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20話 勝利する私

 踊る、踊る、我が身は踊る。

 これほど心躍った時はあったでしょうか。いや、ないでしょう。

 反語を使用するぐらい私はウキウキ。

 なにせ我が主が。ついに私を使う気になってくれたのです。

 心優しく争いを嫌う子が。美少女を救うべく、立ち上がったのです。

 これぞヒロイックなファンジーですよ! やっと、らしくなってきましたよ!

 


 しかし相手にいたしました敵どもは、少々変わった連中でした。

 水賊どもは、荒くれ者で素人の集まりのようなイメージとはほど遠く。

 黒光りする鎧に身を包み、手に持つ武器は、高性能な剣や槍。

 鎧にも武器にも、紋章が入っています。太陽の紋です。

 私の記憶(メモリ)によれば、これは北東の大国スメルニア帝国のもの。

 邑人たちがとまどって、「いつもの襲撃と違う」としきりに叫んでいます。

 とすると。この賊どもは、スメルニア帝国に雇われたのでしょうか。

 あらくれ者どもの生気は、みな一様に同じ色と温度。

 どの思考も――


「破壊!」「破壊!」「破壊!」


 それしか読み取れません。独自の意志が見えません。

 これは99.99パーセントの確率で、誰かに操られていますね。

 しかし相手がどうであれ、ノープロブレム!

 我が主の手の中で私は軽やかに踊り、次々と相対する敵を喰らいました。

 まずはあっという間に、ツヌグさまを襲っている不埒者を排除。

 すると勇ましい少女はすぐさま敵を銛でめった刺しにして、次の敵へと自ら躍りかかっていきました。怒りに燃え立ち、まるで炎のごときです。

 双子の姉の方も、負けず劣らず石包丁で果敢に戦っています。

 彼女たちを守るため、我が主は人を傷つけることに躊躇しながらも、不自由な足を必死に動かし、私に合わせて一所懸命動きました。

 絶妙のタイミングで腰を落とし。身をかがめ。身をひるがえし。敵を叩き伏せています。

 素晴らしいです我が主! 私たち、呼吸がぴったりですよ!

 それに、おいしいです! ち! チ! 血!

 血を求める輩は! ほんとうにおいしいです!



 かように私どもが、鬼神のごとく活躍しておりますと。


――『吹き飛べ!』

 

 突如、韻律が飛んできました。

 刹那、我が主の体がふわりと浮いて、あらぬ方向へ吹き飛ばされました。


『アクラ! 気をつけて! 韻律使いだ!』


 我が主の中にいるフィオンが、危機を感じて叫んできました。

 一体何者かと思えば。現れたのは、頭巾を被り金縁取りの黒衣を着た神官。

 私の記憶(メモリ)によれば、スメルニア帝国は神官が軍を率いる神権国家。そして衣の色で身分の判別がつきます。黒は士官の位の色です。

 つまりこやつは、この部隊の指揮官なのでしょう。


「この地の者ではないな?ずいぶん物騒な物を持っておる。血に濡れぬ剣とは」


 声帯の音域がソプラノです。女性のようです。


「水賊を手なずけて鍛え上げ、試しにと使ってみれば……」


 なるほど、こやつが賊どもを操っているのですね。

 しかし、目深に頭巾を被っていて顔がよく見えません。

 でも、おそらく美人でしょう。この声から推測される骨格から判断して、間違いなく素晴らしい美人でしょう。

 それに。

 なんておいしそうな生気! 

 いとしのツヌグさまが真っ赤に燃える炎ならば。

 黒衣のこの方は、まるで真っ青な冷たい氷。

 静かで冷ややかな怒りがはっきり読みとれます。


「訓練の邪魔だ。()ね!『潰れろ』!」


 女士官は手をバッと突き出して、韻律の息吹を放ってきました。

 我が主は小さな家の壁へと飛ばされて、めりめりと押し付けられました。

 これは少々ピンチです。我が主とともに、フィオンも叫んできました。


(アクラさん……!)

