2話 邂逅
――十日前
「ワープアウトまであと20秒……10、9、8、7、6、5、4、3、2、1」
何色ともつかぬ玉虫色の空間が歪み、漆黒の宇宙とそれをバックに煌めく星々が現れる。
「ティーラ号、通常空間に移行完了。システムオールグリーン」
航宙士と通信士を務めるブリッジクルーのバーンズが、ワープアウト成功を告げた。
「座標を確認してくれ」
「了解」
俺の声に、彼はすぐさまモニター上に現在の座標を呼び出す。
「現在地はトゥルス太陽系外縁部。白色矮星トゥルスまで約100天文単位。目的地のトゥルス113までは、通常エンジンによる航行でおよそ18時間です」
予定通り。
内心胸をなでおろす。
ワープを行う場合、よほどの事情がない限り発着共に恒星系の一番外縁から行うのが通例だ。これは、大重力の恒星や惑星近辺では重力による空間の歪みが大きく、予定通りの座標に転移することができなくなる為だ。最悪の場合、通常空間に戻ることは叶わず、永遠に時空の狭間を彷徨う事になる。
「よし。予定通りだな。各自、交代で休息をとりつつ発掘の準備にかかろう」
「アイサー!」
副長を務めるジェリコが頷いた。
俺たち未確認星域調査局の調査チームがこの星系にやってきたのは、十日前の事だ。
この小惑星の調査を行う事になったきっかけは、ただの偶然だった。百年程前、とある鉱業会社の調査隊がこの恒星系を訪れたのだ。その時は幾つかの惑星を試掘した後、調査隊は引き上げている。幾らかの鉱脈を発見したものの、コストに見合った埋蔵量は見込めないと判断されたらしい。
その時の報告書は、調査に協力したアトラス大学――アメリカ東海岸にある大学だ――に残されていた。報告書には、各惑星と幾つかの小惑星の軌道と大まかな推定質量が記録されていた。この小惑星についての記録は、わずか一行のデータのみであった。
しかしその記録は、数年前にある学者の目に留まったのだ。それが、アトラス大学の天体物理学の教授だった。
この小惑星が注目された理由。それは、限りなく真円に近い軌道であった。これもまた、自然の状態ではまずあり得まい。
調査局顧問でもあった教授は、すぐさま組織に報告。極秘裏に第一次調査団が派遣される事となった。その調査では、明らかに人工物と思しき構造物が確認されたものの、落盤などの事故が相次ぎ4名の犠牲者と3人の行方不明者を出した為に一旦打ち切りとなった。それが半年程前の話だ。そして、今回改めて第二次調査団が送り込まれたのだった。失敗の原因は装備類の不足とされ、アヴァロンの様な大型ワークローダーが扱える元軍人の俺に声がかかった。
とはいえ、思えば最初から妙な事だった。
今回の派遣に先立って、俺は何人か第一次調査団のメンバーに接触を試みたが、入院中で面会謝絶やら遠い星系へ配置転換の後であったりしてほとんぞ会えずじまいであった。その中で唯一まともに情報を得ることができたのが、大学で同じゼミの友人であったレスターだった。レスターは積極的に情報を提供してくれ、今回も調査団に加わってくれたのだった。
その理由は……行方不明者の中に、レスターの恋人ナスターシャがいたからだ。
彼の協力で調査隊の編成は大いにはかどり、なんとか予定通りに調査に出発する事が出来た。メンバーは若手中心ではあるが、装備面では前回と比較にならないほど充実していた。大型の格納庫を持つ探査艦ティーラと大型ワークローダーアヴァロン、そして中型ワークローダーのプロフィアが二機、さらに無人作業機数台、などだ。
今まで何度も遺跡調査を経験してはいるが、ここまでの規模のものは無い。
何より想定外だったのは、そのチームを俺が率いる事になったのことだ。
俺が調査隊のリーダーを務めるのは初めてである。レスターや保安庁からの出向組で経験豊富なジェリコのおかげでチームをまとめる事が出来ていたが、正直言って、メンバーの中には不満を持つ者もいたであろう。なにせ、俺はコネ採用だからだ。
親父と同じ様に生きるのを良しとせず、軍に入隊、艦隊に配属されたわけだが、とある事件の時に少々やらかしてしまった為、部隊にいづらくなって退役。その後、結局は親父のツテで、大学に通いながら未確認星域調査局に調査員として勤務する事になったのだ。一応表向きは、軍での経験と特殊ワークローダー操縦の適性を買われて、という事にはなっているが。
