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第四十八話 次なる停泊へ

 ダイヤモンド事件から一週間が経った。

 周囲はすっかり大洋の真ん中という雰囲気で、見回してみても島は見えてこない。潮流の関係や経済水域の関係で、沿岸を避けてやや遠回りをしているせいだろう。海図には大きくナルディーニ洋と書いてあり、現在どこの領海でもない海を航行しているということしかわからない。ナルディーニ洋といえば、二大洋のひとつだ。クライドたちが暮らしていたラジェルナ国がある、モルニア大陸の西岸に位置する大洋である。

 この付近は豊富な水産資源に恵まれているということで、経済水域に関する監視が厳しいという。実際、クライドたちは一度だけだが海上保安部隊の巡視船に遭遇した。その時はクライドの想像とノエルの魔法で切り抜けた。アンソニーがスタンリーの見た目になっているところを想像し、船舶運転免許も想像で偽造したクライドと、巡視船の乗組員たちに軽く酸欠の魔法をかけて取調べを早く切り上げさせたノエルの二人の功績だ。何やかんやで、証明書類の偽造がお手の物になりつつあるのが悲しい。航路は無視して巡視船や監視塔の目の届く場所を避け、危うく座礁しかけたりもしたが何とか沈没せずに今に至っている。

「明日あたり、やっとアルカンザル・シエロに着くぜ」

 クライドが甲板に大の字になって空を見上げていると、グレンが隣に腰を下ろしながらこう言った。ノエルやアンソニーも今まで甲板の隅の方にいたが、グレンの言葉に集まってきた。

「この先を考えると食料や燃料は買えるだけ買っておいたほうがいいだろ? だけどな、ちょっと問題があるんだ」

「もしかしなくても、資金面の問題かい? 渾身の演技とクライドの魔力で作ったお金が、まさかあんな一瞬で消滅するなんてね」

 ノエルは甲板に腰を下ろしながら言い、眼鏡を取った。そして、曇ったレンズを服のすそでぬぐう。

 短く同意し、頷くグレン。今現在持っている資金は、全額を合計して一万と六〇〇ウェルツ(日本円換算で約四万円)しかない。

 それだけあればお小遣いの乏しいクライドにとっては大金なのだが、四人分の食費や燃料がその程度の金額では収まらないということは前回停まった島でも痛感していた。この金額だと燃料費に全て消えたとしても満タンに出来ないとノエルは言う。

「どうするの?」

 純粋な疑問の声をあげるのは、アンソニーだ。アンソニーは自分のコインケースを開き、五百カルド硬貨を取り出す。この資金難がたった五百カルドで解消できるわけがないので、取り出した本人も大きくため息をついて肩を落としていた。そもそも、この近隣の島でデラやカルドは通貨として使われていない。

「兄貴方式で荒稼ぎするには、経験がなさすぎるな」

 軽口を叩き、快活に笑うグレン。クライドも笑いながら頷いて、自分の両手を見つめる。

「バイトはできるだろうな、俺はちゃんと十六歳にみえるだろ?」

 そういってみると、三人は頷いてくれた。しかし、アンソニーだけは複雑そうな表情だった。どうやら、一人だけ年下だという年齢の壁を感じているらしい。

「いろいろ偽造しないとならないだろうね、不法就労になるから。日雇いの仕事だとか、一次産業系や個人商店のお手伝いぐらいだったらなんとかなるかもしれないけど、面接のあとで雇用契約を結ぶ話になったら是非トンズラして」

 穏やかなノエルの言葉に、がっくりと肩を落とす。すぐに飢えるほどに食料が尽きているわけではないが、孤島は明らかに近づいている。人の住んでいる島がだんだん減っているのだ。アルカンザル・シエロでの補給を後回しにしてしまうと、その先にある無人島に近いレベルの小さな島に降りる他なくなる。一番いいのは、そこそこ栄えていて人口の多い島で買出しを済ませることなのだ。この次の島で就労するのは不可能に思える。

「うーん、何かいい方法ないのかなあ」

 鬱陶しそうに首をかしげるアンソニー。大分気温が上がってきたので、髪が邪魔になったのだろう。クライドも、そろそろ切りたいと思っていた。明日、髪を切りに行こう。まあ、金銭的に余裕があればの話だが。

「大丈夫だろ、どうせ俺達ディアダ語喋れるんだし。言葉さえ通じればさあ」

 言いながら、甲板に寝そべるグレン。そんなグレンを呆れ気味に見下ろし、ノエルは苦笑する。そして、いままで外したままだった眼鏡をかけてからグレンの顔を覗き込む。

「グレン、明日たどりつく島はディアダ語圏じゃないんだよ。エフリッシュ語は喋れるかい?」

 数秒考えて、グレンはノエルの問いを見事に単語だけで片付けた。まずこの問題は、聞くまでもないことだと思う。

「無理」

 彼らのやり取りを聞きながら、クライドは深々とため息をついた。どうなるのだろう、これから。

 やがて、夜になった。クライドは何となく憂鬱な気分のまま、船室に横になって静かに目を閉じる。明日のことなんか考えなくても暮らしていけた過去の日々に想いを馳せ、またため息をつく。

