8話 第二代目の主人と私
永久の栄光輝くローマ帝国軍人を祖先とする私の生い立ちは、かように由緒正しいれっきとしたものだったのですが。
美少女にして我が嫁は愛する人を亡くして打ち沈み、一向に私に興味を向けてくれませんでした。
非常に焦りました私。
これはもっと私の大活躍を伝えて、信用してもらわねばなりません。
そこで私は引き続き語りました。大きな槍を磨く嫁に向かって。
私が麗しき実の姉の体の下に埋もれた後のことを。
すなわち、第二代目の主人と出会った話を……。
アヴァロンの大修道院が焼けた後。
私は姉の遺骸の下で、こんこんと眠り続けておりました。
当時は時間計測機能をまだ搭載しておりませんでしたので、正確な期間はわかりませんが、おそらく数百年ほどそのまま経ったかと思われます。
時が経つにつれて湖の水は以前よりだいぶ減り、小島のいくつかはつながって丘陵となっておりました。
ある日、遺跡と化したその修道院跡に盗賊どもがやってまいりました。
半分焼け落ちた聖堂の遺跡で数人寄り集まり、雨宿りをいたしておりました。
どうも大仕事をやらかそうとして大失敗したらしく。命からがら逃げ出してきたあとだったようです。
盗賊どもは何か埋め合わせになるめぼしいものはないかと、遺跡を物色しはじめました。
眠っていた私は、目を覚ましてしまいました。
なにしろここで焼け死んだ聖職者たちの、成仏できぬ魂がうじゃうじゃおりまして。
「こやつらはなんだ、聖域をほじくり返すなど、なんと不遜で破廉恥な振る舞いだ」と、怒り心頭。大騒ぎしだしまして、うるさくてたまらくなったからでした。
焼けたアヴァロンは人々に打ち捨てられ。忘れ去られ。いまや幽霊が出没する、陰気で不吉な場所と化していたのです。
しかし。
盗賊たちはそんな幽霊たちのわめき声など聞こえないらしく、やりたい放題。
ごろごろでてくる人骨に盛り上がり、口々に好き勝手いいながら、聖堂の跡地をそこかしこ堀りだし。
銀の十字架だの、細工物の短剣だの、彫像の一部だのを次々と手に入れました。
そして彼らは見つけたのです。灰と泥に埋もれたあの剣を。
本家デウス・エクス・カリブルヌスを……。
「なんだこれ、剣みたいだな」
「うわあ、でもひっどく汚ねえ」
我が分身であった剣はあまりに風化しすぎてひどく薄汚れ。しかも焼けて真っ黒。
残念なことに、使える代物ではなくなっておりました。
「こりゃ使えねえ。売り物にもならねえだろ」
そのひと言で。本家カリブルヌスはあえなくすぐそばの湖の岸辺に投げ捨てられ。
永久に湖の底に沈んでしまいました。
そして。黒い炭となった我が姉の下から、ついに私も掘り出されてしまいました。
「こいつは錆びてねえようだな。すげえきれいな鞘だ」
我が身と同時に、かつて魔法使いマーリンが血止めの魔力をこめて作った鞘がすらりと脱がされますと。
息を呑んで期待顔で覗き込んでいた盗賊たちが、どっと腹を抱えて笑い出しました。
起こされたばかりでねぼけまなこの私は。なぜ笑われたのか一瞬解りませんでした。
「刃がついてねえぞ~! こら切れねえわ」
「おいおいオモチャの剣かよう」
なんと無礼千万な!
