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心だけはそうじゃない

「ゲホッゴホッ、ッゲホ」

「ちょっ長瀬(ながせ)大丈夫?」

 同じ班の女子に心配されたけど、その口元は愉快そうに揺れている。目の前でいきなりむせるとか、目の前でいきなりコケるとか。そういう突発的な不幸に吹き出してしまう不謹慎系女子がいるのもまた事実だから、別にいいけどさ。

「ダ、ダイジョブデス」

 そして僕の秘められしコミュ能力[カタコト]が火を噴くゼェ!

「でたー! 長瀬育矢クンの人見知りスキル[カタコト]だああああああああ!」

「うるせえ」

 威勢を張りたいけど、どこかしぼみがちになる。目の前の祐稀は面白がって心配すらしてくれないし。

 つーかなんで僕こいつと友達になれたんだろう。今思うととんでもない奇跡だ、僕コミュ障なのに。もう一度言う。コミュ障なのに。

 あ、友達になれたのは、相手から声を掛けてくれたからだ。なのに自分から話しかけるなんて、しかも女子に……。そんなの。


(無理だよなあ)

 自然と眉が下がるのを感じる。

 綺麗なままの給食ばかり見つめていると、

「育矢大丈夫? 具合悪いの? 全然手つけてねえじゃん」

 これまた同じ班の隼人が本気で気遣ってくれた。でもやっぱり食欲は戻りそうにない。

 余りさえあればお代わりしたいくらい大好きなオムレツも、半分以上残してしまった。頭の中であの子と悩みと変などきどきがごちゃまぜになって、それだけで腹一杯になった気がする。



 で、その三十分後が。


「ハラヘッタ」

 気のせいでした。


「ちゃんと食わねえからだろ。本当に体調大丈夫なの」

「祐稀も一応心配してくれるんだ」

「一応じゃねえし! ちゃんと心配してるよ。倒れんなよ」

「おお。サンキュ……」

 照れくさいことがあると祐稀はすぐに下を向くから、真意で言ってくれてるんだなって思える。改めて友の優しさが身に染みた。

 今は更衣室目指して二人で歩いているところだけど、酷くふらふらしているせいか僕が祐稀の背後霊みたくなっている。


 食欲がないのはごく一時的なものだった……そう確信したのは、給食の皿を全て下げ終わってから五分くらい経ったとき。それからずっと終わりの見えない空腹地獄に襲われていた。その作用でイライラだって募ってくる。

「ああもう何でだよ! 給食のときはマジで腹減ってなかったのに!」

 もはや食ってないに等しい。こんなんじゃ放課後まで持たないだろう。

「育矢くぅーん、カリカリしてたら余計体力持たねえって。つぎ体育だぞ体育」

 歩きながら肩に手を置いて、ヘラヘラな態度。でもそんな奴の一言で僕は谷底へと突き落とされた。

「分かってる。分かってるけど言わないで、それ」

 見学するわけにもいかないから嫌々更衣室に向かってるわけだけど、この状態で体育とか死ぬ。今にも胃の壁と壁がくっつきそうなのに。

「今日って確かバスケのテストだったよな。ちゃんとシュート打てっかな~俺」

 共に足を進めるまま、祐稀はジャージが入った袋を両手で宙に投げて遊んでいた。

 何となくそっちを見ながら僕も背後霊を続けていると、少しして祐稀が立ち止まった。つられて反射的に停止したら、数秒だけ手の辺りを凝視された。かと思えば、今度はその視線が顔まで昇ってくる。

 え、なに。

 普段と違って神妙な表情だった。こいつのくせにヘラヘラしていない。おかしい。

「つーかお前、着替えは?」


「……え、着替え」

 不自然に軽い両手。もちろん何も持っていない。待て待て落ち着け。えっ、と、次体育。ここ廊下。ジャージ必要。今ジャージ持ってない。ジャージ教室。

 ライトな恐怖で体が冷たくなっていく。

 ……わ、す、れ。

「ジャージ教室に忘れてきた!」

「育矢くんのバカァっ!」

 もはや殺意しか抱けない祐稀(演劇部所属)に見送られ、僕は逆方向に全力疾走しなくちゃいけなくなった。



 こんなに長い廊下をぼっちでひとっ走りって、なんてお手軽で孤独な青春なんだろう。

 したたる汗で眼鏡がずり落ちてくるのが鬱陶しいけど、構っている暇がない。

「あー。なにやってんだろ、もうチャイム鳴っちまう」

 授業開始まで二分。絶対間に合わない。ああくそ。

 そもそも何で着替えにいくのにジャージ忘れてるんだ。何で? ちゃんと栄養を摂らなかったから頭が回らなかったのか? 飢餓状態で走らされるなんて、普通に考えて一種の拷問じゃないか。クソッ。自業自得だけど。

