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虚空(そら)の深淵  作者: 神井千曲
第一部
12/19

12話 決着、そして……

 手応え(?)あり、だ。

 俺は炎刃を収めると、両断されたファルンガル・ゾダスの身体を一つ蹴って離脱した。

 直後、その傷口がゆっくりと上下に開いていく。そして爆発音とともに、ヤツの身体が破裂した。

 傷口に流入した大気が、解放された熱核反応炉の残熱で爆発的に膨張したのだ。

 そしてその刹那、怪物は断末魔の叫びと思しきノイズを撒き散らした。

「……ッ!」

 これまた強烈だ。吐き気がする。

 生身の脳だけであれば、発狂してしまったかも知れん。

 何とか堪え、ヤツを見る。

 その身体は上下に分断され、下部は轟音とともに地面に叩きつけられる。上部は空中高く舞い上がった後、その後を追った。飛び散った肉片の様なモノもバラバラと落下していく。

 終わった……か。おぉっ⁉︎

 と、空中でその様を眺めていた俺を、急激な脱力感が襲う。

 右脚のメインジェネレーターが停止したために、機体がパワーダウンを起こしたのだ。

「チッ……こっちもここまでだな」

 とはいえ機能停止には至っているわけではない。

 動力を重力コントローラーに集中してゆっくりと高度を下げ、怪物を見下ろすことができる丘の上に着地。そのままがくりと跪く。

 まだ完全にヤツの息を止めた訳ではないからな。油断大敵だ。

「アイラ、チェン、頼んだ」

 跪いた状態で、通信を送る。

『あいよ〜』

『了解』

 空中からのナパーム投下。そしてガービンからのメーザー照射でヤツの身体は炎上していった。やがて残ったのは、地面に広がる黒いシミだけだ。

 これは……後で土砂ごと回収して、恒星にでも放り込んで処分した方が良いかもしれん。ヤツの成分が染み込んだままだと、何が起きるか分からん。

 ともあれ、ひとまず脅威は去った。

 ……問題は山積みだが。



 その時、シミの中央で何かが光った。

 まさか、とは思うが……

 (メインカメラ)凝らす(ズーム)

 と、見覚えのある物体が、その中央に転がっていた。

「! あれは……」

 それは、虹色に輝くねじれ双角錐(トラペゾヘドロン)

 間違いない。アレはレスターの持っていたものだ。イヤな予感がする。

「アイラ、チェン、警戒を怠るな!」

『あれは、遺跡で見た……』

 アイラからの通信。彼女は気付いた様だ。

『へ? どーしたんだ?』

 一方、チェンは戸惑った様に問い返してくる。ま、仕方あるまい。

 あれも回収しておく必要があるな。

 が……

 見えざる手でつまみ上げられた様に、ねじれ双角錐が浮かび上がった。

「……!」

 やはり、あの時と同じだ。

 双角錐の周囲にオーラの様な“何か”が現れた。そしてそれは、人の姿をとる。

 その姿は……

「貴様! レスターの姿を騙るな!」

 思わず叫んでいた。

『やってくれたな、タツマ』

 レスターの姿をした“それ”は、苦笑ともつかぬ笑みを見せた。そして、地面のシミに目をやる。

『まぁ、いいさ。必要なモノは手に入った。“コイツ”はもう不要だ』

「必要なモノだと?」

『これさ』

 レスターの姿をした男の胸で、ねじれ双角錐が輝きを増した。そして、彼の頭上にもう一つの人影を出現させる。それは、裸体の女。見知った顔だ。

「……ナスターシャ⁉︎」

『そうだ』

 半年前に死んだ、レスターの恋人だ。しかしその姿は……まるで生きてるかの様だ。

 ナスターシャは静かに下降し、レスターが優しく抱きとめる。彼女は目を開け、虚ろな顔でレスターを見上げた。

『僕達は行く。さらばだ』

 ふわり、とレスター達が宙に浮かんだ。

「ま……待て!」

 (アヴァロン)はよろめきつつ立ち上がる。

 しかし再起動した右脚のジェネレーターは、まだ出力が上がらない。それ以外のジェネレーターもやや不調の様だ。負荷のかけすぎと、チューブに絡みつかれた時の影響でどこか故障しているのかもしれない。まぁ、プロミネンスソードなんて、通常の戦闘ではまず使わないシロモノだ。その後、継続して戦闘することなど想定されてはいない。

『ふん……邪魔するつもりかい? そんな有様で』

「その通りだ。理由を話してもらうまではな」

 腰を落とし、いつでも動ける体勢をとる。だが、まだ動きが鈍い。

『相手をしているヒマは無いな』

 ヤツは俺に構う事なく、ナスターシャを抱えて凄まじい速さで天高く昇っていく。

『タツマ、また会う事もあろう。その時は……』

 ヤツの声。そして、その姿は俺の視界からも、レーダーからも消えていった。



「……行ったのか」

 逃げられた、というより見逃されたと言った方が良いのだろう。ともあれ……戦いは終わった。

 俺はレスター達が消え去った空の彼方を見上げる。

 アイツはどこへ行くのか?

