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27話 風乗りと私

 我々の頭上を飛び去り、目前の砦へ降り立った鳥のごときもの。

 それは、全身が鉄でできた竜でした。

 体長は本物の半分で五メートルほど。まっくろなトカゲのような胴体に、鉄の骨組みが連なった細長い尾。爪鋭き四肢。翼竜のものを模した、二枚の両翼。

 私の記憶にしっかり刻まれています。

 あれは、「鉄の竜」ロンティエ。その昔、大陸中で使用されていた乗り物です。

 あのトカゲ――竜王メルドルークの眷属どものような半機械生物ではなく、人間が乗り込んで操縦するもので、動かすには浮遊石という鉱石が不可欠です。

 黒髪の導師はその存在を知っていたようで、我が主にカッコつけてうんちくを垂れました。


「現存している鉄の竜は、スメルニアの皇族が祭祀用に使うものだけと文献で読んだ。何年かに一度、浮遊島にある皇家の始祖の墓所へ行くのに使われるそうだ。よもやこんな場所で目にするとは……」


 本で読んだだけの知識にしては、かなり正確です。

 私はあの鉄の竜をかつて何度も見て、しかも何度も乗ったことがありますので、親切にも教えてやりました。


『ロンティエはスメルニア皇国が開発した兵器です。あの乗り物を製造し、量産して大陸中に輸出したおかげで、ひと昔前はどの国の軍隊もロンティエだらけでした。どんな国の兵士どももみなあれに乗りまして、空で戦いあったものです』

「アクラさん、ひと昔前ってどのぐらい前なの?」

『あれを最後に見ましたのは、一千年ほど前でしたかねえ……』




 竜王メルドルークのような神獣たちの争いは、大陸に統一王国が建った後も終息することはありませんでした。

 反乱を起こす側も鎮圧する側も、神獣たちとその眷属を使いまくり、その神のごときすさまじい力のために、この星は幾度も破壊されそうになったものです。

 何度目かの全生物滅亡の危機の直後。現状を憂いた時の統一皇帝が大陸中に呼びかけて、古代兵器封印法なるものが制定されました。

 これによって神獣たちだけでなく、実にたくさんの古代兵器が破壊されたり、封印されました。

 けれども残念ながら、人々の間に戦がなくなることはありませんでした。

 統一王国はそれからまもなく滅び、混乱と衰退の時代が訪れたからです。

 たくさんの独立国の中で頭角を現し、一番の勢力を持ったのは、統一王国時代も自治州として独立を保っていたスメルニア皇国です。

 かの国は次世代の兵器ロンティエを創りだし、ありとあらゆる手をつくして、「これは封印対象外の兵器である」という認定を勝ち取りました。普通に誰でも使用してもよい特例の兵器として、鉄の竜は大陸中に輸出されました。

 こうしてロンティエは戦の主力兵器となり。数多のロンティエ乗りたちが、空に散っていきました。

 しかし。

 鉄の竜は、一千年前に大陸から姿を消しました。燃料となる浮遊石が枯渇したために、安定した製造を続けることができなくなってしまったからです。

 その機械の竜が、今、何機も我々の頭上を飛んでいるということは……。


「まさか、スメルニアは鉄の竜を復刻したというのか?」


 黒髪の導師が鬱々と言いました。

 その通りでしょう。かの国は、かつての兵器を復活させるに足るもの、すなわち浮遊石をどこかで手に入れたに違いありません。

 その証拠を示すように、頭上を飛ぶロンティエどもは、黒い砦といずこかを足繁く往復しています。砦から出てくるものは、大きな袋をいくつも吊り下げています。ここで何かを掘って運び出しているようです。運んでいるのは、もしかするとまさにその浮遊石かもしれません。

 この北の辺境の地を管理するエティア王国は、スメルニアの侵攻を全く把握していないことでしょう。このあたりには人は住んでいないと認識されておりますし、エティア王国が保有する軍といえば、原始的な騎兵ぐらいのもの。岩山を越えてこんな極地近くの辺境までなど哨戒しておりません。

 よそさまの土地でこそこそ軍備を増強して、スメルニア皇国は一体何をするつもりなのでしょうか?

