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56話 武王と私

 かくして果敢にも、フィオンの作った夢の世界から戻ってきた我が主でしたが。

 かわいそうに、息をするのもやっと。全身がすさまじい痛みに苛まれているらしく、しばらくの間、痛ましい悲鳴が絶え間なく聞こえておりました。

 私は痛ましい我が主に、どうしてこんな事態になったのかをざっくり説明してさしあげました。

 ジェリドヤード王子が私を置いていったことや、我が主の繭が無残に焼かれたことどもを。

 水鏡の地の住人たちが避難先へ逃れたのを見計らい、メニスの巫女たちは防衛していた地下の入り口から後退しました。

 巫女たちは、地下部屋に秘蔵されていた小さな記録箱と繭部屋にいた羽化直後のメニスたちを抱え、襲い来る獅子たちをいったん総力をあげて退けた隙に、全力で地の奥底へと逃げました。聞けば巫女たちは地下図書館に火を放って、この寺院の偉大なる記録の漏洩を防いできたというのでした。

 寺院の図書館はとても広く、書物が膨大にありましたので、黒髪は大変嘆いたのですが。大巫女が、「記録箱さえあれば大丈夫なのだ」と言って安心させておりました。

 図書の文物はすべて、小さな記録箱に入っているものを見やすいように複製したものだから、だそうです。 

 繭部屋にいたメニスの子たちは、かろうじて羽化に間に合っており、我が主のようにはならずに無事大人の姿に変わっておりました。ゆえに巫女たちは大変喜び合いました。

 でも、黒髪の腕の中にいる我が主は……。

 ああ、かわいそうに……。


「出来損ないのそいつは図書室に捨て置いて、一緒に焼いてやればよかったのに」


 スメルニアの皇帝が哀れみたっぷりにひどい言葉を吐いたものですから、黒髪は烈火のごとく怒りました。


「私の子は死なない! 死なせるものか!」


 怒れる黒の導師は、いまだ皇帝の額についているあの隷印を使いました。いまいましい皇帝の頭をぎりぎり締め上げたのです。しかしひねくれている皇帝は、天邪鬼にもさらさら効かぬと涼しい顔をして、黒髪に憎まれ口を叩くのでした。

 皇帝――いまや本国では今上ではなくなっているであろうこの人が、「あきらめろ」としきりに言うのは。下の兄弟をことごとく、繭化の最中に殺されているからであったのでしょう。

 普通であれば、絶対に助からぬとわかる状況なのです。

 

 普通であれば――。


 黒髪は、我が主の瞳の色の変化に気づいていませんでした。地下の道は暗く、淡い韻律の灯り球だけが頼り。しかも少しも立ち止まる暇がなく、地の奥底へと急いだからです。

 我々はまず、三つの泉の間に至りました。

 横並びに並んだ、円形で蒼い泉の列。

 なぜに金獅子家が五つ柱の結界などという大層大掛かりなものを駆使して、ここを潰そうとしているのかといえば。この「時の泉」があるからこそなのだと、大巫女が仰いました。

 普通に攻めるだけでは、おいそれとこの泉はつぶせないというのです。

 たしかにそうでしょう。

 それぞれの泉には、三つの時間を司る力が備わっているからです。

 地下へ避難せずに泉へ飛び込むことを選んだメニスたちは、この泉のひとつに身を投げ、「過去」へと旅立っていったのでした。

 しかし不死の者でないかぎり、その体は時間の流れに耐え切れずに溶けてなくなってしまうので、魂だけが過去へ流されるそうです。

 正面右の泉は「未来」、そして真ん中の泉は「現在」を司る力の潮流が溜まっていました。

 とくに「現在」を司る泉は、あくまでも「今」が凍結している――すなわち時が制止している空間でありました。かの魔王フラヴィオスはかつて、この真ん中の泉、時間が流れぬ永遠の一瞬しかない泉に突き落とされたのです。

 ぎゃあぎゃあうるさいあやつを塔で取り逃がし、やっとこさ水鏡のこの地に逃げ込んだあやつをこの泉に突き落としたのは――ほかでもない我が先代の主人、エティアの武王その人。

