表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憑き来たる者共  作者: 冷奴
The first act:サイカイ
14/14

ウワサと不信と

「……酷い目にあいました」

「当然だろうが馬鹿野郎」


梓の警護を開始した初日の放課後、俺は生徒会室を訪れていた。俺の制服はボロボロで、所々破れたりしている。俺の身体の方にも、ちょこちょこガーゼやら絆創膏やらが貼られている。

昼休み、梓に真実を伝えようと奔走(もとい暴走)して、俺は高等部棟の屋上、地上五階程度の高さから転落した。その俺が、今もこうして無事でいる理由は、


「落ちた下にちょうどデカイ木があって、クッションの役目をしてくれたからよかったが……もしそうでなかったらお前は今ごろ、」

「まあまあ茅野くん、そう角を立てないで。具体的な指示を出来なかった私たちだって悪いんだから、ね?」


なおもお説教を続けそうだった茅野先輩を、吉川先輩がなだめる。それを確認してから、桐原先輩は俺の方に向き直り、紳士服(ゼントル)の先輩は口を開いた。


「それで……まあ、そのお詫びと言ってはなんだが、吉左右くんから新たな情報が寄せられた」

「吉左右から?」


言ってから、昼間忙しくしていたのはそれか、と納得する。


「ああ。それで……結論から言えば、事態はより深刻になった」


桐原先輩は両手を組んで、そこに顎を沈めてから言った。


「ストーキングの目撃者に、もう一度聞き込みを行ったらしいんだ。そしてその全員が」


そこで一呼吸おいてから、


「……ストーカーの顔を、まったく覚えていないらしい」




「……え!? そ、それってどういう……」


しばらく呆然としてから、ようやく感想を絞り出した俺に向かって、他の二人の先輩が説明を付け加える。


「……なんとなく感づいているかもしれないけれど、傾向としては、”口止め現象”の時と同じなの」

「それに、顔だけじゃねえ。体格、服装はおろか、男か女かすら覚えてないらしい。もちろん、全員がな」

「そ、そんなこと……」


ありえない。

そう言いかけて、俺は先ほどの、屋上での出来事を思い出す。


あの、感触。

見えない何かが、いないはずの誰かが、俺を屋上から突き落とそうと____いや、梓に噂のことを話すのを、阻もうとしたような。

あれを体感した後では、こんな無茶苦茶なことも、おいそれと否定はできなかった。

そんな俺を見て何を思ったか、桐原先輩は一つ咳払いをすると、いつもの微笑をたたえて言った。


「……まあでも、考え方によっては、君のすべきことが明確化された、とも言えるのかな」

「え?」

「君に具体的な指示が出せる、ってことさ」


そして、桐原先輩は茅野先輩・吉川先輩と頷きあうと、俺を見据えて、言った。


「ストーカーの正体を突き止めるんだ。君自身の、その目でね」



ああ、なるほど。

……いや、待てよ? でも、となると一つ問題が発生するような。


「……それって、毎日梓と一緒に帰るってことっすか……?」

「また屋上から落っこちるよりマシだろうが」


ぐっ、そう言われると反論出来ない……。

表情に出ていたのか、桐原先輩の微笑が苦笑に変わる。


「まあ、今日からいきなりやれとは言わないから、ここでゆっくりして行くといいよ。怪我もあるし、どうせ今ここを出ても、いろいろ質問責めにされるだけだろうしね」


その言葉に吉川先輩が立ち上がる。


「それじゃあ、お茶を淹れましょうか。八神くんは、お砂糖とミルク、少し多めね?」



######



桐原先輩の提案に甘えて生徒会室にとどまった俺は、前回出来なかったチェスをやってもらうことにした。相手はもちろん桐原先輩だ。


「……そういえば、なんでこんなに梓にかまうんですか?」


対局が割と俺の有利に進み、少し余裕も出てきたところで、俺はふと、先輩に疑問を投げかけた。


「ふむ……」


桐原先輩は手にとっていた黒い歩兵(ポーン)を動かしてから、ボードから視線は外さずに、俺の質問に答える。


「それは、どうして警察に相談しないのか、ってことかな?」


まさにその通りだった。

たしかに、今回の噂の件は、一般常識から考えたらありえないことだ。何やら外的な力が加わっているような気もする。だがそれでも、ルーシェの対応に、俺は異質な感覚を覚えていた。警察に任せたりしないところとか____噂のことを本人に伝えられない特殊な力、先輩方の言う”口止め現象”を、まるで当たり前のように認識しているところとか。


