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虚空(そら)の深淵  作者: 神井千曲
第一部
1/19

1話 襲撃

2015/01/20 タイトルと話数を変更しました。

2015/02/22 後書きに用語解説追加。

「レスター! 何があった!」

 俺は狭いコックピットの中で、インカムに向かって怒鳴り続けていた。

「おい……どうした⁉︎ バーンズ、ジェリコ! ……誰でもいい、答えてくれ!」

 しかし、返答は無い。

 代わりに返ってくるのは、電磁ノイズの唸りだけ。何者かにより強力なジャミングを仕掛けられている様だ。

 俺が今いるこの場所は、小惑星の深部に掘られた坑道の中。機体に設置された聴音機(マイクロフォン)が、接触した行動の壁越しに拾ってくるのは、この小惑星にぶち当たる多数の“何か”の音と、低い破壊的な振動。

 分厚い岩盤越しにも、幾つかの高エネルギー反応がレーダーに捉えられている。

 間違い無い。外部で戦闘が発生している。

 しかし……何者だ? こんな辺境の小惑星で海賊行為を働こうなんて物好きはますいまい。それに、俺達に恨みがある者がいたとしても、ここに居るのを知っている者はごく僅かしかいない。あるいは、この小惑星にある遺跡を建造した異星人か?

 少なくとも公式の記録上、俺達地球系人類が異星人と接触したという記録はない。遺跡調査の結果、この遺跡を建造した異星人の怒りを買ったとすれば、最悪のファースト・コンタクトになってしまう。

 いや、そんなことはいい。それよりも、今は……

 一瞬の逡巡の後、俺は機体を坑道の外に向けて走らせた。



 俺――周防達麻(すおうたつま)――は、未確認星域調査局の調査員だ。この組織は地球連合保安庁外局に属し、未知の宙域(アンノウンスペース)などの探査を行っている。この小惑星に派遣された表向きの理由は、資源調査。しかし真の目的は、この小惑星に隠された異星文明の遺跡調査である。

 この小惑星の属する星系は、既に死を迎えて白色矮星と化した天体トゥルスを中心として、黒焦げになった二つの地球型惑星、そして一つの木星型惑星と、三つの氷惑星などから構成されている。

 俺達の太陽系にはアステロイドベルトがあるが、この太陽系にも小惑星帯が存在する。位置も似ており、地球型の第二惑星と木星型の第三惑星の間に位置していた。幅は俺達の太陽系のものよりも広く、ほぼ軌道が中央にある矮惑星トゥルス7で二分されていた。この小惑星トゥルス113は、その内側のほぼ中間あたりに位置している。

 このトゥルス113に残された遺跡は、ここの地球型惑星で発生した知的生命体が遺した物なのかもしれない。あるいは、俺達の様に外宇宙から調査にやって来た異星人が、何らかの目的で築いたものなのか。

 遺跡の調査を始めたばかりなので、正直見当はつかない。ようやく深部へたどり着くルートを確保し終えた所で、突如俺達の母艦からの通信が途絶えたのだ。地表近くで調査していた連中は異常を察してすぐさま引き上げた様だが、深部で調査していた俺は、出遅れてこのざまだ。

 が、ある意味運が良かったのかも知れない。すぐに地表に出ていた場合、訳も分からないうちに攻撃を受けてしまっていただろう。最低限、敵に備える事は出来る訳だ。

 とはいえ、俺に残された武装は、ハンドブラスター(熱線銃)などの個人用火器と、この機体――小惑星採掘用ワークローダー アヴァロン――だけだ。この機体は、センサーヘッド及びコクピットを収めたボディ、屈強な一対のマニュピレーター、そしてスラスターやダッシュローラーを装備した脚部、そして多数の装備を収めたバックパックユニットから構成されている。外観は、人型というよりゴリラに近い形態と言えるかもしれない。

