人工知能牛髑髏タウン
マイページの自己紹介欄に掲載されていた掌編シリーズ第四弾です(~2012/10/28)。
チャララッチャッチャ~ン
坂野「皆さんこんにちは。司会の坂野美智子です」
柴野「同じく司会の柴野文義です」
坂野「今日もはりきって行ってみましょう!「あなたの発明見せてください」のコーナー! 本日はようこそお越し下さいました、博士、よろしくお願いします」
博士「うむ。よろしく頼む」
坂野「早速ですが博士、どんな発明をご紹介いただけるのですか?」
博士「うむ。牛髑髏タウンだ」
坂野「う、うし……何ですか?」
博士「知っての通り、現行システムは既に稼働して二年が経とうとしているが……」
坂野「ちょ、ちょっと待って下さい。なんでしょうか、その……うし……」
博士「なんだ。知らんのかね。やれやれ。私が開発したコンピュータプログラムだよ。最近の若い者は何も知らんのだな。……あんたは知っとるだろう」
柴野「ええ、こないだ食べに行きましたよ」
坂野「柴野さん、コンピュータプログラムだって言ってるじゃないですか。知ったかぶりしないで下さい。すみません。その、ご説明頂いてもよろしいでしょうか」
博士「仕方がないな。タウンというのはTOWN、ツール・オブ・ライティング・ナレッジ。直訳すると「知識を記述する道具」だ。つまり……」
柴野「あれ? ナレッジはKNOWLEDGEだからKじゃないのかな」
博士「何? …………」
柴野「スペル間違ってますよ」
坂野「ちょっと、柴野さん……!」
博士「…………もう帰る」
坂野「あ! ちょっと、帰らないで下さい博士!」
博士「やだ。もう帰る。恥ずかしくてもう街歩けない」
坂野「い、今のところは編集でカットしますから」
博士「……ほんとに?」
坂野「本当です! ですよね? 柴野さん」
柴野「いや今のところはまだオープニングテーマ流れてるとこだから編集で切れないよ」
博士「もうやだ帰る」
坂野「だ、大丈夫です! 撮り直しましょう! それならいいでしょう」
柴野「えぇ。それは困るなあ。僕、今日は定時で帰りたいんだけど」
博士「さよなら」
坂野「ちょ、ちょっと待って下さい! 待ってってば!」
*
坂野「皆さんこんにちは、司会の坂野美智子です。今日は柴野文義さんはお休みです。……それでははりきって行ってみましょう! 「あなたの発明見せてください」のコーナー! どうぞ博士、いらっしゃって下さい! …………どうぞ? あれ、あなたは?」
少女「こんにちは」
坂野「こんにちは……。えと、あの、どちら様?」
少女「岸本博士の助手を務めております、クロと申します。博士が顔を洗っているので、時間を繋いでおくようにと」
坂野「え……あ、そうなんですか。ええとでは、その……クロちゃんでいいのかな。助手をやってるんですか。幼いのに凄いですね。今いくつですか?」
クロ「私ですか? 十二です」
坂野「十二歳で助手を? 凄いですね。……あ、博士、いらっしゃいましたか」
博士「ああ。……もうあいつはいないのか?」
坂野「柴野アナは退場……じゃなくてお休みです。あの、博士、カメラ回ってますけど」
博士「……! うぉほん。岸本だ。今日はよろしく頼む」
坂野「は、はい、よろしくお願いします」
クロ「よろしくお願いしますね」
坂野「それでは早速ですが、博士のご発明を」
博士「うむ。牛髑髏タウンだ。私が開発したコンピュータプログラムだ。……知らないようだから解説するが、タウンとはTOWN……なんだ、どうした」
坂野「い、いえ……その、略称についてはよろしいんじゃないでしょうか」
博士「心配するな。TOWNはツール・オブ・ライティング・ナニカ。直訳すると「何かを書く道具」という……おい、どうした」
坂野「な、何か……って……」
クロ「博士、英語力の無さがにじみ出てしまっています」
博士「うるさいなお前は。無さがにじみ出るとかいう変な日本語を使うな。これでいいんだよ」
坂野「そ、それで一体どんなプログラムなのでしょう」