「……八神くん。君は、ストーカー殺人のニュースを見たことがあるかい?」

「え? あー、まあ……」


唐突な質問に少し混乱したが、とりあえず頷く。ニュースなんてたまにしか見ないけど、殺人事件とかに発展すれば、そういう大ゴトは数日にわたってテレビで流れるわけだし。そうなれば、どうやったって目に入るだろう。


「そんな時、報道機関は口を揃えて言うよね。『警察の対応の遅さが、今回の惨劇を招いた』という具合のことを」

「あー……確かに」

「それを聞いて感想を求められたら、君はどう答える?」

「えっと……」


白の僧正(ビショップ)を動かし、少し考えてから、俺は口を開く。


「……毎回のことだから、またかよ、って感じですかね。警察はいつになったら対策できるんだ、っていう……」

「そう」


俺の言葉が終わるのを待たずに、桐原先輩はそれを肯定した。


「要するに、警察に任せたところでどうしようもないというのが僕達(ルーシェ)の本音だよ。普通の事件でさえ『気にしすぎ』で流す連中だ。ましてや今回の事件なんて当然、門前払いだろう」

「……そんなに色々考えてるんなら、なんで俺なんかに頼んだんですか?」


この場合俺が疑問視しているのは、

白羽の矢が立ったのが、去年まで部外者だった俺だということだ。初対面の俺とも臆さずに話せる梓のことだ。俺より親しい友達なんてたくさんいるだろう。


「うん……そうだね、なんと言うか……」


と、それまで視線をボードから一切外さなかった桐原先輩が突然顔を上げる。その顔には微笑が浮かんでいた。


「気まぐれ、かな」


「きっ……気まぐれ!?」


素っ頓狂な声を上げる俺に、吉川先輩と茅野先輩が応じる。


「ふふ、そうね。でも、気まぐれは気まぐれなんだけれど、とっても不思議なの」

「三人が三人、候補にお前を挙げたんだ」

「そ、そんな理由で……」


どうにも飲み込み難い。説得力が無いというかそもそも、俺が望んでいるのは、そういう答えじゃない。


「まあいいじゃないか。それに、偶然の一致だ。なにか、運命的なものを感じないかい?」


桐原先輩は微笑をたたえ、話題を締めくくるように言うと____


「というわけで八神くん。チェックメイトだ」


俺が気づいた時には、黒い騎士(ナイト)が、白の(キング)の最後の退路を塞いでいた。



######



数十分後。

生徒会室を出た俺は、周囲に気を配ることも出来ずに、ふらふらと下校していた。チェスが終わった頃には部活はどこもすっかり終わっていたので、今日の昼休みの件を質問責めしてくる奴もいなかった。梓も、先に帰ってしまっているらしかった。


歩きながら、ある思考がぐるぐると俺の頭の中を回り続けていた。


もしかすると先輩方は、俺に何か隠しているんじゃないだろうか。さっきの会話の流れは、今思い返してみても、あまりにも不自然だった。三人の意見が一致したからで、その意見ってのが気まぐれ? そんな無茶苦茶な。

なんとなくだけど、あの三人には、俺に知られたくないことが、知られると都合の悪いことが、ある。そんな気がしてならない。


「……なんて、考え過ぎか」


自分の考えに自分でツッコんでから、まさかな、と笑う。


でも、あの人たちを全部信頼しきるのは、やめた方が良さそうだな。

そう結論づけてから、俺は小走りで帰ることにした。



この時、俺は気づいていなかった。

事件が、より面倒なことに傾き始めていたことに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