表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/76

第五話 世界を救え

 必死で走ってノエルの家に舞い戻ったクライドは、息を荒げながら玄関に座り込んだ。親友たちは心配そうに駆け寄ってくる。特にアンソニーはクライドにいろいろ声をかけてきて、何度も心配そうに眉を寄せてクライドを覗き込む。

「ごめん。俺、今日この町を出るよ。しばらく帰らない。戻らなかったら、ごめん」

 三人は固まった。クライドは真剣だった。

 走りながら心の中で葛藤したが、クライドは親友たちを置いていくことにしたのだ。町長はああ言ったが、仲間たちは危険に晒したくない。彼らが待っていてくれると思えば、必ず戻る自信があった。

「は? 何言ってるんだ?」

 真摯な顔でクライドを見ながら、グレンが珍しく不安の色を見せた。冗談を言っているわけではないというのが解ったのだろう。明るく洗練された、ノエルの自宅。クライドはよく見慣れたこの場所で、ここに来るまでに考えた決心を仲間達に話すことにした。

「え、じゃあさ、町長の言う通り仲間を集めて行くべきじゃん。なんで一人なの?」

 クライドが全てを話し終えると、彼にしては珍しく冷たい声でアンソニーが言った。おいて行かれるということに対して苛立っているのだろう。いつもは可愛いその顔が、不機嫌そうにゆがんでいる。すまないと思うが、もう決めたことだ。

「帝王とかそういうのはよく分からねえけど、あのおっさん達を敵に回すんだろ。少なくともこっちも三人以上で行かないと、数で負けるだろうが」

 不機嫌そのものの声で、グレンが言った。どんな時でも一緒なのに今回だけは一緒に行けないという、クライドに対しての怒りかもしれない。正論だとは思うのだが、クライドは静かに首を横に振った。あの太った男も冷徹そうな男も、魔法を使う。魔法に対抗できるのはいまのところクライドだけだ。ナイフ男は魔法を使えないかもしれないが、それでも武器を常に持ち歩いているのだ。それなら、とりあえず魔法を使えそうな仲間を街の外で募って連れ立っていけばいい。魔道士はふつう、他人の魔力がわかるのだと町長が言っていたではないか。

 二人が怒っているのに対して、ノエルだけは無表情だった。しかし、いきなり立ち上がってクライドに歩み寄ってくる。床に敷かれた毛足の長い絨毯を蹴るようにして歩いて、ノエルはクライドを見下ろす。何を言われるか判らずにノエルを見上げるクライドを、やっぱり無表情に見下ろしながらノエルは淡々と語った。

「行くのなら、僕らを一緒に連れて行くのが条件だよ。そうでないなら、この玄関から出さない」

 珍しいことに、ノエルからこんなことを言い出した。クライドを睨みつけることも忘れてしまったように、呆気にとられているアンソニーとグレン。勿論クライドも例外でなく、ノエルを凝視した。

 三人で目を丸くしているのにも関心を持たず、ノエルは無表情にクライドを見下ろし続けていた。

「アンソニーとグレンの言う通りじゃないか。君に万一のことがあったとき、その連絡は誰を通してここまで届けるんだい? グレンのように戦力にはならないかもしれないけど、僕は医療の知識で君を支えることが出来る」

 ちくりと胸が痛む。しくじった場合、誰がそれを町長に伝えてくれるだろう。この先、いい旅仲間が必ず現れてくれる保証は無い。

「だって、しくじったら死ぬかもしれないんだぞ? すぐ見つけられなかったら、あの帝王の住処まで行かなきゃならないんだから。世界が皆して二百年も前に匙を投げた相手だ、絶対無傷じゃ帰れない」

 言い終わるか終わらないかのうちに、ああもう! とアンソニーに割り込まれる。

「だから僕らも行くって言ってるんだ! 僕が黙って待っていられないことぐらい、クライドにはよくわかるでしょ。駄々こねるよ? いい? ありとあらゆる方法でクライドを困らせるよ?」

 アンソニーの空色の大きな目は、真剣にクライドを見つめていた。冗談を言っている顔ではない。きっとアンソニーなりの脅しだ。駄々をこねられても置いていくが、しつこくついてくることは明白だ。どうしたものかと目を逸らせば、逸らした先で今度はグレンと目が合う。

「わかった。じゃ、俺は勝手に隣を歩くことにする。お前がしくじって死んだってニュースを黙って待っていろってか? 馬鹿かよ。そうさせないために俺がいるんだろ」

 これもきっと、冗談ではなく本気で言っている。グレンは絶対に、だめだと言ってもついてくる。何度絶交を迫っても、何度脅しても、喧嘩になったって絶対についてくるだろう。彼の澄んだ青い目はそれほど真剣に、クライドを真っ直ぐ見据えていた。