『アクラ、レクが潰される!』


『任せなさい!』


 私が答えたその瞬間。


――『その言葉は無に帰した!』


 雪の大地に、打ち消しの韻律が轟きました。

 声がする方向を赤外線の索敵で捉えると。

 なんと、ツヌグさまの家から、金髪の男がのそのそ出てきているではありませんか。一糸まとわぬ、生まれた時のままの姿で――。


『カイザリオン様だ! 助かった!』

 

 フィオンが安堵の声をあげました。

 韻律を解かれた我が主はずるずると、雪の上に倒れ込みました。


「韻律?! まさか導師なのか? ……う?! うわあっ?!」


 女士官が驚いて振りむき、金髪男のあられもない姿を見て硬直した隙をついて。私は我が主の手から、勢いよく飛び出しました。


『いただきまーす!』

「きゃあっ……!」


 ……すみません。

 力まかせに押し倒しました。ごめんなさい。

 通報しないで下さい。お願いします。正当防衛なんです。

 いやでもこれは! なんという美味!

 蒼く冷たい流麗なる生気。まさにクールビューティー!

 やはり女性の生気は、素晴らしいです! 

 私は夢中になって喰らいました。

 久しぶりのご馳走を、心ゆくまで堪能いたしました。

 我が主。我が主。我々の大勝利ですよ。

 さあさあ、倒れてないで、勝利の勝ち鬨をあげましょう――。





 こうして。ツヌグさまの邑は、私どもの活躍でみごと、敵の攻撃を食い止めました。 

 私が倒した者どもは、意識を失い廃人のようになりました。

 だいぶ喰らってやったので、一週間はろくに動けないでしょう。

 敵を倒すのに無益な殺生をする必要はありません。魂を喰らうだけで、十分なのです。

 しかし邑人たちは、捕虜とした敵どもを、わざわざ処刑すると言ってききませんでした。

 それほど、邑の被害は深刻なものでした。

 家々はほとんど焼かれ、死んだ者はかなりおりましたし。幼い子供まで、容赦なく傷つけられておりました。

 怪我人は邑長の家へ集められ、ツヌグさまのお婆様が中心となって、治療を行いました。

 いまや「英雄」となった我が主は、したたか全身を壁に打ちつけられたものの、なんとか無事でした。彼はすぐに双子の姉妹と一緒になって、一所懸命、邑人の手当てを始めました。

 一方韻律で助けてくれた金髪のカイザリオンは、すぐにまた意識がもうろうとしてしまい、再びイクグさまの看病を受ける身に戻ってしまいました。


『きっと敵の韻律の力に反応して、一瞬だけ正気に戻ったんだ』


 フィオンがそう分析しました。


『今度また助けてくれるかどうかは解らないね』

『そうですねえ』


 我が主が懸命に人々の手当てをしている間。私とフィオンは密かに会話を交わしました。


『なぜスメルニア帝国が、北の辺境に来てるんだろう?』

『侵略ですかね?』

『わからないけど、この邑は、このままじゃ絶対済まないと思う』

『私もそう思います。通常この規模の部隊展開においては、本隊の駐屯地が近くにあるはずです。85パーセントの確率で、我が主が再び私を使っていただかねばならぬ事態が、今後予想されます』

『レクひとりで、どこまでできるか……』

 

 フィオンは、とても心配げに言うのでした。


『ああ、僕にも体があれば。そばでレクを守れるのに』


 負傷者はとても多く、お婆様の持ち合わせの薬はすぐになくなってしまいました。

 そこで双子の姉妹は、鍾乳洞へ薬になるコケを採りに行きました。

 我が主も志願して、二人についていきました。

 優しい我が主は、今やトリオンのことをすっかり忘れ、邑人のために懸命に働いておりました。

 三人はコケを持って帰り、夜通し怪我人の看病をしましたが。

 明け方近く、さすがに疲れ尽きた我が主は、柱にもたれてうつらうつらまどろみました。


『……どこにでも、戦はあるものなんだね』


 窓から夜明けの空を眺めながら、フィオンがしみじみと、私に語りかけてきました。

 

