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42話 業師たちと私

 雲割れの眼下に映しだされる、岩壁そそりたつ寺院。

 我が主が四年間修行し、私が数百年間封印されていた場所が、ぐぐっと拡大されて目の前に迫ってきました。

 白い岩山を穿って作られた寺院は城塞のようで、丸い窓穴がいくつもあります。

 この岩窟は何百年もかけて少しずつ穿たれて作られたもの。地下の封印所を守る、黒き衣の導師たちの住まいです。

 我が主がいた頃ですら、かなり鬱々した空気に覆われていましたが、今はさらに暗澹たる黒い空気が降りています。目に見えるぐらいのどす黒さで、どこもかしこも闇に沈んでいます。

 寺院は円鏡のような湖に面しており、その向こう岸には小さな街があります。

 何人もおいそれと寺院へ至ることができぬよう、その街の手前すれすれまで強力な風編みの結界がはられているはずなのですが……。


『結界がない。代わりにこの暗闇が寺院を隠してる。でも外から人をたくさん入れているみたいだよ』


 私を抱っこしながら下界を見ていたマエストロが、寺院の船着場を指さしました。街から渡って来たらしい船が停まっています。

 船には、たくさんの人々の姿。老若男女分け隔てなく乗っており、船着場で整列させられて寺院に引っ立てられています。

 先導するのは、仮面を被った蒼い衣の弟子たち三人。韻律の力が働いているのでしょう。人々は抵抗することなく寺院の中へいざなわれ……そして地下房へと押し込まれていきました。


『あれは涙の仮面じゃないか』


 三人の弟子たちが被っている仮面を見て、マエストロは興奮気味に仰いました。口の部分が鳥のくちばしのように尖った不気味な仮面は金属製で、テラテラ光っています。


『あれは感情を殺す仮面だよ。かぶった奴は主人の命令しかきかない奴隷と化す。仮面が、心を吸い取るんだ』


 このうんちくぶり。もしかして――


『十個作ったけど、まだ残ってたんだねえ』


 うわぁやっぱり。

 マエストロは普通の鍛冶師ではありません。武器防具を作るのはあたりまえ、作ったものに私のように魂を込めたり、魔法の力を与えたりするのが本業です。


『地下の封印所から引っ張り出してきたんだろうね。あれは作った当時とても評判が悪くてね、すぐに寺院送りになって封印されちゃったんだ』


 あれはって、ころころ笑って言うような代物じゃないと思うんですけど。

 ウォオオン、と地上からおそろしい低音の合唱が流れてきました。

 なんという不気味な音でしょう。

 その地響きのような音をきいたとたん、仮面の弟子たちは街の人々を二十人ばかり地下房から連れ出し。階段を昇り。中庭を横切り。そして円形競技場のような広場に入りました。

 すり鉢状の広場の中央にある円い舞台に、あのセイリエンがいました。

 あたかも王のように玉座のような椅子に座しています。黒き衣の導師たちは、舞台の周りにある石の座席に座っており、低い声で合唱しています。

 不気味な音の正体は、彼らが編み出す韻律の音でした。しかし導師たちはみなうつろな眼をして、何者かに操られているのが一目瞭然です。


『あれ? あの小さなあの子は? なんだかメニスの純血種に見えるけど』


 うわ。ちょっとあれって……

 私はたじろぎました。セイリエンの膝にべたべたよりかかったり、周りを飛び跳ねたりしている子供がひとりいます。

 あれって……魔王フラヴィオスじゃないですか!!


『やっぱりそうか。アイテリオンの子だったよね?』


 ええ、そうですともマエストロ。あの紫眼銀髪の不老不死の子供は、ケイドニア王国を建てた七英雄のひとり、かの白の癒やし手アイテリオンが生み出した化け物です。

 メニスのアイテリオンは仲間たちと建てた国を百年見守った後、メニスの里に戻りました。彼は実母でありメニスの長であるレイスレイリを喰らってその後を継ぎ、完全に不老不死の「時の王」となりました。

 その後彼は同じ純血種のメニスや人間の女と結ばれて、幾人か子を成しました。目の前できゃっきゃとはしゃいでいるあの子もその一人。

 フラヴィオスこそは、羽化に失敗して成人できなかったあわれなメニス。羽化不全を起こして血が赤いまま、そして子供の姿のまま繭から出てきたと言われております。

 奴こそ、数百年前に我が第二十四代目の主人、つまりエティアの武王が「水鏡の寺院」に封じた最凶最悪の魔王。エティアの王弟をたぶらかし、内乱を起こした張本人。

 核廃棄物以上の汚物です!!


