襲撃
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・・・・!最悪。最悪だクソが!!」
途切れ途切れになる息をどうにか整えようとするも、元々俺は戦闘などには向いていない。依頼をされて、ライバル会社に忍び込む事はあっても、犯行には十二分の注意を払い、警備員や監視カメラの場所なども把握した上で侵入している。どうしても避けきれない警備員などを不意打ちで昏倒させることはあっても、今俺を襲って来ているような猛者と戦ったことなんて一度もない戦闘素人だぞ俺は!!!
あの時、そもそも俺の侵入計画が事前にバレていたとしか思えないタイミングで現れた《東条光一》。アイツによってこの世界へと飛ばされた俺は、必死になって生き抜いた。他の犯罪者とは極力出会わないようにして、チマチマと雑務系のクエストを受けた。
そんな生活をしていた俺のウインドウに突然現れたサブ職業エクストラ【電脳の王】。それは正に俺の天職とも言える物であり、このジョブによって、俺はそれまでの生活を一新させることが出来た。
電脳に対して万能とも呼べるこの『エクストラ』を使い、プレイヤーの情報と、ほぼ全てが電脳化されているこの東区未来都市の情報の殆どを調べることが出来るようになった俺は、現実世界と同じ職業である情報屋を始めたのだ。今ではお得意様とも呼べる客も居る為、このゲームがクリアされるまで引きこもっていようと思っていたのだが・・・。
・・・・・・恐らくこの【電脳の王】が俺に発現したのは、偶然ではない。恐らく、《東条光一》は創りあげようとしているのだ。そうでなくては、他の『エクストラ』発現者の説明が付かない。
俺がこの【電脳の王】を駆使して調べ上げた『エクストラ』発現者。今の有名どころでは【吸血鬼】・【爆弾魔】・【人魚姫】など。あまり大勢に知られていない、もしくは、その力を目当てに狙われないように正体を隠している者は【魔銃製作者】・【神衣剣士】・【死神】など。
なんだこれは?最早偶然とは思えない。有名どころの三人は、現実世界での二つ名と全く同じ名前の『エクストラ』を手に入れていた。三人とも、何らかの形で人間やめたような能力を発揮していた犯罪者たちだ。それこそ、超能力と言われれば信じてしまいそうなほどの。その三人が、この仮想の世界でも現実世界と変わらない・・・いや、それ以上のスペックを発揮している。
恐らく、この世界に連れてこられた殆どの人間は生贄だ。重要なのは、『エクストラ』を発現出来たもの。その資質があるか見極めるためだけの実験。
俺が読み取ることの出来た内容は、末端も末端。《東条光一》にとって、読まれてもなんの痛手でもない部分。それでも、世界を変革出来るほどの研究だ。・・・間違いなく、奴は世界最高の天才だろう。
・・・だが、確かにまんまと誘き寄せられた俺の自業自得ではあるんだが
「この状況はさすがにないだろォォォおおおお!!!」
パンッ・・・!
小さく響いた音を聞いた俺は思考を打ち消し、条件反射で左足を真っ直ぐに伸ばして前に向けた。
「ぐ・・・ゥ・・・!」
その途端、俺の体は重力に引っ張られ、グンと前へと落ちる。急激な変化によって体に負担が掛かるが、それは無視した。
「・・・避けないでよ。無駄な時間が掛かるじゃない。」
重力が変更されることによる不快感も、体に風穴を開けられるよりはずっとマシだからだ。
「聞きたいことがあるだけなんだってば。ねぇ、話くらい聞いてくれてもいいんじゃない・・・?」
ビルの側面に着地した俺が顔を上げると、先程まで俺が立っていた場所には、純白の防具に身を包まれた、修羅がいた。その手に持つ光剣は地面に深々と突き刺さり、この女が一切の手加減をすることなく剣を振り下ろした事を如実に示している。咄嗟に避けなければ、地面に串刺しにされていただろうことは明白だ。
その容姿は大変素晴らしい。ぶっちゃけ、無茶苦茶タイプだ。腰とか、足とか、胸とか。バイザーでよく見えないが、顔も凄くカワイイ。街であったら、告白しそうになるくらいタイプだった。
・・・が、流石の俺でも、今の彼女に告白しようだなんて思えない。
静かな炎をその瞳に宿していることくらい、バイザー越しでも分かる。絶対零度の凍えるような瞳が、俺を貫いている。俺だって、世界の闇に長いこと浸かり続けている。凄惨な状況など腐る程見てきたし、狂人の相手だって嫌というほどしてきた。・・・なのに、俺は、目の前の女に圧倒されていた。
しかも。
(・・・なっ!?情報なしだと!?)
