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12話 ロンギヌスと私

 我が主たる美少女が泣いています。

 ついさっき、美少女の想い人、トリオンという導師の部屋から、遺品を見つけたからです。

 我が主はトリオンが処刑されてから、ずっとショックで声が出なかったのですが。今は堰を切ったように声をあげて泣いているようです。

 かわいそうに。

 じかに泣き声は聞こえずとも、悲しみの愁派がびんびん伝わってきます。

 悲しみ。哀しみ。暗い色……。



 導師のキュクリナスめは、我が主を自分の部屋に閉じ込めて、工房の仕事をさせる時だけ抱いて連れてきます。どうも我が主の血が持つメニスの魔力に囚われて、完全に正気を失っているようです。ヒマさえあれば、我が主をベッドの中に連れ込んでいるのです。

 そのため最近、我が主の魂はふらついて、体から抜け出し、そこかしこをさまようようになってしまいました。キュクリナスの相手をしたくないゆえです。

 我が主の魂は、当然のようにしばしば想い人のトリオンの部屋に入り浸るようになりました。

 今日、その部屋の植物が枯れそうになっていたので、何とか口実を作って水をやりにいったのですが。そこで戸棚の引き出しから、いろんなものを見つけました。

 その中に。我が主の、鳶色の髪の毛がひと房入っていたのです。

 トリオンがこっそり切り取って、大事な宝物として隠していたのです。

 かわいそうに。

 魂が離れるだけでは、根本的な解決にはなりません。

 どうか我が主にはなんとしても私を手にとってもらい、憎い相手に復讐してもらいたいのですが。 

 あの生きる気力の希薄な我が主に、そんな気力がまだ残っているでしょうか。

 悲しみ。哀しみ。暗い色……。

 



 ロンギヌスさん。グングニルさん。村正さん。草薙さん。

 私が我が主たる美少女に歴代の主人の話をしているうちに。

 みなさん着々と修理されてきました。

 ゼクシスという名の匠は、かなりの腕前です。

 私を作った奴は魔法使いでしたが、こやつも相当の魔力をもつ魔道師です。

 ぶつぶつ呪文を唱えながらハンマーを打ち。その魔法の力を武器にこめるのです。

 おかげでみなさん、前よりパワーアップしているような気がいたします。

 しかし寺院の工房は、ここにきて急ぎの仕事を請け負わねばならなくなりました。

 新たに導師となる者のための、小刀作りをしなければならなくなったのです。

 先日処刑されたのは、我が主の想い人トリオンだけではなく、もうひとりおりました。彼の兄弟子であった導師カイザリオンです。この二人は、最長老を殺せと実行犯に命じた黒幕とされております。

 実行犯は三名おり、彼らは韻律を使うための右腕を斬りおとされて寺院から追放されたそうです。

 殺された最長老も含め、一気に導師の数が減ったものですから、それを補うべく、急遽五人の弟子たちが導師に格上げされるのだそうです。

 ということで、残念ながら聖遺物の修理はいったん休止。

 我が主である美少女も、新しい導師のための小刀作りに借り出されることになり。私の隣には、修理途中の神々しい武器どもがズラリと仮置きされることになりました。

 で。

 ええと……だからどうして。ロンギヌスさんが。いつも私の隣に来るのですか?

 この人、すぐ突いてこようとするからイヤなのに……。


『つれないことを言うな。私とおまえの仲ではないか』


 そんなこと言われましても。


『私はおぼえているぞ。おまえと始めて遭った日のことを』


 えっと、宇宙船の中でしたよね。とろーりイチゴ見た時に一緒にいた……。


『違う。おまえ、まさか我々の運命の出会いを覚えておらぬのか?』


 え。なんなの……その超切なげな口調。


『キプロスだ。我々が初めて遭ったのは、かの島の、聖堂騎士団の教会であった』 


 そうでしたっけ?