博士「うむ。小説を書くプログラムだ」
クロ「だったら素直にNOVELにしておけば良いと思いますけれど」
博士「あ!」
クロ「気づかなかったのですか」
坂野「ああ、待って帰らないでください博士! だ、だ、大丈夫です。あえて特定しないことで小説以外へも広がる可能性を表現されているのですよね?」
博士「そ……そうだとも! その通りだよわかっているようだな君は」
坂野「で……でも小説を書くプログラム、とはどういう意味でしょう」
博士「うむ。言葉通り、自分で考えて小説を書くプログラムだ。まあ、これまでの開発の歴史から話そうか」
坂野「うかがいます」
博士「そもそもはワシが小学生の時にさかのぼる。ほら、学校の宿題で作文を書かされるだろう。読書感想文だの、遠足の感想文だの……。ワシはあれが嫌いでな」
坂野「私も作文は苦手でした」
博士「いったいどうしてああも無意義な文章を書かねばならんのか。読書感想文なぞ愚の極みだ。電話帳を読んでどう思ったかなんて、そんなつまらんことを学友に披露して何になる?」
クロ「それは読書感想文に電話帳を選ぶのが問題なのだと思いますけれど」
博士「……」
坂野「ま、まあでもその、面白くなかった気持ちはわかります。小学生のうちって、つい読んだ本のあらすじを書いたりしちゃって」
博士「そうだろうそうだろう。そこでワシは考えた。こんなどうでもいいものを書くのに時間を使うのは勿体無いとな。それで自動的に作文を書くプログラムを作ったのだ。それが牛髑髏タウン一号だ」
坂野「え? 小学生でプログラムを? 凄いですね。成果はどうだったんですか?」
博士「提出した作文に対する先生からのコメントは「次は「い」を練習しましょう」だった」
坂野「……どういうことでしょう」
クロ「原稿用紙三枚にわたって平仮名の「あ」で埋め尽くされていたのです」
坂野「……」
クロ「私はあれを初代にカウントするのはやめたほうがいいと常々言っているのですけれど」
博士「何を言ってるんだ。機械に書かせたにも関わらず、怪しまれなかったんだぞ? 大したものじゃないか」
クロ「怪しまれなかったのは日頃から電話帳の引き写しなんかを提出してるからです。数字の練習が平仮名の練習に進んだんだと思われただけです」
博士「小学校五年生の時に作った二号機はもうちょっとマシだった。ロボットアームを操作して鉛筆を持ち、紙に字を書く機能を備えたのだ」
坂野「す、凄い技術力じゃないですか」
クロ「でも改良すべきはそこじゃないと思いますけれど」
博士「もちろん、三号機では文章も改善した。語彙や表現方法の知識として図鑑とか有名文学をデータとして入力して、それを元に切り貼りして文章を組み立てるものを作った。実際に「夏休みの思い出」というテーマの作文はこれで片づけたのだ」
坂野「今度はどのような作文になったのでしょう」
博士「国境のトンネルを抜けるとリオデジャネイロだった。次のトンネルを抜けるとラスベガスだった。次のトンネルを抜けるとモヘンジョ・ダロ遺跡だった。……という文章が延々と最後まで続いていた。先生からは、「お前は夏休み中、いったいどこの異次元に迷い込んでいたんだ」というコメントを頂いたな」
クロ「夏休みの思い出なのに、よりにもよって「雪国」というチョイスもどうかと思いますけれど」
博士「入力が面倒くさくて冒頭のあたりだけ入力したのが災いしたな」
坂野「ま、まあそれでも、小学生が作ったものとしては凄いです」
博士「わかっとるじゃないか。いや確かに初期のは多少、出来が悪かった感は否めん。しかしこれが四号機では飛躍的に進化を遂げた。四号機の最終的な成果は中学三年生の時で、私の卒業文集をこれでやってのけたのだ。誰も機械が書いたものだとは思わなかった。大成功だ」
クロ「ここに実物があります。77ページをご覧下さい」
坂野「あ、いいんですか? 拝見します。……これは……! ちゃんとした日本語……いや、それどころか人間が書いたかと思うほど自然です」
