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第六十七話 魔幻の鐘

 目を開けるとクライドは、森の中に寝ていた。体中を打ち付けたようで、酷く痛む。胸には切り裂かれた傷あとがあり、帝王との戦いを十分に思い出させた。だが、あの王の間で 絶対にもっと酷い傷をおっていたと思うし、シェリーの蘇生の時には立てなかったほどだった貧血も改善されていた。あの魔力に当たったことで、全てではないが治癒の力が働いたらしい。

 そこまで考えて、クライドは自分の手に何かを握っていることに気づいた。かたく握った拳の中には、小さな鐘が入っている。何だろう、これは。

「これをもって町長のところに行こう。ミニチュアに見えるがこれはあの鐘を縮小したものだ。今ならまだ俺も一緒に行けるから、急ごう」

 はっとして振り返ると、いつもと変わらない灰色の髪のウルフガングがいた。ここはどこだろう? ここは、ここはもしかすると、アンシェントタウンなのだろうか?

 クライドは立ち上がり、前方を見据える。青い空に白い雲、飛び交う小鳥たち。そして、小鳥たちを視線で追うとすべての始まりが見えた。すべての始まり、鐘楼塔。

 歓喜に心が打ち震えるのを感じた。思わず膝から力が抜けて、座り込んでしまう。

 帰って、こられたのだ。

 すべての始まりだったこの街に、帰ってくることができたのだ。

「急ごうクライド、まだ終わっていないんだ」

 ウルフガングにせかされるまま、クライドは町へ向かって走った。鐘楼塔のすぐ下を駆け抜け、商店街に出る。商店街を真っ直ぐ突っ切り、役所を目指す。

 クライドのぼろぼろの格好に、通行人が眉をひそめた。中にはクライドの知っている顔もあったが、今はそれどころではない。

 クライドは走った。何度も足がもつれかけ、頭がぼんやりとしてふらついたが、倒れずに走った。そして、役場に駆け込む。驚く職員たちを尻目に、町長の執務室へ向かう。

「町長さん!」

 執務室のドアを開けると、町長が一心不乱に魔力を放っていた。クライドは一瞬声をかけるのをためらったが、町長の隣に縮小された鐘を置く。そして、背後からついてきていたウルフガングを振り返る。

「ありがとうクライド、お前はよくやった。俺はもう幽霊になってお前に会うこともないが、いつでも見守っているからな」

 ウルフガングはやさしい微笑でそういって、クライドの頭を何度も撫でた。

 言っていることがよく解らない。幽霊になって会うこともない? それはどういう意味なのだろう。

 ウルフガングは、縮小された鐘に手を差し出した。彼が魔力を送っているのか、少しずつ鐘が元の大きさに戻っていく。とうとう完全な大きさに戻った鐘をいとおしげに眺め、ウルフガングは鐘に手をついた。鐘がほのかに光をおびる。

 それと同時に、ウルフガングの手も光を帯び始めた。光はどんどんウルフガングを浸食し、ほのかな白い光が執務室を満たした。町長がはたと手を止め、必死の形相のまま鐘を見ていた。

「ウォル? どういうことだ?」

 気の抜けた声が出た。クライドはその場に崩れ落ち、膝を着いた姿勢でウルフガングを見上げた。ウルフガングはやさしい笑みを浮かべたまま、クライドに語りかける。

「俺は鐘と一つになる。帝王の魔力を暴走させないためにも、それにまたこんな事件が起きないようにするためにも。本当のこと言うとな、最後にハーヴェイに会いたかったんだ。鐘の封印は貧血のお前じゃなく、ハーヴェイに手伝ってもらうつもりだった。だけどあいつも、事情を説明したらきっと、息子の友達を助ける方を優先しろって言うだろう」

 嫌だ。唐突にそう思った。クライドにとってウルフガングは、父親のようなものだったのに。あの飄々とした人間臭い幽霊が語りかけてくれなくなってしまうのかと思うと、身を裂かれるような思いがした。

