速度は、地球系人類の艦船運用からすると、非常識なまでに速い。

 時折、測距用と思しきレーザーの光が両者の間に閃く。

 俺は、その両者の右舷をアヴァロンに乗って浮遊していた。

 ティーラ号のコントロールと、万一の事態に備えてだ。

 とはいえ、その万一の事態など起きようもない程、つつがなく事が進んでいく。

『距離100……50……40』

 スーニアのブリッジからの、フォージの声。アヴァロンの計器に表示される数値と比較すると、おおよそそれに四をかけた値の様だ。

『……20、15、14、13、12、11……10。相対速度ゼロ』

 両者が極限まで接近した状態で、停止した。

 今まで何度か宇宙船同士のドッキングを見た事があるが、ここまでスムーズなものは無い。

 技術力の差を思い知らされるな。

『これより接合の準備にかかる』

「了解」

 俺はアヴァロンを駆り、二隻の間へと向かう。

 ふ〜む。アヴァロンがぎりぎり入る程の隙間しかないな。

 俺は二隻に接触しない様に慎重に進む。そして目的の場所で俺は機体を停止させた。

 ティーラ号艦底中央部にあるハッチだ。

 このハッチには、外部機器あるいは港湾施設と接続し、電力を供給あるいは受給、そして信号の送受信を行うためのケーブルが収められている。



 アヴァロンからの信号で、ロックを外す。ハッチを開いてケーブルを引き出すと、アダプタを介してスーニア号の上面コネクタに接続した。このアダプタは、スーニア号内のプラントで製造されたものだ。当然、異星人の艦と地球人の艦ではコネクタ形状やら電圧、電流の形式、また周波数も何かも異なる。これらを変換し、接続しなければならない。

「接続完了だ」

 たいしたものだ。アダブタはティーラ号側のケーブルコネクタにきちんとはまり込んだ。ケーブルがしっかり接続したのを確認し、スーニア号に通信を送る。

『電力供給を開始する』

 フォージからの返答。間もなく、アダプタのパイロットランプが光った。通電が開始した証だ。



 それを確認し、別のコネクタにケーブルをつないでアヴァロンからティーラ号のコンピュータへアクセスを開始する。

 暫し後、メインコンピュータはスリープモードから復帰したのが確認出来た。

 ……よし。サーバーは被害を免れた様だ。

 コンピュータの吐き出したログに目を通すと、それ自体には問題が無い事が確認出来た。ハッキングなどの被害も受けていないようだ。さすがにあの時間では、簡単に陥落するようなシステムではないしな。



 それが終わると、次の仕事に取り掛かることにした。

「スーニア号の固定を開始する」

 スーニア号の上面数カ所にあるマウント――おそらくは、ビットの様な係留装置――に取り付けられたスペーサーが、ティーラ号の貨物固定用ロック装置にあたる様誘導する。これらも先刻スーニア号で製作されたものだ。

 そして、それぞれのロックを作動させ、両者が確実に固定された事を確認すると、スーニア号に合図を送った。

「接合完了だ。次の作業にかかる」

 そして、幾つかの部品を取り付け、帰途につく。

『お疲れさま。帰投してくれ』

 フォージの声に、安堵の色があった……気がする。



――そして、約一時間後

 小惑星からやや離れた、白色矮星トゥルス側のポイントにティーラ号は移動していた。丁度襲撃者が現れた方角とは、小惑星を挟んで反対側になる。万一、またあの連中が現れた時に備えてである。



 微かな作動音とともに、目の前のハッチが開いた。目の前に現れたのは、先刻取り付けた仮設通路。スーニア号上面のハッチとティーラ号下面のハッチを結ぶものだ。

 俺とフォージは、一体の探査ロボットを伴ってこれからティーラ号のブリッジを目指す。

 仮設通路自体は一応与圧されているものの、壁一枚を隔てた先は宇宙空間であるし、ティーラ号の各所には穴があいており、どれ程空気が残っているか分からない。その為、俺はパイロットスーツ、フォージは宇宙服を着用していた。探査ロボットはスーニア号のもので、四角い胴体に一対にマニュピレーターと四つのローラーを持っている。また、格納された二対の脚で、四足歩行が可能な様だ。あの連中がこの艦を放棄する際、何か仕掛けている可能性もある為、こいつのセンサーが必要だ。

