ウワサに踊る
「____という理由から、これらの問題に関する法律の制定が、国際的、かつ喫緊の課題となったわけだ」
教卓に立つ若い男性教師の説明を聞き流しながら、俺は昼休みに聞いた噂のことを考えていた。昼飯で少しばかり瞼が重くなる時間帯ではあるが、今はそれどころじゃない。
「そこから今現在に至るまでは、この前学習したな。よし、復習がてら、ここできちんと覚えているか確認するぞー」
梓が、ストーカー行為を受けている。そして幸か不幸か、本人はそれに気づいていない。
そしてそれ以上に引っかかるのは、まわりの連中が、それを本人に告げられないことだ。吉左右の話を聞いた後でもまだ信じられないが、何やら不思議なものが働いているようにしか思えない。とすれば、まずはオカルト本とかを調べてみるべきか…………
「____それじゃあ、この制度の正式名称を……八神、答えてみろ」
「…………へっ?」
教師の声に少し遅れて、間抜けな返事が俺の口から出る。やばい。話、全然聞いてなかった。どうしよう。
「え、えぇ〜〜っと……」
取り敢えず悩んでいる感じをアピールして、ヒントを引き出そうと試みる。ベタだが、なにせ話を聞いてなかったんだから、これ位しか講じられる手はないし。
「おいおい、どうした八神? これだぞ、これ」
俺のアピールが伝わったらしく、教師は手の甲で、黒板に書かれた文字を二、三度叩く。そこに目を走らせると、黄色で大きく『MAST』の文字が。これは大ヒントだ。
けど、ヒントを提示されたところで、俺のおつむは残念ながら正式名称なんて覚えていなかった。結果、当てずっぽうでとにかく言ってみることにする。大丈夫、英語だったのは覚えてるから大丈夫。
「えぇと……メンタル・アシスト……」
「うーん、残念」
はい。やっぱり駄目でした。
「おいおい八神しっかりしろよ。この前習ったばっかだろー? ……よし、じゃあ玉章。かわりに頼む」
「あ、はい。えっと、Mental age systemです」
梓が以前と同じようにネイティブな発音で答えると、教師は音が鳴りそうなほどの勢いでサムズアップした。
「よしOK! まぁ、今回は八神に生贄になってもらったけど、これは全員きっちり抑えとけよ。基本かつ、最重要の箇所だからなー」
生贄、という単語に教室中からどっと笑いが起こる。俺は教師を恨めしくじとっとした目で睨みながら、今度は黒板の『MAST』について思考する。
メンタル・エイジ・システム、略してMAST。直訳すると『精神年齢制度』ぐらいか。今現在、全世界で施行されている制度で、俺が小学校高学年か、中学の頃には既に発効していた。俺自身もテストを何度か受けている。
簡単に言えば、実年齢、すなわち肉体の年齢とは別に、内面の成熟度合いである精神年齢を、テストによって算出しようというものらしい。テストを受けられるのは十二歳からで、内容は『基礎学力』と『常識』のペーパーと、『常識』の面接。原則として、一年に一度テストを行うことが義務付けられている。
この制度の最大の特徴は、国が受験費用を負担してくれること、ではなく、いやそれもあるんだけど、たしか____
「皆も知ってると思うが、MASTの最も画期的なところは、算出された精神年齢に応じて、実年齢に関係なく相応の権利が与えられることだ」
そう、そうだった。
例えば、俺は今、実年齢は十六歳だけど、MAST換算で十八歳を越える点数を取れば結婚できるし、二十歳を越えればクレジットカードだって作れる、というわけなのだ(さすがに飲酒は許してもらえないけど)。ヨーロッパで、当時十五歳の少年がMASTで満点をとって、その体格に合った専用車が開発されたのは結構有名な話。また逆に、二十歳を越えていてもMAST換算で『成人』していなければ、詳しくは覚えていないが、色々と制限がかかる。
『ゆとり教育』の影響が顕著に現れはじめたこの国において、この制度の採用は、まさに画期的なことだったらしい。導入に先駆けて法整備なんかが行われた結果、MASTは現在、それなりに今までのシステムにうまく組み込まれているらしい。才能の早期発見に大いに貢献しているとかで、世論(要するに大人たち)からの評判は上々なんだそうだ。既に成人している人は特例扱いでテストを受けなくてよかったり、得点評価だから学力特化でも割と高いスコアが出てしまったり、成人していながらMASTの判定では未成年の人に対する”ヒュージ・キッズ”なんていう蔑称が生まれて一部で差別が深刻化したりとか、色々と問題もあるらしいけど。
でもそれとは別に、メリットとかデメリットとか関係なく、俺はどうしても疑問に思ってしまうのだ。
「……『常識』って……学校の授業でやるもんじゃねえよな…………」
そりゃあ、「倫理」とか「哲学」とかはそう簡単に触れられるものじゃないし、学校でやる必要があるかもしれない。でも、小学校でやってた「道徳」とかMASTとかって、それとは違うんじゃないか、と思ってしまう。そういうのも、個性のひとつなんじゃないのか?
