7話 トラウマ
――しばしのち
簡易シェルター内は騒然としていた。外に出るために各々が荷物をまとめ、また宇宙服を着用するなどの準備をしているからだ。
皆、その顔は明るい。とりあえず肩の荷が……ン?
『ワフ!』
と、そこに背後から犬の鳴き声。
こんな所に……犬?
振り返ると、和犬……それも大型種である秋田犬らしき大型犬が尻尾を振っている。
ああ、そうか! ……お前か。
「リキか! 元気だったか⁉︎」
久々の再会だ。そう声をかけ……直後、
『ワン!』
「うおっと⁉︎」
飛び付かれ、危うく転びそうになる。相変わらずかなりのパワーだな。俺だから何とか踏みとどまれたが……。
ちなみにこの犬は、ただの犬ではない。サイボーグ犬なのだ。北米大陸カナダ、ノヴァスコシア付近での調査中、羆の襲撃によりコイツは瀕死の重傷を負い……そしてサイボーグとして蘇ったのだ。
外見は普通の犬であるが、その内部のほとんどは金属及びセラミック系製フレームとバイオマテリアルで構成されている。
「今回はこの子が大活躍してくれました。崩落の危険をいち早く察知し、私たちに知らせてくれたのです」
アニエスの言。
ふむ。やりおる。
「なるほど……。よくやったな」
「ワンッ!」
頭を撫でてやる。そして、ハグ。
ちなみに今のリキの体内には、様々なセンサーが内蔵されている。彼は調査隊の目鼻でもあるのだ。
……いや、そもそも生身の頃からコイツの感覚は鋭かった。ノヴァスコシアでの羆の襲撃もリキの警告がなければ調査隊は危うかったな。その結果、俺たちが応戦準備が整うまでに単身で熊と戦ったために重傷を負ってしまったが。
当然、羆は俺の手できっちり仕留めてやったけどな。崖からの雪崩式パイルドライバーで脳天を砕いてな!
ソイツは熊鍋にしてやったが……リキにも食わせてやりたかったんだがな。まぁ、冷凍しておいた肉は食わせてやったけどさ。
……それはともかく。
「そうか。良くやったな」
『ワフッ!』
再び頭を撫でてやると、勢いよく尻尾を振り始めた。
まぁ、この辺は普通の犬とは変わらないな。可愛い奴め。でも、もうちょい加減してくれや。その圧倒的なパワーで俺でも押し倒せされそうだ。
『着いたわ。開けてもらえる?』
と、そこにアイラからの通信が入る。
「了解」
彼女への返答。そして、
「救援が来ました。解錠を」
「えっ、……ええ」
アニエスに依頼し、扉を開いてもらう。そしてしばしのち、その扉からアイラがシェルター内に入ってきた。
「え? 女の人、なの?」
アニエスが当惑した様に俺を見る。
幾ら重力が小さい惑星上とはいえ、だ。生命維持装置を装着した患者が乗った担架を担いで瓦礫の上を通るのは一苦労だろう。それも片方が女性となれば、な。
だが……
「ああ。俺と同じというか……」
「なるほど。そういうことですか」
ブルーノの言。アイラはサイボーグだしな。しかも、異星技術の。
とはいえ一々説明している場合ではない。俺と同様のジーンリッチ的なものと思って貰えばいいだろう。
「怪我人は?」
しかし、それに構わずアイラが問う。
ずいぶんと忙しないな。まぁさっき『緊急事態だ』などと声を荒げちまったからか。
「ええ。……彼です」
アニエスが担架を示した。
担架には、透明な気密フィルムに包まれた重傷者が寝かされている。
と、……
「ッ! ……これは」
アイラの声に、わずかな動揺の色があった。
かつての自分を思い出してしまったか。けれど、今は……
「急ぐぞ」
「そ、そうね」
そう彼女に声をかけ……
『ヲフッ!』
「ヒッ⁉︎」
「あっ、リキ! ステイ!」
リキに歓迎の飛びかかりを受け、硬直するアイラ。それを制止し、引き離す。
う……む、しまった。これも用心すべきだったか。確かアイラの尻を噛んだのはコイツの祖父か曽祖父だったっけか? 容姿もかなり似てはいるな。
……あっ、そうだ。確か名前は同じだったか。名前を呼んだのはマズかったかもな。
とりあえず……
「アイラ、コイツはあの時の犬じゃない。気にするな」
「えっ……あっ、そう、そうね……」
どうやら落ち着いた……か?
