10話 対峙
「待ってましたよ、スオウさん!」
ティーラ号が接舷している第8桟橋の前で、一人の男が待っていた。その背後には、大型のコンテナ。
見知った顔。恰幅の良い、インド系の浅黒い肌の若い男だ。いつも使っている商社の担当者、ナレイン・シンである。
「モノは揃ってるな?」
彼の背後にあるコンテナに目をやった。
「もちろんです!」
携帯端末に転送された伝票に目を通す。
ふむ……どうやら抜けは無いようだ。とはいえ、実物も確認した方が良いかもな。
「メールにあんな事書かれたら、粗相する訳にはいかないですしね」
「書いてなくても粗相するなよ……」
ハッタリ込みで、今回やらかしたら取引停止もあり得るとメールに書いてみた訳だが、一応効果はあった様だ。
……実際に荷物を確認するまでは、そう言い切る訳にはいかんが。
それ以外にも、俺がマーケットで買った物やチェンの“荷物”もある。
とりあえず確認だ。マーケットで買った物に、あの連中が何か仕込んでいる可能性もあるからな。
荷物を確認すると、積み込みをチェンとジェリコ、アンドロイド達に任せ、本部と連絡を取った。
本部もある程度は現状を把握してる様で、ティーラ号とアヴァロンの全武装を使った対処が認められた。
チェンの持ってきた“荷物”も、ヤツに対処するためのものだ。そのリストにも目を通しておかねば。
アイラも本国と連絡を取っている様だ。彼女の方も、対処への許可は下りたらしい。
誰と連絡を取ったのかと聞いてみたら、彼女は指導教官と答えた。……すぐそこにいる訳だがな。
彼女(?)が独断で許可を出したのだろうか。もしかしたらサオラス……の中の人は、あっちじゃかなり高い地位にいるのかもしれん。確かラスティアスと言っていたか。もしかしたら、アイラ達の組織……監察局の顧問の様な立場なのかもしれない。
外出の件はどうなったかと聞いてみたが、「言わなきゃ大丈夫」との事だ。
……とっくの昔にバレてるがな。まぁ、いいか。
そういえば、買って来たモノを渡しておこう。
俺はティーラ号のブリッジに向かう。そしてアイラはスーニア号へと向かった。……手に土産の菓子袋をしっかりと握りしめて。
俺がブリッジに入ると、サオラスが俺を迎えてくれた。
「あの子の事は、すまなかったな」
サオラスは俺を見て苦笑を浮かべた。アイラが外出した件だろう。
「ま、いいさ。それも監察官としての適性を見るためだろう?」
「ああ。それよりも……アレがとうとう動き出した様だな」
サオラスはモニターを示した。そこには、ファルンガル・ゾダスの姿が映し出されていた。宇宙港外部にあるモニターカメラの映像だろう。
「さっき港から逃げ出した小型艇はどうなっている?」
まさか、とは思うが……。
「先刻までその行動を追っていた」
「先刻?」
サオラスはモニターの中にサブ画面を呼び出した。そして映し出されたのは、例の小型艇だ。
……勝手知ったる、だな。ま、仕方がない。あちらの方が技術レベルは高いからな。
「君達の時法でいえば、十分程前の映像だ」
丁度本部に連絡を取っていた頃か。
すぐに再生が始まった。小型艇は、怪物の出現に混乱する追っ手の隙に乗じて包囲網を抜け出していった。小型艇は加速しつつカダインへと進路をとる。しかし、その直後……
ファルンガル・ゾダスがその眼前に現れた。小型艇は慌てて反転、逃げようとするものの、伸びてきたチューブに絡め取られてしまう。そしてゆっくりと怪物はその船体を飲み込んでいった。
そこでサオラスは映像を停めた。
「……脱出艇を喰いやがったか。あれじゃ、ナスターシャの棺も……まさか!?」
「棺を狙っていた、と?」
