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24話 トカゲと私

 我が主を腕に抱いて眠る黒髪の男。

 そのまぶたは固く閉じられ、低い寝息をたてています。しかしこの無防備に見える状態でも、しっかりと己と我が主の身に結界を張っています。まったくもって隙の無い奴です。

 二人の足元には豹の仔。長々と体を伸ばして寝そべり、これも目を閉じております。

 こやつらがしばらく目を覚まさない状態であるのを今一度確認し。

 それから私は語り始めました。

 もうひとりの我が主、フィオンの望みをかなえるために。

 おそらく黒髪と我が主が仲睦まじくイチャついているのを、ひとり寂しい思いでひそかに見ていた子のために――。





『メルドルークは神獣の中の神獣、ゆえに竜王と呼ばれておりますね。この大陸には、他にもたくさん神獣が眠っておりますよ。今は稼動しないものがほとんどですが』


 私がそう切り出しますと。フィオンは弾んだ声で反応してまいりました。


『うん、知ってる! まだ僕が自分の体を持ってたころ、お師匠様が講義してくれた。ものすごくきれいな、古代の遺物の絵を見せてくれたんだよ。神獣の絵が、小さな札に何十枚も描かれて箱に入ってるやつ。レヴツラータとか、ヴァーテインとか、レイズライトとか……』

『おお。それは大昔に流行りました、神獣戦争という遊戯の札ではありませんか?』

『えっ? 遊戯? あのきれいで小さな、絵ハガキみたいなのが?』


 私はおのれの記憶から絵札の映像を引き出し、岩に映して見せてあげました。

 するとフィオンはとても嬉しそうに、明るい精神波を放ってきました。


『あっ、これだよこれ。僕が見たのとおんなじものだ』

『我が二十代目の主人が、この遊戯にひどくはまってました。絵札に数値がついてましたでしょう? あれをつき合わせて戦い、絵札の取り合いをするのです』

『それは面白そうだね。僕、絵のきれいさに目を奪われて、遊戯の道具だなんて全然気づかなかった。竜王メルドルークの絵が、一番かっこいいよね』


 フィオンはうきうきしています。この子はまだ、十代前半ほどの少年なのです。


『あとね……胸が裸の女神様の絵も、すごくきれいでさ。どきどきした』 


 素晴らしいです。これぞ、健全な男子の反応ですよ! 

 美しい女性に恋をする。姫君を救う。それがヒーローというものです。

 ゆめゆめ、黒髪のケダモノなんぞにたぶらかされて、道を踏み外してはなりません。


『この遊戯が流行りだす一千年前、大陸中で神獣が作られました。彼らは人間によって改造された、この星の巨大原生種です。人間たちは彼らを守護神と崇め、彼らの操る鋼の眷属を使って戦争をしたのです……』


 一番始めに神獣を作ったのは、灰色の衣の導師たち。

 彼らはまず、韻律で動く全身鋼の兵士の軍隊を作りました。

 これを精神波で操り統括するものとして、巨大な神獣レイズライトが生み出されました。

 巨鳥を改造して生み出された、天使のような姿の、鋼と有機物の混合体です。

 当初それらは、大陸の覇権を狙うある王国のために作られたものだったのですが。

 その国の王が灰色の導師たちを裏切ったために、導師たちの企みで、大陸諸国すべてに大いなる技の秘密が知れ渡ってしまいました。

 百年もたたぬうちに大陸中のほとんどの国が、神獣と鋼の軍隊を所有するようになりました。

 鉄の兵士だけではなく、地を駆ける馬や獅子や狼。空とぶ鳥。水中を泳いで地雷となる鉄魚……実にいろんな種類の鋼の軍隊が、次々と生み出されました。

 司令塔となる神獣を作るために、人々はできるだけ強く大きな生き物を求めました。

 獅子や虎。鯨や巨鳥。それに、竜。

 人間たちは先を争って強力な神獣を作り、自分たちの国の守護神としました。

 金の獅子レヴツラータ。

 黒き竜ヴァーテイン。

 狼王レウカリオン。

 海王エルギル。

 こうして。守護神たる神獣の力こそが、その国の力であるとみなされる時代が到来したのです。

 神獣たちはそれぞれの鋼の眷属を従え、人間たちの代わりに戦いました。

 大陸の覇権をかけて。





 神獣たちが次々と生み出されたころ。

 私は、通算五つ目の神殿に身を置いておりました。

 人間の第一王朝の玉座から離れてからそこへいたるまでの数千年間、私は神殿で惰眠をむさぼることが多かったのですが。それでも二人ほど主人を得て、かなりスリリングな冒険をいくつかこなしておりました。