 作業用ワークローダーといっても、ある程度の武装と装甲をほどこせば立派な兵器となる。ゲリラなんかが使ってるのはそういう仕様に改造された機体が多い。

 しかし、だ……

 今のこいつには武器らしい武器はほとんど装備されていない。現状で使用可能な装備といえば、頭部に装備したパルスレーザーガン二門及び右腕のチェーン付きクローと左腕のハンマーぐらいだろう。とはいえこれらはあくまで障害物排除用であり、敵が本格的な武装を持った連中ならひとたまりも無い。

 いや、まだ切り札はある。

 だが、これらは使わずに済ませたい所だ。

 どうしたものか……

 逡巡したその時、

「!」

 発破をかけた時の様な、突き上げる様な振動。

 ミサイルか⁉︎

 ……とにかく状況が分からなければどうしようもない。慎重に機体を進めていくしかない。

 無論、時折坑道に機体の一部を接触させるのは忘れていない。接触回線で外部の状況をモニタリングする為だ。

 ……みんな無事でいてくれ。

 そう祈りつつ、機体を進める。



 そして幾つかの通路を通過し、表層直下の場所で機体を止めた。外へとつながる通路の入口が岩で塞がれていたのだ。何者かの攻撃によるものなのか、それとも仲間が通路を隠してくれたのか?

 塞がっているとはいえ、このアヴァロンであればすぐにでも排除が可能だ。この小惑星の規模では、地表付近での重力は微弱だからな。とはいえ……現時点の状況では、この岩に隠れて外部の状況を調べるべきだろう。

 だとすれば、だ。

 左肩に搭載されたカメラ付きの無人小型機(ドローン)を射出し、岩と通路の隙間を通して外に出した。これで外部の状況を見る事が出来る。

 そして、そこに映し出されたのは……

「……!」

 小型機から送られてきた光景に、思わず絶句する。

 俺達の乗ってきた艦、ティーラ号は無惨にも船体の急所を打ち抜かれ、宙を彷徨っていた。そのすぐ側に、おそらく巡航艦規模の艦が見える。そして、その艦に搭載されていたと思しき機動兵器群が周囲を警戒する様に飛び回っていた。

「何て事だ……」

 おそらく既に俺達のチームは制圧され、仲間は捕らえられたか……それとも、殺されたか。

 また、目の前で……

 その時、歯咬みする俺の目に一つの影が飛び込んできた。

 アヴァロンよりも一回り小型のワークローダー、プロフィアの残骸が坑道の前方を漂っている。先刻、「様子を見てくる」と言って一足先に外へと向かったレスターの機体だ。機体のあちこちが大きく損傷し、コクピットのある胸部周辺に大きな穴が穿たれていた。これでは……

 思わずここから飛び出そうと、機体の腕を岩にかけた。

 しかし、

「クッ……ソッ!」

 腹の底から沸き上がる怒りをかろうじて抑え、敵の観察を続ける事にした。

 ここで無策のまま飛び出してしまい、敵に撃破されてしまっては何にもならない。仲間を救出するチャンスは永遠に失われる。

 大きく息を吐くと、再び敵の姿を注視する。

 軍艦の艦影は……この機体のデータベースに登録されているものの中には一致するものはない。

 一方、機動兵器群の正体はすぐに判明した。

 戦闘機フォーカー及びマニューバル・トルーパー(MT)と呼ばれる人型機動兵器ソルダートだ。それぞれ四機の編隊となっている。これらは地球系人類の兵器だな。つまり……襲撃者は異星人などではないということだ。

 ソルダートは全高20mほどのやや細身の人型機動兵器で、低コストながら扱いやすく、バランスが取れた性能が売りだ。射撃武器であるビームライフルと小型のシールドを全機装備しているのが見て取れる。おそらくは近接戦装備として、プラズマ溶断兵器であるアークセイバーは装備しているであろう。

 一方のフォーカーは全長20m弱のマルチロール型宇宙戦闘機だ。紡錘形のボディに三機の独立式エンジンポッドが付随する。主な武装は機首のパルスレーザーであるが、装備の変更で様々なミッションに対応出来る。とはいえ、突出した性能は持っている訳ではない。