 ヒトとは異なる異形と化したレスターが向かう先。それはきっと遥か虚空(そら)の彼方、深淵の向こうなのだろう。

 いずれ、アイツはまた俺の前に現れる。その時、俺は……。

 まぁいい。とりあえず今は休みたい。

 俺はアヴァロンとのリンクを切ると、シートに身を沈めた。



――数時間後、カダイン衛星軌道上

 俺達は降下してきた第十艦隊揚陸部隊に後処理を任せ、ティーラ号に帰還していた。

 俺は一人、ティーラ号展望デッキで窓の外を眺めている。

 ゆっくりとスーニア号の姿が遠ざかっていくのが見えた。

 アイラは召還命令により、一旦アトラス連合に帰ることになったのだ。

 俺に正体を知られた事。アレイラでの一件。そして、今回の救援。

 もしかしたら監察官としての資格を剥奪されるかもしれない。アイラはそう言っていた。

 俺は彼女を一度だけきつく抱きしめ、送り出した。

 これが今生の別れかもしれない。だが、二人ともその事には触れなかった。

「ヘヘッ……やっぱりここで黄昏てたのか」

 チェンだ。相変わらずコイツは……

「ほっといてくれ」

「ふん……すぐに帰らんでも良かっただろうに。あの船なら一、二時間ぐらいの時間のロスは取り返せるだろ、十分」

 ニヤニヤと笑ってやがる。

 一、二時間ね。ま、この男の言わんとする事は、分かる。

 いいさ。きっとまた会える。

 根拠の無い事ではない。

 別れ際に一瞬見せたサオラスの意味ありげな笑いを俺は思い出していた。

 そして……スーニア号は急激な加速で視界から消え去った。

 俺はその行く先をじっと見つめていた。

 きっとその遥か彼方先に、彼女の故郷があるだろう。

 さよなら、アイラ。また……

 俺はそっと胸元に手をやり、別れ際に彼女からもらったペンダントを握りしめた。

 それは、翡翠色に輝く石。双角錐の形状のその石は、どことなくレスターの持っていたものを思い出させた。



 そして翌日。

 アレイラに帰港した俺達は、保安庁庁舎での聴取や本部、軍などとの連絡に追われていた。

 アイラとの別れの感傷に浸っている間などある訳が無かった。

 ま、これはこれで良いのかもしれん。

 なんとか一通り終えて、ようやく艦のある桟橋に帰り着く。

 ……疲れた。今日はゆっくり寝よう。面倒な事は明日だ。

 そう考えながら、ボーディング・ブリッジを目指す。と、その入口辺りに三十人程の影があった。

 ん? あれは……。

「チーフ!」

 俺を呼ぶのは、ブリッジクルーのバーンズだ。その後ろには、ティーラ号のクルー達が揃っていた。

 ……レスター以外の。

「皆、無事だったか?」

 ……そういえば、随分懐かしく思える。たった数日前の事なのに。

「ええ。元気です。ようやく病院から解放されましたよ」

 彼らは入院して健康状態の検査をされていたのだ。ちなみに俺達と同行したジェリコは、入れ替わりで検査入院中だ。

「すまなかったな。助けに行くのが遅くなった」

「いえ……」

 バツの悪い顔をしたのが数人。

 まぁ、気にするまい。

 ともあれ、だ。

「今日は休もう。また明日から忙しくなるぞ!」



――更に一週間後

 ティーラ号はアレイラを後にした。

 幾度かのワープを行い、地球へと向かう。

 軍と保安庁に手伝ってもらってティーラ号の修理とカダインでの後始末を終え、ようやくの出航だ。

 今回の事件についての報告と、ナスターシャ以外の二名の遺体を連れ帰る必要があるため、トゥルス113の再調査などは後回しだ。

 ちなみに例の黒ずんだ土は、根こそぎ回収してある。地下10メートル以上までヤツの成分が染み込んでいた為、大仕事になってしまった。それらは今、コンテナに詰めて船外に係留してある。何かあった時に、すぐに切り離す為だ。

