修羅
―――修羅。
今の麗奈さんを表現する、もっとも相応しい言葉だと私は思いました。
『―――というわけで、本日零時に、『闘技場』で待っているわ。・・・逃げないわよね?』
俯く麗奈さんの手には、【メッセージカード】が握られていました。【メッセージカード】は、込めた言葉を音声にして届ける使い捨てアイテムです。今日、朝起きた私たちが、銀狐さんが行方不明となった事に気がついて、驚き慌てて屋敷中を探し回っていた時に発見したものでした。
この【メッセージカード】の送り主は・・・《天津京香》。以前、私たちを強襲してきた【吸血鬼】でした。
カードの内容は、銀狐さんは今、彼女のギルド【絶望】に囚われているということ。銀狐さんに本気で惚れてしまったので、麗奈さんを殺して銀狐さんを奪う・・・というものでした。
『フフフフフ・・・。あぁ楽しみだわ。貴方と銀狐が泣き叫ぶ顔が、目に浮かぶようね。・・・そうだ!街中の犯罪者を連れてきて、銀狐の目の前で貴方を犯すっていうのはどうかしら?食人趣味の犯罪者も少なからず居ることだし、犯しながら指の先からちょっとずつ食べてもらう?・・・・・・・・・あぁ・・・その光景を見た銀狐はなんて叫ぶのかしら・・・?楽しみ。楽しみ。・・・楽しみだわ・・・』
グシャッ・・・!という音と共に、麗奈さんはカードを握り潰しました。
私とレオンは、【吸血鬼】《天津京香》の想像以上の狂いっぷりと、目の前の麗奈さんの静かな怒りによって、心臓が潰れそうなほどの恐怖を味わっていました。まるで、背骨を丸ごと氷に入れ替えたよう。冷や汗をダラダラと流しながら、指一本も動かせない状態が続きます。
ブチ!
それは、麗奈さんの爪が、皮膚を食い破った音でした。ボタボタと流れ落ちる真っ赤な血液。それを全く気に留めもせず、彼女は呟きます。
「―――上等じゃない・・・。」
「ヒッ・・・!」
恐らく、一瞬だけ私の心臓は止まったでしょう。・・・今、生きているのが不思議なほど。それほどの恐怖を、私は彼女に感じていました。思わず腰を抜かしそうになるくらい。塔のボスですら、今の麗奈さんには敵わないだろうと無条件で信じられるほどの圧力。
「結衣さん。チョット出かけてくるね。」
「は・・・ぃ。」
蚊の鳴くような小さな声しか出せない私。麗奈さんが私の横を通り過ぎたその瞬間、私は今度こそ、立つだけの力すら失い、床に座り込んでしまいました。
「決闘が始まる時間には間に合うから。『闘技場』で待っててくれる?」
「・・・!・・・!」
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!
私の思考には、既にその言葉しか浮かんできませんでした。その怒りは、私に向けられたものではないのです。なのに、その余波だけで、私は死にそうになってしまっている。
麗奈さんの穏やかな顔と声。今の私には、これほど恐ろしいと思えるものはなく。
言葉も出せずに、コクコクと頷くことしか出来ませんでした。
「じゃぁ、また後でね。」
バタンと扉が締まる音がしたと同時に、私は、隣で同じように放心しているレオンに抱きつき、すすり泣いてしまったのでした。