 我が主たちは緊張した面持ちで、宵闇にまぎれて城壁に近づきました。

 すぐそばの凍りかけた塩湖の岸辺には、細長い形の戦舟が数隻泊まっています。 

 竜頭の舳先を持つ銀装の舟がひときわ目を引いています。将軍級の高貴な者が乗るためのものでしょうか。その隣の地味な一隻は……トォヤ族の邑から見送った舟にそっくりです。 

 ああ、ツヌグさまたちは、ここに連れて来られたのにまちがいありません!

 我が心は期待に躍りました。我々は首尾よく追いつけたのです。





「しかし……風乗りたちをこの目で実際に見られるとは」


 黒髪の導師は空を仰ぎ、またもや頭上を飛んでいったロンティエを感慨深げに見上げました。


「かつてロンティエに乗る兵士はみなそう呼ばれたらしい。大昔の戦を記した文献によく出てくる」


 あれが風乗りですって? 竜を操る者ども? まさか、ご冗談を! 

 私は無知な導師に、ロンティエ乗りは本物の風乗りではないと教えてやりました。

 風乗りというのは本来、本物の竜を乗り回していたメニスの一族のことをいうのです。竜の頭数が激減し、本物の風乗りがほとんどいなくなった時代に、スメルニア人が彼らを模倣してあのロンティエを作りだしたのです。


『全く嘆かわしいです。本物の風乗りは、竜と話し風を読み、風を操り、それはそれはすごいものでした。ですがロンティエ乗りは、ただ機械を動かすだけですからねえ』


 「俺は大陸一の風乗りだ!」 と、かつて二十二代目の我が主とつるんでいたロンティエ乗りがいつも豪語しておりましたが。奴の言い分を、私は決して認めませんでした。ええ、認められませんとも。本物を知っている者には、決して。

 あれは第十六代目の主人とともにいました時のこと。私は万年雪積もる霊峰アッシュルフラヴナ山のてっぺんに至りまして……


「レクルー! だめだ戻れ!」


 黒髪の導師の叫びに、昔の記憶をロードし続けていた私はハッと我に帰りました。

 雪まみれの木影に身を隠していた我が主の体から、サッと魂が抜け出していったのです。


「戻れ! 行くな!」


 黒髪が血相を変え、すかさず追いかけていきました。水色の魂の玉が奴の体からすぽっと抜け出ていって、その体が我が主の体もろとも、雪の中に倒れこみました。

 おいてけぼりをくらった私は、フィオンの精神波を探しました。


『フィオンさん! いきなり飛び出して大丈夫ですか?』


 すぐに返事が返ってまいりました。


『大丈夫だよ。レクは今、自分の体の中にいたくないってすごく思ってる。だから僕らはとても抜け出しやすくなってる。この調子でどんどんトリオンから遠ざけるよ。ちょっと砦の中を偵察してくるから待ってて』


 我が主の菫色の魂は、まるで追いかけっこをするように水色の魂から逃げながら、びゅんと黒い砦の中へ消えていきました。

 そしてこの後きっかり三十分後。

 私たちは、信じられない事態に直面することになったのです……。





 偵察に行った我が主たちが体に帰ってくるまで、私は記憶をロードして懐かしい思い出に浸っておりました。

 私が本物の風乗りに出会いましたのは、ジークたちの時代よりもずっと前のこと。

 第十六代目の主人の時です。そやつは私を神殿から盗み出した大盗賊で、大陸中の秘宝を求めて四六時中旅をしておりました。

 大盗賊はある時、命よりも大事な想い人を失ってしまいました。そこでなんとしても彼女を生き返らせようと、己の盗賊としてのすべてをかけて「よみがえりの秘法」を探しだし、それを護っている者から盗み出そうと、大陸の西の果ての大山脈に分け入りました。