 誰かが用意してくれた明日はもうない。クライドたちは、日々を自分で切り開かなければならない。布団で眠って朝になったら学校に行く、そんな決められたリズムはもうないのだから。

 日が昇ると、クライドは他の三人よりも早く目覚めた。暇なので魔道書を読むことにして、部屋の隅に積んであったものの中から一冊抜き出す。中身はディアダ語ではなく、今日上陸する予定の島で使われているエフリッシュ語だった。エフリッシュ語圏も広く、ディアダ語と同じぐらいの人々に使われている。

 姿を隠す魔法、空中浮遊する魔法、自分が使えない言語を一定時間だけわかるようにする魔法……

 ふと手を止める。そして、『言語の魔術』の項をじっと読みふける。エフリッシュ語の発祥はどこかの民族らしい。その民族の秘儀がここに記されていた。

 ウルフガングはこんなに貴重な魔法を記した魔道書を、まるでマンガ本を貸す時のように簡単にクライドの腕に預けた。いろいろな意味で凄い人だと今更思う。

「おはよう、クライド」

 寝癖のついた長い髪をブラシでとかしながら、グレンが声をかけてきた。クライドはグレンに挨拶し返し、彼の姿を眺める。やはり絵になる光景だ。

 クライドの髪は梳かしたとしても跳ねたままなので、何をしてもこの髪型は変わらないと思う。つやはあるし痛んではいないと思うが、手で撫で付けるたび戻ってくる感触をわずらわしく感じることがよくある。

「あ、そうだ」

 クライドは、グレンに魔道書を見せた。するとグレンは怪訝そうな顔をして、目を見開いたり細めたりした。やがて不機嫌そうに首をひねる。

「俺に読めってか? 無理だろ、何が何だか全くわかんねえ」

 ああ、そういえばこれはエフリッシュ語で書かれている本だった。つい自分が読めるので当たり前のように人に勧めてしまう。

 最近気づいたことだが、クライドは連続で五、六時間以上他国の言葉を使い続けていると貧血になる。本を読むときは、適度に休憩を取らないと読破できない。

 だが、だんだん慣れてきた。この調子で行くと、いつかは自分の一部のように他国の言葉を操ることが出来るだろう。それは凄いことだとクライドは思った。

「言語の魔術だ。この魔法で、自分が使えない言語を一定時間だけわかるようにできるらしい」

 開きっぱなしの魔道書に目を落としながら言う。言語の魔術は強力な上に難しいが、ノエルと分担すればアンソニーにもグレンにもかけられるだろう。

「何だそれ、奇跡だろ! 凄すぎだ!」

 嬉しそうに笑いながら、グレンはクライドにハイタッチする。それに応えながらクライドは笑った。

「だって、魔法だろ?」

 笑いながらそういってやると、グレンは一瞬呆けた顔をした。だが、すぐに決まり悪そうな笑みを浮かべた。

 あまり笑い続けていたらグレンが気を悪くするだろうから、クライドは笑うのをやめる。

「それで、呪文は?」

 グレンは早速魔法をかけて欲しいと思っているようだが、まだ島に到着してはいない。クライドは操舵室に向かった。少し速度を上げて行きたいし、自動操縦に任せきりにすると大変なことになるからだ。操舵室に入り、クライドは進行方向をわずかだが東方にそらした。

 そして、また魔道書を開く。グレンが興味津々といった様子で覗き込んでくるので、一緒に見せてやる。グレンは法衣を着た老人の挿絵を眺めているだけだったが、それでも楽しそうだ。

「時間が制限されてる魔法だから、いますぐかけるわけにはいかないな。効果は約五時間できれる」

 後の一言は魔道書をそのまま読んだだけだ。それを読んだクライドは、魔法をかけなおす必要はなさそうだと感じた。

 かけ直しの問題以前に、クライドは五時間程度で貧血に見舞われる。シェリーの薬は、最近飲みきってしまった。ブリジットから貰った材料はあるが、よくみると足りないものがいくつかあった。

 ここではそこそこ稼がなければならない。絶対に、五時間以上留まるはずだ。だとすれば、クライドはエルフの薬を煎じなければならない。足りない材料を探さなければ。

「おはよう」

 右舷の方を歩きながらノエルがやってきた。クライドは微笑んで、おはようと返してやる。

 ノエルがクライドやグレンよりも遅く起きるということは前代未聞だ。おまけに彼は、今とても眠そうにしている。

「また徹夜か? このところ、お前が俺より先に寝るところなんか見たことないし」

 心配そうな声で、グレンがノエルに問いかける。するとノエルは頷いて、疲れ気味の顔に穏やかな微笑を浮かべた。もう少し寝ていたほうが良いのではないかと、本気で心配になる。

「サラに手紙を書いていたんだ。書きたいことがたくさんあって、まとまらなくて」

 ほんの少しだけ、ノエルの表情に翳が差した。だが、すぐにノエルは明るく笑う。そしてノエルは、窓の外に広がる紺碧の海を眺めた。その視線はやはり眠そうにぼんやりしていた。