 そして、武装もしておかなければ。

 俺の右腰にはハンドブラスター(熱線銃)を。そして左腰には超振動ブレードを携行している。

 ハンドブラスターは携行式の銃器だ。低出力のレーザーおよび重金属粒子を射出するものである。

 そして超振動ブレードは、近接戦闘兵器だ。超振動する刃はあらゆるものを破壊し、斬り裂くことができるのだ。



 数十メートルの通路を渡ると、ティーラ号側のハッチにたどり着いた。

 ロックを解除し、扉を開く。真っ暗な室内が覗いた。ライトで照らしつつ、中に入る。

 この中は、エアロックになっている。……機能が正常ならば、だが。現状では、この部屋よりも艦内の方が気圧は低くなっている可能性が高い。

 背後の扉を閉じ、艦内へと通じる扉を開こうとハンドルを回すと、一気に扉が開いた。

「……!」

 そして、吸い込まれていく空気。

 やはり、艦内は相当気圧が低くなっている。吸い込まれない様に壁に手をつき、踏みとどまった。スーニア号からの電源供給で人工重力が復活していて助かった。フォージや探査ロボットも無事だ。下手すれば、通路の壁にでも叩き付けられている所だった。



 数分後、空気の流入が収まったのを確認し、俺達は艦内へと足を踏み入れた。

 とりあえず、エアロック前の通路の電灯をつける。

 問題無く点灯。

 俺達は無人探査機を先頭に、慎重に通路を奥へと進んでいく。つい先日までは日常的に歩いた場所でも、今は静寂に包まれ、やや不気味な雰囲気だ。

 二つほどの扉に爆発物が仕掛けられていたが、探査ロボットを使い慎重に解除。

 暫く歩き、ブリッジのある中枢部へとたどり着いた。流石にバイタルパートの中だけあって、空気はほぼ一気圧を保っている。

 何故この艦にバイタルパートがあるのかというと、元々ティーラ号は廃艦された巡航艦に、これまた古い商船の外装を被せた物であるからだ。

 早い話がニコイチだな。俺たちの組織の船や作業機械はこうやって手に入れた物が大半だ。過剰な装備品には五月蝿い外野も多いからな。

 外野……特に、一部マスコミやジャーナリストだ。未知の宙域探査という組織の目的故、妙な陰謀論に取り憑かれた連中の標的になっているらしいのだ。最近だと、大手も加わって、「地球連合政府と異星人国家は既に接触をしており、両者の間に密約が結ばれた」だの、「異星人の技術を解析し、軍事転用しようとしている」だの……。

 まあ俺自身、今現在異星人と行動に共にしている訳で。あながち全てでたらめという訳では無さそうだ。

 そういえば、アイラを失ったあの時に行われていた会議は、調査局が新たに確認した宙域の利用に関する事だった筈。

 数百年前に人類が外宇宙に進出して以来、未確認宙域の調査は地球連合が行っている。

 その過程で得られた異星知的生命体の遺跡調査を調査局だけが独占的に行っている事の批判が相次ぎ、会議は紛糾したそうだ。特に、人類居住宙域の外縁部にある一部の小国家は、調査権の委譲を強硬に主張していた。あるいは、今回襲撃してきた連中は……



 それはともかく。

 更に幾つかの扉のロックを解除し、ブリッジの扉が見えた。

 その時、探査ロボットが警告音を発する。

「タツマ!」

 背後からの、フォージの声。同時に、何かの気配を頭上に感じた。

 反射的に、その場から飛び退く。

「!」

 直後、“何か”が先刻まで俺のいた場所目がけて急降下してきた。その姿はもやがかかった様で、はっきりとした姿は分からない。着地直後、“それ”は背景に溶け込む様に姿を消した。

 ……光学迷彩!

 体表に背景の映像を表示する事で、その姿を隠す技術だ。

「フォージ! 罠だ、下がれ!」

 叫び様、左手でハンドブラスターを抜いて距離をとる。俺達を襲撃した“敵”は、対人用ロボットを仕掛けていたのだ。

 すぐさまヘルメットにフィルターをかけた。コントラストを強調して奴の姿を浮かび上がらせ、また赤外線以下の周波数の電磁波の発生を光として視覚出来る様にする為である。ロボットが動けば、僅かでも電磁波や熱を放射するからだ。

 それを感知し、すぐさま叩く。

 じり……と慎重に、ロボットがいるであろうもやがかかった場所へと距離を詰める。

 直後、微かな“光”が見えた。

 !

