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34話 皇帝陛下と私

 ニクスさん。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 私のせいです。

 あなたを天にいかせるつもりなど、なかったのに。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい……


『アクラ!』


 なん、ですか? フィオンさん。


『レクを守ってくれ! アクラ!』


 どうか、しましたか? フィオンさん。


『どうかって、見えないの? 空から突然、黄金色の鉄の竜が現れたんだ。舟が襲われてる。アクラ、このままじゃ僕らは……!』


 え……舟が。襲われて、いる?

 それは、大変……デス、ね。


『アクラ?! どうしちゃったの?』


 なぜ目がないの私。

 泣けないです。泣けないです。涙出ません私。

 涙が出たら。流れていくのに。

 哀しみが。流れていくのに。

 消えません。これでは消えません。

 永遠に。消えません……。


『アクラ!!』


 だれか、呼び、ました? だれ、でしたっけ。フィ……?

 なぜ、舟が、揺れてるのですか?

 舟の壁。壊れて、ますか? 何か、突っ込んできました、か? 何が、襲ってきました、か?

 ああ、これは鉄の竜。しかし金色。

 だれの竜? 美しい金色。

 舟窓にひしめく、黄金の塊の群れ。

 開かれる竜の口。

 轟く咆哮。

 世の終わりの黄昏。

 光の洪水――。


『しっかりして! アクラ――!!』





 銀の戦舟がそれから一体どうなったのか。

 あの時のことを思い出すと、私は恐ろしくて震えてしまいます。

 あの時私は、完全に混乱しておりました。

 ひどく動揺して。ひどく哀しくて。

 何もわからなくなってしまいました。

 今こうして思い起こせるのは、復旧機能(バックアップ)のおかげです。

 思考が停止した私の代わりに非常用の機能が起動して、見聞きした記憶を別の脳に保存したのです。

 そう、私はまたリシャルのお世話になったみたいです。

 その記憶には彼のメッセージがついていましたが、私に気を遣ってか、ただ『がんばれ』というひと言しかついておりませんでした。

 だから今、私は記憶を引き出(ロード)して見ることができるのです……。

 戦舟を襲ったのは、何十何百という黄金色に塗られた鉄の竜。

 その人造の竜たちは、空に浮かぶ巨大な要塞のごとき船、飛竜船からくり出されてきたものでした。

 奴らは戦舟に次々と体当たりしてきて、船体にいくつも大穴を開け、舟の中に侵入してきました。

 竜にはそれぞれ銀甲冑の兵士が二名ずつ乗っており、戦舟に乗っていた人々はあっという間にみな捕縛されてしまいました。

 スメルニアの人々だけでなく、うるわしきツヌグさまも。黒髪も。そして息を吹き返したばかりの我が主も――。

 かわいそうに我が主は、傷の深さゆえにまた意識を失ってしまい、黒髪は我が主の魂をしっかと繋ぎとめておくのに必死で、ろくに抵抗することができませんでした。


「私の子に触れるな! この子は癒しの力を持つ子だ! 」


 見上げたことに黒髪は、我が主を放すまいときつく抱きしめ、兵士たちにはついに指一本触れさせませんでした。

 我が主を抱いた黒髪が鉄の竜の背に押し込められたとき。フィオンが鋭く私に命じました。


『レクを守ってくれ! アクラ!』


 この声は。おぼろげに私本体も覚えております。

 しかし混乱していた私は、なにもすることができませんでした。

 私は我が主とは別の鉄の竜に乗せられて、宵空に浮かぶ巨大な飛竜船へと連れて行かれました。

 私の非常用の脳は、滞空する飛竜船を暗視機能でしっかり補足して記録しておりました。

 はるか眼下で哀れにも、無数の穴を明けられた銀の戦舟が、ずぶずぶ塩湖の底へ沈んでいきました。

 そして頭上では――天を覆うかのごとき巨大な船は、目覚めた黒竜ヴァーテインをするりと船倉に呑みこんでおりました。

 それははるかな昔。神獣たちの時代に、幾度となく目撃した光景でありました。

