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6話 励ます私

『トリオン様……助けられなくて……ごめんなさい……』


 なんと哀しい周波数。

 あれからずっと、我が嫁はえんえんと、トリオンという者の名を呼び続けています。

 トリオンというのは、底なしの泉に落とされて処刑された人のようです。

 濡れ衣を着せられたその者を、どうして助けたかったのかというと……。


『トリオン様……愛してる……』


 僕の妻ー! と叫ぶ王子は本命ではなく。トリオンこそ、我が嫁の意中の人のだったようです。

 つまり我が嫁は。愛する人を助けたい一身でがんばっていたのです。

 それゆえの暴走。無茶苦茶な結界破り。

 あんなに焦って必死になるのも納得です。

 しかしあえなく意中の人は長老六人組に処刑されてしまい。

 もうこの世にはいなくなってしまったのです……。

 


 かわいそうに、我が嫁は、すっかり弱ってしまいました。

 今は「私のもの」呼ばわりしたクソ導師――キュクリナスという長老に捕まっていて。そやつの部屋に監禁されています。

 導師たちや弟子たちの精神波を拾っているうち。どうしてこんなことになったか、分かりました。

 この寺院では、導師が弟子を選び取ってその保護者となり、個別に教育します。

 我が嫁はもともと、あの黒い箱の中身……すなわち、殺された最長老の弟子でした。しかし最長老の死に伴い、師匠がいなくなってしまいました。

 嫁自身は、愛するトリオンが次の師になってくれることをひそかに望みました。トリオンも、師になることを嫁に約束してくれたようです。 

 しかし。長老であるキュクリナスが我が嫁に横恋慕して。このトリオンを嵌めたのです。

 最長老が死に、誰か下手人をでっちあげなければならなくなったその時、トリオンと、その兄弟子であった導師二人に、わざと白羽の矢を立てたのです。

 恋の邪魔者を消すために。

 こうして我が嫁は、キュクリナスの弟子とされてしまったのです。

 ちゃんと弟子として教育してくれたら、まだよいのに。

 部屋から全く出さないなど、とても異常でひどい扱いです。

 私は、必死に嫁の声を聞こうとしました。

 しかしもともと弱かった精神波が、ほとんど捉えられぬぐらいか細くなっていて。 

 聴こえてくるのは、嫁のそばにべったりひっついているキュクリナスの、邪まな精神波ばかり。


『私のものだ……やっと手に入れた……私の混血!』


 混血。

 確かに我が嫁は、外見的には、四分の一ほどメニスという特殊な種族の血がまじっているようです。

 メニスは、人間とは起源も体の構造も全くちがいます。しかし他の生物とおそろしく親和性があり、とても多産です。

 メニスといえば、思い出すもおぞましき、魔王フラヴィオスの一族がとても有名です。

 この一族は、とんでもない色魔ぞろいです。体から特殊なフェロモンを出して、あらゆる生物のオスというオスをことごとく狂わせてしまうという、非常におそろしい体質を持っています。

 中でもとりわけ魔王フラヴィオスは、さすが王だけあって筋金入りでした。

 あの色魔王は、当時でも珍しい純血のメニスでありました。齢は軽く百近くでありましたが、その姿はまったくの幼児。年をほとんどとらないのです。

 奴は三世紀ほど前、エティア王国の王弟をたぶらかしまして。

 あわや王国を転覆させようかという大反乱を起こさせました。

 おかげで当時エティア王であった我が主と私は、毎日毎日ばったばったと反乱軍の兵士をなぎたおさねばならなくなり、目まいのするほどの忙しさ。

 なのに当の黒幕の色魔王フラヴィオスときたら。

 毎日ふぬけの王弟と、キャッキャウフフしながら高みの見物。

 もうむかつくったらありゃしません。

 しかもついにふぬけの王弟を倒し、色魔王を塔のてっぺんに追い詰めたと思ったら。

 最後の最後に、そのフラヴィオス本人に。言い寄られました私。


『うわあきれいな剣ー! ヴィオのオモチャにするう♪』

『だが断る』


 速攻で断った私でしたが。なんと。


――『いいよ。あげる』


 当時の我が主が、突然乱心いたしました。びびりました私。


『え?! ちょ?! ま! 我が主!? 何言ってんですか! ジャスタモーメン!』

『フラヴィオス……君ってとってもかわいいね……。いいよ。こいつ口うるさくって、いいかげんうんざりしてたんだ。君にあげる』

『我が主いいいい! ついにラスボス登場クリア直前って時に、なんという世迷言をかますんですか! こやつのフェロモンを吸っちゃいけません! 口閉じて! 息吸わないで! 三メートル下がってええ!』


