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61話 サンテクフィオンと私

 おや? なんだか家中が花の香りでいっぱいです。

 綿毛が飛んでませんか?


『今日もまた、サンプル持ち込んできたな』


 マエストロがちょっと不機嫌に仰いました。白い雲間で、私を抱っこして頭を撫でながら。


『花の品種改良にはこんなに熱心なのに、どうしてその興味を鍛冶方面に向けてくれないんだろうね? 同じ技術畑の仕事なのに』

 

 マエストロのご不満の矛先は、カンナの子アイメル・サンテクフィオン。

 我が嫁、白の癒やし手レクリアルが名づけた子は、心優しい父の気性と母の賢さを受け継いで、すくすく育ちました。

 マエストロにしてみれば、彼を鍛冶師にして私の刀身を治してもらいたかったらしいのですが。我々が再三誘ったにもかかわらず、アイメルはトオヤの街の役人になってしまいました。

 高齢を理由に退職した都長カイザリオンの推薦を受けての就職であり、カンナの子は結局このアイメルただひとり。

 奥手のカンナをかんがみるとメティがアイメルを宿したのはやはり奇跡としか思えません。お堅いカンナは奥方のことを「メティ」とはかたくなに呼ばず、普段は手を握ることもできず、いまだに敬語。

 そんな父親に息子は大変不満だったようで、ついにはひと騒動起こすこととなりました。

 役所づとめのアイメルは、「愛の花」と呼ばれるとても永く咲く不思議な品種の花を作り出そうと、一所懸命花の品種改良に取り組み始めたのでありました。

 

「トオヤの街を、冬でも花が枯れない常花(とこばな)の都にしようと思うんだ」


 という、なんとも模範的な動機の裏には。「父さんと母さんとの間にある壁を取り払う!」というひそかな野望があったのです。

 というわけで、カンナの家は、一時期アイメルが持って帰ってくる花であふれました。

 アイメルが両手いっぱいに試作の花を抱えて帰ってくると、この家の奥方は嫌な顔ひとつせずそれを小分けの束にして、リボンを編みこんでポプリを作り。家に飾ったり市場で売りました。


「アイメル、お花の開発はどう?」

「香りはいいけど、咲く日数をもっと長くしたい」

「花は、散るから美しいのよ?」 

「でも母さん、俺はこの花の花言葉を、『永遠の愛』にしたいんだよ。だからできるだけ、いつまでも枯れない花を作りたいんだ」

 

 アイメルは何度も、カンナの家の食卓で力説しました。

 永遠なるものを作りたいと。


「それにね、この花を贈って恋人に告白すると、必ず結ばれるっていう。そんないわくのある花にしたい。役所で大々的に宣伝したら、観光客も増えるだろう。トオヤの街は縁結びの街として有名になるかもね。となると、この花を贈られる第一号の女性って、伝説的な存在になる。ねえ、父さん」

「そうだな。そろそろ、夕餉をいただけませんか、アマメチカさん」 

「はいはい」

「まったくもう! 父さん、いいかげん母さんに対して他人行儀は止め――」

「黙ってアイメル。いいのよ」

 

 アイメルの仕事には、街の観光業務に力を入れる父も全面的に協力いたしました。そこで息子はじわじわと父親のカンナを煽り始めた……というか、焚きつける作戦に出たのであります。


「この花には、よき力を付与させたい」 


 策士な息子は父親にかけあいました。


「この花を贈られる第一号の女性って、誰になると思いますか? やっぱり世界で一番美しいって思われる女性に贈られるんでしょうね」

「そうだな」

「役場で公募しませんか? 完成した花のお披露目式ってのを開いて、そこでカップル男性に花を贈らせたら、街の宣伝にもなりますよ」

「そうだな」

「父さん、大陸全土に、花とこの街を宣伝してもらいましょう!」

 

