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第三十四話 リカバリー

 幽霊のウルフガングは、生きた人間の体力に限界があり、トップスピードを持続し続けるのは困難だということをどうやら忘れているらしい。

 彼との差があまり開かないようにするため、クライドはノエルを押さえながら出せる限りの全力で走った。アンソニーとサラは少し置いていかれているが、なんとかクライドとグレンが見える位置はキープしているので大丈夫だろう。路地を曲がるたび、右だ左だとクライドは後ろに向かって声をかけた。

 やがて、海の近くの小さな建物にたどり着いた。ウルフガングが住んでいる住居だ。ドアを開けたウルフガングに続いてグレンは部屋に入り、ノエルをやや乱暴な挙動でベッドへと投げ落とす。

「っ、く」

「悪いな。手が滑った」

「参ったな、本当に動ける気がしない…… 僕の魔法で治せるかな」

 呟くノエルを思わず覗き込む。やっとノエルが言いそうなことを言った。

「大丈夫かノエル」

「何とかね」

 息を荒げながら、クライドはベッドに腰かけた。アンソニーとサラの様子が気になったが、うかつに外に出てその間にグレンとノエルがまた喧嘩したら大変だ。じっと待つことにした。そういえば家に入ったはずのウルフガングの姿がないのを不安に思い始めたところで、ウルフガングが帰ってきた。疲れきったアンソニーとサラを連れている。ノエルが顔だけを入口の方に向け、ほっとしたようにサラの名前を呟いた。

 サラが泣きそうな顔で駆け寄ってきたのでベッドからどくと、サラはノエルの手を握って何か話し始める。ノエルは穏やかな顔でそれを聞き、折れていない右手を伸ばして彼女の柔らかな髪を撫でた。

 まるっきりいつものノエルだ。グレンもその様子に気づいたのか、不可解そうな顔をする。

「クライド、お前の新しい敵について追加情報をやろう。その前に魔力を外に漏らさない結界を張らなくちゃな」

 ウルフガングはそう言って、両手を広げて何か囁いた。おそらく呪文だったようで、小屋の周りに風が巻き立ってすぐに治まる。静かな夜が戻ってきた。

 新しい敵。それは即ち、影の男のことだろうか。そう訪ねようとすると、ウルフガングは灰色の髪をかき上げてノエルの方を見る。

「言いかけたところで本人が現れたから言えなかったんだが、あいつは人を操る魔法を使う」

 ああ、やはりそうだったのか。やっと合点がいった。ノエルがノエルらしくなかったのは、操られていたのが原因だろう。きっと、ここでいざこざを起こさせておいて、アンソニーが視力の魔法を使えなくなるまで自分のそばに引き止めておこうという魂胆だったのだ。

 なんとも腹黒い考えだ。クライドは、もう一度影の男の笑いを思い出して嫌悪感を覚えた。相手の仲違いを仕組んで目的を達成しようなんてクライドには考えられない。相手の魔力を無駄に消費させる戦法は確かに自分たちも使ったが、クライドたちが選んだのはこんなに意地悪い方法ではない。

「気づいたか? そうだ、ノエルは操られてる。でも、完全に操られてるわけじゃない」

 ノエルを安心させるように笑いかけながら、ウルフガングは言う。

 まだこの事実を察していなかったアンソニーは、驚愕を顔に出した。ノエルも自分が操られていると自覚していなかったのか、少なからず驚いている。

「僕が?」

 疑いを含んだ口調だが、同時に不安そうでもある。確かにそうだろう。誰だって、自分が操られていたなんて思いたくない。

「そうだぜ、お前らしくないだろ! 口げんかなんて、いつもの冷静なお前がするはずない」

 やはり、グレンも心のそこで何か引っかかるものを感じていたのだろう。あんな理性的でない喧嘩をノエルがするはずない。きっとアンソニーもこう思っているはずだ。

 ノエルは斜め下を向き、軽く握った拳の人差し指を唇の辺りに添えた。相当深い考え事をするときにしか、見られないしぐさである。

「え…… ちょっと待って、何であんなこと。グレン、ごめん」

 ようやく、ノエルは自分がしていたことを考え直したようだ。あの口げんかのことは、意識の深いほうに追いやられていたのかもしれない。もしかしたら、記憶が欠落していたということも考えられる。