 五箇所目の我が家となったその神殿は、我が十七代目の主人、ジーク・フォンジュを祀っておりました。

 じつのところ、ジークは神になるほどの功績を成したわけではないのですけれど。

 メニスのレイスレイリに片想いした彼が、彼女の過保護な父親、魔王アリステルを倒して彼女を自由にしてやった、というだけなのです。しかも彼女にいらぬ世話だと怒られて、恋は実らずじまいだったのです。

 しかしその副産物で生き永らえた、小さな王国がありました。その国でジークは「英雄神」に祭り上げられ。生前から地所を下賜されておりました。

 彼の死後、そこに神殿が建てられて。彼の棺と私が、祀られたというわけです。

 その神殿と地所は、ジークの子孫によって管理されました。彼らは性別を問わず、家の長子に先祖の名前と家督を継がせましたので、女の当主も時折おりました。

 七代目のジーク・フォンジュはその最たるもので、それはそれはとても麗しい乙女でした。彼女の婿も、それはそれは見目の麗しい男でした。

 というのも。七代目のジークはことのほか面食いで、おのれの美貌の噂を聞いてわざわざ参拝しにきた貴公子たちの中から、夫を選んだからです。

 しかし二人の第一子は、美しい両親とは似てもにつかぬ顔立ちで生まれてきました。


「平凡、とも言いがたい顔だわね」

「そうだな。野ザルのような顔だ」


 八年後に、第二子が生まれました。この子は、美しい母親に瓜二つの子でした。


「やっとわが子が生まれたって感じがするわ!」

「そうだな。女神のような顔だ」


 野ザルのような兄は乳母任せ。両親は下の子ばかり可愛がったのですが。

 兄は愛らしく美しい妹を憎むどころか、海よりも深く溺愛するようになりました。

 なぜならほどなくこの兄が、幼い妹の面倒を見なければならなくなったからです。

 妹が生まれて一年も経たぬうち、顔だけしかとりえのない父親は、家の財産をあらかた持ち出して出奔。若くてピチピチの外国の姫君と駆け落ちしました。

 フォンジュ家は、使用人や乳母を雇えぬほど困窮しました。

 母親はなけなしの貯金をはたいて夫を捜索。何とか見つけ出すと、今度は離婚裁判にやっきになりました。

 その間、八代目のジークは妹にご飯を食べさせたり。着替えさせたり。お風呂に入れたり。まめまめしく、おむつの世話までけなげにこなしました。

 そのため兄にとって妹は、実の子も同然の、一番大事な存在となったのです。


「にいたま! にいたまぁ」

「どうしたリンデ、枕を抱えてきて。眠れないのか?」

「ゆうれいこわい」

「そんなもの出やしないさ」

「いっしょにねてえ」

「はは、リンデはこわがりだなぁ。じゃあ、にいさまが抱っこして一緒に寝てやるよ」

「わあい」


 兄は超がつく過保護っぷりで、妹を育てました。

 野ザル顔の兄と血が繋がっているとは信じられぬほど、妹のリンデは儚げな色白の美少女で、たいそうな美声の持ち主に成長しました。

 十になる頃には、毎朝神殿の祭壇の前で見事に竪琴を奏で。古代語の聖歌を朗々と歌いあげるようになりました。

 彼女は一日も欠かさず、歌いながら私に御神酒をかけてくれました。

 その歌声は、まさに天上の天使。ああ、あんなに澄んだ声が他にあるでしょうか……。


「剣さま、おいしいですか?」

『おいしいですうう!』


 毎朝美しい少女ににっこり微笑みかけられ、私は幸せでたまりませんでした。

 ほどなくリンデの歌声は、母親の美貌よりも有名になり。

 彼女の歌を聞くために、大陸中から参拝客がやって来るようになりました。

 リンデの歌を聴いた者は、お布施を大量に寄付してくれましたので、フォンジュ家は以前のような豊かさを徐々に取り戻していきました。

 でも。いいことばかりではないのが世の常です。

 リンデが有名になるにつれ。すきあらば美しい彼女をかっさらおうとする悪党どもが、ちょくちょく現れるようになりました。

 宝石のような妹を守るため、兄は密かに毎夜武術の特訓をし。幾人もの人さらいをやっつけました。求婚者と称する者たちも、ことごとく追い払いました。身持ちのしっかりした貴族や、王子でさえも。