 この「愛の花」はりんごのような香りがする花で、カンナ親子が満足してこれで完成だとするまでには、実に十年以上かかりました。

 咲く期間を飛躍的に延ばす技術をこっそり伝えたのはだれあろう、マエストロです。


『僕の師匠だったらもっと効率いい術式を使ったんだろうけど。僕は有機化学と遺伝子工学は少し齧ったぐらいだからね』


 などとおっしゃりつつも。百日以上も咲き誇るという奇跡の花の誕生に手を貸してくださいました。

 幾度も役所の庭でこれはとおもう種を育て、咲かせた末に、ほんのり虹色に咲く白い花をついにこれで完成体であると認定した時。

 アイメルは大陸中から殺到した何万通というカップル応募の中から、厳正なる抽選で三組選んで街に招待し、花のお披露目式を開催いたしました。

 貴族からひと組、庶民からひと組、それから神々? からひと組。

 と階層が上手く振り分けられていたのは()きことでありました。

 私としては、応募に落ちた黒髪をなぐさめている我が嫁レクリアルのお姿が、実に実にかわいらしかったのが一番印象に残ったものです。

 しかしそのイベントの前夜、アイメルは。完成した花としていっとう始めに役場の畑に咲いた一輪を、こっそり父親のカンナに手渡したのでした。

 公表されない四組目。これぞ役得、開発者の特権をふりかざし、アイメルはカンナに真顔でささやいたのです。



「父さん、これをだれに渡すべきか分かってるよね?」


 

 息子が何のために長い歳月をかけて花を作るのに没頭していたのか、カンナはここにきてようやく悟り、ごくりと息をのみましたが。生まれ変わっても心優しいこの者は、息子に感謝しつつも差し出されたその花を固辞したのでありました。

 

「これは、必要ないぞ」

「でも父さん! 父さんは母さんによそよそしすぎる。だからこの花を渡してせめて本当の気持ちを――」

「アマメチカさんには、もう渡してる」

「え?!」


 カンナはゆっくりもう一度言いました。

  

「もう、別のものを渡してる。告白もしたし」

「嘘でしょう?」 

「いやほんとに。おまえを作った夜に、渡した。二番煎じはきかんだろうに」

「つ? 作った夜に?! そんなのきいたことないっ」

「なんでお前にいう必要があるんだ? まぁ気持ちだけはいただく。ありがとうな」

「そんな……じゃあ俺は一体今までなんのために……」

「この花は、おまえの大事な人にあげるのが良いんじゃないか?」 


 固まる息子にカンナはにっこり笑い、楽しそうにバシバシ肩を叩きました。


「いるんだろう? 心に決めた相手が。その子に渡さなくて一体どうするんだ? それで勝負して来い、アイメル・サンテクフィオン。おまえもずるずる逃げてないで男になれ」





 あの時のアイメルの呆け顔を、私は一生忘れないでしょう。

 ようやく自分の父親の気持ちが分かった、息子の反応が面白くてたまらんかったと、カンナは後になってしみじみ申したものです。

 花を意中の恋人に捧げたアイメルは、めでたく求婚を成功させ。その年の暮れには結婚式を挙げました。しかしカンナが「アイメルを作った夜」に細君に何を渡したのか、カンナどころかメティもひとり息子に決して教えませんでした。

 私は……実は少し知ってますけどね。

 アイメルを作った夜――

 その日の夕方まで、カンナは出張で外国に出かけておりました。

 数週間外泊する予定でしたが、その合間に街で火災が起きました。

 十戸ほどの家が焼けるという大惨事となり、これを察知した我が嫁レクリアルが、天の島からカンナに知らせました。

 というのも、ちょうど夫の外泊に合わせて里帰りしていたメティの実家が被害に遭っていたのです。カンナはただちに予定を繰り上げ、街へとすっとんで帰りました。メティとその親族の無事を確認するや、へなへなとその場に倒れこむほど、無我夢中で。

 その夜こそが、「アイメルが作られた夜」とあいなったわけなのですが。

 その翌朝、メティはこの上もなく嬉々として、首にかけた金の鎖をしきりにいじっておりました。彼女が胸元から取り出したその鎖の先には、丸くて平たい虹色の宝石がひとつ。

 それはカンナが出張先で細君への土産にと買い求めていたもので、メティは夫婦の床の中でその贈り物をもらったのでありました。

 嬉しさのあまり、メティは台所の窓から差し込む朝日に透かして、虹色の宝石をしばしうっとり眺めておりました。裏に何か名前のようなものが刻まれておりましたが。残念ながら遠くて私にはよく見えませんでした。


『拡大して見ればよかったのに』


 そんな野暮なことできませんよ、マエストロ。


『まぁ大方、愛してるとか、そんな言葉が刻まれていたんだろうね』

 