「そんな」

「いつでもそばにいられるじゃないか、クライド。寂しくなったら鐘楼に上がって来い。立ち入り禁止だろうが、俺が許可する」

 やはり最後まで父親のようなウルフガングは、そういって笑った。ウルフガングの両腕は、既に光に飲まれて鐘と同化している。クライドは、その光景を呆然と見ているだけだった。

 だが、このまま見送ったら、ウルフガングとは二度と話せない。何度も言葉を選びながら、クライドは最後にウルフがングに感謝を伝えた。

「ありがとう、ウォル。ウォルは俺の父さんみたいな人だった」

 精一杯笑顔でそういって、軽く手を振ってみる。するとウルフガングは肩越しに振り返り、無邪気な子供のような笑みを浮かべた。

「元気でな、クライド。本物のお前の父さんと、仲間たちによろしく」

 明るいその声を残し、鐘とウルフガングが真っ白な光に包まれる。クライドは目を閉じもせず、その光景を眺めていた。

 寂しい気持ちを追い払い、クライドは光が消え始めた鐘を見た。そして、呆然とした町長に向き直る。

「ただいま、町長さん」

 町長はクライドが声をかけても呆然としていたが、しばらくしてクライドに視線を向けた。町長の目に、見る見る涙が浮かんでくる。

「クライド君…… 取り戻してくれたんだね」

 町長はこちらに寄ってきて屈むと、クライドに抱きついて泣いた。よほど嬉しいのか、今までがよほど辛かったのか、おそらく両方だろうが、町長はクライドを息も出来ないほど強く抱きしめている。彼の肩をぎゅっと抱きしめて、クライドはしばらくウルフガングの消えた喪失感と町に戻ってこられた安堵感をかみ締めた。そして、顔を上げて執務室を圧迫する鐘に目を留める。

「すみません町長さん。鐘を付け直してください。俺、もう使える魔力なんかほとんど残ってないんです」

「ああ、いいとも。君は、仲間のところに戻るといい。置いてきてしまったのだろう?」

「あっ」

 唐突に思い出した。まだ、仲間の無事を確認していない!

 クライドは町長への挨拶もそこそこに、執務室を飛び出して鐘楼塔の近くの森に駆け戻った。二、三度立ちくらみで倒れて肘や膝を擦りむいたが、治している余裕もなかった。そうして傷だらけになりながら鐘楼のすぐ下に駆けてきたのはいいが、誰も見当たらない。皆、何処へ行ってしまったのだろう。

「おーい、みんな」

 叫んでみるが、返事は無い。唐突に焦りが湧いてきて、クライドはとにかく必死で森に駆け込んで仲間の姿を探した。だが、どこにも仲間たちはいない。

「何処だよ!」

「ここだよっ」

 声と同時に、後ろから首に腕を回される感触。振り返るとグレンがいて、クライドの身体を離しながら悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 ふっと緊張の糸が切れる。クライドは芝の上に大の字に寝転がった。穢れの無い蒼穹に、飛び交う小鳥たち。そして、視界の隅には鐘楼塔の屋根が見える。下から見ると、もともと高い鐘楼塔がもっと高く見える。

「終わったんだよな」

 グレンはそういい、クライドの隣に寝転がる。クライドは目を閉じて、前髪を撫でていく風を感じた。すると、急に誰かに頬を触られた。驚いて起きると、眼鏡のないノエルが笑顔でクライドを覗き込んでいた。グレンもノエルもぼろぼろで、明らかにこの街の平和な雰囲気からは浮いていた。

「クライド。ありがとう」

 名前を呼ばれて上のほうを見ると、シェリーがいた。シェリーは真っ直ぐにクライドを見下ろして、もう銀色ではなくなった瞳を喜びに輝かせている。彼女の隣にはアンソニーがいて、クライドを満面の笑みで見下ろしていた。そしてアンソニーは、クライドに手を貸してくれる。