 メニスの甘露にあてられてラリったことを痛く後悔していた武王は、さすがに二度目の失敗はかましませんでした。


『黙らねえとフォアグラ抉り出すぞ』


 と、統一王国時代の発掘物たる「超高性能ガスマスク」を被った怪しい雄姿でのたまわり、どげしっとあやつの尻を思いっきり蹴り飛ばし、泉へ落としました。

 いやぁほんと、あのどげしっという音はほんと爽快で、あれでフラヴィオスのわけのわからない甘露の力にイライラしていた私は、かなりすっきりしたものです。

 私を使ってはたき落とさなかったのは、武王の私に対する深い愛情ゆえでしょう。だって私、フラヴィオスにさわるの、絶っ……………対、イヤでしたから。「いやですお願いです死んでもさわりたくありません。もしさわったらあんたを黒焦げにしてやりますからね!」って武王に何万回言ったか知れません。

 え? それは「脅迫」?

 いえいえ、もし本当に私を愛してるならそれぐらいしてくださいと言う「懇願」です。

 だから武王は愛する私の意向を汲んでくださり、ご自分の足を汚したのです。

 そうでしょう。そうに決まってます。


『なにのろけてるのエクス』


 あ。もしかして……今、ちょっと嫉妬してます? マエストロ。


『え、いや。べ、別に?』


 武王は今思えば、とても見目良くかっこよい青年だったんですよ。メニス姿の竜王メルドルークもかないませんてば。 


『へ、へえ?』


 まさかただの料理人が王様にまでなるなんて、思いませんでしたけど。

 でも私が鍛えたおかげで、料理の腕も剣の腕もめきめき上がりましたからね。

 なかなか覚えのよい弟子でしたよ。


『そうなの?』


 私、武王にだけは本名を呼ぶことを許してやりました。 

 他の主人たちはようよう許可しませんでしたけど。


『つまりネームコード解除で繰り出す大技を使ったって事?』

 

 ええ、ばんばん使用しました! 竜殺しも悪魔殺しも神殺しも。なにせ王位につくまでも、ついてからも、なんだか得体の知れない人畜有害すぎるごっつい敵とばっかり戦ってましたから。

 

『武王の魂をつまみ食いしてただけじゃなかったんだ?』


 まさかぁ。私これでもご主人様のためなら、なんだっていたしますもの。とくに武王は本当に護りがいのある主人でしたね。


『ふうん……』


 あ。もしかしてマエストロ、すねちゃってるんですか?

 やだかわいい。

 

『そ、そう言うわけじゃ』


 うわ、ぷっくりふくれっ面。なにこれ、ほんとかわいい――


『あれ? ん?』

 

 どうしたんですか? マエストロ。


『黒髪のそばに』


 光の玉? あ……蛍蜻蛉ですね。まだあの虫、ついてきてるんですか。

 ほんとに物好きですねえ。でもとても湿っている洞窟ですから、この虫は新たな生息場所を探しているのかも。


「レク! レク!! 息をしろ、レクルー!!」

『レクルーしっかりして!』

 

 突然、黒髪とフィオンが同時に動揺した声をあげました。

 私はびっくりして、我が主の心拍数と脳波をこっそり測りました。

 うわ! どちらとも停まってる?! つまりこれは。これは。死――?


『エクス、電気ショックを放って心臓を動かせ』


 はい、マエストロ! って。 あれ?! い、息を吹き返した? 

 びくびく痙攣して、はあはあと息を出入れし始めて。ああ、しっかりしてください我が主。

 ろくにしゃべれぬ我が主は、私にはっきりとした精神波を返してきました。


(し、しっかりって?)


 我が主、あなた一瞬、マジで死んでましたよ?


(えっ……?!)


 ああ、なんという無自覚。不死身の因子をもつメニスがいることも、おのれがそうだということも、本人はまったく知らないのです。でもこんな状態で死ねないなんて、なんという生き地獄なのでしょう……。





 泉の向こうの隠し扉をくぐり、びっちりとその扉を閉めた我々は、大巫女を先頭に狭くて急な坂道をひたすら下っていきました。

 黒髪は避難民の行列からずいぶん遅れました。我が主の容態を気にかけて、しばしば立ち止まるからでした。ほんの少しの震動ですら、我が主の体には恐ろしい痛みが走っているようでした。

