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憑き来たる者共  作者: 冷奴
インターミッション
9/14

Everyone, get to your posts……

玉章製薬株式会社、通称、玉薬(タマヤク)。今現在、この国の医薬品業界における最大手であり、その発言力は政界にも及ぶほどと言われている。一切そういう方面には口を出さないことでも有名だ。労働条件も良く、反社会的集団とも通じることなく、美術館の建設やら何やらで社会にも多大に貢献しているため、世間では”この国最後のホワイト企業”などと言われ、もてはやされているらしい。



そんな玉薬に就職して数年。リムジンドライバーとしてタクシー会社から引き抜かれた俺は、重役の送り迎えを任され続け、今から二年ほど前に社長専属の運転手になった。

今時リムジンドライバーなんて古臭いと思われるかもしれないが、これは社長の趣味らしいから仕方がない。それに、あまり悪い仕事でもない。意外に待遇もいい。



社長も、経営に関しては厳しいことで有名らしいが、俺に対しては割と優しく接してくる。たまに愚痴を聞かされることもあるが、そんなのはタクシーを運転していた頃からの事だから慣れっこだ。




ただ………………今日は少し、いや、明らかに、今までとは程度が違うようだった。












「くそっ…………あの小僧め………………!」








俺のかなり後ろで、高級感漂う天然革のソファに身体を預けながら、玉薬(うち)の社長______ 玉章(たまずさ) 章三(しょうぞう)は吐き捨てるように言った。この初老の男、先述の通り、交渉を終えた後はいつも上機嫌で俺に話しかけてくるはずなのだが、今日はすこぶるご機嫌斜めなようだ。車に戻って来た時には、普段は七三できちんとまとめている髪は乱れてしまっていたし、額には脂汗が浮かんでいた。朝はきっちりと着付けられていたスーツも、どこか見栄えが悪かった。



交渉の結果については………………今の社長の態度を見れば明らかだろう。

しかし、今回の相手は生徒会役員と聞いていたのだが、まさか本当に負けたのだろうか。だとしたら信じられない話だ。おまけに”小僧”とは。社長がこんな言葉を俺の前で使ったのは初めてだから、さぞ手痛い一撃を被ったのだろう。





麗飛学園生徒会(そこの生徒からは”ルーシェ”とか呼ばれているらしい)との交渉から十数分。俺の運転する車は、社長を乗せて疾走していた。既に麗飛学園の所有地を抜け、今はT都の首都高を走っている。

日の光がビル群に反射して幻想的な光景を作り出している。俺はこの景色が結構好きなのだが、どうやら社長はそれどころではないらしい。





「この私を、虚仮(こけ)にしおって…………!」



社長はなおも毒づきながら、備え付けのワインセラーからボトルを取り出す。栓を開けるや否や乱暴に呷るが、それでもまだ気分が静まらないのか、ボトルを持ったままの手で、力まかせにドアを殴りつけた。顔面は紅潮し(酒が原因で無いことは明らかだ)、額には汗がいまだに滲んでいる。そしてその下では、歯が音を立てるほどに食いしばられていた。

その様子をバックミラーで確認していた俺は、耐えかねて口を開いた。



「どうなさったんですか、社長。昼間からお酒など飲まれては、お体に障りま……」


そこまで言ったところでドアを殴打する音が再び聞こえてきたので、俺は慌てて口をつぐむ。






「…………君は少し黙っていてくれないか」


後ろから、凄みのきいた声。

俺としては最大限に気を使ったつもりだったのだが、どうやら火に油だったらしい。タクシーの運転をやっていた頃からの俺の経験では、こういう時の客は、そっとしておくのが最善の策だ。