 万年雪積もる霊峰アッシュルフラヴナ山のてっぺんに至りましたとき。

 そこで我々は目にいたしました。

 竜の背に乗る、銀の髪の者どもを。

 それこそ本物の風乗りたち。当時はまだたくさんいた、メニスの純血種の在りし日の姿でありました。

 大盗賊は彼らから死者を取り戻す秘法をなんとか盗み出そうといたしましたが。それは叶わぬ望みに終わりました。

 風乗りたちはただただ、竜と共に悠然と空を舞っていただけなのに。

 そして大盗賊は、空を翔ける機械の羽を装着しておりましたのに。

 ほんの少しも、近づくことができなかったのです。

 風乗りたちは風に命じ。風を操り。夢幻のようにふわりと大盗賊のそばを飛び去っていき。そうして二度と、その姿を……


――「ちくしょう!」


 私が再生しておりました竜と銀髪の美しきものたちの映像が、突然、ぶざまな叫びによってかき消されました。


「なんで逃げる!」 


 黒髪の叫びです。奴がおのれの体に舞い戻ってきたようです。しかし、ひどく取り乱しています。


「そんなに俺が嫌なのか? やっぱり山のパパの方がいいのか? 嫌だそんなの。絶対嫌だ!」


 ちょ……一人称、俺?

 こやつ、ついに猫かぶりをやめて本性でしゃべくりだしたようです。

 ていうか、一体何があったんですか? 我が主はまだ偵察中ですか?


「うるさい黙れ! おまえなんかへし折れちまえ!」


 我が主の体をかき抱いて、黒髪は子供のようにしくしく泣きだしました。

 いや、泣いてばかりじゃわかりませんて。

 ちゃんと説明してくださいよ。ほら、ちょっと落ち着いて?

 それに私、まがいものじゃありませんてば。すっごく役に立つんですよ? 

 ね?

 ちょっと優しい調子で語りかけてやりますと。黒髪は泣きじゃくりながら叫びました。


「レクが、俺から逃げていく!」


 あー、それはよーく分かってます。


「きっと俺のことが嫌いなんだ……!」


 ええ、フィオンはあなたをひどく嫌ってますよ。


「なんだと? フィオン? まさか……」


 あ。やば。口が滑っ……。


「ちくしょう! やっぱりあいつが何かしていたんだな? あの潔癖野郎!」


 それから黒髪はひとしきりフィオンを罵り、呪いまくりました。放送禁止用語たっぷりのその暴言の波に、私はただただ唖然といたしました。

 まさにスラングだらけのスラムの浮浪児並み、リシャルにことごとく音声修正されそうな口の悪さです。


『あなた、育ち悪いでしょう。とっても悪いでしょう』

「ああ悪いさ! 俺は孤児院育ちだからな! だからなんだ? 捨て子のどこが悪い? 俺は捨てられたくて、あんなところに捨てられたんじゃ――」


 ちょっと落ち着きなさい。賢い導師のイメージがガタ落ちですってば。

 それで我が主はどうなったんですか?

 あなたの過去はどうでもいいですから、我が主のことを教えて下さいよ。


「捕えられた……」


 なんですと? 魂の状態で?


「砦の中を見た後、舟の方に行ったんだ。ツヌグたちはあの舟にいた。だがユールがいなかった。ユールを探してあの銀色の舟に行ったら、俺の子はそこでくそったれな魔女に捕まった!」


 ユール? ああ、こやつの兄弟子、金髪の導師カイザリオンのことですね。

 黒髪はここでまたひとしきり、今度は銀の舟に乗っている「魔女」を呪いまくりました。

 一体どんな生育環境で育ったんでしょう。翻訳不能な言葉多数。

 私はうんざりしながら、取り乱す黒髪から仔細をなんとか聞きだしました。

 砦の中には破壊された大きな邑が丸ごとひとつあり、地に大穴が開けられているそうです。邑の男たちはみな強力な術に操られて、浮遊石を掘らされているのだとか。

 その指揮をとっているのは銀の舟に乗っている「巫女姫」と呼ばれる女の手下で、なんと我が主は、その「くそったれ」な姫君によって、水晶玉に封じ込められてしまったというのです。


『それはなんとうかつな』

「ちくしょうフィオン! あの魔女も絶対許さない! 俺の目の前で俺の子を奪いやがって!」


 子供のように泣きじゃくりながら、黒髪は我が主をきつく抱き絞り。しきりに口づけし始めました。


「レクルー……レクルー! 俺にはおまえしかいない……おまえしか……。絶対助けるからな」


 こ、これは……。

 大変です。魂がないのをいいことに、我が主の体はこれからたっぷりと、こやつのいいようにされてしまうじゃないですか!