「おそらく。レスターの意思が働いているのならば、だが」
「なるほどな。という事は、やはりあの連中の船が出てくるのを待っていたのかも知れんな。ワープ航跡を追ってこの星系にやってきたものの、なんらかの理由であの船を“見失って”いたのかもな」
「“見失って”?」
「ああ。あの怪物の知覚系は、君達や今の我々とは大きく異なると推定されている。君達は、あの小惑星……トゥルス113の深部で見ただろう?」
「ああ、そうだな」
最深部の通路に描かれた、文字とも絵ともつかぬもの。確かにあれは、俺達地球人類の肉眼では見る事が出来ないモノであった。その文明による産物である“あれ”も、俺たちとは違うものが見えているのかもしれない。
つまり、あの脱出艇がヤツらの艦、あるいはこの衛星から脱出するまでは、ナスターシャの棺は“見えなかった”のだろうか。
ともあれ、時間がない。ヤツが他の船に攻撃を仕掛けないとは限らないからだ。
いや、既に戦闘が始まろうとしていた。
ブリッジのメインモニターには、フリゲートと駆逐艦、巡視船が遠巻きにヤツを包囲している。
ソリアが通達を出してくれたのか、彼らは不用意に近寄ろうとはしていない。
だが……。
「まずいな」
サオラスが呟く。
後からやって来た一隻の小型船が、不用心にファルンガル・ゾダスに近付いていく。
あれは、軍でも保安庁の所属でもない、民間船。
マスコミか何かがチャーターした船なのだろうか。
巡視船がその船に近付き、制止しようとしたその時……
「いかん!」
チューブから光線が放たれた。
それは、小型船を飲み込み、巡視船を掠めた。
「……何て事だ」
巡視船も大破し、漂流している。
それを助けるべく駆逐艦が近付くが、ビームの斉射を受けて大破。
すぐさま他の駆逐艦やフリゲート・巡視船が応射し……
そしてしばしののち、
「全滅、か……」
ヤツの他には、数隻の残骸が漂うのみ。
携帯端末で、ソリアを呼び出す。
『タツマ! アレは何だ? イシューラ10軌道の外縁で観測された物体と酷似しているんだが……』
戸惑った様な声。彼の背後では、怒号が飛び交っている様だ。司令部も相当混乱しているのだろう。
「“それ”と同一の存在だ。どんな手段を使ったか知らんが、一瞬でここまでやって来たらしい。いいか、迂闊にヤツには手を出すな! 生半可な武器でやれる相手じゃない!」
戦艦や巡航艦ならば何とかなるかもしれんが、数隻はイシューラ10軌道へと向かい、残りは軍港内で出航の準備中のはずだ。今現在、ヤツに抵抗しうる戦力は、今現在この場には無い。
ティーラ号とスーニア号を除いては。
『わ……分かった。伝えておく。ところで、タツマはどうするつもりなんだ? さっき、対処するとか言っていたが』
「当然、“対処”さ。この艦の全武装を使ってな」
『! ……お前』
ソリアは絶句した。
「要塞主砲はまだ使えるはずだな? スタンバイしておいてくれると有難い」
『……司令部に掛け合ってみる』
現状はヤツの背後にカダインがある為に使う事が出来ない武装だが、ヤツを上手いことそこから弾き出す事が出来たら、その大出力砲はその真価を発揮するだろう。
「頼んだ。準備が出来次第出航する」
『ぶ……無事を祈る』
俺は通信を切った。
ソリアは第十艦隊司令官、ヘルゼン中将の懐刀だ。うまいこと話が通ってくれると信じたい。
……そうだな。本部経由でも依頼を出してもらった方がいいな。
「スーニア号の武装チェックは完了したわ。現状、どうなってるの?」
ちょうどそこにアイラがやって来る。
「あの脱出艇は……ヤツに喰われた。脱出艇を追っていた駆逐艦や巡視船も、全滅だ」
