表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/69

第三十六話 まほうのみせ

 快晴の港町に、すがすがしい潮風が吹いている。リンドバーグ邸を目指すクライドたちだが、こんな天気とは対照的にその足取りは重かった。断じて、魔道書の重みのせいではない。

 街の人たちが操られていたときの記憶を無くしているだろうということは、何となく予想がつく。リンドバーグ家からすれば、クライドたちはきっと夜中に抜け出して一晩戻ってこなかったことになっている。それならまだいいが、問題は魔法が解けきっていなかった場合だ。スタンリーに飛び掛られたら、クライドはたぶん思いのほか早くネモフィラの花びらに姿を変えることになる。

 グレンも思うことは同じなのか、警戒心を滲ませた表情で行く末を睨んでいた。一人だけ手ぶらのアンソニーは、不安げに辺りを見渡している。ノエルだけはいつもどおりのポーカーフェイスで、涼やかに魔道書を運んでいた。

 やがて、あの二階建ての家にたどり着く。窓は開いていて洗濯物も干されているので、ひとまずはリンドバーグ夫人の無事が確認できたとクライドは思う。

 呼び鈴を鳴らそうと思うと、庭から漁具を抱えたスタンリーが走ってきた。思わず身を強張らせたが、スタンリーはすっかり頬を緩ませている。

「よかった。荷物を残して全員いなくなっていたから心配したんだぞ」

 彼はそういいながら、クライドたちに朝食を勧めてくれた。クライドは暫く迷ったが、走り回ったり魔法を使ったりで疲れていたことを思い出した。猛烈な空腹感が襲ってきた。折角なのでありがたく頂くことにして、クライドはリンドバーグ邸に足を踏み入れる。

 テーブルには一人きりで寂しそうに食事をするエディの姿があったが、クライドたちの姿を見るや否やわかりやすく機嫌がよくなった。エディはテーブルを離れ、走ってきてまずはアンソニーに抱き付く。もうすっかり兄弟のようだ。魔道書はグレンが全部まとめて二階に仕舞ってきてくれることになったので、先にクライドたちはテーブルについた。

 エディの母が、トースターとオーブンをフル稼働させてパンを焼き始める。グレンが下に降りてくる頃、最初の二枚が焼きあがっていた。

「遠慮しないでいいのよ、クライド君」

 エディの母は、トーストを一番にクライドのところへ持ってくると優しく笑んだ。その微笑が自分の母に重なって見えて、クライドは少しだけ切ない気分になった。母とはろくにあいさつもかわさないまま旅に出てきてしまった。今頃、クライドのことをどう思っているのだろう? きっと、薄情者で親不孝者だと思っているに違いない。そう思われても仕方ないことを、自分はしてしまったのだ。

 出されたトーストに手を伸ばす。朝食は、トーストと紅茶だ。トーストには自家製ジャムかマーマレードかバターのどれかを選んで塗って食べる。クライドの家でも、よくこういう食事をした。

 焼きたてのトーストにバターを塗ってほおばりながら、クライドは旅の行く先を考えた。昨日あんなナーバスな記録を見てしまったのだから、やはり不安になる。本当は、運命なんてもう全て決まっているのかもしれない。どんなに足掻いても、帝王が世界を壊す未来は変えられないのかもしれない。自分が旅に出ても出なくても、町長が結界を強めても強めなくても、ウルフガングが死んだ時点で本当はだめだったのかもしれない。だましだまし世界は回っていたが、その限界がついに訪れたのかもしれない。

 そんなことはないと解っていても、膨らんでいく想像はどんどん陰鬱になっていった。

「船を用意したいね、クライド」

 紅茶を飲みながら、ノエルがいった。その言葉で想像を打ち切り、クライドはそっとノエルを見た。彼のカップの隣にはちゃんと砂糖やミルクが用意してあるのだが、手をつけた形跡が全く無い。それに比べると、エディやアンソニーの隣においてある砂糖とミルクの減り方は顕著だ。

「僕たちは海に出る前に鐘を取り返すつもりでここに来たけれど、鐘泥棒に逃げられた。しかも船でね。追いかけるとしたら正規の旅客船なんかでは無理だ。僕らみたいな子供を乗せて長い航海をしてくれるような、時間とお金をもてあました大人もあまりいないだろうし」

