意見のすれ違い
食堂の扉を勢いよく開け放ったのは、麗奈だった。・・・・・・というか、蹴りあけなかったか今?吹き飛びかねない勢いで開いたんだが?
「れ、麗奈・・・どこから聞いて・・・。」
「・・・・・・。」
「れ・・・・・・麗奈?」
「・・・・・・。」
俺の問いかけにも答えず、ズンズンと近づいてくる麗奈。あ、やべ、これマジギレしてるわ。経験上、こうなった麗奈はもう止められない。レオンは麗奈の尋常じゃない雰囲気に怯えて震えてるし。・・・部屋の温度が下がったように感じるのは気のせいじゃ無いはず・・・。
「銀狐さぁ・・・。」
「は、はい!?」
今までに聞いた声の中でもトップ3に入るほど温度の低い声で話しかけられ、思わず敬語になってしまった俺。な、何?どういうこと?何でこんなに怒ってるの!?
「あたしのこと・・・。」
そう言いながら、ウインドウを表示して何かを操作している麗奈。手に召喚されたのは・・・巨大なダガー。
「ちょ、麗奈さん!?」
レオンが不穏な空気を出している麗奈に飛びかかろうとするが、既に遅かった。
「・・・!」
「麗奈さん!何を!?」
彼女は、自分の手首にダガーを押し付け、思い切り切りつけたのだ。
「・・・っ!痛・・・いな・・・!!」
「貴方は一体、何やってるんですか!」
レオンは麗奈に詰め寄る。俺も本当ならすぐにでも麗奈を止めなきゃいけないんだろうが・・・そんな事を考える余裕が無かった。
「は・・・ぁ、あああ・・・!!」
彼女の手首からかなりの勢いで流れ出ている、その赤い液体を見た瞬間に、喉がカラカラに乾いて、心臓がバクバクして、頭が空っぽになって・・・もう、それを飲むことしか考えられなくなってしまったから。
「が・・・あぁあああああ!!」
「銀狐さん!?」
牙が、大きくなっていくのが認識出来る。視界が赤く染まって、手足の震えが止まらなくなって・・・
喰らえと本能が叫ぶ。全てを啜れと牙が唸る。だけど、それだけは、それだけは・・・・・・!!
「銀狐・・・・・・っん!!」
彼女は、触れる距離まで近づいてきて・・・手首から流れる血液を吸い上げて口に含むと・・・・・・キスをしてきた。
「ん!?・・・う、んんんんん!?」
突然の事で、何が起きたのかさっぱり分からない。今まで感じていた衝動を忘れるくらいの衝撃だった。
「銀狐・・・。ぅん・・・・・・!!」
クチュクチュと、お互いの舌が蠢く。その気持ちよさと、口内に流し込まれる麗奈の血液のせいで、どんどん頭がボウッとしてきた。
・・・あぁ、もうダメだ。抑えきれない。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・ホラ、飲んでいいんだよ?」
麗奈が差し出してきた手首。未だにドクドクと流れ落ちる血。早く止血しなければならないのは分かっているのに、一度吸い出したら止められない。どんな最高の酒を飲んだとしても味わえないような心地よい酩酊感が俺を包む。気が付いたら俺は、麗奈の手首に口を付けて、喉を鳴らして飲んでいた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか?五分もしていないとは思うのだが、俺には何時間にも感じられる時間だった。
「あ・・・あああ!麗奈、麗奈大丈夫か!?」
俺の目の前には、明らかに顔色を悪くして床に座り込んでいる麗奈の姿が映りこんでいた。
「俺が・・・俺がやったのか・・・!?」
今まで体に感じていた全能感は一瞬で消え去り、代わりに全身を虚脱感が襲う。自分の体を支えることすら出来ず、床に座り込んでしまった。
目の前にはグッタリとした、この世で一番大切な人の顔。これを、俺がやったんだ・・・・・・。
「・・・・・・ぁ。」