とはいえ口に出さない不満は少なからず感じざるを得ない。
それでも、いつになく調査は順調だった。
小惑星に着いた翌日には、早くも地表での調査に着手する事が出来た。
前回の調査隊が掘削中だった箇所を再調査し、当時の報告書と付き合わせて現状を確認、調査計画をまとめたのが七日前だった。そして、行方不明者の探索を行い、3人全員の遺体を回収し終えたのが四日前の事だ。ナスターシャもその中にいた。凍りついた彼女の遺体が比較的きれいなままであったことは、せめてもの慰めになったのであろうか……
回収した三人の遺体は棺に納めて凍結処理し、翌日簡単ではあるが葬儀を行った。一ヶ月の調査を終えた後に地球へ持ち帰り、本格的な葬儀を行った後荼毘にふすことになるだろう。
そして陰鬱な作業を終え、本格的な調査に取り掛かった所までは良かった訳だが……。
あの襲撃より十時間程前。
俺はトゥルス113深部、半ば崩落した坑道で掘削作業をしていた。
直径3キロ程の大きさのこの小惑星は、大小さまざまな岩塊が重力によって寄り集まった集積体であり、内部は隙間が多い。いわば破砕集積体天体だ。こうした天体は、小惑星同士の衝突によって破壊された破片が再び集結することによって形成される。
一番の問題は、その形状だ。トゥルス113の外形は、ほぼ球形をしている。通常であれば、このサイズの天体が自らの重力で球形になることはまずあり得ない。何らかの人為的な力が働いているのであろう。
前回の調査時、この通路の直下には人工物の“核”の存在が確認されている。もしかしたら、破砕物で形成された外層は、中心の人工構造物を保護するためのものなのかもしれない。
異星人の遺跡である“核”の内部へ侵入する為に、様々な手段が講じられたが、外殻周囲の岩盤は極めて硬く、掘削には非常に時間がかかる。おそらく内部の構造物を保護するために、なんらかの薬液を注入して岩盤の強度を高めているのかもしれない。しかし前回の調査隊は、レーダーなどによる調査で、核内部へと侵入できると思しき通路らしきものを一箇所発見していた。
今俺達が作業しているのは、その通路に至る坑道だ。
前回の調査時、落盤が発生した場所だ。行方不明者は、すべてこの坑道の半ばで発見された。今掘削しているのは、その通路の奥である。
まずは通路を塞ぐ岩屑をアヴァロンの左腕に装備したドリルアームで砕き、次いでクローアームで掴んで取り除いていく。そして、崩落後の壁面にコーティング剤を吹き付けて固める。岩屑の塊を掘り抜いた坑道は、小さな力がかかるだけですぐに壁が崩れてしまう。この小惑星は重力が小さいためにそうした現象は起きにくいはずだが、ここでは別だ。“核”の外縁部はどういう訳か0.4G程度の重力がある。あるいは、“核”は通常ではありえないほどの質量を持つのか、それとも人工的な重力を発生させている――つまりこの遺跡が“生きている”のか、だ。
どちらにせよ、人が死んでいるだけに慎重に作業を進めねばなるまい。
取り除いた岩屑は、プロフィアに乗ったレスターが仮設の搬出用エレベーターまで運び、搬出していく。
作業自体は滞りなく進んでいるが、なにせ土砂の量が多い。
「ふぅ……きりがないな」
俺は一旦手を止め、大きく息を吐いた。そして、ヘルメットのバイザーを上げ、ドリンク剤を口にした。何せ数時間ぶっ通しでの作業である。喉が渇き、疲労が蓄積していた。
『そろそろ一息入れるかい?』
戻ってきたレスターからのレーザー通信が入る。
「そうだな」
俺はアヴァロンに降着姿勢を取らせると、肩と胸を拘束するセーフティバーを上げ、ハーネスを緩める。
「それにしても……」
後方を振り返る。コーティング剤で塗り固められているとはいえ、崩落の傷跡が生々しく残る天井が延々と続いていた。
「……ずいぶんと大規模な落盤だったんだな」
『ああ。二百メートル程かな? 調査隊の若い連中が我先にと集まっていたせいで、被害が拡大してしまった。もう少し慎重になっていれば、犠牲者は出なかったのかもしれない』
