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虚空(そら)の深淵  作者: 神井千曲
第二部
16/19

4話 レゾリス3

――ブリッジ

 空間が歪み、きらめく星々がブリッジを囲む全天周囲モニターに映し出される。

 ティーラ号が通常空間に復帰したのだ。

「ワープアウト完了。システムオールグリーン」

 バーンズの声。

「座標を確認してくれ」

「了解。……出ました」

 俺はモニター上に表示された、現時点での空間座標を確認する。

 ふむ……各数値は問題なし。

 予定通りの座標に到達したらしい。

 ここは、間違いなくレゾリス星系。その外縁部に当たる場所に俺たちはいる。

「よし。まずは航路の確認を頼む」

「ラジャ」

 俺の声に応え、バーンズはすぐさまパネルを操作する。

 と、メインディスプレイ上にこのレゾリス星系の星図が表示された。主星レゾリスと、いくつかの惑星、そして小惑星などの軌道が浮かび上がった。その中に、目標となる第三惑星の姿がある。

「そうだな。計算上、現在地から最適の航路は……これだ」

 ジェリコの操作で、星図上に現在地から目的地へと至る曲線が浮かび上がった。

「よし。では、そのルートで行こうか」

「ラジャ!」

 各員が、各々の持ち場に着く。そして、ティーラ号は目的地に向けて発進した。



 これでよし。さて、あとは……

「では、本部に回線を繋いでくれ。参事官に報告せねばならんからな」

「了解」

 アイラに頼む。

 時間的には、参事官は本部にいるはずだ。ワープ前のことなど含めて、直接報告しておかねばならん。

「……通信、繋がったわ」

 と、アイラ。

 そして、モニター上に参事官の姿が浮かび上がる。

『やあ、周防くん。そしてティーラ号クルーの諸君、お疲れ様だ』

「お疲れ様です。参事官」

 敬礼。

 そして向こうも敬礼を返してくる。

『さて……早速やってくれたらしいな』

 ニヤリと笑う参事官。

 当然、保安庁経由でその辺の報告は上がっているはずだ。

「いや……降りかかる火の粉を払っただけですよ。……そういえば、あの船は何者だったんですか?」

「ああ……それなんだがな」

 参事官はそこで言葉を切り、意味ありげに笑った。

 ……何やら嫌な予感がするんだが。

『実を言うとな、違法移民船だった様なんだ』

「移民船……ですか」

 なるほど。探査妨害のテロリスト船とは考えすぎだったか。

『うむ。あの船のコンテナには、多数の移民が潜んでいた。おそらく、地球での仕事を求めてやってきた連中だろう』

「では、調査妨害の線は……」

『ああ。一応は無関係だ。一応は、な』

 思い過ごしだったか……。いや、何やら何か含むところはありそうだが。

 というか、確実に“裏”はあるな。あの言い方だと。

 とはいえ……俺が今考えるべきことではないな。多分……。

「あ〜、荷電粒子砲(ランチャー)使わんでよかった」

 と、横で何やらチェンがほざいてやがる。

 あそこで止めんかったら大量虐殺が起きるところだったか……。チェンならあの距離じゃまず外さんだろうし。

 ああ、胃が痛い。思わず鳩尾(みぞおち)に手を当てた。

 それを見たのか、参事官は妙に生暖かい目で俺を見る。

 全く……ほかっておいてほしいものだがな。

 ……いや、気のせいかも知れんが。

『ああ、そうだ。巡視船シグナスにレゾリス3までのエスコートを依頼してある』

「エスコート、ですか? それはありがたいですね」

『前回の件もあったからな』

 確かに発掘チームが妙な連中から襲撃を受けた訳だし、そういう可能性も十分ありうる訳だが……よほどの戦力でなければティーラ号に損傷を与える可能性はあるまい。

 まぁ……油断さえしなければ、だがな。

「ありがとうございます。これで、安心して作業にかかることができます」

『うむ。よろしく頼む。では、朗報を期待している』

「ラジャ!」

 敬礼。そして向こうも敬礼を返してくる。

 そして、通信は切れた。



 さて、と。まずは……

「シグナス号に通信を繋いでくれ。この星系にいるはずだ」