それなら……
「じゃあ、行こうぜ」
「そうね。それじゃあ……」
俺たちは担架を持ち上げ……
「私も行きます」
ブルーノの申し出。
医者である彼が着いてきてくれるのはありがたい。
「そうか、それはありがたい。頼んだ」
そして俺たちはシェルターを出た。
――数分後
まずは、シェルターを出たところで調査隊へと出発の通信を入れておく。回線をオープンにしてあるので、何かあったら向こうにすぐ伝わるはずだ。
そしてしばし歩くと、崩落箇所に達する。来た時に比べて穴は明らかに大きくなっているが、やはりこちら側は急勾配のままだ。
「アイラ、先に行ってくれ。俺が担ぎ上げる」
『了解』
アイラが勾配を登っていくのに合わせ、担架を持ち上げる。
そして彼女は開削路へと歩を進め……
『……ッ!』
アイラの足が止まった。
「……どうした?」
『あ……あア……』
「おい?」
何が起きた? いやこれは、まさか……
『暗い……痛い……暗い……怖い!』
「……ッ! いかん、しまった! これは幻肢痛か!」
まさかと思ったが、“あの時”のトラウマのせいだったのか⁉︎ まさか、未だにそれが残っていたのか? 先刻のアイラの動揺はその予兆だったか……。
「すまん! ブルーノさん、手伝ってくれ!」
『どうしました?』
そのブルーノが慌てて駆けつけてくる。
「申し訳ない。ちょっとしたトラブルだ、そこに待機していてくれ」
そうブルーノに言いおき、
「アイラ、落ち着け! そのまま壁際へ!」
「え……ええ」
む……う。これはあまりよろしくない状況だ。……そうだな、
「ブルーノさん、ちょっとだけで良いから担架を持っていてくれ! 今、他の人を呼ぶ!」
『え? あっ、はい』
彼は当惑しつつ、アイラの代わりに担架を支える。
『って、コレはかなり……』
低重力下とはいえ生命維持装置込みは、やはり男とはいえジーンナチュラルには少々重いか。
「すまんね。とりあえずそこらの斜面に引っ掛けてくれ! そこの出っ張りにでも」
『あっ、はい。……ここで良いですか?』
「ああ。すまんね」
とりあえず岩屑の出っ張りに担架の端を乗せてもらう。
と、
『おい、どーした?』
直後、向こう側からの反応があった。そうか。
「チェンか! すまん、すぐ来てくれ!」
『え? おっ、おう?』
「すぐにだ!」
『うえ゛っ⁉︎ りょーかい!』
どうやら何とかなりそうだ。
しかし、なぁ……
――そして、しばしのち
『オウ、一体どーしたん?』
瓦礫の上から顔を覗かせたチェンが問う。
「スマン。ちょっとアイラがな……」
『え? アイラちゃんが? 何で……って』
チェンは彼女の方を見る。
アイラはしゃがみ込み、肩を抱えて震えている。
『何でこんな……?』
「幻肢痛らしい」
『それって、確か失われた四肢の痛みだろ? ……まさか!』
「ああ、そのまさかだ。あの時のトラウマによる幻肢痛だ」
『そんな……って、そーいうコトか! しゃーない。俺がやるよ』
「おう。すまんな」
『気にすんなって』
「じゃあ、行くぜ」
『おウよ!』
そうして俺とチェンにより担架は無事に崩落箇所を超えた。一安心、ではある。
俺はそこで、ロスにバトンタッチ。そして外へと運ばれていく。これで無事調査隊トレーラーに収容されるだろう。
そしてすぐさま俺は瓦礫の向こうへ取って返す。
と、そこにはまだうずくまるアイラの姿があった。
「大丈夫か?」
俺はその肩を抱き、ヘルメットを接触させて問う。
『え……ええ……。ごめんなさい。何度も訓練したし、実際の現場も経験した……。それでトラウマは克服できたつもりだったのに……。こんなことになってごめんなさい』
涙声の返答。
アイラは『実際の現場も経験した』と言った。
ならば、損傷の多い負傷者を搬送することには慣れていたはずだ。しかしそれでも、となれば……。
……。ああ、そうか。俺の“声”のせいだったか。いくつかの条件が重なった場合に限りトラウマが発動してしまうこともあるらしい。失念していた。
今回のケースは“俺の声”が最後のピースであったのだろう。