「拒否権はないみたいだよ、クライド。よかったね」

 優しい声で言い、ノエルは座り込んだクライドに手を差し出した。微笑を浮かべて、いつもは見せないような表情でクライドを見下ろすノエル。クライドは少し戸惑ったが、差し出された手を握った。それは、彼らを旅仲間にして一緒に旅をするということを承諾した瞬間でもあった。

「支度してくる。一旦解散、またノエルんち集合で」

 立ち上がったクライドは図々しくも勝手にそう決める。少し反論して欲しい気持ちもあった。これ以上自分勝手な言動が通ってしまったら、仲間に迷惑がかかる以前の問題で自分自身が嫌になる。しかし、クライドの言葉には不満どころか皆満足していたようだ。ノエルが拒まなかったので、クライドは彼の家を出て行った。


 自宅に戻ると、母はまだ仕事に出ているようだった。祝日でも働きに出かけた母は、クライドと祖母を養うためにかなり無理をしていると思う。

 家の中では祖母が揺り椅子に腰掛けて編み物をしていた。この家には、祖母と母とクライドの三人で住んでいる。父はいない。父は家族想いの優しい男だったらしが、クライドがまだ幼い頃、何処かに旅立ったきり戻っていないのだという。

 記憶の中では、父はいつのまにかいなくなっていた。一番古いと思う記憶には、金髪の男がいるような気がする。だがそれは、おぼろげな記憶でしかない。近所づきあいもよく子煩悩だったという父は、クライドが十六歳になった今日まで一度も帰ってきていない。母はもう父のことを死んだと思っていて、話題に出すととても嫌がる。

 父の部屋は現在開かずの間になっているが、その部屋に父の痕跡になるものがすべて仕舞い込まれているのだと母は言った。この部屋の鍵は、母が毎日お守りのようにネックレスにして持ち歩いている。

 家族写真等は全てその部屋に仕舞いこまれているようだが、クライドの部屋にあったアルバムに一枚だけ父の写真をみつけたので顔は知っている。クライドが三歳になるかならないかの時にとられた写真だった。その写真には、幼いクライドを抱いて微笑んでいる優しそうな若者が写っていた。

 容姿端麗な痩せた若者で、長めの金髪で耳は隠れていた。扱いやすそうなやや内巻きのストレートの髪質は、クライドに遺伝しなかったらしい。幼いクライドとお揃いの服を着て、祖母が編んだ帽子を被っているあたり、確かに家族想いで子煩悩な感じがするとクライドは思った。父の瞳は、クライドと同じ銀色をしていた。不思議な銀のこの瞳は父譲りなのだ。

 この家にいるのは、父方の祖母だ。祖母の目は、父とクライドと同じ銀色である。どうやら、父方の家系には銀の眼が多いようだ。足が悪くて働きにいけない祖母は、いつも家にいて毎日何か小物を編んでいた。全て、父のためのものだ。祖母が編んだセーターやマフラー、手袋などは、使われることのないまま例の開かずの間に仕舞いこまれている。使う人がいないのだから仕方がない。祖母も時々はクライドの分も編んでくれるが、父のために編まれた使われない衣類は増えるばかりだった。祖母は今日、帽子を編んでいたようだが、もしも父が帰ってきても使わないだろう。これからのシーズンには、ちょっと必要ないと思う。

 クライドの帰宅に気づくと、祖母は優しく笑った。そして、編みかけの帽子をおいてゆっくり立ち上がる。足が不自由な祖母は、転びそうになりながらクライドのほうに歩み寄ってくる。

「クライドや、お帰り。祭りは楽しんできたのかい?」

 クライドは祖母が大好きだ。小さい頃から、クライドは祖母によくなついていた。母は仕事で忙しい。父がいない分、母が働いてくれているのは幼い頃からずっとなのだ。

 クライドが誰かと喧嘩をしても、祖母だけはいつも優しく慰めてくれた。相手に謝るための勇気を与えてくれた事だって、なんどもあった。祖母は身体は小さいけれど、心が大きな人なのだとクライドは常々思っている。

「それが…… 俺は旅に出ないといけないんだ」

 クライドは、祖母に鐘のことを語って聞かせた。どうやら、邪神や帝王のことは本当に史実として語られているようだ。祖母は苦しそうに唇を噛むと、優しくクライドを抱きしめた。

「魔幻の鐘がなくなっては、この世に未来は無いよ。行っておいで。必ず、帰って来るんだよ」

 つらそうにそう言って、祖母は涙を流す。そして背伸びしてクライドの首に何かかけた。不思議に思って胸元を見ると、つややかに輝く透き通った石が目に入った。

 雫型のその石には、何か文字か記号のようなものが刻んである。石は綺麗に研磨してあり、言うならば水晶のように見えた。それは透き通った水色をしている。

 向こう側が見えるほどに透明度が高いのだが、ガラスとは決定的に違う何かが感じられた。通された皮ひもによって、石はネックレスとしてそこに存在している。冷たい石のつややかに磨かれた表面が、胸の辺りで感じられた。

