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第四十九話 自主的な労働

 この辺りでいちばん栄えた島である、アルカンザル・シエロ島に到着した。この島は国際的には近隣にある大国のエナーク領であるが、独立を図りたいようで島民は『島国』を自称している。

 住んでいる人々は、髪も目も黒い人種だ。肌も強いて言うなら浅黒い人が多く、けれど時々とびきり色白な人がいたり、真っ黒な肌をした人もいたりした。前の島のように、物々しく軍人が闊歩していたり、浮浪者が物欲しそうにこちらを見ていたりすることはない。近代的で活気のある島だ。

 船はもちろん、港ではなく未整備の沿岸につけた。うっそうとした森がある、人目にはつきにくい岸だ。密入国がばれたら大変なことになる。それでなくとも珍しい銀の目をしているクライドは、すぐに不審者扱いされることだろう。例によって船には目くらましの呪文を使う。これはやはり、アンソニーが上手だった。

 クライドはノエルと一緒に、全員分の身分証をエフリッシュ語に訳す魔法をかけた。訳すだけでは住所や通っている学校が不審なので、適当な場所に書き換える。このあたりの地名は、地図を見ておいたので大体は解っている。

 クライドはバッグから魔道書を取り出して、軽く息を吸い込んだ。そして、グレンの左肩に手を載せる。ノエルは、クライドの隣でアンソニーの肩に手を乗せていた。

 呪文を唱え始めると、すぐにノエルがふらつき始めた。この魔法は、想像していたよりも強力で魔力のコストが多くかかるようだ。

 ふらつくノエルに手を貸し、魔力を提供する。程なくして呪文が終わり、クライドをはじめとする全員でその場に座り込んでしまった。

 案外疲れた。それに何故か、魔法をかけたクライドとノエルよりもかけられたグレンとアンソニーの方がぐったりとしていた。

 暫く黙っていたが、クライドはエフリッシュ語を喋っているつもりでグレンに話しかけてみた。するとグレンはにこりと微笑んで、魔法の成功を感謝してくれる。アンソニーが興奮したように声を上げ、ノエルに抱きついているのが視界の端に見えた。

「行こうか」

 エフリッシュ語を完璧にしたクライドたちは、岸に沿って歩き出した。三十分ぐらい歩くと、ようやく町に出た。この島が小さくて、本当に助かった。

 商店街は、あの漁師町と同じぐらいの広さだった。特別広くもなく、狭くもない。効率よく求人広告を探すために、クライドたちは別行動することにした。二時間後に書店の前に集合ということにしておく。クライドは、まず百貨店に入った。

 自動ドアが開き、涼しい風が頬を撫でる。この百貨店には食料や日用品の店だけでなく、いろいろな店が集合している。美容院やミセス向きのブティックもあった。小さいが、書店やCDショップもある。

 クライドは、一階フロアにある案内板を見てみた。そこに、アルバイトの募集広告もある。読んでみてから、思わずため息をついてしまった。

 コンビニ、スーパー、百貨店…… どれも長期契約で募集している。ざっと見た限り、個人経営の日雇いらしい募集は殆どない。

「ねえ君」

 呆然と立っていると、声をかけられた。振り向くと、黒髪のやや浅黒い女性がクライドを見て微笑んでいる。彼女はクライドよりも二つか三つぐらい年上に見えるし、背も高い。クライドは首をかしげ、とりあえず反応を返しておく。

 彼女は、どこかのウェイトレスのようだった。クライドは行ったことがないのだが、テレビで見た洒落た店には彼女のようにシックなメイド風のワンピースを着た女性たちがたくさんいた。彼女の胸元に視線を落とすと、銀色の飾り文字で刺繍がしてある。カフェ・ロジェッタ。おそらくどこかの喫茶店か何かの名前だろう。

「求人広告見てるんでしょ、うちにこない?」

 そういって、黒髪の女性はアルバイト募集の広告を指差した。

 思わぬところで舞い込んできた、仕事の誘いだ。しかし、すぐに頷かずに理由を聞いてみようとクライドは思った。クライドの住んでいた町では聞いたことがなかったが、世界にはこういう詐欺や誘拐方法があるのかもしれない。

「俺がですか? どうして」

 ややオーバーに胡散臭そうな態度をしてみる。いわゆる美人局というやつだとしたら、警戒心を少し見せればひるむかもしれない。

「店長がね、男の子を雇いたいっていうの。金髪の男の子、島じゃ珍しいし。顔も綺麗だし、カフェエプロンして蝶ネクタイしたら絶対モテるわよ。どう?」

 女性は冗談めかして言う。モテるかどうかには全く興味はないので笑って流した。一刻も早く仕事場を見つけたいという気持ちはあるが、女性がたくさんいそうな職場は何となく人間関係が面倒そうなイメージがある。どうすべきか。

「それ、時給は?」

 女性は少しだけ考えた後、すぐにクライドの方を向き直る。そして、にこりと笑みを浮かべた。無邪気な笑みだ。

「三百二十ウェルツ(※日本円にしておよそ千二百円程度)よ。結構いいと思うんだけど。来てみて駄目そうだったらやめてくれて構わないから、とりあえず来て。そうしたら私の今日の仕事終わりなの! お願い!」