 確かにそうだ。しかし、何とかなるだろうと思っていた。それが甘かったのかもしれない。大陸を伝っていったところで、一周回って帰ってくるのが落ちだ。海を渡るより方法はないのに、自分たちは海を渡る術を持っていない。どうしたものかと考え込む。いい案はなかなか浮かばない。

「漁師の誰かにあたってみたらどうだ? 廃船とか小型ボートとか、要らないのありそうだし」

 トーストにママレードを塗りながら、グレンが言う。ママレードを塗り終わったトーストを一旦皿におくと、クライドの方を向いてグレンが首をひねった。彼のその考えには賛成できた。あまり人に頼りきるのもいけないと思うが、可能性は濃いと思う。

「それ、いい考えだね!」

 アンソニーもこの考えに同意したのか、にっこり笑って頷いた。だが、クライドの隣に座るノエルだけは懐疑的な表情だった。そっと紅茶のカップを置いて、ノエルはため息をつく。どうやら、可能性が希薄になってきたらしい。

「どうかな。要らない船は売るだろうし、小型ボートじゃあ馬力が足りなくて世界の反対側になんかとても行けない」

 ちらりと窓の外を見やりながら、ノエルは言った。クライドは、がっくりと肩を落とした。確かにそうだ。同様の理由で、いかだを作って漕ぎ出すという手も没だ。

「まあ、聞くだけ聞いてみようか。ルイスあたり物持ち良さそうだし」

 トーストをかじりながらそう言い、グレンは指についたパンくずを皿の上に落とした。クライドは小さくあくびをしながら、トーストをかじった。あの時ジェイコブをしっかり足止めできるスキルがあれば、帝王と会う可能性は格段に減ったのに。今更思い返してどうにかなるものでもないのに、後悔で胃が重たい。

「今夜じゅうに船を見つけないと、野宿だね」

 そういいながら、アンソニーが曖昧に笑んだ。その言葉に深く頷いて、クライドは唸る。これ以上他人の好意に甘えるわけにはいかないと思うし、皆もそう思っているようだった。

 特にノエルは深刻そうな顔をしている。彼もこれからの行く末について思案し、戸惑っているようだ。クライドが深々とため息をつくと、隣でグレンも辛辣そうな顔をしていた。

 こんなふうに気分が沈んでしまうのは、今日中に船を用意するのがほぼ無理だとわかっているからだ。船は少年の小遣いで買えるような安いものではないし、そう簡単に捨てられたりしているものでもない。入手が困難なのである。

「あらあら、なに暗い顔してるのよ? いつまででも泊めてあげるのに」

 空いた皿を下げながら、人の良い笑みを浮かべてクライドたちを順に見回すエディの母。嬉しいが、やはり心にひっかかるものを感じてしまう。厚意だからこそ、これ以上迷惑を掛けたくない。

「一刻も早く出発したいんです。早く帰って来たいから、早く行かないと」

 ノエルはそういって、紅茶のカップをまた持ち上げた。そして一気にカップの中身を飲み干すと、彼は食器を片付け始めた。クライドも食事をすでに終えていたので、一緒に食器を片付けた。エディの母が、それを寂しそうな顔で見ていた。

「無事に帰ってくるのよ、クライド君。貴方が何をするためにどこへ行こうとしているのかは良く知らないけれど、危険な旅になると思うわ。だって貴方、怪我してるじゃない。やんちゃすぎるのも困りものよ」

 くすくす笑いながら、エディの母は紅茶をカップに注いでいた。頬を触ってみると、昨夜エディに引っかかれた傷がひりりと痛んだ。同じように頬に傷を負ったアンソニーが、複雑な顔をしている。

 しばらくして全員が朝食をとり終えたあと、すぐにノエルは出かけていった。サラの様子も心配だし、早く合流してやってほしいとクライドは思う。

「さて、俺達もいこうか。お邪魔しました、リンドバーグさん。朝食、ご馳走さま」

 そういうと、グレンが先に席を立った。クライドも礼を言って、席を立つ。荷物はグレンが階段の脇に持ってきていてくれたので、もう持っていくことにした。スタンリーは寂しそうに笑って、エディやアンソニーを一瞥する。彼らはまだここにいるらしい。