 きっと飛竜船は雲間に隠れていて、黒竜が目覚めるのをいまかいまかと待ちかまえていたのでしょう。


『めぼしいものは、すべて回収したよな』


 鉄の竜を操縦する兵士が相方に確認する会話も、しっかり記録されておりました。


『ああ、船室を全部見て回ったから大丈夫だろう』

『生きている者も物品も補給物も、すべて召し上げろ、か。その剣はずいぶん見てくれが立派だな。いいものっぽいぞ』

『そうだな。もしかしたら、今上陛下がお気に召すかも』

『陛下にじかにお渡しして褒美をいただきたいところだが。きっと隊長がその手柄をとっちまうんだろうなぁ』

『だろうなぁ』


 それで私は今、ここにいるのです。

 ため息をつく兵士たちがぼやいた通りに、兵士から隊長の手へ。隊長から司令官へとあれよあれよと手渡され。

 そして今――ここにいるのです。

 飛竜船の最上階。豪奢な真紅の褥の上に。


「おまえ、我が宮の宝物庫にある伝説の剣とそっくりだな」

『ええとわたし、は……』

「おもしろい。いずこの複製品であるか調べてやる」


 私は今、黄色い衣を着た少年のごとき人に抱きしめられております。

 この人こそが、飛竜船の主にして黄金色の鉄の竜で戦舟を襲わせた張本人です。

 この人こそは、大陸一の強国、スメルニアを統べる方。

 まごうことなき今上陛下、スメルニアの大皇帝その人。

 陛下は御自ら、この北の辺境にやってきたのです。

 いにしえの飛竜船をよみがえらせて――。


 



 香炉からくゆらくゆらと立ちのぼる、淫靡な紫色の香。

 天蓋から垂れ下がる太陽紋の幕。

 褥に横たえられた私は、まるでまな板の鯉。

 いえ、まるでどこぞの国から輿入れした姫君のごとく、今上陛下に淫靡な手つきで愛撫されました。 

 柄の宝石に触れられて私が身もだえしますと。


「なんだ、ここが弱いのか」


 陛下はくすくす笑って宝石をつついてきました。


「ぶるぶる震えて面白いやつだ」


 陛下は見目麗しい面立ちで、若々しく、まるで十代の少年のようでした。

 しかし実際はもっと年を取っているような、大人びた雰囲気をかもしておりました。

 艶やかな髪は鳶色で。鋭く冷涼な瞳は菫色。

 そう、スメルニアの皇帝は、我が主と同じ。

 まごうことなきメニスの混血であられました。

 大陸の名だたる王家は数代に一度、メニスの混血を妃に迎えてその血を家に入れます。   

 メニスの長寿の遺伝子をとりこんで、子孫の寿命を延ばすためです。

 この今上はとりわけ、メニスの血が色濃く出た方であるのでしょう。

 とても甘い甘露の芳香が、その体から立ちのぼっております。ただよう香の香りを打ち消すほどに。


「そんなに緊張するでない。くつろげ」


 陛下の瞳はギラギラと野心に満ちているというか。意志が強そうというか。

 同じ色なのに、我が主の優しい目とはまるで正反対の輝きを放っておりました。


「しかしずいぶん精巧な複製品だな。喋る能力も本物そっくりとは」


 いえ、私は複製品ではありません。本物です。

 そう訴えますと、陛下はたちまちかんばせをひどく不機嫌にされ、私の柄にはまった宝石にぎりっと爪を立ててきました。


『ああああああ! や、やめ! やめっ……!』

「何をうそぶくか。我がスメルニアの王宮の宝物庫にある剣こそ、本物の戦神の剣だ。我が偉大なる帝国が、にせものを所有するはずがなかろう」

『でも私、本物ですううう』

「黙れまがいもの。わが宮の宝物庫にあるものは、すべて超一級の品ばかりだ。魔法の絨毯も、導師ダンダルフィタスの杖も、そして戦神の剣もすべて本物。値などつけられぬ価値あるものばかりそろっている」

『ふわあああっ!』


 止めて下さいお願いします。

 宝石いじるのだけは勘弁してください。そこはまじでやばいんです。


「おまえが本物だと主張するなら、その証拠を見せてみろ」


 は、はい、では私に蓄積された知識が一万と二千年分ある証拠をお見せします。

 はるかな昔、青の三の星で流行りました「アニソン」なるものを、メドレーで歌ってさしあげましょう。

 メロンの騎士・みたエモン・次元鉄道000・けけけの魔太郎・美少年戦士ツメエリムーンってところで。

 ……あ、だ、だめですか? つまらない……ですか?