 この両者はそれぞれカラーリングは統一されていた。宇宙海賊のたぐいかと思いきや、どうやら本格的な軍隊らしい。

 軍隊、となるとその所属する国が問題となる。が、これらの機動兵器二種は途上国向けに量産されたもので、またやや旧式であるだけに、中古でもかなりの数が出回っているのだ。小規模の国家でもまとまった数が入手可能な為、所属する勢力が多すぎてこれまたどこのものかは判別し難い。カラーリングに関しても、データベースには見当たらないものだ。

 ……早い話が所属不明、という訳だ。

 それが故に、俺達を襲撃した理由も全く分からない。

 とはいえ、いつまでもここでこうしている訳にはいかない。敵はおそらくティーラ号を曳航しようとしているのだろう。また、残党を狩るつもりなのだろうか数機がこの小惑星に向かってくるのが見える。

 と、なれば……

「やるしか、ない」

 俺は覚悟を固めた。

 視線を周囲に走らせる。と、発破したかなにかのせいで大きくえぐれた岩肌から覗く、太い杭のようなものが見えた。迷わずそれを右腕に装備されたクローで掴み、引っこ抜く。

 杭、といっても全高25m程の大型ワークローダーが入れる坑道に打ってある奴だ。長さは三十メートルを超す巨大な棍棒になる。この機体のパワーなら十分扱える筈だ。多分、二、三発ぐらいなら耐えてくれるだろう。

 よし。

 そして、小型機のカメラ及び各種センサーで敵の動きをモニタリングし、機会をうかがう。



 暫し後、四機のソルダートが俺のいる坑道入り口に向かって来る姿が確認出来た。

 ……来たか。

 慎重にタイミングを計る。そして、一機が不用意に岩に接近した所で……

「今だ!」

 岩をフルパワーで一気に押し出す。

 鈍い衝撃。不運なソルダートはまともに岩に激突し、コントロールを失って宙に浮遊している。

 すかさず俺は岩陰に隠れた。

 寮機の有様を目撃した残り三機は一瞬動きを止めたものの、すぐさま体制を立て直して向かって来た。二機が俺に接近し、残り一機――おそらく隊長機だろう――がやや後ろに控えてライフルで牽制の銃撃を浴びせて来る。

 俺はすかさず岩の背後から飛び出ると、今度はコントロールを失ったまま浮遊するソルダートの背後に回った。

 一瞬、銃撃が止まる。

 その隙を逃さず、浮遊するソルダートを向かって来る二機の片割れに向かって杭で殴り飛ばした。

 不意を突かれ、両者は真正面から激突する。

 マニュピレーターやら頭部センサーユニットやらが千切れ飛び、おそらく両者共に戦闘不能であろう。

 卑怯だ、と敵のパイロットが叫びがノイズ越しに聞こえた。しかしこちらも丸腰同然で不意打ちを喰らっているのだ。お互い様だろう。

 すかさず振り向き様、突出してきた敵の片割れめがけ、掴んだクローごと杭を投擲する。

 敵機は盾で払おうとするものの、装備していた左腕ごと粉砕されてしまい、腹部に杭が突き立つ。

 すかさずクローに繋がるチェーンを巻き上げつつ機体背部のスラスターを吹かして突進すると、左腕のハンマーを杭の後端に叩き付けた。確かな手応えとともに、杭は敵機を深々と貫く。その衝撃で、残った右腕に持っていたアークセイバーも手放してしまう。

 俺はアヴァロンに杭を掴み直させ、串刺しになったままの敵機を盾にして隊長機に突進した。

 敵は一瞬躊躇する様な動きを見せたものの、再びライフルを構え、ビームを乱射してくる。既に、冷静さを失っている様だ。盾になっている機体のパイロットが何やら喚いているが、上官にその声は届いていない。