 そうでしょうね、きっと。

 カンナは、普段言えない心の内の言葉を刻んで渡したに違いなく。メティは大切に大切に、その首飾りを胸元に隠すようにずっと身につけておりました。

 かように夫の本心は十分に知っておりましたので、何十年経ってもぎこちないカンナに愛想を尽かすことなく、愛情たっぷりに尽くせたのでしょう。

 トオヤの街がますます発展し。アイメルが父に続いて三代目の都長となり。齢九十の翁となったカンナが、天に旅立っていったあとも。メティは決して、夫からの贈り物をだれにも見せることなく、胸にひそかに抱き続けました。

 母が天寿を全うし、夫のあとを追うように旅立っていった時。

 アイメルはようやく、その贈り物に気づきました。彼は宝石の裏に刻まれた文字を見るや声を上げて泣きだし、母の棺にその首飾りも一緒に入れて荼毘にふしました。

 首飾りにどんな言葉が刻まれていたのか、私はアイメルにあえて聞きませんでした。

 聞くのは野暮なことだと、分かっていましたし。メティと結婚してからのカンナの気持ちは、毎日脳内妄想を見せられるぐらい十分に知っておりましたから。


『幸せな、相思相愛の夫婦だったね』


 ですよね、マエストロ。


『僕らみたいに』

 

 ええ、そうです。まさしくそうです。

 まさに、私たち、みたいに――。

 



 

 アイメルが作り出したうっすら虹色に輝く「愛の花」は、トオヤの花畑で一年中咲き乱れるようになり。癒し神レクリアルを祀った庵の前には、この花の株がずらりと植えられました。

 アイメルは「愛の花」だけでなく新しい花を次々と生み出して、街の人々に栽培させましたので、トオヤの街は彼が望んだ通り、百年たたずして大陸で有名な「常花(とこばな)の街」となりました。

 天へ昇ったカンナはというと。

 それからまたしっかり生まれ変わってきて、私と幾度か巡り会いました。彼はトオヤの街がことのほか好きだったようで、転生の何回かはこの街に再び生れ落ちてまいりました。

 子孫にめぐまれたアイメルの一族はサンテクフィオンという家名を名乗るようになりましたが、とくにひ孫にあたるアシリ・サンテクフィオンこそは、かのカンナの生まれ変わりのひとりでありまして、のちのち大陸一と謳われる大鍛冶師となりました。

 この子を鍛冶師にしようと目論んだのは、他でもないマエストロです。


『昔のよしみじゃないか』

「なんだよそれえええ! しらねーよ!」


 とまあ、変な勧誘の仕方ではありましたが、問答無用でまったく遠慮なしにびしばし鍛えあげた結果――

 アシリはアダマンタイトを何万回と打って私の刀身を見事に鍛え上げ、ついにはこの私に「蒼きかまいたちの戦神」というふたつ名を持たせることになるほどの、名工にして戦士となったのでした。

 こうしてかのフィオン――心優しいカンナはそれからもたびたび、サンテクフィオン家に生まれ落ちてきて。子孫の行く末を見守る、ということを無意識に繰り返すようになったのであります……。

 





――「ふうん。それがあの、サンテクフィオン大公家の由来なの?」


『……はい』

 

 その日。


 私は永い永い話をいったん終えて、ふうと一息つきました。 


『サンテクフィオンといえば現在は、ご存知大陸一の鍛冶ブランド、超一流の銘をもつ、重鉄工会社ですよね。いやぁほんと、いつのまにやらでっかい会社になったものです』

 

 目の前に子どもがひとりちょこんと座っていて。美しい鞘に収まった私を覗き込んでいます。

 もつれた銀髪。白い肌。

 その子の左目は失く。いたましい病の跡が左半分の顔を蝕んでおりました。しかしそんな跡など気にならぬほど、その子の右半分の顔はとてもかわいらしく、声も小鳥のようでした。

 

「あなたって……ほんと物知りなのね。トリオン先生のおうちの片隅に、こんなおしゃべりな剣があるなんて」 


 ここは大陸の内海に浮かぶ小さな島の、小さな村のはずれにぽつねんとあるほったて小屋なのですが。そこの住人がちょっと子守りしてろと私に命じて、この子どもを置いていったのです。あやつは、今は私の主人じゃないんですけどねえ。でも子どもがとてもかわいいので、よしとしましょう。