『僕も、戦で家を焼け出された覚えがある。北五州の金獅子の家と、白鷹の家はいつも小競り合いをしてて……僕の家がある街は、二つの州の境界にあった。僕の父さんは白鷹の家に仕える地方領主だったけれど、金獅子の軍が攻めてきて、街が奪われて。その時、母さんは街の人々を助けようとして死んじゃって……』


 なるほど。フィオンは北五州の出身だったのですね。


『僕と父さんは命からがら、州都に逃げた。それから父さんは、白鷹家の軍隊の士官になって、ずっと戦地にいた。僕は、寄宿学校に入れられた。でも、十歳の時に父さんが戦死して学費が払えなくなって……それで学院長が、施設に入れるよりはと……』


 それで寺院に、導師見習いとして送り込まれたのですか。


『でも僕は魔力がほとんどなかったから、誰も弟子にほしがらなかった。仕方なく、最長老様が僕の師になってくださった……でも十四の時に病気になって、あっけなく死んだ。最長老さまはとても悲しんでくださって、僕を必ずよみがえらせると約束して下さった。だからレクが来るまで、僕は自分の体の一部に魂がとどまる魔法をかけられていたんだ』


 それがなぜ、我が主の身体に入ることになったのです?


『レクは……』


 フィオンは一瞬言いよどみましたが。意を決したように、切々と語ってくれました。


『レクは、寺院に来た日に自分で胸を刺した。前にいた孤児院でひどい扱いをされて……それで寺院でも、きっと同じような目にあうと思いこんだんだ。最長老さまはそんな生きる気力のないレクの魂を追うのをあきらめて、僕の魂を血まみれのレクの身体に入れた。でも結果は……レクは生き返って。僕も生きてる』

 

 フィオンの話に、私はしばし言葉を失いました。

 我が主が。あの優しい子が、かつて自ら命を断っていたとは……。

 我が主に、生きる気力というか、元気さが全くなかったのは、そのせいだったのですね。

 

『レクは本当にいい子だよ。メニスの混血だからみんなにひどいことをされて、それで深く傷ついてるけど……すごくいい子だよ。だから僕は、絶対幸せにしたい。この邑に落ち着いて、幸せに暮らせるといいと思う。アクラ、頼むから、レクを守ってくれ。ただ体の中にいる僕では、護りきれないから』


 もちろんですとも。

 私は力強く請け負いました。

 もちろんですとも。もう一人の我が主。

 我が身は、あなた方のためにあるのです。身命を賭して護りましょう。

 あらゆる敵を喰らいましょう。

 あなた方のために。

 

 



 夜が明けると。邑長の家に哀しみの声があがりました。

 邑人の幾人かが治療の甲斐なく、命尽きてしまったのです。

 ツヌグさまは怒りと悲しみのあまり、捕らえている敵どもを皆殺しにしようとされました。お婆様が必死で止めましたが、その怒りは燃え盛る炎のよう。とてもすぐに消し止められるものではありませんでした。