 このコンテナは、惑星を持たない恒星へ投棄する事になっている。本当であればブラックホールが良いのだろうが、光世紀世界――太陽系から半径五十光年の範囲内――では、未だ存在が確認されていない。

 一部は研究の為、地球へ持ち帰る。少なくとも、この土にファルンガル・ゾダスの“力”が残留しているのは確実であるからだ。あの戦いの二日後、現地へ赴いた俺が見たものは、奇妙にねじくれて育った植物であった。あの戦いの前には地衣類か苔しか生えておらず、また戦闘の影響でそれらも焼き払われていたにもかかわらず、たった二日で腰の丈までその植物が成長していたのだ。もしかしたら、その“力”が土中のテラフォーミング用ナノマシンなどに作用し、暴走させたのかもしれない。

 ちなみに回収の際、カダインの治安部隊がドサクサに紛れて土を持ち出そうとしていたが、それは阻止。ま、良からぬ事を考えている輩がいるのだろう。

 良からぬ事……おそらく、黒幕はカダインの行政長官だろう。ゴリ押しでアレイラに送り込んだ子飼いは、軒並み排除された。例の警察署とアルバス艦からいろいろ出てきたらしい。本人は、「部下が勝手にやった事」とシラを切り通してるらしいが……。

 カダインの治安部隊も、ファルンガル・ゾダス襲来の際の体たらくのせいで、住民からも不要論が噴出する始末だ。後始末にやってきた連合軍に追い払われ、傍観するばかりであったし、遠からず解体されるのかもしれない。

 次の選挙はどうなる事やら。元々カダイン開拓初期からの名家の出なので、まだそれなりには支持してくれる人はいるのかもしれんが。



 そういえば……ガスパーは結局見つける事が出来なかった。どうやらティーラ号が入港したすぐ後にアレイラを発っていたらしい。自分にも捜査の手が及ぶと勘付いたのか、それとも他の目的があったのか。

 警察に手配をかけてもらってはあるが、見つかるかどうか。レスター同様、いずれまた俺の前に現れるだろう。決着は、その時につければいい。

 アルバスは、今のところ表立った動きは無い。

 いや、動けない、と言った方が良いのかもしれない。

 艦一隻が押収され、密輸その他諸々の証拠が抑えられてしまっている。

 でっち上げだとして艦の返還と乗組員その他の釈放を求めているが、門前払いされたらしい。

 何らかの示威行為をするにしても、貴重な巡航艦と揚陸艦がファルンガル・ゾダスに喰われてしまい、アルバス艦隊は崩壊寸前だ。

 ま、しばらくの間は余計な事はするまい。



 出航後、ティーラ号は順調に航行を続けた。途中、イシューラ星系近傍の赤色矮星に立ち寄り、コンテナの投棄を済ませる。そして万一の事態に備え、恒点観測機を設置しておいた。

 もしこの恒星系で何かがあれば、すぐにアレイラ経由で本部に異常を知らせる様になっている。

 ま、これが役に立たない事を祈るしかないが。

 この観測機は、トゥルス星系にも設置した。アルバス以外にも、オーバーテクノロジーを狙っている者もいるだろうしな。

 ついでに、拘束したアルバス艦のデータにあったアルバス側の無人偵察機を発見し、破壊、回収していおいた。星系外縁部を巡る小惑星に偽装してあったのだ。次からはこの手のモノにも気をつけておこう。

 これらの処置を済ませたら、後は地球へと向かうだけだ。



 そうして俺達は太陽系に帰ってきた。

 星系外縁部にワープアウトした後、通常航行で地球へと向かう。

 ワープアウト直後は小さな光点にしか見えなかった太陽が、次第に大きくなっていく。

 散乱円盤天体及びエッジワース・カイパーベルトを抜けると海王星軌道だ。

 更に進んで小惑星帯(メインベルト)と火星軌道を通過すると、青く輝く星、地球が見える。

 人類の故郷、地球。

 俺達人類は、この星について、全てを知っている訳では無い。

 もしかしたら、この星の何処かでファルンガル・ゾダスの様な存在がまどろみの中にいるのかもしれない。

 或いは……地球へと派遣されたソリアス人の痕跡を残す遺跡が発見を待っているのか。

 まだ調べなければならないことは多いな。



 ティーラ号は減速しつつ、地球へと近付いていく。

 が、地球へ行く前にやらねばならない事がある。

 向かうのは、月の裏にある地球ー月ラグランジュ点L3に建設されたステーションだ。

 ここには、未確認星域調査局の研究施設がある。

 こうした場所に研究機関が設置されたのは、万一の事故の際に地球まで影響を与える事の無い様にする為だ。

 俺達の持ち込む研究資料の中には、かなり危険なモノが含まれているからな。

 今回持ち込んだのは、例の土とファルンガル・ゾダスの肉片。そして土から育った植物。それ以外には、トゥルス113で手に入れた杭とクサビ、ファルンガル・ゾダスが脱出した時に破壊した壁の断片もある。後は、スーニア号で出された食事の一部を保存しておいたものや、小さな塵などのサンプルもだ。もっと持ち帰りたいところであったが、それでは泥棒になってしまう。