 え。オンチすぎる? 音程外れすぎ?

 すすすすみません! で、では、エスペラント落語など一席。

 え、なんだそれは、ですか。そうですよね。いやあ、お月さまっていう衛星で流行ったやつなんですけどねえ。

 そ、それではこの星の最近の一般教養から、人生に役立つカイヤールの百の格言でも……

 え、もうそらんじておられる。すごいですね! さすが皇帝陛下!

 仕方ありません、ではとっておきのものを。

 伝説のお笑い芸人「岩窟魔人一号・二号」の抱腹絶倒なウサギ・コントをここで披露いたしま――


「およそ役に立たぬガラクタのようだな。夜伽すらろくに務められぬとは、つまらん」


 よ、夜伽、ですか……ごくり。

 わ、私こんなフォルムで、くびれなんか全くないんですけど。

 それでもよろしいなら誠心誠意お務めいたしま――い、いたっ! やめて! 宝石つつかないで!


「本物は、生き物の魂を抜いて喰らうそうだな。おい、バオ!」


 ぐおん


 褥のそばから、猛獣の部類の鳴き声が聞こえました。

 陛下の麗しいかんばせが褥の縁に向けられるや、白地に黒い斑点のある獣の顔がひょっこり寝台の下から出てまいりました。

 それは天に昇っていったあのニクスと同じ雪豹で、 しかし子どもではなく立派な成獣でした。


「さあ、こいつの魂を喰らってみろ。本物の戦神の剣ならできるだろう?」


 その瞬間、私は凍りつきました。

 にゃあ、とかわいらしく鳴いた、あの雪豹の仔を思い出したからです……。

 私はうんともすんとも言えなくなりました。


「どうした? だんまりか? 早くこいつの魂を食って見せろ」


 や……やめてください。こんなこと……させないでください。

 その獣、あなたを澄んだ瞳で見てるじゃないですか。

 ごろごろ喉を鳴らしてるじゃないですか。

 かわいがってる子じゃないんですか?

 ほら陛下、あなたの手に頭をこすりつけてきてますよ……。


「できぬか。ふん、やはり本物ではないではないか」


 だめです、私……できません。無理です。できません……。

 ああ陛下。どうか。どうか。


 私は震えながら懇願しました。


 どうか私を、我が主のもとへ返してください。 

 我が主はあなたさまの兵士に囚われてしまったのです。

 解放しろとは申しません、せめて我が主のそばにいさせてくださいませんでしょうか。


「我が主だと? おまえはバカか?」 


 今上陛下は形よい口を悪魔のように吊り上げました。


「おまえの主人は、この朕だ」





 私が混乱している間に、戦舟に乗っていた人々はすでに陛下に処断されておりました。

 太陽の第一神官、陽睛(ヤンジン)は謀反人として処刑され。

 代わりに第二神官の尚光(シャングァン)が第一神官兼大神官に昇進しており。

 元老議員の識破(シーポゥ)は、紫の衣をはがされ貴人用の牢に入れられ。

 兵士たちは尚光のもとに再編成させられて。

 ツヌグさまをはじめとする下女たちは、調理場に配属されておりました。

 そして我が主は黒髪とともに、どこか特別の場所に閉じ込められているようでした。

 私は我が主とフィオン、そして黒髪の精神波を探しましたが、ほんの少しの反応も得ることができませんでした。何か物理的なものに遮断されている感じです。閉じ込められているのは、かなり特殊なところに違いありません。