いや、その前の時も、だ。
彼女は俺を庇って重傷を負ってしまっている。
片腕と片脚を大きくえぐられ、腹部にも軽くはない傷。それは“あの時”を思い出すのに十分なダメージだろう。
そして、ファルンガル・ゾダスの“声”。
心を奥底を抉るようなあの“声”。それを、ティーラ号の装甲越しとはいえ“聞いて”しまった。
おそらくそれが、彼女の心の古傷を抉るトリガー。そこに、あの状況と“俺の声”がそろってしまった……
「気にするな」
……とは言ったものの、あまりよろしくない状況かもしれん。
『何が起きたんです?』
側に佇んでいたブルーノが問うてくる。
「申し訳ない。……実は、ですね。彼女も彼と同様に瓦礫に潰されかけたことがありまして……。どうやらそれがフラッシュバックしてしまった様なんです。当人も克服したつもりだった様ですが……」
『そう、でしたか……』
一応は納得してくれたようだ。
患者が危険にさらされる可能性もあったわけだし、あまり良い感情は抱いていないかもしれないがな……。
アイラとブルーノを連れて瓦礫を越えると、今度はライアンやアデルらとともに資材を担いでシェルター側に戻る。
そして瓦礫上に足場と手すりロープを設置し、軽く押したり引いたりして安全性を確認する。
……よし、問題なさそうだ。
そしてシェルターに向かい、調査隊に脱出が可能になったことを告げる。
『ありがとうございます!』
待ちわびていたようにアニエスさんが飛び出してくる。
そしてマリカらが続いた。
そして点呼をおこない、脱出開始だ。
まずはライアンたちが怪我人を抱えて脱出。そしてアニエスさんら。最後に無事な男性調査隊員と俺が荷物を抱えて脱出する。
そして、俺は瓦礫の前に降り立った。
……よし。
とりあえず、脱出完了だ。外へと向かおう。
――遺跡外
遺跡の前にはすでにティーラ号が降下、待機していた。
負傷者たちは既に乗船し、船医による治療を受けているであろう。恐らくあの重傷者は応急処置を施したのち、シャトルで巡視船に移送されるだろう。そして高度医療が受けられる近隣星系あるいは地球まで搬送されることになる。生命の危険がああればスーニア号内で処置を受けるという選択肢もあるが、それには色々と問題がな……。本当に緊急事態にしか使えないだろうな。
「とりあえず、皆さんには一旦、シグナス号内で検診を受けてもらいます。その結果によっては、上空に待機している巡視船で一旦近隣星系あるいは地球で治療してもらうことになると思います」
調査隊の面々に、そう告げる。
こういう事態だしな。相当なストレスもあったであろう。そういうものは軽視してはいけない。
だからまずは、検診だ。
そして、それが必要なのはもう一人。
俺は傍で佇んだままのアイラに歩み寄る。
「アイラ……悪いことは言わない。一度、船で休んでいたらどうだ?』
『いえ……大丈夫。問題ない、行けるわ』
「そう、か……」
しかし、だ。この状態の精神状態で任務を遂行するには無理がありそうではある。
俺はヘルメット同士を接触させた。
「アイラ、いいか?」
まずはそう声をかける。
「今俺が見るに、大丈夫な状態ではないと思うぜ? いや……責めてる訳じゃない。さっきの件も俺の声がトリガーになったんだろうしな。とりあえず、今はしばらく休んで……」
「それは……駄目!」
アイラが叫ぶ。
「せっかくタッちゃんのいるところに赴任できたの、にッ! ……その・それは、それ・は……」
「アイラ? 気持ちはありがたいが……」
とはいえこれは、俺とアイラだけの問題ではない。心を鬼にせねば。それに、今の精神状態では何らかのミスを犯してしまう可能性も少なくないだろう。万一、それが致命的なモノであるならば……
考えたくはないが、な。
「とにかく、今は休むんだ。どう見ても大丈夫な状態じゃない。俺だってアイラがいてくれたほうがいいさ。けれど、これは責任ある仕事なんだ。分かってくれ」
「そうだよね、ごめん。……分かった。わがまま言ってごめんなさい」
