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第四十六話 ルア・メレヤ、忘れ得ぬ事件の島

 翌日の昼過ぎにはアンソニーの視力も回復し、船上には笑い声がこだましていた。やはり全員万全でいるのが一番だが、その日の午後辺りからノエルが体調を崩し、夜には熱を出してしまった。本人曰く風邪らしいので、医者の不養生だと皆でひとしきりからかってから彼を船室で休ませた。冷やしたタオルを頭に載せてやれば、彼は虚ろな目で決まり悪そうに笑った。

 三人でローテーションして船を動かして、三日目あたりにようやくノエルが平熱に戻り、ローテーションに加わった。アンソニーと交代して操舵室から出てきたノエルを、クライドは船室に招き入れた。グレンは床で退屈そうに漫画を読んでいたが、こちらを見て顔を上げる。

「顔色良くなったな」

 漫画を閉じてテーブルに置き、グレンは座ったまま伸びをした。ノエルはテーブルを挟んでグレンの正面に座ったので、クライドはグレンの右側に座る。

「体力がついてきたからね。風邪のウイルスを分解してみた結果、徐々に本調子にもどってきたみたい」

「無理するなよノエル、お前まだ腕だってヒビ残ってるだろ」

 ノエルの分子構造をいじる魔法について、イメージを聞いてみたことがある。彼は精神を統一すると、物体のどの部分が何で出来ているかのデータを知識として得ることが出来るらしい。その『材料』を組み合わせたり分解したり、時には化学反応を起こさせたりして彼は魔法を使う。クライドには想像もできないやり方で、ノエルは魔法を構築している。毎回論理的な組み立てが必要なのだ。もちろん、物質を見極めている時点でかなりの魔力を消耗する。

 魔法によって起きた結果をクライドが真似て想像することはできても、ノエルの理論に則って魔法を発動することはクライドには絶対できないと思った。

「心配には及ばないよ、クライド。そっちはもう、おおよそ大丈夫だから」

「すげーなぁ。体力残ってりゃ、ウイルスも分解できるのか」

 ヒュウ、とグレンが口笛を吹く。体が資本のグレンは、フィジカルを生かせる魔法ととても相性がいいと思う。ノエルと同じ魔法を授かったところで彼は使いこなすのを面倒がりそうだし、アンソニーの魔法を得たところで『止まって目だけ動かすよりも走って近寄る方がいい』などと言いそうだ。

「ガン細胞やポリープ、血栓なんかもいけるだろうね。視覚で知覚できれば、の話ではあるけれど。僕はきっと、長生きするよ」

「一番不健康そうなのにな」

 ふっと吹き出してしまった。たしかにノエルの見た目が一番不健康だ。しかし彼の食生活は健全そのものだし、体に悪そうなものを食べているイメージがない。強いて言うなら凝縮されたように濃いコーヒーを好む位だが、一日に何度も飲む訳では無いので問題ないだろう。

「そろそろ補給だな」

 そう声をかけてみる。魚を釣りながら旅をするのは妙案で、ノエルとグレンが値切ったオキアミがかなり役に立っていた。小麦粉がそろそろなくなりそうなのと、オキアミがのこりひとかたまりになってしまったのがクライドにとっては不安だった。また飢えるのは嫌だ。

 次の上陸地へ目星をつけようと、ノエルが地図を開く。そして、複雑そうな顔をした。

「ルア・メレヤ島、ソイラ領ね…… 治安が良くなさそうだけど、ここに降りるしかないかな」

「へー、ソイラの管轄なのか。この距離ならあと二時間ってところか」

 相槌を打ちながら、クライドも複雑な心境だった。ソイラの関係の国だと聞いたら確かにあまり降りたくない。ソイラは宗教対立が激しく、常に聖地を奪い合う戦争を繰り広げている国なのだ。世界で最も信者の多い二つの宗教、ルクルス教徒とレベン教徒がその人口をほとんどきっかり二分している。その中には過激派もいて、爆撃や化学兵器で頻繁に人が亡くなるニュースがアンシェントにいても流れてくる。

