47話 孤児院の私(R15)
黒髪の暗い記憶をがんばって喰らいつづける剣。
まだまだ記憶の同期が続いています。
食らいつくせるのでしょうか。
※今回は虐待の場面があります。ご注意ください。
目の前で男の子たちが取り合っているのは……小さなパン。
「俺のだ!」
「何言ってる、今落としただろ! 床に捨てたろ!」
「おまえがいきなりぶつかってきたんだろ!」
ごはんの時間は一日二回。
朝ごはんと夕ごはん。
食堂の扉が開くときは、みんな虎視眈々。
早く入らないと、パンにありつけないから。
卓の上にある籠に盛られたパンは、王様が食べた余りもの。
王様は、それでみんながお腹いっぱいになると思ってるのでしょう。
何百人もいる子どものお腹を満たすには、全然足りないのに。
院長さまは、毎日もったいぶって話します。
うすら笑いを浮かべながら。
おまえたちは、世界一ぜいたくなものを食べている、と。
後ろの方で女の子たちが取り合っているのは……すりきれた毛布。
「あたしのよ!」
「何言ってるの? 今日はあたしが使う番でしょ」
「ふん、順番なんていつ決めたのよ。そんなものないわよ!」
日が沈むと寝台がある部屋に押し込まれる子どもたち。
寝部屋の扉が開かれる時は、みんな必死。早く入らないと、毛布にくるまって眠れないから。
すりきれた毛布は、お妃様が神さまへのご奉仕用に縫ったもの。
お妃さまは、それでみんながあったかく眠れると思ってるのでしょう。
何百人もいる子どもを暖めるには、全然足りないのに。
院長さまは毎晩もったいぶって話します。
うすら笑いを浮かべながら。
おまえたちは、世界一ぜいたくな毛布を使っている、と。
「どけよ、じゃまだって」
「毛布ないやつはあっち」
「皆で集まって固まってるとましだよ」
せんせい。
おとうさま。
やさしいはりえる。
会い。たい……。
推定六歳の私が入れられたエティアの王都の孤児院は、国王陛下の名を掲げている由緒ある施設でした。
院長さまは、「王立」というのを非常に自慢にしていました。
でも院の内情は……陰惨きわまりないものでした。
私が醜い食べ物の奪い合いと毛布の引っ張り合いを初めて目の当たりにした翌日。
寒い大部屋で、私の隣で縮こまって寝ていた子がぴくとも動かなくなっていました。
その子は骨と皮ばかりでまるで骸骨のようで、夜には毛布を獲得することができずに、がちがち震えていました。私はびっくりしてその子から離れたのですが、他の子どもたちはだれも、騒いだり泣いたりしませんでした。
こんなことはいつものことだといわんばかりの顔で、職員たちが動かなくなった子を運び去っていきました。
孤児院は王宮からの施しによって成り立っていましたが、とにかく常に物不足。子どもたちは数百人もいるのに、毎日支給される食べ物は半分にいきわたるかどうか。毛布や衣服は数ヶ月に一度、何十枚か納入されてくる程度でした。
分配方法はいちおう決められていましたが、それを守る子どもはほとんどいませんでした。順番を守る前に、熾烈な奪い合いが始まってしまうからです。
朝ごはんの後は労働奉仕。午後は勉強と称して、職員が少しだけ王様に感謝しなさい、というような話をして、また労働奉仕。
掃除や、洗濯。食器洗い。それから、繕い物やちょっとした飾りをつくる内職の仕事をさせられました。
遊び時間は、お昼にちょっとあるぐらい。でも遊べるぐらい元気な子はごくごく少数。
職員たちも院長さまも、子どものために使うべきお金を自分たちのために使っていたのでしょう。
大人たちはみんなぶくぶく太っていて、貴族が着るような絹の服や首飾りを身につけていました。
大人たちは、子どもたちが咳をしていようが熱を出そうが、ケンカし合って怪我しようが、ほとんどなにもしてくれませんでした。
極力何もしないで、「自然に」子どもが減るのを待っているかのようでした。
半年に一度ほど、国王夫妻が視察にきましたが、「見せたら都合の悪い」大多数の子どもたちは周到に隠されました。