「またこいよ。船が見つかったら報告に来い、そのときに別れの挨拶をしよう。幸運を祈る」

「ありがとうございます」

 簡単に別れの挨拶を済ませ、クライドとグレンはリンドバーグ邸を出た。陰鬱な気持ちをやや引きずっていたが、グレンがいつもの調子で冗談を言って和ませてくれたので気持ちが軽くなる。荷物は重いが、それは仕方ない。

 今日はグレンが気になるという人に会いに行くことになっていた。なんでもそれは女性らしい。クライドとしては気が気でなかった。旅に出てから、今まで女の子に全く興味を示さなかったグレンがいきなりプレイボーイになってしまったのかと思ったのだ。

「どういう人なんだよ?」

「まあ、見れば解るって。かなり美人だぞ。細いっちゃあ細いけど胸あるから、たぶんお前のタイプじゃないだろうけど。あ、でも黒髪だからどうかなあ」

 グレンはいたずらっぽく笑った。クライドの好みが黒髪の女の子であることをグレンは知っている。ついでに、華奢で細身で全体的に平らな子だということも。

「グレンはどう思うんだよ」

「どうって、不思議な人だよ」

「何が?」

「んー、何ていえばいいんだろうな。似てるんだ」

 日差しは強くなり始めていた。もう夏が近づいている。じりじり日に焼ける首筋をさすりながら、クライドは半眼でグレンを見る。いつもストレートに全てをぶつけてくるグレンらしさの無い、じれったい会話だ。

「誰にだよ」

「お前にだ」

「……へえ」

 そんな会話をしながら、クライドとグレンは商店街に向かう。

 こうして歩いてみれば、港はいつでも活気付いているとクライドは思う。漁師たちはすでに仕事を始めていた。そして港には、主婦らしき女性たちもいた。昼食にするためなのか、漁師に魚を分けてもらっているらしい。

 活気付く港を後にして、クライドたちは街中に向かった。市街地には商店街がある。朝日が反射して、まぶしいほどにきらめく窓ガラスやショー・ウィンドウ。そのなかの一軒を目指して、クライドたちは歩いていた。

 グレンが案内してくれる場所がどんな所なのかは知らない。なんでも、『秘密』らしい。グレンはクライドをウルフガングに引き合わせたあの午後に、街で声をかけられたと言っていた。

「ここって言ってた」

「ふうん…… 店?」

「ああ」

 辿り着いた店は地味で、ショーウィンドウがなかった。普通の家のようだし、外観も古めかしいので周りのきらびやかな店からは浮いて見える。というか、店にすらみえないかもしれない。一体ここは、何をしている店なのだろう?

「何の店?」

「俺もよく知らない。でも、その人は『魔法の店』って言ってた」

「ファンタジックな人なんだな、その人」

 とりあえず、中に入ってみようということになった。グレンが扉を開けてくれて、クライドは一歩中へと踏み入った。

 店に入ったとたん、不思議な匂いが漂ってきた。心地よくなるような、アロマオイルの香りだ。多分、二種か三種をブレンドしてある。母親がアロマオイルをよく使っているので、クライドはこういうことには詳しい。気に入った香りはクライドも母に借りて部屋で使ったりしているのだ。

「いらっしゃい」

 女性の声がした。どうやら、この声の主がグレンのいう不思議な女性らしい。彼女の声だけしかしないということは、店にいる店員はこの女性だけだろう。

「ようブリジット、クライド連れてきた」

 グレンが奥に向かって声をかけている。すると、ハイヒールの音を軽やかに響かせながらブリジットと呼ばれた女性が出てきた。

 彼女は黒地に銀色の模様を描いたワンピースを着て、軽く波打った長い黒髪を優雅に腰まで伸ばしていた。胸元はざっくり開いたデザインなので、豊満な胸を直視できなくて目のやり場に困る。意志の強そうな目はアイラインできりっと締まっていて、虹彩のグラデーションは綺麗に澄んだ青だった。年齢は若そうで、二十代前半ぐらいに見える。グラマラスな美しい女性だ。どことなく、目元が誰かに似ている気がした。誰に似ているのだろう。