 深くは知らないが、ひまわり畑が世界遺産に登録されているので美しい土地もあるのだろうとは思う。それでも、ニュースで見るのはほとんど戦争の映像ばかりだった。

「隣国のセローナと奪い合っているんだ。僕らが生まれた頃に統治権がソイラに移ったけど、今に至るまで数年おきに戦争をしているよ」

「あ、なんか世界史でちらっと言ってた気がする。レアメタルの鉱山と海産資源がどうとかで、面倒くさそうな領土問題になってるとこだろ」

 グレンがそう言って地図に目を落とす。

「けどテスト範囲じゃないからさらっと流されたよな」

 クライドは答えながら、ルア・メレヤ島を指でなぞる。クライドの指を視線で追うグレンは、凛々しい眉をぐっと顰めてため息をつく。

「港湾警備隊みたいな奴らが、銃を構えてビッシリ港を包囲してる感じか?」

「グレン、警備隊じゃない。軍隊だよ」

「うわー、無理だ。やめよう」

  二人のやりとりを聞いていて、心底グレンに同意する。だが、現状すでに物資は不足している。選択肢としては、降りるほかないのだ。

「そうしたいのはやまやまだけど…… 燃料の補給だけは、した方がいい」

 クライドの重たい呟きに、ノエルは溜息をついた。クライドも視線を落として同調する。またアンソニーに船の見た目を変える魔法をかけてもらって、クライドが想像で現地民らしい服装をして燃料を買えばいいだろう。ただ、魚の餌を置いている場所を見つけるのは難儀しそうな気がした。なんとなく、内情が大変そうな島なので漁どころではなさそうな印象がある。

「次のアルカンザル・シエロ島までどれぐらいだ」

「燃料が先に尽きることは確かだよ」

 地図を指しながら問うグレンに、ノエルは肩をすくめて見せる。グレンは半眼でそんなノエルを見ると、口角を無理に上げて皮肉な笑みを浮かべた。

「帝王やら手下やらと遭う前に、テロで命を落としそうだ」

「そうならないために魔法があるんだろ、グレン」

 ぽんと彼の肩を叩くと、クライドは立ち上がった。魔道書を取りにいくのだ。数冊の本を抱えて船底の倉庫から戻ってくると、ノエルとグレンはまだ地図を見ていた。

「ああ、おかえりクライド。勉強会の開催かい」

「そ。とりあえず、市場を歩くんなら変装の魔法くらいあったほうがいいだろ」

 三人で話し合い、最も穏便そうなレベン教の正統宗(戒律に厳しいクラシカルな価値観の宗派らしい)に変装することにした。話がまとまったところでクライドはアンソニーに行き先を告げにいき、彼の視力で島に停泊している船を分析してもらう。

「すっごい、あれは軍港? かっこいい戦艦がいっぱいある!」

「まじかよ。迂回してくれ」

「もちろん! 警備が厳しそうだもんね。反対側のほう…… あ、あの位置なんかいいかも。面舵いっぱーい!」

「楽しそうだな。俺には何が見えてるんだかサッパリだ」

 クライドには目的地がまだ点にしか見えないが、アンソニーはこの位置から正確に島の安全地帯を見分けている。素晴らしい魔法だ。ノエルの魔法も想像で再現するのが難しいが、アンソニーの魔法も大概だ。アンソニーが見ているものは紛れもない本物の景色だが、クライドが同じように何かが見えることを再現した場合、見える景色は想像上のニセモノだ。

「漁港が見えるんだ。似た船がたくさんあるからいい目くらましになるよ」

「ナイス。そのまま頑張ってくれ」

 アンソニーの背中を叩き、そのまま少し魔力を分け与える。彼には上陸まで魔法を使わせっぱなしになるのだから、誰かがサポートしてやらなければまた失明してしまう。

 操舵室の壁にもたれて、アンソニーと雑談をしながら港を目指す。念のため、今の段階からすでに目くらましの魔法は発動させておいた。軍隊が近くにいるのだ、用心するにこしたことはない。