その特別な日には……
院長さまが、とても上等な服を着せた数十人の子どもを食堂の席にお行儀良く座らせます。そしてパンや果物をたっぷり食べさせます。その日だけは、院長さまはとても質素な服を着こんで、食堂の光景を王様とお妃様に見せるのです。
国王ご夫妻はパンを頬張る子どもたちの様子を見て、とても満足して帰っていかれるのでした。
王様に見せる子どもたちは、どの子も院長さまのお気に入り。ふだんから院長さまに目をかけられている子ばかりでした。
お気に入りの子は特別な日だけでなく、普段からいい目を見ることができました。
毛布もパンも特別に院長さまから直接与えられ、別の部屋で寝ることができました。
子どもたちは院長さまに気に入ってもらおうと、必死でした。あの手この手で気を引きました。
一番効果があったのは、院長さまの「目」と「耳」になること。
真面目に掃除をするよりも、みんなの不平不満をこっそり告げ口する子の方がとても喜ばれました。
だから身に覚えのない罪を密告されて、鞭打ちにあう子がひっきりなしにいました。
みんなお互いに足を引っ張り合い、傷つけあいました。
食べ物を見るのも嫌な私は、そんな熾烈な生存競争をする気が全く起きず、部屋の隅で膝を抱えて丸まっていました。
でも一番始めにここに来たときのことが、どうしても忘れられませんでした。
院長さまに、ぎゅうっと抱きしめられたことだけは。
あの暖かい腕。
ふわりと包まれた感覚。
あれをもう一度、手に入れることができたら……。
私はそのことばかり、一日中考えていました。ろくに何も食べなかったので、三日もしないうちに部屋の隅で動けなくなりました。
時間になると職員が当番の労働をしろと部屋から引きずり出すのですが、餓死寸前の私は廊下の隅で小さく膝を抱えて丸まっていました。
職員たちはそんな私を無視して放っていました。「自然に減ってくれる」のを待っていたのでしょう。
私は廊下でぼうっと、始終怒鳴る大人と奪い合う子どもたちを眺めていました。
大人も子どもも、私にまったく関心を示しませんでした。
だれも助けてくれませんでした。
だれも……。
せんせい。
おとうさま。
やさしいはりえる……。
私もまもなく、動かなくなった子どものようになるのでしょう。
せめて。
最期にもう一度だけ。
あの暖かい腕で、ぎゅうっと、してもらえたら……。
意識がとろんと落ちる寸前。
ぼうっと廊下を眺める私の視界に、泣きじゃくる子が入りました。
「ごめんなさい! なんでもするから!」
その子は、院長さまにとりすがっていました。
「お願い! ほんとになんでもやるから! だから、パン、ください……」
院長さまが不機嫌そうに院長室へ入っていくと、その子は後を追って入っていきました。
ほどなく、その子は部屋から出てきました。とても蒼い顔をして、パンを抱きしめながら。
院長さまもすぐに出てきました。
そこで私は……信じられないものを目撃しました。
「いい子だったぞ」
院長さまはにっこりとして。パンを抱いて立ち去ろうとする子に腕を広げて。
「また来なさい」
ぎゅうと、抱きしめたのです。
私は目を見開きました。
血の気のない顔をしたその子は、ふらふらした足取りで私の目の前を通りました。
「って……」
私の腕は。力なくもその子に伸びて、服の裾を掴みました。
「まって」
私はなけなしの力を振り絞って、その子に聞きました。
眼をぎらぎらと見開いて。
「なにを、したの?」
ぎゅうと、抱きしめてもらうために。
「なにを、したの?」
あのすばらしいご褒美をもらうために。
「なにを、したの?」
「はなせ!」
真っ青な顔のその子は私の手をはねのけました。
「なんでもするって、言えばいいさ!」
その子はがくがく震え、目を潤ませて、しきりに口を拭っていました。
「あとは言われた通りにすりゃいいんだ!」
なんでもする?
あの子のあの様子では、とても嫌なことを命じられるのでしょうか。
だれかを監視するとか。だれかを傷つけるとか?