俺はモニターを示した。
無数の残骸の中に浮かぶヤツの姿があった。
「そんな……」
絶句するアイラ。続いてやってきたジェリコとチェンも、呆然としている。
「私は、これで。スーニア号に戻ります」
「あ、ああ。ありがとう」
機械的な声音でそう言うと、サオラスは一礼して去っていった。
「何でサオラスがここにいるのよ。連れ込んだの?」
一瞬彼女は眉をひそめると、顔を近づけて小声で俺に問う。何を言い出すのか、コイツは。
「さっきまでのヤツの動きを記録していてくれたんだよ。大体、スーニア号はコンテナの中だろうが」
「そ、そうだったわね」
アイラは引き下がった。
多分、コンテナの中でヤツの動きは追えるだけの技術は持ってるとは思うんだが、まぁ出まかせでも言ってみるものだ。
それはともかく。
「アイラ、口。揚げパンの粉がついてるぜ」
唇がテカテカだ。早速食べたのか。
「ちょ、ちょっとお腹が空いてただけよ!」
口元を押さえ、慌てて俺から離れる。
……サオラスが帰っていて良かったな。
「何だぁ? 痴話喧嘩か?」
茶化すチェン。
「ちょっとした打ち合わせだ。……とりあえず、座ってろ」
「へ〜い」
ニヤニヤと笑いつつ、チェンはシートへ向かう。火器管制を行うガンナー席だ。
ジェリコは俺達の姿をひとしきり眺めた後、操舵席へと向かう。
彼はこの埠頭へ来る最中、時折アイラに猜疑の視線を向けていたが、今はそういったものは感じない。
俺はキャプテンシートに腰を下ろした。
「アイラはどうする? スーニア号へ戻るのか?」
「ここにいていい?」
「ああ。とりあえず、空いてる席に座っていてくれ」
「わかったわ」
彼女はキャプテンシートの隣の席に腰を下ろした。
「各員、ティーラ号発進準備!」
全員が着席したのを確認し、号令を下す。
すぐさまジェリコとチェンは艦内及び各種装備のチェックに入る。修復箇所の現状確認と、先刻搬入した“荷物”などが正常な位置に設置されたか、などだ。
俺はその間に、出航のための手続きを行う。各種書類の送信と、ティーラ号を係留するワイヤーを外す依頼だ。緊急時なので、保安庁にも連絡を取る。
ソリアとも再び連絡を取る。要塞主砲は何とか使える様だ。しかし、現状は一部解体整備中である為に、最大出力の10%程しか出せないらしい。戦時ではないので、まぁそれは仕方あるまい。
第十艦隊の増援は、現在出航準備中とのことだ。巡航艦クラスでも来れば心強いが、果たしてどこまでヤツと戦えるか、だ。イシューラ星系外縁部に現れたファルンガル・ゾダスを監視するためにトゥルス10軌道に向かっていた艦隊は、今全速力で引き返して来ている所らしいが、こちらには期待出来まい。彼らが帰ってくるまでにヤツが生き残っている、ということは、即ち俺達の敗北と、アレイラ及びカダイン壊滅を意味している。
暫し後、二隻の作業船がやってきて、係留ワイヤーを外した。
そして作業船と入れ替わりで先導船がやって来た。
今回、水先人の乗船はナシだ。一刻も早く駆けつけねばならない。移乗する際の時間ロスは避けたい所だ。
ともあれ、出航準備は整った。
「ティーラ号出航!」
「アイサー!」
「イェイ!」
俺の号令とともに、ティーラ号は桟橋を後にした。
ティーラ号が宇宙港を出た所で、同じく出航した所の巡視船と合流した。
あちらには生存者の救助を依頼し、俺達はファルンガル・ゾダスと対峙する。
その為には、もう一つやる事がある。
「戦闘準備だ。偽装を解く」
「アイサー! 偽装解除」
ジェリコが答えた。
直後、微かな振動がブリッジに伝わってくる。