 地の底へ下りていくにつれ。空気がしっとりと水気を帯び、冷たく凍りついてきました。四方の壁面は真っ白な濡れた岩。鍾乳洞そのものでした。


『水鏡の寺院の地下も鍾乳洞なんですねえ。しかし気温がどんどん下がってますよ。零下になりました。我が主、大丈夫ですか?気をしっかりお持ちください』


(う、うん……)


『眠らないように歌でも歌いましょうか?風乗りの歌?それとも行進曲?』


(ありがとう。なんでもいいよ)


『了解。ではこの場を明るくするようなものを』


 私は楽しげに歌を歌いました。逃れ落ちていくメニスの人々をも力づけようと思い、だれにでも聞こえる声を出して。


『星と花あわせて 時の王に捧げようか

 それとも会いに行こうか

 水晶の冠 こうべに載せて

 会いに行こうか』


 時の泉の護り番 とわの流れの創造者

 白き衣 身にまといて

 会いに行こうか』


「おや。その歌は……」


 すると先頭の大巫女がつと立ち止まり、避難民の行列の歩みを止めて、私のもとへしずしず寄ってまいりました。


「剣よ、なぜにその歌を知っておる?」


 あ? お気づきになられました? これって、この地に伝わる古い歌ですよね。

 私は今までに二度、この地に来ておりますもので覚えているのですよ。何せ一万年ほど、この星に住んでおりますので、経験豊富なのです。


「なるほどの。ずいぶん年寄りじゃのう」


 でも深淵に連れて行ってもらうのは、今回が初めてなんですよ。


「今そなたが歌ったのは、時の王にお参りする時のものではないか」


 そうですそうです。

 今より三百五十年と二十五日五時間二十五分前。当時の我が主でありましたエティアの武王が、魔王フラヴィオスを時の泉に封じた時。

 大変遺憾なことに、我が主の腹心であるギルトン将軍が大暴走して、ここのメニスの純血種さんたちを根こそぎ退治してしまったのです。

 そうしたら生き残った方々がこの歌を歌いながら、深淵に潜っていきまして。時の王に会いに行って、助力を懇願しました。すると時の王は、攻めてきたエティア軍を一瞬にして消してしまったのですよね。


「世に言うヘルマプロディータの虐殺じゃ。そなたはその当事者であったか」

 

 はい。武王と私が、ぎゃあぎゃあ泣き喚いて往生際の悪い魔王を時の泉につっこんでおりましたら。さっきの歌を歌いながらメニスの皆さんが逃げこんでまいりましたので、びっくりいたしましたよ。

 まさかエティアの将軍が虐殺なんぞするとは、主人も私も全くの想定外。青天の霹靂でした。

 あの時はまさに、「あちゃー、部下がやっちまったー!」 という感じでして、時の王に軍隊をそっくり消されてしまうのも当然です。

 むっつりと黙りこくってしまった大巫女に、私はあわてて言いつくろいました。


『ででででも! 武王はその罪滅ぼしに王位を捨てまして。この地に住みつきまして。生き残りのメニスのさる御方と相思相愛になって結婚いたしまして。メニスの混血の子どもを二十五人ばかりこさえたのですよ』

「確かに、その通りじゃ。わらわはその武王のひ孫にあたる。わらわだけでなく、今この地に住む混血の者の中には、エティアの武王の血筋に連なる者が大勢おる。魔王フラヴィオスがここを憎み、金獅子家が滅ぼそうとするのに加担しておるのはそれゆえであろう。己を倒した者の子孫が、この地でずっと奴の封印を護ってきたからの」


(アクラさんが、大昔にヴィオをここに封じたっていうの?)


 私、前に言いましたよね。かつて武王のそばで戦ってましたって。


(あ……ツヌグの邑でそういえばなんか話してたね。王の弟とその愛人が国を乗っ取ろうとして、王のそばで彼らと戦った話。その愛人って……ヴィオのことだったんだ?)