『ずいぶん嫌ってるねえ』


 嫌いですよ! あんな頭のおかしい色情狂! 

 しかしフラヴィオスめ、やっぱりここにいたのですね。我が主が寺院を追われる直前、私はこやつの気配をおぼろげにとらえていました。

 精神波がとても似ていますけど、奴がここにいるはずはない。そう私は自分に言い聞かせて、全力で否定して関わらないようにしておりました。

 だってその存在を思い出すだけで、身震いしてしまうんですもの。


『まぁ確かにね。この子はだれとでも繋がりたがるんだよね?』


 そうなんですマエストロ。羽化不全のせいで、奴は頭が完全にいかれてるんです。しかも普通のメニスとは段違いの強力な甘露で、何人をも魅了してしまうのです。半径一メートル以内に入ったら最後、だれも奴の魅惑の匂いに抗うことはできません。

 あの超堅物のエティアの武王とて、奴におかしくされたんですよ。

 女の子の手も握れないどころか、まともに正視すらできないようなあの人がいきなり、


『君、とってもかわいいね』


 とか魔王に向かってほざき始めたんですよ。白い歯をキラっと見せて。


『しかしそれにしては、セイリエンとやらは涼しげな顔だ』


「ヴィオの剣ー、ヴィッオの剣ー♪」


 おや? たしかに。

 フラヴィオスは大きな広刃の剣を抱えて、セイリエンの周囲をぴょんぴょん飛び跳ねています。玉座に肘をついてわずかに左に頭をかしげているセイリエンは、不敵な笑みでそれを眺めています。

 史上最凶の危険物がすぐそばにいるのに、この大悪党の導師は全然魅了されているそぶりがないような。それになんだか、体が淡い黄金色に輝いています。


『強固な加護で護られているようだね。あの光には見覚えがある。刻印が見える。獅子紋が頭上にうっすら渦巻いてるね。ああ、これは……神獣レヴツラータの紋だ』


 なんと。それでフラヴィオスの魅惑の甘露と毒気を、遮断しているわけですか。


『やるね。たぶんセイリエンはフラヴィオスをおだてて、いい様に利用する気なんだろう。で、あれがにせの戦神の剣?』


 魔王フラヴィオスが嬉々として抱えている剣は、私にとてもそっくりでした。宝石の色は赤ではなく紫ですが、私と違っているのはそこだけ。柄も刀身も瓜二つ。

 その身に宿る邪気の濃さといったら……ブラックホールがそこにあるかのような重苦しさです。

 剣には、私のように人を喰らう機能がついておりました。その力はどうやら、導師どもが歌い上げる不気味な合唱によって発動するようです。

 フラヴィオスは次々と仮面の弟子が連れてきた人々を屠り。その血と魂を剣に吸わせました。

 恐ろしいことです。とても恐ろしいことです。

 マエストロの口が、きゅっと引き締まっています。その蒼い目がじっと、魔王が持つ剣に注がれています……。


『この剣の容量が読めない。まさか僕が作ったものより、さらに魂が吸い込めるのか?』


「くくく。いずれこの剣は世界を滅ぼす。もっと力を蓄えた暁には、たったひと薙ぎで軍団を消滅させられよう」


 玉座のセイリエンが陰惨な光景を目の前にして楽しげに笑っています。本当にろくでもないことを次々としでかす奴です。こやつは本物の大悪党です……。


「ヴィオ、今日の儀式は終わった。その史上最高の剣をサリスに返せ」


 魔王はきゃっきゃとはしゃぎながら、セイリエンの隣に立つ金髪の弟子に剣を渡しました。その弟子は仮面をつけておりませんでしたが、無表情で無言でした。魂がすでに、その身には宿っていないようです。かわいそうにただの抜け殻。歯向かったか何かして、体だけ操り人形にされているのでしょう。