「帰ろう」

 クライドが言うと、シェリーを除く三人は頷いた。クライドはアンソニーの手を借りて起き上がる。そして、ゆっくりと歩いた。この街にくるのが初めてのシェリーを交えて、五人でゆっくりと街の中心部を目指す。まずはそれぞれ自分の家に帰り、着替えでもしてこようというノエルの考えだ。そして、ふと思い当たる。

「シェリーはどうするんだ?」

 そう訊ねると、ノエルはにこりと笑んでシェリーを見下ろした。

「妹の服なら君に丁度良いと思うよ、僕の家においで」

 こうしてシェリーの行き先も決まったので、クライドは懐かしい我が家に帰ることになった。歩きなれた田舎道を、口笛をふきつつゆっくりとあるく。

 途中から何だかもどかしくなってきて、クライドは走った。身体中が傷んで何度もバランスをくずしたが、ついに玄関にいきつく。大きく深呼吸して、ドアのチャイムを鳴らした。

 家の奥から誰かが歩いてくる足音がする。歩調の速さから言うと、母だろう。クライドは逸る気持ちを抑えながら、母が出てくるのを待った。

 やがて、玄関の鍵がかちゃりと音を立ててあいた。クライドはもう抑えきれなくなり、母がドアを開けてくれる前に自分からドアを開けた。ドアノブに手をかけようとした姿勢のまま固まった母と数秒目が合い、クライドは言う。

「ただいま」

「クライド……!」

 母に抱きしめられて、クライドはそっと目を閉じた。長い間心配をかけたし、辛い思いもさせただろう。申し訳なさと、もう一度戻って来られたことの嬉しさが胸を満たす。今はもう母よりも背が高くなってしまったが、幼い頃の記憶の中には何度もこうやって抱きしめられた光景がある。母の胸は暖かかった。長い旅はやっと終わったのだと、実感した。

「ただいま、母さん」

「おかえり、クライド」

 そっと目を開ける。母はまだクライドに抱きついたままだ。きつく抱きしめられているせいで帝王との戦いのときに血管が破裂してしまった腕がずきずきと痛む。それでも、クライドは痛みが気にならないほど幸せだった。

 時間にすればほんの二ヶ月そこらのことだったが、旅の終わりをる穏やかな気持ちで迎えられた。これからは、平和な町で平穏に暮らしていける。本当に、そう感じた。

 クライドは、母と一旦別れて自分の部屋に戻った。祖母は町内の老人会の集まりに出かけているのだという。近所づきあいを大切にしているところは相変わらずのようで、ほっとした。

 数ヶ月ぶりに戻る自分の部屋は、何だか見慣れないような変な感じがした。しかしそれでも、ここがクライドの安息の場所であるということに変わりない。陽光に暖められた窓辺に擦りむいた肘をつき、窓からの景色を眺めてみる。皆、まだこちらに向かってはいないようだ。

 胸の辺りが引き裂かれた制服を脱ぎ、着慣れていたはずのTシャツとジーンズに着替える。だがそれらは、長らくクローゼットに放り込まれていたせいで防虫剤臭くなっていた。

 服を着替えるときにも、勿論レイチェルに貰ったリボンはつけたままでいた。漁師のお守りであるサメの歯も、首からぶらさげたままでいる。

 だが、父から貰い受けたお守りは外そうと思った。外して紐を手に絡めて、呪文を唱えたくなったのだ。ウルフガングは最後に父に会いたがっていた。よろしくとまで言われた。結界が強まらないうちにこの街で魔法を使うなら、今しかない。階段を駆け下りたクライドは、母に声をかける。

「母さんちょっと聞いてくれ、重大な話なんだけど」

「どうしたのクライド、もしかしてまたどこかにいくの?」

 即座に切り返され、クライドは言葉に詰まる。別に何処に行くつもりもないのに、母は警戒心を隠そうともしない。まあ、家を出たとき何も言わなかったクライドのせいだ、仕方ないことなのかもしれない。