盗賊たちは我が柄にはまっている赤い宝玉をとろうとしましたが。
私はなんとかふんばり、抵抗いたしました。
すると盗賊たちは悪態をついて。
「オモチャは売りもんにならねえ。おまえにやるわ」と、隅にうずくまっている小柄な仲間に投げ渡しました。
「おまえにぴったりだろ。トム・トン」
「そのオモチャの剣で遊んでな、トムちゃん」
下品に笑う盗賊どもを、トム・トンという名の小柄な男はぎぎっと睨み。
私をぎゅうと強く握りしめて怒鳴りました。
「うるせえ!おいらは子供じゃねえ!」
たしかにその人トム・トンは、とても小柄でまだ少年のような外見でした。
どうみても十歳かそこらの子供。なのにその齢は三十歳を越え、れっきとした大人の心を持っておりました。
トムはどこの生まれか皆目分からぬ捨て子で、赤子の時に子のない年寄り夫婦の家の戸口に捨てられていたそうです。
とても小さくいつまでたっても大人にならぬので、始め子を授かったと喜んでいた年寄り夫婦は、次第に気味悪がりだしました。トムはいたたまれずに家を出て。みごと盗賊に落ちぶれるという、転落の人生を歩んでおりました。
その若い外見が災いし、トムは盗賊仲間からずっと半人前扱いされていたようです。
盗賊仲間は掘りだした財宝の分配をめぐって、仲間割れを始めました。
そしてついには。殺し合いにまで発展してしまいました。
実はこの地を荒らされた幽霊たちがぶち切れて。
盗賊どもをとり殺そうと乗り移り、同士討ちをさせたのでした。
しかし私をがっちり抱いていた小さなトムだけは、我が聖なる覇気に護られて、幽霊どもの毒牙から逃れることができました。
「すげえ、悪霊が寄ってこねえぞ」
『そうですよ。まず悪魔だの亡霊だのの類は。近寄ってこないでしょうねえ』
「なんだこいつは。オモチャのくせに喋りやがる」
『オモチャじゃありません。聖遺物です私』
「おまえって一体なんなんだ? まあいい、便利だからお守り代わりに持っといてやるよ」
『喰わせてくれます?』
「なに?」
『お腹がすくんです私。喰わせてくれたら、ついていきます』
そう言って私は。襲ってきた亡霊をひとつ、するっと吸い込んで食べました。
あまりにお腹がすいていたので、我慢できなかったのです。
「それが喰うってことか? もしかしておまえ、実はかなりすごい奴じゃねえか?」
『喰わせて下さい』
「まあ、これから先悪霊なんぞに出くわしたら、そん時は食わせてやるよ」
『ありがとうございます』
「よし、じゃあずらかるか」
トムは殺しあう盗賊どもをあっさり見捨て。私を背負ってスタコラサッサ。
怨霊どもが跋扈ばっこする修道院跡からとんずらしました。
その足の速いことといったら、あっという間にひと山ふた山越えていき。
朝になる頃には、隣の国に入っておりました。
その当時の島国アルビオンは、数百年の時を経て、なんと七つの王国に分かれておりました。
剣になる前の私が必死に追い払おうとしたサクソン人がどっと入り込み。血が混じりあい。古い血を持つ人々はすっかり呑み込まれるか、島の西の端に追いやられてしまったようでした。
古き民の聖地アヴァロンが灰燼に帰したことも、民族混合に拍車をかけた一因であったのでしょう。
そして人々は。あいも変わらず、相争う日々を送っておりました。
七つの王国の王たちは、我こそは島を統一せんとにらみ合い。
互いに虎視眈々と覇王ブレトワルダの地位を狙っておりました。
しかし共通の敵が現れれば、昨日の敵は今日の友。
人が相争うこの島に、デーン人と呼ばれる新たな民族が侵略してくるようになると。
王たちは協力して、異民族の侵入を防ごうとしました。
…が、なかなかうまくいかなかったようです。
トムが足を踏み入れた国はウェセックスと呼ばれていて。その国のとある街に入りましたところ、街はとても混乱しておりました。
件のデーン人たちに、大々的に攻め込まれた直後だったようです。
北からやって来たデーン人は戦上手。ヴァイキングとも呼ばれておりました。戦舟で乗りつけて戦斧をふりまわす戦士たちは、鬼のように強かったらしく、こりゃたまらんと、街に陣を張っていた王様が逃げ出したそうです。それで街は大騒ぎになっていたのでした。