 そうですそうです。

 って、うわ。黒髪のいやぁな目つき。いつもの大ボラだ、信用するななんて、大巫女様に忠言しないでくださいよ。つい三百年前に実際に経験したことなんですからね。私ちゃんと、歌を知ってるんですから。

 


 深遠へと向かうメニスたちは、これから武王の軍の侵攻の時のように時の王に会いに行って、助力を乞うつもりのようでした。

 かつて武王の軍を消し去ったように、街にはびこる金獅子家の軍どもを一掃してもらうつもりなのでしょう。

 ヴィオの父親である時の王こそは、まことのメニスの王であり、一族の長です。不死の因子を持つ純血のメニスであり、余りにも強大な力をもつゆえに 彼は自分から地の奥底の別の世界に己が身を封じました。

 というのも、あまりにこの世に干渉しすぎて、大陸の次元がわやくちゃになるという大事件が起こったからです。

 その頃私はとある騎士団営舎で漬物石になっていて、その世界をゆるがす大事件はさらりとしか感じることができませんでしたが、それでも営舎の庭に南方の多島海の島が丸ごとごっとり落ちてきたので、とてもびっくりいたしました。

 とある国家が一夜にしてこの世から無くなるという大惨事が起きたり。

 突然空中に別の地域の島や台地が出現したり。というおよそ信じられぬ現象が大陸中で起きたと言われております。

 そんな神のごとき力を発揮するのですから、時の王にとっては、あの鋼の獅子などちょろいものでしょう。

 しかし大巫女は、とても不安げでした。


「我ら混血の者が、街の神殿に眠る時の王を、目覚めさせることができるかどうか……」

 

 う。なんだか、嫌な予感。

 私のこの予感は残念ながら当たっておりました。大巫女が言うには、時の王はここ三百年の間ただの一度も目覚めさせることができなかったというのです。

 

「何人もメニスの巫女を捧げたのじゃが。どうも純血の者でなくば、目覚めさせることができぬようでな。ゆえに今回のこの行動は、賭けのようなものじゃ」


 時の王が目覚める確証はないゆえに、大巫女は住人たちに泉に飛び込んで過去へ逃れるか、深淵の街へ行くか選ばせたのだそうです。

 

『レクルーが純血の子だとばれたら大変なことになるね』

 

 マエストロが硬い口調で私に仰いました。


『大巫女は今、巫女を捧げたといったね。目覚めさせる儀式とはすなわち、生贄の儀式なんだろう。黒の導師はとんでもないと頑強に拒むだろうね』 

 

 生贄!?

 それは我が主を守る私にとっても、承服しがたいものですよ。


「レクルー、大丈夫か? 頼む、少しでも霊水を飲んでくれ……」


 黒髪のかいがいしい介抱に、周囲のメニスたちは哀れみと苛立ちの視線を投げておりました。絶対助からない状況の子だというのに、胎の船から持ってきた貴重な霊水をあげて望みをつなごうとしたからです。

 繭から出されたばかりの子の衰弱が激しいので、彼らにこそ霊水をあげてくれと、周囲の者たちが黒髪に懇願しました。

 黒髪は敵意むきだしではねつける気満々でしたが、心優しいフィオンが霊水を分けてほしいと我が主の口を借りて言ってしまいました。羽化が辛うじて終わっていたとはいえ、我が主と同じく繭から出るにはまだ早かったのでしょう。衰弱したメニスの子たちは、本当に辛そうだったからです。

 優しいフィオンには、癒しの水を我が主のためにひとりじめすることはできなかったのでした。


「早くよこせ!」


 霊水をひったくるようにして取り上げたスメルニアの皇帝に対し、憤慨した黒髪はまた隷印で攻撃しようとしました。

 しかしそんなものはもう効かぬ、と皇帝は鼻で笑うばかりでした。


「さっきの隷印での命令とて、露ほども効かなかったぞ。いつまでもおまえにやられっぱなしでいるわけにはいかぬからな、ここに来てからすぐにお婆様に韻律遮断の結界を張ってもらったんだ」


 幸い、具合の悪いメニスの子たちは霊水のおかげでたちまち元気になりましたので、うわっと喜びの声がわきあがりました。

 かわいそうに黒髪は目に涙をいっぱいため、切ない顔で我が主を抱きしめておりました。

 それから幾度も、かわいそうな我が主は脳波が途切れそうになりました。フィオンがみかねてまた夢の世界へ誘おうとしましたが、我が主は気丈にも断り、けなげに痛みに耐えて、己が苦しみと果敢に戦っておりました。


(僕がこんな状態じゃなければ、レナンを苦しませずに済んだのに……)


 それが。我が主が一番気にして、嘆いたことでした。


『レクルー、大丈夫? まだ、息ができる?』

(だいじょうぶだよ、フィオン)


