交錯する者共
通学路での出会いから数分。俺と梓は、他愛ない会話を挟みつつ、麗飛学園に向かっていた。
おしゃべりを続けていると、不意に梓が声をあげる。
「あ、来た来た。あそこの角を曲がったら、麗飛の校舎が見えて来るよ」
言いながら、少し先のT字路を指差す。それに応じつつ、俺は疑問を飛ばした。
「おう。……しっかし、ビルだらけだよなこのへん。どうなってんの?」
「うーん、私にもよくわからないんだけど……」
少し困ったような口調で梓は続ける。
「まず、この辺一帯が、麗飛学園の所有地らしいの。学園都市って言うのかな。スポンサーが運営するショッピングモールなんかもあるから、ちょっと違うかもしれないけど」
「へぇー」
ショッピングモールまであるのか。もっと調べておけばよかったと後悔しつつ、梓の説明を聞く。
「でも、そこかしこに建ってるビルは…………よくわかんないの」
「わからない? どういうことだ?」
「言葉通りよ。生徒の間では色んな噂が流れてるんだけど、実際のところはナゾ、って感じ。あ、そこを左だよ」
視線を前に移すと、目の前にさっきのT字路。指示通りに左に曲がると、そこには、
「ぅわ…………」
まず目に飛び込んで来たのは、そびえ立つ巨大な尖塔。続いて、ヨーロッパ建築の四角い建物が、尖塔を取り囲むように配置されていることに気付く。なんと言うか、これは学校というより、まるで____
「神殿とか聖堂みたい、って思ったでしょ」
「ああ…………すげぇ……!」
また考えを読まれたが、今はそれに対する感情よりも感動の方が勝っていた。ガキみたいだけど、純粋にカッコいい。そう感じる。
「やっぱり、外部の人にとっては珍しいんだね」
言ってから、隣の梓も俺と同じように校舎を眺めていたが、しばらくしてから顔を俺の方に向けた。
「そろそろ行こう。時間もないし、それに、内装も見たいんじゃない?」
「おう!」
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ミツケタ。
ヤット、ミツケタ。
ニガサナイ。
モウオマエニ、ニゲバハナイ。
コンドコソ、カナラズ、
______________コロス。
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「お、来たか」
麗飛学園・中央塔、生徒会室。
一人の青年が、双眼鏡で校門のあたりを見ていた。先ほど、麗飛PTAとの交渉を終えたばかりの彼の視線の先では、高等部の男女二人が、ちょうど門をくぐっているところだった。
「あれは……玉章くんか。なんというか、奇妙な巡り合わせだな」
これも影響なのだろうか。
そんなことを考えながら、彼は二人を双眼鏡越しに見つめ続ける。
「おや…………?」
不意に青年が双眼鏡を下ろし、こめかみに手を添えた。何かを感じ取るかのように、そっと目を閉じる。
しばらくして開けた彼の目には、少量の焦りが滲んでいた。
「これは…………」
この感じは。
そこまで考えたところで、青年は放送用のマイクのスイッチを入れた。
「生徒会執行部に連絡。茅野くん、吉川さん。至急生徒会室まで戻って来てくれ。話し合いたいことがある」
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「うわ、やっぱ中もすげえな……」
「そうなのかな?」
校舎に入った後も、驚きと感動の連続だった。これが校舎で、これからここで生活していくというのが、今だに信じられない。
加えて。
「でも、まさかクラスが一緒とはねー」
「ああ。なんつーか、偶然とは思えねえな」
そうなのだ。俺と梓、同じクラスだったのである。さっきも口にしたが、なんというか、ここまでくると何か不思議なものがはたらいているんじゃないか、なんて柄でもないことを考えてしまう。
そんな感じで思考を巡らせていると、あっという間に教室の前に着いた。これまた工芸品のようなドアの左上には、そこだけ普通の学校と同じように札が挿さっており、しかし字体はそれらしい感じで【1-3】と書かれている。