 そして、ようやく我に帰った隊長機のパイロットが接近戦用の光剣(アークセイバー)を構えた所で……

「喰らえ!」

 盾になった機体ごと、その腰部に杭を突き立てる。

 衝撃で盾となった機体は上下に分断され、隊長機もまた重要な機関を破壊されて沈黙した。腰部にはサブジェネレーターや重力コントローラーなどが収められているのだ。

 ソルダート小隊は片付けた。残りは……

「!」

 休む間もなく、今度はフォーカー編隊のパルスレーザーの弾幕が俺を襲う。

 一旦は隊長機を盾にし、後退。

 しかしこのままでは回避に支障をきたすので、杭を振って放り出す。

 隊長機は一機のフォーカーへと向かうが、それはあっさりと衝突を回避した。

 結局、それは一時凌ぎにしかならなかった。

 四機は入れ替わり立ち代わりレーザーで俺を追い立てる。俺は慌てて小惑星の地表付近まで後退した。



 この機体の運動性なら、一対一の局面であればフォーカーのパルスレーザーをかわし続ける事は可能だ。しかし、四機が相手となると……

 幸いまだそれほどトゥルス113地表から離れておらず、また先刻の岩や敵機の残骸をはじめとする浮遊物は沢山ある。それらを遮蔽物、あるいは盾として利用する事で、四対一の状況は避けることが出来た。出来ればさっきの坑道に逃げ込みたい所だが、連中はそれを許すまい。

 とはいえ、反撃の手段はあまりない。戦闘機であるだけに、近接戦闘を挑んでくる事はまずないからだ。

 仕方なく、こちらも頭部パルスレーザーガンで応射する。

 何発かは命中したものの、おそらくは機体表面の対ビームコーティングに阻まれて大したダメージは与えてはいまい。

 一方、連中の攻撃は数発かすめただけであるが、対ビームコーティングなどしていない機体表面には無惨な傷跡が刻まれている。この機体を覆う装甲は、衝撃に大しては強靭さを見せるが、ビームに対しては無力である。

「くそっ……」

 このままじゃじり貧だ。使えるものは何でも使うしかない。

 回避運動をしつつ機体の装備品一覧を、機体のコンピューターとリンクした脳内に直接に呼び出す。

 同時に周囲に目を走らせた。

 あった。あれだ。

 プロフィアの残骸が目に入った。

 準備を整えつつ、気取られぬ様にさりげなく残骸へと近付いていく。

「すまんな、レスター。借りるぜ」

 残骸と接触し、体勢を崩したふりをしてプロフィアの千切れた下腕をさりげなく肩のサブアームで掴んだ。そしてバックパックから取り出したリベットガンでそれにウィンチのワイヤーをリベット止めする。

「……よし」

 きりもみ状態で回転しつつ、獲物を待つ。

 勝利を確信したのであろうか、一機のフォーカーが不用意に接近してきた。パルスレーザーガンのある機首を俺に向けようとし……

 その隙を逃さず、そのフォーカーのめがけて腕を投げつける。

 しかし腕は、当然の如く余裕で回避されてしまう。

 そこまでは、想定通り。

 それを横目に見つつ、きりもみ回転を止めてワイヤーを引きつつ旋回した。腕はワイヤーに引かれる形で大きく旋回し、フォーカーの背後に回る。

 そして……

 上手い事、フォーカーのエンジンポッドにワイヤーがかかった。

 すかさずウィンチを巻き上げる。敵も必死で抵抗するが、彼我のウェイト差は十倍だ。35t程度の戦闘機フォーカーと、350tを超す作業用ワークローダーのアヴァロンでは相手にならない。

 それを救出しようと寮機がパルスレーザーを浴びせてくるが、巻き上げつつひたすら回避。

 当然、俺の動きに合わせてワイヤーの巻き付いたフォーカーは水面に落ちた木の葉の様に揺れ動く。

 そして……

 とうとうワイヤーの巻き付いたエンジンポッドが千切れ、自由になった機体はネズミ花火の様に回転しながら宙を舞う。そして、フォーメーションを組んでいた仲間のフォーカー編隊に突っ込んだ。