 船を下りる前に、市場を歩く人たちの民族衣装をチェックする。白いゆったりした布でできたチュニックと、同じくゆったりしたズボンは想像しやすい。ただ、頭に被っている布がアレンジ自在で、ターバンのようにタイトに巻いている人もいればベールのように流している人もいる。平紐で頭に固定している人もいれば、色とりどりの羽を飾っている人もいて、どれを参考にすべきか迷った。宗派によって被り方が違うのかもしれない。

「ノエル、知っている知識で教えてくれ。どれがいちばん無難?」

「ざっと見たところ、僕らと同年代の男性はターバン式が多いね。クライド、それで想像して」

 目を閉じて想像する。カラフルなTシャツを着ていたグレンが、民族衣装とターバンを粋に着こなしているところを。開襟シャツだったノエルが驚いたように自分の民族衣装を見下ろすところを。そして、アンソニーが白い袖をひらめかせながら楽しそうに跳ね回るところを。目を開ければ想像通りの景色が広がっていて、クライドは自分の服装も皆と同じになるように想像した。グレンとアンソニーが燃料を買い、クライドとノエルが漁具と小麦粉の仕入れを担当する。

「さあ、この買い物で本当に僕らは一文無しになる。次の島ではアルバイトだね」

「不法就労って言えばそれまでだけどな。盗むよりいいだろ?」

 ノエルと苦笑しあう。褐色の男たちが多い中、クライドとノエルは肌が白いのでやや浮いていた。だが、移民が全くいないわけでもなさそうなので、堂々と振舞う。市場まで続く道は散歩コースなのか、初老の夫人が数人歩いているのが見えた。この島では、ペットを連れて歩く人をひとりも見かけない。

「僕ちょっと思ったんだけど。炭素からダイヤモンドでも精製すれば、いくばくか路銀になるんじゃないかい」

「うわ。最高の思考回路」

「砂金の抽出とか。どっちも死ぬほど魔力を使うと思うけど」

「そういうときこそ俺と連携だろ。試す価値はある」

 頷きあい、適度に炭化した物体がありそうな場所を探す。市場から離れるとスラム街があり、貧民たちが焚き火をした形跡がいくつかあった。暗い目でこちらを見つめる少年と目を合わせないようにしながら、人目につかなさそうなところにあった焚き火跡を二人で囲んでしゃがんだ。ノエルは燃え残った炭に手をかざし、目を閉じて魔力を送り始める。クライドはそんな彼の正面から手を伸ばし、肩に手をかけて魔力を送って助ける。

「想像力でこの炭を増やすことは出来るかい」

 目を開けた彼は、クライドを新緑の瞳で見上げる。活性化した魔力をその目の中に感じ取る。クライドは目を閉じて、想像しながら答える。

「やれる。これぐらいか」

「十分だよ。ありがとう」

 目を開ければ想像したとおり、ノエルの手元にこんもりと炭が積み上がっている。ノエルの額に脂汗が滲んでいるのを見て、クライドはエルフの血の魔力を想像で人間の魔力に変換して少し分ける。

 やがて、炭の中にきらりと何かが光るのを見た。ノエルは真剣な目でそれを見つめ、見えない糸を手繰るような繊細な動きで炭に手をかざす。クライドが息を呑むと、光った欠片が急激に大きくなった。ごとり、と音を立ててダイヤの原石らしき半透明な塊が地面に転がる。

「やったな」

「君が持っていて。僕じゃスリに遭う」

「わかった」

クライドは想像で革のポーチを作ると、そこにダイヤを仕舞ってから腰の上の方に巻き付けた。ゆったりしたチュニックで隠せば見た目には何も持っていないように見える。あとはこれを宝石商に売りに行けば完璧だ。ノエルとハイタッチし、街へ出る。繁華街には軍人がうろついていて、クライドは目を伏せて歩く。珍しい銀色の目を見咎められて呼び止められては困るからだ。