駐機姿勢をとらせつつ、レスターが答えた。
「そうだったのか……」
『ようやく深層へと通じていると思しき通路を発見して、皆浮かれていたんだ。それまでほとんど何も成果がなかったからな』
「その気持ちはよく分かるよ」
レスターの声が沈む。連中の気持ちはよく分かる。俺も時折、業績が思うように上がっていないことで焦燥感を感じることもあるからだ。もし俺がその場にいたら、やはり我先にと通路に向かい、落盤に巻き込まれていただろう。
『正直言って、僕もそのクチだった。慌てて行った途端に落盤が起きた』
彼の口調に、自嘲の色が混じる。
「まだ入り口に近いところだったから助かったのか」
『ああ。衝撃で気を失って、次に気がついた時には、岩に半ば埋もれた状態だったんだ。出遅れたせいで助かったとも言えるが……』
「……レスターだけでも助かって良かった、と考えた方がいいな」
『何とか抜け出したもののプロフィアは半壊状態だった。それでも他の連中を助け出そうとしたが、力は及ばなかった……』
「それは仕方ないさ……」
俺はそれ以上かける声を持たなかった。彼はナスターシャを失っているのだ。目の前で愛するものを失った悲哀。無力感。そして、自分への怒り。
その気持ちは俺にもよく分かる。
だからこそ、再びここへやって来たのだろう。
無言のまま数分が経ち、どちらともなく作業に戻った。
何かをしていれば気は紛れる。
今はただ、作業に没頭したほうが良いだろう。
その後の作業は一気に進んだ。
奥の方は崩落した土砂の量はそれほど多くなかったからだ。
時折表層近くに設置したベースキャンプで休息をとったりしたものの、後はひたすら土砂を掘り続けた。
そうして通路が確保された訳だが、崩落個所の終端から数十メートル先で通路が行き止まりとなっていた。どうやら巨大な岩塊が砂礫に覆われているようだ。それらが坑道を塞いでいる。
先の調査隊のレポートによれば、だ。レーダー調査の結果、この先に最深部へと至る通路らしきものがあるのが確認されていたようだ。もしかしたら、この岩も落盤が起きた時に落下してきたのかもしれない。
……アレもどかさなきゃいかんか。
げんなりとした気分で岩を見やる。
と、その手前の床面に、何かがあった。
「ん?」
これは……
今、岩をどけた所から岩塊の場所にかけて歪んだ縦長の六角形の窪みが二筋、左右に大きく蛇行しながら続いていた。あれは……
見慣れた形。間違いない。プロフィアの足跡だ。その痕跡からして、おそらく崩落前に往復したことが見て取れる。
前回の調査では、この先は未踏の場所だったはず。それが何故?
……もしかしたら前回の調査の時に、レスターが知らない間にこの奥まで侵入した者がいたのかもしれない。
しかし、だ。まるで夢遊病者か酔っ払いの様な足取りだ。まともな状態で操縦していないのが見て取れる。
ふむ……。嫌な予感がする。後でレスターに確認しておいた方がいいだろうな。
そして、
『早いな。もう終わったのか』
レスターの声。岩屑を運び終えたプロフィアが戻ってきたのだ。
丁度いい。
「なあ、レスター。ちょっと……」
そこまで口にした時、アヴァロンのモニターに警告が表示された。
ティーラ号とのデータリンクが切れたことを示していた。
『……何だ? ティーラ号とのデータ通信が出来なくなっている』
レスターの声。
「レスターもか? 何が起きたんだ? 恒星トゥルスは死んだ星だから、通信に障害が起きるような異常気象は滅多に起きないはずだがな」
もしかしたらトゥルス113地表に設置してある中継器に異常が生じたのかもしれない。
『ひょっとして中継器が死んだのかもしれん。ちょっと様子を見てくる』
レスターも同じ事を考えたようだ。踵を返すと地表へと向かって行った。
……ま、戻ってきたときに聞けばいいか。
そう思い、通路を塞ぐ岩塊に向かう。
プロフィアらしき足跡を踏まないように気をつけ、歩を進める。
そして、岩塊の前までたどり着いた。
とはいえ、岩は坑道の壁にはまり込んでいて、並大抵の力では動きそうにない。
とりあえず、ハンマーで叩いてみるか?