 彼女は外国人だろうか、とクライドは思う。純血のラジェルナ人は、金髪に蒼い目をした人が多い。グレンやアンソニーがまさにそうだし、クライドの母も金髪に青い目だ。閉鎖的な街を出てからは、完全な純血のラジェルナ人よりも他の民族にルーツを持つ人の方が体感的には多く見る気がする。

「あなたがクライドね」

 クライドが頷くと、ブリジットは赤い唇をゆるやかに結んで妖艶な笑みを浮かべる。近づいてみると彼女はクライドと殆ど身長が変わらないが、ヒールの分を抜けば百六十センチ台前半といったところだろうか。思ったより低い。

「知ってるわ、クライド。あなたのこと。エルフのハーフで、アンシェントに住んでるのよね…… 会いたかったわ」

「え?」

 思わず、声を上げてしまう。グレンがクライドの存在をブリジットに教えていたのは、先ほど店の奥のブリジットを呼んだときの発言からわかった。しかし、グレンが見ず知らずの女性にクライドがエルフの血を引いていると告げるはずがない。現にグレンだって、驚いた顔でブリジットを見ていた。ということは、彼女が別の情報源を持っているということになる。

 クライドがエルフの混血児だと知っている人は、ごくわずかだ。そのうちの誰かと親密だったら、クライドの耳にも当然ブリジットの情報が入るだろう。そういうことを考えると、これは少々おかしなことだ。

 不可解に思って首を捻るクライドを見て、ブリジットは微笑んだ。そして、店の奥に案内してくれた。

 奥にはいくつか椅子があり、椅子の数だけ小さなテーブルがある。そこにかけるようにクライドたちに言うと、ブリジットは壁に飾ってあった写真を一枚はがして持ってきた。クライドは、出口側から一番目の椅子に腰掛けた。

 古びた内装の店と、彼女の持ってきた色あせた写真が妙に似合っているように思える。写真を受け取って見てみると、そこには黒髪の赤子を抱いた金髪の女性が映っている。女性の腰の辺りに抱きつくように、はにかんだ笑みを浮かべている少女はきっとブリジットだ。何年前の写真なのだろう。褪せた写真を見ているうちに、クライドはあることに気がついた。

「これって……」

 ブリジットの母だと思われる女性は、顔立ちといい髪の色といい、自分にそっくりだ。何より、目の色が銀色なのである。光の加減で灰色に近く見えるが、自分だって写真に写るときは大抵灰色っぽい。

 クライドは、そっとブリジットを見上げた。写真の女性の目は銀色をしている。そしてそれは、彼女がエルフかエルフの混血だということを示している。

「気づいたかしら? わたしはあなたの従姉なの。この写真の人は、あなたのお父さんの姉よ」

 驚いた。確かに、ブリジットの母がエルフだとは思った。しかし、まさか自分の伯母だとは思わなかった。知らなかった。自分に、エルフの血が流れたいとこがいるなんて。

「俺に、従姉?」

 そう聞き返すと、ブリジットは写真を持って立ち上がりながらくすくす笑った。壁に写真を貼りつけ、ブリジットがクライドに言う。

「ブリジットって呼んで。今年で二十二歳よ。あなたはたしか、十七になったのよね?」

 クライドはどう反応していいか解らなかった。彼女は年上だが、親戚だ。クライドは、親戚に対する接し方を知らない。町から出たのは今回の旅が初めてだし、町の中には親戚など住んでいないのだ。じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。自分の足で町を出たからこそ、こうやって離れた家族に会うことができた。

「いや、十六になったばかりだ」

 とりあえず、グレンに倣った喋り方をしておく。何だか少し照れくさい。今まで自分には母と祖母しか家族がいなかったし、それが当然だと思っていた。親戚がいる他の友達を羨ましいと思ったことも、憧れているとも口に出しづらかった。子供ながらに、親戚や血筋のことには触れてはいけない事情があるのだろうとクライドは察していたのだ。

 ブリジットは嬉しそうに笑って、クライドの背中に触れる。暖かい手は、クライドの肩甲骨の辺りを撫でた。

「あら、ごめんなさい。なにしろ、直接会ったことがないでしょ? 血のつながった従弟なのに、会うのは今日が初めてだなんて」

「何で隠してたんだ?」

「叔母さんがね、ほら、叔父さんが失踪してからいまだに立ち直れていないから。私を紹介したら叔父さんのことを話すことになるでしょ。私の母さんと、叔父さんがどんなきょうだいだったのかとか。どういういきさつで人間界に出てきたかとか。どうして叔父さんが叔母さんを選んで、アンシェントに篭ったのかとか。それを笑って話せるほど、回復していないの」