 その他には、ティーラ号の修理の際、スーニア号内で製造された部品も使用していた為、外せるものは外して渡しておいた。

 と、大体こんな所だ。

 実は言うと、それ以外にも研究資料とすべきものは、幾つか手元にある。

 アイラにもらったペンダントがその一つ。折角彼女にもらったのだ。手元に置いておきたい。

 それともう一つ。……風呂場に忘れていった、アイラの下着だ。

 アレイラに来る前、ティーラ号にある地球式の風呂に入りたいと言ってきたので、艦長室にある風呂を使わせた訳だが、着替えた時に部屋に置き忘れていたのだ。そういえばスーニア号にはミストシャワーはあったが、風呂の様な施設はなかったな。おそらくは艦内容積が小さいためだろう。

 その後、アレイラ入港やらゴロツキや警官との一悶着、ファルンガル・ゾダスとの戦闘でそのまま放置されたのだ。……多分。

 それは回収し、袋に入れて机の奥で保管してある。

 上着とかならともかく、これを資料として提出するのは憚られたのでそのままにしてある、が……

 う〜む、これでは変態ではないか。

 アイラとの思い出の品がこれだけにならなくて良かった……。

 そういえば、風呂場にあった抜け毛も掃除した時に回収してあったな。

 長い金髪を数本だけ資料として保存してある。

 これも異星人のDNAサンプルとして提供すべきだったのかもしれんが、とりあえず今は手元に置いておく。

 画像や音声データは本部で提出すればいいだろう。



 ティーラ号をオービタルリングの宇宙港に入港させると、ジェリコ、チェンとともに軌道エレベーターでラピタの本部へと向かう。

 途中、各メディアをチェックしてみたが、カダイン地表での戦闘について報じたものは何一つもなかあった。

 いや……唯一の例外があった。オカルト雑誌が不明瞭な写真をソースに見当はずれなことを書いていた様だ。これを信じるものは、ほとんどおるまい。一部のwebサイトでは、異星文明調査局と絡めて陰謀論を展開していたが、これが一番正解に近かった。まっとうなサイトが書いた文であれば、信じた人も多かったのだろうか?

 あれがもしアレイラの港内や他の連邦直轄領で戦っていたら、状況は変わっていただろう。

 おそらくは詳細な情報が発信されていたはずだ。ファルンガル・ゾダスの姿や偽装を解いて戦うティーラ号。オーバーボディを脱ぎ捨てたアヴァロンの姿。そして、アイラの乗機。

 もしそれが報道されていれば、未確認星域調査局は批判に晒されていた可能性もあった。

 カダインでは恒星間コンピューターネットワーク環境が未整備なのだ。なので、メディア経由でしか情報は発信されない。

 こうしたネットワークがきちんと整備されているのは、太陽系など幾つかの地球連合加盟国に限られる。

 理由としては、超光速通信で帯域を確保するためのコストがかかるというのが一つ。もう一つは、住民に勝手に情報を発信されてもらっては困るという為政者の理屈もある。また、メディアが情報を独占するために帯域を買い占めてしまっている場合もある。

