4話 捨てられた私
それから幾日か。
我が主たる美少女からの反応はいまいちで。
封印所で悶々としつつ、私は惰眠を貪っておりました。
しかし。ついに。ついに!
来たのです。
(助けて……誰か助けて……!)
き……
キタ━━━(゜∀゜)━━━!!!
呼びました? 呼びましたね? ええ、今はっきりと。
美少女の声が! しましたよ!
SOSですよ!
もう嬉しくて柄の宝石に顔文字出しちゃいましたよ!
(お願い! 助けて!)
キタ━━━(゜∀゜)━━━!!!
毎日四六時中ひっきりなしに、写メ送った甲斐がありました!
缶ビール一気飲みしたい気分です私。ひゃっほーう!
ああ……。なんで口がないの私。のどごしが感じられない私。
悲しいです。作った奴コロス……。
我が嫁は、かなり近くにいるようです。
今、微弱な我が嫁の生気と、なんだかとてもやる気まんまんの生気の二つが、くっきりはっきり感じ取れます。
たった今、その二人は、かなりせっぱづまった状態であるようです。
ちょっと咳払いして。気取って聞いてみました私。
だってちょっとずいぶん相手にされなかったものですから。少しくらい、つんとしたって、よろしいでしょう? そうでしょう?
『我を呼び出ししはそなたか? 清廉なる菫の瞳の乙女、さだめ引き寄せしわが主よ』
(よ、呼んでない!)
……。
何でしょうこのツンデレは。
私の精神波受信機能は、GPSどころの騒ぎじゃありません。
日本海溝の奥底に投げ込まれたって。東京銀座のキャバクラで、鼻の下伸ばしてた我が十代目の主人のアホ声を。しっかりキャッチしたほどです私。
一万メートルの海の底から、我が主人に抗議出来るんですから。任せなさい!
(ごめん! 破れなくて苦労してるんだ! 今、君の相手はできない!)
……はい?
耳を疑いました。何というせっぱづまった悲鳴。
耳なんかないのに。 ほんとに、作った人恨みます私。
しかし。「破れない」とは? えっと。
うら若き乙女が破るものといえば。
……。
……。
……!!??
要するに、あの、その、あれ? 大人の階段を昇りたいってことですか?
な、な、なるほど。
なんだか私。娘を嫁にやった父親の。結婚式が終わって、娘が家にいなくて狂おしく寂しさと悔しさとやるせなさでいっぱいの夜の。
ひどく胸をかきむしりたいあの心境に、なってまいりました。
とても消極的で。気弱で。生気もやる気もなくて、モジモジイジイジしている私の嫁が。
自ら殻を破りたいとは。つまり大人の階段の第一段目……ということは。
ちゅう!
ズバリ、そうでしょう!
ここ最近の悩みの原因は、きっとそれだったのですね。思春期まっさかり。
よろしい。がっつり把握いたしました。
しかしとても苦労している様子ということは……。
「ちゅうしたいんだけど、怖くて踏ん切りがつかなくて迷って困ってる」って初々しいことなんだと、判断していいんでしょうか?二人でいるってことは、やる気満々な相手にタコ口を迫られてでもいるのでしょうか。
それはたしかにピンチですね。一大事ですね。
ああしかし、なんてアグレッシブ。感動。
ではすぐに。美少女が大人に変身する第一歩のお手伝いを、私がいたしましょう。
助けてさし上げましょう。 任せなさい! 私、往年の名画のキスシーン、ぜーんぶ記録してますから。
美少女に見せて差し上げます。これでちゅうのやり方わかります。絶対、大丈夫ですよ!
……ドキドキ。
(任せなさい?)
美少女。怖がってはいけません。
使いなさい。私を。
さあさあ。手に取るのです。便利な私を!
(まさか……破れるっていうの? 剣なのに!)
剣なのにって。どこぞの国の隠語では剣とはアレのことです我が嫁よ。
いやあなたにはまだまだ雲の上の先のことですけどね。
過去の記録保存にかけて右に出るものはおりません。すごい性能なのです私。信じなさい。
(言ったな……し……信じるよ?信じるからね!)