『つれない奴め。記憶メモリを思い出してロードみろ』


 え、ええと、あれはたしか……。 





 双子の片われビクトリオが戦死した後。

 私は彼がおりました聖堂騎士団に引き取られ、ずいぶん長いこと、キプロスという島にある騎士団の教会に祀られておりました。

 聖堂騎士団はヨーロッパから聖地へ巡礼する人々を助ける目的で創設されたのですが、十字軍の折にあのリチャード獅子心王と共闘してからというもの、ヨーロッパの王侯貴族たちにどえらく人気となりまして。王の末子やら貴族の次男三男やらが、ぜひ入団したいとわらわらおしかけてきました。

 きらびやかな実家をもつ坊ちゃまたちは、それはそれはもう大変な寄進をなさったものですから、騎士団はあっという間に超のつく大金持ちに。

 そこで騎士団はキプロス島を丸ごと手に入れ、そこにどでかい教会や宮殿を建て。かつて騎士団で活躍した騎士たちの亡骸をそこに集め、祀ることにしたのです。何しろ本部のある聖地エルサレムは、イスラム勢に押されまくり、いつ追い出されるかという状況でしたので。

 ビクトリオの棺は島の教会の地下に収められ、そして私は御堂の黄金の十字架の足元に置かれました。

 勇猛果敢に戦い散った騎士の遺品として、私は教会を訪れる者たちにとても尊敬されて崇められ、それはそれは大事にされました。

 騎士団員は、戦なんてリスキーなことはもうほとんどいたしませんで。

 有り余るお金で、ヨーロッパの王たちから寄進された土地に支部を作り。ばんばん教会を建てまくり。もっぱら巡礼者のために銀行を作ったり為替を発明したり。交易をしたり。

 そして風前の灯の聖地本部では、ちゃっかり「宝探し」をしていたようです。

 聖地がイスラム教徒に奪い返され、ついに騎士団が本部撤退の憂き目に遭った時。聖地勤めの騎士たちはそのお宝を密かに持って、キプロス島へ逃れてきました。

 騎士団員は敬虔なキリスト教徒、僧にして騎士ですので、手に入れた宝はみな、信仰にゆかりのあるものばかり。

 預言者モーセの十戒を収めた聖櫃。

 救世主イエス・キリストが最後の晩餐に使った聖杯。

 そのイエスを殺すのに使ったとされる十字架。

 そして……


『あー! そういえば! あなた、あの中にいましたねえ! イエス・キリストにとどめを刺したっていう、ローマ兵の槍ってふれこみで!』

『やっと思い出したか、鈍い奴め。まあ、そこがそなたの魅力だが』

『は、はあ? 魅力?』


 ま、まあ、何せ一万と、二千年生きているもので。

 記憶メモリがちょっと、こんぐらがってるところがあるかと思います私。

 我が嫁に延々と身の上話をしていて、ようやく言語中枢がぼちぼち回復してきたぐらいですから。


『あの教会はずいぶんときらびやかだったな』

『そうですねえ』


 私が安置されていた教会は、それはそれは壮麗なものでした。

 壁は金箔。祭壇も十字架の救世主も純金。

 彫刻びっしりの扉には、一頭の馬に二人の騎士が乗っている紋章が、誇らしげに掲げられておりました。

 これは実は我が双子の主、ビクトリオとバルトロメオを顕したもの。

 彼らの分かち合いの精神が同僚の騎士によって伝えられ、この騎士団のモットーとなったのです。

 そんな黄金煌めく空間で、のほほんと生活していた私のもとに。

 聖地から逃げてきた騎士たちが、持ってきたのです。

 神々しいお宝と、ロンギヌスさんを。

 ロンギヌスさんを見るや、キプロス勤めの騎士たちはそれはそれは色めきたちました。

 なにせこやつは、救世主イエス・キリストの体を貫いたという槍。

 生イエスに触ったってだけでもう、キリスト教徒にとっては鼻血ものです。


「ほ、穂先にイエス様の血がまだついてるやも」

「おい、素手でさわるな。これは厳重に保管せねばなるまいぞ」

「さて、どこに安置しようか」

「それはやはり、イエス様のおそばでないと」


 まず、黄金きらきらの十字架が、本物の、地味ーな十字架に取り替えられ。

 それから騎士たちは私をさっと取り上げて。その代わりに、小汚い地味ーなロンギヌスさんを、地味ーな十字架の下に据えました。

 私が、「えっ!」と声をあげますと。


『あ、失礼。先客がおったか』


 地味な槍はそうのたまわり。私のいたところに鎮座しましたとたん。


『む……いいぬくもりだ。そなたずいぶん、火照っておるな』

『おだまりなさい。そこは私の場所です。遠慮しなさい』

『む? ここに戻って私と仲良くしたいのか? ならば我が神力で引き寄せてやるが』

『そ……それは……!』 


 あまたの剣と切り結んできた私。けけけ決して童貞とはいえぬ身ですが……。

 こんな地味でちっちゃい奴に突かれたくありませんんん!