 身体を伏せ、ブラスターを一発。しかし空を切り、通路に焦げ跡を残した。

 直後、俺の頭のあった位置をロボットのレーザーが薙ぐ。

 今度は横に飛びつつ、もう一発。これは命中。何か黒い棒状の物が通路に落ちた。脚かなにからしい。

 しかし同時に、俺の右肩に鋭い痛みが走った。やられた。レーザーだ。しかし、傷はそれほど深くはない。

 破損した脚を残して跳躍したロボットを迎え撃つべく、超振動ブレードを抜きざまに一閃。

 手応えあり。同時に耳をつんざく様な高音。超振動ブレードと、ロボットの装備する超振動カッターが打ち合ったのだ。つまり、両者ともにダメージは無い。

 だが……

「ぐっ!」

 先刻撃たれた右肩に痛みが走った。

 奴は一旦着地した後再び跳躍。壁で三角飛びして襲いかかってくる。

「ちっ……」

 ブレードで振り払おうとし……僅かに反応が遅れた。

 慌てて左腕で頭をガード。腕一本犠牲にしてでも……

 その時、一条のレーザーが俺の目の前を横切った。フォージだろう。

 同時に中型犬程の大きさの、黒い蜘蛛の様なモノが通路に落下する。対人用ロボットだ。胴体を撃たれ、光学迷彩がキャンセルされたのかも知れない。

「タツマ!」

 彼女の声。

「分かった!」

 再び跳躍しようとした奴を蹴り飛ばす。そして、壁に叩き付けられ地面にバウンドした所にハンドブラスターを一発。更に、まだ足掻いている奴の胴体をブレードで切り裂いた。

 一瞬脚を大きく振るわせたロボットは、やがて静かに動きを止めた。

 自爆でもされたら困るので、起爆しない程度の出力でブラスターを更に数発打ち込んでおく。

 そして完全にロボットが破壊されたのを見届けると、フォージを振り返った。彼女は銃をホルスターに収め、俺を見る。

「ありがとう。また助けられた」

「いや、気にするな。それより……」

「そうだな」

 俺は彼女に促され、ブリッジの扉を開いた。



 ティーラ号のブリッジは、同規模の艦と比べても広大だ。

 それもそのはず。この艦は、元々分艦隊旗艦として建造されたものだ。それに、艦隊旗艦が点検中あるいは万一失われた際の代替艦としての役割も持っていた。その為、ブリッジには艦隊司令部を置く為の大きなスペースが確保されているのだ。

 しかし今、その空間は静まり返っていた。

 いや、当たり前か。俺以外の仲間は奴らに捕らえられてしまっていたからな。

 それでも、何かの手がかりはある筈だ。

 二人で周囲を慎重にスキャン。罠が無いのを確認すると、オペレーター席へと向かった。

 オペレーター席のパネルを操作し、現状を確認する。

 ボイスレコーダーは……無事だ。鉄壁とも言える防壁に守られた艦中央部、電算室直下に納められたブラックボックスは滅多な事では破損しない。

 並行して行っていたティーラ号自身の自己診断レポートにも目を通す。

 メインエンジンは、やはり補機が損傷しているものの、本体はほぼ無傷だった。損傷箇所は、ジェネレーターなど数カ所にとどまる。艦の主要構造部には、損傷は及んでいない様だ。