外装パネルがスライドし、内部にある砲塔などを露出させたのだ。
折りたたまれたパネルは装甲となり、重要区画を防護する。
そうしてティーラ号は、姿を変える。商船の皮を脱ぎ捨て、より原型艦に近い姿に。
ティーラ号への改装前の姿は、連合軍巡航艦シャスタ級一番艦シャスタ。戦闘群旗艦として設計された多用途艦だ。ある程度の速力と打撃力を備え、また高い通信能力と十分な居住区を備える。その能力が探査船への転用に最適とされたのだ。そのために比較的艦齢が若いにもかかわらず、退役処分とされた。
まぁ、それがマスコミあたりに色々突かれている訳だが。
曰く、廃艦したと見せかけて他国に横流しした等々。
まぁ、当たらずとも遠からず。実際、他国ではないが俺達がこうして使っているからな……。
「タツマ、カーゴスペースのパネルも開いて。スーニア号の武装も使えるようにしたい」
「分かった。ジェリコ、頼む」
「アイサー!」
ジェリコは答え……複雑な表情をした。
「異星文明の船か……。実際に目にした今も、信じられん」
「いや、全くだぜ。でも、どんな奇妙奇天烈な船かと思ったが以外と普通だったな」
と、チェン。コイツは一体どんな姿を想像していたのか。
まぁいい。とにかく今は、ヤツをなんとかする事だ。
「カーゴスペース解放完了。戦闘準備完了だ」
俺はジェリコの言葉に頷くと、指示を下す。
俺はモニターを見つめる。
軍艦や巡視船の残骸が漂う空域を通過。ヤツの姿がモニター上で大きくなっていく。最初にヤツを見た時は、直径200m弱くらいだったか。現在は300mに迫る大きさだ。やはり、数隻の艦を喰ったせいだろうか。
ヤツが射程に入る。……頃合いか。
「攻撃開始!」
「イェイ! 目標、ファル……え〜と、怪物? ……喰らいな!」
チェンがトリガーを引き、ティーラ号の主砲、三連ハイパー荷電粒子砲からビームの帯が放たれた。
同時にアイラの指示で、スーニア号からも、二条の眩い光の帯が。あれも荷電粒子砲だそうな。当然、出力は桁違いだが。そしてさらに、白い光条がそれを追う。位相粒子破砕砲、というらしい。特殊な素粒子を発射し、標的を原子レベルまで分解するそうだ。正直原理はわからんが、強力な武装なのだろう。
しかしそれらは、ヤツの直前で大きく歪曲し、空しく宙に粒子を散らした。
ふむ……原理はどうあれ、粒子ビームでは防御スクリーンに阻まれるか。レーザーか、それとも……
その時、ヤツのチューブが蠢くのが見えた。
「回避! 防御スクリーン出力最大!」
すぐさま大きく左方へと移動。
直後に幾筋もの光が先刻までティーラ号がいた宙域を掃射する。
そのうちの一筋が、ティーラ号をかすめた。
かろうじて防御スクリーンがビームを捻じ曲げ、ティーラ号は直撃を免れる。
最大出力で展開された防御スクリーンでありながらも、ビームの歪曲率はそれほど大きくなかった。おそらくは戦艦主砲クラスに匹敵する出力だろう。
下手すれば、蜂の巣どころか一瞬で消滅しかねん。
続く斉射は、かろうじて回避。
さて、反撃の手段だが……。
「スマッシャーだ」
徹甲粒子砲。超高エネルギー状態の重金属粒子を準光速で射出するビーム砲だ。高エネルギーであるために、敵艦の防御スクリーンによる射線の歪曲を抑えることが出来る。欠点は、高出力故に連射が効かない事と、長砲身故に斜角が取れない事だ。
「ヘヘッ」
チェンは嬉々としてセレクタを操作し、スマッシャーをアクティブにする。
艦首にある砲口が開き、射撃準備が整った。
「撃て!」
「っしゃ!」
指示を下すと同時に、チェンがトリガーを引く。
衝撃とともに、先刻の荷電粒子砲とは異なる、青く光る微かな光の軌跡がファルンガル・ゾダスに向かった。