一旦左腕のドリルユニットを取り外し、バックパックにあるラックに戻す。その代わりにハンマーユニットを取り出し、ドリルの代わりに取り付けた。
そして、作業にかかろうとしたところで妙な事に気がついた。
足跡は、どうやらこの岩塊の下まで続いているようだ。
つまりこの足跡の主は、このさらに先――つまり最深部――へと向かう通路まで侵入していた事になる。
前回の調査隊で使用されていたプロフィアは二機。うち一機はレスターが使用し、もう一機は先日この坑道の半ばで残骸となって発見された。
そいつが独断で先行して通路へと向かい、そして戻ってきたところで落盤が起きたのか?
……そういえば、報告書では、レスターのプロフィアが単独行動中、この一つ上の階層にある坑道の床を踏み抜いて落下したのが今いる坑道を発見するきっかけとなったという事だった。落下のショックでプロフィアが作動不良を起こし、数時間後自力で再起動して帰還したとある。そして、その場所がレーダーで確認されていた、最深部へと達する通路へとつながる坑道だと判明し、調査チームは色めき立った。そして……
……まさか。
あいつが最深部へ行っていたのなら、なぜ今までその事を黙っていたのか?
戻って来たら、確認せねばならない。
俺は足跡を見つめた。
と、その時。
『こちらプロフィア2。何があった!』
ノイズ混じりのレスターの声。ずいぶん切迫しているようだ。
ティーラ号と通信だろう。
しかし、それ以上はノイズしか聞こえない。
ここにいてはラチがあかない。仕方ない。一旦表層近くまで戻るか。
そう思った瞬間。
「!」
熱源反応。そして強烈な電磁ノイズ。そして、“何か”がこの小惑星地表に叩きつけられる音が、岩肌に接触した聴音機を通じて聞こえてくる。
これは……
おそらくは、熱源反応と電磁ノイズはビームか何か。そして、“何か”が爆発した……という事か?
まさか……
『どうなっているんだ!』
『早くここから逃げろ!』
通信機からは、仲間の狼狽した声がノイズに混じってかろうじて聞こえてくる。
そして……
『レスターが!?』
!
レスターが、どうしたんだ? さっきの爆発は、まさか……
俺はアヴァロンを走らせた。
――そして、現在。
怒りに駆られ、半ば無謀な戦いを挑んだものの、結局俺は誰も助けることができず、ここにいる。
それどころか、異星人に助けられて……。
ただ、無力感に打ちひしがれる。
他にやりようがあっただろうか?
それよりも、何故襲撃を防げなかったのか?
油断していた訳ではないが、完全に不意を突かれてしまった。
ティーラ号のセンサーならこの恒星系近傍でのワープアウト反応を検知することができる。それを感知出来なかったという事は、おそらくは俺たちよりも先に連中がこの星系に来ていたという事か。
それにしても、連中はどこでトゥルス113の事を知ったのか?
未確認星域調査局内部から情報が漏れていたのかもしれない。
……だとすれば、誰が?