「怪我治ったらぶっ飛ばすって言ったの覚えてるか」

「今思い出した」

「さんざん俺に悪口言ったのは?」

「忘れたいね。ごめん、グレン」

「こっちこそ、無理やり引っ張って悪かったな」

 ノエルは微笑んだ。いつもどおり、穏やかな微笑だ。もう操られていない、いつもの笑みを見てクライドは心からほっとした。

「ノエルは自我をちゃんともってる。だから自力で洗脳を振り切った。手足の痛みとグレンの暴力的な手段で頭が冷えたのもあるだろう」

 ウルフガングの言葉がわからないらしく、サラはノエルに何事か訊ねている。ノエルはそれに親切に答えていたが、ウルフガングにさえぎられた。

「俺がディアダ語しか使えないと思うか? 千年もあればこの世界の言葉なんか全て理解できる、俺に任せておけ」

 そう言って軽く片目を瞑るウルフガングに、ノエルは納得したようで説明を後から全てしてもらうことにしたらしい。

 ノエルとウルフガングの話が終わったところで、アンソニーが疑問を投げかける。

「自我のある人が平気だっていうなら、どうしてこの町の中でも完全に操られちゃう人が出てくるの? ちゃんと自我を持ってる人だっているよ」

 急に真剣になり、建物の入り口をちらりと振り返りながら、アンソニーは言った。ウルフガングは不安そうなアンソニーを宥めるように見る。言葉には出さないが、アンソニーの頭を撫でたがっているようだ。右手がぴくりと少しだけ上がったのが見えた。

「喜ぶべきことだ。今夜あいつが登場してくれたことで、お前らだけはあいつに操られにくくなった。理由があるんだ」

 それは、どういうことなのだろう。もしかすると、ウルフガングが影の男に何か魔法を施したのかもしれない。しかし、はたと思い直す。先程の対峙の後、ウルフガングはただ逃げてきただけのように見えた。ノエルに魔法をかけながらあの男に魔法をかけるなんて、できるだろうか? ウルフガングのような強い魔道士ならそれが可能だろうが、呪文を使わなければならないと思う。そしてウルフガングは、呪文を唱えていなかった。

「どういうこと?」

 アンソニーが言った。クライドを含む全員が、アンソニーのように不可解そうな顔をしていた。にやりと笑うと、ウルフガングは語り始める。

「あいつの存在を知っている者には、洗脳の魔法がかかりにくくなるらしい。お前らはあいつに会う直前、俺からあいつの情報を得ただろう」

 そうか。何故そんな原理で魔法がきかなくなるのかはわからないが、とにかくこれからあの男に操られることはなさそうだ。少し安心した。ノエルはううんとうなり、ウルフガングを見た。

「だから僕も、完全に操られたわけではなかったということですか? サラも町の人達のようにならなかったのは、彼をどこかで見たからですね」

 壁に寄りかかりながら、ノエルが言った。クライドは気を利かせて立ち上ると、ノエルをベッドのところに座らせてやった。

 脚がまだ治っていないのに、無理をさせてはいけないと思ったのだ。ノエルはまだ、ウルフガングに脚を治してもらっていなかった。

「そうだ、サラは昼にあいつを見かけて会話もしている。あいつにとっては、見られたのは誤算だっただろうがな。おそらくあの男は、お前らの情報が欲しくて町の人間を操ったんだろう」

 ノエルの問いに答えながら、ウルフガングは上を見上げた。その姿がなんとも人間くさくて、クライドは思わず微笑んでしまった。幽霊になるとしたら、こんなふうに人間味を捨てられないウルフガングのようになりたい。

「どうして?」

 不思議そうに、アンソニーが言った。確かに腑に落ちないな、とグレンもつぶやく。じっくり考えて、クライドもグレンの考えに同意した。自分たちは別に有名人でもないし、利用価値があるというわけではないと思う。もしクライドが影の男の立場だったら、少年の容姿なんて利用しない。この顔では酒場や怪しい雰囲気の路地になんて入れないし、大人の世界を闊歩するのは無理だろう。何の目的で、クライドやアンソニーの容姿を盗ろうとしたのだろう?

 まさか、金髪マニアだろうか。いいや、それは考えすぎか。あの男はクライドとアンソニーの容姿だけではなく、その他全員の容姿も盗っていたかもしれないからだ。

「俺に詳しいことは解らないが、ひとつ不可解に思ったことがある」

 そういうと、ウルフガングは机とセットになった古い椅子に座る。この椅子にクライドが座ったら、きっと木が軋る音がするだろう。しかし、ウルフガングが座っても音がしなかった。やはり彼には、重さが無い。

 真面目な顔をしたウルフガングは、少し間をおいて重々しく告げた。

「あの男の魔法は、人造だ」

 何を言われたのか解らなかった。人造の魔法なんて聞いたことがない。もとから魔法についての知識が薄いクライドだが、人造の魔法が存在するならそれは常識になっていていいはずだ。そして、この世にはもっと魔法を使える人間が増えているだろう。

「魔法を造り付けるってことできるのか?」

 グレンも同じ事を思ったらしい。クライドやノエルに比べると少々無礼な聞き方だが、ウルフガングは気にしていないらしい。むしろ好感をもったとでもいうように、彼は軽く笑った。そして、すぐ真顔に戻ると質問に答える。

「解らない。だが、生まれ持ったものでないことは確かだ」

 説明するのが難しいのだろうか。ウルフガングは腕を組んで目を細める。前に幽霊の説明をしてくれたときにも、何度か悩むしぐさを見せた。

「どうしてわかったの? 生まれ持ったものじゃないって」

 アンソニーが問う。確かに、それはクライドも気になった。魔法でも使って調べたのだろうか? それとも、熟練の魔道士なら誰でもそういうことがわかるのだろうか?