そして、命中。
チューブの一部が弾け飛んだ。
効果はあった。だが、与えたダメージは大きくない。
すぐさまビームを乱射している。
ふむ。さて、どうするか……。
「とりあえず再チャージだ。回避運動しつつ、レーザーで牽制」
上下左右にランダムに動き回りつつ、レーザーを連射。
この艦に積んであるレーザー砲には、大出力の物は無い。レーザー砲の用途自体、対空火器類などがメインであり、対艦用大出力砲に採用される事は、粒子砲に比べて少ない。破壊力においては粒子砲に劣るのだ。しかし、レーザーの軌道が防御スクリーンからの影響を受けないというメリットはある。
次は高出力レーザーを積んでおくべきだな。
……あんなヤツと遭遇しないのが一番だが。
案の定であるが、レーザーは命中すれど、それ程効いてはいない様だ。
どうしたものか。
最悪、ラムアタックも考えておいた方が良いな。ま、出来れば使いたくはないが……。
防御スクリーンを艦前方に展開、艦首パイルバンカーで敵艦に突撃する戦法だ。だが、あんなヤツにこの艦で近接攻撃かけるなんて、悪夢も良いところだ。
「スーニア号に波動重粒子線射出装置があるわ」
考え込んだ俺に、アイラが声を掛ける。
「……どんな物だ?」
「超振動励起した粒子を収束し、投射する兵器よ。もしかしたら、あいつにも有効かもしれない」
おそらくは、素粒子の“弦”に超振動を与え、真空よりエネルギーを抽出する超振動エンジン――波動エンジンとも――の原理を応用したものだと思われる。地球連合軍内でも同様の兵器の研究は進められてはいるが、実用化はまだ先であろう。
「……やってみるか。頼むぞ」
「でも、一つ欠点があるの」
「ふむ」
「これを使うと、スーニア号のエンジン出力が大幅に低下してしまうの。それに、砲身の冷却に時間がかかり、連射は出来ない」
まぁ、そんなところだろう。どんなモノにもデメリットは付き物だ。だがティーラ号のエンジンは、アレイラに到達するまでの間に修理を行い、不完全ながらも稼動できる状態にはなっている。
「よし、ティーラ号メインエンジン出力20パーセント。砲撃後、速やかに回避運動に入る」
「アイサー!」
「アイラ、準備を頼む」
「わかったわ」
彼女は頷くと、インカムでスーニア号のブリッジに指令を出す。アトラス連合の言葉である為に内容は分からないが、射撃準備の指示であろう。
「射撃準備完了。防眩スクリーンを」
「わかった」
彼女の依頼で、モニターにスクリーンをかけた。
「アイラ……頼む」
俺の言葉に、すぐさまアイラが射撃を指示。直後、ブリッジ前方のメインモニターは、眩い光で溢れた。そして凄まじい電磁ノイズの轟音。
「回避運動!」
目を瞬かせつつ、すぐさまジェリコに指示。
「ア、アイサー!」
慣性制御を行いつつサイドスラスターを吹かせて回頭。同時にメインスラスターで現宙域を離脱。
直後、振動が俺達を襲う。
「! スマン、一発喰らった様だ」
ジェリコが苦虫を噛み潰したような顔をした。流石にエンジンが不完全では、避けきれなかったか。
「いいさ……被害は⁉︎」
「左舷上面に被弾。二次装甲にまで損傷は及んだ模様」
「その程度で済んだか……。ヤツはどうなった?」
「命中はしたわ。ある程度のダメージは与えた様だけど、まだ撃破には至っていない」
アイラの声には力が無い。あの砲であれば、撃破できると見込んでいたのであろう。だが、出来なかったものは仕方がない。次の矢を放つだけだ。
モニターが回復した。チューブの塊が大きく抉れ、黒っぽい地肌の様なモノが覗いていた。あれが本体なのだろうか。だいたい直径100メートル程の大きさか? もっとも、それが球形をしているのならば、だが。