「戦神の剣など比較にならぬ。我が剣は、いずれ世界を制覇しようぞ」


 セイリエンは勝ち誇った笑い声をあげました。

 命を喰らった恐ろしい剣は不気味に血塗れ、その刀身は豹変しておりました。

 闇に染められたように、真っ黒に。





『あの剣を作ったのは……』 


 マエストロ、おそらく工房に詰めていた業師ですよ。ゼクシスという名の導師です。


『業師の称号で呼ばれる導師か。僕から数えて一体何十代目なんだろう』 


 あなたから数えて? マエストロ、ということは……


『君を剣に封じたあと、僕はこの岩窟の寺院に連行された。涙の仮面とか君とか、僕は危ないものを作りすぎるって大陸審議会が僕を糾弾したんだよ。それで他の遺物と同様に、僕そのものを寺院に封印しろということになったんだ』


 ああそれで。五百年前のあの日……いきなり私の前から姿を消したのですね。

 私、なぜあなたが急に仕事場からいなくなったのか知りませんでした。


『わざわざ黒き衣の導師たちが寺院からやって来て、三人がかりで無理やりしょっぴかれた。寺院に工房があったのは幸いだった。ここの炉は質がいい。おかげで隔離生活に耐えられたし、導師になる気も起きた。ここでちょっと修行して、導師の名と黒き衣をもらったよ。そして弟子を取って、魔力がこもる武器を作る技を伝えた』


 なるほど。あなたは天寿を全うして、この寺院に葬られたわけですか。


『うん、湖に我が身を焼いた灰を撒かれた。黒き衣の導師として、僕は死した』


 つまり恐ろしい人喰いの剣の作り主、業師ゼクシスは、マエストロの弟子の弟子のそのまた弟子の……という繋がりにある者。マエストロの技は面々と、寺院の工房の業師に受け継がれてきた、ということなのでしょう。

 しかしゼクシスは残念なことに、すっかりセイリエンに操られておりました。

 彼は工房へ行かずに自分の寝床に横たわり、死んだようにずっと天井の一点を見つめておりました。

 寺院中を見れば、彼だけではなく他の導師たちも、そして弟子たちも同じ状況でした。生贄の儀式の時以外は、みな寝台で死人のように横たわっているだけなのです。

 マエストロは、工房の炉の火が落ちていることを大変悲しみました。

 寒々とした暗い工房の書棚はからっぽ。かつてここには、古の兵器の図面などがずらっと並んでいたのですが、すっかりありません。

 セイリエンに奪われたのでしょうか。

 壁には、私の複製品がたくさんたくさん、たてかけてありました。

 寸分違わぬ外見のものからつくりかけのものまで、数十本も。

 もしかしたら、業師は剣を作れといわれて、わざと時間稼ぎをしていたのかもしれません。うまくできないと言い訳をして、力のこもらぬ複製ばかり作っていたのかも。でもそれがばれて、ついに……


『弟子を人質にとられたとかして無理やり作らされたんだろうね。殺されはしなかったみたいだけど……』


 マエストロは哀しげに工房の隅を見つめました。

 そこには、琥珀色の大きな結晶がありました。その中に、がたいの大きな人間がそっくりそのまま入っていました。

 こやつはたしか、ティダという名の業師の弟子。いつもこの工房で業師を手伝っていた者です。業師の弟子は悲愴な顔つきで、何者かに殴りかかるような格好のまま固められていました。

 寺院はすっかり、セイリエンのもの。抗う者はことごとく排除されているようです。 

 なんという事態でありましょうか。 

 どうにかしないとだめですよ、マエストロ。もう僕らには関係ないって状況ではなさそうですよ? だってあなたの伝えた技が、悪用されているんですから。

 ねえ、戻して下さいよ。

 「水鏡の寺院」に行こうとしている、我が主のもとへ、私を戻して下さいよ。

 このことを我が主に伝えなくてはなりません。放っておいたら、いずれ大変なことになると、伝えなくてはなりません。

 だってセイリエンは、金獅子家の後見人なんです。奴があの禍々しい剣を金獅子家に与えたら、非常に恐ろしいことになります。

 まずは北五州が、征服されるでしょう。あの地方のど真ん中に潜むメニスの里――「水鏡の寺院」とて、無傷では済まないはず。

 魔王フラヴィオスは、きっと恨んでいますもの。おのれを裏切り、私とエティアの武王に協力したメニスの一族を。あの魔王を封じるために協力してくれた、「水鏡の寺院」の者どもを。あの粘着性がはんぱない化け物は、おのれを裏切った血族にきっと復讐するはずです。

 このままでは、我が主が巻き込まれてしまいます!