「宝石商、宝石商…… あの店なんか良さそうだよ」

「入ってみよう」

 ノエルが発見した店に入ると、豪華なショーケースが並ぶ宝石店には先客が一人もいなかった。たっぷりの髭をたくわえた民族衣装の男が、胡乱げにこちらを見ている。

「こんにちは。宝石の買取を行っていませんか」

「子供が売れる宝石など持っているかね」

「ダイヤモンドの原石を。かなりのカラット数ですが」

 ノエルが交渉を開始したので、クライドは黙って隣に控えていた。ノエルは眼鏡を押し上げ、宝石商としっかり対峙して堂々としている。

「僕の叔父が遺したものです。鉱山を持っていました」

 そこからノエルが、架空の鉱山で架空の叔父と重ねた思い出をすらすらとでっち上げたので驚いた。クライドはその鉱山の落盤事故で親を失い、一緒に暮らしている設定になっていた。神妙な顔で頷いて目を伏せる。その後もすらすらと架空のストーリーが展開され、ようやく石の出番を視線で訴えられた。腰からダイヤの原石を取り出し、ノエルに恐る恐る渡す。身分差の設定があるので従者っぽく見えるよう演技をしようと思ったのだ。

 宝石を見た宝石商の目は一瞬見開かれ、上体が前のめりになりかけたが、思いなおしたように腕を組んで椅子に戻る。

「大きすぎる。ニセモノだろう」

「そう言われると思っていました。にごりも少なく、王室に献上するようなダイヤを生み出せます。叔父がそう言っていたので間違いないでしょう」

「見せてみろ」

「貴方がこちらへ来てください」

 ノエルが優位に立って話を進めている。さすがだと思いながら、目を伏せて唇を噛む。大切な架空の恩人が託した家宝を売りさばいてでも生活しなければならない身の上だ、殊勝な態度で乗り切りたい。宝石商はダイヤを手に持ち、ルーペのようなものでのぞき、信じられないものを見たと言いたげな顔でノエルを見上げる。

「これなら十万出そう」

「そうですか。他をあたります」

 当たり前のようにダイヤを引っ込めて、ノエルは踵を返そうとする。そんなノエルの肩に慌てて手をかけて、宝石商が焦ったように引き止めにかかった。

「ま、待て待て。五十だ」

「鉱山王の甥が宝石の価値に疎かったら面白いですね」

 冷ややかに宝石商を見て、ノエルは口許でだけ微笑んでいる。髭を無駄に撫で付けてふんぞり返っている宝石商の目が泳ぐ。

「わ、わかった…… 百出す」

「話が分かる人だ。ですが、それなら百でも安いことはよくお分かりですね?」

 固唾を呑んで見守るクライドの隣で、ノエルは終始堂々としている。鉱山王の甥で父と生き別れになったハードな設定が本当なのかと思えるほど、彼はたくましく年上の商人を言いくるめていく。

「百二十だ」

「売れませんね」

「じゃあ一五〇」

「二七〇」

「二〇〇だ」

「あまりに安い。他をあたります」

「わ、わかった。二六五万出す」

「もう二万で折り合いをつけましょう」

 こうして本当に、ノエルは魔法で創った贋作ダイヤの原石を二六七万ウェルツ(日本円で一千万円程度)で売却してしまった。宝石商は渋々といった様子で、立派な羊皮紙に売却金額と自分の名前を書いた。ノエルがそこに偽名でサインをするのをクライドは見逃さなかった。『バドゥル=アル=カラフ』、聞きなれない語感の名前なのできっとこの辺りの人名なのだろう。ノエルは左利きだから、右から綴る複雑な文字も擦らずに筆記できていた。

「今すぐに頂きたいのですが」

「お前ら、未成年だろ。現金で渡すのは法律で禁じられている」

「それじゃ、小切手を用意してください。中央銀行で換金します」

「これだけ行動力がありゃ、すぐにでもこんな島出て行けたろうに」

「母さんが、独りになってしまいますから」

 瞳を翳らせて微笑むノエルは完璧な演技で宝石商を騙していた。そして宝石商が小切手を作るのを、じっと見つめている。クライドはつとめて冷静に、この大金の受取り方を考えていた。こんな軍人や浮浪者だらけの島で、大金が入ったケースを抱えて動くのは得策ではない。銀行でお金をどうするのだろう。