このゲームの基本機能に登録されている、【犯罪者履歴システム】。その犯罪者が、どんな罪を犯したのかが全て分かる機能だ。偽名での登録は出来ず、プレイヤーの頭上には常にプレイヤー名が表示されているので、いつでも調べることが出来る。
・・・だが、この《桐条麗奈》というプレイヤーは、検索出来なかった。【電脳の王】のスキルですら。それは即ち、この女は何の犯罪歴もなくこの世界に入れられたことになる。
(明らかなイレギュラー・・・か!)
まぁ、このゲームが始まって何日もしてから入れられた俺も十分にイレギュラーなのだが、それは置いておく。
(【グラビトン・ブーツ】のエネルギーも殆ど無くなったし・・・。クソ!これで逃げきれないってどんな機動性能だよ!?《天津京香》からすら逃げ延びたんだぞ俺は!?)
【グラビトン・ブーツ】は、東区未来都市で入手出来る装備の一つで、足の裏を向けている方向に重力を変更するという能力を持っている。俺はこの能力を利用して、前に後ろに上に下にと、次々と落ちる方向を変更することで、三次元的な戦闘を可能にする(殆ど逃走にしか使ってないけど。MOBとの戦闘経験すら未だにゼロだし)。実は、一度このゲーム最凶のプレイヤー《天津京香》と遭遇しているのだが、この装備を使ってなんとか逃げ切れた。
(・・・でも、これは相手が悪すぎるか・・・!)
俺のは擬似的な飛行だが、この麗奈とかいう女は、それこそ鳥か何かのように自由自在に空中を飛び回るのだ。そして、近接と遠距離を複雑に混ぜて攻撃してきやがる。・・・正直、勝てる気も逃げ切れる気も微塵もしない。
(・・・・・・話を聞くしかない、か・・・・・・)
普段は、客と顔を合わせず、メール機能のみを利用して情報の受け渡しをしている。現実世界では、こういう方法は情報漏洩の危険があるため出来ないのだが、この世界では俺の他に電脳関係の『エクストラ』持ちは存在しないため、安心して取引が出来るのだ。
実は、そもそも何故こういう状況になったのかと言えば、俺がレストランで飯を食べるために外出した直後に、この女が飛び込んで来たからなのだ。突然の襲撃に驚いた俺は、俺を狙う敵だと思い、一目散に逃げ出した。・・・・・・誰だって驚いて逃げ出すはずだ(確信)。これからは、いくら料理が美味くても、絶対に外出しないと誓ったね俺は。この状況から生き延びることが出来たのなら、もう二度と家の外には出ない。出前と通販で生き延びてやる。
【グラビトン・ブーツ】の効果を使い、この女から逃走を図った俺を、この女は執拗に追いかけ回した。かれこれ一時間近く。しかも、最初は手加減して出来るだけ怪我させないようにしていたようなんだが、段々と遠慮が無くなってきて、そろそろ命の危険を感じるようになってきた。
(潮時か・・・。これ以上は無理だな)
「何を聞きたいんだ・・・?」
俺は、降参だというように両手を上げ尋ねた。
「【魔銃製作者】の居場所。」
「何・・・?」
何故そんなことを聞きたがるのか?俺は訝しがる。
「殺すのよ。《天津京香》を。その為に【魔銃製作者】の協力が必要なの。」
このゲーム始まって以来の衝撃を、俺は受けたのだ。