「ちがう、父さんのこと」

 何の前触れもなく本題を出してみると、母の血相が変わった。

「クライド、あの人はもう戻ってこないの。思い出させないで」

「父さんの友達に会った。父さんの日記も読んだ。父さんが俺たちのことを思って書いていた日記で、少なくとも半年前までは元気にしてるってことが分かってるんだ」

 母は無言で首を横に振った。そして、目を伏せて唇を噛む。

「十三年も音信不通のままなのを、貴方は知っているでしょう。きっと偽物よ。その友達も、日記も」

 母はそういうが、そんなはずはない。ハーヴェイ=カルヴァートの友達は勇敢な古代の幽霊で、今もこの町で人々を見守ってくれている。あの人を偽物の友達だとしたら、あの父親めいた態度やハーヴェイとの思い出は一体なんだったと言うのだろうか。日記が偽物かどうかはクライドにはわからないが、父があんなにクライドや母のことを愛しく思って毎日書いていた日記を嘘だとは思いたくない。

 現物を渡したいと思ったところで、荷物を載せた船は帝王の孤島にあるということを思い出した。

「偽物のはずない。日記、いつか絶対見せるから。ちょっと今、世界の裏側だけど……」

 シェリーの取り寄せの魔法を見たあとだから、きっとクライドにも想像でそれを再現することができるようになっている。今度は正規の方法で魔法の使えないこの町を出て、そのときに町の外で魔法を使って日記帳を手元に取り寄せればいい。

 クライドは­まだ混乱した様子の母に、­一歩近づいて手の中の水晶を見せる。

「知ってる? エルフのお守りって、呼び出しに使えるんだって。グレンがこれを使って、シェリーっていうエルフの子…… 後で来るんだけどさ、その子を呼び寄せたんだ」

 クライドは、母にエルフのお守りを見せた。母はひっと悲鳴のような声を出すと、まじまじとそれを凝視した。見覚えがありそうな反応だ。

 クライドは母をじっと見た。すると母は、ゆっくりと首を横に振った。

「どうしてあの人は、私にこれを渡してくれなかったの」

 きっと、母はこの町にいればウルフガングの護りで安全だと判断したのだろう。だから父は、クライドのほうにこれを託したのだ。祖母がこれを持っていながら十年以上もクライドに使わせなかったのは、幼い孫にそのルーツに関わる真実を告げることを恐れていたためかもしれない。

 クライドは、深呼吸して手の中の水晶を見つめた。

「母さん、ちょっと離れていて」

「解ったわ、でも」

 母が何か言いかけたが、早口で呪文を唱える。一言なのに、歌うような響き。呟いた言葉は、エルフ語の読みになった『クライド』という言葉。

 クライドが純血のエルフだったら、こんな風に可憐な響きで呼ばれていたのだろうか。

「父さん、おかえり」

 呪文を唱えたあと、クライドは蒼い石に向かってそう呟いた。するとその瞬間、眩い光が石から放たれる。クライドは目を閉じた。そして、しばらくして目に焼き付いた光が落ち着いてから目を開けた。

 クライドの目の前には、誰もいなかった。

 ああ、父は死んでしまったのだ。そう思うと、絶望がじわりと胸を澱ませた。最後の望みすら絶たれ、クライドは泣き出したい気分になる。

 しかし、母は驚愕した様子でこちらを見ていた。クライドはどこか自分に異変が起きたのかと思い、自分の腕をみて、それから足元に目を落とした。

 ぼさぼさに乱れた金髪が目に入る。

 クライドはぎょっとして金髪をたどり、倒れている人物の顔を確認する。大分汚れてやつれて頬がこけているが、クライドにそっくりな顔だった。彼は床に倒れて目を閉じたまま、動かない。