 各機は回避し衝突は避けられたものの、大きく隊列を乱してしまう。

 隙ありだ。すかさず、巻き取ったワイヤーからエンジンポッドを外し、発破を仕掛けてフォーカーの一機に投げつける。当然の如く、回避された。

 回避直後を狙い、爆破。破片が回避中のフォーカーを襲う。

 ダメージはそれほどでもない様だが、大きく体勢を崩してしまう。これで、暫くは俺に攻撃を仕掛ける事は出来まい。



 次いで、再びワイヤー付きの腕を別の一機に。これまた回避。発破やワイヤーを警戒してか、更に大きく迂回する。そして残りの一機に投げつけるべく杭を構える。が、これはフェイクだ。その一機が回避動作に入るのを確認すると、二機目の、ワイヤーを回避したフォーカーに向けて突進する。

 不意を突かれたのか、一瞬反応が遅れた。しかしすぐさま体制を立て直し、俺に向かってレーザーを乱射してくる。

 チャンスだ。

 機体前面にある六つの照明灯を敵機に向けると、最大出力で照射する。外宇宙の、恒星の光の届かない場所でも作業が可能なレベルの光源である。至近距離で直視した場合、運が悪ければ失明するほどだ。

 が、仮にも宇宙戦闘機であるフォーカーは、キャノピーやカメラに装備されたフィルターを作動させ、パイロットを守るであろう。しかし、そこに僅かな隙が生じる。センサー類の反応にごく僅かなタイムラグが生じるのだ。

 俺とアヴァロンにとってはそれで十分だ。

 一気に接近し、近距離からパルスレーザーを連射。エンジンポッドの一つに着弾し、小さな爆発が起こった。この距離ならば、コーティング層を突破しダメージを与えることができる。そして、動きが鈍った所で、

「喰らえ!」

 杭の一撃。

 胴体の後ろ半分を叩き潰した。もはや戦う事は出来まい。



 残るは二機。先刻の、エンジンポットをもがれた機体は、小惑星に衝突して大破した模様だ。

 敵機をレーザーで牽制しつつ、小惑星の地表付近へと戻る。

 そして、不意打ちの際に押し出した岩やソルダートの残骸を盾に出来る位置に陣取った。

 しかしこれは身を守る為じゃない。

 身を隠そうとする俺に焦れたフォーカー二機は、仲間の仇とばかりに距離を詰め、レーザーを乱射してくる。

 俺はそれを回避しつつ、さりげなくワイヤーを巻き上げ始めた。そして、丁度腕の残骸が敵機の背後に来た所で一気にワイヤーを引く。

「かかった!」

 頭に血が上ったせいで、完全に無警戒であったのだろう。まともに腕の直撃をあびせてしまった。直撃箇所は大きく破壊され、腕は砕け散る。本来は、またワイヤーを巻き付けてやるつもりだったが、結果オーライだ。

 機体は制御を失い、きりきり舞いになった所で杭の一撃で仕留めた。

 そして、最後の一機。

 一騎打ちなら、こっちが有利だ。しかも相手は、先刻の発破で傷ついた相手である。明らかにエンジンポッドの一基の調子が悪そうだ。

 お互いレーザーを乱射しドッグファイト状態に持ち込む。

 機動力ならあっちが上だが、運動性ならこちらだ。しかも、浮遊物の多い小惑星のすぐそばなので、戦闘機特有の高い機動性は封じられる。慣性制御をフル稼働してもなお致命的なGを与え続ける機動に耐え続け、チャンスを待つ。

 そして……

 不用意に正面に飛び出したフォーカーに杭の一撃を浴びせ、この戦いに幕を下ろした。



「片付いたか」

 俺は浮遊するソルダートとフォーカーの残骸を眺め、大きく息を吐いた。

 やれやれ。八機を一度に相手にしていれば、ひとたまりもなくやられていた可能性もある。結果的にとはいえ、敵が戦力の逐次投入という愚を犯してくれたおかげだ。

 それにしても、嬉しい誤算はこの杭だ。最悪、最初の一撃で使い物にならなくなるかもしれんと思っていたが、ほとんど無傷のままだ。……もしかして、異星人の建造物の一部だったのかも知れん。

