人は懐かしの偶像を探せるか?
一つはこうしよう。
深淵に潜む『前進せし水神』、姉の横暴に耐えかねた彼の逃走劇をここに記そう。
終焉への欠片も散りばめて……
(黒箱弁翻訳
今回のあらすじ
クティーラちゃんに虐げられ辱められ、ストレスが有頂天となったシュリット君。彼の怒りの逃走劇がここに……!
伏線もちょっとあるヨ!)
「大変ですよユートさん!」
休み時間、珍しくアイドル業に追われていなかったからか、もしくはアイドル業よりも大切な用事があるのか、隣のクラスのシーホースさんが僕のクラスに来た。
「あ、シーホースさん久しぶり」
「お久しぶりです……って今は挨拶している場合じゃないですよ! 大変なんですよユートさん! クティーラ様が、クティーラ様が……! っと、とにかく来てください! あ、すみませんミラちゃん、ユートさんちょっとお借りしますっ!」
「え、あ、ちょっと!」
シーホースさんはピチピチと決して早くはない速度で飛び跳ね、移動していたのだが、シーホースさんの気迫に圧されて思わず話を聞くまでもなく走っていってしまった……
「ユート! すべて御主が悪いのじゃ!」
「へっ?」
クティーラちゃんの待つ部屋に入ったら開口一番にそんな風に怒られた。
というか、僕何か悪い事したっけ?
「……気付かぬか! 御主のせいで……シュリットが家出してしもうたではないか!」
「完全に僕関係ないよねそれ!」
某シーザーさん以上に僕は無関係だった。
頭が痛くなってきた……というより、少しだけだった頭痛がより酷くなってきた……
「元々言えばクティーラちゃんがシュリット君を騙してまでアイドルにしたからだよね? 完全にクティーラちゃんの責任だよね?」
「……確かにそうじゃ。一番悪いのはすべてわらわの言うことを聞かぬシュリットじゃ」
「そうだよね? だから僕は」
「だか、わらわにアイドルを勧めたのは誰じゃ? おぬしじゃろう?」
そうか……シュリット君の責任なのに僕に怒ってきた理由は、そんな簡単な事だったのか……
「分かったらわらわと一緒にシュリットを探索するのじゃ! ユート!」
……いやいやいや、だとしたら余計おかしく
(ユート、これ以上口答えするのならば、わらわにも考えがあるのじゃ!)
(クティーラちゃん、直接脳内に……!)
クティーラちゃんの脳内メッセージによって、逆らう気力はデストラクションされた。
「ところでクティーラちゃん、シュリット君の居場所に心当たりはないかな?」
人捜しの基本として、シュリット君が居そうな場所をまず聞いてみた。
「……分からぬ。ルクイエにも居らぬし、アイドルの知り合いの家も当たったのに居らぬから、わらわにはお手上げじゃ」
早速無理ゲー臭がプンプンしてきた。
「わらわが思い当たる場所に居らぬということは、こちら側に……セフィラにおる可能性がだいぶ大きいのじゃ。だからおぬしに探索を頼むのじゃ」
「頼むって簡単に言うけど、僕だってじゅぎょ」
「ふむ、おぬしに文句を言う輩を叩きのめせば良いのじゃな?」
「人の話を最後まで聞いてー! そんな事したら間違いなくクティーラちゃんボコボコにされて終わっちゃうから!」
クティーラちゃんの暴論のせいか頭痛そのものが悪化したのか、より一層頭痛が酷くなってきた……
「……あー、当ては……ある訳ないか」
「うむ、無い!」
「……それじゃあ、とりあえず虱潰しに探そうか……」
「……う、うむ」
「…………? どうかしたの?」
「…………い、いや、なんでもないのじゃ」
「……そっか」
僕はクティーラちゃんの様子が変だった理由に、更に部屋の微妙な違和感を無視して、部屋を出て探索に向かった……
まずクティーラちゃんが向かった先は旧校舎……そこに入る前にクティーラちゃんは手でメガホンを作って旧校舎に向かって叫んだ。
「シュリットー! どこに居るのじゃー!」
「…………ねえクティーラちゃん、流石に大声で探されると出にくいんじゃ」
「今ならスク水ライブツアーをするだけで許すのじゃぞー!」
「それってまったくもって許されてないよね!?」
……まあ、案の定シュリット君は旧校舎から出てこなかった。居たとしても絶対に出てこないだろうが。
「……よし、他の場所じゃ」
「……え、良いの?」
「ツッコミ気質の奴の事じゃ、わらわがボケれば奴は必ず大声でツッコむ。……おぬし、本当かなぁと思うたな? わらわ達のノリの良さを甘く見るでない! わらわがボケればシュリットがツッコみ、母上がボケれば父上がツッコむ。我がクトゥルフ家はそのような素晴らしい親子なのじゃ!」
「……そうなんだ、へぇ……」
「これ! ツッコまんか! ……ああ、シュリットよ、おぬしのツッコミは父上に匹敵するほどじゃったぞよ……」