 通信を終えた俺は、そう指示を下した。

「了解」

 アイラが答える。

 そして、しばしのち。

「……繋がったわ」

 そして、先刻本部との通信映像を映していたディスプレイに、シグナスからの映像が映し出される。

「ティーラ号キャプテン、周防達麻です。よろしくお願いします」

「シグナス号船長フランク・マティスだ。よろしく」

 マティスはその理知的な顔に、穏やかな笑みを浮かべる。淡褐色の肌の、引き締まった長駆の人物である。階級は、一佐。軍で言えば、大佐相当だ。

 そして俺は、三佐待遇。つまり、少佐扱いだ。

 彼は、二階級上の人物となるわけだ。なので、俺からすれば上官となる。

 ロッシュ一佐もそうだが、こうして顔を合わせるのは少々気まずいものがある。

 シグナス号などの大型巡視船(PL)の船長には、一佐が任じられる。そして、このティーラ号の前身である重巡航艦シャスタは本来大佐が座乗する艦。それなのに俺なんぞがキャプテンやってて良いのだろうか?

 まぁ、腹の底はともかく表面上は気にしているそぶりを見せていないので一安心ではあるが……。

『前回のトゥルス星系では大変だったようだね。今回は我々が責任持って護衛させてもらうよ。安心して作業に集中してもらいたい』

「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」

 とはいえこちらも万全の体制で来ている訳だが……。

 まぁ、それを使う機会はないに越した事はないか。



 そして、情報交換などを行なったのち、通信は終了した。

 ……向こうからの情報の中に、少々気になる事もあったがな。つい最近、俺たち以外の“何者か”がこの宙域に侵入した形跡があるとか。

 一体何者なんだか。その件に言及したマティス一佐の歯切れが悪かったことが気にかかるんだよな。何というか……具体的な相手を想定してるっぽいというか。

 調査隊を襲撃した連中とも、どうやら違うようだし。

 ……とえりあえず、シグナス号との合流を急ぐべきだな。

 すぐさま航路を変更し、指定された合流地点へと向かうことにした。

「シグナス号との距離は?」

「距離約11天文単位(AU)です」

 と、バーンズ。

「そうか。とりあえず、急いだ方がいいな」

「ですね。妙な輩がこの宙域にいるかもしれない訳ですし」

 ジェリコが応じる。

 ……と、

「ン? 何やら別の船影が……」

 バーンズが声を上げた。

「どうした?」

「これを……」

 ディスプレイ上に、この宙域における天体および船舶の位置が示される。

 ティーラ号とシグナス号、およびシグナス号指揮下の中型巡視船(PM)であるメトネおよびベストラなどの艦影。そしてティーラ号を挟んで巡視船団の反対側に、もう二つほど怪しい影がある。

 まさか、これは……早速か。

「シグナス号と連絡を取ってくれ」

 アイラに声をかけ……直後、

「不審船より入電!」

「何⁉︎」

 どうやら先方から接触を取って来たようだ。

「……繋いでくれ」

「了解」

 そして、ディスプレイ上に不審船からの画像が映し出された。

 制服に身を包んだ連中。軍、あるいはそれに準ずる組織だな。

 そして、その背後に掲げられた旗。ああ……そこか。

『こちらはクアール共和国宙域警備隊所属警備艦ノワズ。当宙域は、我が国管理下にある。許可なくこの宙域を航行する貴船に対し、ただちの停船と責任者の出頭を命じる!』

 高圧的な口調で言い放ったのは、画面中央に映し出された四十代半ばの髭面の男だ。

 クアール共和国、ね。まためんどくさいのが出て来たな。

 それは、このレゾリス星系に隣接する星系国家だ。

 一応は、地球連合傘下の星系国家ではある。が、どうやら扱いに不満があるようで、地球連合離脱を模索する動きもあるらしい。

 彼らがその扱いに不満を持つ原因の一つが、現在俺たちがいるこの宙域に関する事だ。

 彼らとしては、何とかして自分たちの領域に組み入れることを画策しているらしい。ここにはそれなりに資源も豊富にあるようだしな。財務的に苦しいクアール共和国としては、喉から手が出るほど欲しいのだろう。