 私はあわてて我が主の精神波を探りました。幸いにも、水晶玉は単純に魂を捉えるだけの物のようです。我々主従は遮断も妨害もされることなく、容易に疎通することができました。


『ちょっと。なにドジふんじゃってるんですか!』

『アクラ……さん?』――『ごめんアクラ! 調子に乗りすぎた』


 我が主と一緒に、フィオンの精神波が聞こえてまいりました。

 私はさすがに苦言を呈しました。


『水晶玉に閉じ込められるとか、なんですかそれは。そんなアホこいた主人は二人目ですよ。あのですねえ、黒い髪の悪人面の人が血相変えて飛び起きて。なんかひどく泣き喚いてるんですけども』


 あ……黒髪が我が主を抱きかかえて、銀の舟に向かって走りだしました。

 魂のそばに体を運ぼうというのでしょうか。

 ま、待ちなさいこら! 勝手に我が主の体を運ぶのはおやめなさい!


『我が主、悪人面の人が勝手にあなたの体を抱えて走り出してますけど。抵抗していいですか?』

『抵抗しないで!』――『抵抗して!』


 表裏一体の我が主たちから、同時に答えが返ってまいりました。


『レナンの言う通りにして! 協力してやって!』――『だめだ! トリオンのいうことなんか聞くな!』


 レナンとは、我が主が打ち明けられた黒髪の本当の名前のようです。 

 私は一瞬迷っておろおろいたしました。

 実を言えば。私は、フィオンの命令の方を聞きたかったのです。

 愛に飢えて子供みたいにびいびい泣いてる変態に協力するなんて、嫌だったのです。

 でも。我が主の精神波の方が、正式な主人のものとして我が身に登録されております。残念ながらフィオンの命令は、我が主のものよりも優先順位が落ちるのです……。


「ちくしょう重い! おまえ、自分で飛んで移動しろ!」


 我が主を抱き運ぶ黒髪はちっと舌打ちをして、私を我が主の背から引き離し、雪の上へ投げ捨てました。


『ちょ! なにするんですか! ちょっと我が主、聞いてくださいよ! こいつひどいですよっ』


 私は我が主に訴えたのですが。危機に陥って焦る彼は、よもや理想の導師がこんなに取り乱しているとは露知らず、ともかく黒髪に従えと繰り返すばかり。

 しかも追い討ちをかけるように、背後からなんか獣臭いのが我々を追いかけてまいりました。

 うわ。雪豹の仔じゃないですか。穴からやっとこさ出てきたようです。

 うああ! 飛びつくな! 勘弁しなさいいい!


『アクラさんお願い! レナンの言うことを聞いて!』――『アクラ! こっちはなんとかするから! トリオンからレクの体を引き離して! 触らせないで!』


 豹の子の分厚い肉球に押されて雪に埋もれた私は、泣きたい気持ちでいっぱいでした。

 「お願い」ですと? ああ我が主、そんなに必死に訴えるなんて。

 これは……私、正式に権利委譲かまされたって判断でいいのでしょうか?


『委譲……う、うん! そうだよ! 僕、レナンに君を預ける!』――『アクラ! レクの言うことを聞くな! 断れ!』


 「預ける」……。うう……仕方ありません。了解しました我が主。

 残念ながら、あなたの命令は絶対です……。

 私、これより権利委譲(プロモーション)モードに入りますね……。


『ぷ、ぷろも……?』――『アクラのバカっ!』


 超不本意でしたが。

 私は我が主を抱えて走りながらぶっちぶち文句を垂れている黒髪の男を、これよりきっかり二十四時間、我が主の正式な代理人として承認することにいたしました。

 この特殊な権利委譲モードは、二十四時間で切れるものです。切れたらどうかまた更新してくださいと、私は我が主に説明いたしました……。





 そのようなわけで。

 あろうことか黒髪は、私の暫定的な主人となってしまいました。

 おかげで私はこれからしばらくの間、ひどく大変な目に遭うことになったのでした。

 想像を絶するような大変な目に。




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