「ラシェッド、お暇しよう」

「は、はい、バドゥルさん」

「兄のように慕ってくれと、いつも言ってるだろう」

 小切手をクライドの腰のポーチに入れながら、ノエルは振り返らず店を出た。暫く身を寄せ合って歩いていたが、宝石店が見えなくなった辺りで二人は両手にガッツポーズを作って飛び跳ねる。子供のように感情表現をするノエルは珍しかったが、最高だ。二六七万ウェルツもの大金が手に入った。旅費に困ることはこれで永遠に無い。

「まだ喜ぶのは早いね、次の目的地を目指そう」

「了解、バドゥル兄さん」

 にやりとしながら偽名を呼べば、ノエルもにやりと口角を上げる。

「この辺りでは通貨がウェルツだから都合が良いよ、次の島でも問題なく下ろせる」

「下ろす、って? ノエル」

「バドゥル。ここではあだ名禁止だよ」

 鋭く割り込まれ、クライドは口をつぐんだ。そうか、誰が聞いているか分からない。クライドは頷いて、ノエルを見下ろして謝る。ノエルは少し周りを気にするそぶりを見せたあと、早足で町の中央へ向う。

「バドゥル名義で銀行口座を作るよ。そこに入れてもらって、現金をいくらか下ろしておく。次の島まで航行できる量でいいね、治安が悪いから手持ちがあまり多いと問題だ」

「必要なものは」

「手っ取り早いのは免許証かな」

「それじゃ、用意しないといけないよな」

「ねえラシェッド、僕はこの国の免許証を見たことが無い」

「グレンに頼もう。ほら、手があるだろ」

 魔法の手でスリを働いてもらおうなんて、我ながら恐ろしい発想だとは思った。だが、すぐに返すし実害はきっとないだろう。

「ラシェッド、あだ名禁止だってば。ハキムのことかい?」

「お、ごめん。ラジェルナかぶれなあだ名の方ばっかり呼んでるから」

「カリーファは目が良いから、そのうち僕らを見つけるよ」

 この二人にも設定があったのか。クライドは笑いながら、ノエルを横目で見る。ノエルは堪え切れずに肩を震わせて笑いながら、翠の澄んだ目をクライドに向ける。歩いていれば、ノエルの予想通り視力の魔法で追って来た二人と合流した。ノエルは二人に耳打ちし、クライドは声を出しそうだったアンソニーに人差し指を立てて見せ、彼らが大声で本名を呼ばないうちに一旦裏路地に入る。

 二人は燃料を調達してくれているので、あとは食料を手に入れれば島から出られることがわかった。彼らは燃料を買うとき、船着場で青い目を怪しまれたことを話してくれた。クライドもそれは気になっていたので、全員がカラーコンタクトをつけて真っ黒な目をしているところを想像した。ついでに黒髪だったらどうだろうと思い、元々髪色の暗いノエルを除く二人を黒髪にしてみた。アンソニーは微妙だが、グレンはかなり似合っている。自分の姿は自分で見られなくて想像できないので、カラーコンタクトが手の中にあることを想像し、コンタクトレンズの装用経験があるノエルに頼んでつけてもらう。医療従事者ということもあって、ノエルの手つきは手馴れていた。

「黒意外といけるな、クライド」

「俺だけ金髪だけどしょうがないよな」

「ターバンで隠しちゃえば大丈夫だよ! 僕、手伝うね」

 アンソニーがクライドの頭のターバンを巻きなおし、クライドもそれなりにこの国に溶け込んだ姿になる。ノエルはその間に、先ほど練り上げていた『設定』をグレンに伝えていた。