 超堅物一生独身の我が主ですら惑わした、フラヴィオスの魔力。おそるべし。

 奴の半径三メートル以内に入った男は、必ずふぬけになってしまいます。

 例外皆無。冗談じゃなく、核廃棄物以上に危険な奴です。

 奴の底なしの色気たっぷりな魔力を。

 喰って喰って喰いまくってがんばりました私!


『ヴィオのオモチャー♪』

『だが断る! 寄るな! 触るな! 手を伸ばしてくるなああ!』


 ああ……あのきったない幼児の手。思い出すもおぞましき戦いの記憶(メモリ)

 剣なんです私。多機能な伝説の武器なんです。

 幼児のオモチャじゃないんです!

 というか……地上に運ばれて気づいたんですけど。

 この岩の寺院の一角に。くだんの色魔王フラヴィオスに似た、変な精神波が漂ってるんですけど……。

 まさか本当に、奴じゃないですよね。こんなへんぴなところに、不老不死の大魔王フラヴィオスがいるわけないですよね。

 奴は数百年前に、私がどついて何とか正気に戻した我が主が、がんじがらめに封印しまして。北五州のさる秘境の泉の底に、どっぷりと沈めたはずです。


『甘露を……もっとよこせ!甘露を!』


 キュクリナスが、我が嫁に催促する精神波がえんえんと聞こえてきます。

 なんと醜い欲望の精神波なのでしょう。

 長命種であるメニスの混血は、体内から甘い蜜を出します。その蜜を飲んだ者は飛躍的に寿命が延びるといわれております。

 クソ導師はきっと我が嫁をベッドに縛り付けて、ぎゅうぎゅう搾り取っている最中に違いありません。

 まったくけしからん奴です!


『だれにもやらぬ。私のものだ! 私の混血!』


 推定四分の一の血の濃さでさえ、このように人を狂わすとは。

 メニスの血はげにおそろしいものです。

 はっ……よもや私も? そのフェロモンに惑わされたとか?

 我が嫁の、そこはかとない乙女のかほりって、まさか、それ?

 ……いやいや。大魔王フラヴィオスの誘惑さえはねのけたこの私。

 そんなに簡単に、メニスの魔力に囚われるはずがありません。

 私と我が嫁の仲は。純粋に運命というものでしょう。そうに違いありません。

 さあ、運命の相手を助けなければ。

 我が嫁に呼びかけて、私の存在を思い出してもらいましょう。

 私を使ってくれれば、クソ導師など一発で消し炭です。


 嫁! 我が嫁! 聞こえますか? さあ、そいつを食わせなさ-い!


『……』


 嫁ー! 美少女ー!


『……』


 なんでだんまりなんですか。聴こえてるでしょうに。勘弁しなさい。


『……』


 んもう! かわいそうな私。ありえないです。大体私を投げ捨てていっちゃうとか。ほんとにありえないです。

 美少女にはもっと、主人としての自覚を持ってほしいです。


『……』


 マジで……ムシ? シカト? なんとカナシイ。悲しいです私。


『……』


 ああ……。我が嫁の精神波は。私以上に哀しみに満ちているようです。

 なんというカナシミ。悲しみ。哀しみ。虚ろ。からっぽ……。

 かわいそうな私以上に、かわいそうな我が嫁。

 そんなにトリオンとやらを失って哀しいのですか。

 それほどに深く深く。そのトリオンとやらを愛していたのですか。

 心が壊れるほどに。


『……』


 解りました美少女。とっととそのクソ導師を連れて来なさい。私のところへ連れてくるんです。そいつが死ぬまで、喰らって差し上げましょう。


『……そいつって……?』


 影です。キュクリナスの精神波に、どす黒い影を感じます。

 ものすごく醜い欲望の塊です。

 その影が乗ってますよ。美少女、あなたの上に。


『……ああ……何かいるね』


 いるね、じゃありません。そんな自暴自棄になっちゃいけません。

 悪者どもに復讐しましょう。そうしましょう?