 町に残してきた母を思うと胸が痛んだ。夫が失踪し、息子まで家を飛び出したら、あの優しい人はきっと悲しみに暮れるだろう。使命のためといって送り出してくれた祖母が上手く言ってくれるとは言っていたが、そういう問題ではない。せめて書置きぐらいしてくるべきだった。

「俺、父さんのこと何も知らないんだ。母さんの昔の事だって…… 町を出れば父さんに逢えるかもって、正直、期待もあるんだ」

「叔母さんだって、貴方のその気持ちに応えたいのよ。だけど叔母さんは遅くまで働いて家のこともして、足の悪いおばあちゃんのお手伝いもしなくちゃいけないし、とても忙しい人なの。もう少し成長したあなたと腰を据えて話しあえる時間を持てたとき、しっかり話すつもりだったわ。だから叔母さんを決して責めないで」

「わかってる。ずっと見てきて知ってる、母さんは俺とばあちゃんのために、休む暇もなく頑張ってくれているんだ。だから怒ってないよ。これから知って行けばいいんだから」

「本当にいい子ね。これからは連絡をマメに取り合いましょう、家族なんだから」

 隣を見ると、グレンが清々しい笑みを浮かべていた。クライドの家庭環境が複雑なことはグレンにだけは相談していたし、今よりもっと未熟だったころは、父のいない不満をグレンにぶつけたこともある。そんなグレンが、親戚との出会いを喜んでくれていることはクライドにとってこの上なく嬉しいことだった。

 そういえば、クライドは疑問に思っていることがある。エルフの血が流れている者は銀色の瞳をしているはずなのに、どうして彼女は青い目をしているのだろう。

 そう聞こうとすると、グレンがクライドとブリジットを交互に見ながら今クライドが聞こうとしたことを質問した。

「ところで、どうして目が銀じゃないんだ?」

 ブリジットはグレンを見つめ、くすくす笑った。そして、少しだけ下を向いて左目に手をやった。

「簡単よ。カラーコンタクトを入れているの」

 そういって顔を上げたブリジットの左目は、銀色だった。下を向いたのは、カラーコンタクトをはずすためだったらしい。青の右目と銀の左目を細めて笑った後、ブリジットはまたすぐにカラーコンタクトをつけて目の色を隠した。勿論、両方とも銀色の目なのだと彼女は言った。客の中には、銀色の目について知っている人が何人かいるらしい。だから、隠すのだという。

 ふと、クライドの脳裏を染料のようなブルーがよぎった。そして、醜悪そうな笑顔。もしもあの男がカラーコンタクトをつけたら、一体どうなるだろう? 声以外の全てで、別の誰かになり済ませる。そんな影の男が、誰かに化けて忍び寄ってきたらどうしよう。

 ブリジットが、何かを思い出したようにはっとしてクライドを見た。見つめ返すと、複雑な表情でブリジットは話を始めた。

「貴方に話さなきゃいけないことがあるのよ、クライド。貴方を狙う人たちがいるの」

「それ、どんな人?」

「二人の男よ。私と年頃は同じぐらい」

 ぱっと二人の顔が思い浮かぶ。イノセントと、影の男。もしかしたら違うかもしれないが、この二人である確立は非常に高い。二人とも、昨晩から今日にかけて出会ったのだから。そして、クライドの直感は高確率で当たる。

「二人ともクライドを捕まえたがっていたわ。生け捕りにしたいって。上の命令で殺せないことになっているから、見つけたら捕まえて寄こせって言われたの。だから貴方たちを、捕らえず逃がす方法を考えたわ」

 上の命令とは、何なのだろう。イノセントの場合は、孤島にいる帝王の命令では間違いないと思う。だが、もう一人のいう『上』とは何を示す言葉なのだろう。まさか、もうひとりも帝王の使者だったりするのだろうか。イノセントには、帝王に仕える者同士で張り合っているライバルがいるのかもしれない。

 何か訊ねようとして口を開くと、ドアを開く音がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