いや、よそう。それよりも、今は……
淡い光の帯が、俺の機体に向かって伸びてきた。ガイドビーコンか。
俺はそれにそってゆっくりと機体を進ませていく。
通常の着艦であればほぼ自動操縦で行うことができるが、今回は異星人の艦である。流石にこういう時には手動でやらねばならない。厄介な事だ。
「距離300……200……150……制動!」
肩部、腕部のサブスラスターを吹かすと同時に、四肢を動かす際の反動を利用して機体の方向を転換する。そして進行方向へと向けた脚部メインスラスター及び腕部サブスラスターで減速をかけた。
アヴァロンはその姿勢のまま、解放されたハッチゲートに接近していく。
すかさずゲート内部を確認。
床と左右の壁、天井は、平坦な、金属ともセラミックともつかぬ銀白色の板で構成されていた。前方に見える、横桟状の壁はシャッターか。その前に、何やら四つのアームがついた門型の構造物がある。その構造物の下には、四角い台状の構造物と、二条の溝。この構造物が前後にスライドするのかも知れない。
……どうしたものか。
とりあえず再び機体を方向転換し、着艦姿勢をとる。あの構造物の手前にでも降りればいいのだろうか。
『着艦ポイントを示す』
再びの、異星人の声。
見ると、台状構造物の上にレーザーが照射され、何やらマークの様なものが浮かび上がっている。おそらくあそこへ降りろという事なのだろう。
圧縮ガスを放出し、減速しつつマークへと接近していく。
「着艦地点との距離10……5 4 3 2……1……着艦」
脚部が台状構造物の上面に触れた。異星艦との相対速度ゼロ。
……着艦成功だ。
やれやれ。ここまで緊張した着艦は初めてだ。
とはいえ、これからどうしたものか。
目前の門型構造物に視線をやると、再び声が響く。
『……機体を格納する』
「ん? どうするんだ?」
『失礼』
突如、門型構造物からアームが伸び、アヴァロンの機体を掴む。
「お、おい」
動揺する俺に構わず、機体は完全に拘束されてしまう。
とはいえ抵抗する訳にもいかない。
気がつけば、背後のゲートが閉じつつあった。
そして、ゲートが閉まると同時に、今度は前方のシャッターが開いた。
これで俺はこの艦に閉じ込められた訳だ。害意を持つ相手の罠であれば、俺はここで終わりだろう。だが、そういった相手ではないはずだ。さもなくば、俺をわざわざ助けたりはするまい。そう俺のカンが告げていた。
シャッターが開ききると、二つの構造物はアヴァロンを拘束したまま溝にそって奥へとスライドを開始する。
なるほど。着艦拘束装置という訳だ。
シャッターの奥には、またシャッター状構造物がある。
そして、着艦拘束装置は二つのシャッターのほぼ真ん中で停止した。同時に後方のシャッターが閉まる。
そのしばし後、微かに視界が揺らぎ、何らかの気体がこの空間に満ちていくのが分かる。これらの構造物は、おそらくはエアロックなのだろう。頭部にあるイオンセンサーでその構成を調べてみる。
「窒素約78%、酸素約21%……地球とほぼ同じか」
そして、ほぼ一気圧となった所で、前方のシャッターが開いた。
その先は格納庫なのだろう。今アヴァロンが載っているものと同型やそれを横倒しにした様な形状の拘束装置が幾つか壁際に並んでいた。そのうち幾つかには、小型宇宙機らしきものが載っている。
おそらくこれらの拘束装置は、整備用ベッドとしても機能するのだろう。
再び、アヴァロンを拘束したまま拘束装置が前進を始めた。
同時に、身体が落下する様な感覚がある。おそらくここから人工重力区画となっているのだ。
少しずつ増していった重力は、0.5Gほどで安定した。
果たしてこれは、この艦の主の母星の重力なのか、それとも……
そんな事を考えている間に、俺を乗せた拘束装置が動きを停止した。
同時に壁際に設置してあった橋状のものが伸びてくる。回廊へと繋がっている所をみると、乗降用のボーディング・ブリッジの類らしい。通路の幅や手摺の高さからすると、おそらくこの艦の主人は俺達地球人類とほぼ同じ体格なのであろう。
……そういえば、あっちにはコクピットの位置が分かるまい。とりあえず、ハッチを開いておいた方がいいだろう。