 とはいえ現状はまだ扱いが決まっておらず、連合直轄領のままだ。だからこそ、早く調査を進めねばならない訳だが……

 しかし彼らは、その手順を無視してこの宙域を手に入れたいのだろう。連合離脱を画策しているがゆえに、帰属に関する判断が自分たちに厳しくなるだろうと思ってのことか。

 まったく……腹がたつ連中だ。俺が軍を辞める原因となった国境紛争でも、相手方は同じように強引にコトを進めようとしていた訳だしな。そして、それで戦友が犠牲になった……。

 とはいえ、だ。少なくとも現状ではクァールは地球連合傘下だ。あくまでも現時点、ではあるがな。

 それだけに、できる限り穏便に事を済ませねばなるまい。

 撃沈など、もってのほかだ。

 本来であれば、シグナス号に対処を任すべきなのだろうが……。現在位置では保安庁船団よりもノワズらクァール側の方が近い状態だ。

 仕方ない。

「当方は、保安庁外局、未確認星域調査局所属の探査船、ティーラ。私はキャプテンの周防三佐だ。我々は内務省の認可の下、この調査を行なっている。無論、認可証もこちらにある」

 とりあえず、そう返答をする。そして、

「アイラ、認可証を向こうに」

「……了解」

アイラに依頼し、その認可証の写しを送りつけてやった。内務大臣のサインもある、正当なものだ。

『ふん……一応は正式なモノだな。だが、我々の許可を得ていないものなど、無効だ』

「なっ……」

 その声に、アイラが気色ばんだ。さっきからずいぶんイラついてたみたいだしな。

 とりあえずその彼女を手で制す。

 彼女は頷いてくれた。一安心。

 ……って、何やらチェンまでこめかみをひくつかせてやがる。

 コイツは大体こんなモンだ。とはいえ、ヤバいか? ……と思ったら、ジェリコが抑えてくれた。ありがたい。

「我々としては、あなた方の認可を得る言われはないはずだ。粛々と調査をさせてもらう。それでは、失礼」

 一々反応しても仕方がない。連中にはそう言い置いて、まずは合流地点に向かおうと……

『待て! 停船を命じたはずだ!』

 ノワズとその側にあるもう一隻――ノワズの僚艦だろう――は加速し、一気に接近してくる。

 こちらを拿捕するつもりか。

 ふ〜む。やはり、面倒なことになってしまったか?

 こっちは探査船とはいえ中身は重巡。向こうの警備艦は、精々巡防艦(フリゲート)、下手すればさらに小さいコルベットクラスだ。反撃すれば、あっさりと返り討ちには出来るだろう。しかし、それをやってしまうと外交上の問題が発生する。前回のアルバスみたいに、敵対的な国家の艦ならまだしもな。さて、どう対処すべきか……

