『吸血鬼』の過去
私は、一体何のために生まれてきたんだろう?
幼い頃、ずっとそう思っていた。雪のように真っ白な肌・・・そして髪の毛。瞳は充血したかのように真っ赤で、日中はベッドから出ることも出来ない。
私は、アルビノだった。
少しでも太陽の光を浴びると、肌が焼けるように痛くなって、全身から力が抜けてしまう。だから、私は月の光の下でしか、外を歩くことが出来なかった。
それだけなら大した問題じゃなかったけど、私には、心臓にも持病があった。病名はよく覚えていないけど、時々胸がキリキリと痛んで、倒れてしまうこともあった。
17歳になったある日、私は病院でお母さんとお医者さんが話をしているのを見てしまった。その時お医者さんは、「あと数年の命でしょう・・・。」と言って、お母さんはとっても泣いていた。
分かっていた。自分の命は残り少ないって。
分かっていた。私のせいでお父さんとお母さんの仲が悪くなって離婚したのを。
私は、私は・・・お母さんを泣かせるために生まれてきたの・・・?私の存在理由って・・・一体何なの・・・?そんなことばかりを、ずっと考えていた。
学校にも通ったことのない私には、当然友達なんていない。だから、私の暇潰しは、お母さんが買ってくれた大量の本だけだった。私は、毎日毎日毎日毎日読み続ける。
私が一番好きなのは、吸血鬼のお話だった。これだけは昔から変わらない。太陽の下では歩けないけど、闇夜を支配する超越者。私は、王子様に助けられるお姫様よりも、吸血鬼になって、夜空を自由に飛び回って見たかった。
「血って・・・美味しいのかな・・・・・・。」
傍に置いてあった果物ナイフで自分の指を切って、出てきた血を吸うこともあった。その時の血の味は、これまで食べてきたどんな料理よりも芳醇で、濃厚で・・・美味しかった。自分の血を飲んだだけなのに、体中に力が漲るような気がして、とても気分が良くなった。
それからだ。私が、自分は吸血鬼なんだと思い始めたのは。
ある日、久しぶりに逢ったお父さんが、私を殴ってきた。お母さんが過労死したらしい。最近お見舞いに来てくれないから心配していたんだけど、まさか死んでしまったなんて・・・。
「お前の病院代を稼ぐために無理をして死んだ。」
私は、深夜の病室でお父さんに殴られ続けた。
「お前のせいで死んだ。」
私のせい?そうだ、私のせいだ。私が生まれてこなければお母さんは生きていられたんだ。私が悪いんだ・・・。
でも、と私の心の中にいる私が呟いた。
『お父さんが離婚しなければ、お母さんはもっと楽が出来たはずじゃない?』
そうだ。お父さんが私に絶望して、お母さんにも愛想を尽かせて愛人と出ていったから、お母さんは苦しんだんだ。そう思うと、私はお父さんがとても憎くなった。だから、お父さんの腕を弾いて、お父さんの顔を眺めた。
「・・・何だ、親に向かってその顔は!」
そこにいたのは、昔の優しいお父さんじゃなくて、醜い男だった。だから・・・
「お父さんが私を殴るのは、私が悪い子だからよね・・・?」
「・・・・・・そうだ!お前のせいであいつは死んだ!お前さえ生まれて来なければ!この悪魔め!」
その言葉を聴いて自然と笑みがこぼれる。
「じゃあ・・・お父さんも、罰を受けなきゃいけないよね?お母さんを置いて離婚したのはお父さんなんだから。お母さんが死んじゃった原因の一つは、お父さんだもんね?」
その瞬間、自分の血を飲むために何時も持っていた果物ナイフをお父さんの胸に突き刺した。プチュっという手応えと共に、ナイフは根元まで埋まる。
「・・・・・・!」
お父さんは驚愕した表情で私を見ながら崩れさった。その姿を見ながら、窓から差し込む月明かりを背に、私は宣言した。
「一つ間違ってるよ・・・・・・。私は・・・」
お父さんの胸のナイフを抜くと、ドロっとした血が床に広がっていく。私は、そのナイフをお父さんの頚動脈に軽く当て、
「私はね・・・吸血鬼だよ。」
それで深く切り裂くと、お父さんの首から間欠泉の如く吹き出した血をお腹いっぱいになるまで飲み続けた。
「ウフ・・・フフフ・・・・・・アハハハ!」
私は、自分の物だと思えない程に軽くなった体で、窓の外へ飛び出す。
それから5年後、100人以上も血を吸い尽くして殺した。
『吸血鬼天津京香』は、日本で、いえ、世界でも有名な犯罪者になっていたわ。私としては食事をしていただけなんだけど、とうとう捕まっちゃった。
・・・そうそう、私は、あの日から人間とは思えない程の運動能力を手に入れたわ。そして、心臓の病気も治っていたそうなの。やっぱり、私は吸血鬼なのよ。
だから、今宵も飛びましょう、この夜空を。ゲームとはいえ、血が出るのなら構いません。今日の獲物は、誰にしようかしら・・・・・・?