「その手紙、どうした?」

 そう訊ねてみる。もしかしたら、伝書鳩を使って届けたのだろうか? それとも、届けずにまだ持っているのだろうか。

 伝書鳩がいるなら、是非貸して欲しい。サラは勿論、ブリジットやシェリー、そして家族や片思い中の女子に手紙を書きたい。だが、船内に鳩がいる気配は全くなかった。

「ウォルが預かってくれた。家族にも書きたいけど、やめておいたよ。ウォルは結界を通れないからね」

「え、ウォルが?」

 少しだけ寂しそうに言ったノエルに対して、クライドは驚きを隠せなかった。そういえば、ウルフガングは前にも分厚い便箋の束を抱えて消えたことがあった気がする。彼は生前、郵便配達員でもやっていたのだろうか。

「サラからの手紙もあるんだ、読むかい?」

 水玉模様の便箋を差し出される。ノエルを見ると、にこりと笑った。それでは遠慮なく読ませてもらうことにして、クライドはそれを受け取った。

 読んでみると、サラの日常生活のことや、彼女の父母が営んでいる古書店に来た風変わりな客のこと、そしてクライドたちの旅の成功を願う言葉が連ねられていた。

「サラとノエルってどういう関係なんだよ? 付き合ってるんじゃないのか」

 唐突に、後頭部の方で声がした。右肩越しに振り返ると、グレンがノエルを見下ろして首をひねっているのが見えた。いつものからかい調子ではなく、純粋に疑問なのだろう。

 答えにくい質問なのだろうか。ノエルは即答せずにしばらく黙っていたが、やがていつものように笑みを浮かべた。

 そして、それが当然であるべきことだとでも言うように、呟いた。

「大事な、友達だよ」

 かみ締めるような呟きは、まるで戒めのように聞こえる。友達以上の何かであることは明白だとクライドは思ったが、野暮な突っ込みはしないことにした。

 昼ごろになると、アンソニーがようやく起きた。その頃にはすでに島が見え始めていたので、起きてすぐ彼は歓声をあげた。

 久しぶりの島にクライドも心が落ち着いて、気を抜いてズボンのポケットに手を入れたときに何か紙のような感触に触れて驚く。一体何を仕舞ったのかと思って引っ張り出してみると、よれた白い紙が出てきた。開けば地図らしきものが書いてある。目を疑った。こんなものを書いた覚えはないし、貰った覚えもない。

 よく考えて、それはもともと白紙だったはずのものだということを思い出す。これは、出航した次の日にウルフガングがクライドに押し付けた紙なのだ。そういえば、ポケットに入れたまま忘れていた。多分、何らかの条件が合えば地図が浮かんでくるように紙に細工がしてあったのだろう。

 この紙を渡されたときの状況から推測すると、これはウルフガングからおくられた切符だ。目的地に行けば用途が消え、目的地に着くまでは大切にもっていなければならない。

 もしかすると、片道切符かもしれない。そんなことを考え、クライドは無意識のうちに地図に見入った。

 地図はどこかの海の上を指していた。海の上の孤島を指した矢印が書き入れられ、矢印の延長線上にわけのわからない記号が書き入れてある。潮流を示す矢印が、孤島の周りを渦巻いていた。斜線が入れてある場所もあった。何を示したいのだろう。

 縮尺は書かれていないが、島は小さそうだ。随分と正確に書かれているのだが、手書きらしい。ウルフガングが書いた地図なのだろうか。

 眺めていると方位が書いてあるのに気づき、北を上にして持ってみると、その地図にはどこか見覚えがあった。頭をひねり、すぐに操舵室に向かう。操舵室の地図帳に書いてあるかもしれない。

「どうしたんだい、クライド」

「地図帳を貸してくれ」

 ノエルと短く会話を交わし、地図帳をめくる。海を示す青色の部分が、なるべく多いページを探す。

 不思議そうな顔をしながらノエルが見ているが、今はこの地図がどこなのか解明するほうが大切だ。悪いが、説明は少し待っていてもらう。

「ここではない、ここでもない、ああ、ええと……」

 最後の方のページに突入した。もう見つからないだろうと思った瞬間、視界の隅にあるものをとらえた。

 手を止める。本当に最後のページだった。最後の最後に、表紙裏に貼られた地図だ。数秒の間地図を眺めてから、クライドはしっかりとつぶやいた。

「あった」

 そして、ノエルを見る。ノエルは毅然とした表情でクライドを見つめていた。クライドはノエルに向かって軽く頷いて見せ、白い紙切れを見せてやった。

「これは帝王の秘密基地だ」

 この紙切れは、町長から受け取った地図に印された点にぴたりと重なった。緯度も経度もぴったり合う。町長に託された地図は、地図帳の裏表紙に貼り付けておいたのだ。

 確かに、目指していえる孤島の位置が点しか解らないなんて、少し困っている点ではあった。ウルフガングがくれた地図は大いに役立つだろう。クライドは、操舵室の壁にウルフガングから貰った紙切れを貼り付けた。

「そろそろ降りるよ。グレンとアンソニーを呼んで来て」

 ノエルの言葉にうなずいて、クライドは操舵室を出て行った。

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