 一生懸命、我が嫁を励ましました私。何度も何度も呼びかけて。

 ほとんど反応しない我が嫁を叱咤激励しました。

 悪者を喰わせなさいと。復讐を果たしましょうと。

 なのに我が嫁の応えは、生気のまったくないものでした。


『復……讐……?』


 喰わせなさい、早く。ロイハド。サングエ。ち。チ。血。欲しいです私。

 我が主の哀しみは我が哀しみ。我が主の怒りはわが怒り。

 復讐して、すっきりしましょう! 


『怖いこと……言う……。君……悪霊?』


 ちょ……この私、悪い奴認定ですか?

 っかああああ! 前代未聞です! いい奴です私! 剣の神様です私!

 よく見なさい! 美少女!


『僕……女の子じゃ……ない……よ……』


 生きる気力を失った我が嫁の魂は。

 ついにおのが躯から、すぽんと抜け出てしまいました。

 ふらふらと寺院の中を徘徊する幽霊のようになってしまったのです。

 全くあぶなっかしいにもほどがあります。

 私は我が嫁の、美しい菫色の魂を見つけると、音波で誘導しました。

 私のいる、寺院の一階の工房へ。

 四六時中熱い炉が。ガンガン燃えておりますところへ。

 四六時中変な白髭のじいさまが。ガンガンハンマーを打ち下ろしておりますところへ。

 他の武器どもは、結界破りの際にボロボロになりましたが。

 私は全くの無傷です。強いのです私。最高なのです私。

 唯一無傷の美しい我が雄姿を見れば。きっときっと、やる気を出してくれることでしょう。

 さあ嫁! 私を見るのです! 工房の壁に立てかけられた我が雄姿を!

 え。

 いや。ちょっと。

 そっちの作業台の、ボロボロの槍じゃなくて。

 私はこっちですってば。


『ごめんね槍さん…』


 菫色の魂である我が嫁に見つめられ。謝られ。ロンギヌスさんがぽっと刀身を赤らめました。

 ううう。違いますってば。こっちを、私を、見てくださいよう…。


――「聖槍ロンギヌスもあの結界は破れなんだか」


 お。白髪のじいさまがハンマーをふと止めて。ちらとこちらに眼差しをくれました!

 これで我が嫁も、私の方に注意をむけてくれるでしょうか。


「やはりおぬしは人智を超えておるのだな。鋼を断つ神デウス・エクス・カリブルヌスよ」


 いやそれは本家の方の名前で。私のはもっと長いんですけど……。


『エクス・カリブルヌス……?』


 おお。でも我が嫁が反応してくれました。やっと我が嫁の注目がこちらに!


『よかった……君は(きず)つかなかったんだね』


 当然です! 強いんです私。

 さあ迎えを! 早く私をお迎えしなさい、美少女! 生身でここに来て。私の柄を握るのです。


『また来る……当番で……』


 また来る……ですと! おおお! 直にここに来るということですね。やった!

 待ち遠しいです私。ついに美少女の手に取られる日がくるんですね。

 嬉しいです私! ああ、その時が待ち遠しいです。

 ロイハド。サングエ。ち! チ! 血!

 血の復讐を!