博士「そうだろう。すばらしいだろう」
坂野「……ただ、あの……博士、内容のチェックはされたのでしょうか?」
博士「全くしとらん。未だに読んだことがないな。なんだ。言い給え」
坂野「担任の女性教師やクラスの女子に対する妄想でいっぱいの……どう読んでもその、平たく言えば官能小説のようですが」
博士「何だと? そういえば当時PTAがこれを載せるかどうかで大騒ぎしていたような気もするな」
クロ「最終的に掲載するという校長の英断が彼を退職に追い込みました」
博士「しかし、それで謎が解けたな。卒業式でクラスメートが汚物を見るような目でワシを見ていたことも、その後の同窓会に全く呼ばれなかったことも」
クロ「文集は後で学校側が自主回収したそうですから、これは貴重な一冊です」
博士「しかし……となると四号機は成功作とは言いがたいな。その文集以外に使わなかったから他に被害が出ずに済んだ」
クロ「これは一発で致命傷ですけれど」
坂野「あまり使われなかったということは……すぐに五号機が開発されたということですか?」
博士「いや、中学卒業後すぐ研究所に就職したからな。ここまでで本来の牛髑髏タウンシリーズは一端役割を終えたのだよ。次の五号機の開発はしばらく後、官公庁からの依頼だった」
坂野「えぇ!? 官公庁、ですか?」
博士「ああ。どこの役所だか忘れたが、自分たちの仕事をサボるための文書自動作成機を欲しがったんだよ」
坂野「そ、それはまた凄い話ですね。責任重大なのでは……」
博士「とんでもない。報告書、始末書、事後の通達書……。その手の、どうせ誰も読まないような類のものだ。書くのに時間を使いたくなかったのだろう。小学生のワシと同じだよ。六号機もほぼ用途は同じで、納入先はどっかの大手商社だったな」
坂野「それは問題にならなかったのでしょうか」
博士「さあな。例によって文章のチェックはしなかったが、どうせ誰も読んどらんし、読む必要もない。中身の無いゴミ同然のものだ。……当時はワシも若かった。金のためにつまらん仕事をしたよ」
クロ「博士、あの子たちも不本意だったのだと思います。だから最後に一矢報いたのです」
坂野「一矢? ……と言いますと」
博士「ああ……つまり、五号機も六号機も、暴走したんだよ。五号は確か、大臣の演説原稿だったな。……記者クラブで淡々と読みあげられる「まんじゅうこわい」はなかなかシュールなものがあったそうだ」
坂野「えぇ? 落語? ま、まさか。その、読んでいる大臣が気づかなかったのですか?」
博士「年功序列で閣僚になった連中なんてそんなものさ。用意された原稿を疑いもせず読んじまうのもいる。記者は騒然としてたそうだがな。ご乱心か、それとも馬鹿にされているのかと。あまりに冗談みたいで誰も記事にはしなかったらしい」
坂野「こ、これ放送して大丈夫なんでしょうか……」
博士「六号機は、ソフトウェアの使用契約書だった。ほらソフトをインストールする時に画面に出てくるだろう。ろくに読まないでOKボタンを押すことが多い。あれだった」
坂野「け、契約書はまずいのでは……!」
博士「ところが誰も読んでないおかげで皮肉にも被害が出なかった。いや、その契約書をよく見ると、「なお、本製品を使用したことで生じた一切のトラブルに対しても、社長自らが三点倒立をして謝ります」という文が紛れ込んでいたりしたのだがな」
坂野「被害が無くて良かったです」
博士「当時の社長は一生懸命三点倒立を練習したそうだ。そのせいか生え際がだいぶ後退したとか。悪いことをしたな」
坂野「未だに使われているのですか?」
博士「いや、五号機も六号機もそれで廃棄だ。それでもう事務書類はやめにして、方針転換した。こっからがいよいよ小説を書くプログラムの開発だ。その頃ちょうど大学から共同研究のお呼びがかかってな。おかげで七号機以降はスパコンが使えたんでな、数撃ちゃ当たる方式の小説執筆プログラムを作ったのだ」
坂野「数撃ちゃ当たる方式……ですか?」