「…………申し訳ございません」


一言謝罪を挟んでハンドルを切る。バックミラーを確認すると、社長がぐびぐびとワインを呷っているのが見えた。

とここで、着信音が車内に響く。社長の携帯のものだ。





「くそッ、こんな時に…………!」



社長は煩わしそうにポケットをまさぐり、携帯を取り出す。そうして誰かも確認しないで、ボタンを押すや否や大声で怒鳴りつけた。




「何だと言うんだねこんな時間から! 私は今、人と話をするような気分では______」




『ほう。私とも話す気はない、と言うことかね、玉章くん。随分と偉くなったものだな君も』



余計なボタンもついでに押してしまったのか、スピーカーモードになった携帯から、俺にまで声が聞こえてきた。

そしてその直後、ガタン、という硬質の物が落下する音。バックミラーを確認すると、



「…………………………!!?」



先ほどまでとはうってかわって、顔面蒼白の社長が見えた。驚きか、それとも恐怖か。どちらにせよ、見たところ声すら出せないようだ。


だが、電話の向こうの相手は、社長のそんな状態など分からないためか______あるいは、分かっていてあえてなのか、平然と話を続ける。







『まあ、構わないのだがね。誰にでも過失というものはある。…………しかし、玉章くん。今回の君の過失は見過ごせないな』


「…………!」



社長の表情が、より明確に恐怖のそれへと変化していく。しかし、やはりその声に応じることは出来ず、それどころか、取り落とした携帯さえまだ拾えていない。




『話は聞かせてもらっている。子供相手に、随分と、見苦しく負けたそうじゃないか? このプロジェクトを立案したのは、他の誰でもない、君だったはずだが?』


恐怖に(おのの)く社長の心をさらに抉るかのように、言葉の一つひとつをはっきりと区切って、相手は言葉を続ける。





『このままでは…………”例の案件”にも支障をきたしかねないよ。なぁ、玉章くん?』



”例の案件”という言葉が聞こえた途端、社長が鋭く息を飲む。遅れて、歯ががちがちと鳴り始めた。社長専属とは言え、一介の運転手である俺には細かいことは分からないが、どうやら”例の案件”というのが、社長にとっては命と同じくらいの価値があるように俺には見えた。






『…………とは言え、私も鬼ではないよ玉章くん。たしかに今回の君の過失は見過ごすことは出来ないが、退かざるを得なかったことも聞いている』


おっと。ここでフォローに回り始めるとは。明らかに何か狙っているような気がしてならないが、その言葉を聞いて、社長の表情は心なしかやわらいでいる。恐らくだが、相手の思う壺だ。






『まあ、私はもうしばらくは様子を見ることにしよう。…………玉章くん。くれぐれも、よろしく頼むよ』



その言葉を最後に、ほとんど一方的な”電話”は切られた。




######



______生徒会と玉章との交渉から、さらに時間は遡る。













一人の少年が、ビルの屋上に立っている。

彼が着用している服。所々細かな改造が施されてはいるが、それは明らかに麗飛学園のものだ。



屋上には、少年の他は誰もいない。

それもそのはず、この辺り一帯のビル群は、それらしい体は成してはいるものの、ほとんどが空っぽだからだ。廃ビル、と呼ぶのは間違っているかもしれない。建てられてからは、誰一人、出入りすらしていないのだから。



少年は下を、つまり地上を見下ろしていた。そこでは男女が走っている。より正確には、女が先導し、男が追っていると言うべきか。二人も少年と同じように、麗飛の制服を着用していた。


少年は二人を観察しながら、何事かブツブツと呟いていた。










______マエニイルノハ…………アノオンナ。ト、ウシロノオトコハ?



「うん……ボクも見ない顔だなぁ。誰だろう………………あ、そう言えば今日、転入生が来るとかいう噂があったんだっけ」


______テンニュウ、セイ?


「うん。麗飛(うち)は転入生呼ぶの、初めてなんだってさ。制服も無改造だし、きっとそうだよ」


______ドウデモイイコトダナ。アレカラハ、ナニモカンジトレナイ。


「あー、うん。だね。でもさ、あの()が興味持ってるってことで、マークくらいしといてもいいんじゃない?」


______ソウイウコトハ、オマエガカッテニヤッテイロ。アテノナイヤツニカマウホド、オレハヒマジャナイ。


「冷たいなぁ…………ま、いいけどさ」




ここで突然、少年がさっと、麗飛学園の方に向かって顔を上げた。








______オイ、イマノハ…………


「うん、ボクも感じた。……すっごいね。殺意がビンビン伝わってきたよ」


______ココマデツヨイモノハ、ハジメテダナ。ココニキテカラハ。


「確かにね。でも、特に変わったことなんて何も………………」




言いかけて、少年は目を落とす。視線の先ではちょうど、少女____玉章 (あずさ)と、少年____八神 克樹(かつき)が、学校の門をくぐるところだった。




______『テンニュウセイ』、カ。


「そうだね。確実だよ。間違いない」



そう言うと、少年は傍らに置いていた通学カバンを拾った。





「………………じゃあ、ボクらもそろそろ行こうか。このままじゃ遅刻しちゃうよ」

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