「ばあちゃん、これ何?」

「お守りだよ、クライド。お前の父さんが旅に出るときに、わたしに託していったのさ。もしもクライドが大きくなって自分の足で町を出るならば、これを渡すようにと言っていた。この先のどこかで、父さんに逢えることを祈っているよ」

 祖母は穏やかに言った。彼女の潤んだ銀の瞳を見ていると、何だか寂しくなってくる。

「……よくお聞き、クライド。わたしは、お前が魔法を使えることを知っていた。お前の父さんも、同じように魔法が使えたからね。わたしだって、かつてはそうだった。この町に来るまでは」

「えっ、ばあちゃんも?」

「そうさ。お前が成人するまで黙っているつもりだった。お前には私や息子から受け継ぎ、お前の母さんの力で更に強くなった、魔法の力がある。誰にも負けない強い力さ」

 祖母は目を細め、優しい笑顔を浮かべる。祖母の若い頃の写真は一枚も残っていないらしいが、きっと凛とした魅力のある美しい女性だったのだろうとクライドは思った。

 突然家族が魔道士だといわれてもぴんとこないが、祖母はこんなときに冗談を言う人ではない。

「俺、まだ、実感があんまりなくて…… いや、こんなこと言ってたら決心が鈍りそうだよな」

「信じるんだよクライド、どんなときも、おまえは一人じゃない。何があっても切り抜けられるよ。傍にいてくれる人の手を、決して離すんじゃない」

 祖母は皺だらけの暖かい手で、クライドの両手をしっかり包み込んだ。混乱した気持ちが不思議に凪いでいくのを感じる。もしかしたら、祖母の魔法なのだろうか。

「その石には、父さんの魔法でまじないがかけてある。お前が危険に晒されたとき、護ってくれるよ。母さんにはわたしからよく言っておく。必ず帰ってくるとも、伝えておくよ。誰にも引き止められないうちに、さあ、おゆき」

 クライドは、優しい祖母に深く感謝した。そしてその銀色の瞳をしっかり見て頷き、自分の部屋に続く階段を駆け上がった。部屋に入ってすぐに、ドアのそばに放置してあった手ごろな大きさのスポーツバッグを掴んだ。頑丈なので、最近は何処へ行くときも持って行っている。

 バッグの中には、町長から貰った地図と一緒に数日分の着替えとタオルをつめる。今まで貯めてきていた、決して多くはない小遣いも全額もって行く。その金額を見たとき、クライドは深く後悔した。もう少し節約していれば、あと一枚は紙幣があっただろう。

 暫くの自己嫌悪の後、クライドは立ち直った。大丈夫、最悪の場合は魔法で何とかしよう。金で解決できる問題は、きっと魔法でも解決できる。

 着替えやタオルと、金と、町長から預かった地図。少しの食料と水筒に二本分の水。歯ブラシとハンカチも入れた。食料は行く先々で買ったり獲ったりしたほうが荷物にならなくていいだろうと軽く考え、クライドはそれ以上バッグに食料を詰め込もうとはしなかった。これで支度は整った。あとは、ノエルの家で皆と合流するだけだ。

「さて、ノエルんちに行かないとな」

 決心が揺るがないうちに、独り言として口に出しておく。ここにいると、旅をすることなどどうでもいいことのように思えてしまいそうで困る。急に、自分の部屋が安息の地であるように思えた。

 小さい頃からずっと親しんできた匂い。窓から射す陽光のおかげで暖められた窓辺。癇癪を起こして壁を蹴飛ばし、穴を開けてしまったという経験もある。その穴は、クライドと同年代の少年たちに人気のロックバンドのメンバーが印刷されたポスターを張って隠している。誰も知らない、クライドだけのまずい秘密だ。

 ここで出来た楽しい思い出が胸をよぎり、切なくなった。頭の中で、様々な回想が繰り広げられている。そのとき、ふと思い出した。忘れ物だ。机に飾られた写真立てを見る。去年の誕生日にグレンたちと撮った写真が飾ってあるが、後ろにもう一枚入っているのだ。クライドは写真たてを取り、後ろについていたスタンドと背板をはずした。金髪の男が子供を抱いている、古い写真が出てくる。

 祖母の言う通り、これからする旅の途中で出会えるかもしれない。旅をするなんて滅多に無い機会だから、持っていこう。それに、何となくこの写真がお守りになってくれるような気がする。そう思ってクライドは二枚の写真を手帳にはさみ、手帳ごとバッグへ放り込んだ。身支度は済んだ。あとは祖母の言うとおり、誰にも引き止められないうちにこの街を出ていけばよい。大きく深呼吸し、気持ちを入れ替える。階段を急いで駆け下りて、玄関を出た。

 未練がないといえば嘘になる。しかし、街の未来が懸かっているのだ。仕方なく行くわけではない、自分から言い出したことなのだ。それに、クライドには心強い仲間がいる。だから、何があっても大丈夫だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