 しかし、だ。問題は……

 慌てて俺はその場を飛び退いた。

 直後、アヴァロンのいた宙域を極太のビームが掃射した。それに続く、ビームの乱射。

 ひたすらランダムな動きで回避運動しつつ、遮蔽物を探る。

 ……あった。

 小惑星から剥がれたと思しき岩塊だ。おそらくは最初の攻撃の時のものだろう。

 直径40mほどはある。これなら暫くの間は耐えられそうだ。その間に、小惑星の中か背面に逃げ込めばいい。

 俺は岩塊の背面に隠れると一息ついた。無論、坑道脇に浮遊させたままの小型機で、敵艦の動きをモニタリングしておくのは忘れない。

 しかし……

「……味方がいてもおかまい無しかよ」

 俺が八機を撃墜したときは、あえてコクピットを狙ってはいない。少なくとも、その大半のパイロットは生きていた筈だ。

 だが……今の攻撃は、それらの残骸の大半を消し去っていた。もしかしたら、全滅かも知れない。まともな軍のやる所行ではない。

 そう思ううちにも、また一つ岩塊の前を漂っていたフォーカーの残骸が打ち抜かれ、消滅した。

 どうしてくれようか。

 とはいえ、このままでは勝ち目がない。ここまで容赦なく攻撃を仕掛けられると、この岩塊も長くは持つまい。もろとも打ち抜かれるか、飛び出た所に喰らうか、だ。

 ならば……

 覚悟を決めかけたその時、

「!?」

 突然小型機からの画像が乱れた。

 撃墜された訳ではない。モニターをズームすれば、坑道の脇にその姿を確認出来る。

 おそらくは先刻からのものよりも、更に強力なジャミングがかけられている。

 敵艦からのものかとも思ったが、出所は違うらしい。レーダーを確認すると、おそらくは小惑星の側方からの様だ。

 新手か?

 そうも思ったが、気がつけば敵艦からの砲撃も止んでいる。

 罠か? それとも、と思う間もあればこそ……

 宙を光の帯が薙いだ。

 先刻の、敵艦の最大出力の攻撃よりも強力なものだ。それが、敵艦めがけて数発続けざまに放たれる。

「……何だ?」

 振り返った視線の先、漆黒の宇宙に浮かび上がる影。

 銀色に光る流線型の艦の姿があった。

 敵か、それとも……

 これまた該当する艦は無し、か。ティーラ号経由で軍や保安庁のデータベースに照会しようにも、強烈なジャミングのせいでどうにもならない。

 俺はただ、成り行きを見守るしかない。

 敵艦も応射するが、新手の艦の直前でビームが湾曲し、また霧散してしまう。かなり強力な対ビームフィールドを搭載しているのであろう。

 そして、新手は一発のビームで敵艦の主砲を吹き飛ばしていた。

 これは、勝負あったな。

 敵艦は副砲で砲撃を続けつつ、回頭して逃げていく。

 新手はそれ以上深追いするつもりはないらしかった。

 ……助かった、のか?

 しかし、この艦が味方と決まった訳じゃない。もしかしたら、今の連中と同じくこの小惑星の遺跡を狙うものかも知れないのだ。だとすれば、俺は捕らえられるか、それとも……口封じで殺されるか、だ。

 思いを巡らす俺の前で、銀色の船体が静止する。

 ……どうしたものか。

 逡巡しつつ、機体を艦に相対させた。

 同時に頭部センサーをフル稼働して銀色の艦をスキャンするが、全くと言っていい程何も分からない。精々分かるのは、全長は300m程で、表面をセラミック状の物質で覆われている事、そしてロケットエンジンタイプの推進システムを持たない事ぐらいだ。

