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憑き来たる者共  作者: 冷奴
日常と非日常、その間で
8/14

歓迎する者、される者

「はぁ、緊張した…………」




生徒会室を出てエレベータに乗り込んで、胸に溜まっていた空気を一気に吐き出す。先輩方はフレンドリーに話してくれたはずなのに、身体はガチガチに固まっていた。


「私も……。あそこは何回行っても緊張するなあ」


隣でそう言いながら、(あずさ)も長く息をついている。




あの人たちは、ただ普通でないというだけじゃない。なんと言うか、一つ二つ年上とは思えないような威厳を感じた。




「でも、意外とショボい内容だったな。五分もかかんなかったし。あの…………桐原先輩? は挨拶のためとか言ってたけど、にしたってなんか大袈裟だぜ」

「う〜ん……私もそう思うけど、多分学校の紹介も兼ねて、とかじゃないかな? 私に案内させたのもそれ目的の気がするなあ」


梓がため息まじりに返してくる。彼女としては面倒な役を押し付けられた感じだったのだろう。道中、逐一質問したのが改めて申し訳なく感じられる。

と、ここでさっきの会話を思い出して、梓に問いかけてみる。


「あれ? そう言えば梓はさ、生徒会室(あそこ)によく呼ばれてんの?」


先ほどの何回行っても、という言い回しにふと違和感を感じたのだ。すると梓は、


「え? あーー……まあね。ちょくちょく呼び出されるんだ」


そう言って、なぜか決まりが悪そうに笑った。



######



「そうなのか?」

「うん。でも、変なんだ。呼ばれるようになったのは最近だし、呼び出されても、さっきみたいにお茶飲みながら会話するばっかりで」

「おいおい、なんだよそれ。お前さ、勧誘されてんじゃねえの?」

「あはは、かもね」




転入生の八神 克樹(かつき)くん。

最初に道端で叫んでるのを見た時は変な人かと思ったけど、こうして話してると、普通の人なんだなって思って、なんだか安心する。この男の子とは、いい友達になれる。そんな予感がする。

克樹くんと会話しながら私は、今までの、”ルーシェ”に呼び出された時のことを考えていた。





茅野先輩、吉川先輩、桐原先輩。


私が呼び出されて生徒会室に行くと、必ずあの三人が待っていた。




いや、違う。

いつも、あの三人しか居なかったんだった。

克樹くんには言っていないけど、会話の話題も、最近何か変わったことはないか、休日は何をしているのかみたいな質問をされるだけ。

生徒への意識調査にしては頻度がめちゃくちゃだし、第一、私ひとりを対象にすること自体がおかしい。




それだけじゃない。




なぜか、あの三人からは__________何も「流れて」来ない。




一人ひとりに意識を集中させても、全体に意識を広げても。私に出来るあらゆる手を尽くしたけれど、何も入って来なかった。




ただの偶然、なのかもしれない。あの部屋がそういう建て付けなんだとか、そういう可能性だってゼロではない。



私もそう思っていた。

そう、さっきまでは。











______さっき。先輩三人と克樹くんが、生徒会室で話していた時。



克樹くんからは思考(・・)が濁流のように「流れて」きたのに、先輩方からは一切、全く何も「流れて」来なかった。







「…………やっぱり、あの三人…………」

「ん? なんか言った?」


克樹くんが反応して来たので、私は軽く笑って返した。


「うぅん、なんでもないよ」



こういう反応を返すのにも慣れてきた。

半分は諦め。もう半分は、もしかしたら怖れなのかもしれない。

知られてしまえば、きっと離れていく。ずっと隠してきたから、経験はないけれど。

私は今が好き。今を失いたくない。だから、自分で今を壊すような馬鹿な真似はしない。それに、秘密の一つやふたつ、誰だって持っててもおかしくない。







「さ、行こう。進級式、始まるよ」





…………そうだよね? きっと。













______そう。



私には、不思議な力がある。



######



俺と梓が生徒会室をでてから小一時間ほど。

これまた荘厳な、普通の十倍ほどもある馬鹿でかい体育館に招待された俺は、舞台裏で”ルーシェ”の、さっきの三人とは別の人に色々とレクチャーをしてもらって、緊張しながらステージの演台に立った。