微かな振動とともに、アヴァロンの首元にある外装が前方にスライドする。次いで俺の目前の球状モニターの一部が上方へとスライドし、開いた。
コクピットに、格納庫内の空気が流れ込んでくる。
俺はヘルメットのバイザーを開き、その空気を吸い込んでみる。……地球上と変わらない。それどころかこのパイロットスーツやアヴァロンに貯蔵してある空気に比べたら、ずっと新鮮なものに感じる。気温は25度、湿度は約50パーセントと快適な状態だ。
俺はもう一度深呼吸するとシートのロックを外して身体を解放し、開いたモニターの先にあるステップを昇ってハッチの外に出る。
そこには、既にボーディング・ブリッジの先端が到着していた。
ここで尻込みしても始まらない。
俺はブリッジに乗り移ると、その先を目指す。回廊を挟んだ壁には扉らしきものがが見えた。
そして、俺がブリッジを半ばまで進んだ所でその扉が開いた。
「あれは……」
開いた扉の向こう、通路の奥からやってくる三つの影。
前後に扁平な筒状の胴体。その上方にある短い筒状のもので胴体と接続された、やや歪んだ球状の構造物は、感覚器官や中枢神経が集中する場所――すなわち頭部であろうか。付属肢――動物の胴体から突出した、棒状で関節を持った運動機能を有する構造――は、二対。それぞれ胴体の上端側方と下端に存在する。つまり、俺達地球人類とよく似た――いや、ほぼ同じといってもいい――シルエットをしていた。
先頭を歩いてくるのはやや小柄で女性的、後方に控える二人は大柄で筋肉質な男性的なシルエットだ。女性は赤みがかった波打つ金髪。残りは黒髪とダークブラウンだ。肌の色は、淡い赤銅色といった所か。三人ともほぼ同じデザインの、深い青色の絹の様な質感をもつチュニック状の上着と、黒い光沢のある細身のパンツ、白い手袋、そしてアイボリーのブーツを着用していた。
相違点としては、先頭の女は胸元に銀に光るバッジを着けている事だ。これは、この女の身分を示すものなのかもしれない。
しかし奇妙なのは、三人とも能面に似た白いマスクをしている事だった。そのため顔の造作は分からない。
ふむ……。
どんな姿の奴が出てくるのか期待していたが、正直言って拍子抜けだ。
とはいえ、予想していなかった訳ではない。俺達未確認星域調査局は幾つもの異星文明の遺跡を発掘してきたが、その中には、明らかに地球人類に似た知的生命体によって造られたと思しきものもあった。
俺達が第二文明人の遺跡と呼ぶものだ。人類が初めて確認した、地球外知的生命体の痕跡でもある。人類を第一とし、以降発見順に番号を与えられているのだ。無論これは、文明の程度や発生時期とは何の関係もない、ただの分類上の呼称である。
第二文明人の遺跡は、その痕跡から明らかに体格・体型的、精神的に地球人類とよく似た生命体に造られたものであると推測されている。あるいは、彼らがその第二文明人なのかも知れない。
とはいえ、この相手にどんなリアクションをして良いのかは見当がつかない。地球人にとっては友好を示すゼスチャーも、相手によっては侮辱ととられる可能性もあるからだ。いや、そもそもマスクで顔を隠すのが彼らの流儀なのかも知れない。
……今考えても仕方ないか。
情けないが、棒立ちで相手の出方を待つ。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、三人は俺の前までやってきた。
先頭の女は身長170センチほどか。そして後ろの男達は190センチ近くある。それにしても奇妙なことに、この二人は体格がよく似ていた。顔が見えないので髪の色ぐらいでしか両者は判別できない。
戸惑う俺に、先頭の女性が右手を差し出す。
「ようこそ我が艦へ」
「え……ああ」
思わず間抜けな声を上げてしまった。そして慌てて俺も右手を差し出した。
「地球式の挨拶は、これで良かったかな?」
男とも女ともつかぬ機械的な、しかしやや笑いを含んだ様にも聞こえる声。握る手の感触は、パイロットスーツのグローブ越しにも柔らかさを感じた。
「私はアトラス連合の監察官フォージ。よろしく」
「よろしく。俺は周防達麻。助けていただいて感謝する」
何とかまともに挨拶を返す。やはり相手は地球の事についてはそれなりに知っているらしい。ある程度は気が楽になった。