 この辺は、外部からのスキャン結果と一致した。

 復旧はそれほど難しくはなさそうだ。

 艦の現状チェックは完了。

 次いで、小惑星を調査している最中の通信記録を呼び出した。少なくとも、ティーラ号が砲撃を受けて行動不能になる直前までの記録は残っている筈だ。



 暫くして、音声が再生された。

 時間指定して、襲撃直前まで飛ばす。



『……各機とのデータリンクに異常。通信障害か?』

 バーンズの声。彼はティーラ号において、主に航宙士と通信士を務めている。

『トゥルスはとうの昔に死んだ星だ。この星系では障害を起こすような異常現象など起きるはずはないんだがな。とりあえず重力波回線とレーザー回線はどうだ?』

 こちらはジェリコ。

『重力波回線もダメだ。レーザー回線は異常無し。だが、小惑星内にいる連中とは通信できないのは相変わらずだ』

 レーザー回線は障害には強いが、直接相手を視認できる状態でなければ使えないのだ。

『……六時の方向から接近する機影あり』

『いつの間に? レーダーには……』

『この宙域に別の船が来るなんて聞いてないぞ。それに、ワープアウトの時空震も観測されていない』



 時空震とは、宇宙船で空間跳躍を行う際に通常空間と亜空間の接続を行う必要があるが、その時発生する空間のゆらぎである。それが観測されていない、ということは、やはりあの連中は俺達より先にこの星系にやって来ていたという事だ。俺達は待ち伏せされ、発掘調査に熱中しているところを襲撃された訳だ。

『こんな時に……。チーフに確認してくれ。向こうからの通信は?』

『やっている。……向こうからの通信はない。しかし、チーフとも繋がらん。……やはり、ジャミング!?』

 どうやら襲撃者は何らかの手段で身を隠し、奇襲を仕掛けてきたらしい。つまり、俺達がここに居る事を事前に知っており、この宙域近くに潜んで襲撃の機会をうかがっていたのだろう。周到に準備して。スーニア号が現れなければ、俺達は全滅していただろう。



『未確認船より熱源反応。……ビームだ!』

 ノイズが走る。

『艦尾に着弾! 被害を確認してくれ! それと、113地表で作業してる連中にも連絡だ!』

 ブリッジの動きが慌ただしくなった。

『防御スクリーン展開! 回避運動だ! 総員、着席するか手近な物に命綱を繋いで身体を固定しろ!』

 ジェリコの声。再びノイズ、そして破壊音。

 防御スクリーンとは、磁力、重力などによる力場によって構成される、対ビーム防御システムである。……早い話がバリアーだ。

 遠距離の粒子ビームであれば、ある程度は歪曲、あるいは減衰させることによって防ぐ事ができる。ただし、レーザーや近距離からの攻撃にはあまり効果がない。どうやら展開が間に合わず一発喰らってしまった様だが……。

『小惑星の陰に隠れろ! このままじゃ的だ!』

『了解……。駄目だ! エンジン被弾! このまま稼働を続けた場合、爆発の危険性あり!』

『サブスラスタと重力コントロールを使って何とか移動するしかないか』

『一体どうなっているんだ! なんでこんな時にチーフがいない!? コネ採用なんて使うから……』

 ブリッジに怒鳴り込んでくる、誰かの声。



 ……まっ、言い返す言葉もない。実際、俺はこの時何も出来なかったからな。



 その混乱のさなか、外部からの通信が入る。

『レーザー回線……レスターからだ!』

『こちらプロフィア2。何があった!』

 レスターの緊迫した声。この通信だけは、ノイズまじりではあったがかろうじて俺に聞こえていた。俺に聞かせる為に、電磁波の回線もオープンにしていたのだろう。しかし、レーザー回線が使える場所というのは、つまり小惑星の外。

