360 回転ショート7
キーワードのところを頑張りました。一個残念でしたけど。
朝、目を覚ますと廊下だった。
・・・いや、この表記は正確ではないな。第一ワンルームに住んでいるのに廊下もなんもありゃしない。だからなんていうか、僕の家は玄関を開けるとすぐに冷蔵庫とキッチンシステムがあって、んでその反対側にはトイレ兼バスルームがあるんだけど、ちょうどまたがるようにソコに寝ていたってわけだ。おふとんは遥か先にあった。おそらく昨日、寝ながらの状態でおふとんを抜け出した僕は夢遊病の如く狭い室内をさまよった挙句、結局トイレに足を付けて手は精一杯伸ばしてキッチンにタッチしながら寝たというわけだ。
で、信じてもらえるかわからなんだけど、僕はその事実に驚かなかった。それというのも僕の生活の中ではワンクールに一回くらいの頻度でそういうことがあるからだ。だから驚かなかった。でも正直、寒気がした。ぞっとした。
起きてタバコを吸って気分を落ち着かせてからドアポストの新聞を引っこ抜き、それをお供にしてトイレに腰掛けて朝の儀式を済ませていると、ふと視界の内側ギリギリにちょくちょく映る自分の足指が気になった。
見ると右の足の親指が20度ほど曲がっていた。
一度新聞に視線を戻して、んですぐにまた視線を戻した。二度見した。
「っ外反母趾?」
僕は一人オレンジ照明の下、そう小声で叫ぶほど驚いた。最初がっになるくらい驚いた。
一体どういうことだ?僕は混乱した。読んでいる新聞をトイレットの外に放り投げて、自分の右足を観察した。
え?どういうこと?何?なにこれ?僕今まで小さい靴履いてた?いや、履いていない。靴は少し大きめを履くのがポリシーの僕だ。それがなんだこれ?え?ハイヒールとか履いてた?いや履いていない?そういう趣味は残念ながら持ち合わせていない。じゃあなんだこれ?事故にでもあった?寝ている間に?でも他の部分はなんにもなっていない。・・・いや・・・。
僕は立ち上がり、急いで直ぐ側にある洗面台の鏡を見た。
正面上半分は何にもなっていない。
次に振り返って・・・ああ、くそう、背中は全部見えない。
でも血は出ていない。見える部分からは血は出ていない。じゃあ大丈夫。多分。多分大丈夫だ。
次に自分の顔をつねってみる。痛い。痛覚がある。次に二の腕、胸、尻、ある、あるあるある。夢遊病で事故にあったわけじゃないみたいだ。じゃあ、なんだこれは?そう思って僕が改めて自分の右足を見てみると、叫びそうになった。
右足の親指はさっき確認した時よりも曲がっていた。そのときは30度くらいになっていた。
なんじゃこりゃあ!
僕の心の中の松田さんがそう叫んだ。
んで、その分ありがたいことに僕は少し冷静になった。とにかくトイレットの便座に座り、ケツを拭こうと思ったからだ。本当に怖い目にあうと、人間って笑ってしまうらしい。それってこういう感じなのかな?そんなことを思った。
「おじゃまします」
「どうぞ」
とりあえず、彼女に電話して来てもらった。もちろん僕の背中の未開拓の部分を見てもらうためだ。あと他に今日が金曜日だからという理由もある。
「ごめんねえ、急に」
「何それ?昨日と違うよ?」
彼女は僕のそういう癖(夢遊病のケがある)を知らない。彼女と一緒に寝るときはそういうことになったことがない。幸いにしてか不幸にしてかはわからないけど。
あと、彼女を待っている間にウィキで外反母趾のことを調べた。40度以上は重症だと書かれていた。ちなみにその時僕の右足の親指はすでに90度を突破していた。
「あのさ、ちょっとさ、お願いがあるんだけど?」
「なに?改まって・・・なんか怖いんですけど・・・」
「いや、怖いことない。怖いことはない。マサは怖くない、少なくとも僕よりは怖くない」そう言いながら僕が着ているシャツを脱ぐと、
「なに!?昼間っからもう盛ってんの!発情期!?糞が!」
という罵声を浴びせられた。なるほど。説明を怠るとこういう誤解を生むのか。僕はフローリングに正座させられながらそう思った。
「・・・あの、ですから背中を見てもらいたいんです」
「ワハハハハ。なに、ヒロアキくんってそういうことになるの?」
正座とそれに伴う折檻に懲りた僕が一切合切を彼女に説明すると彼女は笑いながら、しばらく床を転げて回った。僕としてもまあ、深刻になられるよりはマシかと思ったのでそれにも黙って耐えた。右足の親指はその時、足の甲、つまりもうすでに本体部分に突入していてすごく斬新だったけど、僕はそれを見ても思ったほど大したことはなかった。一人で確認してたら結構なホラーだったかもしれない。
「なにそれキモイ。ワハハハハ・・・」
マサがそう言って笑ってくれなかったら、もしかしたら僕は気持ち悪くて吐いていたかもしれない。
もちろん気持ち悪いのは悪い。それは間違いないからその点だけ勘違いしないでもらいたい。
ちなみに彼女は本当に面白い時「ワハハハ」って笑う。珍しいことに。
そして一通り笑い転げたあと、彼女はむくりと起き上がり真面目な顔で言った。
「ちなみに、痛みとかはあるの?」
「無いよ」
「全然?」
「全然。でも脳内出血とかで時間差で死ぬかもしれない」
「大丈夫しょ?」
「わかんないじゃん。だからさ、とにかく背中見てよ?」
「へいへい、じゃあ脱ぎなさいよ」
僕はそう言われてから改めてシャツを脱いだ。そして彼女に背中を向ける。すぐに彼女の手が背中に触れた。冷たくて気持ちよくて、不思議となんか大丈夫な気がした。
「どう?」
「あります」
え?
