3話 呼びかける私
しかし……腹減りました。
何か食わせなさいと。暗い暗い封印所の宝物庫から。第二十五代目の主人もとい嫁である美少女に、しきりに呼びかけているのですが。
一向に埒があきません。
美少女は真っ黒い死神みたいな服を着た導師という人種の。弟子という職業についています。この宝物庫の真上にある、岩穴だらけの寺院に住んでいるのです。
ここは導師という韻律を操る魔法使いのアジトとなっており。何十人とその導師がいて。何百人とその弟子がいるのです。彼らは封印所の宝物、つまり私たちを、まるで墓守のように守っています。
寺院に住まう弟子のひとりである我が嫁。先日登録したばかりの美少女から、ようやくのこと、応答がきました。
やっとお互いの精神波の周波数がマッチしたようです。いやあ、苦労しました。美少女の精神波は、とても弱くて拾いづらいのです。
『え?何?』
だから。腹減ってるんです。
『僕に、言ってるの?何だって?よく聞こえない……』
だーかーらー。腹減りました私。喰わせなさい何か。
『え? あなた……誰? 男の人? どこにいるの?』
あら。私の姿が見えませんか?
確かに。
暗すぎますね、ここ。むかつきますいい加減。
ネズミ一匹クモ一匹いないってどういうことなの?
古い宝物庫らしく、蜘蛛の巣ぐらい張っててほしいものです。
エサがなくて余裕で死ねます。勘弁しなさい。
『な、なんか、言葉遣いおかしくない? どこかに閉じこめられてるの?』
ふむ……? 相手の精神波にシンクロする周波数を出して、遠隔チャットしてるのですが。分厚い岩壁に邪魔されて、感度がちょっと怪しいので。完全には疎通してないようです。
ともかく美少女。私に、エサを持ってきなさい。いますぐ。
『は……? 僕、男だよ……って、え、エサ? 何がいいの?』
男? なにウソこいてるんですか。その顔で男とか。冗談勘弁しなさい。
いいです、ネズミで。その生き血で。我慢してさしあげます私。いい奴ですから。
『かっ……かわいそうだよ』
可哀想? 菜食主義者ですか?
『似たような……ものかも』
早く。血を吸わせなさい。飢えてます私。耐えられません私。ありえません。なぜ永きにわたって、こんなところに閉じ込められねばならないのですか。
ほんと導師どもときたら。私の呼びかけが聞こえる者も、それなりにいるはずなのに。この一世紀、完全に無視ですよ。
黒い服のやつらには。ひとりとしてろくなのがいませんね。
と、ひとしきりぼやいてやりますと。
『あ、あのう、ぱ、パンとかじゃだめ?』
……。何でしょうこのレスポンスは。私にパン食わせるってどういうことなのでしょう。
バカにしてるのでしょうか? この私を? まさか。
ちゃんと精神波に乗せて、私の超カッコいい写メを送ってるというのに。
『そ、そんなつもりじゃ。でも、パンはおいしいよ?』
……。バカにしてるのですか? ほんとにまさか。血が通ってますか? パンに。
『い、生き物じゃないとだめなの? でも動物は、ここにはほとんどいないし……』
だめです。生物の生気を吸い取って、生きているのです私。寺院にはたくさんいるでしょう? ヒトがいるでしょう? 何百人と。
『そりゃいるけど……』
それでいいです。連れて来なさい誰か。てきとーに。喰ってさしあげます私。
『はあ?! 何……言ってるの? あなた誰? どこにいるの?』
……。いるでしょう私。目の前に。
やっぱり写メ転送機能が、コンフリクションしてるんでしょうか。
もういちど若かりしころの、超カッコいい私の写メを送ってみましょう。
一万と一千五百年くらい前の。
「リチャード獅子心王とツーショットの私」!
転送ー。
これ。当時騎士だった我が五代目のご主人様が。聖地エルサレムに来た獅子心王にサイン貰いに行った時。
「いい剣だなー」とかいわれて。持ってもらっちゃったんですよね。
「有名人に持ってもらったー!」とか。すごく興奮しました私。
だって英国の王様ですよ。英国生まれ英国育ちの私が。興奮しないわけないでしょう。故郷で一番えらい人ですよ。
当時のご主人様は目をキラキラ輝かせて。そりゃもう感動してましたよ。
肩なんか叩いてもらっちゃって。鼻血ブーしてました。
そりゃそうでしょう。王様にロイヤルタッチされちゃうなんて。一生自慢できることです。
私もニンゲンでしたら。きっと鼻血ブーしてたでしょう。
ええ、まさにその時の、映像です。しっかり記憶に焼付けました。永久保存版です。
あんまり嬉しすぎて。獅子心王の運気をバカ食いしちゃったとか。そんなことは全く……。
……。
……。
すみません。ちょっとだけ喰っちゃいました。
おいしかったです。ちょ、ちょっとだけですよ。ほんとに。ちょっとだけ。
王様が英国に帰れず亡くなったのは。私のせいじゃないはずです。
『目の前だって? でも、目の前には……誰もいないよ?』
っかあああ! あなたには目がついてないんですか? よく見なさい、美少女。
このツヤ光りしたわが刀身。オリハルコンにラミネート加工。すばらしいでしょう?