 この機体のセンサーを欺くことが出来る技術を持っている勢力は、知りうる限り地球連合のみ。それ以外となると……

「まさか、な」

 思わず独語する。

 地球連合艦隊には、目前のものと似た艦は存在しない。おそらく、より先進的な文明の手によるものであろう。

 だとすれば、これは……



 俺が呆然と佇む間に、この宇宙船からの通信が飛び込んできた。

 宇宙港の管制などで使われる、電磁波通信の周波数だ。あわててチャンネルを合わせる。

『応答せよ。……そこの地球人の作業機械、応答せよ』

 男とも女ともつかぬ、機械的な音声。

 ……地球人? やはり、異星人の船なのか?

「……こちら、ティーラ1アヴァロン。所属は地球連合保安庁外局付属機関。危機を救ってくれて、感謝する。そちらの船の所属は?」

 相手が何者か分からないが、とりあえず答えておく。

『……こちらはアトラス連合監察局所属艦スーニア。我々は、あなた方地球人とは異なる星系の人類だ』

「……!」

 異星文明とのコンタクト、という事か。

 異星人の遺跡調査という仕事柄、こうなる可能性はある程度考えていた。マニュアルもある。とはいえ、艦は大破して乗員は行方不明、本部とも連絡が取れない状況である。自分一人で事を進めなければいけない訳だ。さすがにこういった事態は想定していなかった。

「アトラス連合、か……」

 聞きたい事は山ほどある。しかし、どうしたものか……。

 ん?

 逡巡している間に、異星人船の底面の一部がおもむろに開いた。

『あなた方の仲間は、あの連中に連れ去られてしまった様だ。船も大破してしまっている。我が艦で暫し休まれるがいい』

「感謝する。……俺はティーラ号調査チームのチーフ、周防達麻」

『……』

 一瞬の沈黙。

『タツマ、か。私は監察官フォージ。着艦はレーザーのガイドに従ってくれ』

 微かに声に揺れがあった。

「了解」

 何となく気にはなったが、こちらも黙っているわけにはいかない。そう答えると、俺は機体のバーニアを吹かせ、異星人の船に向かった。

用語解説など

・人類生存圏

 太陽系を中心とした半径数十光年の領域。その大半が光世紀世界に入っている。

・地球連合

 正式名、地球人類国家連合。人類生存圏最大の国家、あるいは国家連合。人類国家の大半がここに属している。

・トゥルス恒星系

 人類生存圏の端に存在する恒星系。主星トゥルスは、かつては太陽に似た主系列星であったが数億年前に寿命を迎え、現在は白色矮星となっている。惑星数は現在6であるが、主星が赤色巨星と化した際に飲み込まれた惑星が1 - 2個存在した可能性がある。

・トゥルス113

 トゥルス恒星系のアステロイドベルトにある小惑星。直径約3kmの、ほぼ球形の天体。構造は大小さまざまな岩塊が重力によって寄り集まったラブルパイル(破砕集積体)天体だが、中心部には人工物の“核”を持つ。軌道が極めて真円に近い事から調査対象となった。

・未確認星域調査局

 地球連合保安庁外局の付属機関で、未確認宙域の探査などを行っている。その過程で幾つかの地球外生命体が発見されているが、知的生命体に関しては、その遺跡が発見されたのみで、“公式”にはいまだ接触はしていない。別名・パイパティローマ協会。

・ワークローダー

 作業機械の一種。建設作業や採掘、荷役などに使用される。一対のマニュピレーターを持つが、アタッチメントを介してバケットやハンマーなどを取り付けて使用する事も出来る。移動に関しては、装輪やクローラー、ホバー及び二脚あるいは多脚歩行などの方式がある。

・マニューバル・トルーパー (MT)

 人型機動兵器の一種。

・ビームライフル

 携行型ビーム砲。砲身内にビーム誘導素子が多重螺旋状に並んでいるためそう呼ばれる。

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