「え?マジで?」
「あります。なんか書いてます。多分・・・これは・・・109・・・って書いてるね・・・・」
「す、数字?109」
「・・・うん。多分。なんだろうね~先週まではこんなのなかったよね~」
「そ、それ、確か?」
「うん間違いなく」
「ええ~」
「なに、ヒロアキくん。あれ?昨日アブダクション されてキャトルミューティレーションされたインプラントされたの?」
「・・・されたかな、これ?」
「されたね」
「ちなみに、念のため聞きたいんだけど、これって、あれ?」
「どれ?」
「遅いエイプリルフルとかじゃない?」
「私は嘘が嫌いです。閻魔様が怖いんで」
そう、わかってる。そんなことはわかってる。じゃあ、マジか?マジか~。
夕方、現在マサはキッチンで晩飯を作ってくれている。
「ねえ~、足、今どの辺~?」
彼女は茹でたジャガイモをマッシャーでマッシャーしながら言った。
「・・・」
「お~い。痛くないし、気分悪くもないんでしょう?自分が自分じゃないっていう気もしないんでしょ?じゃあ気にしてもしょうがないじゃん?」
「・・・だって仮にもこれ、Xファイル系だし・・・」
ちなみに右足はその時、すでに甲の埋没地点を超えて反対側から出てきていた。見方によっては内反母趾にも見える。
「でも、気持ち悪い以外はなんともないでしょ?」
「もうビーサン履けないよ!」
つい、僕はそう叫んでしまった
「それに海水浴にもいけないね~」
彼女はボールにいっぱいのポテトサラダをテーブルに置いて言った。何でもないみたいだった。それが僕には不思議だった。
「あのさ、おかしくない?」
「何がよ?」
そう言いながら、マサは今度はひき肉をこねている。今日はハンバーグらしい。
「彼氏がXファイルになったら普通、まずくない?」
「マジで?」
「彼女だったら普通別れたりしない?」
「別れたいの?」
彼女はフライパンにサラダ油を垂らしながら言った。
「嫌だけど・・・」
「じゃあ、いいじゃん?」
本当か?本当にいいんだろうか?しかし・・・彼女がいいって言うんだからいいのかもしれない。まあ多分彼女が特殊なんだろうと思えた。だって普通はひくだろう?足の親指が回っているなんて。しかし僕にとってはありがたかった。この上なくありがたかった。涙が出そうだった。何よりこの足を受け入れてくれる彼女でよかった。僕はそう思った。それにもう他では無理だろう。それどころかこんな足じゃ将来浮気もできないだろう。受け入れてくれる人がたまたま彼女でよかった。マサが居てくれて本当によかった。
「それになんか『ノイズ』みたいじゃん?」
「え?なに?なんの?映画の?」
「そう、映画の」
「・・・何がいいの?」
「私、シャーリーズ・セロンじゃん?」
「・・・」
彼女がどういうつもりでそう言ったのかそれはわからない。僕が将来あの映画のジョニー・デップみたいになるのも構わないということだろうか?そしてそうなったら私が殺してあげるっていうことなんだろうか?それともただ単に僕と結婚して子供を産みたいとそういうことだろうか?あるいはただシャーリーズ・セロンが好きだからとそういうことだろうか?僕にはフライパンの上のハンバーグに竹串を刺すその時の彼女の気持ちがわからなかった。全然わからなかった。もちろん僕の右足指がなんで回るのかも依然としてわからないし、背中の109もわからない。渋谷でないことだけは確かだけど。でも他は何一つ分からない。僕には何一つとしてわからないのだ。ただ僕はとにかくもう深刻に考えるのをやめた。
まあいいか・・・。
なんかそう思えたからだ。
悩んでも仕方ない。
仕方ないもんは仕方ない。
そう思えたからだ。
ただ、とりあえず僕の彼女がシャーリーズ・セロンが好きで良かったとだけ感謝はしなくてはいけないだろうな。多分。
後日、右足親指はどうやら一日一周することがわかった。なので彼女と二人で「自転だ!自転!」とはしゃいだ。イチャラブした。んで、あとのことは以前と変わらず依然としてわからない。全然わからない。
「そういうもんだ」
マサがその時言った言葉はすごくいい言葉だと僕には思えた。
ちなみに実家では金串を使ってました。