「なんでも……」
私はずるずる這っていって、院長室の扉をまじまじと見上げました。
「なんでも……する」
言われた通りのことをしたら。ぎゅうと抱きしめてもらえる?
またあの暖かい腕に包んでもらえる?
……ほしい。
どうせ私は、もう二、三日ともたないでしょう。
最期に。最期にもう一度だけ。
ごほうび……ほしい。
もう一度だけ、私は感じたかったのです。あのぬくもりを。
だから私は叩きました。力を振り絞って、扉を叩きました。
どんどんと、力いっぱい。
「なんだ、うるさい」
怒り顔を突き出してきた院長さまに、私はすがりつきました。
「なんでも、します」
「今はいい。満足したところだ。あとでこい」
「なんでも、します」
「あとでこいと言ったろう。夕餉のあとでこい」
びしゃりと閉められた扉の前で、私は辛抱強く待ちました。
院長さまが、使用人が銀の盆で運んでくる夕餉を平らげて、その盆を下げさせるまで。
夕餉が終わる時間になると、院長室の前に子どもたちがわらわらとやって来ました。どの子も血色がよく、体が大きくて、ひと目で院長さまのお気に入りの子たちだとわかりました。
院長室の扉が開かれると、子どもたちは一斉に期待のまなざしで部屋の主を見上げました。
院長さまは子どもたちをざっと見渡し――そしてため息をつきました。
「どいつも飽きたな。ん? おまえはさっきの……初めてか」
院長さまは、子どもたちの端っこでうずくまる私の腕を掴みました。
「試してみるか。こい」
院長さまは部屋の中に私を入れて、部屋の奥の寝台に引っ張っていきました。
「なんでも、します」
私は必死に訴えました。
「なんでも、します。なんでも」
呪文のように何度も何度も言いました。
「うるさい。黙って言われた通りにしろ」
鈍い衝撃が頭を襲いました。殴られたのでしょう。
それから私は――
ふらふらしながら、言われた通りのことをしました。
わけがわかりませんでしたが、とにかく命じられた通りにしました。
踊って見せたり。詩の暗誦をしたり。お酒を注いだり……とても、いろいろなことを。
あのぎゅうっと包まれる、一瞬の幸せが欲しくて。
パンでも毛布でもなく、もう一度だけ、それが欲しくて……。
院長室から出されたとき。私の腕にはパンと毛布がありました。
けれども……一番欲しかったものはもらえませんでした。
「どれもヘタクソだ。話にならん」
院長さまは不機嫌にそう言って、私の背中を邪険に押して部屋から出しました。
「明日また来い。もう一度だけ機会をやる」
欲しかったものが手に入らなくて、私はとてもがっかりしました。
とても悲しくて、パンを抱きながらぐすぐす泣きました。
けれども希望はありました。明日また来い、と言われたからです。
明日は、昼間見た子のように抱きしめてもらえるかも……。
私が望むものを得るためには。
明日も院長室に行くためには。
まず、生きていなくてはなりません。
黙って死んでいる場合ではありません。
私は自分の口にぎりぎりと、貰ったパンを押し込みました。吐き気がしましたが、なんとかがんばって飲み込みました。幸い、院長さまのお気に入りの子だけが入れる部屋に入れられたので、だれにも毛布を奪われずに済みました。
こうして私は、なんとかその日を生き延びました。
次の日の夕方、私は昨日と同じくもう一度院長さまに部屋の中へ入れられました。
私は一所懸命言われた通りにしました。
なんでも、言われた通りに。
私はまたパンを貰い、そして――
「ヘタクソめ!」
不機嫌な顔でどんと背中を押されて、部屋を出されました。
私はとてもがっかりしました。
あのごほうびの光景は、幻だったのでしょうか?