 安住の地へ身を寄せるどころか、戦火の渦中へ入ろうとしているも同然です。

 お守りしなければ。私が、お守りしなければ!

 お願いです、マエストロ。

 私を、帰してくださ――


『黙ってエクス。泣かないで』


 お願い。お願い。口づけなんか、いらないです。


『エクス』


 優しい抱擁なんて、いらないです。


『愛してる』


 どうか私の望む事をかなえてください。

 本当に、愛しているというのなら――!


『わかってる。君がそんなに願うなら戻してあげる。未来永劫、永遠に僕を愛してくれるって、今ここで誓ってくれたら、』


 マエストロはにっこりして仰いました。


『そうしたら、戻してあげる』


 う。ものすごく脅迫的な微笑。


『嫌?』


 嫌……というか。なんというか。それ、誓わないとだめですか?


『だめ。はい、誓いの言葉』


 ……ち、誓います。


『名前いわないとだめだよ』


 ううう……誓います、ソ、ソートアイガス様。


 私が渋々誓いますと。

 マエストロは、満面の笑みをそのかんばせに浮かべました。 


『よし。じゃあ、行こう』


 い、行く? 行くって?

 マエストロの目がまるで金床に燃える炎のようにきらりと青白く輝きました。


『戦神の剣は比較にならないとか……セイリエンめ、よくも言ってくれたものだ。あのくそ剣の方が僕が作ったものより性能が上だなんて、そんなこと絶対認めない』


 マエストロは手を払ってさっと雲を閉じ。それから私を抱き上げて立ち上がりました。


『おいでエクス。機能更新(バージョンアップ)だ』





 私たちの周りを、白い雲が覆っていきます。雲がとぐろを巻いて私たちを包み込みます。


 戦神の剣など比較にならぬ。


 マエストロはセイリエンが口にしたことに大変お怒りのご様子です。

 口元は微笑していますが、目は笑っていません。


『まずは自己修復機能を早送りして現状から回復だな。各機能の強化はそれからだ』


 雲の中に、寺院の工房のような金床と炉が現れました。

 雲が変化してその形を取った、という感じです。

 マエストロは私を金床に横たえました。

 これから何をされるのかと一瞬うろたえた私の上で、大鍛冶師が大きなハンマーをふりあげました。


『エクス。君を作り直すね』  


 え。ちょ……ちょっと待って。待っ……!


『自己修復機能全開。 更新速度を最速に』


 ま、まさかそれで私を打つつもりですか?!

 ま、待ってくださ――


『ちょっと、歯をくいしばってて』


 い、いやああああああ!





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 う。うう。私、どうなっ……気を失ってたような……ここ……真っ暗……

 あ、マエストロ? 目の前にマエストロが座って……私の頭を撫でて……る?


『OK、修復完了。機能拡張完了。不具合もだいぶ修正できた。痛くなかっただろ? これで778回目の更新になる。いつもは君が寝てるあいだにちょこちょこ他のシステム使ってやってたけど』


 いつもは?! ち、ちょっと、マエストロ!

 やはりあの雲の空間は、いよいよの非常事態に陥った時に私の中で起動するようになっていた……非常用の機能……なんじゃないですか?

 つまり、あなたは……


『でも今回のは、更新ていうより機能一新に近かったな』


 マエストロ。やはりあなたは、私の中に……いる機能ひとなのでしょう?


『うん。でも機能じゃなくて、魂そのものが入ってる。レクルーの中にフィオンがいるのと同じだよ』


 ちょっと! じゃあ、私があなたに永遠の愛を誓う必要なんか!


『いや。それは必須だったよ。僕のやる気に火をつけてくれなきゃね』


 うううううううううううううう!

