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5話 聞いちゃいました私

 それからしばらくの間。

 私は、瀕死のロンギヌスさんや草薙さんたちと共に、暗い岩の穴の前にうっちゃっておかれていました。

 草薙さんが、村正さんを探す泣き声を聞いておりますうちに。

 我が嫁とその彼氏?が消えた穴の奥からぞろぞろと。なんとも面妖な方々がやってきました。

 全身真っ黒い衣を来た導師どもです。

 ひとり、二人、三人……六人もおります。

 導師たちは、なんと猪突猛進していった我が嫁とその彼氏を、ぎっちりがっちり捕獲しておりました。

 ああああ。

 我が嫁の。「大人の階段を昇るぞ」大作戦は、素敵に大失敗したようです。

 我が嫁たちをひったてる導師たちは、洞窟の入り口に横たわる私ども――聖遺物の武器の山を見て。驚いて立ち止まりました。


「むう、これは……」

「こんなにたくさん、どこから出してきたのだ?」

「よもや第六倉庫の武器では?」

「ああ、たしかにこの槍には見覚えが」


 穴の奥にはすでに、この導師様たち六人がいらっしゃって。

 我が嫁は、飛んで火に入るなんとやら。

 しかもなんとずぶ濡れになっていて。そのこわい大人たちのひとりに抱えられている状態です。

 ん? たしかこの導師は。

 前に我が嫁と一緒に宝物庫にやって来たくそ導師じゃありませんか。

 我が嫁にしつこくベタベタしていた奴です。


「泉に飛び込むなど無謀なことを……私の混血、目を覚ませ」

 

 くそ導師は、我が嫁にしきりに頬ずりしています。


「咎人たちの方は、ちゃんと沈んで何よりだ」


 くそ導師の言葉に他の導師たちが同調します。


「重りがついておりますゆえ、確実に処分できたはず」

「韻律を封じる猿轡もかませておりますからな」

「しかし驚くばかりだ。この封印所の結界を破ってまで、咎人たちを助けようとするとは……」


 え。

 

 よもや我が嫁は誰かを助けるために?

 それで泉に飛び込んで、ずぶ濡れに?

 でも救出に失敗して溺れかけて、意識を失ってしまったというわけですか?

 『大人の階段昇るぞ大作戦』じゃ……なかったんですか!

 だだだだ、大丈夫ですか我が嫁よ!

 私はあわてて、美少女の精神波を拾おうとしました。

 しかし。

 こんなに近くにいるのに、全く補足できません。

 あわわわ、我が嫁、魂がすっぽんと抜けてるじゃないですか!

 代わりにこわい大人の方々の思念が。有象無象に飛び交って聞こえてまいりました。


『小ネズミがしゃしゃり出てくるとは』

『また厄介なことになりそうだ。さてこの子らはどう処分しよう』

『しかしここにいる者らは一蓮托生の身だな』

『また罪を犯してしまうことになるか……いたしかたない』

『だが邪魔者は始末できた。この子はついに私のものだ』


 我が嫁を抱いてるくそ導師が。ニマニマとほくそえんでいます。


『私のものだ』


 うわあ。めちゃくちゃ嫌な予感がいたします。

 しかしこの導師たちの思念を聞いていると、なんだかとても偉そうな方々だというのに、悪人どもの群れに見えて仕方ありません。

 特に我が嫁の彼氏?くんを取り押さえている金髪の若い導師ときたら。

 飛びぬけて野心満々、腹黒さ百点満点。


『最長老殺しの罪は、邪魔者にかぶせてすっきりさっぱりだ。あとは我が宿敵をつぶすのみ。ついに寺院は我が物となろうぞ』


 うわあ……。まるっきり悪役のセリフを。なんだか聞いてしまいました私!


「放せセイリエン! レクルーは生きてんのか?!」


 悪役な金髪導師に彼氏?くんが必死にじたばた抵抗しています。


「たった今そこなしの泉に落とした二人は、無実なんだろ? 最長老様を殺したのは、本当はだれなんだ? おまえなのか?」


 彼氏?くんは鋭く導師に問いましたが。残念ながら仔猫のように首根っこをつかまれてしまい、逆にお説教されてしまいました。


「私に命令できる立場ではないぞ、レグルス・アウストス。なんという無茶をするのだ。しばらく独房に入って頭を冷やしてもらおう」

「こら! なにするんだっ」


 セイリエンという名の金髪の導師は、彼氏?くんをサッとたんがえて。さっさとこの場から連れ去ってしまいました。

 ん? 『レグルス・アウストス』?

 たしかそれは何かの称号だったはず。ちょっと記憶がおぼろげなので、我が内臓のアカシックレコードでググッてみましょう。

 ああそうそう。南の王国ケルティーヤの王位継承者。すなわち。次期大君となる者に与えられる称号ですね。

 ということは。「僕の妻ー!」と叫ぶあの彼氏? くんって。王子様ってことですか!

 わけありで、この寺院の導師見習いになってるってことですね。

 ということは我が嫁は。王子様に見初められてるってことですか?