とはいえ、異星人の船の中という事実は変わらない。
「……何故俺を助けてくれた?」
一つ息をつくと、疑問をぶつけてみる。
「君が危機に陥っていたからだ。それに……」
「……?」
わずかな空隙。
「いや、それよりも……部屋を用意したので、案内しよう」
「……ありがとう」
心中に幾つも浮かんだ疑問に蓋をし、俺は再び礼を言った。
「こちらへ。貴方は疲れているだろう。暫し休まれるといい」
フォージは俺を手招きし、通路の奥へと誘った。
――約30分後
「……妙な事になったもんだ」
俺は与えられた部屋のソファに身を沈めて呟いた。
八畳程の大きさの、直方体の部屋だ。床に固定されたソファとテーブルが置いてある。これらに関しても、地球人とそれほど大きなセンスの乖離はない。ベッドは、ヘッドボードとボトム、フットボートが一体となった構造で、上面の一部がえぐれた、カマボコ型と言った所か。サイズはダブルベッドぐらいだろうか。照明に関しては、天井全体が淡く発光している。超小型のライトが多数埋め込まれているのだろうか。
ちなみにこの部屋のあるあたり――おそらく居住スペース一帯――は、ほぼ1Gであるらしい。
俺は奥にあるシャワールームでシャワーを浴び、くつろいでいた。シャワーはミストと超音波を使ったものらしい。地球製のにも似た物はあるが、性能が今ひとつのためあまり普及していない。
そして今来ている服は、異星人の物だ。シャワーを浴びている間にフォージが用意してくれたらしい。白いシャツとグレーのパンツだ。かなり着心地は良い。先刻まで着ていたパイロットスーツのインナーはクリーニング中との事だ。
と、その時、ノックする音がした。
「……どうぞ」
声を掛けると、フォージが入ってきた。
手には水色の液体が入ったグラスが二つ乗ったトレーをもっている。
「冷たい飲み物を用意した」
そう言うと、俺の対面に腰掛ける。
相変わらず仮面を付けているせいで、その表情は窺い知る事は出来ない。が、害意を持っている訳では無さそうだ。
「いただくよ。喉が渇いてたんだ」
グラスを受け取ると、水色の半透明な液体をかるく口に含む。何かのフルーツのジュースの様だ。甘く、そして爽やかな酸味がある。
「これは?」
「ティーレアという果実を絞ったものだ。生命の果実とも呼ばれている」
「ティーレア……生命の果実、か。身体には良さそうだな」
「古くから万病に効くと言われている。我々の祖先がとある惑星でこの植物を発見したそうだ」
「なるほどな」
再びグラスを傾け、もう一口飲んだ。
俺の身体の奥から、力が湧いてくる様な感覚がある。細胞の一つ一つが活性化した様な……。
これは、どのメーカーが出している栄養ドリンクよりも効果があるのかも知れない。この植物の種をもらって、俺の家で栽培してみたいものだ。……そもそも種で繁殖するモノかは分からんけど。
などといらん事を考えている俺の前で、フォージがもう一つのグラスを取った。
しまった。
喉が渇いていたので何も考えずにグラスに口を付けてしまったが、もしかしたら、何らかの作法があるのかもしれない。
内心焦っている俺の前で、フォージはグラスを顔に近付け……
「あ……」
慌てたそぶりでマスクに手をかけ横を向いた。マスクを付けたままなのを忘れていたらしい。
……案外抜けている人なのだろうか。
「失礼」
そう言いながら、マスク上にをずらすと、ジュースを飲む。
どうやらあのマスクは、翻訳装置を兼ねているらしい。マスクを上げた途端、先刻までの機械音声とは別の、女性的な声が漏れてきた。
どうやら口元に関しては、地球人とほぼ同じ造作であるらしい。
やや厚い唇。高い鼻。目元が見えないのが残念だ。
マスクを戻すと、彼女は再び俺に向き直る。どことなく、その動きはぎこちなかった。
「そのマスクは翻訳装置か何かか?」
とりあえず疑問をぶつけてみる。
「そうだ。様々なタイプの言語に対応した翻訳装置だ。音波や電磁波での会話にも対応出来る」
「そういうものか」
何も顔全部を覆う必要も無かろう、とは思うのだが何か事情はあるのだろう。確か、“監察官”と言っていた筈。顔を知られると、業務に支障が出るのかも知れない。