『ちゃんと目はあるよ。ていうか僕、女じゃないよ。
大体、誰もいないよ? 目の前には……そう、目の前には……』
ブチッとかいって。チャットが切れました。周波数がずれたようです。
女じゃないとか。何をとち狂ったことをいってるのでしょう。
あの顔で。ありえません。菫の瞳。鳶色の髪。どこの女神様ですか。
それからしばらく脳波シンクロがうまくいかずにいたのですが。
我が美少女の脳波は、その時かなりメンタルダウンしていました。おかげで見つけるのにかなり苦労いたしました。
他のかなり攻撃的な脳波に、完全に埋没気味でした。
「欲しい。はやく解放されてまた抱きたい」とか。
「僕の妻ー!僕の妻ー!」とか。
「混血は私のもの!」とか。
「くっくっくっ。皆、我が手の内で踊っているわ」とか。
「きいー。あんな子のどこがいいの」とか。
チャンネル合わせに躍起になってる間に。いろいろ雑音が聞こえてきました。
ああなんと。ニンゲンというものは。欲望の雑念の固まりなのでしょう。
しかしこの精神波たち、美少女のすぐそばのものなんですよね。
こんなものに取り囲まれてるなんて。美少女って……逆ハーレムなのでしょうか? もしかして私の美少女は、ピンチの中にいるのでしょうか?
ちょっと聞いてみましょう。
『元気ないようですけどー? 大丈夫ですかー? どーしましたー?』
うっ…。
なんかもう腹減りすぎて。声がうまく出せません私。
とにもかくにも。ちょっと何か喰わせてほしいです。
『……あ……またあの声……』
適当にだれか連れてきてくださいよ。喰わせなさい。
『このまえの……声だけの……』
美少女の生気でもいいからー。喰わせなさい。
『どうして? 僕に言うの?』
そりゃあ、あなた、私の主人として登録されてますから。
しかしほんと暗すぎですねここ。だれもいないって、寂しすぎます。
喋る奴鳴く奴だれ一人皆無とか。ヒマすぎて死ねますよ。勘弁しなさい。
『……どこかに閉じこめられてる?あなたも?』
あなたも? って美少女、どこかに閉じ込められてるのですか?
『ううん……僕じゃないけど、とても大事な人が……罪を着せられて、今、独房に閉じ込められてる』
うわあ。なんだかものすごくネガティブな色の精神波。
悲しみ? まずそうな色ですね。涙? お悩み? ほんとまずそうです。
でも。喰ってさしあげますよー私。
『悩みを……食べる?』
その力があるのですよ私。任せなさい。強いです私。ほら、かっこいいでしょう?
今回も写メを転送してみました。今度はもうちょっと最近ので。
「ボーニイことナポレオン・ボナパルトとツーショットの私」!
この人はご主人じゃなくて、第八代目のご主人様の、長年の宿敵でした。
生粋の英国紳士の私には、ずっとおフランス人は敵! 敵! 敵! だったのでしたが。
ウォータールーでついに大勝利してナポレオンを島流しにしてやった記念に。わざわざセントヘレナ島まで見物に行って。メモリに焼き付けてきたのです。
どうです! 失意のナポレオンと私! 力あるんです私! ウォータールーじゃ一体何人喰ったことか!
『力……って……?』
……。
ちょっと待ってください……。島流しにされて失意のボーニイの隣でVサインしてる我が主と私を見ても。ぴんとこないです……と……?
ち……ちょっと……じゃあ、とっておきの! 写メをだしますからっ!
これを見なさい!
「マリリン・モンローの真っ赤な唇にチュウされてる私」!
このときは。ハリウッドに出張して。映画の小道具として。使われました私。 これでも! バカにするのですか? 私を?
『そ、そんなつもりじゃ。でも、どんな……力?』
……。バカにしてます? まさかほんとに。それを聞くのですか?
ただ、持って振り回せばいいんです!
ぶるんぶるんふりまわして、気に入らないやつらをばったばったと倒せばいいんです!
『だって解らないよ。姿だって見えないし』
ほんとーに……目がついてないのですか? 見えてるでしょう私。目の前に。
『目の前には……誰……も……』
っかあああ! よく見なさい! 美少女! 見えてるでしょう。マリリン・モンロー! もとい。私の姿が!
『でも僕、女の子じゃないし……それに目の前には……け、剣しか……』
その剣ですってばー!!
ああ……。またぶちっとチャットが切れました。
「僕の妻ー! 愛してる! 僕の妻ー!」
ああ……うるさいです……。この声が、地上の岩の寺院の中で一番でかいです。
いつもこの声に邪魔されて。
おかげでなかなか、美少女の精神波が拾えません。
しかし美少女。少々心配です。
なんだか。生きる気力というものが。全く感じられません。
一体どんな育ち方をしてきたのでしょう。とても気になります。
ああ……もどかしい。もっと欲望のパルスを出しなさいと。
尻をひっぱたいてやりたいです。
あんなにか細い精神波では、ろくにチャットできないじゃないですか。
もっと近くに行かないといけません。美少女のそばに。
走って行きたいのに……。
なんで足がないの私。作った人恨みます。
ああ……喰っちゃってました。腹いせに。
忘れてました。だいぶ昔の。ことなので。
昔々。一万と二千年昔の。ことなので。
とりあえず。呼びかけ続けましょう。あきらめずに。
また探してみましょう。美少女の弱い弱い、精神波を。
『我もあきらめぬ』
はい?
『あきらめぬぞ』
あら。この前の、小さな黒い箱さんですね。あなたも大変ですねえ。
『……』
また黙ってしまいましたか。ほんとに調子が悪い機械なのですね。
かわいそうに。お互いがんばりましょう。
ああそれにしても。
いつご飯を食べられるのでしょう。
クモ一匹食べて以来、百年も飲まず喰わずとは、さすがの私もかなりやばいです。
生気を貯めておくバッテリーの残量が。もう残りわずかです…。
ちょっと不安に。なってきました。