 しかし私は我が主のもの。なんとか探しだしてそばに行かねば……。


「どこへ行くつもりだ? ずるずる這って、いやしいやつめ」


 陛下の足が私の刀身を勢いよく踏みつけました。

 私は陛下をなんとか説得しようとしました。

 私の主は、レクリアル・ノーン唯一人。あなたのしもべにはなれぬのです、と。


「つまり。レクを殺せば、おまえは朕のものになるのだな」


 いいえ、なりませんと、私は必死に説明しました。

 たとえ我が主が亡くなっても、あと九十九年九ヶ月二十二日と十四時間十分経たねば、私は次の主を得ることはできません。

 例外は認められません。

 私は百年に一度しか、主をとらないのです。


すると陛下は怒り出し、私を何度も踏みつけました。


「つまらぬ! 使えぬ! おまえなど壊してやるわ!」


 何度も。何度も。激しく。柄の宝石の部分をわざと狙って。

 それからぎりぎりとつかんで、宝石をくり抜こうとしました。


『い、いやあああ!! おやめください。おやめください。 私……私、も、もう、だ、だめ……死ぬ……死……!』


――「おやめなさい、今上陛下」


 無体な仕打ちを受け、私の宝石についにぴきりとひびが入ったとき。

 黒髪の声が寝室の入り口から聞こえました。

 陛下は私を思いっきり蹴り飛ばし、鋭く叫びました。


「黒髪! こいつは使えぬ!」

「だから申し上げたでしょう。それはまがいものの中でも、最低の品質の剣だと」

『ちょ……ちが……わた……ほんも……』


 言い返そうとした私は、宝石を傷つけられたために、まともな声を出すことができませんでした。


「黒髪、こちらへ来い。ひまだ。伽をしろ」


 驚いたことに、黒髪は大人しく寝室に入ってきました。

 陛下は手を伸ばし、なんと黒髪にぴっとり抱きつきました。


「黒髪、おまえは使える。賢い導師だ。それに美しい。朕はおまえが欲しいから、牢には入れないでやったんだ」

「そのことは、感謝する」

「さあ黒髪、朕の衣をおろせ」


 黒髪は言われた通りに陛下の黄色い衣を脱がして、床に落としました。

 まっ白な肢体があらわれるや、陛下は黒髪の黒い衣にしがみつきました。


「黒髪、朕に口づけろ。唇に。それから、体中に。余す所なく口づけろ」

「申し訳ないが……これ以上、陛下のお相手をすることはできぬ」


 黒髪は陛下の白い体をそっと離しました。


「朕の命令をきけぬだと? なぜだ? 朕の方が、あのやせっぽちで死にかけの混血より美しいぞ? メニスの血だって朕の方がずっと濃い。あいつより濃密な甘露で、おまえを満足させてやれる」


 陛下は黒髪の頬をいとおしげに撫でました。

 おそろしいぐらいの甘い芳香がぶわっと周囲に広がりました。

 黒髪の目はその甘露の魅惑の香りに一瞬とろんとしたのですが。しかし奴はその誘惑をすぐさま振り払い、きっぱりと宣言しました。


「私は、レクルーのものだ」


 すると陛下は怒りのうなり声をあげました。


「言うことをきかねば、あの混血をおまえの目の前で犯してやる。甘露にまみれた四肢を切り刻みながらな」


 とたんに黒髪の顔色が変わり、右手が銀色に輝きました。韻律を使って陛下を吹き飛ばそうとしたのです。

 ところがその瞬間、奴は呻き声をあげて額を抑え、床に転がり、丸まって震えだしました。

 なんと額から血が流れています。

 どうやら額に隷属の印のようなものをつけられており、反抗しようとするとものすごい苦痛を与えられるようでした。それでも黒髪はなんとか言ってのけました。


「やめろ……あの子に手を出すな……」

「おまえもあの混血も朕のものだ。黒髪、命令する。二度とあの混血に姿を見せるな」

「あの子を傷つけるな……!」

「黙れ!」


 黒髪の額がギラッと光ると同時に。奴は床の上でもんどり打ちました。

 隷属の印が陛下の命令を奴の脳髄に送り込み、従わせようとさらに苦痛を送ったのでした。


「そんなにあの混血が大事か? では、おまえの目をひとつ貰おうか? 自分でくり貫いて出してみろ。そうしたら、あやつをしばし生かしておいてやろう」


 おそろしい笑い声が陛下の口から漏れました。

 とてもそんなことはできぬだろう。

 陛下はそう踏んだのでしょう。

 しかしそれは、大きな間違いでした。

 陛下は、この黒いケダモノを完全にみくびっていました。


「なん……だと? まさかそんな……」


 陛下の笑い声は、突然ふつりと途切れ。

 床に這いつくばる黒髪を眺めるかんばせは、みるまに蒼ざめていきました。


「う……ぐ……ああああああ!」


 黒髪は……

 すぐさま陛下に言われた通りのことをしたのでした。

 ぶるぶる震え、低い呻き声をあげながら。

 ぼたぼたと。床に血を落としながら。


 しかし一瞬も。

 迷うことなく。





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