「婆のバカ! なんで止めるんよ!」

「あやつらは、死んだ者らへの生贄にすると決まったんじゃ」

「いや!あいつら全員、今すぐ殺してやる!」

「おなごが無闇に手を血に染めたらいかん。子を産み、育む手を汚したらいかん」

「敵の(かしら)は女じゃないか!」

「あれは女であるどころか、人であるのを捨てた者だで。あれみたいに人殺しの(ごう)など負ってはならん」

「アタシだって! みんなを守るためだったら(ごう)でも何でも背負う!」

「こんのバカが!」


 お婆さまは涙を浮かべ。ツヌグさまの頬を叩きました。


「そんために、己れが人でない化けもんになってどうする!」


 うわっと泣き出したツヌグさまの怒りは。

 赤くて。激しくて。哀しくて。

 ツヌグさま自身を食い潰してしまいそうでした。

 そこで私は我が主に願い、ツヌグさまの生気を少し喰わせていただきました。

 そうしないと、ツヌグさまは怒りに支配されてしまいそうでしたから。

 愚かなこと。是戦なり。

 空しきこと。是戦なり。

 しかしそれが、人間というもの。

 人間は、殺し合いをしなければ、生きてゆけない生き物なのです。

 だから喰わねばなりません。

 怒りを。抑えられぬ憤りを。せめて、鎮めねばなりません――。


『もろもろの(まがごと)罪穢れを。この私が、祓い。清め。鎮めましょう』


 我が主の導きで、そっと私の柄に触れたツヌグさまの生気は。

 とても熱く。熱く。

 私の身は一瞬、焼け朽ちるかのように真っ赤になりました。

 美しい怒りの炎が私の中に吸い込まれると。とたんにツヌグさまは、落ち着きを取り戻しました。


「なんかその剣……」


 少しおだやかになられたツヌグさまは。私に向かって仰いました。


「あったかいね……」





 これ以上犠牲者を出さぬと気負う救護班は、さらなる薬を求めて、再び鍾乳洞へ潜りました。

 双子の姉妹は我が主に、「オオグライ」に注意しろといいました。

 それは、油断すると人を喰らう獣なのだとか。鍾乳洞の奥に住み。まだら模様で大きな牙を持っているのだそうです。

 目的のコケはなかなか見つからなかったのですが。我が主は姉妹とは別の穴に入り。どんどん奥へ入り込んで、必死に探しました。

 そしてついに。


「あった……!」


 大量の赤いコケを見つけて、我が主はとても嬉しそうな声をあげました。

 邑人たちを助けたいという意志がびんびんに感じられ。

 私はとても嬉しく思いました。

 フィオンの言う通り。このまま、邑でツヌグさまと幸せに暮らせれば、どんなによいことでしょう。

 コケは採りきれないほど見つかりましたので、我が主は双子の姉妹を呼んでこようと立ち上がりました。

 すると――。

 その背後に。何かの気配が迫りました。

 これは? すかさず赤外線モードで索敵した私の視界に、足音なく近寄る小さな獣のようなものが映りました。


『我が主!後ろ!』

「え?」


 反射的に私の柄を握った我が主に、そやつは勢いよく飛びついてきました。

 ものすごい勢いです。まるで弾丸のようです。

 そのあまりの突進力に、我が主はいとも簡単に岩壁に押し倒されました。


『我が主!』


 我が主の首に、獣が齧りついてきます。

 おのれケダモノ!


『我が主!喰らいますよ!』


 私が叫んだそのとき。


――「だめだ離れろ!ニクス!」


 朗々と澄んだ声が穴に響きました。人間の、男の声です。

 とたんに我が主は目を見開き、体を硬直させました。

 聞き覚えのある声に、反応したかのように。


「あ……あ……!!」

 

 獣の牙が、ずぶりと我が主の喉笛にくいこむ瞬間。

 獣は、駆けつけてきたその人間に振り払われました。

 頭を打った衝撃に耐えられず、気を失った我が主を、その人はすかさず抱き上げました。

 長い黒髪。蒼い目。毛皮の服。手には銛。これはトオヤ族のいでたちです。


「すまない! 雪豹の子がとんでもないことを! 君は邑の子か? あ……あ……! レ……レクルー? まさか……レクルー! どうしてここに! レクルー!」


 その人間は。

 大声で叫びました。



「私のレクルー!」


 

 すると。我が主の中で、フィオンが呻きました。

 ひどく悲痛な声で。


『トリオン……!』


 なんですと? こやつが――!



 ついに私は、あいまみえたのでした。

 我が最大の敵。大陸最強のケダモノと。

 



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