俺は、周りを見渡す。レオンと結衣がそこに居た。二人の姿を見て、俺の中で黒い感情が溢れ出す。二人のせいじゃないと分かっていても、八つ当たりだと分かっていても、口から溢れ出す言葉を止める事が出来ない。
「・・・どう、して・・・。どうして止めてくれなかった・・・・・・・・・。俺は、俺は麗奈を・・・。」
「バーカ。」
その元気な声に驚いて前を見ると、笑う麗奈の顔。顔色も良くなっている。
「え・・・?」
「あのね・・・銀狐は深く考えすぎだよ。確かに、すっごくリアルだけどさ、ここはゲームなんだよ?失った血液を補填する方法くらい、いくらでもあるって。」
そう言いながら、彼女は手にもっていたビンを渡してくる。ラベルを見てみると、『スーパー増血剤Z』とかいう巫山戯た名前が。
「そもそも、【吸血中毒】にさえならなければ、飲む量も少なくていいみたいだよ?今私が貧血気味だったのは、ダガーで切り裂いた時からドクドク大量に流れてたせいだし。」
「そう・・・なのか?」
レオンや結衣も頷く。どうやら、俺はほんの少しの時間血を飲むと、そのあと放心状態だったらしい。・・・確かに、床の絨毯に飛び散っている血はかなりの量だ。そりゃ貧血にもなるか。・・・でも、
「それでも、俺がしたことは変わらない。」
そう言った瞬間、また麗奈の機嫌が急降下した。何時もの人懐っこい目は完全に消え去り、今なら視線だけで人を殺せるかも知れない。
「ねぇ・・・さっき言いそびれたんだけどさ?」
「な、何だよ?」
俺がビクビクしながら聞くと、麗奈は俺の頬に手を当て・・・
「私の事、馬鹿にしないでよ!!!」
「うごっ!?」
思いっきり殴ってきた。グーで。グーで。大事なことだから二回言いました。超痛い。
「ちょっと血を吸うってくらいで、私が貴方の事を嫌いになるとでも思ったの!?それくらいで、私があなたから離れると思ったの!?」
「ち、違う!そうじゃなくて、お前の事を傷つけたくないから・・・!」
「それも、私の事を馬鹿にしてるのと一緒じゃない!私のことなんか、簡単に倒せると思ってるからそういうこと言うんでしょう!?馬鹿にしないで!馬鹿にしないでよ!!銀狐とずっと一緒に戦ってきた私って、そんなに弱い女!?私は銀狐を守りたくてこの世界に来たのに、何時までもお荷物扱いしないでよ!!」
最後のあたりは、涙をポロポロ流しながら俺の胸を殴り続けていた。
「・・・俺は、知らないうちにお前の事を傷つけていたのか・・・・・・?」
知らなかった。ショックだった。俺は、自分でも気が付かないうちにそんな態度をとっていたのだろうか?この、世界で一番愛して信頼している麗奈に対して?俺が、守らなきゃいけない最愛の人に対して、そんな態度を取っていたのか?
「もう怒った・・・!」
突然、俺の胸で泣いていた麗奈が立ち上がった。流れ続ける涙を拭って、俺を指差すと、叫んだ。
「ここまで言っても、私を守る対象としか見ないなら、もう実力でその考えを変えてやるから!!私は、私の実力で、貴方の相棒の位置に舞い戻る!!・・・銀狐、私と決闘よ!!」
「な・・・!」
俺たちが絶句しているのを尻目に、麗奈は食堂から出ていった。
銀狐は、命の懸かった危険なゲームだから、普段のゲームのように麗奈を信頼して隣を任せるという事をあまりしていません。いや、信頼はしているんだけど、ちょっと危険な事から離しすぎで過保護になってるって感じかな?男として、愛した女の子を自分の手で守りたいって気持ちが先行してます。
対して麗奈は、昔のゲームと同じく銀狐と並んで、相棒として戦場に立ちたいと願っています。・・・そもそも、彼女はこのゲームでもイレギュラーな存在なので、死んでもゲームから退場するだけで死なないんですが、分かっていても銀狐は心情的に受け入れられないといったところですね。