『敵襲だ! 何者かは分からんが、一方的に攻撃を仕掛けられている。この艦もエンジンをやられた! チーフにも伝えてくれ』

『分かった。……ダメだ! 繋がらない! ジャミングが強すぎる。他の連中にもほとんど繋がらない。一旦戻って……』

 そこでノイズが入る。そして、レスターからの通信は途切れた。



『おい……どうした、レスター! 返事をしろ!』

『七時の方角から113地表に向けて粒子ビームでの砲撃を確認。プロフィア2の識別信号、消滅……』

『まさか……レスターがやられた!?』

『プロフィア2、大破を確認……』

『……今砲撃があった座標に反応が四つ。これは……ソルダート!?』



 レスターをやったのはあの連中だったか。手加減する必要はなかったかもしれん。

『本艦に接近してくる反応あり。これは、フォーカー!? ……一体どこの軍隊だ?』

『フォーカーの反応四。その背後にもう一つ……こいつは揚陸艦だ! 侵入者に備えろ!』

 ブリッジの動きが慌ただしくなる。

 怒号が飛び交い騒然となった。

『対空砲火用意! 弾幕急げ!』

 しかし、直後に轟音。

『どうした!? ……照明が!』

『後部機関室に被弾! 電源プラントダウン……非常電源に切り替わります!』

 さすがに至近距離からの砲撃は防ぎきれない。いよいよヤバくなってきた。非常電源では、武装や防御スクリーンを稼働する電力が十分に得られない。

『なんでだよ! 今度は大丈夫って話じゃなかったか!』

『知るか! チーフに聞け!』

 何処かで口論が始まった。このままではまずい。

『騙されたんだ! 売られたんだ、俺たちはアイツに!』



 ……。

 そっとフォージが俺の肩に手を置いた。



『貴様ら、いい加減にしろ』

 低くよく通る、ジェリコの声。

 ブリッジは静寂に包まれる。

『そんな事言っている暇があれば、白兵戦の用意をしろ』

『ア……アイサー!』

 再びブリッジが騒がしくなる。

『揚陸艦が右舷後方に接舷!』

『移乗攻撃に備えろ!』

 数名がブリッジから飛び出していった様だ。

『武装集団に移乗された! 救援求む!』

 現場の声。



 さらに追い討ちをかけるように声が飛び込む。

『プロフィア1、敵に鹵獲されました!』

 小惑星地表にいたと思しきもう一機のプロフィアも捕らえられてしまった。

 この時点で、もはやティーラ号側にはアヴァロンを除いて反撃できる戦力は残っていなかった。

 もしこの時俺も戦っていたら、敵の侵攻を止められただろうか?

 ……今考えても仕方無い事か。



 そうしてる間に、ブリッジに敵が突入してきた様だ。

 バカな。速すぎる。ティーラ号内部の構造をある程度は把握していなければ、こうまで速くブリッジにはたどり着けまい。

 やはり、情報がどこからか漏れているのか。あるいは、ティーラ号の元となった巡航艦、シャスタ級に乗艦した経験のある者か。



『動くな! 貴様らの身柄を拘束する!』

 襲撃者か。それにしても、いきなり『身柄を拘束する』と言い出すあたり、やはり背後には国家あるいはそれに準ずる組織があるのかもしれない。

『ふざけるな! 誰が……』

『待て!』

 血気にはやるクルーを、ジェリコが抑える。

『ふむ……貴様がこの艦の責任者か?』

『……そうだ』

 一瞬の沈黙の後、ジェリコが答える。俺を庇う為か、それとも……。

『ならば、命令を下すがいい。無駄な抵抗は止めろと』

『……分かった』

 ジェリコは答えた。そして、艦内放送で命令を下す。

『ティーラ号乗組員に告ぐ。本艦は……投降する。直ちに戦闘行為を停止しろ』

 苦渋に満ちた声。

『よし。では……これよりこの艦は我らの指揮下に入る。全員揚陸艦に移ってもらおう。なに、手荒な真似はしない』

 先刻の襲撃者とは、別の声。襲撃者のリーダー格か。

『!? アンタは、何故……』

 ジェリコは、この男を知っているのか?

 艦内カメラの映像を呼び出す。幾つかは襲撃時に破壊されていたものの、幾つかの映像は得られていた。

 黒ずくめの、戦闘用宇宙服を着た男達。それが、訓練された動きで艦内を制圧していく。

 その動きから推察するに、軍あるいは警察などの特殊部隊か。



 ブリッジのカメラ映像を呼び出す。

 それは、丁度リーダー格の男がヘルメットのバイザーを上げたところだった。

『よう、ジェリコじゃねぇか』

 ! この男……

 この顔に覚えがある。

『ガスパー、アンタは……生きていたのか』

 ジェリコの声。

 この男は、ガスパー=レトゥラ。未確認星域調査局の調査員の一人。そして、俺に調査員としてのノウハウを叩き込んだ男だ。1年ほど前、とある星系に向う途中、遭難事故に巻き込まれて行方不明になったと聞いていたが……。