 なにそれ、なんてシンデレラ?

 我が恋敵が王子とは、さすが我が嫁です。惚れ直しました私。


「しかし聖遺物を持ち出して使用するとは…」


 現場に残った偉い導師の方々が。私や瀕死の聖遺物の周囲で頭を寄せ合い。

 ひそひそひそひそ、不穏な話しを始めました……。


「空恐ろしいことだ。ほとんど壊れているではないか」

「このままではいずれ、最長老殺しの真犯人をつきとめられるぞ。我々の罪が暴かれる前に口封じをした方がよいのでは?」

「罪だと? 我々はただ、見守っていただけだ。セイリエンの弟子が勝手に若い導師を操って、あの方を殺めさせたのを」

――「止めなかった罪、というものですよ」


 我が嫁を抱きかかえるくそ導師が、ニヤリとして言いました。


「殺人を黙殺することは、すなわち黙認したということ。法的には、有罪ですな」


 するとすぐに導師様たちは反証を始めました。


「しかし最近の最長老の暴走ぶりは、目に余るものであった。我々は寺院の安寧のために、殺しを黙認したのだ。そして。最長老の死の真相を暴こうとした者は、処分するのが妥当であろう」

「しかし王太子には利用価値があるぞ。無下に殺すのはもったいない」

「なに、魔法でいかようにもできましょう。意志を奪って操るなど簡単なこと」

「む……なんとこれは、戦神の剣では?」


 どき。なんか導師の方々の驚きの視線が。一斉に私に向いてるんですけど。


「なんとこれも持ち出したというのか……」

「信じられぬ」

「つまりどちらかが。この剣に選ばれたというのか?」

「まさか剣の英雄がこの寺院から出るとは……」

「厄介ですな」

「やっかいどころか、由々しき事態ですぞ」

「英雄など、この世にはいらぬというに。争乱を巻き起こすばかりで少しもありがたくない」

「まったくですな。この世に剣の英雄が現れては非常に困る」

――「きっと剣を手に取ったのは王子の方でしょう。ここに亡命してきてから、ずっと探っていたようですから」


 我が嫁を抱えているくそ導師が。そう断言しました。


「もし万が一私の混血が剣の所有者だとしても。これは私の所有物ゆえ、その処遇は持ち主である私が決めます」

「しかしキュクリナス殿」

「これは、私のものですからね」


 くそ導師。なんだかおかしいです。ぎりぎりと我が嫁を抱きしめてます。

 混血と、呼んでいますね。

 なるほど。たしかに我が嫁は純粋な人間ではなさそうですね。

 菫の瞳がなによりの証拠、それはメニスと呼ばれる異種族特有のものです。

 きっとくそ導師は我が嫁にぞっこんで、何があっても我が嫁に咎がいかぬようにしたいのでしょう。

 南王国の王太子にこの長老級の導師。

 むむむ、私のライバルが続々と出てまいります。強敵ぞろいです。

 くそ導師は我が嫁に頬ずりしながら、きっぱり言いました。


「これらの聖遺物は、私が管理する場所から出されたものでしょう。私が工房に運び入れ、業師に修理させます」

「しかしキュクリナス殿、寺院のためには……」

「方々。むやみやたらと処刑を続けては、周囲にいっそう疑われますよ。今回最長老殺しの犯人として処分した者どもとて、実は無実であるのを、こうして感づかれているわけですから」


 それからくそ導師は、サッと我が嫁を運び去って行ってしまいました。

 残されたのは四人の導師。なんだかまた頭を寄せ合って。ひそひそひそひそ、話し始めます。


「これはややこしいことになりましたな」

「セイリエンが奨める通りに、最長老殺しを黙殺したのは早計だったか?」

「いやいや。長老全員がこの件に加担しておる。キュクリナスひとりだけ裏切ることは、まずあるまい」

「まずは、どちらが戦神の剣の持ち主か見極めねばなりませんな」

「そうですな。見極めは肝心」 


 ええと。ようするに。この寺院の最長老が殺されたと。

 ここにいた導師全員がそれを知っていて止めなかったと。

 そして導師たちはたった今、無実の者に殺人罪をなすりつけて、泉に沈めて処刑してきたと。

 そして我が嫁とその彼氏?くんは。罪をかぶせられた人を救うために、血相を変えて結界を破ったというわけですか……。

 あああ。我が嫁が大人の階段をのぼらなくって。ほんとに残念至極です私。

 しかしこんなひなびた寺院で殺しが起こるとは。

 こわいですね。おそろしいですね。

 最長老っていうと、一番偉い人でしょうか。

 ん……。一番偉い…?