「すまんな」
とりあえず、一安心。分かってくれたようだ。
彼女は踵を返そうとし……そして立ち止まる。
『あと……タッちゃんの声であんなことになってしまってごめんね。最後に聞こえた、必死に私を呼ぶあの“声”をずっと励みにしてきたのに……』
「そう、か……」
そして再び彼女は歩き出し、ティーラ号に乗り込んでいった。
……にしても、どうフォローすべきか。あそこまで落ち込むとはな……。むかしのアイラからは考えられん。
いや……それ相応の年月は経ってはいるか。俺も、彼女がこれまで過ごして来た年月については何も知らないからな。
その後ろ姿を目で追い、考える。
……とりあえず、サオラスに聞いてみるのが一番良いか。
――夕刻 ティーラ号ブリッジ
崩壊地点での瓦礫の撤去を終えた俺たちは、一旦船へと引き上げていた。
連中の兵器類も証拠として押収・回収した。一部兵器に残されていたデータからは、クアール軍所属であることを示す揺るぎない証拠も見つかっている。
それらは保安庁に証拠として提出したわけではあるが……おそらくは、この宙域をめぐる所属判断には大きな影響を落とすであろう。
それを受けて、強引に奪還に来る可能性もあるから用心せねばならんがな。
一応、軍にも護衛を依頼してはあるのは確かなのであるのだが、この場所に着くまでのタイムラグがあるんだよな。
などと思っている間に、重傷者とクアール軍の連中を乗せた往還機がカタパルト上に移動した状況が、メインモニターに映し出されている。これは、艦上部に突き出た展望ブリッジに設置されているカメラからの映像だ。
おっと、もうそんな時間か。
「シャトル、発射します。よろしいか?」
と、オペレーターが告ぐ。
「了解。発射を許可する」
そう告げ……
「ラジャ。発射します」
と、オペレーターが返答した。そしてメインモニターに、往還機が発進していく様子が映し出される。
重傷者は上空に待機している巡視船に受け入れられたのち、近隣の星系か、あるいは地球まで搬送されることになるだろう。……手術が無事成功すれば良いのだがな。
一方、軽傷者はこの船の医務室で治療中だ。この船は元が軍艦だけあって、手術が可能な医師のいる医務室もあるからな。さすがに四肢切断レベルの重傷は、先刻の様に施設の整った病院に転送せざるを得まいが……。
あとは、クアール軍の連中だ。きっちり取り調べられることになるだろう。そして取り調べが終わればクアールへと引き渡すことになる。
クアール側がどう出てくるのだろうか? というか、どの面下げて交渉の場に出てくるか、だな。
と、俺の携帯端末に報告のメールが来た。
……ふむ。とりあえず、残る調査隊の面々の健康状態については、ほぼ問題なしと判断された模様だ。何より、ではある。
そしてアイラも、精神状態に問題なし、と。やれやれ、一安心だ。
が、一応サオラスに結果をチェックしてもらったほうが良いだろう。結果を転送しておいた。
後は……これ以降の調査に関する打ち合わせか。時間は翌朝。地球標準時での8:30、と。
ちなみにこの惑星におかる一日は、数百時間だ。まだまだ“昼間”は続く。しかし、地球人類はそのリズムに馴染むのは難しい。なので、こういう場合は地球標準時を使用している。
そして、場所は士官室を使用したいとのことだ。早速か。ふむ、とりあえず準備しておこうか。
――艦内 通路
メールに添付された資料に一通りの目を通し終えた俺は、アイラの部屋へと向かった。
とりあえず、彼女のフォローをしておかねばな。アイラには、俺のトラウマを癒してもらった恩がある。ならば、今度は俺が何とかしてやらねばならん。
今のアイラの身分はこの艦の乗組員なので、専用の部屋は割り当てられている。そして乗組員としての立場上で、今はこの部屋をメインで使っている。スーニア号に頻繁に行ってはいらん憶測も呼んでしまうだろうからな。
それはともかく、だ。
「アイラ……今、いいか?」
まずは、ノック。
「えっ⁉︎ タッちゃん⁉︎ い、いいよ。……あっ! でもちょっと待っ……」