「ぶっは、何だそれ面白いな。叔父何者だよ」

「クライドごめんね、君に変な設定を背負わせてしまった」

「いや、面白いからいいよ」

「僕はクライドの弟なんだね」

「そう。グレンは内戦の戦災孤児で、孤児院にいたところを叔父に拾われた設定」

「だから本当に叔父何者だよ、慈善団体かよ」

「僕はそんな叔父を尊敬しているよ」

 真面目腐ってノエルがいうので、一同は笑ってしまう。

「最高。それでだグレン、適当な若者から免許証を一瞬借りて欲しいんだ。俺がそれをコピーする。んで、ノエルの写真と名前で作り直す。本物の免許証はすぐ返せば大丈夫だろ」

「偽造かどうかは一瞬ではわからないはずだから、とりあえずこの場を凌ぐことはできるよ」

「バレたら? 免許証には番号があるだろ、照合されたらアウトじゃないか」

 それもそうだ。思わずノエルを見る。ノエルは少し考える様子を見せた後、こちらに向き直った。

「ねえクライド、僕の見た目をもう少し変えられるかい? 防犯カメラに映っている間だけでいい」

「承知」

 クライドは想像し、切れ長の二重でりりしい眉毛をした、やたら鼻が高い男に姿を変える。この島の男性は髭を生やしている確立が高いので、想像で髭も付け加えた。これで鉱山王の若い甥に相応しい見た目になっただろう。

「すげえ。誰か分からねえや」

「バドゥルだよ」

 声だけはノエルのまま、知らない男の姿でノエルは言って笑った。アンソニーはその隣で楽しそうに飛び跳ねながら、ターバンから溢れた黒い巻き毛を誇らしげに撫でている。

「僕カリーファ! ちゃんとカリーファだよ! 黒髪カッコいいね、将来染めようかな」

「正直あんまり似合ってないぞ。いつもの金髪の方がいい」

「えーグレ…… じゃない、ハキムひどい」

「これややこしいな、ラシェッド?」

 にやりと笑うグレンの黒い目は見慣れていなくて違和感があるが、目の色も髪の色も変わったグレンはこの国の色男の雰囲気を纏っていた。これはこれで異国情緒があって女性から人気が出るに違いない。

「さ、魔法には時間制限がある。実行に移そう。行くよ皆」

 ノエルの一声で四人で裏路地を出た。そして最初に目に留まった男性に目をつける。彼が立ち止まって商店の店先の人と話し出したところで、グレンが見えない手を使って彼の財布を出す。財布は空中で止まり、ひとりでに中が開き、カード類が何枚か浮遊しているが立ち話をしている二人は気づいていない。グレンが手間取っていることを感じたのか、アンソニーが小声で『カード入れの下から三番目』と言った。魔法の目で、しっかり見えているらしい。

 免許証一枚だけを手に入れたグレンは、財布を彼のポケットに戻して免許をクライドの手元にパスする。クライドはそれを受取り、目を閉じて想像して二枚に増やした。すぐに片方をグレンが回収して男性の足元に落とし、四人で振り返らずその場を後にした。首尾よく進んでいる。

 クライドは持っている免許証を、ノエルの偽名とやたら鼻の高い男の写真に書き換える。ノエルに渡すと、彼はまず名前の綴りを魔法で直した。免許証の持ち主はすでに成人していたので、生年月日はそのまま借りる。銀行の前で、ノエルはグレンとアンソニーに待つよう言った。確かに少年が四人で入るところではない。クライドはあくまで従者のような弟分として、ややおどおどした演技でノエルの後に続く。

 意外にもあっさり、偽造免許証で口座開設はできた。宝石商の小切手も怪しまれず換金できた。現金もいくらか手に入れることができて、旅路の資金は全く問題なく手に入る。キャッシュカードのみ郵送ということだったが、ノエルは架空の住所を書いてしまったのでこれからも預金通帳を持ち歩く羽目になった。住所などすぐには用意できないので仕方ない。

 クライドは現金を厳重にポーチに仕舞い、上から服をかけてまた原石のように隠した。だが、それで安心したのがよくなかった。ノエルは右手に銀行からもらった重要書類の一式を持っていたのだが、銀行を出たと同時にそれをひったくられてしまったのだ。

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