 次の日ついに我が嫁は。

 魂だけではなく、ちゃんと生身の躯つきで工房にやってまいりました。

 しかし、自力では来れませんでした。

 なんと。足が不自由になっておりました。

 我が嫁の「所有者」であると主張するあのくそ導師キュクリナスめが。部屋から逃げられないようにと、嫁の片足を潰してしまったのです。

 我が嫁はキュクリナスに抱きかかえられて、工房に入ってまいりました。

 武器の修理と工房の手伝いをさせて、封印所荒しの罪の償いをするようにと長老たちに命じられたのです。

 しかしなかなか、キュクリナスが立ち去ろうとしません。我が嫁のそばを離れたがらないのです。

 キュクリナスの銀色の目は、まさに気狂いのごとく血走っておりました。

 これは、メニスの血のなせる技です。あのおそろしい魔王の一族の血は、かように人を狂わせるのです。まことにまことにおそろしいものです。

 好きにさせていると、ますます嫁は束縛されてしまうばかり。

 むうう。早くなんとかせねば……。

 幸い、今回は白髪のじいさまが、キュクリナスをなだめてなんとか追い払ってくれました。そしてこの工房の主は、我が嫁に命じました。


「聖槍ロンギヌスを接いだ。神の子を刺し、その血を吸って神力を得たと言われる槍だ。今日はそれを磨け。己が暴挙を思い起こし、懺悔しながら」


 白髪のじいさまは導師にしてとても器用な業師です。名前はゼクシス。

 瀕死のロンギヌスさんを徹夜で治しておりましたが、とても腕がよいです。

 ぶっちゃけ、私を作った人よりはるかに腕がよいです。

 ゼクシスのじいさまには三人弟子がいます。でかいのと前髪長いのとおどおどしてるのと。彼らは午前中いっぱい、神器の修理を手伝っておりました。

 しかし今、工房には。じいさまと我が嫁だけです。

 弟子たちは午後の時間にはいません。他の仕事をするために工房を空けてしまうようです。

 我が嫁はひとりで一生懸命、ロンギヌスさんを磨きはじめました。

 むうう。ロンギヌスさんが、またでれでれと刀身を赤らめています。

 そんな奴より、私を磨きなさい美少女。


『ごめん、でも命じられたから』


 ムシしなさい。ムシ。シカト。しらんふり。


『そんなわけに……いかないよ』


 いくもなにもあなたは我が主。復讐はどうしたんですか復讐は。

 さっさと我が柄を握りなさい。

 足が不自由だろうがノープロブレム。

 主の命令を受ければ、自在に動けます私。

 あなたの杖でもなんにでもなれます私。

 あなたを乗せて飛ぶことだってできます私。

 スーパースペシャルスプレンディッドな機能満載です。私、百の機能(ヘカトン・ガジェット)を持っているのですよ。任せなさい。

 さあ、血の贖いをさせに。まずはキュクリナスのもとへまいりましょう!



 我が嫁はうん、うん、と相槌を打ってはくれるのですが。

 ずっと槍磨きをしているばかり。

 ああもう、そんな真面目に一所懸命磨いちゃって。

 なんていい子なんでしょうか。惚れ直しちゃうじゃないですか。

 いや、もっとはっちゃけましょうよ! 怒りを抑えてはいけないですよ!



 えんえんと励ましました私。ついに丸窓には、傾いた日の光が差してまいりましたが。それでもあきらめず。励ましました私。

 しかして我が嫁は……槍を磨く手を止めず。


『んもう!もっと勇気出しましょうよ!

 邪魔する奴はみんな倒しちゃえばいいんですよ!

 ほらそこで胡坐かいて監視してる白髪のじいさまだって。

 私にかかれば、ちょちょいのちょいで突破できますって』


 ――と訴えましたとたん。

 白髪のじいさまがくわっと眼を開け。のそりと立ち上がりました。

 うわ。まずい。もしかして、声大きすぎました?


 我が嫁がじいさまに槍を見せますと。じいさまは「よく磨けている」と言いました。それから。


「誰かと話していたか?」


 やっぱり聞こえていたようです。さすがは幽霊の声も聞けるといわれる導師。なんとするどい地獄耳。

 我が嫁は頭を横に振りまして。口を開いて答えようとしました。

 いやあ! 言わないで! ばらさないで! だめだめだめだめ!

 ですが。我が嫁から言葉は出ませんでした。

 話したそうなのですが。なぜかどうしても声がでないようです。

 じいさまが哀れみの眼差しで、我が嫁を見つめています。

 え……まさか……。


「声を失うたか」

「……」


 深くうなだれる我が嫁。

 想い人を失った我が嫁のショックが。よもやここまでとは……。

 


 むうう、許すまじですね、長老六人組。

 これは絶対絶対、倒さねばなりません。

 我が嫁を、自由にしなければなりません。


 ロイハド。サングエ。ち! チ! 血!

 血の復讐を!




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