 しかし腕っぷしの強い頼もしい兄も、神獣の眷属には全くかなわなかったのです。

 あの鋼の悪魔どもには。





 リンデが十五になった日の朝。

 彼女がいつもの朝の儀式の最中に、祭壇の前で歌っていますと。

 いきなり神殿の扉を蹴破り、鋼の馬たちがどやどや押し入ってきました。そやつらは美しいリンデをひょいと背にのせ、あっという間に連れ去っていきました。

 神官長の母親は、祭壇の前で鉄のひづめに頭を割られて即死。

 兄のジークも、祭壇にめりこむほどひどく蹴り飛ばされ、かなりの重傷。

 しかし兄は血だらけになりながらも立ち上がり。祭壇の上に横たわる私をひっつかみました。


「頼む、フランベルジュ!」


 ああそのころ、私は紅の炎剣フランベルジュ・デ・ルージュと呼ばれていたのです。

 なにしろ、刀身が炎のように赤く光るものですから。


「俺に力を貸してくれ!」


 正直に申しますと。

 また汗くさいおっさんが主人に……と私はちょっとがっかりしました。

 ここだけの話、八代目ジークは初代のジーク、すなわち十七代目の我が主に生き写しでした。実は野ザルのような顔こそ、まごうことなき英雄ジークの血統の証なのです。

 むろん私は一瞬の躊躇もなく、彼の願いを叶えてやりました。

 すばらしい心地でうとうとまどろんでいたのに、我がまどろみを妨げるとはなんたる輩。

 あの天上の音楽を、あの心地よき子守唄を、なんとしても取り戻さねばと思ったからです。

 こうして八代目ジークは、我が十八代目の主となり。

 小さな神殿から飛び出して、妹を取り戻す長い長い旅に身を投じることになったのです。





 母の弔いを終えたジークは、いまだ癒えぬ我が身の傷も省みず、私を背負って探索の旅に出ました。

 リンデをさらったのは一体どこの国の軍隊であろうかと、我々は大陸中をめぐりました。

 そのころの大陸には今の三倍以上の国が乱立しており、どこもかしこも鋼の軍隊と神獣を使って戦をしておりました。

 数多の国々の目的はただひとつ。大陸の覇権を取ることです。

 しかしリンデをさらった鋼の馬を操っていたのは、どこの国でもなく。

 一番始めの神獣をその手で生み出した、灰色の大導師その人でありました。

 そやつは大陸の東の果てにバカみたいに高い塔を建てて、「偉大な計画」を進行させておりました。


「大陸一の歌い手の歌声を最強の神獣とかけ合わせ、歌う神獣をつくる」


 というのです。その神獣の歌の魔力をもってして他の神獣たちを服従せしめ。おのれこそが大陸の覇王となろうと、目論んでいたのでした。

 相手は韻律を操る導師。ましてや、塔の中には鋼の馬だけではなく、鋼の蛇やトカゲやワニどもでひしめき、とても普通の人間が踏み込める処ではありませんでした。

 しかし幸いなことに、鋼の獣たちには魂が宿っておりました。

 導師の手によって作られた、人工の魂が。

 神獣は精神波で命令を送って眷属を操ります。ゆえに精神波を受け取ることのできる器、すなわち魂が絶対に必要なのです。

 むろん私は鋼の獣どもの魂を、喰らって喰らって喰らいまくりました。

 だだっ広い平原の戦場ではなく、敵が少しずつしか出てこない塔であったことも、我々にとって有利に働きました。

 私とジークは、襲い来る鋼の眷属をことごとく喰らいつくし。ついに天を突くような塔のてっぺんに行き着きました。

 灰色の大魔道師とて、我らの敵ではありません。

 十七代目のジークの時に、私は対韻律防御結界と反結界波を搭載されてましたし、十八代目のジークは、それはもうほれぼれするような剣の使い手でしたから。