 ここで断ることもできたが、クライドは彼女についていくことにした。何となく、アンシェントには絶対無いアルバイト先に興味を惹かれた。

 案内されたのは、商店街から少し外れたところだ。見えるのは、人ごみや町ではなく森や海だ。周りの景色が抜群に綺麗である。そして、この抜群に綺麗な景色につりあうぐらい綺麗な店があった。

 外装からして洒落しゃれた店だ。蜂蜜色の石造りの二階建てで、色とりどりの花が咲き誇る綺麗な庭を備えている。看板やランプの装飾がアンティークな雰囲気でとても良い。クライドのクラスでも、こういう店が話題に上ることがあった。アンシェントタウンにこんな洒落た店はなかったが、こういう店に行って友達と喋るというスタイルは女子の憧れの的であったようだ。シェリーやサラも、こういう店は好きそうな気がする。

「マスター! 候補その一、連れてきたわ」

 豪奢なデザインのステンドグラスが嵌ったドアを開きながら、女は言った。声に重なるようにベルが軽やかに鳴る。女性がクライドに店の中に入るよう視線で告げたので、クライドはやや緊張しながら店に踏み入った。客はいたが、クライドたちの入店を気にもせずに優雅にコーヒーを楽しんでいた。

 木目調の温かみのあるブラウンが基調のこの店は、細かいインテリアまでかなりこだわっているようだ。店の照明は落ち着いていて、カウンターの内側や席と席の間には間接照明を上手に取り入れている。天井を見上げると一見シャンデリアのように見える電燈が下がっていた。壁には繊細な小花模様の描かれた壁紙が貼られている。古びたジュークボックスはインテリアなのか本当に動くのか、どちらだろう。

 床につきそうなほど長い、濃緑のカーテンのすそには総がついている。生地は厚く、美術館やお城にありそうなカーテンだとクライドは思う。こんなもの、テレビでしか見たことがない。

 店長と呼ばれたのは、店の中で唯一の男性だ。白いウィングカラーのシャツの上から黒のベストを羽織り、臙脂色に近い色の蝶ネクタイをしている。かなり背が高い。カウンターの内側でコーヒーを用意していた彼は、黒い瞳をこちらに向けて微笑する。穏やかそうな人だ。

「いらっしゃい。僕が店長だよ」

 かなりがっしりした、男らしい体つきをした青年だ。見た目どおり声が低い。年頃は三十代にさしかかるかどうかというところで、人種の区分で言えば典型的なエフリッシュの見た目をしている。黒髪に黒い目に、特別白くはない肌。眉の形は凛々しく、左耳にはチェーンピアスをつけていた。ピアスホールは並んで三つあり、そこに一筆書きの要領で通しているようだ。クロスをかたどったデザインはエフリッシュの人たちに多い、レベン教のモチーフだった。

 シャツやベストの上からでも腕の太さや胸の厚みが分かる彼に、思わず唸りそうになる。すごい。やはり男として生まれたからには、多少鍛えたいとクライドも思う。

 身長はグレンより少し高いくらいの男性だと思っていたが、カウンターの内側が一段低いつくりになっていることに、食器を取りに来た従業員の女性がきたことで気づいた。この状態でも百八十を越えていそうなのだから、きっと二メートルはある。今まで出会った中で一番背が高い人だ。

「バイトの募集を出してるんだけど、どうにも男性が集まらなくてね。町でハンティングしてきてって彼女に頼んだんだ」

 落ち着いた声で話す男性だ。クライドは相槌を打ちながら、辺りを見回す。従業員はクライドを連れてきた女性の他にも二人いたが、おそらく他にもいると思う。

「どう、ここで働ける?」

 この店に案内してくれた女性が、そういってクライドのほうをみた。クライドは彼女の方を見て、それから店長を見た。二人とも、期待に満ちた目をしている。

「あの、長期では働けないんですが。何をすればいいんですか?」

 少しこの洒落た店で働きたいという気もあったので、すぐにノーといわずに訊いてみた。すると、店長は優しげに微笑んでクライドを軽く見下ろした。彼と自分とでは、四十センチぐらい身長差がありそうだ。

「試用期間として、二週間は日雇いでいいよ。お客さんから注文を取って、給仕をして、紅茶を淹れる仕事だ。コーヒーは僕が淹れるよ、こだわりだからね」

 こんなに簡単なことで稼げるのか。正直、拍子抜けした。

 美味しい話には裏があるとか言うが、大丈夫だ。もし彼らが帝王の一味だったりした場合でも、クライドには魔力がある。エルフの父から譲られた魔力があるのだ。少しぐらいの困難ならば、乗り越えられる。大体、こんな一般人らしい一般人が帝王や何かの一味であるはずがない。