 と、思いきや、

『待ってください、艦長。これを……』

『こんな時に、何を……』

 副官らしきヤツが艦長を制止している。そして、こちらが送った認可証の写しを示し、なにやら耳打ちしているらしい。

 お? あちらにも良識者がいるか。

 そして、向こうの艦長の顔色が変わった。

『スオウ……タツマだと⁉︎ あの、カイザラーンの悪魔! しかも、あの艦影は巡航艦クラス!』

「え? お? ちょっ……」

 な、何やら風向きがおかしくなった気がする。

 ティーラ号ブリッジの連中の視線が生暖かい件。

『ヨニグヘズの艦隊を壊滅させたあのバケモノです! それに、連合側の巡視船数隻もこちらに接近中です。ヤツらを敵に回したら、間違いなく我々は……』

『う……む』

 いやちょっと待て。さすがにそこまでやってねぇよ。突破口を開いたのは事実だが……

 あんまりな言い方に、俺は思わず硬直した。

 その間にノワズらはかなりのスピードで離れて行った。

『こっ……この一件は、後ほど外交ルートを通じて、正式に抗議させてもらう!』

 などという捨て台詞を残して……

「お……おう」

 俺は思わずそう呟くしかなかった。



 そして何ともいえぬ沈黙の中、

『こちらシグナス。すまない。駆けつけるのが遅くなった』

 シグナス号のマティス一佐からの入電があった。

「あ……いや、ダイジョウブです。向こうが引いてくれたので、なにもモンダイありません」

『う、む……その様だな。あの態度の急変ぶり。一体何があったのか……』

「……ナンデデショウネ?」

 そう答える……が、またしても棒読みだな。

『う……む。と、とりあえず、目的地へ向かおうか』

「ラジャ」

 何やら察されてしまったようである。

 そうして俺たちは、目的地である第三惑星、レゾリス3へと向かうことになった。

 ……ちなみに、通信が切れた途端にチェンが馬鹿笑いしやがったので、軽くシメておいた。



――レゾリス3

 俺たちの目の前には、赤茶けた惑星の姿があった。そして、それを周回する歪な衛星も。

 これが、今回の目的地だ。

 サイズは火星よりもやや大きい程度。衛星は、月の四分の1サイズか。

 この星系の主星レゾリスは、太陽とほぼ同じG型主系列星で、太陽より数%ほど質量が大きい。

 その環境なら知的生命体が発生していてもおかしくはないが、幸か不幸か惑星たちは全てバビタブルゾーンを外れて公転している。

 レゾリス3も、そのやや内側に位置しているのだ。

 が、この惑星に関しては、かつてバビタブルゾーンにあったと推定されている。

 そのためか、原生生物の存在は確認された。

 しかしそのうちの幾つかの生物の形態および遺伝子情報があまりに地球のそれと酷似していたのは、一体何を意味するのだろうか?

 平行進化の奇跡か? それとも、俺たち調査局が到達する前に何者かがこの星に降り立っていたのだろうか? 果たして……

 ともあれ、調査の準備にかからねばなるまい。

 まずは……

「救援隊の出動準備を」

「わかったー。……アイテテ」

 チェンは首のあたりを摩りながら、格納庫の方へと向かった。

 無論、この宙域に至る前の段階で、すでにそのほとんどの準備を済ませている。なので、今やるのはあくまでも最終確認だ。

 さて、次は……

「アイラ、調査隊との連絡は取れそうか?」

 ここにくる途中にも、幾度か連絡を取ろうとしたものの、向こうからの返答はない。

 とはいえそれがすぐさま、万一の事態を意味する訳ではない。

 通信機器の問題という可能性あるしな。だが、救援を呼ぶまでは、超光速通信ができていた訳だ。現状、ここに至るまで返答ができないとなれば、調査隊が何らかの事態に陥っているのは間違いない。

「まだね」

 幾度かの呼びかけののち、アイラは首を振る。

「……そうか。通信手段を変えて、何度か試してみてくれ」

 暗澹(あんたん)たる気持ちでそう答え……

 が、しばしのち。

「……あっ、これは」

「どうした?」

 何やら反応があったようだ。

「電磁波通信ね。これは……」

「そうか。繋いでくれ」

「了解」

 電磁波通信は、通信手段としでは初歩的なものだ。無論、恒星間通信などは現実的には不可能だ。だがその反面、大電力や特別なシステムを必要とはしない。ゆえに、遭難時などは重宝するのだ。

「……繋がったわ」

「すまんな」

 ふーむ。どうやら向こうからの発信は音声のみらしい。やはり、あまり芳しい状態ではなさそうだ。

 そして、今度はこちらから通信相手に呼びかける。

「こちらは未確認星域調査局所属の探査船ティーラ。そのキャプテン、周防達麻です。アトラス大調査隊の皆さんは、ご無事でしょうか?」

『……我々は、アトラス大学調査チーム。私はチームリーダーのイェリク・ハイドフェルト。救援に感謝する』

 ノイズ混じりの返答。

 よし。調査隊と繋がったか。一安心、ではあるがな。

「そちらの状況を教えてもらいたい。救援の準備は整っている」

『ありがたい。我々は現在、少々困難な状況に陥っている。早急に救援をお願いしたい。落盤事故により、食料などの物資を失ってしまった。怪我人も、若干名いる』

 またしても、ノイズ。

 いや……それにしては規則的だな。……そうか!