「ひでぶ」


 相手の抵抗は、そのひと言だけ。いやほんと、手ごたえゼロ。

 ごちそうさまです。


「リンデ! どこだリンデ!」


 灰色の導師の死体をずかずか踏みこえて。ジークはこの世の宝である妹の姿を、血眼になって探しました。

 はたしてうるわしの少女は、大導師の玉座の裏側にある部屋に閉じ込められておりました。

 一頭の、とてもちいさな、蛇みたいなトカゲとともに。


「リンデ、君はとてもいい子だね」

「あん、メルドルーク、くすぐったいわ」


 鍵つきの扉を強引にぶち開けたとたん目に入った、世にもおそろしい光景。 

 その光景を目撃した瞬間の、ジークの顔といったら……。

 ちょっと、気の毒すぎて形容できません。

 彼は中を一瞬見るなり、勢いよく扉を閉めました。

 私は彼の手から滑り降り、するすると後退しました。

 いやちょっと、あの部屋の中に入るのは無理です。だって照明ピンク色ですし。

 なにより触らぬ神に祟りなし、というでしょう?

 ジークが能面のような顔で私を引きとめました。


「フランベルジュ……どこへいく」

『ちょっとめまいが。私、先に降りてますね』

「一人で逃げるな。あ、あいつを食え」

『え、えっとそれ、妹さんの方ですか? それとも、はだかの妹さんに巻きついてる、ちっさいトカゲの方ですか?』


 私が言うなり、ジークはその場に固まり。ドタっと昏倒しました。

 言葉にされたゆえに、しっかり事を把握せざるを得ず、ショックを受けたのでした。

 そこで私はようやく、灰色の大導師が「かけ合わせる」と言っていた意味を理解しました。 

 そう、奴の計画は、あのちっさいトカゲと美しいリンデを交尾させて、半トカゲのバケモノをつくる、ということだったのです。

 しかもリンデは全然嫌がっていないどころか。


「メルドルーク。早くきて」

「リンデは、いつも急かすね」

「だって、あなたとっても、かっこいいんですもの」


 トカゲをとっても気に入っているようです。蓼食う虫も好き好きと言いますけれど。しかし、かっこいい? あんなちっさなトカゲが?


「誰がトカゲだと?」


 扉越しに、ちっさいトカゲが叫んできました。


「我こそは竜の中の竜。王の中の王であるぞ!」

『はあ?』


 私は鼻白みました。見えたのは一瞬でしたが、たしかにあれは竜なんかではありません。

 ヤモリかイモリか、ともかくちっさなトカゲです。

 竜の中の竜? まさかご冗談でしょう?


「冗談ではない。我を見よ」 


 いえ、遠慮しときます。中に入りたくありません。だって照明ピンク色ですし。


「いいから見よ!」


 一体何なのですか? このトカゲ、露出狂なのですか? 

 無理強いなんてやめてくださいよ。迷惑ですよ。これだって立派なセクハラですよ。

 うわ、自分で扉開けた。へえ、手があるんですね。おっと足も?

 うらやまし……え? ちょっと、なんかサイズ大きくなってませんか?

 え……ちょっと……なんで、鱗消えていくんですか?

 なんで、髪の毛生えてくるんですか?

 なんで、どんどん人間の顔つきになっていくんですか?


「だから言ったであろう。我こそは、竜の中の竜であると」


 ちっさなトカゲのはずだったものは。

 にやりと口元をひきあげて私を見下ろしてきました。

 腰まで届く長い銀の髪をさらりと揺らし。

 煌めく蒼い瞳を輝かせ。

 すらりと伸びた、ほどよい太さの白い手足を見せつけながら。




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