廊下の隅で涙を拭っていると。院長さまは、いまだに部屋の前で待っている子たちの中から、かなり年上の女の子を選んで部屋の中へ入れました。
しばらく経って、その子が出てきたとき。
「いい子だったぞ」
院長さまはとても満足げな顔で、パンをどっさり抱えたその女の子を……ぎゅうと抱きしめました。
私は涙に濡れた眼で、食い入るようにその光景を見つめました。
やはり……夢でも幻でもなかったのです。
俺も。俺も欲しい。ぎゅうって、して欲しい……。
それからの私は、毎晩、院長様の部屋の前に並ぶようになりました。
お気に入りの子たちと一緒に、院長さまが自分を選んでくれるのをひたすら待ちました。
望みのものを得るために生き延びなければ。
私は積極的に、奪い合いに参加するようになりました。私は容赦なく、弱そうな子からパンをひったくり、毛布をはぎとりました。
院長室の扉の前での競争は、さらに熾烈でした。
ライバルを減らすために、みんな公然と互いの足を引っ張り合いました。
罵りあいや暴力沙汰なんて、日常茶飯事。
私は廊下の隅で、極力目立たないようにしていました。
歌がとても上手な子がいて、その子はよく院長さまの部屋に呼ばれました。
その子は院長室でとてもきれいな声で歌うのです。院長さまはその子の歌を聞くと、それはもう上機嫌でした。
その子はほぼ毎日呼ばれるようになったので、当然みんなうらやんで、ひどく嫉妬しました。
でもその子はある日突然、院長室の前に並ばなくなりました。
いえ……並べなくなりました。
ほどなく食堂の裏にその子が倒れているのが発見されたのですが、体中怪我だらけでとてもひどい有様でした。
全身の傷を負っただけでなく、その子の声は無残に潰されていました。
無理やり、清掃用の洗剤を喉に流し込まれて……。
だれに?
犯人はわかりません。でも、ひとりではないでしょう。
職員たちは犯人を捜しませんでした。そんな面倒なことは、始めから「なかったこと」にされました。王様に知られたらまずいことは、すべて。
歌う子がこうして排除されると、お気に入りの子たちは我こそはと歌うのを真似て、その子の後釜に座ろうとしました。
何か芸があれば、院長さまに呼ばれる確率が上がる。
そう理解した私も、こっそり歌の練習をしました。
でもそれからしばらく、私が院長室に入れられることはありませんでした。
いつか。いつかきっと――
抱きしめてもらうんだ。他の子たちのように。
そう思いながら必死に生きているうちに。月日は、どんどん過ぎていきました。そうして、孤児院に来て三年ぐらいたったころ。
数ヶ月ぶりに院長さまの目に留まった私は、とても久しぶりに院長室に入れられました。
「ひ! す、すみま……ひい!」
その日、院長さまはとても機嫌が悪く、私は何度も殴られました。
命じられたことを一所懸命やったのに、全然上手くないと怒鳴られました。
踊りも。暗誦も。楽器の演奏も。てんでダメでした。
「くそ! 話にならん。役立たずめ!」
私はお尻を蹴られ、四つんばいになって足を開くように言われました。
次の瞬間。
「うあ?!」
いきなり恐ろしい痛みが体を深く貫いてきたので、私は床を搔いて暴れました。
「ひぎいいいい!」
痛かったのです。この上もなく。
我が身を裂かれるかと思うほどに。
あの、血を搾り取る機械で手足を潰された時よりも。もっと、もっと。
私は耐えられなくて泣き叫びました。思わず逃げようとしたら、院長さまは私を壁際に蹴り飛ばしました。
「なんでもするんだろうが! 伽ぐらいしてみせろ」
私は震え上がりました。トギ? それは、なんでしょうか?
言われた通りにしなければ……。そうしなければ、もらえません。私が欲しがっているものは、絶対もらえません。
でも、今のは?