「了解した。すぐに救援に向かう。現時点の座標を教えてくれ」

『わかった。場所は……』

 ふむ。どうやら例の遺跡のすぐ側らしいな。

 キャプテンシート脇のマイクを取り出し、そちらに音声を切り替え。

「では、すぐに降下する」

 わざと軽く何度かマイクを弾きつつ、返答。

『……感謝する』

 そこで、通信は終わった。

「ねぇ、今のは?」

 アイラの問い。

「モールス信号だよ。どうやら……事態は思いの外深刻だ」

 向こうからはノイズを装い『警戒せよ』と打電してきたのだ。で、こちらからは『了解』と返信しておいた。

 それに、落盤だと⁉︎ 参事官から聞いた話だと、そこまでの事態にはなっていなかったはず。

 一体何があったんだ?

 詳しく聞きたいところだが、あまり長々とやりとりするのもあまりよろしくはなかろう。

 ともあれ……急がねばな。

「向こうからは『警戒せよ』と打電して来た。ジェリコ! 惑星地表への降下を! ことは一刻を争う!」

「アイサー!」

「アイラはシグナス号に連絡を。いざという場合のバックアップを頼みたい」

「了解!」

 さて……間に合ってくれたら良いがな。

 ……おっと。そういえば、チェンの方はどうなってるかな?

 内線で呼びかけてみるか。

『おう、どうした?』

 すぐに返答があった。

「準備はどうだ? 調査隊と連絡がついた。あまりよろしくない状態らしい。すぐにでも出動できる様にしておいてくれ」

『おうよ。いつでもいけるようにしておくぜ!』

「そうか。頼んだ。終わったら、すぐにブリッジに来てくれ」

『おっけー!』

 ふむ。こっちも問題はなさそうだな。

 さて……どうなるかな?



――しばしのち トゥルス3周回軌道上

「各システムチェック!」

「……チェック完了。オールグリーン!」

「ウィング収納」

「アイサー!」

 ジェリコの操作で、艦体両サイドに展開されていた翼状の“板”が畳み込まれる。

 この“板”は、単純な翼という訳ではない。放熱パネル、そしてフィールド展開機能を持った推進システムの一部なのだ。

 畳みこむのは、熱による損傷防止。そして、フィールド発振機の集中による、防護効果の向上だ。

「フィールド展開! 冷却システム最大出力!」

「アイサー!」

 淡い光がティーラ号の艦体を包んだ。

 これが、防護フィールド。

 艦体を包む不可視の力場により、断熱圧縮の影響を和らげる。

 確かにトゥルス3の大気は薄く、重力も小さい。だが、それでも火星よりは濃いために、高速度で突入した際の断熱圧縮による加熱は凄まじいものがある。

 しかも、ティーラ号は全長800m超の巨体である。

 故に、冷却システムや耐熱フィールドが必要なのだ。通常時であれば、重力コントロールを最大限に利用して、ゆっくり降りていけば良い。だが、今回のような緊急時であるが故に降下速度は落とせない場合は、それらを使用せらるを得ない。