 もしや。最長老とは。まさかあれのことでは……。




 我が嫁と初めて会いましたその日。

 我が嫁は、くそ導師に連れられて宝物庫にやって来ました。彼女は、小さな箱を抱えてきていました。それは真っ黒な箱。

「これはケースに入れて並べる価値も無い」と、キュクリナスがのたまわっておりました。

 その箱は、宝物庫の隅っこの床に置かれました。

 私はてっきり、それは調子が悪くなった機械かなにかだと思っていたのですが。 

 その箱が最近、うるさいのです。前よりも頻繁に、ぶつぶつぶつぶつ、言うようになってきたのです。

 


『一番偉いこの私が。なぜこんな場所に』


 とか。


『終わらぬ……まだ終わらぬよ』


 とか。


『よろしい、ならば戦争だ』


 とか。


『僕の魔力は世界一ぃぃぃぃぃ!』


 とか。

 ちょっとかなりキてて、こわいぐらい。

 壊れた機械ゆえ仕方ないと思っていましたけれど。

 一番偉いってぼやくということは……もしや中身は、最長老さんなのでしょうか?

 でも。

 

 殺された?

 

 いいええええ! まだ生きてますよ。ええ生きてますよ。

 だって脳波のようなものが、びんびん拾えるんですよ。あれ、死んでないですよ。

 サイズ的にあの箱の中には、人の頭がごろんと入ってるんですかね?

 それとも脳ミソだけ?

 あ。

 美少女の精神波を探してるうちに。また拾っちゃいましたよ。

 その、不気味な箱の声を――。


『我が躯の復活まで。あと四百日と三時間二十二秒』


 ……は? もしかしてのカウントダウン、ですか?


『来たれ破滅の足音よ。来たれ白の癒し手よ。ああ。待ち遠しい』


 なんかものすごく、自信満々で確信に満ちてるんですけど。

 この人、予言者か何かですか?

 秒単位まで言っちゃうって、どうやって時間測ってるんですか?

 まさかクォーツでも内臓してるのですか? 私のように。

 まさか表計算ソフト(えくせる)入ってるとかじゃないですよね?

 いちおう人間? ですよね?

 目の前の導師の方々は、この不気味な波動に全く気づいてないようですけれど。これ、予言どおり復活するんでしょうか?

 あと四百日も。箱の中から変なつぶやきとカウントダウンを聞かされるなんて。こわいですね。おそろしいですね。

 どっぷりと首どころか、全身突っ込んでいる我が嫁が心配でたまりません。これはできるだけ、我が嫁のそばに行った方がいいですね。

 いつ私が必要になるか、分かったもんじゃありません……。




 さてほどなく。王子様を引っ立てたセイリエンという悪役キャラと。我が嫁を抱いて連れ去ったキュクリナスが、連れ立って戻ってまいりました。

 二人とも、自分達の弟子をぞろぞろ連れてきています。

 一瞬目を合わせた二人の間に、なんだか火花がバチッと散ったように見えたのは気のせいでしょうか。


「王子は独房へ入れた」

「私の混血は、我が寝室で眠っている」


 二人は長老たちにそう説明しました。

 ふたたび六人揃った導師様方は、この二人の弟子達に手伝わせて、そこらへんに散らばった聖遺物の武器をすべて拾いあげました。地上へ運んで修理するだのなんだのと、口々に仰っています。


「驚いた。この戦神の剣だけまったく無傷ではないか」

「さすがは最強の誉れ高き伝説の剣、おそるべし」

「これは直す必要などなさそうだが」

「ですが剣に選ばれた者を見極めるため、これも持っていくがよろしいかと」


 ふだんなら。主人以外の者の手では、てこでも動かぬ私ですが。

 ここは譲歩しまして、くそ導師のキュクリナスに拾っていただきまして。寺院の片隅の、鍛冶場のある工房に運んでもらいました。

 少しでも。我が嫁のそばにいかねばなりません。

 すぐにでも。輪が嫁のそばに飛んでいける所にいなければなりません。

 ここでもまだ遠いようですが。地下の暗い宝物庫よりはましです。

 きっと近々、この悪人どもを喰らわねばならぬ時が来るでしょう。

 とー……っても、楽しみです。

 きっとおいしいでしょう。絶対美味でしょう。

 野心に燃える悪人のアクの強い生気といったら。それはそれはもう、たまらぬものですから。

 しかし我が嫁は。なんと正義感溢れる良い子なのでしょう。

 無実の者を救おうとするとは。

 さすが私に選ばれただけありますね。目が高いです私。


『ト……さ……ま』


 あ。ようやくなんとか。

 我が嫁の精神波を拾うことができました。

 なんだかふらふらと、魂が躯からついたり離れたりしているようで、全く安定しておりません。

 ようやく息を吹き返し、意識を取り戻した、といったところでしょうか。

 かなり心配です。 


『……様……』


 しきりに誰かを呼んでいるようです。

 ももももしや。私を呼んでます? まさか私に助けを? 求めてます?

 うおおお! 我が嫁! すぐ駆けつけますよー!


『トリ……様……』


 は?


『トリオン様……』


 え……。

 誰……ですかそれは? 

 なんですかこの、いきなりハートブレイクな予感は。

 なんだかいやーな予感に。びんびんと刀身を苛まれる私なのでありました。




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