 カダインは第二と第三の理由か。アレイラに接続さえすれば、その先のネットワークに繋げる事が出来る訳だしな。

 あの戦闘を報じた場合、地上での治安部隊の有様やアルバスとの関係なども報じられてしまう為に、カダイン側でも情報管制が敷かれたのかもしれない。

 今回はそれで助けられたか。

 そういえばあの行政長官も、連合議会議員だった時に色々やらかした事は、カダインでは報道されてないんだろうな……。



 ラピタに降り立った俺達は、迎えの車で本部を目指す。

 途中、あのテロが起きた大通りに差し掛かった。

 今までは避けてきたこの場所。

 だが、もう大丈夫だ。悲しむ事は、無い。



 大通りを抜けると、本部が入っている庁舎が見えてくる。

 保安庁や警察などが入った合同庁舎だ。

 俺達の乗った車は、その地下駐車場に入っていく。



 本部に到着した俺達は幾つかの部署で報告を済ませ、データの提出などを済ませる。

 その後、暫しの待機を命じられたが、俺だけが呼び出された。

 呼び出したのは、参事官の一人だ。

 イサイア・サイレレ・ラインディース。

 父の友人で、俺を未確認星域調査局にスカウトした人物だ。

「タツマ、よく無事で帰ってきた」

 俺を見た彼は、破顔する。

 金褐色の髪。ポリネシア系の血をうかがわせる、浅黒く彫りの深い顔。四十代前後の引き締まった長躯の男だ。

「周防達麻、トゥルス113調査より帰還しました」

「お疲れ様。かけてくれ」

 敬礼する俺に、彼は席を進める。

 俺はミーティングルームの席に、腰を下ろした。

「……報告は聞いた。厄介な事になったものだな」

 彼は机上の端末に目を通しつつ、言葉とは裏腹な笑いを含んだ顔で俺を見る。

「私の油断で、クルーを危険にさらしました。処分は……」

「いや、いい」

 彼は慌てて俺の言葉を遮った。

「あの怪物は倒され、クルーの大半は無事帰還した。何も責める事は無い」

「しかし、レスターが……」

「ああ、彼か……」

 参事官は難しい顔をした。

「こちらでも、調査は進めている。だが、その周囲にほとんど不審な点はないんだ。何故彼があんな行動に出たのかはまだ分かっていない。ただ……」

「?」

「いや、何でもない。後は、ガスパー・レトゥラか……」

 ガスパー。彼は、俺の師匠と言ってもいい存在。そして、ナスターシャの父親……。

「彼は、やはり調査局の体制に不満を持っていた様だ。彼の意見を取り入れて、幾つか改善してきた点はある。だが……まさか、彼が裏切るとは思っていなかった」

「……」

 彼が裏切ったのは、果たして不満だけが原因だったのだろうか? ナスターシャか、それとも……

「とりあえず、その件は置いておこう。トゥルス113は、いずれまた調査隊を派遣して詳細に調べる必要があるな。それと、襲撃の件に関しては、保安庁や軍との連携を密にする必要がある。両者はともに怪しい動きをする船の存在を把握して動きを追っていたが、それらの情報が我々と共有化されることはなかった。次からはこういう事態は避ける事が出来る様にしたい」

 これまでは、他国がここまで露骨に発掘調査を妨害してきた事は無かったから、無警戒であったのも事実だ。今までは精々宇宙海賊かトレジャーハンターとの小競り合いがあったぐらいだからな。

 トレジャーハンター。人類が異星文明の遺跡を発見した後、宇宙でも跋扈するようになった連中だ。彼らが求めるのは、知的好奇心だけではなく実利だ。発掘した遺物を、それを求める好事家や国家に高値で売りつける……。俺達にとっては宿敵と言っても良いかもしれない。

 そうした連中を相手にしなければならない為、武装船や機動兵器も俺達の装備品の中にある。

 しかし、そうした物を持つ事に対する批判も無い訳ではない。主に、人類居住域外縁にある、地球連合未加盟の星系国家などである。その一つが、アルバスだ。

 結局の所、トレジャーハンターや宇宙海賊を雇っても歯が立たないと判断した為に、軍を動かしたのだろう。スーニア号の救援というアクシデントがなければ、おそらくは目的を達していただろう。

 今後、同じ様な事を考える者もいるだろうな。

「次回からは外にも警戒を払う必要がありますね」

 仲間を失うのは、もうごめんだ。

「ああ、そうだな。……ま、その辺りは次回の調査までに準備を整えればいい。それよりも、だ」

 参事官はそこで言葉を切ると、俺の顔を覗き込んでニヤリと笑った。これは、何かを企んでいる顔だ。

「紹介しておこう」

 参事官は席を立つと、隣の部屋へ向かう。



 そして、誰かを連れて戻ってきた。

「今度タツマのチームに加わってもらうことになった。アイラ・ティラン君だ。君とは昔よく遊んだ仲だったな? よろしく頼む」

 ああ。よく知ってる。

 赤みがかった波打つ金髪。卵形の顔。彫りが深い整った顔立ちだ。やや太い眉。睫毛の長い、二重の瞼。茶色い瞳。高く、少々丸みを帯びた鼻。やや厚い唇。左目の下に、小さな泣き黒子。

「お久しぶり。アイラです」

 彼女は柔らかな笑みを浮かべ、手を差し出す。

「タツマだ。よろしく頼むよ」

 俺はその手を握り返した。柔らかい手。

「これからもよろしくね、タッちゃん」

 彼女の囁きが、俺の耳を(くすぐ)った。

これで第一部完です。

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