しかし、回り込まれてしまった!
「さて、そろそろ始めましょうか。お願いしますよ。私の夢を、叶えてください。」
【ブライト・アームズ】本社ビル、150階社長室。時刻は既に深夜2時を回っている。普段なら警備員以外誰も存在しないハズのその時間、<<東条光一>>はモニターを見ながら笑っていた。
「とうとう、この時がきた。長い年月をかけて準備してきましたが、それが成功するか、失敗するか・・・。全てが彼ら次第だというのは、少々不安ですが。しかし・・・。」
と、そこで、モニターに映っている一人の青年の姿を眺める。彼は、【南の平原】で戦っていた。ゲーム内の時間と現実世界の時間はリンクしている。そして、このゲームは昼より夜のほうがモンスターが強い。おまけに、電灯なども無いため足元も碌に見えないであろうその場所で、彼は激しく戦っていた。
一度のミスが即死亡につながるだろうその状況で、彼は、生き残るために、命を燃やしていた。
「彼、いや、彼らなら、私の願いを叶えてくれるかもしれませんね・・・・・・。」
一言呟き、彼は、パソコンのEnterキーを押し込んだ。その瞬間、VRMMORPG【犯罪者の庭】は、変化した。それは、彼以外の人間には気が付けない程の小さな変化。しかし、『世界』そのものを書き換える大きな変化だった。
「・・・お願いしますよ。皆さん・・・・・・。」
そう呟き、彼は社長室を後にした。
★
あの後、結衣をPTに出来る制限時間が過ぎてしまった。まだ【南の森】でソロ狩りをするのは不可能なので、俺は仕方なく他の事をすることにした。
まず、防具屋に向かう。防御力が低いが敏捷が3ポイントずつアップする【足軽の防具】セットをNPCから購入した。やっぱり、防具は重要だよな。命がかかってるんだし。
そして、【南の森】で結衣と狩りをしていた時、ついでに拠点である洞窟へ行って、精霊石を掘り出してきておいた。サブ職業【鍛冶職人見習い】になるためだ。それを<<リーボルツ>>の所へ持っていき、無事に【鍛冶職人見習い】になった。【鍛冶初心者セット】を貰ったので、これからはどんどん武器や防具を制作していこうと思う。
ついでに、サブ職業【料理人】も習得してきた。これで、食材アイテムをそのまま食べる生活とはオサラバだ。まあ、レベルが低い内は成功率や作れる料理も少ないが。
「すっかり遅くなったな。そろそろ帰るか。」
色々とやっていたらすっかり遅くなってしまった。街のNPCから受けれるクエストを探していたんだが、かなり時間がかかったな。まあ、その結果【ムーンラビットの瞳】、【ムーンスパイダーの黄金の糸】、【バッドアップルの月の蜜】という3つのクエストを受けたわけだが。いずれも回復アイテムと、金が貰える、初心者用のクエストだった。しかも、クエスト限定の回復アイテムで、ライフポーションよりも効果が大きい。是非手に入れたいアイテムだった。
「しかし、こいつら、かなりの数狩ったハズだけど、未だにドロップしないな・・・。」
これらのモンスターは【南の平原】でのみ出現するモンスターで、暇な時間に結構狩ったはずなんだが、未だに一つもドロップしていない。レアドロップなんだろうか・・・。
と、そこで俺の【索敵】スキルで、一つの点が赤く表示された。このスキルは、効果範囲内にいるモンスター、プレイヤーを、視界の端のミニマップに表示してくれる。自分に対して攻撃意思を持っていれば赤、そうでなければ青で表示されるんだが・・・。
「え、ここって攻撃的モンスターいたっけ?・・・それとも、プレイヤーか・・・?」
【南の平原】には、攻撃的モンスターは居なかったはず。となると、これはプレイヤーだろうか。そうだとすれば、戦闘になる。どうにかして避けられないか・・・?
俺は、武器を構えて敵の方向を見る。すると、何かが飛びかかってきた!
「くっ!」
咄嗟に【霞桜】で弾く。そして、よく見てみると・・・。
「<<ムーンラビット>>!?」
そこには、非攻撃的モンスターのハズの<<ムーンラビット>>がいた。現実の兎の3倍程の大きさで、耳が黄色く、額には一本の角が生えている。しかし、普段は赤であるはずの瞳が、今は黄金に輝いていた。体からは黄金に輝く光が吹き出している。
「ま、まさか、夜になると性能が変わるのか!?」
目を凝らして相手のステータスを見てみると、何とレベル20と書かれていた。昼間はレベル5だったのに、これは上がりすぎだろう!?
「に、逃げるが勝ち!」
無理無理無理!レベル13しかないから俺!普通のゲームだったら、勝ち目が薄くても挑戦するけど、今は命がかかってるから!ここは一時撤退だ!明日結衣と一緒に狩りにくればいいや!敏捷高いし逃げられるだろう!
と思い反転した瞬間、ザザザー!という音をさせて<<ムーンラビット>>が俺の目の前に滑りこんできた。
「こ、これはあれか。『しかし回り込まれてしまった!』ってやつか。リアルで体験することになるとは・・・・・・。」
つまり、逃げられないと。今のスピードから逃げる自信は無いし、こいつを倒すしか道は無いと。
「いいぜ、やってやらあ!舐めんなよ畜生!」
深夜の平原に俺の声が響いた。