『ふむ。嫌なのか。では、さらばだな。まあ、いずれ会うこともあろう』


 何の変哲もない鉄の穂先のくせに。言うことがなんだか変でした。

 こっちまで変な気分になりましたよ。

 救世主の血を浴びたせいで、変に目覚めてるのでしょうかね……。

 ロンギヌスさんとの出会いは。たしかこんなであったと記憶メモリにありますが。 

 てことは、つまり。


『あなたさえこなければ、私ずっとあの教会で平和に暮らせたのにー!』


 隣のロンギヌスさんは悪びれもなく返しました。


『なぜ怒るのだ? そなた自身が拒んだではないか。それであのあと、そなたどうなったのだ?』


 ええと確か、大変な目に遭ったのですよ私。

 神の槍に場所を奪われた私は、騎士団の宮殿に持って行かれて。「総長の部屋」の壁にかけられて。ただの部屋飾りとして、あくびをかます日々を送っておりました。

 しかし。その「総長の部屋」で、モレーという騎士が新しい総長に選ばれました時。

 そやつがふと、壁の私に眼を向けて。


「総長就任の祝いに貰おう」


 と、迷うことなく私を取り上げたのです。

 どうも私の大あくびを常日頃から聞いて、狙っていたようです。


『ああ、あのモレーに貰われたのか。では大変だったな』

『おやご存知で』

『キプロスの教会にもちゃんと情報が来た。幸い島は、あの時の災禍を逃れたがな。だが騎士たちはこぞって、フランス王を呪っていたぞ』

『おぉう……』


 モレーはこれまでの主人の中で一番まともで実直でした。

 ビクトリオの武勇を聞き知っており。彼を崇敬し。

 彼のものであった私をずっと手に取りたかったのだと打ち明けてくれましたので、もう私はメロメロ。

 ロンギヌスさんよりも私をちやほやしてくれるのが嬉しくて。喜んで第六代目の主人にしちゃいましたよ。

 モレーほど、熱心に人助けをする人徳者はいなかったでしょう。

 この人は、巡礼者を助けるという騎士団創設の理念を変わらず持ち続けていた人でした。

 巡礼者が途中で追いはぎに遭っても財産を失わないよう、銀行や為替を使える地域の拡大に力を入れたり。

 地中海を渡って中東に行く巡礼船を守るため、騎士団独自の艦隊を組織し。自ら指揮して、海賊退治に精を出したり。


『ふむ。やはりモレーは人徳ある御仁であったか』


 ロンギヌスさんが素直に感心しています。

 そりゃあ、私が選んだ主人ですからねえ。当然ですよ。ふふふふ。


『15年もそなたとびっとり離れずにいたとはうらやましい』


 え。

 え、えっと。

 そんなある時モレーは私を携え、フランス王国へ向かいました。

 当時、騎士団はこの国の国庫を預かり。王家に多額のお金を貸し付けていたのですが。

 そのことで、フランス王が折り入って相談があるというのです。

 ところがモレーがフランスでの騎士団の本拠地、パリのタンプル塔に入場するや。

 王の兵士がどっと踏み込んできまして。

 あっ……という間に、モレーや騎士団の偉い人たちを一網打尽。

 あっ……という間に、私はフランス国王の御前に。


「国王陛下! とりあえず接収してきました武器、財宝でございます」

「よくやった! くくくくく。聖堂騎士団の財宝も金も、みんな余のものじゃー!」


 多額の借金で首が回らないフランス王は、借金の踏み倒しを計画したどころか。

 聖堂騎士団をぶっ潰して、その財産を奪うという暴挙に出たのです。

 パリの聖堂騎士団員五千人のほとんどが逮捕の憂き目に遭い。

 我が主人モレーをはじめとする幹部らは、でっち上げの罪を何百と挙げられ。何年間も拷問を受け。

 ついには火あぶりにされてしまいました……。

 我が主人が火柱になりました時。フランス王は私をわざわざ一緒に連れて行き、これ見よがしに抱えて見物の席につきました。

 もうこいつったら、ニヤニヤしちゃって。むかつくったらありゃしませんでした。恥を知れこの悪魔って感じです。

 薪の山の上で、モレーは王を呪いました。鬼神のごとき形相で。