もうどーんと! 大船に乗った気持ちで。我が腕に飛び込んできなさ……。
ああもう。なんで腕が無いの私。ほんとに、作った奴恨みます!
あ。もう……喰っちゃってました。腹いせに。
忘れてました。だいぶ昔の。ことなので。
それからほどなく。百数えるまでにやってきました!
我が嫁! 美少女! ひゃほーい!
「どこ? どこ? ここにいるよね? 返事して!」
我が嫁の生声が、暗い宝物庫に響き渡ります。すばらしい。
そこはかとなく漂う乙女のかほり。ああすばらしい。
しかし。口がありません私。肉声で返事できません。んもう。嫁のイジワル。
暗すぎて、美少女の顔がよく見えません。ちょっと照らしてみましょう。
自家発電機能スイッチオン。
「おい! そいつは…」
おっと。
なんと我が嫁のそばに四六時中我が嫁に向かって「僕の妻ー!」とガンガン叫んでる少年が、いるではないですか。
ふむふむ、やる気満々、活力に溢れる生気はこの少年のものですか。
南の国の出身でしょうかね。肌が褐色で真っ黒な巻き毛の子です。
少年は私を見つめて、目を丸くしております。よもや私のことを知ってるのでしょうか。ちょっと、少年の精神波を聞いてみましょう。
(あの戦神の剣だよな? 本物だよな?)
ええ、戦神の剣ですよ私。ひとつ前の主人には、そう呼ばれてました。
しかしこの少年の精神波は、単純明快でほんと拾いやすいですね。
(なんで僕の妻がこの剣を軽々持てるんだ? びくとも動かないって話なのに。まさか剣に選ばれたのか?)
そうですそうです。私が見初めたからですよ!
(剣に選ばれるなんて。僕の妻、最高! 愛してる! 僕の妻! 絶対故郷に連れ帰るぞ!)
そうでしょうそうでしょう。目が高いのですよ私。
だてに一万と二千年、生きてません。
「君だけじゃ! だめかもしれないからっ」
突然。わが嫁たる美少女は、鬼の形相でそう叫び。私の隣のロンギヌスさんに手を伸ばしてきました。
『ちょ……ちょっと! ま、待ちなさい! なにをするつもりですか? え? な、なんで村正さんまで、ひっつかむんですか! うわ。草薙さんまで! ちょ……! こいつらは役に立ちませんよ! ちゅうの仕方なんて教えられませんっ。ああああ、向こう三件隣のぐぐぐグングニルさんまで!』
……だめです。我が嫁は非常に切羽詰まっていて、聞く耳など全くございません。
「僕の妻ー!」くんにグラムだのファフニールだのヴァジュラだの押し付けています。
いやいやそいつらは役に立ちませんよ。切ったり突いたりできるだけですって!
突……。
……!
い、いけません! そのロンギヌスさんだけは放して下さいっ! そいつほんとにいやらしいんですっ! さわっちゃいけません! 危険です!
超アグレッシプになっている我が嫁に面食らっているうちに。
私は、他の剣や槍たちと一緒に抱えられました。十把一絡げ。非常に複雑な気分です。
我が嫁と少年は封印所を出るのかと思いきや。別の宝物庫へと続く洞穴めざして、まっすぐすっ飛んでいきました。
その勢いたるや、加速装置つけたどこかのサイボーグのごとく。ひそかに百メートル十秒切ってませんかこれ?凄まじい勢いなので、ちょっと計ってみました。時間計測機能スイッチオン。
うわ。九秒四八?!
「あきらめる……もんか!」
我が嫁はなにやら叫びながら、ひとつの穴の前で急ブレーキをかけ。
ロンギヌスさんをその入り口の穴めがけて、思いっきり投げつけました。
『ぎしゃああああ!』
ろ、ロンギヌスさああああん! なんというおいたわしい悲鳴。
それにメギッとか。なんか変な音しましたよ。まさか……うわあ……やっぱり先っちょが折れてるじゃないですか。ふう、でもよかった。これでこの方、我が嫁には危害を加えられなくなりましたよ。一安心です。
目の前の穴には、白い膜が張ってあるようです。とっても固そうです。
我が嫁は、どうやらどうしてもこの先に行きたいようなのですが、強力なパスワード式電磁障壁に阻まれております。しかもお約束のように、パスワードが解らないみたいです。
そんな時はメインシステムにアクセスしまして。『パスワードを忘れた時は?』のマニュアル読んで。再発行手続きをすればよろしいというのに。
ここの防御システム破壊しようなんて、なんてアグレッシブ。若いってこわいですね。
あ。
「僕の妻ー!」くんが村正さんを投げつけてます。
うわあ……べきっとか。すごい音しましたよ。ちょ、ちょっと待って。刃こぼれしたんじゃないですか?