こいつは稼ぎ時だとトムはわくわく。
避難したり逃げたりした人々の家を漁って、ほくほく。
調子に乗って、王様がふんばっていた砦にまで忍び込んで、ざくざく。
王様が持ち出し損ねたお宝を、ちゃっかりたっぷり盗んでしまいました。
「おっとあぶねえ。ぐずぐずしてたら敵がやってくる」
トムは戦利品をたんまりたんがえて、私を背負ってスタコラサッサ。
デーン人が迫る街からとんずらしました。
あっという間に湿地へ逃げ込み。それから奪ったものを宿代にして、とある農家に一夜の宿を乞うことにしたのですが。
「おばちゃん、ちょっとひと部屋かしてくんねえか?」
戸口から呼びかけますと。いきなり扉がばんと開き。ごろごろ男が転がってきて。あとから麺棒をふりあげたおかみさんが鬼の形相で出てきました。
「ちょっとあんた! ちゃんと見といてくれなきゃ! パンが焦げちまったじゃないのさ!」
トムの目の前でおかみさんは麺棒で男をたこ殴り。
おそろしいことに、本気で撲殺するんじゃないかという勢いでした。
「ちょ、ちょっとおいおい。かわいそうじゃねえか。それぐらいにしときなよ。あんたの亭主かい?」
トムが唖然として思わず止めに入るも、おかみさんはカンカンでした。
「こいつは乞食だよ乞食! 一夜の宿をっていうから親切で泊めてやったのに。宿代代わりに家事を手伝うっていうから任せたら、パンが黒こげだよ。ろくになにもできやしない」
殴られた男はまだ若そうで。しきりにおかみさんに謝っておりましたので、トムはなんだか哀れに思いました。
「まあまあ。こいつの宿代も俺が払ってやるからさ。ひとつ許してやってくんな」
財宝をがっぽりせしめたトムは、気が大きくなっていたのでしょう。
おかみさんに大きな宝石をひとつくれてやりました。
恩を売って乞食の男を子分にしよう。そうちらっと思いもしたようです。
しかし。おかみさんが大喜びで受け取った宝石を見て、男は顔色を変えました。
「そなた、それをどこで手に入れた?」
男は怖い顔でトムに詰問しました。気が大きくなっているトムは、王様がいた砦から盗んだとべらべら自慢してしまいました。
「この宝石こそは我が父より授けられた形見! おのれ、この盗人め!」
男はそう叫んで怒り出し。一緒に泊まっていた仲間数人と共にトムをつかまえしばりあげてしまいました。
なんと男はウェセックスの王様その人で。乞食に身をやつして逃れ、身を隠していたのです。
トムも、そしておかみさんもびっくり仰天。
二人並んでどうか許してくれと泣いて懇願しました。
王様はできたお人でした。
王様はまずおかみさんを許しました。
己れが臣下との作戦会議に夢中になり、うっかりパンを焦がしたのが悪いのだからと。
王様はそれから、何と寛大な王だと感心するトムを許しました。二度と盗みはしない、生涯王様に仕えると誓わせて。
盗んだ宝石は大事な父王の形見でしたので、王様は持ち出せなかったことを悔やんでおられたそうです。
それが手元に戻ったことと、トムがおかみさんをとりなそうとしてくれたことも鑑みて、王様は盗賊トムを許す気になったのでした。
こうして我が第二代目の所有者トム・トンは。ウェセックスの王アルフレッドに仕えることになったのです。
アルフレッド王は賢い上に戦上手でもあり。なにより運命の女神に愛された王でした。
王はただ逃げたわけではありませんでした。
身を隠した湿地の地形を利用して強固な要塞を築かせ。
ちりぢりになっていた軍を再び呼び集めたのです。
そして満を持してデーン人どもを迎え撃ち、大勝利をおさめました。
街から逃げて半年でみごと国を奪還した王は善政を敷き。他王国の支持も集め。ついに七つの王国の覇王ブレドワルダと認められました。
しかしまだまだ、デーン人の脅威は去りませんでした。
アルフレッド王はこの島の民の王として、デーン人と永らく戦いました。
王の臣下となったトム・トンは、私と共に大活躍……したかったのですが。