慌てたような声。
しかし俺はすでにドアを開けてしまっていた。
「あっ……」
「あ……」
たった今ベッドから身を起こしたらしい姿のアイラ。そしてその目は真っ赤だ。
「スマン。急ぎすぎたな。その、泣いていたのか……」
「あっ……そのっ、そういう、訳じゃ、あ……」
彼女は慌てて顔を覆う。そして、消え入りそうな声。しかし、隠しきれてはいない。
「もう少し待った方がいいか?」
踵を返しそうとし……
「いやっ、そっ……いいよ。適当に座って」
「そう、か」
それならば、だ。俺は室内に入る。
ふと見ると、ベッド上はぐちゃぐちゃだ。
う……む。やはり相当落ち込んでいたんだな。やらかしたことに相当悩んでいたのだろう。
しかし、だ。
「アイラ……。何も気にするな、と言っただろう? 俺は気にしちゃいない」
そう言いおき、歩み寄る。
「う……ん」
涙を拭うアイラ。
俺は彼女の隣に腰をかけ、肩を抱く。
「迷惑をかけたかとは思うな。アイラなら、何にも問題ない」
「えっと……あのっ、いいの? 本当に?」
「ああ。アイラのことは信頼している。それでいいだろう?」
「う……ん」
素直にうなういてくれたか。では、本題に入ろう。
「そもそも、だ。アイラが任命された“監察官”っていうのは狭き門なんだろう?」
「ええ。ものすごく頑張った……」
なるほど。やはり、な。
そして、彼女は手で顔を覆う。
「アイ、ラ……?」
「私、ね? 頑張ったつもりだった。……でも、またあんなことになってしまった」
そうか。アイラもずっとトラウマと戦っていたんだな。
「また同じような事態になりそうだったら、すぐに俺を頼ってくれ。いいな?」
「うん……ありがとう」
少し表情が明るくなったな。よし。
「で、さ。俺としては今までアイラがどういう訓練とかをしていたか知らないんだよな。これからの調査で色々役に立つこともあるかもしれないだろう? だから、その辺のことを聞かせてくれないか? アイラがこれまで何をやっていたのかをさ。俺も、話すよ」
「えっ……うん。その、私の……話せる範囲内だけど」
「それでもいいさ……」
「そう……」
そうして、俺たちはお互いの空白時間を埋め合うことにした。いままでは、なかなかそういう機会はなかったしな。
そして……だ。アイラの言によれば、そのリハビリ過程はなかなか難儀であったらしい。彼女自身は凍結保存されてアトラス本国まで運ばれたそうだ。しかし、その解凍過程で感染症に冒されていたと判明。それにより、隔離での治療が行われることとなったという。おそらくは救出までのタイムラグの間に何らかの細菌かウイルスが感染していたのだろう。
地球に派遣される監察官などは、あらかじめ現地に対応したワクチンの接種を行われているとのことだが、本国で受け入れた医師たちにはそういったものは施されていない。
受け入れ直後から接種を行ったとしても、ある程度の間隔を置いて数回接種せねばならないタイプは、まだ彼らの文明においても存在しているらしい。人間の免疫というのは、地球より遥かに進歩した医学にとってもなかなか難儀なものらしい。
……いや、異星人か。一応は、な。
まぁ、辺境の惑星から現れたレアなウィルスへの対応はそこまで重要ではないだろうしな。そこまで重点をおいて研究する必要もなさそうだ。
ともあれ、その結果……彼女が相当な時間をロスしてしまうことになってしまった訳だがな。
そして、アトラス連合において、保護宙域における警備・文明監視を行う監察局に配置される際にも、親が監察官であったが故に採用されたのではないかと陰口を叩かれたそうだ。
「俺と、同じか」
思わずそう呟く。
親父の七光とか言われたこともある。正直、精神的にかなり凹んだこともあったな。
……しかし、だ。俺の場合、親父が何か色々やらかした疑惑がな……。いや、それは考える必要はない。今は、だ。
「大丈夫だ。実績を積んで見返してやればいい。アイラなら出来るさ」
「う……ん。そう、よね?」