『いやあああ! 村正さまああああ』
草薙さんが、あまりのことに悲鳴をあげて失神しちゃってます。
ああああ。意識なくした草薙さんまで、投げつけるとか。
我が嫁と「僕の妻ー!」くんは。必死の形相で次々と、剣やら槍やらを白く輝く膜に投げつけました。
『うぼあああ』とか『ぐがああ』とか『きゃあああ』とか『ひいいいい』とか。次々と聖遺物の武器たちから悲鳴があがります。
なんと恐ろしい……この少年少女には、見えないんでしょうか?
村正さんが吐き出しちゃった怨霊だの。
穂先に封じ込まれた天使だの。
刃を折られたうらみつらみのダークなオーラだの。
神々しい怒りの聖なるオーラだので。
辺り一帯、もう阿鼻叫喚ですよ。
なんなのですか、この鬼畜プレイは。君たち、ほんとに勘弁しなさい!
そんなにこの穴の先に行きたいのですか? そんなに?
……。
……。
……なるほど。
把握しました私。
どうやら我が嫁はこの先で。「僕の妻ー!」くんと二人で。
こっそりちゅうしたいのでしょう。ずばりそうでしょう!
ああ。若いって……素晴らしいですね。花の十代万歳!
ですが障壁がかなり強力で、通り抜けるのは無理そうです。
瞬く間にできあがる、聖遺物たる剣や槍の、屍体累々たる山。
なんと恐ろしき光景でしょう……。
グングニルさんがぽっきり折れるとか、どんだけ強力な障壁なんですか。
我が嫁は、もういてもたってもいられない様子で。相当イライラして。目がぎらぎらしています。
あ、あのう、もうあきらめてここでちゅうしちゃったらどうですか?
ここは真っ暗ですよ。誰も見てませんよ。
「僕の妻ー!」くんなんかとじゃなくて。で、できればこの私となんて、だ、だめですか? イケメンの幻像投影しますけど? だめ? ちゅう、だめ?
などと瀕死のロンギヌスさんを尻目に我が妄想を突っ走らせておりますと。
なんと業を煮やした我が嫁は、私をぐっと握りしめました。
「お願い! 結界を破って!」
え?
ちょ……なんで私を振りかぶるんですか。
なんで投げる格好するんですか。
待ちなさい! まさか私も? あの障壁にぶん投げる気ですか?
うああああああ! いやあああああ! こんな硬いの食べられな……!
……。
…………。
………………。
あら。おいしい。
なんでしょうこの。真っ白な、練乳味。
この障壁の動力源は、一体何なのでしょう。お砂糖たっぷりな感じで、かなり美味しいじゃないですか。
夢中で食べました私。なんだか白い蜘蛛の糸みたいなものが。我が身にまとわりついてきますので。
必死に食べました私。空腹だから余計に。美味しく感じるのでしょうか。
「ありがとう! 助かったよ!」
え。ちょっと待ちなさい我が嫁。あの、待って? 置いていかないで?
どうしてそこで。私を放り投げていくのですか?
どうしてそこで。わき目もふらず、障壁の向こうへ走り去るのですか?
冷たい岩の上に。私をぶん投げていくとか。ありえないんですけど。
あなたの伴侶ですよ私。自覚無いにもほどがありますよ。
「僕の妻ー!」と叫ぶ南の国出身らしき少年も。我が嫁のあとに続いて、脇目もふらずに走っていきます。
むしゃむしゃと結界の光を食べながら、私は、我が主を呼びました。
ちょっと待ちなさい。
嫁ー! 待ちなさーい!