 とても哀しげに。しかしきっぱりと、我が主は一身同体であった心優しい子に答えておりました。


(辛いけど。まだ、息ができる ……僕の方は)





 避難民の行列は、半日ほど歩いて大きな水溜まりのある洞窟を越え、ようやくのこと「深淵」と呼ばれるところに辿りつきました。

 その巨大な洞穴に足を踏み入れるや。一瞬地上に出たのではないかと思うようなまばゆい明るさが、来訪者たちの視界いっぱいに広がりました。

 目を刺すその色は、黄や橙や飴色。まるで陽光のようなまばゆさ。

 洞穴の上も下も、どこもかしこも、黄金色の結晶が煌めいてきらきらしておりいました。

 輝く琥珀がびっしり張りついた空間の奥には、円柱がずらりと並ぶ神殿。その周囲にはおびただしい数の、飴色の円い家々が建ち並んでおりました。

 まるで黄昏の中に沈んだような街に、マエストロは驚嘆のため息をつきました。


『すばらしいね。彫刻の模様がどれも美しいよ!』


 うねる波の模様や唐草の紋様。ありとあらゆる動物や植物の彫刻。建物の壁面の装飾の緻密さは言葉にできぬほど細かく、おそらくどの王国の宮殿もかなわないでしょう。

 大巫女によれば、ここの琥珀は、巨大な虎の体液の化石であるそうです。

 樹液の化石から生成されない、特殊な琥珀、というのは我々にとって驚きでした。

 この化石のもとになった大虎は、地中深くに穴を掘り、十数頭ほどで群れなして住んでいたようです。


「その群れはあるとき集団で死んだのであろうの。巨大な獣の骸が折り重なった地層が、地殻変動でさらに地下へ地下へと落ち込み、獣の体内の血液が結晶化したのじゃ。もとは液体であったゆえ、石化しているにもかかわらず柔らかい。ゆえに、加工しやすい。そこで我らがメニスの祖先たちは、腕を揮ってこの飴色の結晶を削り、時の王が眠る場所を造営したのじゃ」


 避難民たちはきれいに形作られた飴色の参道を歩んでいきました。

 この輝く黄昏色の街に住んでいる生身の者は、だれもいませんでした。水が湧き出るところもなさそうだし、草木の生えている処も、土や岩がむきだしになっているところもありません。

 一面まばゆい、飴色の結晶の海。

 住人がいないのになぜに家が建っているのかといえば、ここは死者の街であるからで、数多のメニスの魂が家の中で眠っているからでした。

 そう、琥珀の家こそ、メニスの墓なのでした。

 その証拠に大量の輝く蝶々が、家々からたくさん飛び出してきました。

 まごうことなくそれは、メニスの先祖達の御霊でした。

 先祖の霊たちに歓迎されながら、我々避難民たちは巨大な飴色の神殿の前に至りました。大巫女が何十もある階段の前で立ち止まると。神殿の入り口からも、黄金色の蝶々が大量に飛び出てきました。

 御霊の蝶々は人々の周囲をめぐっていた蝶々と一緒になり、またたく間にまばゆい光の洪水となり。ぐるぐる渦を巻き……。

 そしてついに。ひとりの小さな子供の姿をとりました。


『先祖の霊の集合体だね。なんて厳かで美しいんだろう』


 マエストロが感心していると。

 なんとその光り輝く子どもはふわりと大巫女の前に舞い降りるや、とてもおそろしい言葉を継げたのでした。


「ようこそ。我が子孫の。者たちよ。扉を。開くには。純血の。子が。必要。です」


 子供はりんりん響く声できっぱりそう言っただけではなく。

 純血の子がいない、と頭を垂れて哀しげに言上した大巫女をさえぎって、黒髪が抱いている我が主を指さして告げました。

 

「そこに。いるでしょう。そこに。ひとり。アリステル。レイスレイリ。アイテリオンの。血に。つらなるもの。まさしく。この子」


 なんということ。

 先祖の霊たちには、たちどころに我が主の匂いをかぎ当てたのです。

 純血の、匂いを――!


「この子を。もらいましょう。扉を開く。その贄に」


 その瞬間。黒髪の黒き衣のそばできらりと、何かが輝きました。

 あの蛍蜻蛉です。はぐれ虫が、震えていました。

 ぶるぶると。

 まるで、泣いているように。





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