「波長だ。感じられる魔力のオーラというか、そういうものが違った。不自然に均等すぎる」

 答えは、後者のようだった。クライドはううんと唸り、自分の両手を見つめてみる。この身体に宿る魔力のオーラは、一体どういうものなのだろう。

 形を成しているのだろうか? 色がついているのだろうか? きっとこればかりは、実際に見た者でなければ解らないと思う。

 ふと、グレンがつぶやいた。

「俺、あいつの目に見覚えがある気がするんだ」

 その場にいた全ての人間が口を閉ざした。不気味な静寂が、辺りを包む。グレンは伏目がちに考え事をしている。今のは、本当なのだろうか。

「見たことがあるのか? あいつのこと」

 驚いて聞き返す。すると、グレンは顔を上げて曖昧な笑みを浮かべる。思い出したいが思い出せない、そういうところだろう。

「ずっと昔だ。まだクライドたちに出会う前」

 そういって、グレンは黙り込んで考え事をする。そんなグレンに、ノエルが遠慮がちに声をかけた。本当は声を掛けたくないのだろうが、どうしても聞きたい問題らしい。

「それがいつの話だったか、思い出せるかい?」

 少しだけ顔を上げると、グレンは首をひねった。うろ覚えか、それとも夢か何かで見たのか。グレンなら十分ありえる話だ。

 彼の部屋には魔法や幻想をモチーフにした漫画がたくさんあるからだ。どうしてそれらがあの目の色と直結するのかというと、その漫画にも影の男と同じような目のキャラクターが出てくるからだ。ちなみにそのキャラクターは、グレンが一番気に入っている人物である。だから、見覚えがあると思ったのも錯覚かもしれない。

「いつだったかな、思い出せない。俺は絶対にそれを、間近で見てるはずなんだ。でも思い出そうとすると、何ていうか…… 無性に怖いような気がして、いつもすぐやめちまう」

 少しのあいだ何も言わずにグレンを見ていて気づいたことだが、彼は今何かに怯えているようだ。

 聞いたことがある。人間は、怖い記憶や忘れ去りたい記憶、覚えていては精神がおかしくなってしまうような記憶を脳内に押し込めて、半ば記憶喪失のような状態に自らなることがあるという。そしてふとしたタイミングで、思い出してしまって精神が追い詰められてしまう。何かのテレビ番組でやっていたのを偶然見た。

 それは、先ほどノエルが影の男の魔法から醒めたときとよく似ていた。きっかけを与えられ、それをもとに記憶を呼び覚ます。きっとグレンの場合は、影の男の目の色が記憶を呼び覚ます鍵になろうとしているのだろう。そして呼び出される記憶は、忘れてしまいたいほどに怖いものである確率が高い。

「ああ駄目だ、思い出せない」

 結局、グレンが影の男の目について悩むことはもうなくなった。彼は記憶を呼び覚まそうとするのをあきらめたらしい。クライドなら精神が壊れるほどのショックというリスクを負いながらも必死に思い出そうと頑張るだろうが、グレンにとってこの情報は別にどうでも良いことに分類されたらしい。第一、グレンがそんなに重要なことを自ら押し込めてしまうような人物だとは到底思えない。まあそんなこともあるさ、と受け流してしまっていそうな気がしてならないのだ。

 クライドの心配は杞憂に終わり、それきりグレンはもう目の色の話題をださなかった。グレンが落ち着いたことに気づいたウルフガングは、そっと立ち上がってサラを手招いた。

「さて、俺はサラを安全で埃っぽくないところへ連れて行くよ。ついでにノエル、説明は全て巧くしておくからな」

 ノエルは笑って頷いた。クライドはサラに手を振った。サラはおそらく『おやすみなさい』という意味であろうと思われるウィフト語を呟き、ウルフガングに手を引かれて出て行った。四人は埃っぽい部屋のなかでウルフガングの魔道書を読んだり雑談したりしながら彼の帰りを待つ。三十分くらい経っただろうか、ウルフガングは突然部屋の中に現れてもいいものを、わざわざドアを開けて戻ってきた。

「すまないな。先に案内しておけばよかった、二階にベッドがいくつかあるんだ」

 ウルフガングは、そういいながら埃塗れのベッドの下に身体を半分突っ込んだ。何かを探しているようだ。

 やがてベッドの下から出てきたウルフガングは、古びたはしごを持っていた。はしごは埃まみれだが、ウルフガングには埃が付着していない。ウルフガングはクライドを見て笑うと、天井の隅を指差した。

「そこからあがれる」

 音もなく、天井の板が剥がれ落ちた。みたところ、約五十センチ四方の正方形の板だ。その板が剥がれたところが入り口になっているらしく、天井には五十センチ四方の穴が開いていた。

「皆は先に行っていろ。ノエル、脚を見せてみろ」

 そういうとウルフガングは、はしごを天井の穴のところに立てかけた。気のせいだろうか、ベッドの下から取り出したときよりも伸びている気がする。クライドは、ウルフガングの言うとおりはしごを登った。

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