「それにしても、随分地球人の事に詳しい様だが、何故だ?」
これ以上突っ込むのは止めにして、話題を変える事にした。
「我々は数千年前から、君たちの太陽系の観察を続けてきた」
「なるほどな。もしかしたら、色々と干渉したりとかはしてたのか?」
「いや、極力そういった事は避けてきた。地球を含むこの辺りの宙域は……」
一旦言葉を切り、右の掌を上に向けた。
いかなる原理なのか、掌の上の空間に縮小された銀河の姿が現れる。おそらくは我々の銀河系なのだろう。
すぐさまその一部、太陽系の存在するオリオン腕が拡大され、さらにその一部、丁度太陽の存在するあたりを中心にした宙域が赤く表示された。
「銀河連邦が指定した、保護宙域となっている。慣性制御や超光速機関などを持たない種族に対する干渉は、一切禁止されている。もしそれを破れば、死刑や凍結刑もあり得る重罪となる」
「なるほどな……」
いわゆる動物園仮説ってヤツだ。地球系人類の諸国家も、アトラス連合とやらからすれば動物園のような観察対象に過ぎないって訳だ。にしても、死刑とは重罪だ。凍結刑とやらは分からんが、かなり重い刑罰なのだろう。……彼らの刑罰にたいする価値観が俺達と同じであるならば、だが。
「にしても、もうそろそろ公式に接触してきても良いんじゃないか? その二つは、俺の乗ってきた艦にも積んであるぐらいだぜ?」
「本来であればそうなっていた筈だ。だが、政治的な理由で接触が避けられている」
「政治的、か……」
ずいぶん俗っぽい話になってきたな。
「無論、我々の中にも様々な理由で地球系人類と接触しようとする輩も少なくない。故にそれらを取り締まる監察官として、私が派遣されたのだ」
「で、赴任する途中で俺達の戦いに遭遇したって訳か……」
「……そんな所だ」
「ところで、赴任先はどこだ? もしかして……」
地球連合あるいは他の星系国家の政府と接触をとるのかもしれない。
「……それ以上は話せない」
そこまで言ったのなら、秘密にする必然性は無さそうだが……。
まぁいい。それよりも重要な事がある。
「ところで、俺の仲間の消息は……」
俺はおもむろに切り出した。先刻、部屋に案内された時に頼んでおいたのだ。
「今探させてはいるが……君たちの船の中を含め、この宙域に生命反応は無い。ただし、君の船から離脱した小型艇が、襲撃者の船に収容された事は確認している」
それは初めて知った。おそらく、俺が小型機のカメラで確認した時は、丁度死角に入っていたか、既に収容したあとだったのだろう。小型艇は、揚陸艦の類か。
「……生きている可能性はある、という事か」
「おそらく、としか言えないが……」
「いや、いいさ。俺の仲間はそう簡単に死ぬ連中じゃない。ありがとう」
俺は頭を下げて礼を言った。
……これも変な意味に取られなければ良いが。
「その程度の事しか分からなくて申し訳ない。……今日は色々あって疲れているだろうから休まれたら良い。食事が必要なら言って欲しい」
「いや、腹は減っていない。有り難く休ませてもらうよ」
坑内での作業中、携帯食料を口にしていたので、それほど腹は減っていないのだ。それよりも、今はただ眠りたい。
「そうか。……ではおやすみ」
そう言い残し、フォージは部屋を後にした。
「やれやれ。妙な事になったものだな」
フォージを見送ると、先刻と同じ事を呟いて、ベッドで横になる。
俺は一つため息をつくと、目を閉じた。
と、同時に急激な眠気が俺を襲い、深い眠りに誘われた。
用語解説など
・アトラス大学
北アメリカ大陸東海岸、ニューイングランドにある大学。設立は19世紀まで遡る。
・保安庁
地球連合に所属する機関で、連合領の宙域における警備・救難及び哨戒活動を行う。
・第◯文明人
人類が確認した知的生命体の痕跡に付けられた便宜上の名称。人類を第一とし、以降発見順に番号を与えられている。
・第二文明人
人類が初めて確認した地球外知的生命体の遺跡の創造者。体格・体型的、精神的に地球人類とよく似た生命体と推定されている。
・動物園仮説
「保護区仮説」とも。地球は宇宙人から見れば動物園のような観察対象に過ぎないとする説。参照→http://ja.wikipedia.org/wiki/動物園仮説