その周囲のチューブがぞわぞわと蠢き、その地肌を隠した。
やはり、アレが本体部分か。チューブを剥がし、本体部分に致命打を叩き込めば、あるいは……。
「チェン、ショットガン弾頭だ! 2ダースまとめて叩き込め!」
「へへっ、大盤振る舞いだな。……いくぜ!」
艦前方にある垂直発射装置から24発のミサイルが射出され、怪物に向かう。このショットガン弾頭は、爆発に指向性を持たせて破壊力を高めたレーザー反応弾である。対艦ミサイルとしては、一般的だ。
ミサイルの類は、惑星圏での戦闘では使われる事は無い。流れ弾の危険性が大きいからだ。だが、これは未確認生命体への対処だ。仕方ない。
「命中させる必要は無い。重粒子砲着弾箇所を中心に、半球状に囲った上で爆発させろ」
「わかったぜ」
チェンは答え、ミサイルがファルンガル・ゾダスを包囲した所で起爆……
「チッ」
ヤツは光線を放ち、ミサイルを迎撃。数発のミサイルが消滅した。だが、遅い。
その直後、残りのミサイルが全て起爆し、ヤツは超高温のプラズマ火球に包まれる。地球連合軍の標準サイズの戦艦ですら、ひとたまりもなく消滅する熱量だ。並の敵ならこれで終わりのはずだ。
「イェイ! やったぜ!」
チェンが歓声を上げる。だが、ヤツはスーニア号の一撃ですら耐えたのだ。
「……まだだ。回避運動を継続しろ。アイラ、スーニア号のエンジン出力は、いつ回復する?」
「……おそらく、後2 - 3分って所かしら」
「わかった。ジェリコ、すまんがそれまで回避運動に専念してくれ」
「アイサー!」
火球が消えると、ヤツの姿が現れる。火球にさらされた面のチューブの一部が焼け焦げてはいるが、それも蠢いているところを見ると、実際のダメージは決して大きくはあるまい。
化け物め。
さてと。次の手を打たねば。スーニア号のエンジン出力回復までに、やっておく事がある。
「チェン、スマッシャーのチャージは終わってるな?」
「ああ。いつでも撃てるぜ」
「よし。ミサイル用意。第一波は通常弾頭。第二波はまたショットガン弾頭各2ダースだ」
「おっしゃ、スマッシャー発……って、えぇえっ!?」
トリガーに指をかけ、そこで慌てたように俺を振り返る。
……危なかった。
「スマッシャー発射はミサイル第一波と第二波の後だ」
単調な攻撃では、すぐに見切られてしまうであろう。手を替え品を替えで行くしかない。
「りょーかい」
「エンジン出力が回復したわ」
アイラの声。よし。
「ミサイル第一波発射! 続けて第二波! ミサイルの目標は、先刻と同じだ」
「おっしゃ!」
VLSからミサイルが発射された。それは、再びファルンガル・ゾダスに殺到していく。
すぐさまヤツが反応した。チューブが蠢き、光線を発射。ミサイル第一波が薙ぎ払われる。これは想定通り。
だが、本命はこれだ。
「チェン! スマッシャー発射! 目標は、重粒子砲着弾箇所。アイラもビームを頼む!」
「イェイ!」
「了解!」
再び青白い光が宙を薙ぐ。同時に太い光条も。
スーニア号のビームは捻じ曲げられ、わずかに逸れた。だが、歪曲率は先刻よりも小さくなっている。ヤツの防御スクリーンの出力が小さくなっているのかもしれない。
一方のスマッシャーは命中。チューブが黒焦げになった部分のほぼ中央に着弾。再びチューブ塊に穴が穿たれた。
そして、ミサイル第二波が目標点に到達。今度の迎撃は、無い。
そして、起爆。
再びプラズマ火球がヤツを包んだ。
「ジェリコ、二時方向へ退避。チェン、レーザーだ!」
「お? え? ああ」