涙目で俺を見上げる彼女。
「ああ。アイラなら大丈夫さ」
「……!」
彼女は俺の胸に顔を埋め、涙を流す。
おそらく、相当今まで我慢していたのだろうな。
そして、気がつけば彼女は眠りに落ちていた。
う〜む、どうすべきか。
とりあえず彼女をベッドに横たえた後にサオラスに連絡を入れ、俺は部屋を後にした。意識がない女をどうこうする趣味は、俺にはない。
――翌朝 地球標準時 午前8:35 ガンルーム
俺は早めに教授から依頼を受けて確保した会議場についたつもりではあったのだが……そこにはすでに、ハイドフェルト教授とアニエスが会議の準備をしていた。
確か会議は午前9:00からのはずだが……
「お疲れ様です。身体のほうは大丈夫ですか?」
そう、両者に声をかける。
と……、
「ええ。休んでなんていられませんよ。ようやくまともに調査できるようになったんですからね」
「私もです。ここまでお預けをくらっていた訳ですしね。休んでなんかいられません」
「なるほど……」
お……おう。この両者、知的好奇心を抑え切れないのか……それともワーカーホリックなのか? ……おそらく両方だな。
などと思っていると、アイラやチェンたち、そして調査隊の面々が集まってくる。
「アイラ、もう良いのか?」
隣に来たアイラに小声で問う。
「ええ、問題ないわ」
そして、頬を赤らめ視線をそらす。
「昨晩はすまなかったな。とりあえず、サオラスに連絡しておいたんだが……大丈夫だったか?」
「え……、うん。私は大丈夫。大丈夫だから……」
サオラスからは、その後のことは聞いている。アイラの状態確認および部屋のロックは彼女(?)に任せておいた。
とはいえ……だ。現状、ちょっと注意しておいた方がいいだろう。かなり危なっかしい感じがする。
「だが、無理するなよ。まだ顔色が良くない。……お前にまた何かあったら俺も悲しい」
「うん……。ありがとう」
彼女は口元に微かな笑みを浮かべ、席についた。
……一安心、かな?
とりあえず、俺もその隣に腰を下ろす。
おっと、そろそろ主要なメンツは揃ったかな?
――しばしのち
「では、そろそろ……今後の探査計画について説明します」
教授は端末を取り出し、操作する。と、会議室中央にある立体映像モニターに映像が浮かび上がった。
「これが最新の遺跡内の状況です」
遺跡の内部構造の立体映像だ。落盤箇所などが一部修正されている。あと、アイラが発見した横穴も。
「とりあえず、現状ですが……」
土砂撤去を指揮していたロスの言。
「現時点において、落盤箇所にある土砂は全て撤去を完了しています。大型探査装置の搬入は可能です」
そしてモニターに、崩落現場の画像が映し出される。天井部分はくまなくコーティング剤が吹き付けられており、場所によっては鉄骨による補強も入っている。さらなる崩壊の恐れはなさそうだ。
「ありがとうございます。これで、安全に調査が出来そうです」
頭を下げる教授。
そしてすぐさま画像に向き直る。
「では、探査計画についての討論を始めましょう」
う〜む。やはりワーカーホリックであったか。
ま……まぁ、身体を大事に、と。
そして、会議は進む。
「深層部については、現状数回ほどドローンを潜らせて事前調査を行なったおります」
なるほど。下見は済んでいるわけだ。
「その途中で、異星人の遺体を発見しました。これです」
モニターに映し出された画像。それは、大きな丸みを帯びた頭部と細く長い首。楕円形の胴体には四肢と尾がついていた。
「恐竜、あるいは鳥……か?」
誰かの声。
確かにそうとしか思えない姿だ。
何気なく、隣のアイラを見る。
「知っているのか?」
「ええ……」
そして目を逸らす。
やはりこれも今は言えないことか。
「すぐに調査に赴く予定でしたが……その直後、連中からの襲撃を受けました。故に、まだ手付かずです」
なるほどな……。そりゃすぐにでも調査にかかりたいわけだ。
「現状、その遺体があるフロアの一つ下までで調査が止まっています。理由は、下に続くと思われるフロアへの通路が強固な扉によって閉ざされているのです」