「さーて、それじゃあ……」
そこで何を思ったか、梓は大きく息を吸うと、
「おはよー!」
教室のドアを開けて文字通り開口一番、梓は他の教室まで聞こえる程の音量で、元気な朝の挨拶をした。ので、後ろにいた俺はびっくりしてちょっと飛んでしまった。3センチくらい。
「おっ、おはよう」
「梓ちゃんおはよー」
「朝から元気だねー」
すでに教室にいたクラスの面々は、いつも通りの事のようにそれに返答する。後で聞いた話だが、麗飛に入学してから、すなわち9年前から、梓はずっとこれで通しているんだそうだ。だからこの時のクラスメイトの反応も、しかるべきものだったということなのだが、
「あ、そうそう。みんな聞いて!」
個人的には、出来れば、
「転入生くんつれてきたよー!」
その流れとそのボリュームで俺を紹介するのはやめて欲しかった。
「へっ?」
いきなり自分の事に話題が移って、間抜けな声が出た。
が、それとは対照的に。
「「「「「マジでっ!?」」」」」
クラスの面々の目つきが変わった。
先ほどまでの穏やかな、あるいは呑気な表情はどこへやら、クラスメイトたちは、血に飢えた獣のような表情で俺ににじり寄って来た。
「あの、えっと……?」
ここでその視線に圧されて反応が遅れたのが、致命的だったんだと思う。
俺が廊下に向かって逃げ出そうと、新たなクラスメイトに背を向けた時には______
「…………げっ」
既に他クラスの皆さんが廊下に人だかりを作っていて、出入り口はがっちり塞がれておりましたとさ。
「「「「「はじめましてぇぇっ!!!!!」」」」」
「う、うわあぁあぁぁあ!?」
次の瞬間には、俺は前後から来る群衆に飲まれていた。
「どっから来たんだ!?」
「名前はー!?」
「好きな食べ物は?」
「なんで麗飛に転入したの!?」
前から後ろから、右から左から上から下から斜めからあらゆる方向から質問の嵐。更に俺を中心におしくらまんじゅう状態で、これまたあらゆる方向から凄まじい圧力が。
「待って待って待って! 死ぬ! 死ぬってば!」
言葉と動作で押し返そうと試みるも、抵抗虚しくどんどん押されていく。梓に助けを求めたいが、人が多すぎてどこに居るのかすらわからない。これは本格的にまずい、と思ったところで、
『ピンポンパンポーン♪』
校内放送だろうか。よくあるチャイムの音が響く。同時に、質問と圧力がピタリと止まった。
『全校生徒に連絡します。これより、進級式の準備を始めます。初等部・中等部・高等部、各学年協力して、準備に取り掛かってください』
ちょっと高めのバリトンで、聞き取りやすい男の声だった。そしてそれを聞いた途端、俺の周りに居た人だかりは、ぱっと散っていった。
「…………」
すぐには言葉が出なかった。
疲れたとか、助かったとかいう感情より前に、放送が流れた瞬間の麗飛生たちの反応に対する驚きが、頭の中を埋め尽くしたからだ。
加えて。
「あの……声…………」
何か、仄かな既視感を感じた、その直後。
『____あ、そうだ。もう一つ連絡です』
先ほどと同じ、男の声。
『転入生の八神君は、中央塔の生徒会室に来てください。……玉章くん、近くにいるだろう。案内を頼むよ』
最後の方は、声の主の本来の口調だろうか。それを聞いて、更に既視感が強まる。いったい何だ。こんな声、聞いたことなんてないはずなのに……
「あっちゃー、見られてたのかな」
不意に、隣に居た梓が声を上げた。
「へ?」
あっけに取られて、既視感が頭の隅へと追いやられる。
「玉章くん、って言ってたでしょ。私の名字、もう忘れたの?」
「えっと……あ、そっか」
そうだった。梓と呼べと言われたから、そこしか頭に残っていなかった。
そんな俺を見て梓は、「仕方ないなあ」という感じで鼻を鳴らすと、通学路で会った時のように俺に背を向け、顔だけをこちらに向けた。
「じゃあ、行こう。案内するわ、生徒会室に」