少年ほどしかない身の丈が災いし、周囲の皆からマスコットとして可愛がられ。
ほどなく、王宮の道化師にされてしまいました。
道化師稼業は天職だったのでしょう。王にすら歯に衣きせぬざっくばらんなその口調と鋭い突っ込みで、トムはお城で大変な人気者となりました。
王はトムを大変気に入り、「我が盟友」とふざけて呼ぶほどでした。
ですがトム本人はといえば。戦で武勲をたてる英雄となる夢を密かに持ち、それが叶わぬことに鬱々の日々でした。
「あーあ、俺はほんとちっせえからなあ……王様、俺を戦に連れてってくんないんだよなあ」
しかしそんな悩める我が主も。ついに英雄になる機会がやってきました。
デーン人どもがこのままではこの島国から追い出されてしまうと懸念して。
アルフレッド王を呪い殺そうと、遠い東の国から魔術師を雇ったのです。
魔術師は王宮にもぐりこみ。王の髪の毛をこっそりひと房うばい。恐ろしい呪いをかけました。
王様はたちまち床に伏してしまいました。
我が主トム・トンはこの時、魔術師の奥さんに恋焦がれ、片想いをしておりました。
トムは遠い東の異国から来た奥さんに、何かと世話を焼いてあげておりました。道化師ということで、奥さんの方も変に身構えなかったのでしょう。二人は大変仲の良い関係になりました。
その魔術師の奥さんがある日思いつめた顔をして。トムに夫の悪行を告白してきました。
魔術師が王を呪っているところを、こっそり目撃してしまったというのです。
片想いのトムは、われこそが魔術師を倒すと大奮起。
たしかにその奥さんは、亡き母親が遠い東の国の王族であったそうで、まごうことなき姫でありました。
宵闇のごとき艶やかな長い黒髪を持ち。
花瞼の中には輝く澄んだ鳶色の瞳があり。
白桃色の頬で、薔薇の花弁のごとき唇。
象牙のごとき白い歯。磁器のような白い肌。細い二の腕に柳腰。
とても小柄で可愛らしい、まるで薔薇の蕾のような人でした。
この小柄で少女のごとき容姿であったということが。我が主トム・トンの心を奪った最大の理由であったことはまちがいないでしょう。
二人は並んでみれば、そんなに背丈が変わらなかったのです。
「どうか悪い夫を倒して下さい、トム・トン」
涙ながらに訴えるその声は小鳥のよう。少し舌たらずなその口調はまさに解語の花。
三十二相完璧にそろっていて趙痩でかわゆらしいことこの上なく。粉黛で上髱で貌佳花で華麗で佳麗で美麗で卵顔で……。
この人が、人様の奥さん? なんで娘じゃないんですか!
ああ、人妻なのが本当に、信じられませんでした私。
妖精。
ええ、たったひと言でいえば。
妖精そのものでした、その人は。
奥さんの懇願に、トムはきっぱり答えたものです。
「たとえ世界が滅んでも。おまえさんだけは不幸にしねえ。俺に任せな」
「ああ……トム! あなた、そこまで私を……」
感極まった奥さんはトムにひしと抱かれました。
我が主トム・トンは。小柄な奥さんとこの時結ばれました。
目の前にいた私は、大変困りました。せめて私に服をかけるなりして、隠すなりなんなりしてほしかったものです。
この時の二人は本当に。まちがいなく相思相愛でした。
それから我が主トムは愛に燃えながら私を背に負い、魔術師の部屋に忍び入りました。
トムは王の病のもとである呪いの触媒、ひと房の王の髪を盗み出し。呪いを解こうとしたのです。
「おまえさんの魔よけの力に期待してるぜ」
『任せなさい。悪いものはどんどん食べさせてもらいますよ』
魔術師の部屋はとてつもなく危険なものに満ちておりました。
一歩足を踏み入れるや。どすどすと短剣が戸口に向かって飛んできました。
二歩足を踏み入れるや。天井から毒のついた針山が落ちてきました。
三歩足を踏み入れるや。悪霊どもがわんさかと沸いてきて、侵入者をとり殺そうとしてきました。
普通の人であったなら、一歩目で死んでいたでしょう。
ですが小柄なトムには短剣も針山も届かず。そして私のおかげで悪霊どもも近づくことができませんでした。
修道院跡から出た時以来呑まず食わずだった私は、思う存分悪霊を喰らいました。
そのおいしかったことといったら!