 どんなに体を燃やそうが、当たり前のようにペースは落ちてくる。最後のほうなんて酔っ払い顔負けの立派な千鳥足へと進化していた。それでも何とか教室にはたどりつけたのだった。

「着いた……」

 後ろのロッカーに、マイジャージでパンパンになったナップサックが入っている。

 コーンカーン。

「やべっ鳴っちった!」

 チャイムってこんなにうるさかったっけ。

 遅れたぶんだけ怒られるだろうし、一分でも急がないと。ナップサックの腹をわしづかみにしてドアを飛び出す。

 急げ急げ! 教室出て、左折!



 するはずだったのに。

 僕は三秒も経たないうちに固められてしまう。

 何でって、揺れる視界の端っこに、あの子が映っていたから。

 人生で初めて梅田さんと目が合って、動けなくなってしまったから。

 目と目。

 鼻と鼻。

 口と口。

 まるで鏡のような対面。僕と梅田さんの、目と目。


 (嘘だろ。一方的に見てたことはあったけど、見られるのは)

 どき、どき。


(目が合うなんて)

 どき、どき。


(何も喋れない)

 聞きたいこと、いっぱいあったのに。自己紹介の時だって、あんなに話したい、笑いかけたいって思っていたのに。

 でもできない。いちど目に触れると何も考えられなくなる。だってバカみたいに体が熱くなっていくだけだから。

 心が勝手に騒いでいるだけだからーー。


「女子更衣室ってどこだっけ」

「え、」

 梅田さんの一言で魔法が解かれた。


「さっきまでそこにいたんだけど、短パンだけ教室に忘れちゃってて」

「う、うん」

「急いで一人で取りにきたんだけど、わたし転校してきたばかりだから、場所忘れちゃって。この学校無駄に広いし」

「うん……っ」

「分かる? 場所」


 何か、何か喋らないと。

 何かーー!


「え、右? 右にいけばいいの?」

 梅田さんの透き通った瞳に戸惑いの色が浮かんでいる。口を(ひら)けなくなって、とっさに僕は腕を上げていたのだった。

 指で矢印を作って、右に。

「ごめん、それだけじゃよく分かんないな。……あ、てかキミと一緒にいけばいいんだ。同じ授業なんだから」

「それは、むり」

「え。何で」

「だ、男子更衣室と女子更衣室は逆方向だから……」

「そっか。」

「ここ右に曲がってずっとまっすぐいって、それから」

「うん」

「また右に曲がると、……しつの向かいにあるから」

「え? 何室?」

「物品室」

「それって女子更衣室のことだよね?」

「そうそ、女子更衣室」

「うん、分かった。ありがとう」

 表情一つ変えずに梅田さんは去っていった。


 だんだんと小さくなっていく上靴の音。もう大分遠くまでいっただろう。


「はああああああ…………」

 授業も空腹も何もかも忘れてその場にへたりこんでしまった。ナップサックを抱きしめ、顔を埋める。押し寄せを止めないときめきと後悔の波に浸っていた。



 自分でも呆れるほど、どきどきしてばっかりで。


 馬鹿だ、僕は馬鹿だ。それだけじゃコミュニケーションなんて取れないのに。もっと祐稀みたいにヘラヘラ笑って、キミの前でカッコつけたこと言いたいのに。

 それなのに。目が合っただけでそんな願いはいとも簡単に吹っ飛ばされる。

 キミの澄んだ黒目に混じるとあっという間に赤くなって、僕は心臓以外の全てを固められてしまう! そして取り残された心臓も、固まってたまるもんかって、一層けたたましく鳴り響くんだーー。



 命懸けの恋だ。

 ついに確信して、力の入らない両脚でやっと立ち上がった。


 教室の隅に見慣れないものが落ちていた。ぱっと見は布だ。綺麗に折り畳まれていたそれを広げてみる。上品な女子が好きそうな花柄のハンカチだった。

「……これって」


 ハンカチに刻まれていたローマ字の刺繍。うっかり最後まで読んでしまったせいで、僕の心臓はまた暴走を始めつつあった。


※2014/8/29 祐樹→祐稀に名前変更しました。



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