「ジェリコ、頼んだ。降下開始!」

「アイサー!」

 そして、ジェリコの操舵でティーラ号はトゥルス3地表へと降下を開始した。



 わずかな振動。そして全天周囲モニターの画像が白い光に包まれ、時折ノイズが走った。

 展開したフィールドと、断熱圧縮によって加熱した上層部の大気が反応し、プラズマ化して発光しているのだ。

 そしてそのプラズマを、艦体から展開した磁場で収束・制御し、更に巨大なシールドと化す。そのシールドに乗り、大気圏上層部を滑走していく。

「全システムオールグリーン。航路は予定通り」

「……よし」

 メインディスプレイに表示された、目的地への航路を着実に進んでいた。

 ……そろそろか。

「高度40!」

「ウィングを展開、各空力ブレーキ作動。重力コントロールにて減速開始! 各員、対ショック!」

「ラジャ!」

「了解!」

 閉じられていたウィングが展開する。そして、減速を開始。

 ウィングおよびエアブレーキとして展開した各部パネルによる大気抵抗と重力コントロールを併用し、一気に制動をかける。

「……!」

 ブレーキによる、強烈なG。

 慣性制御によりそれは低減されてはいるが、かなりのものだ。

 だが、それもわずかな時間。すぐに艦内の重力は元に戻る。

「高度25」

 よし。いい感じだ。

 メインディスプレイで確認できる範囲では、想定した航路からのブレはない。

 しかし、直後、

「熱源反応! ……ミサイルが6発!」

 やはりな。チェンを呼び戻しておいてよかった。

 まずは、艦内にアラートを発しておく。

 そして、ディスプレイを確認。

 発射位置は……おそらく、遺跡近傍。着地予定地点だ。

「対空防御! ……いや待て。もう少し引き付けてからだ!」

「イェ……ィえェエぇ⁉︎」

 チェンが嬉々として近接防御システム(CIWS)作動させ(アクティブにし)ようとし……慌てて手を止めた。

「スモークも用意しておいてくれ。やられた振りをする」

「りょーかい」

 少々不服そうな返答。

 まー、先刻の件でのストレスもあるだろうしな。

 ……にしても、ドサクサに紛れて主砲(三連装荷電粒子砲)まで起動しようとしたのはどうかと思うぞ。

 ああ、また胃が痛い……。

 ともあれ、だ。

 あとわずかで着弾か。

「……よし! 迎撃!」

「イェイ!」

 そして、各部に装備されたCIWSからのレーザーの砲撃が、かすかな輝きを発して着弾直前のミサイル弾頭を撃ち抜く。

 それらは艦の近傍で派手に爆発し、破片を振りまいた。

 ダメージは……特になしだな。

 よし。あとは……

「スモークディスチャージャー発射!」

「おっけー!」

「急速降下! 頼むぜ、ジェリコ!」

「アイサー!」

「頼む。着地点は……ここだ」

 ディスプレイ上に、新たなポイントを示した。

「了解! 少しばかり手荒く行きますぜ!」

「頼んだ」

 そして、マイクを艦内放送へと切り替える。

『……総員、対ショック準備! これより急速降下を行う!』

 そして、ジェリコは操縦桿を一気に押し込んだ。

 派手に煙を吹き上げたティーラ号は地表へと急速に降下していく。

 本来の降下地点を大きくそれ、キリモミ回転しつつ幾つかの岩山を超えた向こうへと。

「高度20……19……18」

 地表が恐ろしい速度で迫ってくる。

 艦体をなぶる空気の擦過音。

 まるで、チキンレースだ。

 なかなかにスリルのある光景だぜ。

「10……9……8……7……」

 高度を読み上げるバーンズの声に、緊張の色が滲んだ。

 しかし、ジェリコは平然とした顔だ。

「……4……3……」

「今だ! ……いくぞ!」

『総員、対ショック姿勢!』

 ジェリコがコントロールレバーを引いた。

 そして、重力コントロールをフルパワーにし、一気に逆噴射。

 同時に、各部パネルが開いてエアブレーキとなる。

「ぐうっ」

「ああっ!」

「おわっ⁉︎」

 なかなかに強烈なGだ。

 俺もシートから投げ出されまいと、アームレストをつかんだ。

「まだだ!」

 さらにジェリコが操縦桿を引き上げた。同時に艦首が引き上げられる。

 と、今度はシートに身体を押し付けられた。

「……ッ!」

 これまた強烈なG。

 地表ギリギリでの姿勢制御。コンピュータのサポートや重力コントロールがあるとはいえ、800メーター超えの艦でやるのはなかなか簡単に出来ることじゃない。流石はジェリコの腕前だ。

「オウフっ⁉︎」

 あ……チェンめ。どこかで頭打ったな。油断しすぎだ。

 さらに、艦底からの噴射で、最後のブレーキング。

 またしても、派手に土煙が上がる。重力が小さいため、岩山の向こうからでも見えるハズだ。

 とりあえず、これで騙せたかどうかだな……。

 そして、

「……高度0。各システム、オールグリーン」

 バーンズが大きく息を吐いた。

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