博士「ああ。有り余る処理能力を無駄遣いして、とにかく量を生産する。初期の七号機なんて、開発者が何人も頭痛を訴えるような訳のわからない文章を量産していたからな」
クロ「七号機もだいぶ改良されましたね」
坂野「では、現在はその七号機が最新ということですか?」
博士「いや違う。七号機と、それをベースに修正を加えた八号機、九号機がある。三台はそれぞれ微妙に特性が違っていてな。生み出す作品の傾向も違いがある」
クロ「傾向としては七号機はギャグ、八号機はホラー、九号機は恋愛ものですね」
博士「それに十号機を加えて、小説執筆システムを構成している。十号機の役割は選別だ。読んで意味がわかるものを選んでウェブで公開している。もともと人手でやっていたが、今は完全に自動化された」
坂野「選ぶところまでコンピュータがやっているのですか? ちなみに公開される作品の割合はどれくらいなのでしょうか」
博士「先週までで、0.16%程度だと言っていたな」
坂野「0.16%? 非常に低いのですね」
博士「あえてそうしている。六号機までとは違って、あまり材料を与えていないんだ。語彙も知識も乏しく、物知らずだ。既存の小説作品もほぼ読ませていない。下手すればワシの方が読んでいるかもしれん」
坂野「そ、それはどうしてなのですか?」
博士「入力がめんどく……じゃなくて、情報を与えるとそれに頼りすぎるからな。与える情報を絞り、代わりに情報を補完したり改変したり、拡大解釈させる機能を充実させた。それによって、与えた情報からは想像もつかないものが生まれてくる。結果として無茶苦茶な文章が乱造されてはいるが、稀に面白いものも残る。それがつまり、数撃ちゃ当たる方式という訳だ」
坂野「……なるほど」
クロ「偉そうに言っていますが、要は妄想垂れ流しマシンということです」
坂野「……なるほど」
博士「お前を連れてきたのは失敗だったな」
クロ「失敗を恐れてはいけません」
坂野「今の牛髑髏タウンは七号機、八号機、九号機、それに十号機だということなのですね。ならば博士、十一号機以降は作られていないのですか?」
博士「ほう。鋭いな。ああ。存在するよ」
坂野「やはり小説執筆機なのですか?」
博士「いや、十一号は小説執筆機ではない。十号機をベースに進化させたもので、会話をする機能を持った……人工知能のようなもんだ」
坂野「人工知能! そ、それはどの程度完成しているのですか?」
博士「八割といったところか。ツイッターで実地テストをしていると聞いている。詳しくは知らん。大学のチームが引き継いだからな。ワシは手を引いた」
坂野「ちなみに博士ご自身は今、何を?」
博士「秘密だ」
坂野「あの、もしや十二号機を……」
博士「秘密だ」
坂野「……なるほど。今日はどうもありがとうございました」
柴野「おーい、戻ってきたよ。いやあ、酷いなあ、みんなしてスタジオから追い出すんだもの。あれ、君誰?」
クロ「クロと申します」
柴野「猫みたいな名前だね」
坂野「し、柴野さん……!」
柴野「いやあ博士、失礼かもしれないけど、こんな可愛いお嬢さんがいらっしゃったとは意外でした。奥さん似?」
坂野「ほ、本当に失礼ですよ柴野さん!」
クロ「娘ではありません」
柴野「そうなの? 君いくつ?」
クロ「十二です」
柴野「十二歳?」
クロ「いえ、そうではなく……」
博士「す、すまんがこれに興味を持たないでくれ。言っておくがまだ取材はお断りだ」
柴野「興味って……やだな僕はロリコンじゃありませんよ。そういう意味じゃないか。まさか隠し子ですか?」
博士「おい、もう帰るぞ! もう十分話をした筈だ」
坂野「失礼しました! ちょっと柴野さんやめてください!」
柴野「でも博士、独身の筈じゃ……」
博士「お、おいもう帰らせろ!」
クロ「あの、すみません。博士の機嫌が限界のようですので」
坂野「そ、それでは皆さんまた来週!」
柴野「え? なに、嘘、まだカメラ回ってたの? ま、また来週!」
チャララッチャッチャ~ン