部屋の奥で寝ていた魔術師はびっくり仰天。
悪霊すら効かないトムに驚きながら、悪魔を封じた壷を投げつけました。
ソロモンの壷とかなんとかかんとか言っていたような気がしますが。
その中には何十匹も悪魔が封じられていて、一斉に飛び出してきました。
みんなすこぶるおいしそうだったので。私は大喜びですっかり平らげました。
そのおいしかったことといったら!
すると魔術師は小柄なトムをひっ掴み。私もろとも、窓から城の堀めがけて投げ落としました。
城の掘には魔術師が城の防衛のためと称して放した怪魚が泳いでおり。
トムはそやつにバックリ喰われてしまいました。
小柄なことが幸いし、トムは噛み砕かれずひと呑みされました。
巨大な魚の中で。トムは三日三晩暴れ、私をがむしゃらに振り回し。
ようやく怪魚の腹を切り裂き脱出しました。刃がなくてもなんとかなるものです。
生還したトムの手には、呪いに使われた王様の髪の毛がしっかと握られておりました。
投げ落とされる寸前に、持ち前の盗みの技で掠め取ったのです。
これで呪いは解けたと喜び勇んだトムでしたが。
城に戻ると魔術師はすでに捕らえられ。首をちょんぎられて城門の飾りにされていました。
そして魔術師の奥さんは――。
「まあトム! 生きてたの!」
なんと。若い家臣の腕の中におりました。
トムが死んだと思い込んだ奥さんは。今度は若い家臣を焚きつけて、悪い夫を退治させていたのです。
トムはカッと頭に血が上り。奥さんを問い詰めました。
すると奥さんは悪びれもせず、ずっと前からこの若者と秘密の恋人同士だったとばらしました……。
「嘘だ! ちくしょう!」
怒りと絶望の余り。トムはその場で、奥さんの首を絞めて殺してしまいました。
たちまちトムは捕まって、地下牢に入れられ。王の裁きを受けました。
かすめ取った王の髪の毛が証拠となり、真に王の呪いを解いた者はわが主であると証明され、恩赦を受けたものの。愛する者に裏切られ、思い余って殺してしまった我が主の心は少しも晴れませんでした。
生きる気力を失くした我が主は王様のそばを離れ、勝手にこっそりデーン人との海戦に赴きました。
鎧をまとい。本物の剣を腰に帯び。魔よけの私を背負い。
敵味方入り乱れる最前線にとびこみました。
トムは舟から舟へと飛びうつり。獅子奮迅の動きで敵を屠りまくり。まるで鬼神のごとく暴れて。
そして。
「俺は英雄だああ!」
ひときわ大きな、巨人のごとき敵の大将に突っ込み。
相手と相打ちになって一緒に海に沈んでいきました。
こうして敵の大将を倒した我が主トム・トンは、まことの英雄となったのです。
アルフレッド王は海に沈んだトムの亡骸を探させ。
海から引き上げて、丁重にロンドンの寺院に葬りました。
そしてトムの背に負われていた私は――。
「いつもトムに背負われていたおぬしは、トムの化身だ。形見として我が玉座にずっと侍ってくれ」
アルフレッド王にそう乞われ。王の玉座の隣にしばしその身を置くことになりました。
こうして私は「道化の剣」と呼ばれ。玉座のそばで王をお守りしたのです。
あの瞬間。
麗しき王の娘。エルフスリュス姫に見初められました、あの時まで。
※アルフレッド大王(849年 - 899年、在位:871年 - 899年)
七王国の時代、イングランドを統一した王として知られる。
※トム・トン
親指トム。童話では小人にしてアーサー王の騎士となる。