「強固な扉? と、なるとその先にあるのは危険物なんだろうか?」
危険な廃棄物の貯蔵庫あたりなのだろうか? あるいは何らかの機密……
もしかしてここは、かつてフィンランドで稼働していた放射能廃棄物最終処分場、オンカロの様な施設なのかもしれない。
「おそらくは。ここから先の調査は慎重にすべきでしょうね」
「そうですね。何が出てくるか分からない以上は」
これまでにも前例があるしな。ファルンガル・ゾダスみたいな何かを封印していたら、と考えると……。
「そのヒントになりそうなのが、扉に刻印されていた画像です」
「画像、か……」
核廃棄物などを示すマークなどがあるが、そんなものなのだろうか。
「で、これがその壁画ですが……」
教授が映し出した画像。それは、どことなくピースマークあるいはグノーシス主義のシンボルにも似た、円と直線で構成された印象。
ふ〜む。あれがかれらの文明における何らかのマーク、なのだろうか? 何を示しているのか、今一つ分からないが。
「!」
と、アイラが微かに息を呑んだ。
「どうした? 何か知っているのか?」
小声で問う。
「あ……あれは、ヴェルガー。凶兵器群の証」
震えながら、彼女は答える。
「凶兵器⁉︎ どういうことだ?」
「それはっ、その……」
口籠る彼女。
「あの……どうされました?」
アニエスの問い。
しかし、真っ青な顔をしたアイラは答えられそうにない。
……仕方ないか。
「大丈夫だ。そのまま続けてくれ」
「えっ……でも」
「何も問題はないんだ。頼むよ……」
「あっ……はい」
アニエスは視線を逸らし、再び解説を始めた、
だが、このアイラの反応は……
彼女は頭を抱え、微かに震えていた。
他の参加者も、時折怪訝な視線を向けてくる。
マズいな。特に、彼女の素性を知っているジェリコあたりは怪訝な顔だ。チェンも何か言いたげだ。
これはマズいな。とりあえず、だ。
「ちょっと待ってくれ。アイラは体調不良のようだ。医務室に連れていく」
「えっ……私は……」
「これ以上は無理だ」
「うん……」
続けて言葉をかけると、素直にうなずいてくれた。
「すまない。すぐ戻るが、会議は続けてくれ」
「ええ。……アイラさん、お大事に」
そういうと、教授は再びモニターに向き直る。
よし。では、行こうか。
……背中に突き刺さる視線は痛いが。
――廊下
俺はアイラを連れ、彼女の部屋を目指す。
「アレは一体何なんだ? ヴェルガーとか凶兵器群だとか……」
「……言えない。でも……これだけは言える。あの奥には絶対に行かないで」
「何故だ? ……いや、それも言えない、か」
「……死んでしまう」
「!」
何だと⁉︎ そんな危険な“何か”があの底にあるのか?
「みんな、死んでしまう。お願い。だから、行かないで」
「アイラ……」
恐らくは相当凶悪な兵器群があの奥に封印されているのであろう。下手をすれば、俺たちが全滅するどころが人類生存圏まで危機に晒される事態にある、ということか。
しかし、だ。
「それは、俺たちに伝えてはいけない情報なのだろう?」
「う……ん」
彼女は顔を伏せる。
「でも……それでも……ッ!」
やはり、その過去に何かがあったのか。それも、アイラにトラウマを刻み付けるレベルで。
いい……だろう。俺がそれを粉砕してやる。アイラに傷つけるヤツは滅ぼすだけだ。
いや、しかし、だ。
「とりあえず、調査を中断することはできない。だから、危険そうな箇所に差し掛かったらそれとなく教えてくれ。出来る限り穏便に解決する」
「そう……するしかない、ね」
アイラはそう言って肩を落とした。
「とりあえず、あとでデータを送る。それを見て危険だと思われる箇所を指摘してくれ」
「ええ……わかったわ」
と、そこで彼女の部屋にたどり着く。
「アイラ、今日はゆっくり休んでくれ。また明日、な」
「そうね、ありがとう」
そうして彼女は部屋に帰った。
……ふむ。さて、俺は会議に戻るか。
いや、その前に……だ。