 英国紳士は、誰よりも寛容なのです。サービスも満点。

 

『ねえマエストロ、ちょっとこの子に、アシリ・サンテクフィオンの鍛冶の腕がどんなにすごいか説明してやってくださいよ。私に刀身をつけた彼が、黒髪の銀の杖に超うるさい幽霊封じ込んじゃったのってすごかったですよねえ。黒獅子の皇帝陛下をスメルニアから追い払ったこともありますしー』

『ん……ごめんエクス、僕ちょっと眠いから。またにして』

『んもう』


 カンナの時代から――五世紀ほどたちました。

 でも、私達は、元気です。

 マエストロは最近寝てばっかりで怠惰ですが、私をだっこしてぎゅうと抱きしめるのが大好きです。


「お話が大団円でよかった。それじゃフィオンは時々元気にこの世に生れ落ちてきていて、レクリアルは、今でも天の島に魔人になった黒髪さんと二人でいるんだね」

 

 片目のない子どもは、にっこり笑顔を浮かべました。

 ああもう。ほんとにかわいいです。美少女ですよねえ。

 この小屋の住人が数日前に拾ってきたばかりだそうですけど。なんだかもうやばい感じです。

 私としては、「逃げてー、全力で逃げてー!」と申し上げたいのはやまやまなのですが、たぶんここの住人は、もう永遠にこの子をそばから離さないでしょう。

 たぶんこれから禁呪の刻印でも魂に穿って、何度生まれ変わろうが記憶を失わせることなく、どこのだれか一発で分かるようにしてしまうつもりでしょうね……。

 

『それがですね。我が嫁レクリアルは、しばらく黒髪と幸せに暮らしておりましたが、ほどなく世界を救うために命を捧げたというか、なんというか』

「うそ、まさか死んじゃったの? どうして? 不死の時の王になったのに?」

『その、やはりアイテリオン同様、自分の子に喰われたというか、喰わせたというか……』

「子供、できたの?!」

『黒髪が勝手に作った分身ですけどね。大陸におそろしい災厄が落ちてきたとき、本当はその子が、この大陸を救うために犠牲となる運命だったのです。でも我が嫁は黒髪の首をしめようとするぐらい大変怒りまして、その子を助けるべく、ご自分が犠牲になりました。それで黒髪は哀しみのあまり天の島を封印してしまいまして、亡くした最愛の人の生まれ変わりを探すべく、大陸中を放浪するようになり……』

 

 私は慎重に言葉を重ねました。


『まあ、いろいろありまして……本当にいろいろありまして、今も、探し回っているのです』

「そんなことになったなんて……レクルー、早く見つかるといいね」


 子どもは哀しそうに右の目を伏せました。


『大丈夫ですよ、黒髪は――』

 

――「トーリ先生が女の子拾ったって本当か?」 

 

 突然。私の言葉をさえぎるように小屋の扉をばむんと開け、快活な金髪の少年がいきなり中に入ってきました。


『ちょっと。ノックぐらいしなさいよ、ぺンタ・サンテクフィオン。あんたがいくらサンテクフィオン重工の御曹司だからってですねえ、ここは他人の家なんですよ』

「ふん、家出剣は黙ってろよ。うちの冷暖房完全完備な宝物庫から突然脱走して、なんでここに居座ってるのかほんとわけわかんないよ。うわあ、なにこの子? 顔半分ぐちゃぐちゃ。きもっ」

  

 ちっ。うるさいですこのクソガキ。

 せっかく長話で引きとめてたのに、怯えさせないで下さいよ。


「トーリ先生は、こんな子を俺達の学校に連れてくるつもりでいるわけ?」

「あ、あの、あの……先生の、教室には、その、できればでいいんですけど……入れて、もらえたら……」

「俺はやだ。おまえ来んなよ。絶対来んなよ? 来たらいじめてやるからな?」


 黙りなさいってクソガキ! 不躾に指さすなんて。この子を泣かせないでくださいよ、逃げちゃうじゃないですか。


「ご、ごめ……ごめんなさい。教室には、行きません……それじゃボク、か、帰ります」

 

 ちょっと待ちなさい。帰りますってどこに? あなた自分の家ないでしょう?