今のは……絶対、嫌でした。絶対、無理でした。体の中に、わけのわからないものを突っ込まれるなんて……。
見れば私が座っている床に血が流れていました。すでにひどく怪我しているようです。
どうしよう。どうしよう……
何か、気に入られることをすればいい? 何か、別のことを。
こわくて混乱した私の口から――歌が漏れ出しました。
こっそり毎日、ささやき声で練習してきた歌が。
あの声を潰された子が、やせ細って死ぬまで、声にならない声で歌っていた歌が。
ひとめみれば その子とわかる
とたんに。院長さまの顔つきがガラリと変わりました。
もえるたましいが その子をしめす
「おまえ……まさか……」
院長さまは、一瞬体を固め、ぶるっと身震いしました。
次の瞬間。
「来い!」
私はすっぱだかのまま部屋から引きずり出され、ぐいぐい引っ張られて院の事務室に投げ込まれました。
「おい、もう一度歌え。事務長! こいつの歌を聞け」
震え上がりながら、私は歌いました。がくがく震えながら、歌いました。
すると部屋にいた職員たちが息を飲んで、私の周りに集まってきました。
「相当、強いですね。発声域が人より広いんですよ」
事務長と呼ばれた人が、そう囁きました。
「やはり魔力がある、ということだな。肌にびりびりきたのだ」
「五年前の子以来ですねえ。しかしこの魔法の気配、あのときの子以上ですよ」
「すぐに国王陛下に使いを!」
弾んだ声で職員たちに命じた院長さまは、私の肩をものすごく嬉しげに叩きました。
「でかした! いい子だぞ! おまえのおかげで、この院はたっぷり金がもらえる。いい子だ!」
「待って! ぎゅうって、して! ごほうび、くださ……!」
私は泣きながら訴えました。でも院長さまは、私をすぐに職員に引き渡してしまいました。
職員は私の体をお湯で拭いて、ものすごく上等な服を着せて、応接室に放り込みました。
ほどなくやってきたのは、きらびやかな服のお役人たち。
私は彼らに手を引かれ、馬車に押しこまれ、神殿へ連れて行かれました。
神殿につくなり、神官たちは私に歌を歌わせて、顔を見合わせて深くうなずき合いました。
歌い終わるなり。私は、その場に倒れてしまいました。
私のズボンは、血で真っ赤に濡れていました。
院長さまにつけられた傷は、相当に深かったのです。
ひと月余り――私は神殿の小部屋で熱にうかされました。
神官たちは私に一度手当てを施して以来、指一本触れてこようとしませんでした。
だれもが沈黙して、私の部屋にパンと水をそっと置いていくだけでした。
たぶん、私が傷を負った原因をうすうす察したからでしょう。
でも黒髪には――私には、なぜ人から避けられるのか、わかりませんでした。
トギというのは一体何だったのか。
どんな意味を持つものか。
私は、全然知らなかったのです。
まだ、なにも。
やっと起き上がれるまで回復すると。
私はお役人に連れ出され、馬車に乗せられて、街道を何日も旅しました。
私の他にもう四人、同い年ぐらいの男の子たちが一緒でした。
どうやら「魔力が高い子」というふれこみで、いろんな国からエティアの王都にあるあの神殿に集められた子たちのようでした。
王都から出発した数台の馬車の連なりは、遠く遠く、はるか北の辺境へ至りました。
お役人は馬車の中で、私たち五人の男の子は、これから岩窟の寺院の「捧げ子」になるのだ、と言いました。
「君たちはいずれも去年の子たちより魔力が高い。しかも今年は五人もいる。黒き衣の導師様方は、大変お喜びになられるだろう。特に、レナンディル。君が導師見習いになるとお聞きになられて、国王陛下は大変お喜びになられたそうだ。エティア王国の孤児は、みんな『王様の子ども』だからね。陛下は王立孤児院にたくさん、お祝い金を贈られたそうだよ」
孤児院という言葉を聞いたとたん、他の男の子たちが私を見る目つきが変わりました。
あからさまな、侮蔑の表情に。
けれども私は、男の子たちの冷たい視線を気にかける余裕がありませんでした。
もう、あそこにもどれないんだ。
私は馬車の座席に膝を抱えてうずくまり、声を押し殺してずっと泣いていました。
切なる望みは、絶たれてしまいました。
いつかきっと。
院長さまに、もう一度ぎゅうっと抱きしめられる。
それだけをよすがに、必死に生き抜いてきたのに……。
たしかに院長さまは、とても最低でひどい人でした。
でも、それでも。
初めて会った時に抱きしめられたときのあの感覚は、どうしても忘れられないものでした。
嘘いつわりの、まったくのお芝居でしたが……
愛など微塵もこもっていない代物でしたが……
それでもあわれな黒髪にとっては、あれはまさしく、本物の幸せだったのです。
あの一瞬の、暖かいぬくもりは。