…………とは言っても。
「……まあ、んなこと考えてもしょうがないよな……」
俺が何か言ったところで、国が動いてくれるわけでもないしなぁ。
教卓では、教師が熱弁をふるいつづけていた。
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その後も(主に例の噂についての)考え事をしながら授業を受け、帰りのホームルームも終わった。
「気をつけー、礼」
「「「「「あざっしたー」」」」」
「よっしゃ、帰るかなぁ」
俺が大きく伸びをしてから呟くと、隣から声が聞こえてきた。
「克樹くん、部活とか見たりしないの? もう仮入部期間とっくに済んじゃってるのに……」
「いやぁ、俺、中学の時も帰宅部だったし。今更部活なんて……って、」
この声は、もしかしなくても。
「梓、お前いつの間に!?」
「おんなじクラスなんだから、そんなにビックリしなくてもいいのに」
梓は呆れたように苦笑する。
出会ってから一ヶ月経ったけど、梓とは変わらず仲良くやっている。梓のおかげで、他の女子ともスムーズに友達になれたりしたので、入学した時から頼りっぱなしなのは全く持って情けない話だけど。
しかしどうしても、梓を見ると、例の噂が頭をよぎってしまう。
そう。もしかしたら梓は今、かなり危機的な状況にあるかもしれないのだ。
「……どうしたの、克樹くん? 私の顔に何かついてる?」
「え、いや別に」
言おうかとも思ったが、昼休みの吉左右の話のせいではぐらかしてしった。なんとも自分が不甲斐なく、梓から視線をそらしてしまう。
とここで、俺はこちらに向かってくる人影を発見した。
「……げっ、あれは……」
梓も気付いたらしく、隣で渋面を作る。が、逃げるような気配はない。逃げられないと分かっているからだ。
その人物は一直線に走ってくると、俺達の真正面で急停止する。そして深く息を吸い込むと、
「こんにちは! 梓ちゃんにぃ、転入生くん! 麗飛学園高等部一年次生、新聞部の伊勢谷ちゃんです!」
メイクしていないとは思えないほどメリハリの効いた顔に、女子なのに男子用のスラックスを着用した目の前の人物は、明朗な声で、はきはきと自己紹介をした。が、俺達はそれに半ば呆れ、苦笑しながら言葉を返す。
「陽子ちゃん、自己紹介はもういいよ……」
「いいかげん、俺の名前も覚えて欲しいなあ……っていうか、今日は何だよ?」
この女子、名前は伊勢谷 陽子。本人の紹介にあった通り、新聞部に所属している、俺らと同じ高等部の一年生だ。そして二つ名こそないが、”噂好者” 吉左右 快示と並んで、そういう関連の有名人でもある。なぜかと言うと……まあ簡単に言えば、こうして取材のたびに、ハイテンションで自己紹介してまわっているからだ。
「もちろん取材のため! ですけど、その前に、二人に連絡を預かってきました!」
「「連絡?」」
「はい! 今日これから、生徒会室に来いと、ルーシェの副会長がおっしゃってましたよ!」
「副会長? あぁ、桐原先輩のことか」
俺はなるほどと頷いたが、梓は「またか」と言わんばかりの表情だ。というか、なんで梓はルーシェが苦手なんだろう? 俺でもすぐ慣れたのに。
「まあ、『これから』というのは、『取材に付き合っていただいてから』ということですけどね!」
「……言わなくても分かってるよ、陽子ちゃん」
「で、なんなんだよ取材って」
「もっちろん!」
そこで新聞部員は、梓にビシッと人差し指をつきつける。あ、もしかしてあれのことか? とすると、吉左右の話が本当なら______
「ここ最近流れている……玉章 梓さん! あなたに関しての噂にづっ」
あ、舌噛んだ。
「……………………」
その場にしゃがみ込み、口を押さえて悶絶する新聞部員。
「よ、陽子ちゃん!? 大丈夫!?」
梓が慌てて駆け寄る。けど、返事すら出来ないくらいやばいらしい。
「えっと、伊勢谷。とりあえず俺は、保健室行くのを進めるけど」
俺の言葉に心底残念そうに頷くと、伊勢谷は手で口を覆ったまま、ふらふらと歩いていった。ちょっと涙が滲んでいたのは、痛みのせいか、それとも取材が出来ないせいか。
それを見送ってから、伊勢谷の行った方を呆然と見続ける梓に、俺は声をかける。
「……生徒会室、行こうか」
「……うん」
やっぱり本当だったのか。さっき言わないで正解だったかもなあ。
なんてことを考えつつ、俺は梓と生徒会室に向かった。