 いつから、わたしの中に、入ってたんですか? いつのまに!?


『むろん始めから入ってたわけじゃない』


 大鍛冶師は飄々とした顔で肩をすくめました。


『一緒にしてもらったのは三百年ぐらい前だ。岩窟の寺院に君が運ばれてきた時、僕がそうしてくれと当時の業師に頼んだ。黒き衣のエケイオンに』 


 ……私が、寺院に封印された時に?


『僕は黒き衣の導師として亡くなったけど。いまわのきわに君にしたことと同じことを自分に施した。つまり、とある宝石に我が魂を封じたんだ。それからずっと工房で、〈助言者〉として代々の業師を見守っていた。まあ、ざっと百年ぐらいかな。君が寺院にやって来たと同時に、僕は当時の業師のエケイオンに頼んで君の中に移してもらったんだよ』


 マエストロは私をきつく抱きしめました。


『やっと君に再会できて。しかも一緒になれて嬉しかった。でも君はぜんぜん僕に気づかなかった。ぜんぜん、僕の呼び声が聞こえなかった。口を開けば腹減ったばかり。ずいぶん耄碌していたよね』


 う。す、すみませ……。


『言語中枢も思考もだいぶいかれてた。それでもいい、一緒にいられるだけでいいと思って、数百年、一緒にまどろんでた。でも君は、また主人を得ただろう? それからは耄碌させたままじゃヤバイと思って、こっそり君を直し続けてた。少しずつ。少しずつ。気づかれないように』


 なぜ、気づかれないように?


『だって君はすっかり自分がエクスカリバーだと思い込んでいたじゃないか。主人のレクルーに奉仕している状態で、しかもどんどんきなくさくなる状況の中で、もし真実を知らせたら、君の精神にショックを与えて混濁コンフリクトさせる危険があると判断したんだ。だから僕は、ずっと遠慮・・してあげてたんだよ』 


 マエストロ。それって……私と我が主のことを、ちゃんと考えていてくれたっていうことなんでしょうけど。なんかとっても恩着せがましく聞こえるのは、気のせいですか?


『ついに君が致命傷を負った時。僕はいい潮時だと思った。君と一緒に天に昇ろう。そう思って、君の前に姿を現したんだ。でも……セイリエンのあの戯言を聞いてはね。ひくにひけなくなったよ』 


 でしょうね……あんな言葉を聞いたら、マエストロは黙っていられませんよね。


『かなり本気出した。性能大幅アップってところだ』


 あの、雲がなくなって、ここ真っ暗ですけど。


『改変のために周りのシナプスを使ったからだよ。大丈夫、君が再稼動すればまた新しいシナプスが構築される。雲もすぐに蘇る』


 あの白雲は、私の脳細胞シナプス?


『うん。ありていに表現すればそうだ』


 マエストロの手が、私の頬を撫でました。


『エクス、これからは頻繁に僕に会いに来なきゃだめだよ。君は僕に誓ったんだからね。未来永劫、僕を愛すると』


 う。い、いえ。あなたに変態なことされるのはもう――


『一日一回僕に報告しに来るってノルマを設定した方がいいか。うん、そうしよう』


 そ、そんな! お、鬼! 悪魔! 

 で、出口どこですか? あの暗闇のはるか向こうに見える、明るい光の塊みたいなものですか? あそこ通ればいいんですよね? そうしたら目覚められるんですよね? 

 それじゃお世話になりました! あと五百年後ぐらいにまたお会いしま――


『きっかり二十四時間後に、僕に会うよう設定しとく。また君を抱くのが楽しみだ』


 いやああああああ!


『さあ、いっておいでエクス』


 なんとか召喚拒否の方法を考えましょう。ええ、方法を模索しましょう。

 毎晩この人に繋がれるなんて、考えただけで気が遠くなります。冗談じゃありません。

 私、数百年もの間、ダンタルフィタスよりも厄介なモノを抱えていたなんて……!

 私は走りました。マエストロの腕を振り切って、光に向かって一目散に逃げました。

 ニコニコと手を振って送り出すマエストロに背を向けて。一度もふりかえらずに、がむしゃらに走りました。



 出口に向かって。 


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