『“彼ら”の招きを受けたのさ。遺跡調査のノウハウを手に入れたいそうだ』

 やはり襲撃者は、どこかの小国家なのだろう。

『裏切ったということか……』

『ふん、実力を評価してもらったのさ』

 ……そういえば、彼は元々軍から、縁故抜きでスカウトされた人材だった。

 もしかしたら、俺の様な縁故組が少なからずいる組織の体質に嫌気がさしたのかもしれない。

『……連れて行け』

 配下に指示すると、ガスパーは部下に命じて艦のコンピュータをチェックさせる。

『ふむ……まだ異星文明の遺跡自体の調査はまだ出来ていない訳か。まぁ、良かろう。ファルーラに連絡を入れておけ』

 ファルーラは、襲撃者の艦の名だろうか。

 そしてガスパーは部下に命じ、艦内のチェックを始めた。

 艦内に残された資料や装備品などのリストをチェック。そして調査隊の名簿と連行したメンバーを擦り合わせる。

 どうやら調査隊メンバーが数人、艦内に隠れていた様だ。彼らは瞬く間に発見され、連行されてしまう。当然、俺の存在も明らかになる訳だが……。

『ふむ……ヤツがいたのか。それにアヴァロンも』

 ガスパーはモニターに向き直った。そこに映るのは、トゥルス113の姿。それを見て、ニヤリと口元を歪めた。

『どうやらまだあの小惑星の中に生き残りがいる様だ。引きずり出してやれ』

 そして、ソルダート四機がトゥルス113へと向かい……。



 後は、俺が知っている場面だ。

 ソルダート及びフォーカーを撃破。

 ガスパーは味方がいるにもかかわらず、砲撃を命じた。

 そして、スーニア号が現れて……。

 ガスパーは、対人ロボットなどを仕掛け、揚陸艦でティーラ号を脱出して行った。大規模な自爆装置も仕掛けようとしたらしいが、時間の都合で断念した様だ。



「……ガスパーが生きていた。そして、俺達を襲った……」

 衝撃の事実。

 打ちひしがれる。

「タツマ……悩んでいる場合では無い。あなたの仲間を助ける事を考えねば」

 冷徹に響く、フォージの声。それが俺を現実に引き戻した。

「……そうだな」

 暗号回線で本部と通信を繋ぎ、フォージの件を含めて報告しておく。

 本部からは、現状のまま待機との指示を受けた。

 まぁ、仕方あるまい。襲撃に拉致ガスパーの離反判明と、異星人との接触。これだけの事が起きたのだ。

 とりあえず俺は、やれる事をやっておこう。

 フォージや探査ロボットと艦内をくまなく探査。残っていたトラップを解除し、奪われたものがどれだけあるか確認しておく。

 奪われたのは、幾つかの鉱物サンプルとトゥルス113をレーダー調査した際のデータ。そして……ナスターシャの棺だ。

 遺体を奪い、何をするつもりなのか。

 おぞましい連中だ。よもや、そんな奴らにガスパーが協力するとは……

 何が何でも、取り戻さねばなるまい。レスターの為にも。



「タツマ……」

「ん?」

 フォージの声に、我に返る。

「どうした?」

 振り返ると、フォージがややためらいがちに口を開いた。

「この宙域で生体反応が確認された……」

 この宙域に生命反応はない、と彼女は言ったはずだ。おそらく彼女の属する文明レベルから推察するに、その精度は確かなものなのだろう。

 だが、もしかしたらなんらかの理由で見落としていたのかもしれない。

「生存者か? どこでだ?」

 まさか、俺たちの仲間か? あるいは、あの連中か……。

「それは……」

 フォージは一瞬口ごもる。

「あの小惑星の中心部だ」

用語解説など

・ラピタ

 西太平洋赤道直下にある超大型の人工島。名の由来は、古代海洋民族ラピタ人より。

・保安庁

 地球連合に所属する機関で、連合領の宙域における警備・救難及び哨戒活動を行う。

・シャスタ級

 地球連合軍所属の巡洋艦。分艦隊旗艦として設計された多用途艦で、揚陸艦としての性能も持ち合わせる。

・シャスタ CA-204

 ティーラ号の原型となった艦。様々な実験的装備を積んだ試験運用艦的な性格が強い。その為、後続の同型艦とはやや装備・外観が異なる。第13独立騎兵艦隊に配備された後、通常よりも短い期間で廃艦、スクラップにする為に売却された。その後の行方は不明、とされる。

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