「……え〜〜、ということで、僕はこの麗飛学園初の転入生として、頑張って行きたいと思っています。みなさん、どうぞよろしくお願いします」


なんとか全校への挨拶を済ませると、客席から割れんばかりの拍手が響いてきた。それに加えて、あちこちから

「転入生ーーーー!」

「よろしくぅうぅぅーー!」

といった歓声も聞こえる。

何事かとたじろいでいると、さっきまで横で司会をしていた、”ルーシェ”副会長の桐原先輩が近寄ってきた。顔はこちらに向けずに、俺に小さく耳打ちする。


「みんな嬉しいのさ。新しい仲間を迎え入れることができて」


そう言って一瞬こちらに顔を向け、優しく微笑む。また既視感に襲われ、気がついた時には、先輩は既にアナウンスを始めていた。




『以上、転入生の八神くんからの挨拶でした。さて、続いてですが____』


そう言って、なぜか桐原先輩は上を向いた。






『会長、お越しになっているんでしょう? そろそろ出て来て下さっても構いませんよ』


先輩がマイク越しに叫んだ、その時。





ステージ脇から、凄まじい量の煙が勢いよく吐き出された。それはたちまちステージを埋め尽くし、俺の視界を奪う。


「う、ゴホッ、ゴホ」







何が起きたのか全くつかめないでいると、桐原先輩ではない、別の声が聞こえてくる。





『うむぅ、ばれちゃってたかぁ』


かなり幼い。小学生、いや、ここで言えば初等部くらいの、女の子の声。


『じゃあお望みどおり、麗飛のみんな、いくよーーーー!』


それに呼応して、客席から「イェーー!」という叫びが聞こえてきた直後。

先ほどの司会然とした落ち着いた雰囲気からうってかわって、演説のような調子で桐原先輩の声が響いた。


『……それでは、進級式改め、転入生歓迎会をこれより開催する! 諸君、準備はいいかな?』


これまた「イェーー!」という叫びが聞こえたかと思うと、俺は何者かに担ぎ上げられた。


「わっ、わ、わっ!?」


慌てふためいている間に一気に移動させられ、何やら椅子に座らされる。そして今度は、視界が真っ白に染まった。


「ぅわっ、眩し…………」


自分のリアクションで、照明が一斉に点灯したのだと気づく。


目が次第に慣れてくると、目の前に見えたのは、ものすごくにやけた表情の麗飛生たち数人。と、その手に握られた______あれは、ノンアルコールの…………シャンパン?








「な、なん…………?」



唖然としながら意味をなさない声を発した時には、思い切りシェイクされたボトルから、黄金色の液体が勢いよく俺めがけて飛んで来ているところだった。



######



「………………酷い目にあった」


その日の夕暮れ。今だにべたつく髪を気にしながら、俺は帰り道を歩いていた。


「あははは、私たちはとっても楽しかったけどなー」


隣にいる梓が笑う。

登校の時に迷って道を覚えていなかったのと、住んでいるマンションが同じということもあって、案内してもらうことになった。それには感謝だが、俺にシャンパンをぶちまけた中に梓も混じっていたので、こうも楽しそうに笑われると何か腹が立つ。

だが俺には、それよりも早急に何とかしなければならない疑問があった。それは、




「なあ、梓あのちびっ子……」

「ちびっ子とか言わないの」

「いや、そこじゃなくて…………本当にあれが”ルーシェ”の会長なのか?」




俺が問いかけたのは、『転入生歓迎会』の時に聞こえた声と、その主についてだ。







シャンパンをたらふく浴びせられたあと、顔を上げた俺の前には少女が立っていた。

小学校の中学年くらいだろうか。人形のように整った目鼻立ち。艶やかな赤毛は頭の左右で括られている。制服はこれでもかというほどに改造され、男子用なのか女子用なのかさえわからないほどだ。

そして少女は、シャンパンでびしょ濡れの俺にむかって、こう言ったのだった。


「あたしは生徒会長の伊集院(いじゅういん) 玲那(れな)って言うの! よろしくね、転入生のおにーちゃん」








「だって本人から紹介があったじゃない。もしかして疑ってるの?」

「いやいや疑うだろ普通! なんであんなちびっ子が」

「ちびっ子言うな」

「いやだからそこじゃなくて!」


そこではっと気づく。


そうだ、ここは麗飛学園なんだ。常識なんて通用しないことは、今日一日で嫌という程学習したじゃないか。



「……一応言っとくけど……」


と、ここで梓が解説口調になったので、素直に耳を傾けることにする。


「伊集院会長は、麗飛生からの投票で決まった、真っ当な生徒会長だよ。それも初等部二年のころからずっと。今会長は四年だけど、今まで一度も、支持率が九割を下回ったことがないの」




支持率九割。梓は割とさらっと言ったが、麗飛は小中高一貫だから、それを考えるとものすごい数字だ。政治の世界ではまずないだろうし、普通の高校でもそんな支持率を維持し続けるのは無理だろう。

ましてや、あんな小さな女の子に、学校運営の全部を任せるのだから。




「なんか…………やっぱすげえな、麗飛(ここ)って」

「うん、そうかもね。君を見てると、なんだかそんな気がするよ」


そう言って梓は笑う。






俺は、新しい生活が今改めて始まろうとしているのを、ひしひしと感じていた。

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