「……おだてて飛び出してくるなら、苦労しないと思うんだけど」
寮を出て旧校舎、現校舎、実習棟等々を巡りながらボケておだててと大忙しだったのだが、シュリット君は見つからなかった……
見つからないという絶望感からか、クティーラちゃんは涙目になりながらへたり込んでしまった……
「……シュリット……いったいどこに居るのじゃ……?」
落ち込むクティーラちゃんに何か声をかけるべきなのだろうが、うまく言葉が出て来なかった……
シュリット君の気持ちを理解しながらも、シュリット君を連れ戻そうとするクティーラちゃんに協力している。なんていう二枚舌だろうか。
……二枚舌なら二枚舌なりにうまく立ち回ろうじゃないか。
「……ねぇ」
「のうユート」
「…………なに? クティーラちゃん?」
僕の言葉を遮るように切り出したクティーラちゃんに、思わず言葉をかけるタイミングを逃してしまった。
「ちと昔話に付き合ってくれぬか? わらわとシュリットが今よりも更に幼かった頃、遠い遠い昔の話じゃ……」
そう言ってクティーラちゃんは昔を懐かしむように話し始めた……
「あれはまだわらわ達がルルイエにて自堕落に暮らしておった頃じゃったか……今でこそわらわの方がわずかとはいえ立場が上なのじゃが、あの頃はシュリットも反抗する為の巨大な牙を持っておった……あの時も、母上父上の留守を狙ってルルイエに『デッドマン』というニャルラトホテプが現れた時も、2対1ではなく、1+1対1じゃった」
「禁遊死人……!」
まさか、クティーラちゃんの口からあいつの名前がでるとは……
「……まあ、おぬしの大方の予想通り、わらわ達ではかなわんだ……しかし、デッドマンがわらわにトドメを刺そうとし、姉としてせめてシュリットだけでも逃がそうと、シュリットに対して叫んだのじゃが、シュリットは逃げなかった……そのとき奴は何と答えたかの……
……おお、そうじゃ「姉ちゃんがこんな触手グチャグチャの奴相手に諦めてどうすんだよ! 姉ちゃんは母様みたいな立派な邪神になるんじゃなかったのかよ! だから……生きることから逃げんな! 逃げんのはオレが許さねえ!」
……その時わらわはハッとしたわい。無意識の内に弟として下に見ておったシュリットが、いつの間にか成長しておったからの……」
「シュリット君が……」
昔を懐かしむようにクティーラちゃんが言った……
ただ……直後、クティーラちゃんはこう続けた。
「あの後……デッドマンを撃退した後、母上に聞いたのじゃ……わらわがシュリットの為に何をすべきかをの……そしたらの…………トコトンにイジるべきと教わったのじゃ」
「僕の感動を返してー!」
結局クティーラちゃんはそうなのか……
「さて、ふと思い出したのじゃが……まだ一ヶ所、探しておらん場所があったのう」
「……?」
「おぬしらの寮……いや、この際ズバッと宣言しよう……シュリットの居場所は! ズバリ!」
数分後……
「あ、クティーラさん! シュリットさんは」
「まだ見つかっては居らん。じゃが……検討はついておる。失礼するぞ」
そう言ってクティーラちゃんは800号室に……シーホースさん達姉妹の部屋に入って、まるでタンスを漁る勇者のように、虱潰しに探索を開始した……
「……あのユートさん……? クティーラさんは何を……」
「共用スペースには居らぬか……シーホース! マインの部屋はどこじゃ!」
「え? 一体何を……」
シーホースさんの疑問を聞かず、クティーラちゃんは適当な扉を開き、偶然マインちゃんの部屋だったらしくズケズケと中に入り込んだ……
「ククク……御戯れは終わりじゃ! シュリットォォォォォ!」
叫びながら、クローゼットを開いた……
……が、中は綺麗に整理された水着類と制服しか入って居なかった。
「居らぬ……じゃと……?」
そう呟き、クティーラちゃんはキョロキョロと辺りを見渡し……隠れていそうな場所を探した……
「オレはこっちだ! バカアネキ!」
「そこにおったか! シュリットォォォォォ!」
……雉も鳴かずば打たれまい。
哀れ、シュリット君は自身の慢心が原因で満身創痍になってしまった……
慢心だけに? 黙らっしゃい。
「……のうシュリット」
「……んだよ」
「おぬし、何故そのように堕絡したのじゃ……? かつてのおぬしは、素直に格好良いと思えるような、まるで父上程に素晴らしい邪神じゃったがのう……」
「あ、アネキ!? …………熱でもあんじゃねぇのか?」
「黙らっしゃい! かつておぬしに感心したわらわが阿呆じゃったわい!」
最終章予告その1
一つはこうしよう。
其の選択に正義はなく、大義も無く、だがしかし愛はある。
愛故に彼女らは苦しみ、嘆き、怒る。
矛先は死せる神、更には……