慌ててチェンがレーザーを発射。
霧散しつつあるプラズマ火球を貫いて、レーザーがヤツに突き刺さった。
ここで一気に畳み掛ける。
「チェン、主砲斉射!」
更に、粒子砲。
先刻は防御スクリーンに阻まれたが、今度はどうか。
三発のうち二発は逸れ、命中は一発のみ。しかし、命中した事には変わりはない。ヤツはまたビームを乱射してくるが、心なしかその数が減っている様だ。
あと一息、だと良いがな。
「チェン、レーザーを連射! アイラ、位相粒子破砕砲を!」
「おっしゃ!」
「わかったわ!」
レーザーとともに、白い仄かな光条が、ファルンガル・ゾダスに突き立つ。
直撃。軌道の歪曲は、ほぼ無い。重粒子砲が効いている様だ。
ヤツチューブを盛んに動かし、身をよじるように蠢いていた。
これまた怖気を誘う光景である。
だが、チャンスを逃す訳にはいかない。今の攻撃で、ヤツのいる座標がかなり動いたのだ。
「ソリア、今だ!」
アレイラ基地司令部で待機するソリアに、携帯端末で伝える。
『発射する。回避してくれ!』
「了解。……対衝撃、閃光防護!」
すぐさま再び防眩スクリーンをかける。
そして……
アレイラの主砲が発射され、光が弾けた。
先刻の攻撃で、ヤツがアレイラとカダインの間から出てしまったのが運の尽きだ。
モニターがホワイトアウトし、凄まじいノイズがアンテナの入力メーターを振り切る。その膨大なエネルギー故に、ティーラ号艦内でも誘導電流が発生し、安全装置が働いて照明が落ち、モニターなどもブラックアウトする。
『ル゛ア゛アァァァ!』
脳に直接響くヤツの“声”。
数十キロの距離。そして多重に護られたブリッジ内にいてもなお、脳を揺さぶる。
「クッ」
「おぉう⁉︎」
「キャッ⁉︎」
一度体験した俺はともかく、他の三人にはかなり堪えた様だ。
暫し後、モニターが復旧。
ヤツは……。
ヤツのいた場所の後方、数十キロ先に、黒い球状の物体があった。その表面は灼け焦げ、ケロイド状になっていた。
アレはヤツの“本体”か。
仕留められなかったか。だが、周囲のチューブは……何⁉︎
ヤツの体表から、何かが這い出してきた。あのチューブだ。
暫し後、ヤツは元のチューブの塊に戻ってしまった。
何て事だ。俺たちの攻撃は全て無駄……いや、違う。
その大きさは、100mを少し超える程度まで小さくなっていた。
相当の体積が削り取られたわけか。
勝ち目はある、かもしれない。
「タツマ!」
アイラの声。
彼女の指差す先を見ると、先刻までの攻撃で剥ぎ取られたチューブの断片が蠢き、集合しようとしていた。
……やはりヤツは不死なのか?
が、それを光の帯が次々と灼き払う。
レーダー上に現れた、ティーラ号の背後からやってくる幾つかの光点。モニターに画像を呼び出す。
「来たか!」
ティーラ号に似た艦影の巡航艦に率いられた、数隻の艦。戦艦2隻に巡航艦5隻。
第十艦隊の艦だ。
さあ、ここから一気に……
と、その時ヤツが動き出した。
アレイラとカダインの間へと戻り……いや、違う。そのままアレイラ軌道から高度を下げていく。
「いかん、ヤツはカダインへ降りるつもりだ!」
まずい。このままでは。
ヤツを追いつつ主砲、副砲を連射。
第十艦隊からも、ビームの矢が降り注ぐ。だが、ヤツは反撃することもなく降下を続け、カダイン大気圏上層部へと到達してしまった。これでは、迂闊に大出力砲を使う事が出来ない。カダイン地表にまでダメージを与えかねないのだ。
何という事だ。地表に降りれば、住民が……。
しかし、まだ手はある。
俺はキャプテンシートから立ち上がった。
「アヴァロンを出す!」