「とう、さん」

 呟き、瞬時に座り込んで父を助け起こす。膝の上に父の頭を乗せて、クライドは彼を揺すった。起きてくれ、起きてくれ。何度も願いながら、父を揺さぶる。

「父さん、父さんっ。父さん起きて!」

「何よこれ、嘘でしょ…… あなた、帰ってきてくれるなんて!」

 母が駆け寄ってくる。そうして父を覗き込んだ瞬間、父は薄目を開けて酷く驚いたように弱弱しく起き上がった。そしてぐるりと家中を見渡し、すぐ母の姿を見つける。

「アリシア」

 嬉しそうな呟きだった。クライドは父が最初に自分の名を呼んでくれなかったことに少し不満を覚えつつ、父が起きようとしたのを手伝った。

「あなたっ」

「アリシア! 会えずに死ぬかと思った!」

 二人が抱き合った刹那、クライドの手の中でエルフのお守りがぴきっと音を立てた。驚いてそれを見てみると、表面には全く傷がついていないのに中にひびが入っていた。ああ、割れる日が近づいてしまった。

 抱き合った二人は離れようとしない。クライドは少し気恥ずかしくなり、近くのソファに腰掛けて窓の外を見やった。まだ誰も来ない。皆それぞれ、家族との再会を喜び合っているのだろう。

「ずっと心配してたのよ。あなたがいなくなってもう十三年もたったわ」

「ごめんな、詳しくは後でゆっくり話そう。そうだアリシア、髪を切ってくれ。母さんは?」

「出かけてるわ、まずはお風呂に入ってきたら?」

「そうしよう。何一つ変わってないな、我が家は」

 嬉しそうに母を離し、バスルームへ向かおうとする父がこちらを向いた。クライドも父を見た。何秒間か固まって、父は怪訝そうにクライドを見た。

「お前はクライドか」

「違います。人違いです」

 さっきはクライドに目もくれなかった父だから、思わずちょっとした反抗心でそう言った。すると彼はきょとんとして、それからにこりと笑った。こちらに歩み寄りながら父はちらりとクライドの腕を見たが、傷を訝ったのかリボンを訝ったのかはわからない。

 父はそのまま隣に座ると、急にがばっと抱きついてきた。クライドは驚いて声を上げそうになる。

「大きくなったな、クライド」

「ばれた?」

「こんなに俺にそっくりなんだ、間違うはずが無い。すごいな…… あんなに小さかった子が、立派な男になった」

 クライドも父に抱擁し返し、写真でしか見た記憶がないような彼の姿をよく見る。クライドと違って真っ直ぐな金髪には、白髪が混じり始めている。首筋は見るからに骨ばっていて、身体に当たる腕の感触も何だか細くてごつごつしていた。服も身体も髪も砂埃のようなもので汚れていて、あまり風呂にも入らず物も食べていなかったのだと解る。

「父さん、今までどうしていたんだ」

 知りたかったことを訊ねる。父の生死の次に、このことが知りたかった。

「牢獄にいた。脱獄は不可能だった。だから日がな一日、日記を書いて過ごしていたんだ」

「読んだよ、父さんの日記。でも、世界の裏側に置いてきちゃって」

「気にするな。今は日記を通さなくても、直接お前に話しかけることが出来る」

 父は微笑んで、ソファから立ち上がった。そして、クライドに笑みを投げかけてくれる。銀色の瞳に、尖った耳。ちゃんと人間の耳をしているクライドと違って、見た目は完全なエルフだ。クライドは微笑み返して、父を見た。

「風呂に行ってくるな」

「いってらっしゃい」

 短く会話を交わす。クライドはすぐさま父の部屋に駆け込もうとするが、鍵がかかっていた。想像の力で鍵を開けて、クライドは父の部屋にゆっくり入った。十三年分の埃が積もった、うっすらとかび臭い部屋だ。

 クローゼットを開ける。服は虫食いによって殆ど全滅に近い状態だったが、奇跡的に何着かは虫食いの被害にあっていなかったのでそれを取り出してバスルームへ向かう。バスルームの外に着替えを置いてやり、クライドはもう服を脱いでバスルームに入っている父に声をかけた。

「服、置いておくから」

「ありがとうな」

 バスタオルはいつでも母が脱衣場に用意しているので、持ってくる必要はなかった。クライドは踵を返し、居間に戻る。

 何だか、平和だ。やることがない。そうこうしているうちにドアチャイムが鳴った。クライドは笑顔で、玄関に向かった。

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