「呪われろ! フランス国王! カペーの家は必ず滅びよう! この私が、死してもなお復讐してやろうぞ!」 


 私も怒りのあまりカッカと燃えて。我が主人の怒りに加勢しました。

 すると王は悲鳴をあげて、私をモレーの足元に放り投げたのです。

 薪の山のふもとに。


「な、なんだこの剣は! 燃えておるぞ! 魔法だっ。悪魔のしわざだっ」


 薪の山にはすでに火が点けられており、熱さと煙でひどい状況。

 ですが私はそれに負けじとカッカと燃えました。

 ああ、我が主を助けなければ!

 しかし。

 モレーは私が投げ込まれるのを見るや。こっそり処刑を見届けに来ていた下っ端の騎士たちに、すぐさま命じたのです。


「この剣を早く救い出せ! 灰にしてはならぬ! これこそ我が騎士団の至宝!」


 ああ我が主! 我が主! 私のことを至宝だなんて。

 あなたの方が、やばいっていうのに……。

 私は騎士たちに拾い上げられ。王の兵士たちが動き出す前に、刑場から運び出されました。


「騎士たちよ、復讐を。復讐を! 血。チ。ち……! サングエ!」 


 我が主モレーはそう叫びながら、燃えていったのです……。





 それから騎士たちは脱兎のごとく恐ろしいパリを離れ。フランスを離れ。

 海を渡って、隣の島国へ逃れました。

 私が生まれた、白い岩壁の島。イングランドと呼ばれるあの島国へ。

 そしてフランスの聖堂騎士たちは、騎士であるということを隠して生きることにしました。

 我が主、モレーのために、フランス王への復讐を誓いつつ……。

 そう。この時から。

 フランスという国は、私にとっても宿敵となったのです。 


(復讐……)


 そうですよ、美少女。あなたも復讐しなさい。

 愛しい人を、殺されたのでしょう?

 我慢せずに私を手に取ればいいのです。


『目の前で主人を焼き殺されるとは。辛い経験をしたな。かわいそうに』


 いやだから。ロンギヌスさん。そんなに寄りかかってこなくていいですって。


『我が慰めてやろうぞ』


 いえ結構ですって! 一万年も前のことですから! もう吹っ切れてますってばー!


『あ……!』

『む?』


 工房の外からなにやら大きな物音がいたしました。

 がちゃんと壁に何かが当たって割れたような。

 それから、どすん、と何かが床に倒れたような。


――「ジェリ! いやああ! ジェリ! ジェリ!」

「来い! 混血! そんな奴に触るな! おまえは私のものだ!」

「ジェリ……! ひどい! ジェリに何するの!?」


 我が主の叫び声と。キュクリナスめの狂った声が聞こえてきました。

 どうやら美少女と一緒にいた王子が、廊下で狂えるキュクリナスめにひどいことをされたようです。

 王子の精神波が途絶えています。強い衝撃を受けたあとのような脳波です。壁に叩きつけられて気絶でもさせられたのでしょうか。


(許さない!)


 我が主が、怒りの気を帯びて工房の中に這ってきました。

 おお。すばらしい……。

 怒り。憤り。真っ赤な血の色の怒気!

 そういえばこの子、足の腱を切られてましたっけ。

 ゼクシスの爺さんにもらった銀の杖で、追いすがってくるキュクリナスめを必死に突き放しています。

 もう涙で顔がぐちゃぐちゃです。


(許さない……許さない! 僕の大事なものを……! みんな……みんな奪って!)


 ああもどかしい。我が主、そんな杖じゃこいつを倒せませんよ。

 ちょっと我が主。ほら我が主!

 今こそ。今こそです!


 けだるげにしなだれかかってくるロンギヌスさんを押し返しながら。

 私は叫びました。



『喰わせなさい!』



 美少女、こっちに来なさい。そうそう。もう少しですよ。

 私はここです。

 ああついに。

 ついに。

 白い手が、伸びてきました。

 燃える私の黄金の柄に。




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