「さよなら。お世話に、なりました……」


 いやさよならって。それ、無理ですよ。絶対無理ですってば。


「ひゃ?!」


 ああ、転んだ……


「なに……これ!? 足になんかひっついて……」

「あははは。なんだそれ、鎖? なーんだおまえ、奴隷か。先生ひと筋の姉様が泣いてたからどんな子かと思って見にきたら、ただの犬っころか。心配して損した。じゃあな、絶対学校に来るなよー」


 塩! 塩どこ塩ーっ!

 玄関に撒いてやりますよ、もう! 

 って、私、手がないんでした。もう! ちょっと、作った人!


『ん? なに、エクス』


 マエストロ! 塩撒けるように両手が欲しいんですけど!


『補助アームなんて美しくないよ、エクス。このままで十分、君はきれいだよ。ふわぁああ』


 うがー! でもあの脳たりん跡継ぎむかつくんですう! 

 やっぱりあれですね、サンテクフィオン重工を継ぐのは腹違いの弟の方で決まりですね。

 心優しいフィオン=カンナの生まれ変わりですから、間違いありませんよ。孫の家系の不始末をまた尻拭いしてもらうってことにしましょう。

 さて、どんな風に経営陣に手を回しましょうかねえ。

 世界一の大企業サンテクフィオンの大株主にして影の理事長たる私にできないことはなにもありませんよ。ふひひひひ……ってもとい。

 まずは、こっちのフォローをしないと。

 あの……お願いですから、もう泣かないで? 


「なに……なに、これ……おうちを出ようとしたら、急に足に浮き上がってきたよ? なんなの?」


 すみません、落ち着いてください。えっとそれ、束縛の鎖っていう黒の韻律の技です。ここの住人、ちょっと頭逝っちゃってるのですみません。  


「や、やだボク、ここから出たい……」

 

 ごめんなさい。それはもう無理だと思います。


「レク!!」

 

 ほら来た。帰ってきましたよ。ここの住人が。肩で息してますよ。猛烈な勢いで走ってきましたよ。


「今ここから出て行こうとしたな? 鎖の波動を感じた」 

「や、やだ……トーリ先生、これなに? ボク、お外に出たい」

「だめだよレク。顔の治療をさせてくれる約束だ」 

「レク? 先生なにいってるの? ボクちがうよ。それに治んない。こんなの治んないよ……いくら癒やし手のトーリ先生でも……ふぁ!」


 黒い衣を来たここの住人は、子どもを引っ張り寄せてぎゅうときつく抱きしめました。 


「こんなのすぐ治せるよ。左目にはちゃんと眼を入れようね。奇麗な紫水晶のにしよう。視神経につないで、本当に物が見えるようになるのを作ってあげる」

「せ、せんせ……ん……ふぁ……ふ……!?」


 あー。勢いに任せて口づけしてる。

 仕方ないですね。ずいぶんとお預け喰らってましたから。百年ぐらい。


「レク……レク……ひと目でわかったよ。愛してる」

「あの……先生、ボク、違……」

「レクでいいんだよ」


 ちょっと、かわいそうにそんなに迫らないでやってくださいよ。この子、怯えてますよ。

 すっかり記憶無いんですから、いきなりレクレク言ったってだめですってば。ほら、レクリアルの身代わりにされてると思って、すごく傷ついた顔してるじゃないですか。

 この子レクリアルとして死んでから、もう二、三度は生まれ変わってますよ。

 永遠に死なないあなたとはちがうんですよ、黒髪。

 ちょっと聞いてますかぁ、黒髪。

 もしもーし? その子の服脱がさないで聞いてクダサーイ。


『よかったね、レクの生まれ変わりがやっと見つかって。あの子がまた死んだ時、黒の導師は完全にこわれるかと思ったけど』

 

 あ、マエストロ。起きましたか?


『遺言が効いたかな』


 我が嫁レクリアルは、死を覚悟したときに黒髪に懇願しました。

 どうか、自分の生まれ変わりを探し出してくれと。

 

『またお嫁さんにしてください、だっけ?』


 マエストロはくすくす笑いました。 


『子どもが生まれるといいね。前よりもたくさん。子々孫々、栄えたらいい。カンナの、サンテクフィオンたちのように』 


 そうですね。私もそう思います。


「せ……せんせ……?」

「レク……もう離さない。離さないから」


 きっとそうなるでしょう。二人はまた幸せになるでしょう。

 

 今度は。

 永遠に。

 

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