「働きたいです。よろしくお願いします」

 もしかしたら危険な目に遭うかもしれないということを承知で、クライドはそう申し出た。すると店長は綺麗な笑みを浮かべ、手を差し出した。ごつごつした、大きな手だ。

「よかった、頼りになりそうだ」

 クライドは、差し出された彼の手を握った。そして、微笑を浮かべてみせる。

「申し遅れたね。僕は店長のハビ。君は?」

「クライド=カルヴァートです。ちょっとだけ、友達に連絡したいことがあるので街に戻ってもいいですか? 携帯電話を持っていなくて」

 ここで働くということを、仲間たちに知らせておかなくてはならない。ついでに、いつ発つのかも打ち合わせておこう。そうして、ここで働くのだ。何だか、楽しみに思えてきた。

「じゃああたし帰るわね、マスター!」

「うん、お疲れ」

 ウェイトレスは意気揚々と帰っていき、それを見送った店長は穏やかに笑ってクライドを見下ろした。

「それじゃカルヴァート君、今日中に来て。着き次第、仕事をはじめてもらうよ」

「はい」

 店長に背を向け、クライドは町へ向かう。

 商店街に戻ってみたものの、書店の前には誰もいなかった。連絡手段も無いので、とりあえず待つしかない。焦れながら数分書店の前で腕組をしていると、ふと視線を感じた。いや、これは視線ではない。アンソニーの魔力だ。

「クライド!」

 顔を上げるとやはりアンソニーだ。クライドがそちらを向くと、アンソニーとグレンが駆け寄ってくる。ふたりとも、笑顔を浮かべている。良い仕事が見つかったようだ。

「俺、映画に出ることになった」

 いきなりグレンがそういった。いつもの冗談だろうか? だが、グレンなら映画に出るということもあり得てしまうから、冗談なのか本気なのかわからない。

 彼の隣にいるアンソニーは、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべながら何度も頷いている。アンソニーのこの態度からすると、冗談ではないようだ。

「は?」

 呆けた声を出してしまう。本当に映画に出るなんていったら、すごいことだ。何だかグレンは、このまま俳優として有名になってしまいそうである。彼の容姿は、そうなってしまうのに十分すぎるぐらいの要素を持っていた。

「なんか、主演の俳優が事故で降板するらしいんだ。だから代わりに俺が出る。で、上手く撮れたら四万ウェルツだってさ。何でも、その俳優と俺って顔が似てるらしい」

 四万ウェルツ(日本円にして約十五万円)なんて、かなりの高額じゃないか。クライドは、あいた口がふさがらなかった。

 驚くクライドを見て、グレンは悪戯っぽく笑った。そして、隣にいるアンソニーの肩に手を回しながら空いているほうの手で親指を立ててみせる。

「これを機会に、ストリートライブでもやろうかな。家にギター置いてきたのが惜しかったな」

 そんなことをしたら、爆発的に人気が起こってそのままデビューしてしまいそうだ。というか、グレンがそういう活動に手を出したとたんそうなることは目に見えていると思う。

「僕はデパートで働くよ! 正直に十四歳ですって言ったんだけど、催事コーナーで臨時雇用だからいいよって構わずに雇ってくれた。この国って働くための法律ゆるゆるなんだねぇ」

 アンソニーは笑顔で言った。そして、ノエルについて話してくれる。ノエルは百貨店の近くにある書店で、すでに働きはじめたらしい。

 ここに滞在するのは一週間ということで合意した。ノエルは現在ここにいないが、理想としては一週間いたいとアンソニーに言っていたらしいからだ。一週間もいれば、燃料代ぐらいにはなるだろう。クライドはにこりと笑む。

「俺は喫茶店で働くんだ。時給三百二十ウェルツ」

 そして、店の場所をアンソニーとグレンに教えてやる。するとグレンが何か思い出したように反応し、それからクライドに笑みかけた。

「男の従業員探してるんだろ、あの店。俺も声かけられたけど、喫茶店って俺には全然雰囲気が合わないから却下した。クライドは似合うな」

 どこまでもグレンらしい意見だと、クライドは思った。苦笑し、肩をすくめる。するとグレンもつられたのか、苦笑を返してきた。

「クライド、頑張ってきてね。僕も頑張って働いてくるから」

 アンソニーに笑顔でそういわれ、クライドも笑顔を返した。とりあえず、盗みを働いたりせずにすんでよかったと本気で思う。不法就労なのは少し引っかかるが、正規の方法ではどうしようもないのだから仕方ない。

「ああ、お互いにな。グレンも、あんまりミスするなよ」

「しねえって。仕事終わったらまた会おう」

 グレンと言葉を交わして、微笑みあう。

 それからグレンは左の拳を、クライドは右の拳を出して拳同士を軽く打ち付けあう。サッカーで点が稼げたときや、グレンの悪戯が成功したときに、よくこんなことをした。

 そのままクライドは、グレンやアンソニーに背を向けて喫茶店へと引き返した。しばらく歩くと、森と同化したような喫茶店が姿を現す。童話に出てきそうな雰囲気だとクライドは思った。深呼吸してから、店のドアを開ける。

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